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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
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十二話、弥縫策

投稿遅くなりまして申し訳ありません

生きてます、エタりません


戦場となっている城砦都市より約10キロ地点、人が生きる事を拒む茶色の雪原に大型車両の車列が隊列を組んで停車している。


迷い込んで燃料が切れた哀れな集団か、擱坐(かくざ)して放棄された商隊の末路か。

否、彼らは明確な意思でこの地に留まっている者達である。


今も停止していた車両たちは一斉にエンジンを起動して薄い黒煙をマフラーから吐き出し始めている。


雪が降る環境であるからには気温は低く、油断すればエンジンやオイルが凍りかねない温度に至る危険が常に存在している。

その為に彼らは定時毎にエンジンを起こして暖機運転を繰り返して車両の機能を維持する事に苦心していた。


例え狂っていようとも、いや狂っている環境だからこそ必要な作業でありアノマリーの不意な発生や状況の変化に即応可能な様に辛抱強い者達がこの作業を行う後詰めとして残された。



彼らこそは俗にいう機械教徒(プレッパー)、その中でもこうした外地での行動に特化した探索隊の生き残り。

レオとボースから要である車両部隊を任された後衛部隊であった。


この地で即応してくるであろう敵前衛を待ち伏せて討ち、逃げ切りをかける為にレオとボースは城塞都市にて陣地を構築し、機械教徒(プレッパー)は郊外に布陣して補給と失敗時の脱出支援の為に待機する。



それが見放された地へと乗り込んだ理由であり作戦であり、物資を保持したまま移動する為に必要な車両部隊が戦闘に巻き込まれる事を回避しつつ、早期決着を狙うにはこれしかないという三者協議の末に出された合意であった。




ある意味で戦闘まで城塞都市の住居内に籠って準備を進められる戦闘班よりも車両班の負担の方が遥かに重いと言えた。


それでも彼らは責務を果たしてみせ、今も車両に損失は一切ありはしなかった。


車列の周囲では今も強く吹く風と共に降り積もる錆雪に車両が埋もれぬ様に脇に掻き出す作業を続ける数名の作業員がせわしくなく、しかし慎重に行動を続けている。


寄せた雪は今や小さな山の如くうず高く積まれ、遮蔽物として機能しえる程だ。

これは城塞都市側から敵に捜索された時に気休め程度の偽装の役割も果たしていた。



そんな車両部隊の先頭に位置する大型トラック、それがエンジンが起こすであろう振動以上に激しく小刻みに揺れていた。


これが他の車両ならば作業員たちは大慌てで対応を強いられていただろう。

だが、それが先頭車両であるならば話は別だ。


その中でハンドルを握る者が集団一の小心者であり、その隣に座る者が最も信頼する男であると知っているが故に。



「心配なのはわかるが揺らし過ぎだぞドッグ。車内で盛り合う若いのでもここまでは揺らさねぇ」


振動の主を横目に苦笑いを浮かべながら助手席のダッシュボードに足を上げて寛ぐオールバックにビジネススーツというある意味で場違いな服装を決め込む伊達男が雑草を集めて作った粗末なタバコの煙を肺に吸い込んだ。


今回の作戦で車両班を預かる機械教徒(プレッパー)集団の長であるクトーは唯の煙をさも旨そうに味わってからゆっくりと吐き出す。


枯草には本来あるべきニコチンなどまるで入っていないし、粗悪な大麻にある様な酩酊感も無い。

あるのは枯れ葉が燃える香ばしい匂いと焦げ臭い風味の煙だけだ。

ぶっちゃければ唯の野焼きで発生する煙と何も変わりはしない。


あくまで気分を楽しむ、冴えた脳みそが無ければ生き残れぬ時勢に薬物は御法度だ。



常人ならばむせて激しく咳込む事はあれど楽しむ事など出来ないそれをクトーは大いに楽しんでいた。

エンキの下で幾年にも及んだ虜囚生活で無意味に鍛えられた技能であった。



「レオたち、どうなったかな…」

「戦闘は始まったみたいだな、後はあいつらの頑張り次第ってやつだ」


少し前に轟音と共に始まった戦闘音は今は鳴りを潜めており離れた車両部隊からは戦況を把握する事は出来ない。

少し前に発生した巨大な火柱から見てレオが大技を使わざるを得なくなる状況である事は確かであるようだが、それがどういった状況によってなされたのかは見当もつきはしない。



