十七話、小休止
もう仕事とか苦しい
「ぬっはぁああああッ!出遅れたもぉおおおおんッ!」
全てが終わり、静寂を取り戻した主なき城塞都市の城壁に『それ』は足先から着弾した。
浅黒い肌に妙に自信気な味のあるアジア人顔の男、ナイデスが重力に逆らう様に垂直に突き刺さった城壁を踏みしめがら、周囲に現れた黒い靄に塗れた唇たちを蹴散らす様に両手を上げた。
「到着した頃には器が砕けてるとか辞めたくなりますよぉ~!導き手ェ~!」
主を弾劾する叫びはしかし、どこかやる気を感じさせず、愉悦を含んでいるようですらある。
事実、その顔には微笑みすら浮かべている。
「と、いうわけで!早速インタビュー行きますよぉ~!行く行くッ!」
壁を踏み砕きながらまっすぐに跳ねた先には干からびた一体の悪魔憑き、ヴィルの亡骸があった。
既に体の表面には茶色の錆雪が降り積もり、僅かに消滅を免れた残留思念たちがその死を悼んで慟哭し、或いは何かを求める様に叫んでいる。
屍者になるべきそれは、未だに骸を守る様に取り囲む残留思念たちの妨害によってナイデスの制御下には入りえない。
図らずもナイデスの最初の一歩が挫かれる。
「うーん、この…出鼻挫かれて頭逝きますよ~!」
骸が屍者となり、統制下に置かれたならば情報の回収はたやすかった。
何しろ屍者とは主の肉となる贄になるべき存在であるからして、ナイデスにとっても使い勝手の良い従僕や傀儡に過ぎぬからだ。
しかし、それが使えないならば次善の策を用いるのみ。
ナイデスの表情や仕草になんら動揺はない。
「ほうほう、それでそれで?」
耳に手を当てた挑発的な仕草でナイデスはこの地に残された残留思念を読み取っていく。
実際の所、既に事情は主である唇たちから聞き及んでいる。
しかし、欲しいのは生の情報だ。
ナイデス自身が出向き、導くはずだった迷える子羊がいかなる理由で持ってその解に至り、主たる神の鎖を引きちぎったのか。
それこそがナイデスが今一番知りたい事であり、それには当事者の言葉はむしろ邪魔ですらあった。
教師にとって虐めていた側の供述が信用ならないのと一緒である。
「ああ、そういう事…」
瞬間、ふざけていた雰囲気のナイデスの顔に真剣な物へと変わる。
内に入ってきたのはヴィルとレオの記憶の残滓。
如何にレオが神を恐れ、その意思に呑まれた事に嫌悪し、自らの全てを破壊しつくしてでもそう成り果てたのか。
その記憶の残り香がこの土地とヴィルの遺骸にはまだ色濃く残されていた。
「うん、虐め過ぎたねぇ!お兄さんもドン引きするぐらい圧かけたからレオちゃんキレちゃったねぇ!」
大まかな流れを嗅ぎ取ったナイデスが再び破顔していつもの調子に戻ってその場でくるくると体を回し始める。
そして、十分に回転を付けた所で力強く足を踏みしめて止まると同時に何も無い虚空に向けて指を指す。
「ちょっと男子ィ~!幾ら探してた最高の器が見つかったからってこれはちょっと無いんじゃないのォ~!?年齢=彼女無し歴のコミュ症野郎特有の勘違いみたいに女の子に粘着して食いついたら誰だってこうなるって分からないのォ!?」
指を指した虚空より現れるのは歯ぎしりする一つの唇であった。
怒り、失望、いらだちに塗れた主の一つに対してナイデスは物怖じせずにまくしたてる。
「そうやってすねても何も変わらないでしょ!代案は無いの!?予備とか二号さんとかさっさと教えなさい!ここからは残念だけど即席オリジナルチャートでいくわよッ!」
口調が安定しないナイデスがそう断ずると唇は不満げに噛みしめながら霧散する。
代わりに現れた幾つかの唇が耳元で囁く声を聞いてナイデスは力強く頷いた。
過ぎてしまった事は仕方ない。
割れた杯はもう直せないのだから、新しい物を手に入れるだけの事。
