十三話、死線の網
今月は間に合った
2022/7/26
友人某氏より終盤の描写が分かりにくいとのコメントをいただいたので加筆修正しました。
他に選択肢は無かった。
いや、今まで戦いにおいて選択肢などあった事などあっただろうか。
戦場に戻ってきたレナルドは迫りくる死の気配を見据えながら嫌に冷静な頭で過去を反芻していた。
両腕に抱えるのは戦場に投棄され、錆雪を被っていた突撃銃型に改造した水冷式重機関銃。
悪魔憑きであるレオなれば問題なく片手で運用出来るそれは本体重量、弾薬、そして冷却水諸々を合算すれば20kgを優に超える重量物。
ただ持ち上げれば良いのならばまだなんとかなっただろう。
だが、構えて撃つとなれば中々に重労働だ。
その上、今敵にしている相手からするとこれを持ってすらも心もとない貧相な装備に思えてないなかった。
だが、これ以上後ろに下がるわけにもいかなかった。
咄嗟に自身の得物であるセミオートライフルを銃身側から地面に勢いよく突き立てて即席の銃架とし、機銃の安定を図る。
下がる事は出来ない、ここが最終防衛線だ。
レナルドの後方には戦槌を握りしめたまま地に伏したボースとそのすぐ近くでボロ雑巾の様になったキド、そして―――。
「あったぜぇえええッ!俺の愛しのオクスリちゃんがよぉおおおおッ!」
「ヤク中ッ!早くするっすよ!」
地に伏したボースに無遠慮に取り付いてその腰袋を物色し、見つけ出したクスリの袋を歓喜と共に高々と掲げるヤク中の姿があった。
その歓喜の声に合わせる様に怒鳴り声をあげたレナルドが既に近くにまで迫りつつある脅威、レオが使役していた中型種『トライポッド』に向けて機関銃の引き金を引いて戦闘の火蓋を切った。
スーラが取り乱した様子で自分の上司を回収する命令を出してきた事、そしてクトーにも撤退指示を出した時点でレナルドがボースの敗北を察するには十分であった。
配下を引き連れて戦闘から離脱する前の激化しつつあった戦闘から見ても、仮に勝利しても満身創痍であろう事が容易に想像できたからだ。
更に言えば、レオが来る前に回収せねばならないという言葉からどうやら想定していた中で最悪であるという事も覚悟出来た。
落ち着いていたからこそ、事態を確認後に取り乱す事無く赤色信号弾を発射する事も出来た。
全ては事前の打ち合わせで策定した通りの対処手段であり、そこに抜かりはなかった。
問題があったとすれば、それは味方よりも先に敵が信号弾に引き寄せられてやってきたことであろうか。
レオの制御下を離れて暴走した生体兵器。
否、制御下においてもレオ以外は餌と認識して襲い掛かる故に味方がいない状況で投入される殲滅兵器が奴だ。
正気を失って暴走しているであろうレオ本人を相手にしないだけマシ、などとはいかない。
中型種は十分な装備を整えた集団で迎え撃ってしてようやくどうにかなる相手、二人程度では時間稼ぎすらもおぼつかない。
それが、こちらを目指してまっすぐに迫ってきている。
狙いは力尽きて倒れるボースであろう。
ミュータントにとって悪魔憑きは天敵であると同時に最も価値のある餌でもある。
それが地面に転がっているならば、喰らわない理由がない。
その間にある、あってないような障害物など蹴散らせばいいだけだ。
結果は見えている、勝てない、殺される。
だが、逃げた所でどうにもならない。
ここでアレに殺されるか、上官であり主戦力であるボースを見捨ててジリ貧になった末に場末の戦場か荒野で野垂れ死ぬか。
ただの雑兵に選べる選択肢はこの二つだけだ。
キドの様に自由に生きれるだけの力が無いが故に今レナルドはここにいるのだ。
他の未来を選べるだけの実力があるならば、ボースの下にもつかなかっただろう。
ARK5の管理する居留地に生まれた時点で兵士になるか農夫や鉱夫になるかという三つの選択肢しか無かった。
その中で兵士を選んだのは一番待遇が良さそうに見えたからだ。
