十八話、ありふれた街にて
早く書けたので放流
穢れた雪原を抜けて一行が到着した都市国家、そこは雪原のすぐ側にあるまともな地上人拠点であるという事を除けば代り映えのない寂れて滅びかけた地上人の拠点の一つに過ぎない。
他の都市との明確な差を挙げるとするならば、三重の居住領域の最奥に当たる壁がまだ崩壊前の重機が動かせた時代に作り上げられた鉄筋入りのコンクリートの壁と堅固な多数の防御設備に守られている事であろう。
かのイスラエル―――遂に終末が訪れても神の手で救われる事は無く、既に名すらも忘れ去られた哀れな民族の築き上げた戦闘国家―――が異教徒を排斥、分断するためにヨルダン西岸に築いた悪名高き分離壁を高さはそのままに分厚くしたような重厚な壁。
そして、その前面を守る様に構築されたコンクリート製の障害物、『竜の歯』と称される対戦車障害物で守られており、風化が進んだ今となっても強固な防衛能力を有している。
世界がおかしくなって行く中でこの地に逃げ込んだ最初期の入植者たちが作り上げたこの防備が幾度となく彼らと、その後の子孫たちを救ってきた。
例えそれが既に歴史から伝説となり、有力者の縁者の間でのみ語り継がれるのみとなったとしていても、それは決して揺るがぬ事実であった。
そんな先祖が築き上げた堅牢な城に悪魔憑きの集団に乗りこまれ、守り抜いてきた城下で破壊活動すら行われた末裔の一人である領主の心労を想えば憤死もやむなしであろう。
内側区画を守る重厚な城壁を抜ければ、次に待っているのは木で作られた朽ちかけの外壁と内側とは比べ物にならぬ貧相な住居や建造物の群れだ。
惜しみなく資材と資源を投じて整備された崩壊前の面影すら残る壁の内側に比べ、明らかに手の抜かれたそれは、この都市が崩壊後の世界で交易路として栄えていた頃に増築された間に合わせの防護設備である。
交易で行きかう人間や物資を収容する場所を確保し、当時増加しつつあった壁内人口による過密化への対処策として作り上げられた暫定的な防壁。
結果的に言えばその後に起きた大規模なアノマリー災害による錆雪地帯の発生により交易路は絶たれ、今や尋ね来る者も少ない人口だけはそれなりに擁する辺境の都市国家というのが実情だ。
コンクリート壁の内側が権力者や富豪の暮らす一等地であるならば、木造外壁内は平民や中層・下層労働者が暮らす領域と言える。
労働者と言っても、交易という一大産業を失った彼らに出来る事は少ない。
壁城内の狭い畑を耕す、富裕層に奉仕する、或いは僅かに存在する壁内の経済を回す活動の為に地べたを這いずり泥に塗れるか程度が彼ら労働者に残された仕事であった。
誰も彼もが輝かしき時代を懐かしみながら、日々劣化する設備と悪化していく都市環境と資源問題に顔をしかめて生きている。
この都市を形容するならば、さしずめ輝かしかった夢の跡といった所であろう。
木造防壁の外側には、そんな過去の遺物と言える都市国家にすら入れなかった行き場の無い人間達が都市から廃棄された資材や土を盛って作り上げた気休め程度の塀と貧民街とも言うべき街並みが都市を囲う様に築き上げられている。
ミュータント襲撃時の囮として、或いは外への物資調達の為の労働力として最外周部の人間達は居住を許されていた。
危険で苛酷な仕事は与えられども、最低限の給与を除けば得るものなど何も無い。
それでもいつか壁を越えて中で暮らしたい。
そう願う者達を使い潰して都市の日常は今日も回っている。
そんなどこにでもある陰鬱な都市の木造城壁内の大通りをレナルドとヤク中は歩いていた。
かたや、セミオートライフルを肩で背負い、市民兵時代から愛用するヘルメットとゴーグルに都市迷彩仕様の軍服、脱走後に増強した木綿を詰め込んだ粗末な防弾チョッキに体の各部を守る革製の即製ボディアーマーで守られた完全装備の兵士。
