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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
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二十三話、マジカルナイト

おしごとの人員もっと増やしてほしいめう…

夜の闇の中、呪詛の如く響き渡っていた歌声が一発の銃声よってかき消される。


レオの血に浸食されて『良くなった目』を持つキドには本来、脳裏に浮かんでいるだけだった放った弾丸の軌道が肉眼で見えていた。


弾丸が向かうはクロエの頭部、狙うは悪魔憑きの強固な皮膚や骨が存在しえない眼球。

クロエの左目へ至る軌道を弾丸が音を超えた速度で飛翔する。


ただの人間が両腕で扱える程度の小火器を用いた攻撃で悪魔憑きに致命傷を与えうる数少ない急所への直撃。

それは高速で複雑な機動を行い、斥力操作や魅了による妨害を自動で行う上位の悪魔憑きを相手にしてはほぼ不可能と言える。



だが、キドならば出来る。

なぜならば、キドもまた狂っているが故だ。


憧れ、焦がれた西部劇のカウボーイガンマンという姿を身に纏い、ミュータントとの戦闘で圧倒的に不利なリボルバー銃で戦い抜くために『絶対に当てられる』という確信を得るまで絶え間なく修練を繰り返した果てに完成した必中の射撃は何よりも、キドの『当たって当然』という狂信によるエーテル操作によって相手のエーテル防御を貫通して直撃をもぎ取ってみせる。



