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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
72/101

十一話、後出しじゃんけん

久しぶりに月二回の目標を達成


状況は好ましい状態ではない。

だが、まだ敗北したと断言せねばならない状態ではない。


少なくともボースがもう一体の悪魔憑きを足止めしている間は勝機がある。

レオは最後の予備兵力として温存していた変異ミュータントたちを盾にしつつ、首を失って尚も戦い続ける異形の昆虫人と対峙する。


すぐに動かないのは前衛に立った中型ミュータントを警戒しているが故であろう。



相対するイナゴレイダーは両手を手刀の如く伸ばし、首無しでありながらレオを認識している様に真正面に構えて迎え撃つ動きを示している。


あるべき死すらも拒絶する悍ましき生き物にマスクの裏にあるレオの顔には自然と嫌悪の相が浮かんでいた。



「いつぞやを思い出す状況だな、肉体(ボディ)よ。エンキを倒した時もこうであったな」



レオの体からにじみ出る影、邪神スーラがそう語り掛けて来る。

確かにかつてと同じ、いやそれ以上に悪い状況となりつつある。

だが、だからこそ否定の言葉をスーラへとぶつけていく。



「似てはいても同じではない、相手はエンキ程では無い」

「だが敵の援護も前回の様な無力な人間どもではなく悪魔憑きであるぞ。ボースめがいつまで耐えられるか―――」

「邪神、地上の生物どもを二度と『人間』なんて言うな。あれらは人ではもう無い」

「……そうか、気を付けよう」



レオはスーラの口にした『人間』という言葉を遮り否定した。

地上にいる人型存在を決して『人間』とは認めていないが故に。


地上にいる奴らは自分も含めて皆化け物。

大気に混入した猛毒のエーテルに汚染された歪んだ生命たちに残されているのはかつて正常だった世界の面影のみ。


人の姿形を維持していてもその内に流れる血は穢れ、肉は歪に変異している。

それが明確に表れているか否かでしかない。


だからこそ、殺せる。

奴らは人ではない。

ミュータントであり、アボミネーションだ。


兵士となった時に己が命を賭して守ると誓った存在ではない。

使い潰す事に良心の呵責を持たずに済む。


だからこそ、己の血を与えて変異を促進して怪物へと変じさせても心は決して揺るがない。

ただ、彼らの真実の姿を白日の下にさらしているに過ぎないが故に。



「最初はボースが余計な事をしたと思っていたが、こうして手駒を揃えられたのは僥倖だった」


レオはミュータントたちの背中を見ながら淡々とつぶやく。

今回の戦闘にはある意味で補充兵の全てが投入されていると言える。


ボースの配下として動いているのが半数、レオによってミュータントに変異させられたのが半数だ。


30名ばかり集めた補充兵の中でまともに使えそうだったのは戦闘経験のある薬物中毒の男とほか数名のみ、残りはろくでもない孤児や浮浪者、人間しか殴った事のない態度だけはでかい無能たち。


