二十一話、大火
喪中ですがほぼ完成しかけてたので気持ちの整理つける事も兼ねて投下します。
意識を失っていたボースは頭を何かに突かれる感触で目を覚ました。
同時に戻ってきたのは焼けるような腹部の強烈な痛み、そしてまたしても不覚を取った記憶。
瞬間、ボースの感情は瞬間湯沸かし器の如く沸騰した。
「がぁああああッ!」
痛みを無視して立ち上がり、吠えると背後で何かが転がり落ちる音がする。
「生、生キテイタノカ…!」
振り抜けばそこにいたのは美しい外見をしながらもどこか能面の如く不自然な顔立ちをしている知性ある女性型のミュータント、脳髄啜りが尻もちをついている。
頭頂部から生えた二本のアホ毛状の触手をせわしなく動かしている様からして、合点がいく。
どうやらボースを捕食するつもりで背後から頭を抱え上げて触手を突き立てたが、悪魔憑きの強固な頭蓋骨を貫通出来なかったのだ。
「ま、待テ―――」
両手を伸ばして懇願する脳髄啜りの前まで歩み寄ったボースは無言で右腕を伸ばして頭を握りつぶす。
そして、一切の躊躇なく手の中に残った残骸を口の中に放り込む。
「ちッ!クソ不味いじゃねぇか!」
眉間に皺をよせ、口の端から青い血を垂らしながらもボースは咀嚼をやめない。
更にその場に腰を下ろし、主である頭部を失った擬態用の胴体に巻き付く衣服を乱暴に引きちぎる。
晒された胸部にあったのはほぼ成熟し、生まれ落ちかける直前の脳髄啜りの幼体が二匹。
女性の胸に擬態した半透明の膜の中で羊水に揺蕩う小さい生首の目がぎょろりと開き、ボースの凶悪な相貌と見つめ合う。
おかしい、もうすぐ捕食者として生まれ落ちる筈の自分がなぜこの様な怪物と目を合わせているのだ。
羊水の中で声にならない絶叫を上げる幼体の脳髄啜りが最初で最後に得た感情は恐怖であった。
太く、大きいボースの腕が胸部の保護膜ごと幼体を千切り取り、握り潰す。
そして、再びその残骸を咀嚼し、顔をしかめ、悪態をつく。
その動作を繰り返す事、数度。
三体の脳髄啜りを喰らい、濃いエーテルの混じった肉と血を吸収する事でボースの腹に空いた穴は塞がり、焼かれた内臓はなんとか本来の活動を再開し始める。
本調子ではないが、動くには十分程度だ。
敵を殺し、己を助ける全ての要素がエーテルにはある。
身体を強化し、アノマリーを生成し、強力な兵器を稼働させ、深手すら癒す万能にして絶望の物質。
人類を脅かした奇跡の残滓を適切に用いる事で悪魔憑きは即死しなければ幾度でも甦る。
それをボースはミュータントを捕食する事で補ったのだった。
「ちっ!火事にするなって飛び出したのにこれじゃあ、あの陰険野郎に小言いわれるじゃねぇか!」
一息ついたボースは周囲を見渡し、再び激昂した。
裏路地が燃えている。
ボースが無事なのは自動で起動した戦槌による風の守りが周囲の炎やガスを弾いてくれているからだ。
あの脳髄啜りも火と煙に巻かれて逃げ惑っていた所で都合よく安全かつ餌のある場所を見つけたと思って飛び込んだのだろう。
結局、そこはより酷い死地であったがそんな事はこの終末後の世界ではよくある事だ。
「戻るべきか…。いや、部下どもを見つけてからだな。あいつらまで死ぬと駒が無くなる」
戦槌を振りかざし、燃える裏路地の建物をなぎ倒しながらボースは大通りへ向けて歩を進めて行った。
既に日は傾き、夕暮れの赤黒い光は弱まりつつあった。
―――――――――――――――
外壁内居住地が赤い炎に照らされ、悲鳴と怒号が飛び交っている。
裏路地の戦闘においてクロエが視力を失ったイナゴレイダーから逃げる為にばら撒いた『本気狩殺光線』の雷光は渇き朽ちた木材を着火させるには十分な威力を有していた。
一度ついた火は瞬く間に燃え広がり、既に都市の対処能力を超えた大火になりつつある。
混沌と化した大通りを逃げ惑う民衆と駆けつける都市の兵士達。
兵士達は民衆の避難誘導などすることはない。
内城壁居住区へ繋がる通りを封鎖し、火が燃え移りかねない建物を破壊し、従わない者に粗末な剣や槍を突き刺し、原始的な前装銃の鉛玉を叩き込んでいる。