「なーに、敵は精々多くて数百程度。下手したら数人だぞ?瓦礫の王を始末した我らが英雄様には敵わねぇさ」


クトーは努めて気楽を装い、灰色の天井に煙を吐く。



航空戦力を含め総数約3000、それがクトーが老商人ローから手に入れた追撃部隊の情報であった。

想定では討伐部隊編成はもっと遅い予定であった。


エンキの配下を調べる時間はあまり無かったが、それでも漏れてくる情報を精査すれば彼らが烏合の衆である事は一目瞭然であり、そこから導き出した結論に間違いはない筈であった。


クトーの想定外の一つ、それはクトーが虜囚となってすぐに48th(フォーティーエイツ)のゲネラル・シュワンツがエンキに膝を屈して臣従していたという事。


彼らはクトーが捕虜となり奴隷に落とされる前は同盟相手の最有力候補の一つとして幾度も直接交渉を行った事もある周辺の独立勢力の中では最大規模の集団であった。


トウカイが教会辺境領へ組み込まれる際には爵位を与えてそのまま地域の支配者とする事を確約していた相手にクトーは今全力で追撃されている事になるのでその心中は実際にはあまり穏やかではなかった。



未だに戦前兵器のいくつかを保持して運用している旧米軍の残党を率いるあの有能な老将軍ならば有象無象の暴徒どもの首根っこをひっつかんで言う事を聞かせるなど訳もないであろう事はクトーには容易に想像が出来た。



「でも、その後ろには何千人も追いかけて来てるって…」

「まあ、な…。だが、要はそいつらに追い付かれなきゃいいだけの事よ。お前の目と腕なら出来るさドッグ」


クトーらにとって追撃してくる数千の敵は恐ろしくない。



こちらが少数であるが故に動きづらいのと同じく、相手は大軍であるが故に行動が鈍重であろう事が容易に予想出来る。


人間の数が増えればそれだけ統制と連携に綻びが生まれ、行軍速度は落ちるのだ。

これは即製編成の部隊であるほど顕著になりえる。


特殊部隊が少数精鋭を旨とするのは一騎当千の為ではない。

素早く展開し、迅速に行動を行い、目標を達成したら速やかに作戦地域から離脱するためであるのだ。


その地域に敵が何千人いようと、それらと交戦しないならば敵などいないも同じなのだ。



むしろ少人数で行動しているにも関わらず平時よりかなり頻度の高いミュータントの襲撃を受けている事態を考えれば、より目立つ雑多な大集団などはまさしく格好の餌場と言える。


