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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
81/101

二十話、市街戦闘

久々に二連休取れたので回線復帰記念も兼ねて頑張った


悲鳴と怒声、ゴムや鉄が燃える不快な匂い、混濁する意識と閃光で焼かれて機能を果たさない眼。

背に感じるのは地面の感触、再び打ち付けたのか頭が痛い、これで今日何度目だろうか。


それらを総合し、少なくともまだ自分が生きている事をクトーは理解した。



「ああ、今日は厄日か?いや、ここ最近ツイてる事なんてねぇな…」


額に右手を当てて溜息をつく。

今日も空には緑色の太陽が下々が苦しむ様を見下していらっしゃる。



「クトー坊!大丈夫か!?」


腰に手を回されて上半身を引き押されれば視界に映るのは最古参のゲル老人だ。

周囲には配下の機械教徒(プレッパー)達が武器や手近な工具を構えてクトーを守る様に半円状に前方展開していた。


自分達の体を盾にしてでも不甲斐ない主を守ろうとしてくれている事は義理堅い、しかし悪魔憑き同士の戦闘において肉の盾など破られるのは一瞬であり気休めだ。


本格襲撃だったならば全員既に死んでいただろう。



「ああ、どうやら俺が狙いじゃ無かったみたいだな…」


そんな配下たちの背の間から見えるのはレオが振り下ろした赤い剣を二本の刺突剣でいなしながらも弾き飛ばされて遠ざかっていくクロエの姿であった。



「坊、まさかあの女…」

「ああ、クロエだ。レオを見た途端に豹変しやがった」


困惑しながらもゲル老人はクトーに肩を貸して立たせるとその場を離れようとする。

引き留めようとクトーが口を開こうとするが、ゲルは目を瞑って首を横に振ってみせた。


もう言葉で止まる段階ではない、言外にそう言っている事を理解してクトーはゲルに身を委ねた。



「なんだッ!?『弱い奴()』の襲撃かッ!?征くぞボースッ!ぶぉおおおおおん!」

「黙れ虫野郎!ぶっ殺すぞ!」


部下に守られて下がっていくクトーと入れ替わる様にローカスターに跨ったイナゴレイダーと殺気だったボースが飛び出していく。


片や嬉々とした声で、片や憎悪に満ちた凶悪な表情でだ。


こうなればもう平和的な解決は不可能だった。

あいつらはとにかく話なんて聞きやしない。


言葉を話せるだけで建設的な会話など出来ないのが悪魔憑きどもだ。

クロエは珍しく例外と言える程に道理を弁えた筈の奴だったが、こうなってはやはり同じ穴の貉か。


結局この街も戦場になるだろう。


その辺の瓦礫の破片が直撃しただけで死ぬような貧弱な人間の出る場面ではもはや無い。



「……何をやられた?」

「輸送トラックじゃよ、エンジンと電気系統が吹っ飛んでる」


クロエが放った二発の雷撃は至近のクトーを無視して遥か後方にあった大型トラック二台を的確に撃ち抜いてた。

これが通常の雷ならば表面を伝って終わりだっただろう。


だが、クロエが使うのはエーテル操作で発生させ放った電撃だ。

まるで生物の様などう猛さで彼女が狙った部位に食らいつき、大いに荒れ狂ったであろう事は想像するに充分であった。



「だから焦げ臭せぇのか、まいったな。復旧出来そうか?」

「まずどこまでイカれたか調べんと分からんわ。完全にオーバーホール案件じゃぞ」

「……復旧までに数日じゃ済まねぇな」


徐々に遠ざかっていく戦闘音に内心安堵しつつ、クトーは新しい問題に頭を抱え始める。

己の招いた者によって、クトーは脱出の手段を奪われたのだった。




―――――――――




高速で上下左右から次々と振り下ろされる剣の連撃を両手に持った刺突剣で弾き、受け、逸らしながらクロエは目の前の敵を見据える。


死人の様な青白い顔をしている割に、敵の動きは見かけに反して素早い。

地面を蹴って距離を取ったと思った次の瞬間には既に目の前に迫りながら剣を振り下ろしてくる。


このままやっていても振り切れない。

少し早まった行動をしてしまったかとクロエは自嘲しながら、体の関節や筋肉の限界を無視した強引に放たれる連撃をいなす。



剣で受けたからこそ理解出来る、一発貰えば致命傷だという確信。

どうやら体内エーテルを全て機動力に回しているらしく盛大にエーテルをまき散らしているのが嫌でも見える。


体を加速させ、剣を振るい、そこから更に腕をエーテルの放出で加速させて鋭い斬撃が繰り返される。


受けるごとに刺突剣の刀身が欠け、捻じれ、曲がっていく。

二本で受けているからこそ、ギリギリで耐えてくれている。


壊れる時は同時だろう、ついでに自分の命も壊される。



強靭堅牢が売りのアマルガム装備が有する形状回復能力の限界を容易く超えた連撃にクロエは苦い笑みを浮かべて叫ぶ。



「ッ!はぁ!こりゃまいったッ!ねぇ!」


高速機動による肉薄を持って相手に一切の行動を許さないインファイトの強制と相手の武装と肉体を破壊する魔剣のコンビネーションという単純だが、だからこそ対処できない理不尽の押し付け。