かたや、伸びるに任せ手入れもされていなければ清潔にも程遠い不潔さを隠せない変色した灰色の髪と髭に、擦り切れた黒の外套を纏った黒く濁った肌着と至る所が破れたズボンを履き、腰から散弾銃と手斧をぶら下げた老人。
まるで共通点の無い二人はしかし、同じ上司に仕える同僚であった。
そして、現在はある仕事を与えられて共に行動している。
「副隊長さんよ、腕の傷はもういいのかぁ?」
副隊長、レナルドにいつもの呼び名で語り掛けるヤク中は満足げに野生化した大麻を乾燥させて作ったタバコの煙を勢い良く吐き出す。
この一服の為に生きている、そんな顔をしてヤク中は他人に憚る事無く勢いよく吸い上げては煙をまき散らしている。
この様に当たりかまわず薬物摂取出来るのも、前回の戦いで生き残って己の価値をレナルドに示したからこその便宜であった。
「ああ、レオのお陰で一瞬でこの通りっすね」
ヤク中に返事をしながら、レナルドは先の戦闘で汚染された剃刀雨が突き刺さった右腕を振ってみせる。
茶色に変色し、放っておけば溶け落ちていたであろう腕の血色は健康な物へと戻り、強く握っては開いて見せてその健全性をヤク中に示す。
「へぇ、あの顔色悪い旦那のは大したモンだなぁ。ああなったら普通切断だってのに一滴で元通りにしちまう」
「まあ、代わりにめっちゃ痛くて苦しいんすけどね、アレ…。骨は軋むし肉は捻じれるし…」
「……それ絶対やべぇぞ副隊長さん。ヤクで体ぶっ壊してる俺が言うんだ、間違いねぇ」
苦い顔をしたレナルドにヤク中が黄ばんだ歯を見せて笑う。
笑みを浮かべている筈のしわがれた顔はしかし、引き攣って歪んでいる。
歯抜けも酷く、スカスカも良い所だ。
ヤク中がやたらハッパと称する大麻タバコを欲しがるのも、自身が使う『若返るすげぇヤツ!』を長年使った反動で常に全身の骨と肉が軋んで激痛に苛まれるが故に鎮痛剤を欲しているからだ。
最早、常時キメていないとまともに生活を送れない。
ヤク中は実際の所、いつ死ぬか分からない様な死に損ないであった。
「まあ、お前の言う通りだとは思うっすよ。大量に入れると化け物を作れる血だ、実際にはあんまりお世話にはなりたくないんすけどね…」
覇気のない顔をして大通りを歩き回る労働者の雑踏に辟易したレナルドは空を仰ぎ見る。
ピンクに濁った空には緑に変色した太陽が毒々しく輝いている。
「なんというか、癒されるってよりは内側から何かに作り替えられるってのが近いのかな…。キドの奴も殆ど溶けかけから蘇生できたから俺たちの生命線ではあるんすけど…」
雪上の城塞都市での戦闘が完全に終結した後、このまま都市に戻らずにレオを捨てて逃げるべしという意見を退けて迎えに出向いたクトーが眼にしたのは正気に戻りつつも新しい形態へと変質したレオであった。
襲来した悪魔憑きの片割れを始末し、もう一体を配下として支配して戻ってきたレオは生き残りつつも負傷した者達に再び己の青い血を与えた。
その結果がこれだ。
たった一滴で腐り落ちる筈だった右腕は今ではすこぶる快調だ、むしろ筋力が上がったような気すらレナルドには感じられる。
錆雪に全身を冒されてより深刻な状態であったキドは更に多く血を与えられていたが、最終的には五体満足の体を取り戻して今では車両部隊の護衛に復帰している。
全ては順調、そう思いたい。
だが、戦うたびに心身共に変貌していくレオに一部とはいえ己の運命を託す状況に不安を覚えずにはいられない。
いずれは完全におかしくなり、自分や中隊長に襲い掛かってくるか―――。
至りそうになった考えを振り払ったレナルドは再びざわめきだけはあるが生気の無い群衆の群れに視線を戻す。