注視すべき優秀な部隊が複数参加している事を軽視するつもりはない。

だが、エンキを失い安定を失った地域を大部隊で移動するというのはそれ自体が自殺行為と言えた。


いずれ敵はこちらを追撃していられる状況ではなくなり四散して壊滅するだろうというのがクトー、そしてボースの出した結論だ。



なぜ、シュワンツ程の男がその様な愚行に出たのかはクトーには分かりかねた。


ともあれ、クトーらが真に恐れるべきは数千の数ではない。

恐ろしいのはその部隊から突出して攻撃してくる少数精鋭の前衛。

すなわち、今回その相手はイナゴレイダーその人であった。


エンキの小間使い、気が向いた時のサンドバック、燃料を使わず使い潰せる伝書鳩もどき。

しかして戦闘となれば人を超えたそれは時に数千の軍勢を上回る厄介さを誇るのだ。


これを撃破すれば逃走はかなり楽になる。

だが―――。



「もし、もしだよ。レオが負けてたら…」


クトーの隣、運転席で体を小刻みに震わせながら獣人、ドッグが不安げに一人口を開く。

リラックスしているクトーに反して両手をハンドルに乗せてその上に頭を置いて項垂れながら行われる貧乏ゆすりで車の振動は酷くなる一方だ。


ドッグの震えに合わせて車も揺れる、見た目や態度で忘れがちだがこの獣人も悪魔憑き。

その気になれば車ぐらいは破壊できる力を秘めている事が嫌でも理解出来る嫌な揺れだ。


それでもクトーは動じない。

その気ならばもう殺されているし、ドッグにそんな意思や気概は無いと理解している。


それに、ドッグは気が合う部類だ。

この獣人はエンキに半去勢されたという過去があるにしても、元々温厚で平和的な性分であるらしいからだった。



「勝ってくれねぇと俺とお前だけでこれから教会辺境領までデスロードをノンストップでかっ飛ばす事になるなぁ…」


故に、クトーが白煙と共に口から吐き出すのはいつもの軽口だ。

半分冗談で、半分本気ではある。


エンキ程の大物を倒したレオ、そして変異して大幅に強くなったボースのコンビが負けるはずがない。

だが、物事に絶対が無いが故にそうなった時の覚悟は常にしていなければならないのだ。


覚悟が出来ているが故にクトーは常に軽口を叩く。

泣き叫ぼうが絞り出すように言葉を吐こうが現実は忖度などしてはくれない。

ならば軽口を吐いて粋がっている方が良い。



「いや、無理だからね?俺戦えないからね?」

「ドッグ、揺らし過ぎた。あんまりやると車体に負担がかかっちまう」


軽口が不安を刺激したのかドッグの貧乏ゆすりがいよいよ大きくなってくる。

一度は闘志を取り戻し、エンキにすら牙を剥いたドッグは再び気弱な子犬に戻ってしまっていた。


エンキに四肢をねじ切られて一人で鍵十字を模したマークを作れる程に痛めつけられた後遺症は下手人が死んだ程度では癒えない様であった。


奮起する毎に全否定され徹底的に叩き潰される不運な男、それがドッグだ。

卑屈になり過ぎて自由になったら教えると言ってくれていた名すら名乗らずに未だに『ドッグ』という名を使い続けるぐらいには卑屈だ。


ともかくドッグには成功体験が足りない、どこかで手柄を立てさせて自立させてやらねばならないだろう。

そうでなければどこか重要な局面で折れて致命的な問題を起こすかもしれないとクトーは危惧していた。



「お前なぁ、ドッグ…。お前は俺より確実に強えんだ、人外の癖に運転センスも良い。少しは自信持てって―――」



クトーがドッグに慰めの言葉を掛けようとした刹那、車の揺れが更に激しくなった。

ドッグの貧乏ゆすりがいよいよ車両を破壊する程の破滅的震源となったのか?

答えは否だ、今やドッグは必死にハンドルを握って縮こまり、揺れに耐えようとしている。



「なんだ?直下でアノマリーでも発生したってのか!?」

「クトー!前!前だ!」


ダッシュボートから足を降ろして姿勢を正し、取っ手に捕まりながら状況を確認しようとしたクトーにドッグが叫びながら正面のガラスを肉球のついた指で指し示しながら叫ぶ。



目の前にあったのは闇。

いや、黒いガスの様なもやとその中央にある二つの赤い光点。

レオに取り付いた零落した神、邪神スーラの幻影であった。



「なんだ、スーラか。この世の終わりみたいな現れ方しやがって」



実体化したスーラがガラスを無視して車内に侵入してくると同時に揺れは収まった。


事を起こした主を見てクトーは落ち着きを取り戻した。

この存在が唐突に表れて個人面談に洒落こんできたのはこれが初めてではない。

この自称神はレオの目の届かない所でそうした密談を繰り返しているのだ。


だが、今回は少しばかり様子が違った。



「スーラさんよ、邪神らしさの演出ならもっと車をいたわった上で―――」

「クトーよ!急ぎ都市に向かうのだ!」


切羽詰まった様子で黒い靄はクトーに移動命令を与える。



「待て、先に状況を説明してくれ。勝ったんだよな?まさか、負けたのか?」


当然、クトーの内に湧き上がるのは嫌な予感だ。

姿勢は自然と正され顔には真剣みが帯びていく。


「勝ち負けなど最早どうでもいい!我が肉体(ボディ)が暴走した!心臓を破壊され我が統制から逃れてもう一つの神の力で荒れ狂っている!」

「要は負けたって事じゃねぇか!戦闘要員は全部ぶっこんだ後だぞ!俺とドッグじゃまた前衛芸術になるのがオチだぞ!?」



車両部隊に残っているのは運転手であるドッグを除けば全員クトー配下の機械教徒(プレッパー)のみだ。

元は外地で活動する探索隊の生き残りであるから戦えない訳ではない。


しかし『戦える』と『生き残れる』は話が別であり、ここまでの戦闘での損失を考慮して用意されたのがボースの率いる『死んでも良い部隊』である事から鑑みればそれは技能持ち人員の温存という前提の破綻を意味していた。