牽制の為に殺光線(ビーム)を撃とうにも、武器を手放せば受け切れずに切り捨てられる状況。

とてもではないが技名など叫んでいる暇はない。


刺突剣で攻撃を弾き、後方へと飛んでは追い付かれる。

弾き切れない攻撃を刺突剣で受けてはその腕力と衝力をもろに喰らって後方へと吹き飛ばされる。


どちらを選択しても一瞬離れた視線を戻せば奴は既に目の前で剣を振るってきている。

上から、横から、斜め下から、そして時々ルーチンを崩した突きと蹴りが混ぜられる。


動きに目を慣れさせた上での搦め手、非常に戦いなれているというのが分かる。



「ちょっと…ッ!しんどいかも…ッ!」


体の方の消耗は無い。

呼吸に乱れはなく、精神の摩耗も無い。


むしろ体はほぐれて本調子に戻りつつある。

ここ最近、まともに運動をしていなかったから凝り固まっていた骨格と筋肉がほぐれていくのは心地良いぐらいだ。



気を張っていれば対処しきる事は可能、問題は武装だ。

予備も持ってきているが、質的な変化はない。

全て使えば少しは状況がマシになるかもしれないが、現状ではまだあまり手の内を明かしたくはなかった。


クロエは主力装備を置いてきた事を若干後悔し始めていた。

半分ぐらいは勧誘目的であったが故に、装備の選択を誤った。



「一度だけ聞いておこう。お前はクトーの何だ?あいつが会いたいと言ってた女か?」

「んー、あの子とはお友達だけど、恋人ではないかなぁ」


ふいに攻撃をやめた赤い剣を持つ幽鬼、レオがクロエに語りかけてきた。

それまでの問答無用な攻撃からの急転に眼だけで周囲を見渡しながらいつもの調子で答える。



幾度かの後退と攻防を繰り返し、気付けば既に内城壁の間際まで追い込まれている事にクロエは気付く。

なるほど、もう殺せると踏んでいるらしい。



「そうか、ならば殺しても問題無いな」

「クトーちゃんには優しいんだねぇ」

「奴には世話になっている、殺す前に寿命が来てくれるのを祈る程度にはな」

「あははッ!そこまで歪んでるのに随分理性が残ってるね!気持ち悪いよ、君」



会話が出来る時点で自我も理性も十分あると言える。

ならば、戦いなどという早計な行為に出ずに対話すべきであったかもしれない。


いや、無理だ。

生理的に受け付けない。

殺意を抑えられない。



クロエの『眼』には既にレオはまともな存在として映っていない。



「何をやったの?いや、何をされたのかな?もう人の形してないじゃん、君」


睨みつける青い瞳に映るのはレオの体から勢いよくにじみ出る黒く歪んだ靄の様な何かだ。

どこまでも濁り切った黒、それが揺らめきながら周囲を蝕むようにのたうち回っている。


それがレオの魂の在り方だとクロエは理解した。

純粋な憎悪と虚無に絶望が合わさり溶けあった、純度の高い暗黒の精神。

それはクロエに人から逸脱した日に相見えた、ある存在を想起させた。


狂おしい程にこの手で殺したくてたまらない、それがクロエが人の神に抱いた感情であった。

クロエは抱いた強い殺意によって理性を繋いだが故にそれに近い気配を持つレオへの敵意を抑えられない。


理性でも無く、合理性でも無く、衝動と感情で動く生き物。

それが悪魔憑きだ。



「お前には関係ない事だ。敵は殺す、お前の血も俺の体を動かす燃料にしてやる」

「最後に一つ、良い?」

「なんだ?」

「エンキちゃん殺したの、君?」


クロエの問いにレオは他者の血を啜って生きる幽鬼らしく、眼を見開き歯をむき出しにした笑みで答えた。

それを見てクロエは目を細めつつ、同じく肉食獣の如く尖った牙だらけの口を開いて微笑み返す。


双方、満面の笑みでありながら互いの目は笑っていない。

憎悪に満ちたと赤い眼と殺意に満ちた青い眼が睨み合う。