『当たる』。

そう確信した時に放たれるキドの弾丸を回避することは決してできないのだ。

最も、不可能なのは回避だけであり―――――。


まもなく直撃するという刹那、クロエの眼前まで迫ったキドの弾丸が何かに阻まれるように火花を上げて弾き飛ばされた。


未だ、キドから視線を逸らさぬクロエが目を細めて嘲笑と高揚する戦意の混じった眼差しをキドへとつきつける。


その光景にサングラスに隠されたキドの目が一瞬見開かれ、しかし平静を取り戻したように再び細まると共に指に力を入れて次の弾丸を送り出す。


頭にあるのは銃弾を防がれたことに対する焦りではなく、防御された事実への冷静な分析と考察。

通常弾が効かないなど、キドにとってすら日常。

その程度で心を乱していれば生き残れぬ程度の場数を踏んできた。



盾でも逸らしでもない。


両手は得物と獲物でふさがっている、人型である以上は防ぎようがない。

斥力操作程度ならば己の弾丸が逃がすはずがなく、何より物理的に防がれた。

かといって防壁にしては着弾時に発生するエーテルの燐光がない。



何を用いて防ぎえたか読めない、分からない。

分からないからこそキドは躊躇なく次を放つ。


見極めるにしろ攻撃は必要であり、何よりも接近されればそれだけ勝ち目は低くなるが故だった。


一発をはじき、二発を放った時にはキドとクロエの距離は目に見えて縮まっていた。

最早、気のせいではなくクロエはキドだけを見据えてまっすぐ突っ込んできている。



「……!」


狙いは再び左目、起きるのは先ほどの再演。

弾丸は眼前にて不可視の何かに弾き飛ばされる。


だが、キドには見えていた。

今度こそは見えていた。


あれは不可視の技に非ず。

血の影響で強化されたキドの目が二回目の攻撃にしてその守りの正体を見破った。



「剣、か…」


短剣だ、惑星を周回する衛星の如く、複数の刺突剣(スティレット)がクロエを中心として荒れ狂うように飛び交っている。


その速度があまりに早かったこと、そして距離が遠かったが故に今のキドの目をもってしても一度ではそれを見極めることができなかったのだ。



「まずいな、接近されすぎ―――――」



キドの言葉を遮るように援護というには遅すぎる程の間をおいて、ようやく正気に戻った城壁の火砲と機関銃が責務を思い出したかのように一斉に火を噴いた。


だが、それらが着弾するよりも先にクロエは担いでいた鋏の様な大剣を天に突き出すように掲げ、間髪入れずにその場の全ての者の目を焼かんばかりの雷光を天へと解き放った。


それはまるで地に落ちた雷が道理を無視して天へと還るが如く、閃光が戦場の兵士たちの目潰し、雷鳴が自然現象に対する根源的恐怖を刺激して戦意を喪失させていく。

己の放った弾丸がどこに飛び、砲弾がいかに炸裂したのか、それすら雷光に魅入られた兵士たちには分からなくなっていた。


唯一、場違いにもサングラスをつけていたキドだけがその後のクロエの動きに追随して反撃を試みる。


だが、飛来する弾丸を遊弋させる刺突剣で弾きながら前進を続けてきたクロエはおもむろに踊るように体を数度回転させると砲丸投げの如く、片手に握っていた犠牲者たちを城壁に向けて解き放った。


そして、空いた手でキドに手を振りながらまるで劇場の端から消えるように横に大きく跳躍して大通りの両脇に立ち並ぶ建物の蔭へと隠れおおせる。


後に残ったのはここまで追いかけてきたクロエという餌を見失った夜行種の集団と、苛烈な閃光と爆音に目と戦意を潰された軍勢のみ。



夜行種をここまで引き付けた上で彼らの嫌う閃光で追いかけてくると待ち受ける死の二つをかわし、潰し合わせる狡猾で悪意に満ちた作戦。


まるで役割を終えた役者がごく自然に舞台の端に消えていくかの如き洗練された手並みであった。



城壁へ至る道を舗装する様にバラまかれた犠牲者たちの肉片の一部は城壁の内にすら入りこみ、それは夜行種たちを導く最後の道しるべとなるだろう。



キドの目には見えてしまっていた。

クロエの光に目を焼かれて行動不能になった夜行種に襲い掛かり、貪り、乗り越え、次なる獲物を求めて城壁へと際限なく殺到する『(ウェーブ)』の後続集団の姿が。


それが既に城壁に激突せんと大通りどころか街を飲み込みながら突き進んで来る様が。



「まずいな、絶対に弾が足りんぞ」


どこか他人事とも取れる言葉と共にキドはライフルを肩にかけなおして使い慣れた二丁拳銃への装備を切り替えた。




―――――――――――――――



世界に死が満ちている、最高だ。

自らが生み出した地獄にして修羅場、その中でクロエの胸はこれまで以上に高鳴っていた。


ここまで引きずってきた『お土産』を城壁へと叩きつけて身軽になった勢いに任せて裁断刀(シザーブレード)の切っ先をランスの如く向けながら壁を突き破って目についていた大きめの建物に突っ込んで夜行種の探知範囲から離脱を図る。