「まっ!雑魚の俺にはどうにも出来ねぇ話っすね!面倒は中隊長に投げちゃいましょ!」
一人間がどんだけ考えて策を練り装備を駆使して抗っても悪魔憑きの前には無意味というのは今やボースの部下の最後の一人となった古参兵のレナルドには十分過ぎる程分かり切っている事実。
故にレナルドは己の不安の全てをレオと同じ悪魔憑きである狂暴な上司に丸投げする事を決めた。
「それよりもっす!さっさと30人集めないと捻じ切りっすよ、捻じ切り」
レナルドは上司に命令された仕事を果たす事に気持ちを切り替えた。
何といっても、前回集めた兵隊はたった一回の戦闘で喪失してヤク中しか残っていない。
正確にはあとまだ何人か生き残っていたが、精神汚染された後遺症持ちの人間なんて役に立たんという理由でボースに置き去りにされたのだ。
あのままならば順当に行けば数日後には餓死するだろう。
そこまでしっかりと訓練を施していたわけではないが故に、損失としては別に痛くはない。
ただ、再度集めるのが面倒なだけだ。
「何ねじ切られるんだろうな?チンコか?」
「首に手をかけられた時にそう懇願すればやって貰えるかもっすよ?で、アテあるっすか?取りあえずそこらの路地裏?」
「やめとけやめとけ!」
路地裏、レナルドがそういった瞬間にヤク中は渋い顔になって大麻タバコを持った右手を乱暴に左右に振った。
否定の意思を持って行われたそれは不用意な火傷の危険と不快な煙を嫌った周囲の群衆を蹴散らして二人から周囲から人間達を引き離す。
「裏路地なんてのは最悪だ!奥に行くほど暗くて湿気ってヤバくなる!売女と結託した追いはぎに死体漁り!人肉の味を覚えた飢えたガキども!寝てたじじいが起きたと思ったら屍者だった!下手すりゃ出て来る脳髄啜りや変異種の御面々!巣を作ってる事すらある!あんな所は厄い案件のたまり場だ!この街だってそうに決まってる!」
元処刑隊というその道で生きてきたが故に幾度となく遭遇してきたであろう事例をつらつらと並べながら、ヤク中は本気で嫌そうな顔をしながら再びタバコを加えて煙を吸い込んだ。
周囲に憚る事無く街への暴言を吐くヤク中に通り過ぎていく周囲の労働者や店の主人たちも不快そうな険しい表情を隠さない。
とはいえ、表だって彼らに抗議や喧嘩を仕掛けてくるものはいない。
その異様ないで立ちと雰囲気が、彼らを町に住む者ではない部外者であるという事を証明しているからだ。
街の法に縛られぬ無法者であり、関わり合うだけ損な危険な輩。
特に今日は外部居住区の一部と内外城壁を破砕した化け物が領主の館に殴り込みをかけたという噂が既に広まっている。
危うきに近づくべからず、それが長生きをする秘訣だと誰しもが理解していた。
「うへぇ、参考になったっすよ…。じゃあまたあんたみたいな手練れが転がって無いか酒場にでも―――」
使えそうな人材の選定も兼ねて群衆を見渡していたレナルドは視線の先にありえざる物を目撃して言葉を失った。
視線の先、そこには群衆に紛れて一人で大通りを歩くの美しい少女の姿があった。
爽やかさを覚える青い髪に輝く青い瞳、整った顔には優し気な笑みが浮かべ、身に纏うのは崩壊前の人類が身に着けていた様な煌びやかさだ。
そのすぐ隣を行くやせ細って薄汚れた幼児を抱いた、疲れ果てた枯木の様な女と見比べれば、嫌でもその艶やかさが分かるという物だ。
崩壊後の劣化した拙い技術や欠乏した物資の中で作られた質素な衣服や長く着られ続ける中で黒ずんだ衣服の成れの果てを見慣れ過ぎていたレナルドにとって、その赤いスカーフ、白い半袖、そして青いスカートは刺激が強過ぎた。
太り過ぎてもいなければ、細すぎる事もない。
背も低すぎる事も無ければ、高すぎる事もない。
