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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
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二十二話、魔女

間隔空きましたが、突然死とか祖国がうっかり滅亡したりしない限りはエタりません。

完結させます。

闇の深まりに呼応する様に、都市を囲む脅威もまたその勢いを増しつつあった。


クロエがばらまいた『撒き餌』におびき寄せられて集まり始めた夜行種の集団は都市外を囲って形成された棄民地域へと殺到し、抗う術を持たぬ新鮮な生ける肉塊に群がり饗宴に興じている。



空から眺める事が出来るならば、うねりを上げる闇の中で燃え盛る都市の情景を楽しめる事だろう。


それはまるで夜の海に浮かぶ孤島の様であり、実際に滅びつつある都市は異形に包囲された陸の孤島であった。


そうであるからこそ彼らは渡り鳥の如く空を飛び、到来した。

そして、見捨てられた弱き者たちの前にそれは舞い降りた。



毛に覆われた三本指の鍵爪を持って地を踏みしめる二本の細長い脚。

くたびれた外套の様に背から伸びた茶色の羽。

夜の闇でも鮮明に輝く巨大な二つの赤い複眼。


それらが頭のない太めの人間の胴体にも見える毛むくじゃらな体から生えた異形の存在は見捨てられた者たちの前に降り立ち、毛むくじゃらな昆虫の脚の様な手を一本、差し伸べる。



もし、まだ彼の偉大なアメリカが存続していたら。

或いはその文化や知識を色濃く継承した者たちがいたならば、彼らはその奇怪な二足歩行の昆虫たちをこう呼んだであろう。


『モスマン』、と。



その手の先にいるのは家族に見捨てられ、仲間に蹴落とされ、阻止する兵たちの放つ銃弾の雨に飛び込む覚悟を持てずに右往左往し、遂には周囲を燃え盛る炎に囲まれて最後を待つしかならなくなった哀れな人間たち。


その人間たちを包囲する様に舞い降り、しかし手を差し伸べるだけで襲い掛かることのないモスマンたちに対して最初に沸き上がったのは困惑だった。



「助けて…くれるの?」


己を苛むであろう炎すらも意に返すことなく静かに佇むモスマンたちに向けて最も勇気があり、かつ身の程を知らない痩せぎすの老いが見え始めた女がおっかなびっくりと近づいていく。