主たちの接待が最悪すぎて第一印象を大きく損ねた時点、で全ては取り返しがつかなかったのだ。
相手の心象悪くしてから水の上歩いたり、魚とパンを大盤振る舞いする奇跡を齎しても既に敵意を持った相手の眼に映るのは神の子という真理ではなく、奇術を弄する異端という概念だ。
「よーし、それじゃあレオちゃんへの直接干渉は基本的には暫く凍結!でも隙があれば顔ぐらいは見たいしな~でもな~。まあ、予備を育てつつ間接アプローチで行きますよ~行く行く―――」
ナイデスが方針を決めてこの地を飛び立とうとした刹那、周囲の空間が振動し声が響き渡った。
声の元を目で追えば、それは干からびたヴィルの周囲から発せられている。
拠り所を失い、消えゆくだけの筈の残留思念たちが明確な意思を持って何かに向けて呼びかけている。
『大丈夫だよヴィル、僕たちはまだ消えないよ』
ヴィルの亡骸を抱きかかえるように、周囲で揺らめくのは小さい子供を思わせる多数の影。
それに合わせるように次々と現れるのはヴィルの根幹となった原初の亡霊たち。
『たとえ肉体が滅びようとも美しさは不滅、人に心がある限り美は決して滅びない』
肥大化しつつも整った筋肉を持つ亡霊が上腕二頭筋を掲げてポーズを組む。
『肉体そのものを美とする血によらぬ繋がり、そして蓄積が我らをこの地平へと導いてきた』
頭に太い血管をはしらせた筋肉質な大男の亡霊が前傾姿勢で両腕と上半身の筋肉を強調するポーズを組む。
『想いが続く限り、我らは不滅…受け継ぎ、鍛えよ…』
背を向けた亡霊が極限まで鍛えた背筋を披露し、世界へと呼びかける。
それに応えるように城塞都市側からも声が響く。
『我らは肉体構築者、我らは全てで一人。我らが今、ヴィルとなる』
錆雪が降りしきる中、ふらふらとした足取りで向かってくるのは精神を汚染され、筋肉に魅入られたボース配下の成れの果てたち。
ボースは精神を焼かれた彼らを何の躊躇も無く見捨て、この地に置き去りにした。
そのツケが今、ここで支払われる事となったのだ。
ヴィルの切り札、品評会の真価はここにある―――。
男達はナイデスを無視し、錆雪に冒される事すらも気に留めず、ヴィルの亡骸に取りすがる様に膝まづき大口を開けて食らいついた。
皮膚を食い破り、肉に食らいつき、僅かに残った青い血を啜り、その肉体を筋肉質な何かへと変貌させていく。
それを見てナイデスは笑みを浮かべて頷いた。
「うん、やりますねぇ!攻撃が死んだ時の保険に繋がっているのは完成度高いですよぉ、くぉれはぁ!」
滅ぼされた者が違う形で復活する。
己の仕える神に背を向けた背信者たちの再誕をしかし、ナイデスは祝福すると満足げに足に力を入れて穢れた雪原を飛びたった。
「では諸君!また逢う日までさらだばー!」
餌は多い方が良い、特にこれからどう転ぶか行き当たりばったりになるならば上質な奴は幾らいても良い。
継承の儀は継承達が互いに喰らい合い、最後に一人になるまで終わらなかった。
そして、見捨てられた地は再びあるべき静寂へと戻っていった。
――――――――――――
錆びた雪の降り積もる城砦都市での迎撃戦は、結果から言えば成功だったと言えるだろう。
ケツから追いすがって来る討伐部隊の前衛である悪魔憑き二体を無力化された事で、相手の取れる手は既にあまり多くは無い筈だ。
うまく行けば、相手は自滅して追い付かれる事無く楽に故郷に帰れるかもしれない。
少なくとも、補給と休息を数日するぐらいには問題なはずだ。
そう判断したからこそ、今我々はこうして一息付けている。
そう想いつつ、クトーは椅子に腰を落ち着かせつつ素焼きして作られた質の悪い容器に入ったぬるい苦い緑色の茶を啜る。
これで見えている景色がのどかであったならば、心休まる一時となりえただろう。