半袖やスカートから覗く腕や脚には傷も汚れも無く、健康的な肌色でレナルドの心と目線を釘付けにする。
瑞々しい唇や美しい首筋に眼が行けばそのまま己の感情の高まりを抑えられなくなりそうになって来る。
思えば、ここまでまともな休息など無いきつい日々だった。
最後にまともに息抜きをしたのはいつだっただろうか。
物資不足が判明して一度引き返して入った都市が最後では無かっただろうか。
あそこでローという爺さんが色々と中隊長やクトーやレオにある事無い事吹き込んでくれたおかげで、これまでずっと強行軍を強いられてきたのだ。
小休止や修理の毎に襲ってくるミュータントの小・中規模の集団を相手にするたびに修理を担当する機械教徒どもがやられないか気をもんだ。
自分達に懸賞金が掛けられてるのがマジだと分かったのは、移動中に賞金狙いの武装集団の襲撃を幾度か受けたからだったか。
終いには巨大な蝶に乗った変人共がどこまで行ってもついてくる事になっていよいよ、半信半疑だったレナルドもローの話を信じるに至ったのだった。
それがエンキ配下のモルフォライダーどもだと気付いたが故に。
そんな空の脅威をキドに都度撃墜させ、通った街での補給を最低限で済ませて進路を本来のルートからずらして錆雪原へと変え、廃都市に立て籠もって要塞化。
敵が追撃してくるならばまず間違いなく来るであろう快速の悪魔憑き、イナゴレイダーを迎え撃った。
半殺しの洗礼を受けた新兵ども鍛え上げ、最低限使えるようにしたのは他ならぬレナルド自身だった。
それも全滅して残っているのは最初から使えると判定されていたヤク中唯一人。
思い返せば、こいつも中々に根性があった。
たまり場であり、用心棒も請け負っている阿片窟も兼ねている様な怪しげな酒場に押し入ったボースに対して即座に手斧を叩きつけ、極至近からの散弾銃による零距離射撃を敢行して見せたのだから。
人ならば即死であろうそれも、悪魔憑きとなったボースには僅かな傷を与えた程度であった。
いつもならば怒りに任せて殴り殺しそうなボースはしかし、それを鼻で笑ってから軽く殴り飛ばして半殺しで済ませ、配下へと無理矢理編入したのだ。
思い返すだけで色々な事があり過ぎた。
そして全く気が休まらず、体はともかく心の休息はまるで取れていない。
あらゆる不満と欲望が溜まり過ぎている。
溜まっているからには出さねば体の毒だ。
だからこそ、レナルドは場違いな可憐で美しい少女の姿に心奪われてしまった。
今の自分たちには強力な戦力があり、既に町は掌握したも同然だ。
多少の無法とて許される立場だ、どうせあの女も高級娼館の娼婦か何かに決まっている。
後から元締めと交渉すれば幾らでも帳尻は合うはずだ。
致すだけならば一時間、いや三十分あれば十分事足りる。
そんな都合の良い考えがレナルドの内に溢れ、繋がり、手を伸ばして少女を捕まえようとした刹那、何かが強くレナルドの肩を捕まえた。
「おい、副隊長さんよ。アレは絶対やめとけ。アレはまじいぞ」
振り返れば後ろにあるのは引き締まった歴戦の強者のソレに戻ったヤク中の顔であった。
「おい、何すんすか。良いっしょちょっとぐらい、30分くれれば済む話―――」
「こんな場違いな所になんであんな綺麗な嬢ちゃんがいるんだ?護衛も無しによ。高級娼婦なら、ごついのが何人か囲むぜ」
言われて若干正気に戻ったレナルドは再び少女を見る。
雑踏と共に流れに沿って進む彼女の背中は既に遠くなりつつあるが、彼女の放つ美しい気配や雰囲気は依然として感じ取れる。
確かに、それはある意味で異様ではあった。
死んだような眼をしたみすぼらしい者どもを灰色とするならば、明確に蒼であると分かる程の強い個性と存在感が彼女からは放たれていた。