モスマンたちはただ静かに手を差し伸べながら、人間たちをその巨大な燃える様に赤い複眼で見つめているだけだ。


敵意がない。

女はモスマンをそう判断した。


そう思ってからは、女の精神が目の前の存在への親近感に汚染され、浸食されるまでは早かった。


彼らは身を挺して自分たちをこの地獄から助けようとしてくれている。

それも無理矢理捕まえるのではなく、こちらが落ち着いてその手に身を委ねるのを待ってくれている。


そうしていると徐々に彼らがこの地獄から自分たちを救ってくれる救いの主にすら思えてくるではないか。


そうだ、自分たちは救われるべきなのだ。


自然、女は手を伸ばして差し伸べられた手と握手を結ぶ。

硬い爪が気になるが、毛は柔らかく、そして暖かかった。



「皆!この子達に敵意はないわ!手を取って!私たちは助かるのよ!」


微笑む女が振り返ってそう煽動するまでもなかった。

既に多くの者たちが手近なモスマンたちに近づき、差し伸べられた手を握り返している。


その顔にあるのは安堵と喜び。

自分たちは救われるに足る存在であり、もうすぐ安全などこかに連れて行って貰えるという確信から得られる幸福感に酔いしれているのが見て取れた。


老いた女は安堵した。

自分だけが救われるのではないと、ここには逃げ遅れた多くの老人や子供もいるのだ。


自分たちを救うべき男どもは真っ先に自分たちを見捨ててどこかへと逃げて行った。

その後に聞いたのは絶え間ない砲撃と銃撃の音。


おそらく、もう生きてもいないだろう。


苦難に耐えて、忍従した自分たちこそが救われるにふさわしく、そして彼らはそれをかなえてくれる。


そう、すべてを都合良く解釈した。


モスマンたちも決して焦らなかった。

モスマンたちは知っているからだ。


この柔く、脆弱で、それでいて好ましい味わいのする獲物たちは静かに手を伸ばしていれば勝手に近づいてきて餌食になってくれるという事を。


であるからして、群れの仲間たちに獲物が行き渡った事を確認すると同時に握った手をそのまま握りつぶす事になんの躊躇をする事はなかった。


ただ、そうするだけでこの獲物たちが逃げたり抵抗したりしなくなることをモスマンたちは知っている。



「なんで!?どうして!?」


周囲から一斉に響き渡る骨を砕く音と絶叫の悲鳴と怒号。

それを無視してモスマンたちは胸に組んでいた『腕』を開放する。



「ひっ…!」


昆虫の腹にある物、それは言うまでもなく多数の脚だ。

それはモスマンたちが直立歩行する足を獲得してなお変わることはない。


豊富な毛の中、しっかりと組まれる事で隠されていた手の代わりを果たす大小歪な四本の脚が一斉に女の体を貫き、モスマンの胸の中に女を抱き止める。


裏切られた混乱と絶望、そして幾つもの腕に胸や腹を貫かれた痛みに呻き事すら出来ずにいる女を次に襲ったのは浮遊感だった。



周囲ではこの女がされた事と同じ破目にあった者たちがモスマンに抱きしめられて次々と闇に覆われた空へと共に飛翔を開始している。



「な…で…ッ!」



なんで、そう言う事すら最早出来はしない。

モスマンたちの狩りはスマートだった。


必要分を穏便に確保し、他の夜行種や武装した人間の兵士と争うことなく素早く撤退して損失を回避する。


この夜、この戦いを生き残った者たちの中でモスマンたちがこの様な巧みな狩りを行っていた事を知る者はほぼいない。


まるでかつて語られた都市伝説の如く、彼らはなんら痕跡を残すことなく深い闇に満ちた空へと飛び去って行った。



————————————


モスマンたちが静かなる狩りを終えて飛び立った頃、破滅は内城壁とその内部に籠った人間たちにも迫ろうとしていた。


燃え盛る東側の市街地とは対照的に闇に覆われた西の市街地を望む内城壁の上に佇むは西部劇のガンマン風の衣装をした奇妙な男。


レオに敗北し、助命と引き換えに終身雇用の身となったキドの姿があった。



「レオはまだか?」


キドは隣の男に問いかけつつ、手に持つリボルビングライフルの引き金を引き絞った。


放たれた弾丸が緩やかな弧を描きながら眼下に構築されたバリケードに迫る暴徒の首を貫通し、更にはその奥にいた銃剣を付けたパイプ銃を持つガタイの良い男の頭を吹き飛ばす。