赤い剣を両手持ちに切り替え、切っ先を向けるレオ。

それに対して両手の刺突剣を構え直して立ち向かう構えのクロエ。


次の攻防で終わらせるという静かに決意が両者の間に芽生える。

そんな睨み合う二人の沈黙を破ったのは、背後から発せられた怒声であった。



「おいレオ!舐めた事してくれたのはそのクソアマか!」

「むッ!お前はクロエッ!俺と勝負しに来たのかッ!?」


手を出すな、レオが片手を横に上げて制止しようと目線を外した刹那、クロエが叫んだ。



本気狩目潰し(マジカルフラッシュ)!」


空気が爆ぜる連続した放電音と共にクロエから放たれた強力な光の明滅が集結した三体の人間失格者の視力を一時的に奪う。



「ぬぅん!」


白く染まった視界の中でレオは反射的に片手で握った剣を横なぎに振るった。

目潰ししたからには遮二無二突っ込んでくるという判断からの反撃。


しかし、伝わってくるはずの感触が無い。

剣は空を切っただけであった。


鉄に止められた感覚も無ければ、肉を断ち骨を砕いた感触も無い。

ならば雷撃攻撃かと、無意識に剣の腹をクロエがいると思われる方向に向けて気休めの盾にしつつ後方に飛ぶ。


だが、その攻撃すら来る気配がない。

代わりに聞こえるのは、何か硬質な物を突き刺す規則性のある音。


その音の正体を知ったのは更に数秒後、明滅する視界が本来のあるべき色を取り戻した時であった。

音に合わせて目線を上げれば、己の放電でセーラー服を焦がしたクロエが両手の刺突剣をピッケル代わりに素早く突き立てて壁を登り切ろうとしている。


追い込まれた事を逆手に、否。

あえてここにクロエは追い込まれたふりをして後退してきたのだ。


その目的は最初から逃走であるならば―――。



「逃がさん!」


叫びながらレオは左手を己の胸に勢いよく突き入れた。

赤黒い鎧を模した硬化血液が粘性を有して歪み、左腕の侵入を容易く許す。


潜り込ませた手が硬質な何かを掴んだことを確信したレオが勢いよく左腕を己の胸から引きずり出す。

出てきたのは、悪魔憑きが一人で運用する為に改造された水冷式重機関銃。


エーテル操作による疑似スラスターで急上昇をかけながら、レオはクロエに重機関銃を指向する。


だが、一手遅い。

対応の遅れが災いし、照準を合わせる前に壁を登り切ったクロエの姿が壁上へと消える。



「ちぃッ!」


レオが上昇しきってから着地する頃には既に、クロエが胸壁から外壁内居住地の市街に向けて跳躍を果たした後であった。


ならば予想着地地点周辺ごと吹き飛ばしてやろうと剣を振り上げて剣先に緑の火球を形成、クロエに狙いを定める。

が、すんでの所で思い直して剣ではなく機関銃による攻撃へと切り替える。


乱雑に立てられた木造住宅だらけの場所にプラズマ火球など放てば、最悪都市全体が燃え尽きかねない。



「頭は回るらしいな…」


苦々しく吐き捨てたレオの隣に巨大な影が舞い降りる。

戦槌による風力制御で同じく上昇してきたボースだ。



「おいレオ!何逃がしてやがる!」

「お前のせいでもあるぞ、ボース」

「ああッ!?」


血走った目がレオを睨むが、気にする素振りも無くレオはひとしきり射撃を行って満足すると再び銃を体に埋め込んでボースに向かい合う。



「お前は下がれ、ここからは追撃戦に移る」

「ふざけんな、俺がやる」

「前回の事例から考えて伏兵の可能性がある、一人は残すべきだ」

「尚更てめぇが残れ、街焼く気か?」


空いた左手を顎に当てながらレオは短く思考し、次いで街を眺めた。

眼下の市街地では悲鳴と絶叫、そして次々と倒壊していく木造住宅が立ち上がる膨大な量の埃と煙が見てとれた。


イナゴレイダーが強襲を掛けているのだ。