任期も決まっており、それが過ぎたら労役を免除された楽隠居が確約されてすらいた。
農夫となり連中が欲しがる蒼い結晶を生み出す人面草を死ぬまで育て、その絶叫で耳や体をやられたり、時折生まれる変異植物に喰われるよりはマシ。
鉱夫となって暗くて狭くて深い穴に潜って一日中重機や工具を振り回して肺をやられたり崩落で潰されて死ぬよりマシ。
今になれば馬鹿な選択だったと言える。
兵士といっても実体は正規兵の弾避けであり、生きた囮でしか無かったのだから。
ただ、兵士になった奴が早々戻ってこないからマシな様に見えていただけだったのだ。
要は、奴らは殆どの場合において任期前に死ぬから戻ってこなかったのだ。
兵士になってからは戦って死ぬか、勝利して生き残るかの二つの選択肢しか与えられなかった。
誰よりも腕っぷしが強く頭もキレたボースについていけばそれが変わると思ったが、結局は同じだった。
強いられた戦場で戦い抜き、訪れた死に場所で死ぬという選択肢しか残りはしなかった。
生き残れたのは単純に死神の鎌が隣の戦友の首ばかりひっかけていったからに過ぎない。
その身代わりたる友はもう誰もいない、今いるのは自分だけだ。
この世は地獄で、世界は常に残酷だ。
生まれに恵まれず、力も意思も得られぬ者は望むままに未来を演奏する指揮者にはなれぬ。
兵たる者には苦難に満ちた短い未来しかない。
どうせ死ぬならば、選ぶ道は一つのみ。
抗い、戦って死ぬのみだ。
レナルドの覚悟は最初から決まっていた。
かくして、一人の兵士と薬物中毒者だけの防衛戦が始まった。
「思ったよりも動きが速い!早く準備するっすよヤク中!」
「もうちょい待て!今紙と吸う奴を用意してるからよ!」
「何でもいいから早くしろ!機銃掃射ぐらいじゃ脅しになってねぇんすよ!」
当初、城壁の崩壊部からのっそりと現れたトライポッドはしかし、その一歩を踏み出すと大きく前進して迫ってきている。
遠近感を狂わせる長い細足と小さい胴体からは鈍重な印象を与える一方で、それは思いの他、早かった。
緩慢で遅い様に見えて早く素早い、それがトライポッドの特徴である様に見えた。
無論、他の素早い中型種程の俊敏性は無く、レナルドの持つ機関銃が放つ7.62mmライフル弾は次々とトライポッドの胴体の周囲に殺到する。
だが、小さい胴体が災いし命中率は芳しくない。
反動こそ重量で相殺されているが、接続もされていない即席の銃架では安定した射撃と照準が出来ない。
前回運用時に銃架代わりにしたヤク中は後方でお楽しみ中であるからにはこれを一人で操らねばならない。
その上、トライポッドが前進するごとに徐々に狙いを上方に指向せねばならなくなる。
「ええい!こんな時に!」
レナルドを勇気づけいていた重機関銃の振動と銃声が唐突に沈黙し、引き金を引いても望みの反応が起きなくなった。
それまでの戦闘で弾丸を消耗していた重機関銃は早々に弾切れを起こしたのだ。
いかに改造を受けて300発以上の弾丸を弾倉に込めたとて、使い続ければその時は確実に訪れる。
予備の弾薬は持たされていないとなれば、その瞬間から銃はただの重いだけの鉄塊であり無用の長物だ。
頼みの綱は切れ、後は死に向けて堕ちていくだけだ。
「ちっくしょう!やってやる!やってやるさ最期までッ!」
レナルドは役に立たない重機関銃を放り捨て、深々と雪に刺していたセミオートライフルを両手で勢いよく引き抜き、着剣。
自身の最期を悟りながら戦闘の準備を終えようとしていた。
その時だった。
「やっぱキクなぁあああ!こいつはぁあああ!」
振り返れば小汚い紙片の上に広げた青白い粉末を粗末なストローで鼻から吸い上げるヤク中の姿があった。
それはもう幸せそうな恍惚とした笑みの下、その一瞬をとても愛おしむ様に、しかし危機を理解して素早く全て鼻へと吸引するとヤク中はしっかりとした足取りで立ち上がった。
「待たせたな、これで万全に戦える」