だというのに、彼女の周囲には護衛もいなければ関係者らしきものもいはしないのだ。
まるで誰かが引き寄せられてくるのを待っているような、そんな不気味な色気を彼女は放っていた。
「処刑人の格言だ。『場にそぐわない華はやべぇ』。覚えとけよ、副隊長さん」
「ああ、助かったすよ。ちょっと浮かれ過ぎてたみたいっす」
「まあ、若い内はそんなもんだろうさ!俺なんてもう年食い過ぎたのか主砲がもう全く機能しねぇ…」
「それヤクのせいっしょ、絶対間違いねぇっすよ。まあ取りあえず先に仕事するっすかね…。酒場襲撃して集めきれないならば外の居住区も漁って人数集めねぇと―――」
二人はボヤきながらボースに課せられた人数集めを達成すべく街を行脚する。
遠ざかっていく二人の後ろ姿を、雑踏の中に消えた筈の少女がとある建物の屋上から眺めている事に彼らが気付く事は無かった。
「うーん、あの子…釣れると思ったのになぁ…残念」
肩に手をかけられていたら、きっと後先考えずに殺してしまっていただろう。
殺し貯めしてきたとはいえ、そろそろあの手ごたえが恋しくなってきているのをクロエは感じていた。
だが、日々を必死に生きているだけの者を無為無暗に殺すのはいけない。
あくまで平時は悪人を狙うべきだ。
マイナスにマイナスを賭ければプラスの善行、しかしプラスにマイナスを賭ければそれはマイナスの悪行となりカルマに悪いのだ。
魔法少女は善でなければならない、悪を成したらそれ以上の善行が必要だ。
これからかなりの悪い事をするからこそ、今からでも相殺するために善行に努めねばならない。
だから、今回は縁が無かったときっぱり諦めよう。
青髪の少女、クロエは特に残念な素振りも見せずに登った屋上からコンクリート外壁を目指して跳躍を開始した。
「確か主犯はボースちゃんだっけね、リュナちゃん好みの強い子だと良いけどなぁ…」
服を汚さず、足場を破壊せず、そして何よりも他者から見て映える様に、控えめに建物の天井を走っては超えていくクロエを幾人かの住人が垣間見た。
驚愕し、僅かな間だけ凝視した彼らはしかし、自分には関係ないと思い込んで日常へと戻っていった。
レナルドとヤク中はこの時点で、次なる追跡者であるクロエ・ノワールとニアミスを果たしていた。
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結果から言えば、魔法少女或いは青髪の殺人者、クロエ・ノワールはレオら一行よりも先にこの都市国家に到着していた。
イナゴレイダーが颯爽と走り去っていった後、敵が錆雪原へ向かった報告を聞いたクロエはその瞬間にふと呟いた。
「あっ、これイナゴちゃんが負けたって気付いてから追いかけても間に合わないじゃん」
思ったが吉日、やってきた定時連絡用のモルフォライダーに行き先を告げて錆雪原へと突入を行った。
運転手としてこき使いまくってきたゴサンに全速前進を命令し、必要ならば自身が交代し、昼夜問わずに走り抜けて都市国家へと先回しを果たしていた。
クロエがこの都市を選んだのは勘であった。
もっとも、それは長い間ミュータントや悪魔憑き、人間を狩ってきた者として積んできた経験から裏打ちされた確度の高い山勘であった。
錆雪原への退避は航空戦力や大兵力の移動が困難な地形に逃げ込む事で迂回を強いて時間を稼ぐため。
都市に籠るのはそんな事を無視して突っ込むであろうイナゴちゃんの存在を相手も予期して迎え撃つ為。
そうならば、仮に勝利したとしても盛大にぶつかり合って消耗するであろう事は自明であるから敵は一番近い都市に立ち寄って補給と再編を行うはずである。
都市に到着して数日、果たして彼らはやってきた。