よく目を凝らせば人以外の何かすらもそこには走り回っているのを見る事が出来た。
裏路地からあぶり出されて飛び出してきた巨大化し、狂暴化したネズミ。
腐敗した肉から朽ちた材木まであらゆるものを餌とする硬質化した外骨格を持つ大型の害虫。
体を失い、頭部だけで地面を跳ねて人間に襲い掛かる脳髄啜り。
擬態用胴体が無事な個体は、民衆に混じりこんで最早判別不可能だ。
街の肉屋が売り物として養殖していた物が火事の混乱で脱走したらしい。
蛆虫の様なミュータントである大量の死肉喰らい達が火から逃れるように列を成して大通りを行軍している様すら見える。
更には既に火事や混乱に巻き込まれて死んでから起き上がった屍者たちの姿。
自らを焼く炎を意に介す事も無くふらふらと焼けた街並みを生者を求めて徘徊してすらいる。
とある区画では内城壁の城門へ至る大通りの防衛を任されているらしき指揮官が兵士達に隊列を組ませ、前装式小銃による斉射で持って押し寄せる有象無象を押し返そうと檄を飛ばし続けている。
兵士達の列を飛び出して燃え盛る通りに躍りだした黒衣を纏った処刑隊の面々は火事である事など気にする素振りも無く火炎放射器で滅ぼすべき異形と屍者を民衆ごと焼き払い、斧や戦槌や槍で叩き潰している。
民衆たちの逃げる事が出来る場所は木造城壁の内部か、或いは外だけだ。
外にあるのはまともな防御設備などないスラムがあるだけであり、夜すら迫ってきている。
かといって外壁内居住地に残っていたとしても火が回ってくれば焼け死ぬだけだ。
木造城壁に火が移れば外に逃げるという選択肢すらいずれは無くなってしまう。
逃げ惑うしかない弱者たちにあるのは苦痛と恐怖に満ちた生か、或いは死だけであった。
外からの侵入を許していない状況でこの惨事、都市外周部の崩壊は最早避けられそうになかった。
その光景をクトーは再び戻った内城壁の上から苦々し気に見下ろしていた。
クトーの周囲も既に騒がしく暴言を吐く兵士達が広いとは言えない城壁上通路を走り回っている。
警備隊長の指示によって城壁上への防衛配備が言い渡されたからである。
情勢が悪化すれば、彼らは眼下の街で展開する味方ごと敵を吹き飛ばすだろう。
「すまないな、キルロイ。こうなるとは思いもしなかったんだ」
「気にするなと何度も言っている。どうであれ、お前が死ぬ事態が避けられた事が現状における数少ない救いと言えるのだからな」
レオと協議し、伏兵はほぼ無いという前提で車両部隊はキドとドッグに守りを任せている。
レオが駆けつける程度の時間ならば二人で稼げるという想定だった。
ボースに追撃を任せたレオはクトーの元へと戻り、静かに、しかし隠し事を許さぬという意思でクトーを問いただした。
そうして出てきたクロエの素性は以下の通りだった。
一つ、地上人至上主義である教会の中でも例外的に存在を認められた爵位すら持つ悪魔憑きである事。
二つ、教会設立期以前からその前身組織と接触しており、50年以上に渡って教会の処刑人であるフィクサーを勤めており、始まりの処刑人とすら呼ばれて教会内では畏敬の念をもって扱われている事。
三つ、本来の姿は黒い毛並みを持つ大型の人狼であり、快楽殺人者であるが独自の規範を持ち、逸脱しない限りは基本的に無害であるという事。
四つ、特に目が良く、ドッグの如く夜間でも周囲やアノマリーを見通せるという事。
そして最後に、教会に与えられた特殊兵装と電撃を組み合わせた特異な戦闘様式を持つという事。
クトーは一切の隠し事なく己の知りえる知識の全てをレオに明け渡した。
友を売る行為であり、最悪クロエを殺す事になるが先に手を切ってきたのは向こうである以上は他に選択は無かった。
「……イナゴレイダーによる居住区の破壊が止まっている事からして追撃は失敗したと見ていいだろう。次の奴の行動は読めるか?」
クトーの隣で燃え盛る都市を見下ろすレオがローカスターによる突撃で破砕されて発生していた砂ぼこりがとうの昔に晴れている事から状況を推測して問うた。
民間人の巻き添えなど考慮する奴ではない、それが大人しいという事は打倒されたのだろう。