留守を守らせたかったが、許可を取るまでも無く周囲の犠牲を考慮しない戦闘を始める辺り、そもそも命令を理解出来るか自体が怪しい。


ボースにしてもそうだ。

頭が最低限回るにしても己の我を優先する。

既に怒り心頭なこいつも一暴れさせねば味方を殴り殺しかねない。



まだクトーと機械教徒(プレッパー)を死なせるわけにはいかない以上、残るべきは―――。



「分かった、ボース。お前に任せよう。クトーに聞きたい事もある」

「けっ!最初からそう言えば良いんだよ!」


帰路につくレオの背後でボースが勢いよく胸壁を蹴って市街地へと飛び降りていく。


そうして、悪魔憑きたちによる悲惨な市街戦の序章が始まった。



―――――――――




「うへぇ、最悪…」



胸壁から身を投げたクロエが到達したのは市街地の中でも奥まった部位である裏路地であった。


突入した粗末で老朽化した木造住宅は衝撃に耐えられず倒壊し、貫通した末に着地したのは更にその先にある汚物に塗れた細い小道。



全身は埃で塗れ、衣服は泥か汚物か茶色い汚れがつき、先の放電で黒焦げた事も相まって最早再使用不可能な状況。



「まあ、基本使い切りだから良いけどね。それよりお風呂入りたいなぁ…」


周囲から不自然に巨大化したネズミや害虫が逃げ惑い、不潔な住人たちがねぐらや壁の隙間から覗き見してくるのを無視してクロエは胸壁を見やる。


装備を整えて夜に再度仕掛ける。

トラックを破壊した事で敵はもう移動も脱出も出来ない。

追撃をかわすだけで今は良い。



目に映るのは先に飛び降りた己を追ってついてくる戦槌を握りしめた殺気だったスキンヘッドの大男。

恐らく悪魔憑きだがレオではない、ならば―――。



「おっ、アレがボースちゃんって子?」


牙を剥きだし似た笑みを浮かべながらクロエは武器を手放して右手で銃を模した三本指を向ける。



「『本気狩殺光線(マジカルビィイイム)』!」


僅かに開かれた人差し指と中指の間で荒れ狂い走り回る電撃が叫びと共に放たれる。

驚愕したボースが空中にて回避機動を試みるも高速で左右にのたうちながら迫って来る必中の雷撃を胸に受けて青い血煙をまき散らしながら撃墜されて地に落ちる。



「羽無しさんが敵にそんな隙見せちゃ駄目よぉ~」


死んではいないだろう。

これぐらいで死ぬならば偽物、仲間にする価値もない。



地面に落とした武器を拾い、仕舞い込むとクロエは脱出するべく足に力を入れ、しかし姿勢を低くしたまま眉間に皺を寄せた。



「むむ…?」


耳に響くのは悲鳴と絶叫、そして腐った木造建築物が次々と破砕されて倒壊していく轟音。


更には―――。



「そこかぁッ!クロエッ!ぶぉん!ぶぅおおおおおん!」


場にそぐわぬ珍妙な存在感を放つアニメソングとエンジン音を模したやけに明るい声。



「『強い奴(正義)』見参ッ!とぅおおおおおおッ!」

「なんて事してるのかなぁ!?イナゴちゃぁあああんッ!」



叫びとほぼ同時にすぐ近くの住居を突き破ってローカスターを駆るイナゴレイダーが小道に飛び出してきて小ターンと共にクロエに向き直る。


大通りからこの路地裏まで直進してきたのだ、文字通り全てを粉砕しながら。

恐らくは最初からおおよその辺りを付けつつ、雷光の発射から正確に位置を割り出してきた。

頭は逝っていても思考まで腐ってはいないのがこの種の悪魔憑きなる者たちだ。



バイクの衝角にはまだ息のある哀れな犠牲者を複数突き刺し、体は埃と返り血と肉片に塗れた狂える昆虫人が座したまま両手を斜め上に伸ばしてポーズを取る。



「ここに来たならばおやっさんが目当ての筈だッ!ならばこれは『強い奴(正義)』と『強い奴(正義)』の戦いッ!まずは俺を倒して『強い奴(正義)』である事を示して貰うぞッ!」