クトーの配下が戦闘に送り込まれなかったのは忖度や配慮によるものではない。

今や希少な技能持ちを戦闘ですり潰すのを避けるためであったのだ。


銃や槍を持ってミュータント相手に刺し違える人材は間に合わせられても車や装備の適切な整備、運用を出来る人材は替えが効かない。

脱出までに磨り減った人材を温存しなければ車両部隊を維持する事は困難と言えた。



「一両だけで良い!戦闘に参加する必要も無い!ボースを回収して離脱してくれれば良い!」

「ボースもやられたのか?」

「レオよりはマシだ、生きている。だが一人では動けぬ深手、移動手段がいる」


スーラもそれは承知だ、承知で作ったのが今回の作戦だ。

そして、要となる指揮官と運転手が先頭車両に詰めているのはまさにこうした最悪の状況の為であった。



「……レオは諦めるんだな?」


クトーは険しい表情でスーラに問う。

誰を助けて誰を見捨てるかの選別、それが出来てこその指揮官だ。



「最悪の場合、奴は放棄する。その為にもボースは死守せねばならない。このままではレオに食われる」

「……プランB発動になっちまったか。しゃあねぇ、ケツの穴絞めるぞドッグ」


スーラの言葉で腹を決めたクトーは即座にドッグに発進指示を出し、窓を開けて外の要員に叫び、それを見届ける暇すら惜しんだスーラが彼方へと靄を揺らしながら飛翔する。




「待機中の全員を叩き起こしていつでも動けるようにしておけ!総員移動準備のまま待機!俺は都市に荷物を回収しに向かう!エンジンをしっかり温めておけよ!」


外の部下の了承の返事が来ると同時にトラックは走り出していた。

暖機運転の成果でエンジンは快調であり、動作に支障はまるでない。


悪魔憑きとなった二人を輸送するための大型トラックを駆る二人は即座に行動を開始した。




―――――――――――――――



状況が急激に悪化する中、スーラはレオの内と外で必死の攻防を繰り広げていた。

今や持ち家であるレオを巡って主導権争いをしている人の神を抑制する一方、クトーに行動を促し、続いてまだ生き残っている者たちにボースを運ばせるべく急ぎモヤの様な思念体を急行させる。



アレが目覚めて最初に喰らったのがエンキであった事が原因であろうか、既にその力はスーラの対応能力を超えているのは明白であった。


こちらは零落した異界の神、相手は太古の昔から人という種族の深層に根付いて息づいていた大いなる者。

本来の性能と信仰があればともかく、現状ではどうにか出来ている方が奇跡と言える。


言ってしまえば主力メンバーが全員故障した状態で相手のホームで戦う野球チームよりも不利な状況だ。



「全く持って面倒になった物だ!最悪の事故物件め!」


最悪の最悪の場合を引いた愚かな己の肉体(ボディ)を罵りながらスーラは状況を打開すべく動き続ける。


今回とて、こんな回りくどい手を使ったのはこうした状況になった場合にリカバリーし易くするためだったと言える。


戦いに勝つだけならば、アレに頼るならば造作も無い事であろう。

アレはエンキすらも容易く屠り喰らった化け物だ。


だが、それは結果的にレオを大いに蝕みその自我や性質すらもいずれは浸食しきるだろう。

スーラがこの地上環境に適合する肉体を与える代わりにその精神を奪おうとしたように、彼の者も他者を超える力と命を与える事を代償にレオに何かを成させようとしている。



だからこそ、つけ入る隙を与えてはならなかった。

すなわち、これ以上力ある悪魔憑きを喰わせてはならないのだ。



一番良いのは戦いを避けて可能な限り時間を稼いでレオを消耗させない事である。

だが、そんな事は不可能に近い。


文明は崩壊し、地上には魑魅魍魎が溢れ、環境に適合した狂人が最も優れた戦闘力を発揮するこの時勢にあって戦わずに生きるなどというのは一滴の水滴にも触れずに雨を歩けという様な物である。