「んー、こんだけ走ったのは久しぶりだなぁ…。最近乗り物ばっか使ってたし」


かつては宿として栄えていたであろう他の建造物よりも頑丈に見えるこの建物ならば屋根に上る程度の時間は稼げるだろう。



「むー、階段が狭くて急だなぁ…。こういう所だよ?お客さんへの配慮が足りてないんじゃない?」


粗末な技術で作られたが故に人一人が上がるのがやっとな階段の天井を裁断刀(シザーブレード)で軽く降って薙ぎ払い、武装を担いでいても登れる広さを確保する。


刹那、その破壊した天井から何かが降ってきた。



「ん?女の子?あ、あー…」


粗末ながら他の者よりは整った身なりと化粧でクロエは理解する、娼婦だ。

物流網から切り離された辺境で宿など維持できるはずがない、ならばそういう店に改装していてもなんら不思議はないだろう。


『仕事』の為に部屋で待っていたのか、隠れていたのか。

いずれにしろこの建物にいたからこそまだ無事でいたであろう女の首根っこをクロエは躊躇なくつかんだ。



「ひぅいっ!?な、何ッ!?」

「ごめんねぇ、クロちゃん今日は人助けじゃなくて人殺しの日だから」


状況を理解できず狼狽える娼婦を引きずり、己が侵入してきた穴から外に放り出す。

そこで待っているのは何かは言うまでもない。



「これでヨシ!じゃあ屋根まで上がるよ~」


最初は短く吐き出すような悲鳴を上げていた女の声が肉を引きちぎられる湿り気のある音と共に絶叫に変わり、やがて事切れるまでの間にクロエは階段を最上階まで登り切る。


時間稼ぎには丁度良かったと言える。

最初の天井を破壊したように屋根を裁断刀(シザーブレード)の一突きで粉砕してから人あらざる脚力でもって穴を飛び越え、夜空の見える闇の世界へと帰還する。



「おぉ~、良いねぇ。まずは順調順調」


他の建物よりは幾分か高い屋根から灰色の世界を見下ろしてみれば、夜行種の群れが途切れることなく城壁に殺到し、防御火器が最後の抵抗を続けているのが見て取れる。


周囲からはここまで建物に籠り、隠れる事で命を長らえていた弱者たちが突入してきた夜行種に蹂躙されていく悲鳴と絶叫が響き渡っている。


無数にうごめく夜行種たちの濁流が大通りだけで収まるはずがなく、脇に逸れ路地裏の細道にも浸透し、それすら足りぬとばかりに餌を探し回りながら建物を突き破って進撃を続けているのだ。


その過程で住居や建造物が崩壊し、外に投げ出された人間たちがそのまま餌食となって引き裂かれ、かじり取られ、握りつぶされ、連れ去られていく。


いずれにしろ、その末路は苦痛に満ちた死のみだ。


己が足場とする建物にも夜行種は侵入してきているが、既に『餌』を外に放った事であまり荒らされることない。


食料がなければ襲撃する意味がない為に生存者がいる建物に比べれば僅かだが長持ちする。

今回はそれが重要だった。


周囲を確認し、次の動きを見極めるまでの僅かな時間を求めるが故にクロエは新鮮な娼婦の命を自らの手で奪う事を諦め、夜の住人達に差し出したのだ。


とても残念なことではあった。

しかし、それも周囲の絶景を見れば些末な事に感じる事ができる。


鳴りやまぬ死の音と砕けて爆ぜて飛び散り舞い上がる数多の命の色に年甲斐もなくクロエの心が色めき立つ。

目と耳を楽しませるそれは一夜限りの謝肉祭(カーニバル)だ。



「最高の夜だねぇ!若い頃を思い出す!」


思い出すのは人生最良の時、節制など考える知性すら持たずにひたすら己の欲求に正直に、衝動に任せて死をまき散らしていた頃の記憶だ。


しかし、今回は仕事の為にこれを成している。

楽しみ過ぎてはいけない。


これはあくまで下準備、本番はここからなのだ。

気分良くまた歌いたくなってくるのを堪えながら、クロエは頭を普段の仕事のそれに切り替える。


今や都市は異形が跋扈し、渦中に放り出された哀れな生ける肉たちが饗宴に供され、打ち捨てられた区画は焼けるに任せて燃え落ちんとしている。


残された最後の砦には数多の異形がとりつき、抵抗が途絶えるのも目前と言える。


至る所で湧き上がる死の気配と匂い、今やこの街そのものが死都となる時が迫っている。

人の文明を守護し、都市を管理してきたからこそ分かる。


この都市を救いたいならば、もはや全ては手遅れだ。

全て焼き払った方が被害は少なくなるだろう。


クロエが50年に渡る経験と研鑽の中で理解し、作り上げた脳内の『都市が本気(マジ)で滅びるからやってはいけないリスト』の中でも上位に入るやばい事の大半をやらかして作り上げた極上の地獄だ。