「一旦おうち帰るつもりなんだけど!?」


正直なところで言えば誤算であった。

わざわざ汚い路地裏に降りたのも追跡を撒くためだ。


後方から追ってくるのを撃墜すれば、相手はもうどこまでも続く雑多で複雑で不衛生な日の入らぬ陰気な迷宮の中を彷徨うしかない。


そんな道理を正義狂いは容易く突き破ってきた。



「問答無用ッ!征くぞ!とぅおおおおッ!」


停車したローカスターを地面を蹴る強靭な脚力が推進する。

最初から最高速、腹から衝角を生やした哀れな犠牲者が助けを求める手を伸ばしながらクロエに迫って来る。



「『本気狩(マジカル)―――』」

「むッ!そうかわすとは身軽―――」


迫るバイクの眼前でクロエは己の身長以上の跳躍を行う。

そして空中で逆さになって真下を通過しようとするイナゴレイダーの頭へと両腕を伸ばす。


二人の顔が交錯する。


感情を感じさせぬ昆虫的な複眼と口がしかして、強敵との戦いへの歓喜を感じさせるイナゴレイダー。

対するクロエは開いた両手の指の間から電撃をまき散らしながら手術に臨む意思の如く研ぎ澄まされた表情。



脳髄焼却(ブレインスコーチャー)!』


イナゴレイダーの頭を両の手で掴むと同時に叫び、帯電した電流を流し込む。

流し込まれた高電圧がイナゴレイダーの主脳を焼き、細胞を沸騰させていく。



「救済ッ!」


勢いを殺さずに回転しつつ足から着地したクロエが叫ぶと脳を破壊されたイナゴレイダーがローカスターを横転させて勢いよくあらば屋に突入して生き埋めにされる。


脳を電流で破壊した以上は最早生きてはいないだろう。



「ばいばい、イナゴちゃん。鬱陶しいけど嫌いじゃなかったよ」


クロエは無意識に機械教徒(プレッパー)が挨拶から冠婚葬祭までどこでも使うL字の祈りを切っていた。

迷惑な奴だが、どこか爽やかで嫌いになる程ではなかったからだ。


その仕草は教会という文明圏で処刑人として生きてきたが故のいつもの癖だった。


だが、そんな感傷は戦場では往々にして命取りとなる物。

L字を切ったその瞬間、まるで狙いすましたように突如巻き起こった強風が立ち込めた埃の煙幕を吹き飛ばした。



「あっ、やば…」


吹いた風の方を向けばそこにいるのは戦槌からジェットエンジンの如く噴き出される暴風で加速しつつ突っ込んでくるボースの憎しみに満ちた顔。


その狂気は既にクロエに直撃する寸前であり、故に受け身を取る暇もなかった。



「らぁあああああああッ!」

「げぼ…ッ!?」


地面ごと抉りながら下方逆袈裟に振り上げられた戦槌が左わき腹に直撃したクロエが反吐を吐きながら宙へと叩き飛ばされる。



「これで終わりじゃねぇぞぉ!」


その舐めた顔を叩き潰してやる。

ボースは男女平等主義者だ。


己を舐めた奴は絶対に生きている事を後悔させてやるし、殺してやるという意思の行使を老若男女問わず発揮できる。


戦槌を操り、飛ばされたクロエよりも早くその頭上を取って今度は戦槌を振り上げる。

狙うのは言うまでも無く、顔面だ。



「潰れろやぁあああああッ!」


しくじった、そんな事が似合いそうな驚愕した顔面に純正ミスリルの鉄塊が叩き込まれたクロエは頭から地面に叩きつけられて爆発の如き煙の中に沈む。



「休ませねぇぞ!」


大地に帰還したボースが苛立ちながら腕をなぐとエーテル操作で発生した突風が土煙を吹き飛ばす。



「そこか」


立ち上がろうと試みるが力が入らない様に見えるクロエを目視し、その間に横たわる全てを踏みつぶしながら迫る。



邪魔な廃材を戦槌で薙ぎ払い進む。



「助け―――」

「死ね」

「ぎゅ…ッ!」


巻き込まれた死に掛けの孤児を躊躇なく踏み潰す。