生きていようがいまいが、今回の戦闘ではもはや役に立つ事は無いという前提でレオは脳裏で作戦を組んでいく。
ボースにしても同じだ。
自力で帰還しないならば戦力の判定から外す他無い。
あの二人を相手にここまで出来る以上は独力で対処するほかにない。
「少なくともこれで終わりってのはねぇな…。恐らく再度搦め手込みで仕掛けて来る。最悪、今夜にはやらかす」
「なるほど、夜目が効く以上は可能性は高いな」
「ああ、だから今から準備して迎え撃つべきだ」
クトーは眼下の地獄から目を逸らして城壁を歩み始めた。
幽鬼の様なレオの姿を見て殺気だった兵士達も顔色を変えて即座に身を壁に寄せて道を作る。
この先はクロエと昼にあった場所、既に夕暮れが迫り赤黒い陽光は薄暗く、影が濃くなってきている。
「この先だ、キルロイ。きっと気に入る筈だ」
ついてくる事を促し、更に進む。
せり出した胸壁に頭上と両側面を守る追加の防壁を追加した防御陣地にそれはあった。
「ほう、これは…」
見覚えのある武骨な形状の大口径機関銃にレオも久方ぶりに笑みを浮かべる。
ブローニングM2、100年以上に渡ってアメリカを筆頭とした旧時代の『西側』と言われた勢力で主力を担い、レオがかつて駆った重強化外骨格 のガンポッドにも使用されていた強力な火器だ。
「ああ、旧人類軍の重機関銃だ。使い方だの名前だの、お前の方が詳しい筈だ」
「無論だ、早速ゲルに弄って貰う事にしよう。直らない車両よりも敵を撃つ銃がいる」
銃架から取り外したそれを片手で担ぎ、レオは胸壁に足を掛ける。
「クトー、すまないがもう少し周囲を探してこいつの弾と弾帯を探しておいてくれ。周囲の奴らは俺の名を出せば嫌でも従うだろう」
「分かった。ゲルには俺の名前を出して優先する様に伝えてくれ。それでお互い、万事うまく行く」
レオは黙して頷くと胸壁を蹴って飛び立ち、足と背中から疑似スラスターの緑色の炎をふかしながら去っていく。
「考えるな、帰るためだ。俺は帰るんだ」
クトーは湧き上がるあらゆる感情を振り落としように首を振って与えられた役割を果たすべく再び動き出した。
――――――――――――
男が騒ぎに気付いたのは既に太陽が沈みかけた夕刻間際の事だった。
煌々と赤い炎と揺らめく影が男がどれだけ入りたいと望んでも叶わなかった外壁内居住地から立ち昇っている。
「へへっ!何か知らねぇが大火事になってやがるじゃねぇか!ざまぁみろ!」
その言葉に周囲にいた幾人かも同意する様に頷き、歓声を上げる。
ここは壁外居住地、放置区域の更に外の見捨てられた者達のたまり場。
十数年、あの壁の中に入るために必死に仕事をしてきた。
ミュータントに襲われる恐怖と戦い、痩せた土地を耕し、物資を求めて当てもなく彷徨い、収穫物を中の連中に収める。
貰った言葉は感謝でなく罵声、与えられた施しは食糧であるかすら怪しい泥を固形化したようなパンに擬態した何か。
泥と土と枯草を混ぜて作った干し煉瓦で作られた家と呼ぶのも憚られるねぐらで夜を凌ぎ、必死に生きてきた見返りなど何もありはしなかった。
日々を生きる内に互いに生きる為の妥協から特に愛してもいない者と家族になり、子が生まれ、結局は飢えと病とミュータントで全て死に絶えた。
最早何も残っていやしない。
他の者たちも似たり寄ったりだ。
与えてくれなかった者達が自分達より先に死ぬというのはこれ以上に無い痛快さだ。
男は両手を振りかざして笑い、祝った。
滅びとは平等に訪れるという事を忘れたが故に。
「こんばんわ」
周囲が興奮冷めやらぬと外壁に火が燃え移る様に歓喜の声を上げる中、背後から声を掛けられた男が振り返る。
女がいた。
短く丁寧に切り揃えられて整った青い髪、整った幼さの残る優しい笑みを浮かべる顔、そして格式ばった紺色の美しい衣装をした若い女が立っている。
今日は変な奴が何度も来るものだ。
昼には軍人風の奴と浮浪者という珍妙な二人組が何人か人間を雇って壁の中に戻っていった事を男は思い出した。