狙い通りの二枚抜きだった。


意気軒昂だった頭目が突如として脳漿をまき散らしながら地に伏せた事に怯んで暴徒の一団は動きを止める。


瞬間、城門前に構築されたバリケードの裏に隠れていた守備部隊が姿を現して暴徒に向けて古めかしい粗末な銃器を一斉射する。


集団の前列にいた幾人かが多数の鉛球を受けて息絶え倒れ伏し、残った者たちは叫びをあげて闇に覆われた市街地へと四散する。


眼下、城壁前にバリケードを盾に展開する守備隊に歓喜の色はない。

既にこれで八度目の襲撃であり、勝利の喜びよりも積み重なる弾薬の消費と次なる襲撃の不安が勝っているようであった。


現状、まだ人間を相手にしているから持ちこたえている。

だが、夜行種や屍者がくれば終わりだという確信が守備隊を支配していた。


城壁からの支援があろうと、この期に及んで城壁外に留め置かれた時点で捨て石にされていると理解しているからこそ、その表情は絶望的であった。



「現在待機中です!キド様!」

「用意が出来てるなら良い。それと俺の名はキドではない。キッドだ」


狙うべき獲物が消えた事から視線を隣の男に逸らせば、そこにいるのは血走った眼を見開いて姿勢正しく最敬礼している警備隊長の姿。



この夜の戦いにおいて警備隊長はレオから城壁を最終防衛線として死守する様に命じられ、キドはその補佐に充てられていた。


もっとも、基本的に一匹狼の傭兵家業を続けてきたキドに兵の指揮など出来はしない。


どれが最も危険な敵かを判断し、どう倒していけばおおよそ生き残れるかを他人にあれこれ指示するのが限度だ。


故に行った策は城門前にバリケードを築かせた上で最低限の阻止兵力を残し、残りは城壁と城内に引き込ませて戦力を温存することだった。


指揮が出来ぬならば自分の手の届く範囲だけを戦場とする。

それが今回のキドの考えであり、概ね成功することとなった。


少なくとも東側に比べれば遥かに成功であると言えた。



「ところで、あっちはどうなった?」

「外に出したやつらが不甲斐なくも命令を果せなかったので、下民ども諸共火砲で吹き飛ばしました!キッド様!」


言葉通り、内城壁へ繋がる最後の直線となっている大通りの周囲には多数の砲弾痕と折り重なるような多量の死体が散乱している。



光を嫌う夜行種の大半は燃え盛る東側から襲来することはないだろう。

相手は人間だけ、故に警備隊長でも問題ないとキドは判断した。


今回最も脅威となるのは夜行種の襲撃であり、それに紛れて接近してくるクロエという名の悪魔憑き。


そこまでわかっているならば、やる事は一つ。

攻撃可能範囲を制限した上で迎え撃ち、確実に始末する。

イナゴレイダーやヴィルを相手にした時と同じことを更に大規模にやるだけの事だった。


だからこそ、西側は焼き払うことなくキドが受け持ってぎりぎりまで維持する事としたのだ。

クロエと夜行種が迫ってきた段階で城壁の火砲で弾幕を張り、炎の熱と光でもって夜行種を分断しつつ、孤立したクロエを仕留める。


これが今回の作戦の骨子といえる。

ある意味で順当にいけば東側の兵力はさほど損耗しないはずであった。


だが、実際にはレオによる精神汚染で宗教的ともいえる熱意と忠誠心を植え付けられた警備隊長は想定以上に下手を打った。

元は怠惰で才もなく年功による序列だけで隊長に列せられた警備隊長の指揮能力はキド以下であった。


都市を預かり、発展させろという最初の命令を神聖不可侵の使命として脳に焼き付けていたが為に行ったのは都市のすべてを守るための攻勢。


すなわち暴動の鎮静化と火災の消火に城壁防衛兵力を除く東側の手勢のすべてを送り出したのだった。


結果、夕暮れより始まった火災が大火となった東側では内城壁内へと逃げ込もうとする膨大な暴徒が居住地大通り内に展開した守備隊と処刑隊を数の暴力で圧殺して敗走させるに至った。