「ヤメロ、私ハ生キ―――」

「黙れ」

「ジェアッ…!」


擬態用の体を失って頭部のみ残った脳髄啜りをサッカーボールの様に蹴り砕く。



「ぐ…『殺光線(ビィイム)!』」

「当たるか糞がぁ!」


どうにか四つん這いになったクロエが震える指で狙いを定め、雷光を放つ。

だが、苦し紛れの攻撃など効かないとばかりにボースは戦槌が起こす風を纏って雷光を逸らして肉薄する。


種を明かせば双方ともエーテル操作によるエーテルのぶつけ合い。

エーテルによる攻撃はエーテルで逸らせる。


初見殺しを耐えたボースには最早ひ弱な雷光など効きはしない。

ボースに再び腹を全力で蹴り上げられたクロエが今度は青い血を吹き散らしながら路地裏の不潔な道を転げまわる。



「ごぼ…ッ」

「へっ!良い面になったじゃねぇか。別嬪さんって奴だ」


見下したようにボースが笑う。


汚物と血に塗れて地に伏すクロエ、その顔面は鉄塊叩きつけられたことで鼻が折れ、左半分の皮が剥がれて下地の筋肉が露出している。


これだけしてまだ生きているからこそ、悪魔憑きという化け物というのは厄介といえる。



「おい!虫野郎!起きろ!」


戦槌を肩に乗せ、顔だけ後ろを向いたボースが倒壊したあばら家に叫ぶとそれに呼応するように見慣れた外骨格の腕が瓦礫を突き破って生えてきた。


主脳を破壊され、副脳に切り替わったイナゴレイダーが無言のままに瓦礫より這い出して手刀を構えてボースの傍へとにじり寄る。



「あらら…なんだ、生きてたんだイナゴちゃん」

「この屑は頭潰したぐらいじゃ死なねぇからな」

「へぇ…そういう部類かぁ…」


己を見下ろす巨人と昆虫人を見据えながら、クロエは壊れた顔面で笑みを作る。

見下ろすボースも野蛮で下卑た笑みを浮かべて戦槌を構える。



「これで終いだ、教えてくれよ。てめぇのツラと腹とどっち残して欲しい?」

「あはは…お下品だね、ボースちゃん」

「へっ!残った方をクトーの野郎に渡してやるんだよ!どっちなら喜ぶか教えてみろや」


力無く笑ったクロエは曲がった鼻を手で捻じって元に戻し、折れた牙の混ざった血を吐いた。

それを顔を残せと言っているとボースは判断し、戦槌を勢いよく振り下ろした。


狙いは―――。



「顔だぁ!」


全身の筋肉と戦槌の暴風による加速を追加した致命の一撃が振り下ろされる。

筈であった―――。



戦槌を振り上げたその刹那、クロエの全身が光り、電撃が荒れ狂った。

今更この程度は打撃にはならない、だが青白い電流の光はボースの目を焼く。



「ちぃッ!くたばれぇ!」


構わず振り下ろす一撃が受けとめられ、同時に腹に鋭い何かが突き刺さる感触がボースに襲い掛かる。


見れば腹に刺さるは黒い体毛で覆われた太い腕。

戦槌を受け止めているのも黒い腕だ。



「なん―――がぁ!」

「だぁめぇでしょぉ?」


腹に刺さった腕からそれまでの比にならぬ高圧電流が流れ込み、ボースの内臓を焼き尽くす。

視界が歪み、意識が遠のく。

体から力が抜け、地に膝を付ける事を止められない。


何をされた、この間延びしたおかしい声はなんだ。

耳に響く骨が軋む音はなんだ。


薄れる意識の中で最後にボースが見たのは己を見上げる青い瞳をした黒い獣であった。

それが拳を握りしめて今まさに振り下ろそうとしている。



「このぉすがたぁさぁ、しゃぁべりぃにくいぃんだぁ」


叩き込まれた拳で脳を揺さぶられ、ボースの意識は途絶した。




―――――――――



背後で外壁内居住地の街並みが燃えている。

人々が逃げ惑い、消火しようにもまともな防災設備も組織も無いとあって被害は現在進行形で拡大中だ。


そんな地獄絵図に背を向けて屋根から屋根を伝って走っていく一匹の獣がいた。