あの時は雇われなかった事を恨み罵ったが、今となっては火にまかれているだろうと思うと笑いがこみ上げてくるという物だ。
衣装と見た目からして高級娼婦であろうか、火事から逃げて来たならば愚かな事だ。
『戦利品』として周囲の仲間ととことん楽しめるとなればこれからしばらくの人生はバラ色だ。
しかし、様子がおかしい。
よくよく見れば、その華奢そうな片腕には異形の大剣が握られている。
男は知る由も無かった。
装備を整え、狩りの正装に着替え直したクロエ・ノワールが『とある目的』を果たすために外周部に降り立ったのだという事を。
「突然で悪いけど命、頂きます!」
空いた片手で素早くL字の祈りを切り、叫ぶ。
直後、男の視界が衝撃と共に宙に浮いた。
「えっ?」
赤黒い空と太陽が見える。
さっきまで見えていた女はどこに。
「あっ…」
勝手に動いた目線が下に向いて気付く。
大剣と思っていたのが巨大な閉じた鋏であった事に。
先程と違い、鋏が横薙ぎに振るわれていることに。
己の体が二つに分断され、上半身側である己が宙を舞っている事に。
先程の笑みなど幻想であったように、肉食獣の様に尖った歯を剥き出しにした少女が銃を模した指を向けて笑っている。
「『本気狩殺光線!』」
その指から放たれた雷光が直撃して消滅するまでの刹那、男は全てを理解してしまった。
これから死ぬのだと。
「ま―――」
飛来した雷光に血肉を焼き尽くされ、男の意識諸共上半身が爆発四散した。
―――――――――
一方的な殺戮であった。
逃げ惑う人間達に肉薄して裁断刀を振るって両断し、距離のある相手には刺突剣を投げつけて刺し殺す。
当初こそ抵抗の意思を見せた者たちも巨大で鋭利な鉄塊で先頭の数人が両断された時点で戦意を喪失して散り散りに逃げ出して以降は反撃らしい反撃を受ける事も無い。
家族であろうが友であろうが助け合う事も無く、庇い合う事も無い。
己が助かる為に誰かを見捨て、殴り飛ばし、蹴り倒す。
誰かを切り捨てて助かろうとする者と切り捨てられまいと抗う者が互いを罵り合い、足を引っ張り合いながらも結局は諸共斬りつぶされて一つの肉へと成り代わる。
そして、出来上がった死体が宙に放り投げられては本気狩殺光線で爆砕され、周囲に血と肉片をまき散らされる。
まるで花火大会だ。
「ああ、綺麗だなぁ…」
やはり殺しは楽しい。
クロエは抑えきれない感動を前に、顔についた返り血を拭う事すら忘れて恍惚とした表情でつぶやく。
人の死は美しい。
白と黒の混ざりあった灰色の世界に命が砕け散る時に色が満ちるのだ。
いつからそうだったのか、クロエの目に映る世界は常に灰色だった。
それは人であった頃からかもしれないし、或いは人でなくなってからかもしれない。
こんな目だからこそ、見える物が有り便利な事も多いのだが味気ない景色というのはどうにもならない。
そんな灰色にしか映らない世界に失った色を取り戻してくれるのは、アノマリーや悪魔憑きや一部の例外を除けば人の死だけなのだ。
人は死ぬ時に体から湯気の様に綺麗な色をまき散らす。
人の魂の色なのかもしれないし、体内のエーテルが大気へと霧散する過程でそう見えるのかもしれない。
ともあれ、幾度見ても飽きぬ色にクロエは魅せられている。
殺した時の感触を楽しみ、死の色を楽しみ、人から変じた当初はもうそれこそ狂ったように人を殺し続けた。
だが、だからこそ、いつしか気付いたのだ。
「でも、今日だけだよ。こんな風に殺してたら、人間なんてすぐ滅んじゃう」
今も暴食の如くまき散らされる死の色に魅せられる己を律する様に目を閉じて戒めの言葉を紡ぐ。
「食べたら無くなる、殺したらいなくなる。全てを奪ったら、何も残らない」
『汝、死を想え』とは古代の偉人であるメメント・モリさんなる人が言った言葉であっただろうかとクロエは思案する。
人とはどこにでもいるものではない。
この世界の中で見ればむしろ貴重な部類であるのだ。
際限なく欲望に身を任せればこの脆弱な種族は簡単に絶滅してしまう。
人を殺し尽くした時、苦しむのは自分だ。
死ぬ事のない不老の肉体で、殺す相手を探して永遠に不毛の荒野を彷徨うなど、悪夢以外の何物でもない。