クロエにとって誤算があったとすれば、一行にイナゴレイダーが寝返っていた事であろうか。
「うーん、最後の茶葉になっちゃったけど、やっぱり教会圏で取れた紅茶が一番美味しいねぇ~。あ、ゴサンちゃん蜂蜜欲しい?パンもちゃんと食べよ?」
「あ、ありがとうございます…」
その日、クロエはゴサンを伴ってお目覚めの喫茶を満喫していた。
角砂糖など無いご時世故にクロエが甘味を得るために使うのは蜂蜜であり、これも中々に希少な部類に入る嗜好品である。
それを香りと風味の良い教会圏の茶葉で出した紅茶に加えて、鋼鉄級とも称される頑強な堅パンをやわらかクッキーでも齧る様な気楽さでモグモグと咀嚼するのが食事という文化の乏しい地域でクロエが殺し以外で楽しめる数少ない娯楽であった。
この堅パンも教会圏の職業軍人向けの長期保存食であり、相応の地位が無ければ手に入れる事が難しい事をゴサンは知らない。
ゴサンにとって重要だったのはそのあまりにも硬すぎる堅パンを如何に食すかであり、必死に齧っては悶絶し、必死に少しずつ端っこから齧り取って腹に収める事に心血を注いでいた。
そんな従者を必死に食事をほおばるハムスターでも視る様に楽しんでいたクロエを不快にする音が響き始めたのは食事を始めてどれ程経ってからであろうか。
どこかで聞いた事のある雄々しい変身ヒーロー物の音楽が流れ始めた事で眉間に皺を寄せて首を傾げた。
ぶぉん!ぶぉん!という聞きなれた声が響き始めた段階で嫌な予感を覚えて木製外壁の城門に視線を移した。
そして―――。
「『強い奴』見参ッ!とぅおおおおおおッ!」
珍妙な言葉を吐きながら城門をぶち破ってイナゴレイダーが突入してきた時、クロエは咽て紅茶を盛大に吹き散らかしてゴサンをビビらせた。
イナゴレイダーはそのまま城門から内壁の城門へと続く大通りを疾走し、逃げ遅れた住民の幾らかを轢き散らしながら内壁城門に突入して粉砕し姿を消した。
そして、その直後に入ってきたのは複数のトラックで構成された車両部隊。
装甲で覆われて内部は伺えないが、あの中にエンキを仕留めたと思われるボースがいるのは確実だろうとクロエは判断した。
イナゴレイダーが明らかに先導をしているという事から戦闘の末に配下に置いたのだろう。
ならば、相応の強敵だと考えていい。
イナゴレイダーの突入から暫くの間、あえてクロエは動かなかった。
即座に動いては警戒している相手の目につき過ぎると判断したからだ。
昼過ぎまで待ち、昼食を終えたクロエはゴサンに待機を命じると散歩にでも行く様な足取りで雑踏のひしめく大通りへと歩み出し、レナルドらとニアミスしつつ内側城壁を目指す。
持ち物は衣服の下に隠した何本かの刺突剣、そしてモルフォライダーに渡された狂暴な風貌が描かれたボースの似顔絵のみ。
敵の数と装備の確認、そして間違いがない様にボースが実際にいるかの確認。
準備は既に出来ている。
勝負は夜だ。
「今日はきっと『本気狩りの夜』になるねぇ~、楽しみ~」
風を切って屋上から屋上へと飛び移るクロエの顔は獲物を見つけた肉食獣の様な笑みを浮かべていた。
今後もっと深掘りしていきますがクロエさんは教会に近しい人物です。
世紀末に魔法少女なんて自称してる頭おかしいキャラを志向しているので貴重な女性キャラですが、そういう奴と思っておいて下さい。
カルマが云々はFallout3のカルマ制度的な価値観で生きてると思っていただければ問題ありません。
あのゲームは適当に敵対している悪人殺し続けると勝手に超絶善人になれるゲームで中々皮肉が効いているので血肉にしています。
魔法少女さんはFO3主人公要素と魔法少女要素にブラッドボーン的なサムシングを混ぜた何かなので今後もご期待ください。
今回はここまで