伸びた鼻に何本か欠けた牙、両手両足には鋭い爪が生え、太く長い引き締まった右腕に数本の刺突剣を収めた皮ベルトを巻きつけて疾走する異形。


それをかつての人類が健全であった時代の知識に当てはめるならば最も適切な物があった。

人狼(ワーウルフ)である。


惨事の現場から十分に距離を取った人狼は屋根から地に降り、四つ足で器用に疾走する。

背後から昆虫人としか形容できない異形が追跡していない事を確認しつつ、速度を落とさず粗末な住居の隙間を走り抜ける。


驚く民衆を避け、地を駆け、壁を蹴り、入り組んだ道を右に左にと曲がってはひたすらに目的地を目指す。



獣が駆け抜けた果て、そこに待っていたのは―――。



「ぎゃーおー!食ーべちゃうぞー!」

「ねぇ?ねぇ?どんな気持ち?生首相手に生殺与奪握られるのってどんな気持ち?」


頭に生えた二本のアホ毛で器用にホバリングを続ける二匹の生首、そして―――。



「ひぃいいいいい!お助けぇええええ!クロエ様ぁああああ!早く帰ってきてぇええええ!化け物増えたぁああああ!」


股間から盛大に液を漏らして震えて叫ぶ情けない男、ゴサンの姿があった。

もしかしたら小さい方だけでなく大きい方すら漏らしているかもしれない程に怯え切っている。



「たぁだいまぁ…ごぉさぁんちゃぁん」

「いひ…ッ!」


青い瞳の黒き人狼は口をもごもごと動かして言いづらそうに間延びした言葉を発し、その声にゴサンは怯えつつも何かを理解した。



「クロエ…様?」

「あぁ、ちょっとぉまってぇねぇ。へぇんしぃん!」


言うが早いか、巨大な人狼の姿が肉と骨を押し潰す様な音と共に縮小していく。

腕に巻かれた皮ベルトは自然とずり落ち、手足と鼻が縮み、黒い毛の上を新たに生れ出た赤い筋肉と青い血管が覆っていく。


徐々に小柄な人間の形へと変化し、最後に赤黒い人体模型の様に成り果てたそれに肌が生まれ、体毛が生えていく。



「ふぅ~。変身完了!魔法少女クロちゃん復活ッ!」


黒い毛に覆われた化け物から生まれたての人間の姿に変貌したクロエが笑みを浮かべてゴサンにVサインをしてみせた。



「え、あ…はい。クロエ様です…よね?」

「もぉゴサンちゃんったら!飼い主の顔忘れちゃ駄目でしょ!?」

「ひぃ!お許しをぉ!殺さないでぇ!」


人差し指を立てて『めっ!』とばかりに近づいてくるクロエにゴサンは頭を抱えて懇願する。

ただでさえ恐ろしい主人は本物の化け物であり、それを自分は見てしまった。


その事実がゴサンに最早先は無いという確信を持たせるに至ったのだ。

学が無くても分かる事だ。


隠し事をする者は、それを見た者を決して許さないという事を短くない部族生活で知っているが故に。

頭に手を乗せられた瞬間に死を確信したゴサンの意識は自然と遠のいていた。



「本当に怖がりな子犬ちゃんだねぇ、ペットに裸見られて怒る飼い主なんていないよぉ~?うりうり~」


ゴサンの頭をわしゃわしゃと撫でながら、しかしクロエはゴサンが気絶している事に気づかない。



「さて、それよりも…。来たね、メスガキツインズ」


クロエはゴサンの頭を撫で続けながら顔だけを空飛ぶ生首たちに向ける。

脳髄啜り亜種、人に擬態して生きる脳髄啜りから派生して触手状のアホ毛で飛行能力を獲得した変わり種のミュータントだ。


人間も原種の脳髄啜りも襲って喰らう、知性ある獰猛な二匹の亜種はクロエに笑顔で応えた。



「おかえり!若作り電撃ババア!」


元気はつらつとばかりに輝く紫の目をした薄い青紫色の髪をした空飛ぶ生首がクロエを歓待する。

いや、挑発だろうか。


それを見て、残った片割れである生首もため息交じりに言葉を発した。