しかして、その心には一切の平穏はありはしなかった。
目の前にいるのはかつて友好関係を結んだこともある城塞都市の領主。
雪によって交易路を失って尚、独立独歩の気風を保つ大きくはないが決して軽んじる事が出来る程小さくも無い都市国家の主。
それが引き攣った顔でクトーを睨みつけている。
眉間に皺をよせ、額から脂汗をたらし、食いしばった歯をむき出しにして年老いた領主は片目を痙攣させながらも隠せない驚きと怒りで持って『なぜ?』と言外に告げて来る。
「すまないな兄弟、俺も平和裏に交渉したかったんだが…。だったら、尚更これが最善だってレオに押し切られてな…」
領主の居城である上階が崩落したコンクリートビルの外から響くのは民衆の悲鳴と破壊音、そして―――。
「レナルドォ!ヤク中ゥ!ぶっ壊すのは適当に俺がやっておくから使えそうな屑どもを見繕ってこい!今日中に30人は連れて来ねぇと捻じり切るぞ!」
聞き覚えのある狂暴な叫びにクトーも片手で眉間に寄せた皺をつまみながら小さくため息を吐いた。
目を瞑れば、もうそこには生き生きと戦槌を振り回して破壊活動に興じるボースの邪悪な笑みが浮かんで来る。
「最善…?最善だと…!?貴様が生きていたことはまだ喜んでやらんでもないがな、マクトー・ヤヴァ!だが、ならばなぜこの街を襲―――」
「それは俺がエンキを始末し、討伐部隊に追われてるからだ」
「ッ!?エンキ様をなんだと…?」
「殺した、エンキはもういない」
クトーに怒りをぶつける老齢の領主の言葉をレオは遮った。
領主の血走った目がクトーからレオに移る。
クトーにしても生きた心地はあまりしない。
何といっても己が座っているすぐ右後方にはレオが、左後方には少し前まで敵として襲い掛かってきたあのイナゴレイダーが控えているからだ。
戦いの中でまたしても変質を遂げたレオは身長をクトーと同程度まで縮め、身に纏う血の鎧の形状を変化させてクトーと同じビジネススーツに似せている。
しかして、その色は相変わらず赤黒い渇きかけの純粋人類の血の如きであり、青白い幽鬼の様な顔と相まって、むしろ禍々しさを増している。
イナゴレイダーは両手を脇に置いて威張る様に仰け反って椅子に座る領主を見下ろしている。
交渉を求める場に斯様な悪魔憑き二体を引き連れてきた時点で無礼であり、問答無用で攻撃されても文句の言えない所業だ。
対する領主側も領主の背後には数十人近い武装した兵が配置され、こちらに粗末な銃を向け、棍棒を構えつつも、平和裏に会談が終わる事を祈っているのが見て取れた。
戦いになれば兵達は義務を果たさねばならない、それはすなわち死にしか至らぬからだ。
相手は悪魔憑き、居合わせた時点で逃げ切れる道理などありはしない。
勝利など、もってのほかだ。
「貴様、何者だ…。なぜクトーと共にいる…」
「名は…レオだ。クトーには人間だった頃に助けられて共に教会に逃げる約束をしている。そしてもう一度言う、エンキは俺が殺した」
「ッ!イナゴレイダー!貴様、主が殺されてなぜおめおめとそれに従っている!」
エンキが死んで、その従僕たるイナゴレイダーが傍に控えている。
その意味を悟りながらも、領主は立ち上がってイナゴレイダーに指差し叫ぶ。
「確かにおやっさんはやられた!だから俺は追いかけて戦い、この男にはおやっさんの魂が宿っている事を理解した!ならばこいつが俺の新しいおやっさんだ!俺は変わらず、『強い奴』の味方だ!」
イナゴレイダーは一切悪びれる事無く、それが当たり前であるかのように堂々と断言してみせた。
それをレオは眼だけを動かして何とも言えない気分で眺める。
ヴィルを倒した後、レオはイナゴレイダーをも始末するつもりでいた。