そこにはそれまでの呆けた薬物中毒者の顔は無かった。
「こいつをキメると足腰の痛みは消えるし頭も冴えて来る。まあ、若い頃程は動けねぇがな」
引き締まった顔には凛々しさがあり、どこか酔ったようなふらふらとした足取りは地面をしっかりと踏みしめ、肉体すらも引き締まった様にすら見えた。
いや実際の所、ヤク中は見るからに若返っていた。
ミュータント化した植物の薬効か、或いは僅かに混入した質の悪いエーテリウム結晶の影響か、はたまた本人のクスリへの偏執的かつ狂信的な思い込みが引き返した奇跡なのか。
深かった皺は浅くなり、肌には柔軟性が戻り、老人だった顔は老いが見え始めた中年程度にまで瞬く間に変貌していく。
完全に若返り切らない所を見れば、その薬の効果には制限があるようであった。
「前衛は俺がやるぜ、副隊長さんよ。キメたヤクが切れる前に仕留めるぜ」
不敵な笑みすら浮かべてヤク中はレナルドの胸に右手をぶつけた。
「無茶言うんじゃないっすよ。回収車が来るまで時間を稼げれば御の字なぐらいなんだ」
実際の所、兵隊が一人から二人になった所で状況は変わらない。
如何に若返ったとて、人間の枠に収まった者に中型種の相手は手に余る。
相互に連携して敵の攻撃を回避しながら少しでも時間を稼げれば良い、レナルドはそう考えていた。
だが、ヤク中は違っていた。
「出来るさ!命を惜しまなきゃな!」
叫びながらヤク中は遮二無二トライポッドへと走り出す。
「おい!武器は…!」
「もう持ってる!自前のをな!」
静止しようとするレナルドの言葉を無視してヤク中は腰の装備入れから使い慣れた武器を取り出した。
右手に柄の長い手斧を、そして左手にはソードオフした水平二連ショットガンめいた連装化されたマスケット銃を切り詰めた疑似散弾銃。
既に見上げねばトライポッドの脚以外を捕捉出来ぬ距離に近づいたヤク中は叫ぶ。
「ハッハー!俺はここだぜぇえええッ!」
到達するは触手の有効射程圏内たるトライポッドの胴体直下、空から囲う様に伸びる三本の足は網の無い鳥籠を連想させる。
ヤク中は高ぶる感情に合わせて叫び、左手の連装散弾銃を頭上の胴体めがけて撃ち放つ。
打撃にならぬであろうそれは、意外にもトライポッドの表皮を貫き血をまき散らさせた。
硬い表皮に突き刺さるは丸い散弾でも無ければ円筒状の銃弾でもない、それは一本一本は極小さく細いダーツの様な矢弾であった。
過去の人間はそれをこう呼んだ、フレシェット弾と。
「特製の矢弾よぉ!キクだろぉお!?」
降り注ぐ返り血に顔を青くしながらヤク中は珍妙な小躍りを踊ってトライポッドを煽る。
それが功を奏したか、歩みを続けていたトライポッドは停止すると同時に口と下腹部から伸びた二本の触手で直下に潜り込んだ不快な敵を要撃する。
「来たぜ!来たぜ!来たぜぇッ!」
迫る死の一撃を目の当たりにしてもヤク中のテンションは高まるばかりだった。
少なくとも、ここまでは目論見通りであったが故に。
用を終えたショットガンを捨て、ヤク中はなおも続ける。
「これでも俺は元処刑隊だぜ!?雇い主に良い所魅せねぇとなぁ!?」
啖呵を切りながら上空から叩きつける様に迫る口腔部の太い触手を体を跳ね反らして回避し、しかし追撃で迫る下腹部から放たれた二本目の横なぎの触手をヤク中は回避出来なかった。
「おげぇえッ!」
腹にまっすぐ入った直撃、致命傷だ。
レナルドはそう思わずにはいられなかった。
だが、間抜けな叫びを上げつつもヤク中の命は未だに尽きてはいなかった。
それはある種の熟練が成せる捨て身の受け身であった。
直撃と直前に着地し、そこで更に地を蹴って触手の進行方向に飛ぶ事で衝撃の中和を図ったヤク中は、へばりつくように全身で触手に取り付く。
そして左腕で触手に組み付きながら右手の手斧を幾度となく振り下ろす。
何度目かの挑戦で斧が触手に深々と刺さったと同時に振り切られた触手は今度は振り子のように逆方向へと振り回した。