「さて、皆お疲れ様」


自らが望んで作り出した光景に満足して一息をつく同時にクロエの足元に力尽きたように次々と刺突剣が突き刺さる。


総数六本、それを拾い上げながらクロエは満足げに微笑む。



「ぶっつけ本番にしては上手く行ったねぇ。コツも掴めたし」


想い人に教わった運用法を即興で行ってみたが、おかげで狙撃手に目をつぶされずに済んだ。

これは幸先の良い事だと言える。


精密狙撃と二丁拳銃の使い手、魔弾のキッド。

目が合った瞬間、その見てくれからすぐに理解できた。


あんな古代のカウボーイを模した変な恰好をしている優秀な兵士はこの辺では奴だけだろう。


身なりに拘る者は生き方と死に方に拘りを持つ者。

いうなれば自分とは似た者同士、ある種の親近感すら沸いてくるのをクロエは笑って振り払う。


巡り合わせが良ければエンキともども仲間にできたかもしれない。

だが、奴と組んだ以上は駄目だ。

殺すしかない。


生かしておくにはあまり優秀で強大過ぎる人間だ。



「まずはキッドちゃん、それから城壁を落として、最後はレオちゃんだね」


刺突剣を丁寧に一本ずつ腰の皮ベルトに戻しつつ、標的の順番を再確認。



「クトーちゃんは…もう無理だね。私も生き残れるかわからないし」


一瞬、浮かんだ旧友を助けるか逡巡し、迷うことなく切り捨てる。


これから挑むのは強大な力を持つ化け物だ。

きっとまともにやりあえば勝てないだろう。


他人の命をどうこうしている余裕はない。

応援に来た生首姉妹の助太刀を断ったのも、それが故だ。



「本当に、若い頃を思い出すよ。これだけ殺意を抑えられないのは久しぶりだもん」


人から逸脱して以来、衝動として身の内に抱え込んできた殺戮衝動。

それを一切の気兼ねなくぶつけるべき相手を見出したのだ、これ以上の望外は無いだろう。

これで一足先に虚無と忘却の先に旅立っても彼女は困った笑みを浮かべて許してくれるだろう。


何より己の全てを理解した上で肯定し、手を差し伸べてきたが故に惚れ込んで教会を飛び出してついていったのだ。


ならば、この衝動に身を任せて戦いを起こす事それ自体が彼女の意思であろう。

悪魔憑きとはそういう生き物であるが故。



「『汝、死を想え』だったよね、モリさん」


敬愛する古代の偉人の言葉を反芻し、決意を固める。

敵は遥かに格上、ここまでの状況を作り出したとて勝てる見込みは薄い。

むしろ、今までの仕込みは邪魔な一切合切を踏みつぶして本丸にぶつかる為の下準備に過ぎない。


自ら、避けられぬ死に近づくことほど愚かなことはないだろう。


それでも、否。

だからこそ血が滾っていく事を自覚して闘争心を抑え込めない。


クロエの魂は殺しに快を見出した時点で死に魅入られている。

ならば、己の死すらもその時がくれば嬉々として受け入れるであろうという確信がある。



「衣装は汚れちゃったけど、まあ良いよね。どうせ『二度目』の子が相手なんだし」


死は人生で一度だけの特別で素敵なものなのだから楽しまねばならず、楽しませてあげねばならない。


だからこそ、クロエは戦闘には無意味な人の皮と高価な衣服に身を包み、魔法少女という奇怪な概念を掲げて雷撃と武器を振るう。


一度限りの死に際して最後に見る光景は美しい物であるべきであり、それを己ならば体現できるという自負故にだ。


獣である己の衝動を満たしてくれた生命への感謝と誠意、それに対するゆがみ切ったクロエなりの倫理観が作り上げた死にゆく者の魂への救済と祈りの作法、そして契約した秩序に寄り添った殺しを実践する姿の確立。