「苦戦したの?お父様が来るまで素直に待てば?若作りビリビリおばば」


相方とは打って変わってテンションが低い濁った紫のジト目をした金髪の生首がやはりクロエに無駄に挑発的な言動を行った。

笑みを浮かべておたクロエの頭にピキリと太い筋が一本通った。



「女の子にババア扱いは宣戦布告物だよ!?この生首メスガキども!」

「年増の癖にパパに色目使ってる奴なんてババアで十分だよぉだ!」

「リュナちゃんの方が年上でしょ!そもそも悪魔憑きは不老だし!」

「本性が気に食わないから人間に擬態してるイタイ人が何か言ってるぅ~!」


ぱたぱたと飛ぶ薄青色の生首をクロエの両腕が掴む。

しかして、互いに笑みを崩さない辺り敵対的な仲ではないらしかった。



「生意気な口はこうだよこう!うり~!」

「ぷえ~!人の顔で遊ぶな~!」


それはむしろじゃれ合いに近かった。

人外の化け物と生首がやたら親し気に慣れ合う光景を、ゴサンが見ずに済んだのはある意味幸運だったのかもしれない。


神話生物同士の戯れは、常人の精神を崩壊させるには十分過ぎるからだ。



「ビリビリおばば、変身を解いて人狼で戻ってきたって事は…」

「うん、しくじった。今夜また仕掛けるよ」


両手で片割れ生首のもちもちとした顔を揉みながら、金髪の生首に語り掛ける。



「手伝う?その男の体使って良いならすぐ戦闘形態になれるけど」

「だーめ!ゴサンちゃんはクロちゃんの従者なんだから殺すのは駄目!」

「じゃあ手伝わないで良いの?この騒ぎじゃ肉体探すのも大変なんだけど」

「自分の失敗ぐらいは自分でなんとかするから平気だよ。リュナちゃんには適当に言っておいてよ。ここには、仲間に出来る奴なんていなかったって」


最後の言葉で暗い顔つきになった事を察した金髪がホバリングしながら頭を首肯した。



「分かった、じゃあ姉さま離して。武器、いるでしょ?」

「おっ!持ってきてくれたの?ありがとぉ!」

「お父様が笑ってたよ、ビリビリおばばは変な所でそそかっしいって」

「おばばはやめてね!」



二匹の生首はクロエに生意気な口を叩きながらぱたぱたと飛んで、とある所へと向かっていく。

そして、戻って来た時には巨大な何かを仕舞った袋を加えて戻ってきた。


姉と言われた薄青紫髪の生首は苦し気に、金髪の生首は表情を変えずに袋をクロエの手元まで持ってよこす。



「はい、これでしょ。おばばの裁断刀(シザーブレード)

「うん、これこれ。これでもう一戦やれるねぇ」

「くれぐれも死なないようにね。おばばが死ぬとお父様が悲しむ」

「分かってるよ、まだ私たちは何も成して無いからねぇ」


渡された物を確認し、頷いたクロエは金髪の生首の頭を優しく撫でた。



「さて、じゃあ今夜で滅ぼそっか!この街!」


物騒な言葉と共に袋から引きずり出されたのは巨大な大剣にも似た異形の鋏であった。


街に降り注ぐ厄災はまだ終わらない。

魔法少女さんは言うなれば少女形態こそが変身している状態であり、本性は人狼という変身解除系ヒロインです。

装備の基本は勝手に退職した教会からの持ち込み品であり、白兵戦を好みます。

火薬の匂いを嫌うので火器を用いる事はほぼありません。


電気を操るのも、元は酷い静電気を貯め込む体質故。

人から逸脱した後にも改善するどころか悪化して常時帯電するようになった後に苛立って腕を振るった事で電気を放った感覚を覚えた事がきっかけです。


絵心ないので適当な裁断刀のイメージ図

挿絵(By みてみん)

要は分離するクソデカ鋏です。

人間には使い道のない専用装備ですね


今回はここまで

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