トライポッドは幾度も下腹部の触手を左右に振り回してヤク中を振り落とそうとしているがヤク中は決してその触手に組み付いたまま離さない。
「まだまだァッ!」
口から紫色の血を吐き散らしながらも闘志に燃える楽し気な声でヤク中は叫ぶ。
自らに使った薬物の力で痛みを和らげ、ハイになる事で恐怖を打ち消し、感覚を鋭敏にする事で本来致命の一撃となるミュータントの攻撃にギリギリ耐えられる状況を作り出して肉薄する。
錆雪による肉体崩壊を恐れず、ミュータントの攻撃による絶命も恐れない。
その行動の全てが己が戦いを継続できる限界を見据えた捨て身の所業。
人の身で都市に湧き出るミュータントや変異者を狩る役目を果たす処刑隊において最前線を担っていた老骨が薬物を用いて放つ最後の輝き。
それが今のヤク中の戦い方であり、落ちぶれて行きつくところまで行きついても死ねなかった男の生み出した業であった。
触手に抱きつきながら斧を深々と突き刺したヤク中とそれを振り落とそうと暴れるトライポッドが地に溜まった錆雪を空中へとまき散らしていく。
「ヤク…!ッ!」
ヤク中の特攻を見たレナルドは叫ぶのをやめてセミオートライフルでトライポッドの胴体に照準を合わせる。
やるべき事は喋る事ではなく戦う事、すなわち前衛を買って出たヤク中の支援射撃だ。
十分に接近した事で先に放った機銃弾で命中した物は表皮に半分ほど突き刺さった所で停止しているのが嫌でも見える。
おそらく、肉体が収縮した事で表皮が硬化しているのだろう。
狙うべき急所は硬化しえない部位、すなわち目だ。
これでも気休めだろう、だがやる他にない。
効かなければ死ぬだけだ。
「ふぅううううッ!」
ゆっくりを息を吐き、集中して照準し、連続で引き金を引いて弾丸を放つ。
レナルドにキドの様な狙撃は出来ない。
故に数で勝負する。
それが今回は功を奏した。
何発目かの弾丸がトライポッドの目玉を抉ったのだ。
蒼い鮮血と共に絶叫が茶色の雪原に轟き、歩を止めなかったトライポッドがよろめいて歩みを止める。
その瞬間をヤク中は見逃さない。
「まず一本いっとくぜぇ!」
揺れの収まった触手に両足を絡ませてその筋肉だけで己を固定させたヤク中は腰から先端が杭状になった鉄パイプを取り出し、伸びる導火線に懐から取り出した戦前の品を思わせる金属ライターで火を付ける。
そして―――。
「ハッハァー!その長い御立派を去勢してやるぜぇー!」
陽気な叫びと共にその鉄パイプを斧で作った傷口に捻じ込み、触手を離して全てを天に委ねた。
「良い葉っぱキメた時みてぇに綺麗な花火だぁ!」
炸裂して触手を切断した閃光を目に焼き付けながら、歓喜の声と共にヤク中は地へと落ち、錆雪の地面へ叩きつけられる。
「ぐげッ!」
雪がクッションになって尚、殺しきれない衝撃にヤク中が潰れた動物の様な声を上げ、しかしやり遂げた満足感と共に遥か上のトライポッドを見据えて破顔する。
目を潰され、下腹部の触手の先端を切断されたトライポッドは姿勢を崩して地に沈もうとゆっくり迫ってきているのが見えた事でやれる事はやりきったと理解したが故に。
「あっ、こりゃ無理だ。ヤクがもう切れやがった…」
笑みを浮かべたまま、ヤク中は大の字になってそうこぼした。
殺すには至っていないが故に途中でトライポッドは体勢は立て直すであろうが、垂れ下がり伸びきった触手は確実に地面に降って来る。
それもおそらく、ヤク中の真上に。
動かなければ死が待っている。
だが、既にヤク中は動けなかった。
時間切れであった。
「くそ~、使う度に夢の時間が短くなりやがる」
顔からは生気が失せ、伸ばされた皺は再び深くなり、麻痺していた痛みが全身に広がり、再び体が重くなっていく。
男は元より戦士であった。
だが老いが男から活力と戦闘の感性を奪い、それを取り戻すために奔走した末にたどり着いたのは薬物による一時的な身体強化という命を前借するだけの愚行。