それに気付いた時、クロエは人を生かし守る側へと回る事を決意した。
人間達の有力者に取り入り、彼らの命との資産である下僕を守る事を誓い、対価として殺しても良い人間を定期的に提供して貰う。
それは善意の生贄でも良ければ、彼らの支配を拒む『反体制的な人間』でも良かった。
とにかく確実に殺せる人間が供給され続ければ良い。
だからこそ、戦ってきたのだ。
教会と手を結び、彼らに害をなすミュータントを駆逐し、悪魔憑きを殺し、敵対勢力を滅ぼして版図の拡大に尽力した。
結果的に、体制と社会が安定した頃には犯罪者や変異者が常時湧いて出るようになって獲物には事欠かなくなった。
趣味と実益の融合こそが最良の人生と言えるだろう。
クロエにとって、処刑人は天職であった。
そんな理想の実現の為、己自身も殺害衝動を無理のない範囲で抑えるために努力した。
あくまで無理のない範囲でだ、腹が減ったのを我慢していれば餓死してしまう。
殺しもまた然りだ、抑え込み過ぎれば代償は大きくつく。
理性を維持するために人の皮を被り、人を殺す為の基準となる規範を作り上げた。
規範に照らして悪となる者を殺し、もし善なる者を殺したならば殺した以上の人間を救う事で帳尻を合わせるという縛りを決めた。
押さえ付ける事など不可能な持って生まれた業の調整、それがクロエのたどり着いた答えだった。
「こんだけ殺したら相当にカルマが悪になっちゃうねぇ。終わったら暫く善行に励まないと」
故に、この所業もしっかりとカウントに入っている。
特に優れた利点も資源もありはしない殺しても問題ない者達と言えども、その所業は巡り巡って伝播する。
都市一つ滅ぼせば、都市の周囲で人間という餌を狙って集まっているミュータントたちが新たなる餌場を求めて大移動を開始する。
下手すればそれは波を生み出し、地域の滅亡に波及しかねない行いだ。
だからその帳尻合わせは生き残った後で行わねばならない。
これまでも、これからも、命続く限り永遠に人を殺し続ける為に、人と文明を守る番人としてクロエは君臨し続ける意思がある。
だからこそ、クロエはレオを許容する事は出来ない。
一目見た時から全てを否定し、滅ぼす意思を持っているとしか思えなかったあの男はここで消さねばならない。
想い人に会わせる事も許容出来ない、きっとあんな邪悪な者でも笑って受け入れるであろう事が容易に想像がつくからだ。
そうなれば、奴はきっと最悪の状況で彼女の背を刺して殺すだろう。
そんな事は許されない、彼の最期を貰うのは己なのだから。
「さぁて、どんどん殺っちゃお~」
軽い足取りの中、鼻歌混じりに続く破壊と殺戮。
歌うのはお気に入りである、マスコットが暗黒企業の営業マンの如く暗躍する魔法少女作品のオープニング曲。
クロエの歩んだ後にあるのは破壊された住居と血と肉片のまき散らされた凄惨な大量殺戮の残滓だけ。
これは撒き餌だ。
人という餌が食べられる好機を待つ化け物どもへ、機が到来した事を告げる印だ。
「嫌だ!嫌だぁああああッ!死にた…ッ!ギィ!?」
叫び、逃げ惑いながら腰の高さ程度しかない気休めの盛り土の壁を乗り越えようとした哀れな犠牲者が外から伸びてきた奇怪な腕に絡め捕られて姿を消す。
気付けば既に夜が到来していた。
「おっ、来たねぇ」
耳を澄ませれば周囲から響くのは不気味な何かを引き摺る様な歩行音や荒い呼吸、こすれる羽音などの雑多で悍ましい物音たち。
それらは重複し合い、ある種の旋律となり、大きくなりつつある。
既に始まった小競り合いによる悲鳴と咀嚼音すら聞こえてきている。
これで舞台は整ったと言えるだろう。
夜行種の波を都市に叩きつけ、消耗戦に持ち込む。
その混乱に乗じてあの男を始末する。
「さぁ、『本気狩りの夜』の始まりだよ」
牙を剥き出しにして嗤うクロエの頭上には赤黒い月と紫色の空が広がっていた。
前書きの通り、身内の不幸があったので後書きも今回は無しです
来月は仕事の関係も有り、どうなるか未定です
エタることはないのでよろしくお願いします