敵と味方が混ざり合い、一塊の制御不能な濁流と化して迫って来るに至り、それを止めるには城壁に設置された機関銃と火砲を用いる他になかった。

かくして、東側の城門へ通じる大通りは文字通り死体の山と化す事となった。



「少ししたら屍者になるぞ、厄介な話になる。だが今は————」


キドはこれから東側で起きるであろう新たな問題から意識の外に放り投げつつ、再び闇に覆われた西側の市街地を凝視する。


そこでは新しい危機と破滅、木造城壁突破による夜行種の浸透が始まっていた。


ある物は壁を乗り越え、ある物は壁そのものを突き破り、急速に市街地に浸透を開始している。



「木造城壁が突破された、夜行種どもが来るぞ」

「私には何も見えませんが、出来ることがあればなんなりと————」

「あっちに戻れ、自分で作った屍者の始末をしててくれ」


既に警備隊長の事など眼中になく、キドは闇をにらむ。

元より目は良い方だったが、今はむしろ気持ち悪いほどに見えすぎていた。


こんな夜にサングラスを付けているというのにやけによく見える視界をキドは静かに受け入れていた。


前回の戦いで受けた錆雪によって溶解寸前であった体を治療するためにレオの血を入れすぎたせいか、いやに夜目が利く。



今の夜の闇を蠢く奇怪な生き物たちが粗末な木造住居をこじ開けて中に隠れた住民たちを引きずり出して捕食している様が見える。


通りまで逃げ出した人間が巨大な触手に無数の昆虫の足を生やした様な得体のしれない何かに食らいつかれて路地裏へと消えていくのも見える。


他の者には悲鳴と絶叫しか聞こえないであろうこの夜の闇の中で、何が起きているかが見えている。



レオの血にかなり蝕まれている事が嫌でもわかる。

行きつくのは自我を失った怪物か、ボースの様な自我を肥大化させた人でなしか。


死ぬ事も死に損なう事も怖くはないが、ガンマンが続けられなくなる事だけは御免こうむりたい。

死ぬならば決闘で倒れるカウボーイの如く、前のめりで逝きたいと願ってやまない。


だが、まだその時ではない。

その時が来るまで、己はいつか憧れたガンマンという道を進むだけだ。


自然、ライフルを握る力が強まるが引き金を引くことなく保持して耐える。

この中に、夜行種よりも狙わねばならぬ脅威がいるためだ。


目を瞑り、息を深く吸ってゆっくりと吐いて精神を落ち着かせ、再度闇を見つめる。

そして、その闇の中にわずかに明滅して光り輝く何かを見出した。



「……あの光がレオの言っていた頭のおかしい電撃女ってやつか」



時折闇の中で輝きながら近づいてくる閃光に銃口を向けつつ、キドはつぶやく。



「まだ撃つな、引き付けろ」


迫って来るあの明滅する光の主が電撃を操る悪魔憑き、クロエ・ノワールであろう事は疑いようのないことだった。


西側は大通りに入れば僅かな蛇行を除けば城門までほぼ直線の道で構成されている。

姿を現し、十分に当たると『確信』を得た時が勝負の時だ。



「準備しろ、来るぞ」



サングラスに隠れたキドの目が険しくなる。

クロエの姿をその目でしっかりと見出したが故だった。


かつての雇用主のエンキですら夜に動き回ることを嫌っていた。

奇怪な有象無象が蠢く世界で夜目が効かないというのはそれだけ厄介な事であるともいえる。


仮に効いても、こうして嫌な現実を見せつけられるだけであるから、ある意味その選択は正しく賢いとも言えただろう。



だというのにあの女は夜行種を引き連れてどこか楽しげですらあるように見えたからだ。


その背後では無数の夜行種が蠢き、まっすぐ大通りを進んで集団が城壁に迫ってきているのも見て取れる。


己自身を餌にした『(ウェーブ)』の誘因という力業。

まさしく、自己の命すら顧みない死地に身を置く所業。

だというのに————。



「……楽しそうに笑っているな」


クロエは裂けんばかりに開いた口から牙をむき出しにして笑い、何かを叫びながら背後から迫る集団の導く様に城壁に向けて、キドの有効射程内に向けて突き進んできている。


全身には返り血や肉片がこびりつき、整えていた髪は乱れ、きらびやかであったであろう衣装は破れて装飾の脱落は酷く、体には小型種が食らいついてすらいるというのに。


クロエはそれら全てを意に介す事無く、笑いながら夜の大通りを全力で駆け抜けて来る。


強行軍の影響か、決して無傷には見えぬ事が分かる。

それでもその戦意と殺意がいささかも衰えていないことは明白であった。



右肩に担ぐように奇怪で巨大な鋏にも見える大剣の刀身を置き、左手には綱にも見える多数の紐を握って何かを引きずりながら————。


否、あれは人だ。

少し前まで人だった肉塊だ。


クロエが握っているのは人の髪の毛、そして引きずられているのはその髪の持ち主である息絶えた人間たちであった。


手足や下半身を失った幾人もの人間たちの残骸が、悪魔憑きの脚力でもって生み出される速度で地面を引きずられる度に破壊されて血や肉片や内臓を地面にまき散らす。


追跡を続ける夜行種たちがそれを貪りながら更なる贄を求めてクロエを追跡している。

クロエはただ走っているのではない、餌をまき散らしながらここまでやってきたのだ。


並の神経であればここまでの事は出来ない。

キドはクロエという存在をエンキに近い精神性と危険性を持つ敵として認識した。


そうして冷静に脅威の分析を進めるキドの耳に今度は不快な音色が押し寄せる。



「丘ァ!うぉおおおおおッ!越えェエエエエ!行っこうよぉおおおおおッ!くちぃぶえぇええええ!吹きィッ!つぅうううつううううッ!」


それは呼吸の合間に無理矢理吐き出されたような音程などまるで無い、しかしよく響き渡る歌だった。


それは、あえて叫び、目立ち、餌をばらまき、一匹でも多くの夜行種の注意を引いて内城壁まで引き込もうという邪悪な意思の表れであった。



鬼気迫る笑みと共に死体を引きずって大路を駆け抜ける常軌を逸した所業、そして死を運ぶ邪悪な軍団を引き連れて夜の闇に呪いの歌をまき散らす狂人。


それがキドから見たクロエの姿であった。

迫りくる呪いの歌は決して止まらない。



「あれじゃまるで魔女だな」


周囲に目をやれば、顔面蒼白といった表情の兵たちが呆然と迫って来るクロエと夜行種の集団をただただ見つめていた。



「攻撃開始だ!俺の射撃に合わせろ!」


呆けた周囲を正気に戻すため、柄にもなくキドが叫んでライフルを構え直し、狙いを定める。


当たる、そう確信した刹那にクロエの目がキドを捉える。



「……!」


キドが引き金を引き絞ったのはまさにその瞬間であり、それを契機に西側城壁の戦闘が開始された。



親族の葬儀やら手続きやら仕事のあれこれで時間が取れなかったり、移住先に持ち込んでいた執筆兼用ゲーミングPCがお達者したりした結果、かなり投稿期間が開いてしまいましたがなんとか復帰できそうです


これからもよろしくお願いします。

ちなみに魔法少女さんはこの話を書き始めた段階で考え付いていたヒロインの一人です。

愉快な化け物どもの良心枠です、よろしくお願いします。

歌っているのはピクニック (童謡)です

https://www.youtube.com/watch?v=uQHyD4ndTRU


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