戦う事が避けられぬならばこそ、今回の様な面倒な作戦を立てたのだ。

戦場を限定し、戦う相手を限定し、そして失敗した時の対処を容易にするためにこの戦場を選んだのだ。


迂闊な近接戦闘は返り血と負傷で暴走を起こしかねない、それ故に今回も策を練った。


これ以上、自我崩壊を加速させてはならない。

全てはそれを念頭に置いていたのだ。


だが、何もかもが噛み合わない。

あの男はとにかく何をやっても最悪の結果に到達する。

最早一種の才能だとさえスーラには思えた。


それでもスーラは諦めない。

まだレオには壊れて貰っては困るが故。



「我が新しい住処に移るまで肉体(ボディ)には正気でいて貰わねばならぬからな!」


雪原を高速で飛びながらスーラはあえて己が目的を叫んで喝を入れる。

目指すはまだ崩落していない要塞化した住居の一つ、退避した一団。



「ぐぅッ…!」


スーラの思念体にノイズが入り靄が薄らぐ。

本体側での攻防が不利となり、外に思念を飛ばす余裕がなくなりつつある。



「まだだ、まだあ奴に命令をするまでは…!」


気力で意識を回復させ、地面に向けて墜落しかける思念体を軌道修正してのたうつ蛇の如く蛇行しながらスーラはそこに到達した。


そこにあった光景は――――――。



「お空が煌めく~、まるで光の宮殿や~」

「いい加減起きろやこの中毒爺ッ!」


未だに夢見心地で錯乱しているヤク中とそれに往復ビンタを繰り返すレナルドの姿であった。

どこかコメディちっくな二人と対照的にその周囲は凄惨であった。



「うるさい…うるさい、うるさい!黙ってくれェエエエッ!」

「喰わねば喰われる…喰って喰われて…」

「鍛えないと…筋肉を鍛えないと…」




頭を抱えて震える者、最早吐く物も無いにも関わらず嘔吐を続けようとえづく者、目の焦点が合わずにうわ言を繰り返しながら身じろぎせず仰向けになって天井を見つめる者。


精神汚染を引き起こす『品評会』の影響を受けた見込みありとされた兵達が精神崩壊を起こして凄惨な野戦収容所の如くになった住居内において茶番を続ける二人はある意味で奇怪であり、怪奇であった。