正確には上下に両断した時点で既に始末したつもりであったが、昆虫の性質を強く持つイナゴレイダーはそれでもまだ、生きていた。
干からびたヴィルを投げ捨て、両手で握った剣を振り下ろそうとしたレオに対してイナゴレイダーが行ったのは上半身だけでの土下座であり、命乞いあった。
「俺が間違っていた!お前は『弱い奴』の幹部などではなく、おやっさんも死んではいなかった!おやっさんの力と意思はお前に受け継がれたんだ!ならばお前こそが『強い奴』だ!俺は『強い奴』の味方だ!お前に従う!お前に学ぶ!どうか俺をもっと強くしてくれ!俺は、『弱い奴』のまま死ぬわけにはいかない!」
イナゴレイダーは当初、策を弄して力を示さぬレオを『弱い奴』と断じたが故に挑んだ。
それは途中までは合っていた、レオは己の力を振るうどころか唾棄すべき存在に取り込まれ、その傀儡にすら一時は成り果てたのだ。
だが、戦いを通してその呪縛を脱し、『弱い奴』から『強い奴』へと変貌し成りあがった。
同じ悪の組織に弄ばれた改造人間―――と、狂えるイナゴレイダーの主脳は解釈している―――である自分と同じ境遇で、何よりも自分よりも強い。
その時点でレオはイナゴレイダーにとって敵ではなく、強敵となった。
エンキの力を取り込んだとなれば、最早レオは仕えるべき主ですらあったのだ。
対して、無感情に剣を振り下ろそうとしたレオの腕を止めたのは、脳裏によぎった『こいつは使い勝手の良い玩具』だというエンキの記憶の一端だった。
己の内に己と違う者の記憶が湧き出て来る嫌悪感を抑え、思案する。
これからを考えれば、ある程度は動かせる手駒がいた方が都合が良い。
勝手に忠誠を誓うような輩、いらなくなれば潰せば良い。
最終的に全て滅ぼすにしろ、従う者は処刑の列の最後方に置いても何ら問題など無い。
そうしてイナゴレイダーは服従と引き換えに生かされる事となり、レオの隣に立つ配下となった。
その姿になんら恥じ入る所はない。
友たるヴィルが死んだ事は悲しい事だが、『強い奴』のやる事は全てが許される。
今のおやっさんは二人がかりでも勝てない『強い奴』だ、ならばその行いに是非など無いのだ。
ヴィルの命はおやっさんに、その熱い心と記憶は己に宿っている。
ならば、それ以上の事は無いのだとイナゴレイダーは勝手に納得していた。
『強い奴』の味方の道は長く、険しいのだ。
「ああ、終わりだ、全て終わりだ…」
領主は力無く乗り出していた身を背もたれに身を預けて力無く椅子に深く座った。
片手で頭を抱え、残る片手でクトーらに出て行く様にと力無く手を振り、呟いた。
「お前たちの好きにしろ。この愚か者どもめ、我々もお前たちも、もう終わりだ」
「まあ、落ち着けよ兄弟。ここは堅牢でミュータントには簡単にゃやられんだろ。討伐軍だって俺たちが暴れて物資を強奪したって事にすりゃお咎めなんて―――」
「エンキ様無くして不死のシフに勝てるものかぁ!このたわけ共がァ…ッ!こッ!カヒュ…ッ!」
尚もなだめ様とするクトーの言葉に激高し、勢いよく立ち上がった領主がそのまま勢いのままに胸を押さえて倒れ伏す。
「おい、爺さん!まだ賭けで貸してる金返してもらってねぇぞッ!こんなんでくたばんなッ!」
叫ぶクトーと狼狽する領主の兵達が駆け寄った時には既に領主は苦悶と憤怒に満ちた表情のまま事切れていた。
憤死であった。
「クトー、シフというのは知ってるか?」
狼狽する周囲を無視してレオはクトーに問うた。
領主の言葉や行動の中で唯一、レオの興味を誘ったのはシフという存在だけだった。
既に人間性を限界まで摩耗させられたレオにとって汚染された地上人一人の死程度、なんら会話を止める要素にはなりえない。
問われたクトーは領主の見開かれた瞼を閉じてから立ち上がり、レオに向かい合う。