自らの作り出した薬物を用いた無謀な若返りの反動は確実に体を蝕み、その痛みを抑えるために更に鎮痛効果のある麻薬を用いてドツボへと落ちていく。
抱いた絶望すらも薬物による酩酊で誤魔化し、戦っては薬を使い、戦いが終われば薬を吸い、発作的に訪れる絶望を更に薬で中和する終わりの無い袋小路に落ちた合われた老人。
故に付いた名がヤク中、家族にすらも見限られた老人には既に彼の名を知る者はいない。
だが、少なくとも今回に限ってならば、この老骨はまだ見捨てられてはいなかった。
「どうよ、副隊長さん。時間稼げただろ?」
唐突に首根っこを掴まれ、全力で引き摺られる感覚を覚えてヤク中は相手を見ずに語りかける。
トライポッドの肥大し化した口腔部の触手が地に叩きつけられるギリギリの所でヤク中は命を拾うに至った。
「ああ、十分っすよ。二人でここまでやれれば上等すぎるっす」
労いの籠った言葉で返したのはヤク中の予想通りレナルドだった。
ヤク中は絶望的な戦闘の中で己を価値を示し、信頼を勝ち取ったが故にレナルドもミュータントの腹の下まで危険を冒してでも優秀な兵隊を回収する事を選んだ。
この時点で二人はある種、死線を共にした対等な立場となった。
勝てない相手に十分過ぎる程に善戦したのだ。
「ところでよ副隊長さんよ、お迎えは?」
「……残念だけどまだっすね」
常人に出来る限界としては十分過ぎる戦果、しかしそれだけで足りない事は言うまでも無かった。
出来た事はトライポッドに損傷を与えてその進行を一時的に抑えただけに過ぎない。
触手の先端を切ったぐらいで中型種が止まる事などは無い。
ましてや運良く出血死などという陳腐な勝利も無い。
既にトライポッドの傷口は塞がり、肉が盛り上がって修復を開始している。
最善を尽くして時間を稼いでも全く足りない事もまた、よくある事ではある。
「じゃあよ、もう駄目じゃねぇかよ!」
「……戦闘用の薬物は?もう一回やれるっすか?」
「一日一発!股間のアレと一緒よ!何度もコクにはもう年の喰い過ぎだ」
「こいつはもう駄目そうっすね…」
「ああ!だから良いハッパくれよ!最期は気持ち良くって決めてるんだよ!」
いつもの調子に戻ったヤク中を尚も引っ張りながらレナルドの行った問いにヤク中は次は無いと答える。
「向こうさんは、お怒りって感じっすね」
体勢を整えたトライポッドは明確に二人に視線を向けていた。
圧縮され、口から吐き出すように太い触手を垂れ下げて潰れた様な顔に明確な怒りの感情を滾らせて、トライポッドは矮小な二人の人間を睨みつけている。
終わりが来た、ここから起きるのはただただ蹂躙だけだ。
こっちに残っているのは動けない老人と中型種には気休めにしかならないセミオートライフルだけだ。
回収のトラックは未だに到着していない。
この上で時間を稼ぐならば―――。
「ヤク中、ハッパは中隊長の所まで自分に取りに行くっすよ。今度は俺があいつの股下で囮に―――」
覚悟を決めたレナルドが言葉を言い切る前に崩壊した城壁の開口部から何かが高速で飛来し、トライポッドに背に突き刺さった。
背後から砲撃を受けた様にトライポッドの体が前のめりに仰け反る。
「なっ!?」
狼狽えるレナルドの理解が追い付くよりも先に事態は進展していく。
咄嗟に足を数歩動かして姿勢制御をした事で転倒こそ避けた物の、想定しない後方からの衝撃という事態。
危機感を覚えたであろうトライポッドは既に戦闘力などない二人を無視して歩を進めながら大きく旋回を試みようと動き出す。
だがそれを防ぐように、或いは飛来した何かにトドメを差すかの様に、城壁側から飛来した緑色の火球がトライポッドに着弾、絶叫をあげながら中型種ミュータントの体全体が瞬時に緑色の炎で燃え上がる。
それが致命傷となったのかレナルドが驚愕する間もなく、トライポッドは力尽きて地面へと倒れ伏した。