それらが複雑に絡み合った結果生まれたのが魔法少女という概念だ。



この奇怪な怪物と人知を超えた魔法の様な力が平然とまかり通る混沌に満ちた無法の世に秩序をもたらす教会という希望の光に与する可憐な少女のような存在。



世界が平穏なりし時代に作られた古代の原典に描かれたが如く、魔法少女は正義の味方。

そして正義とは悪を嬉々として殺戮する事が許される賛美されるべき暴力の化身だ。


そして、その化身こそがクロエなのである。

法を犯し、教会を敵に回せば人皮をかぶった怪物が美しい死装束を着込んでその者の目の前に現れる。



少女の姿を象ったそれは三本の指を向け、呪文を唱え、雷撃を放って夷敵を物言わぬ肉塊へと変貌させる。


そのあり方は、ただ一度でも見れば最早決して忘れることのできない衝撃を臣民の魂の奥深くまで叩き込ませる。


遥か遠方からでもすぐに認識できる美しい衣装をまとう雷光の使い手の訪れに敬虔な羊なれば救いに歓喜し、仇なす狼なれば逃れらぬ死の恐怖をその相貌に刻み付ける。



絶望と苦痛に満ちた未来を望まぬならば、敬虔に生きよ。

誠実に生きればその者は汝の強固な盾となり壁となる。


処刑執行人である同時に無辜の民の守り手、それがクロエだ。

快楽殺人者でありながら、厳格なる司法の番人。


その意思の下、クロエがレオに下した判決は死刑である。

最も、悪魔憑きは一度死んだようなものだ。


人として死んで、悪魔憑きという怪物として生き還ったのだ。

ならば、二度目の見送りは粗末でも構わない。


お互い、人として死ぬべき時に死ねなかったのだ。

多少ラフな格好と手続きでも文句は言わせない。



「じゃあ、やろっか」


己の足場とする建物すらも夜行種の流れに飲まれて徐々に倒壊していく事を察し、クロエは両足に力を籠める。


かなり接近できたとはいえ、リミッターのかかった人の皮を被ったままでは届かぬ距離だ。

だから、その分の補正は己の身で行う。



「『変身解除(フォームチェンジ)半解除(ハーフムーン)』」


言葉と共に雷光が迸る、擬態していた皮膚を裂き、衣服を突き破って人だったそれが本来の黒い毛並みの獣の足が生え変わる。


歪な限定解放により頭身が高くなり、発生した重心の変化を慣れた所作で整え、目標を見据える。


そして、目算にして十分届くと判断したところでクロエは異形なる獣脚でもって足場としている建物を全力で踏み砕きながら大きく跳躍した。





――――――――――――――――――――



内城壁西側は既に陥落間際の様相を呈しつつあった。


クロエの放った雷光によって目を焼かれた兵士たちは最早まともに戦う事も出来ず、目を焼かれなかった兵士たちも不吉な雷鳴の轟きと殺到する夜行種の波を目の当たりにして心を早々に折られていた。


それでもなお。彼らが戦闘を続けているのは既に逃げ場がないと理解しているが故だ。

二つある城門のうち、一つは今まさに自分たちが守っている場所であり外に出るなど論外だ。


ならばと反対側に逃げれば何とかなるかと言えば答えは否だ。

東側は既に火の海と化しており、屍者が焼かれながらに生者を求めて徘徊する地獄と化している。


逃げ場はなく今いる場は死地。

ならば城壁の上に籠って受け持ちの砲を撃ち、機関銃の引き金を引き続ける事だけが自らの命を延命する唯一の手段であると学のないものですら容易に理解できるというものだ。



「レオめ、何を考えている」


キドは混沌とする城壁上の通路を適時移動しながら、壁を登り切って兵を襲わんとする夜行種に拳銃弾を叩きこんでいく。


本来気休めの効果程度しか発揮しないであろう剣銃弾が夜行種に直撃すると同時に沸きだした炎が夜行種の皮膚と肉を食い破って爆ぜる。


思いもしない痛撃に夜行種が絶叫を上げながら壁から剥がれ落ち、後を追って登ってきた他の夜行種を道連れにともども地面へと落下してより強い個体に捕食されていく。



「俺だけじゃ長くはもたんぞ」


イナゴレイダーとの戦いでアノマリー弾が暴発して戦闘力を喪失した反省からレオの血を元に作り出した安定性を重視した簡易魔弾、それがキドの持つ八丁全てに充填されている。