「いや、俺もここ何年かは地べたで奴隷してたからな…。その間に出てきた新興…いやどこかで…」
顎に片手をあて、うつむいて最近引き出しがガタついてきた頭の引き出しをクトーは探る。
もう少しで何かが分かりそうで、しかし結局は出てこない。
「すまん、何か出かかってるが思い出せん」
「思い出したら教えてくれ、そいつも障害になるならば俺が対処する」
レオは特にクトーを責めなかった。
レオにとってどうでもいい存在でも、クトーにとっては領主は友人であった事だけは理解はしているが故だ。
その死で動揺しているであろう今、答えが出せなくても仕方ないが無いと理解は出来るが故だ。
だが、理解はしていても感情が動かず、同情や尊重の念も起きない。
これまで培ってきた経験や教育によって成すべき処置は理解していても事務作業以上の意義が見いだせない。
諦観と虚無感と、それ以上に余りある憎しみが今のレオを構築している。
もうきっと、殺し合い以外で血が滾り、感情が動く事は無いだろうという強い自覚。
それはレオがこれまで受けたストレスと燃え尽きたいという願望が生み出した、ある種の防衛本能であるのかも知れなかった。
「ああ、頼むぞキルロイ。お前には頼りっぱなしになっちまうな」
「教会とやらに着いたら気が済むまで返してくれ」
シフというのは恐らくは悪魔憑き、不死というからにはイナゴレイダーの様にしぶといのだろう。
それだけ分かっていれば十分。
敵として来るならば滅ぼせば良いだけだとレオは判断した。
「領主様が!死、死んで…」
「どうすんだ!病死か!?殺しか!?俺たちどうすりゃ良いんだ!?仇討ちとか…」
「あんなのと戦えるかよ!御領主様は突然倒れただけだ!誰のせいでもないって事にした方が良いに決まってる!」
騒ぐ兵達に戦意など無く、忠誠の欠片も無い言葉が飛び交う。
既に交渉は終了したと言ってもいいだろう。
レオと対等な交渉など出来るものなど最早、この都市国家にはいはしない。
だが、あえてレオは最も身なりと装備の良い男にレオは静かに近づき問うた。
「この男の後継者はいるのか?家族は?妻や子は?」
「いや、いない。前はいたにはいたが、死んだか変異しちまってもう誰も…」
「ならば、お前が引き継げ。拒否は認めない。納得しない者がいるならば俺とクトーの名を出せ」
「えぇっ!そんなっ!」
狼狽する男にレオは尚も続ける。
「我々はこの都市で物資と人員を徴収する。その際にある程度の破壊活動も行うが、これは討伐軍へ申し訳を立たせるための我々なりの善意だ。クトーが教会に帰還した後には与えた損害の倍の補償を約束しよう。検討は許さない、即刻承諾しろ」
「いや、いくらなんでもただの警備隊長でそんてこと―――」
「さもなければ、死ぬか?」
青白い幽鬼の様な顔に呪いの様に燃え燻ぶる赤い瞳が警備隊長の心臓と魂を瞬時に握りつぶす。
狂乱する隊長の自我と精神は脆くも崩れ、レオの言葉を徐々に絶対者の放つ威厳ある命令や天啓であると脳が誤認をし始めた。
「俺はエンキを殺した存在だ、ならばその代行をしても何もおかしくないだろう?従えばこの街はお前の物だ。恐れず受け入れろ、良いな?」
「え、あ…。はい、仰せのままに…」
「我々との合意に基づき、物資供与に協力してくれるな?」
「はい、ご自由に…。貴方様の望むままにお持ちください…!」
「それで良い、今日からお前が領主だ。俺が再び戻るまで街を守り、栄えさせろ。残しておけば使い道があるかもしれんからな」
「……!あ、ありがとうございます!いずれ帰還される時をお待ちしております!」
会話が終わった時、既に警備隊長の自我は死に、眼には忠誠心という名の異様な輝きが煌めいていた。