当然ながらこちら側に運用出来る火砲などありはしない。
仮にあったとて、既に味方の消えた城壁側から支援攻撃が来る筈がない。
そこから何かが飛来するとするならば、それも見覚えのある緑の炎をあげる物となれば―――。
嫌な予感がレナルドの中に生まれ、瞬く間に強くなっていく。
「な、何が…。まさか…!?」
言葉を詰まらせながらレナルドが城壁側を見やる。
外れていてほしい、この考えが合っていてはいけない。
しかし、レナルドには分かっていた。
既に答えは出ている事に、後はもう目視で確認してその事実を確認するしかない事に。
「レオ…!」
レナルドの見やる先、そこには引きちぎられたガスマスクを右耳からぶらさげた正気を失ったレオの姿。
そして―――。
「ぬぉおおおおッ!ふぅんッ!」
崩れ落ち、焼け焦げた肉塊となりつつあるトライポッドより立ち上がり叫ぶのは炎に包まれた筋肉の塊の如き男。
レオによって砲弾の如く吹き飛ばされた悪魔憑き、ヴィルであった。
筋肉を誇示する構えによって作り出された魔導防壁が火を弾き飛ばし、更には余波でまき散らされたエーテルの奔流が周囲の炎すらも消し散らす。
「心臓無く動く化け物よ!王殺しの怪物よ!その程度では私の筋肉は屈する事は無いぞ!」
やけに芝居がかった啖呵を切りながら、ヴィルは筋肉を誇示しつつ城壁の上からこちらを見下ろすレオを固着した笑みで見上げている。
ある意味でレナルドとヤク中の時間稼ぎは成功したといえよう。
しかし、事態はむしろ悪化したのだ。
目先の敵を倒したとて、更に厄介な敵がやってきては何も意味などありはしない。
唯人など、突風で吹き飛ばされる木の葉の如く戦闘の余波や流れ弾で容易く死ぬのが定石だ。
諦めの言葉が出るのはごく、自然な事であった。
「ああ、くそ…。今度こそは絶対に死ぬっすよこれ…」
レナルドの背後でようやく輪郭が見え始めた輸送トラックが迫る中、戦いは最終局面へと到達しつつあった。
ヤク中さんは奴隷売りに主人公がドナドナされてる最中にほんの一瞬だけ出ていた都市を守る処刑隊の一人だったという設定です。
処刑隊は教会圏の都市内治安維持部隊『フィクサー』を辺境の地であるトウカイが真似をして作った組織であり、都市内に発生したミュータントの処理と文字通りの処刑業務の両輪で活動しています。
常に人口飽和している城砦都市内では顧みられない貧民が餓死や病死から屍者となり、隣人が突然変異を起こしてミュータント化するという事案が日常となっており、それを早期に発見して処理するのが処刑隊の業務となっています。
都市内という制約上、上流階級の人間や稼働している貴重な産業設備を破壊しかねない火砲や重装備を運用しにくい事から個々人に高い技量を求められる職務であり消耗も激しい一方で、権力者からの支援によって生活が保障される花形の仕事である事から常に志願者がいる事から人員の枯渇はまず起きません。
屍者を破壊し、ミュータントを殺す為に面の破壊に優れた大斧や槌が好まれ、産業設備を破壊しないという制約の上で散弾銃や火炎放射器の運用も許可されています。
都市内には人間に擬態したミュータントも多々侵入してくる為、処刑人には怪しい人間を始末する権利も与えられており、これを処刑という名目で許可した事から処刑隊という名が与えられました。
都市内における『怪しきは抹殺』を行って一切全てが不問とされるのは処刑隊にのみ許された特権となっています。
ヤク中さんはその中でも元は上位の処刑人であり、元は妻子もいる順風満帆な人生を送っていましたが、加齢による衰えと日に日に悪化していく都市内情勢、衰退する経済や消滅する産業を目にするうちに狂い、薬物に走って全てを失いました。
その後はアルコールならばなんであろうと売る場末の酒場で麻薬を嗜みながら用心棒をしていたところで即戦力を求めたボースくんに半ば拉致される形で部下とされて今に至ります。
今回はここまで