予備弾も含めて数だけは十分、しかしこれだけの数を殺しきれるほどではない。


砲撃が敵を吹き飛ばし、爆炎が敵を怯ませようとも波となった集団の動きは止まらない。

怯んだ個体の背後にいる個体は前衛が遮蔽物になることで爆風の閃光とまき散らされた破片の影響を受けることがない。


結果として止まったものを踏み潰し、食い散らかして後続が前進を継続する。

着火されるべき木材も、夜行種たちが踏み均していく事で砕け散り、火種にはなりえなくなっている。


既に敵は壁にとりつき、城門を打ち破ろうと体当たりを繰り返している。

時間稼ぎのために城壁前にバリケードと共に配置した兵たちはとっくの昔に完食済みだ。


そうした最中、壁を這い上がってきた夜行種に弾丸を叩きこむ作業を続けていたキドの背筋に悪寒が走った。


すごく嫌な予感がする。

何かがかなり速度で近づいてきている様な感触。


こういう時の勘はまず外れない。

キドは反射的に上半身を逸らして空を見た。


その視線の先、空中に異様な姿の女がいた。

巨大な突撃槍の如き鉄塊を両手で握った青い髪の女が笑みを浮かべて空からの強襲を仕掛けんと矢の如くと高速で城壁に向かってきている。


人であるはずであるのに、その下半身は人の形を逸脱した黒い毛並みの引き締まった獣脚が生えている。


見覚えがあるのに、その異様さは先ほどの比ではない。

身を翻して銃を構えようとした刹那、既に女は城壁に着弾していた。



「ッ!」

「あはッ!」


キドの握る拳銃とクロエの三本指が作る銃がほぼ同時に相手を指向し弾丸と雷撃を放ち合い、空中で直撃し合って小規模エーテル爆発を起こす。


炸裂する閃光と舞い散る埃の煙幕がまき散らされる中で、キドの目がクロエを捉えた。

が、既に手遅れであった。


大剣を捨て置き、両手に刺突剣を握りしめて地面にこすれる程に低い姿勢で突撃してくるクロエに向け、キドが最後の抵抗とばかりに二丁拳銃の引き金を同時に絞る。


直撃するはずの二弾はしかし、やはりクロエの持つ残りの刺突剣の防御に阻まれたらしい。

火花を上げて弾丸は見当違いな彼方へと弾き飛ばされ、キドの体をクロエの刺突剣が貫いた。


二本の刺突剣がそれぞれキドの肝臓と喉に突き刺さる。

どちらもが致命傷となる一撃であった。


キドの口から噴出した青紫色の血が牙をむいて笑みを浮かべるクロエの顔を汚していく。



「ごぼ…ッ!」

「まずキッドちゃん、次は―――――!?」


刺した刺突剣をねじって抉り、傷口を拡大させながら獲物を狩った余韻を捨てて次の目標へ移ろうという間際、クロエの体を赤い剣が薙ぎ払った。


鳴り響く不快で甲高い金属音が収まると同時に聞きなれた声がキドの耳に届く。



「キッド、勝手に死ぬな。まだ仕事が残っているぞ。回復したら下がってクトーの護衛に移れ」


歪み、暗くなっていく筈の視界が再び明瞭になるとキドの目の前には先ほどまではどこにいるのか見当もつかなかった主、レオの姿があった。


キドは理解した、レオがここまで姿を現さなかったのはこの奇襲を仕掛けるためであった事を。


クロエを確実に殺す為、城壁の兵を見捨て、己すら餌として、狩人が確実に気を抜くであろう一瞬を狙って一撃を叩き込む為に全ては仕組まれていたのだ。


傭兵は雑に使い潰されるもの、事前説明は欲しかったが恨み言は無しだ。

何より既に救われていたらしい。

鎧を模したレオの体の一部がスライム状に変形してキドの傷に癒着し、流し込まれた血液が出血を抑え込んでいる。


つまり、それは激痛の始まりでもあった。



「ぐッ!?がぁああああッ!」

「餌に食いついた所をやるつもりだったが、仕留めきれなかったようだな」


血を与えられて地面に倒れ伏して苦悶の声を上げて悶絶するキドから視線を外し、レオはクロエを見据える。