「レナルドよ!まだ動かせる兵はいるか!」

「精神汚染をもろに喰らってこいつら全員おしゃかっすよ!俺でも耐えれたってのに使えねぇ!」


状況に若干気圧されたスーラではあるが、躊躇している暇はない。

大声で叫び、状況を問えばレナルドから返ってくるのは苛立ちの満ちた罵声。


少なくとも、一名だけはまだ正気を維持しているようだった。



「なるほど、貴様は無事なようだな」

「めまいと頭痛は酷いし、今も幻聴が聞こえておかしくなりそうっすけどね。これで潰れてたらこの地獄じゃ長生きなんて出来ねぇっすよ」



僅かな時間で退避したからこそ、ここにいる者達はまだ正気を保てている。


それでもこの惨状、彼らが見たのは別に幻想的な筋肉集団の幻影だけではない。

品評会の加害範囲内に入った事で彼らが浴びせられたのはヴィルの前半生の最も凄惨な中核となった光景、そして残留思念たちの最も強い心残りから産まれた呪詛と欲求。


それを脳に無理矢理捻じ込まれ焼きつけられる。

結果的に起きるのは幻聴であり、幻覚であり、存在しない記憶のフラッシュバック。


留まれば精神を破壊され、いずれは生命も喪失し、最後には彼らと同じ残留思念の一部として吸収され統合される末路が待ち受ける。


それが精神汚染アノマリー、それ自体に生命を刈り取る能力は無いとは言えど無害には程遠い有害な事象である。

これに加えて錯乱した者を逃がさずに刈り取る為の他のアノマリーやミュータントを混在させる事で殺傷力を激増させる。


今回、その刈り取る者がアノマリーを宿すヴィル本人となる。

ヴィルの宿す汚染能力はそんなアノマリーの中でも別格に強かった。

そして、生きて鍛えて敵を殺し続ける限り更に強くなっていくだろう。


自走する精神汚染筋肉要塞、エンキには遠く及ばずとも一人で荒野を生きる悪魔憑き。

元より雑兵が幾ら集まった所でどうにかなる相手ではないのだ。


レナルドとて健在というわけではない。

それでも脱走兵となってからこの地上をボースと共にのたうち回った配下、その最後の一人となった古参兵だ。


悍ましいものなど見慣れ、聞き慣れ、触れ慣れていなければここまでは来れていない。



「で。要件はなんすか?俺はこいつらシバキ倒してもう一回戦場に戻らないといけないっすけど」

「ボースを回収して撤退するのだ。クトーめに指示は出してある」

「なるほど、回収車回してくれるのはありがたいっすね。運べるだけの人員が残ってねぇっすけど」

「ならばお前だけでも戻りクトーに合図を―――……!」


実体など無い筈のスーラが苦し気に言葉を中断し、思念体にノイズが走る。

本体たるレオの暴走が本格化した事で遠隔操作する思念体を維持するだけの余力が消え去りつつあるのだ。



「時間がない…ッ!レオがボースを食い殺す前に逃がすのだッ!我が別荘を死守せよ!良いな!?」


叫ぶと同時にスーラのもやの様な思念体は消し飛んだ。



「人の上司を別荘扱いとか随分な御身分っすねあの邪神野郎」


レナルドの中でもスーラの扱いはレオに巣食う謎の邪神であった。



「だが、やるっきゃない。おいヤク中!」


一度溜息を吐いて気を落ち着けるとレナルドは再度ヤク中に向き直る。

こいつだけでも使える状態でなければ流石に厳しい、一人では子守りも満足に出来はしない。


そして、その肝心のヤク中はといえば。



「ああ、やめてくれ。これ以上キメたら心臓逝っちゃう…。俺には家で待ってる乾燥大麻がいるんだ…」


夢見心地であった。

だが、それがレナルドにとっては好材料となった。


他者と違ってこいつはもう汚染による『酔い』が抜けている。

シラフだ、別の物で酔っているがこの際それは置いておくべきだ。


レナルドは右手で皺の寄った眉間を摘まみながらヤク中を足で小突きながら魔法の言葉を吐き出した。

本人から聞いた、どんな時でもそれを言われれば正気に戻れるという魔法の言葉を。



「おいヤク中、起きたら薬キメて良いぞ」


それが放たれた瞬間、だらしなく涎を垂れ流して弛緩していたヤク中の顔が引き締まった。


瞳には意思が戻り、目は強く見開かれ、口は真一文字に絞められて、寝ころんでいた体は弾かれるように直立不動に起き上がる。


そして、その直後に真面目な顔は崩壊し、子供の様なはしゃぎっぷりと輝く笑顔でレナルドの両肩をがっしりと掴んで顔に限界まで己の顔を肉薄させた。



「今のマジか!?」

「ああ、だが中隊長の所に行ってからっすよ」


ドン引きしつつもここで狼狽えては立場が逆転しかねないレナルドは努めて冷静にヤク中をいなす。



「どこでも行くし誰だろうとぶっ殺してやるぞ!ヤクくれるならな!」

「とにかく、ついてこい。残りはもうここに置いていくっすから」



レナルドは汚染酔いで頭が痛いのか、この中毒親父のせいで頭が痛いのかいよいよ分からなくなってきていた。

だが、少なくとも寝ころんでいる奴らよりは今無意味にやる気に満ちている耄碌爺の方が戦力になるだけマシだ。



「ああ、まともな兵隊早く育ててぇっすねぇ…」


先に死んでいった仲間達が半分も残ってくれていたらこんな苦労はしなくて済んだのに、レナルドはそう思わずにはいられなかった。



「行くっすよヤク中!回収車が来るまで死んでも時間稼がないといけないっすからね!」


ヤク中を促してレナルドは住居を飛び出した。

作戦は戦闘から退却の段階に入った。

ここからは負債を最小にする為の努力を行わねばならない。


雪は止み、空は狂った緑の光が雲の隙間から地表に降り注いでいた。

最近転職したホムセンが4月に創業祭したり、自分の分の仕事が溜まり過ぎて処理に頭使い過ぎたりで地獄見てたらなんか回復がうまく行かずに執筆できませんでしたが、感覚が戻ってきたのでまた通常営業に戻りたい所存です

今回後書きはヤク中さん辺りの設定を書こうかとも思いましたが、ちょっと戦闘まで行けなかったので次回辺りで投下すると思います

今回はここまで

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