日和見的で面倒を嫌う怠惰な精神は焼き溶かされ、暴君に仕える従順な飼い犬となって再鋳造されたのだった。
「他の者も良いな!」
レオの叫びに残された兵達は即座に身を正して敬礼を行って応えた。
警備隊長と同様に兵達もまた、レオの『恐怖』と『声』の力に屈していた。
その力はまさしく、エンキやスーラが持っていた力であった。
偉大なる英雄や神がかりなる者は時に、身振り手振りや言葉だけで他者を支配する。
エーテル無き世ですら起きえた偉大なる奇跡は、今や悪魔憑きという最も邪悪な存在によって行使される物に成り果てていた。
ある段階でレオは理解していた。
なぜ、急に地上人の言語が分かるようになったのか。
なぜ、文字が分かるようになったのか。
なぜ、力の使い方が分かるようになったのか。
全て、吸い取った他人の血や魂から得ていたのだと。
スーラの知識と体、エンキの力、邪悪な神の加護を受けた魂、全て他人に与えられたか奪った物でしかないと。
それが混じり、己を侵食していく事で曖昧になる自我と、それを持ってしても消せない人としての願いと拘り。
いつか全てが混じり合い、黒く塗りつぶされるまでが己の猶予だと。
だからこそ、それまでに暴れまわり、荒れ狂い、燃え尽きたいのだと。
「会談はここまでだ。クトー、帰ろうか」
「ああ、そうだな…」
「『弱い奴』に対する手並みッ!やはり今まで通りのおやっさんに間違いないッ!俺はおやっさんより強くなるまでどこまでもついていかせて貰いますよッ!」
勝手に盛り上がるイナゴレイダーを無視しつつ、身をひるがえしたレオの背後で再びどよめきが起きる。
振り返れば、死した領主が不自然な角度で立ち上がり、呪詛の様なうなりを上げている。
「元領主様!?生きてるは面倒な―――」
「見て分かんねぇか!屍者だ!生きてる訳ねぇだろ!」
「なんで誰も首刎ねてねぇんだよ!」
「普通こんなすぐ起き上がるかよ!このクソ爺め!」
不快な存在に目を細めたレオが腰に差した剣に手をかけようし、それよりも先に領主を拝命した警備隊長がその間に立ち塞がった。
「レオ様!どうぞお気になさらずッ!あの程度我らで対処いたします!ごゆるりとお帰りください!」
叫ぶと隊長は駆けだして己が持つ小銃の銃床を屍者化した領主に叩きつけた。
「おめぇらもぼさっとしてねぇでぶん殴れ!砕け!破壊しろォ!」
その声に釣られた兵達が一斉に手に持つ銃や鈍器を振りかざしては、それまで従ってきた領主の蠢く亡骸に向けて全力で叩きつける。
「ああ、クソ…今日は良い夢見れそうにねぇや…」
「安全なアルコールを回収してこよう、睡眠薬代わりなる筈だ」
「今日は呑むか…若いの…」
「酒とたばこは兵士の敵だぞ、クトー」
項垂れた頭を左右に振りながら愚痴るクトーに肩を貸しながらレオはかつてはオフィスルームであった謁見の間より退場する。
故に―――。
「レオちゃぁん、顔だけは見たかったけど結構好みじゃぁん」
兵の集団に殴打されて破壊されていく領主の口から洩れたかすれ声がレオ達に届く事は無かった。
これが以後も知覚される事の無いナイデスとレオの最初の出会いであった。
月一更新が上手く出来ずにいつもご迷惑かけております。
今回は特に設定垂れ流しはありません、そっちが目当ての人はスルーしてください。
先月は風邪を引いたり体力が落ちてて過労気味等で作業が進まず、登場キャラや流れを精査しようにも頭動かずで無為に時間を過ごしてしまいました。
正月休みで概ね二章のプロットが決まったので見切り発車では困るという事で停滞してた作業が進められそうな見込みです
今後もよろしくお願いします。
主人公は多分最後の方までずっとこういう感じで苦しみ続けるので救いとかラブコメ期待の方は…ごめんね!