城壁通路の壁に叩きつけられ、右腕と頭から青い血を僅かに垂れ流しながらも、それ以上の傷は与え損ねたことが見て取れる。


周囲に転がるひしゃげた四本の刺突剣が疑似的な盾となってクロエを守り切ったらしかった。



「仲間を囮にして、しかも諸共切る気満々ってさすがに外道過ぎない?レオちゃん?」

「俺のような人でなし一匹程度潰すために街一つ滅ぼす狂人の言う言葉か?」

「あははッ!それだけの相手と見込んでるってことだよ!」


獣じみた低姿勢で大剣の元まで戻ったクロエが右手で剣を掴み上げ、左手をひしゃげて地に落ちた刺突剣に向ける。


まるで意思でも持つようにカタカタと震えながら浮き上がった四本の剣がクロエの元に帰還し、ベルトへと収まっていく。



「でもちょーっと予定とズレてるなぁ…仕切り直しして良い?」

「俺が逃走を許すとでも」

「ここでやると生き残ってる兵隊さんたちが巻き添えで吹っ飛ぶけど良いの?」


赤い剣を向ける人でなしと奇妙な大剣を両手持ちした怪物が相手の意図を読むべくにらみ合う。


だが、そんな二人を邪魔するようにキドという指揮官を失った城壁は這い上がってきた夜行種による襲撃により早々に戦線崩壊を開始していた。


クロエを相手にしつつ夜行種の侵入を防ぐことは困難だ。

だが、夜間自由に動き回り、このような災厄を起こせる相手を逃がすわけにもいかない。


ならば―――――。



「なるほど、分かった」

「ん-、何か?」

「頭を使うのは、弱い奴の証だって事がだ」


レオは未だ苦しみのたうっているキドを掴み上げると強引に城壁内部へと投擲し、緑の炎を噴出しながら空へと飛び立つ。


意図を掴みかねて成り行きを見守るクロエに対し左手に持ち直した剣を向け、右手で背負っていた大型の黒い箱に手を付ける。


握るための取っ手が無造作に付けられた長方形の黒い箱にしか見えないそれに内蔵されているのは夕刻回収し改造したブローニングM2重機関銃とこれまで使ってきた水冷式重機関銃が上下二連装に収められている。


クトーの部下である整備士ゲルと共同ででっち上げた即製ガンポッド『棺桶』、そして既に剣先に緑のプラズマ火球を収束させた赤い魔剣『落日』、その二つがクロエに指向される。


この時点で意図に気づいたのか、クロエが踵を返して退避を試みようとしているのが見える。



相手を殺す、それにいちいち頭を使うのは弱さの証。

そう言ったのは初めて遭遇し、最も苦戦し恐怖した恐るべき悪魔憑きであるエンキの言葉だっただろうか。


こう成り果てればわかる。

小手先でどうこうしようというのは己の力では勝てないと半ば自覚しているからなのだと。


ならば、恐れる必要などない。

蹂躙するだけでよいのだ。



「全て焼けば問題もなくなる」


レオは城壁上、そして壁外の生存者を一切考慮する事なくガンポッドの引き金を絞り、火球の宿った魔剣を地に向けて振るった。





即製ガンポッド、棺桶はこれまでの戦闘で使ってきた装備と新規で獲得したM2重機関銃の合体品になっております。

M2が下部、7.62mm水冷式重機関銃が上部にある上下二連式であり、銃を覆う箱として使われているのはここまで盾として使ってみてあんまり役に立ってこなかった主力戦車の装甲版破材を切断、溶接して再構成した物となっております。

本命はM2が放つ12.7mm重機関銃弾であり、M2を保護して破損させないために装甲版で覆った感じになっております

水冷式はおまけです


持ち手はただの持ち手でしかなくトリガー等は無いですが、主人公が人間をやめて割と無理がきく体をしているので握った後に体の一部を粘性化して銃本体まで侵食させて個々のトリガーを無理矢理引いている感じになっております。


今回はここまで

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