無理矢理攫ってきたのが大半であるからには士気も戦意も低く、機会があれば物資を盗んで脱走せんとする者たちばかり。


まずこれを使い物にする必要があった。

どうであれ、連れてきた以上は使えるものとする。


集団の人数が増えればただ飯を食わせるだけでも消費する資源は膨大であり、有限な資源を使う以上はそれに見合った仕事はさせねばならない。


これにはボースも同意見であり、最初からある程度は間引きしながら生き残った見所ある人材のみに資源を集中する事を目論んでいるようであった。


間引くには戦いが一番であり、その為にも最初に行ったのは戦場選びであった。

錆雪降り注ぐ城塞都市はそれに最適な環境であり、放棄後も健全な状態で残っている住居が多数存在している事が決定打となった。


使い潰されるべき者達は住居に押し込まれ、終の棲家となるそこを要塞化する労働に従事させる事となった。

地上用装備なくして住居の外に逃げる事は出来ない彼らにとって住居は要塞であり牢獄であった。



野営も住居内にする事で脱走の手段をまずは封じた。

わざわざこの僻地に戦場を設定したのは敵集団を阻害するためだけではない。

何よりも使えない味方の兵達に戦いを強いる為であった。



次に行ったのはこの兵達に『やる気』を与える事だ。

その為にレオはボースと会議を行い、『半殺し』を行う事を決定した。


これはエンキが標的にした相手の心を折る時に好んだ手法であり、経験者であるボースが効力有りとして踏襲する事を望んだ。



その骨子は何という事は無い、文字通り集団の半数を間引くだけの事だ。

最も、その間引く人間を決めるのは彼ら自身に決定させる事とした。


この際に『使える』と判断したヤク中ら数人を最初から除外する優遇措置を行う事で集団内に亀裂を入れる事も怠らなかった。

装備も優先的に良い物を渡す事で憎しみをそちらに誘引する事を狙う事も怠らない。


かつて人類史に名を遺した偉大なる帝国にもかくいう訓示がある、『分割して統治せよ』という物だ。



補充兵部隊が壊滅した今では最早意味はないが、敵が来るまでの間はこれがそれなりに機能する事で反乱対策となった事は今後に生かせるだろう。




通常、選ばれた者たちは彼らを贄として選んだ者達の前で残忍に殺され、従わねば次は自分達がそうなるのだという事実を恐怖と共に刻み込まれる事となる。



今回はやり方を若干改変して選ばれた人材をミュータントの作成に利用する事とした。

すなわち、選ばれた者達は生き残りが確定した者達の前でレオの血を与えられて次々と変異させられたのだ。


使えない人間達も変異させれば立派な生物兵器、そもそもが取るに足らない者達であるから全員変異させても良い位であった。



『戦えねぇ奴は化け物にして使い潰す!嫌なら俺の為に死んでも戦え!分かったてめぇら!?』


ボースの罵声が飛ぶ頃には残された者達は生き残った事への喜びと戦わねば死よりも恐ろしい未来が待っているという恐怖で自然と死兵として仕上がっていった。


どちらの道を選んでも死へ至るのであるのならば、人は少しでも長く生きられる方を選ぶのが道理だ。

少なくとも戦う道を選べば役割を果たしている間は生きていられるという単純な解を与えられた者達は即座に武器の使い方を覚え最低限には動けるようになった。



短期間で使える戦力を拵えられたのは何よりも忌むべき己の血とボースという狂暴な男の持つ恐怖支配によるものだ。



逆に言えば、ボースはいずれ利害の不一致で拮抗した際には深刻な脅威となる恐れがある。

高い指揮能力と悪魔憑きとしては未だ成長の可能性のある潜在能力、そしてエンキの手法を踏襲した恐怖支配の哲学による人心掌握術。


瓦礫の王に最も近い場所でその行いを見て生き残ってきたが故に染みついた経験と能力は、それを実地で行使する事で着実にボースの血となり肉となりつつある。


味方であっても信頼できない、それがレオの実情であった。

人の脅威となるミュータントの殲滅、それが大義であるからにはボースもいずれは滅ぼさねばならない。


だが、まずは目の前の敵を処理する事だ。

最終工程は遠く、それには一歩一歩を踏みしめねば到達できない。


軍事作戦と一緒だ、目標達成に近道はない。

個々の事象を処理して着実に進行する事が肝要なのだ。




「15人使って5体、十分な成果ではある」



前回はもっと必要であった。

それこそ捕らえた補給部隊を一つ使い潰して五体生成するのがやっとであったから成功率は格段に上がったと言えるだろう。


しかし、質の面では成功したとは言い難い。


今回生成に成功したのは五体のミュータント、うちの四体は小型種であり中型も一体しかいない。

前回よりも少ない人数で作成して同数という点では進歩と言えるかもしれないが、質が下がっては意味がない。


これからも試行回数を増やして傾向を掴むべきだろう。



「頭が無くても動ける化け物というのには驚いたが、もうネタは割れた。ここからは一方的に狩りつぶすだけだ」

「ほう、策があるのか?」

「無論だ、かつてとは違う。化け物共を見れば分かるだろう」

「うむ?」



レオの確固たる自信、そして目の前の異形たちから伝わる微妙な違和感。

だがスーラにはそれが何者であるかを理解することが難しい様であった。



「突撃せずに俺の前で壁になっている」

「ま、まさか…」


スーラが言った通り、戦況は奇しくもかつてエンキと相対した時に似た状態になりつつある。


あの時はキドの狙撃によって支援が絶え、本能のままに突撃したミュータントは早々に屠られ、白兵戦においても遅れを取った。

勝てたのはひとえに、己の内側にある二体の異形の神の力あってこそだ。


小さき神を殺したのは人の力ではなく、邪悪なる神の業によってであった。


それはより強大な神性が小さい方を喰らい取りこんだけであり、己の勝利には程遠かった。

あれを繰り返してはならない、何よりも己の自我を削る結果にしかなりえないからだ。


今回は再起したイナゴレイダーの奇襲とヴィルという新しい悪魔憑きの参戦で支援を喪失したという点では確かに状況に類似性はある。


だが、かつての戦いの焼き直しという程には絶望的ではない。

大きく違う点、それは相手が既に満身創痍であるという事だろう。


エンキは無傷で数日がかりで構築したキルゾーンを突破して来たが、目の前の昆虫人は違う。

エンキは攻撃を防ぎ、或いは回避してみせたが、目の前の奴は損害を受けながらも突破して来たにすぎない。



あの悪魔憑きは攻撃に対する防御をしない。

いや、出来ないのだろう。


エンキは回避機動などおおよそ取れないであろう空中においてすらも初見殺しの炎の剣を回避してみせた。

背後や死角からの攻撃にも的確に対処し、更には痛撃となる反撃すらも仕掛けてきた。



アノマリー弾もエンキならば無力化してきた可能性が高い。

『エーテルにはエーテルをぶつけろ』、ARK5地上遠征軍の戦闘教義に基づいて考えれば、鉄砕きの爆発でアノマリー弾は相殺出来るからだ。



だが、あの昆虫型悪魔憑きは回避も無効化もせず甘んじて受けた。

装甲と脚力こそエンキを上回るかもしれないが、エーテルを操作する能力はそれほど高くなく強力な兵装も持ち合わせていない。


それがあの存在がエンキには遠く及ばない事を明確に示している。

肉体を再構築し、変異を促進して異形の力を行使するに至るまでの間、無傷で暴れ回ったエンキに比べれば、既に満身創痍で首すらも失ったあの悪魔憑きは遥かに格下であると言える。


だが、油断は禁物だ。

首を失った事が原因か、相手の動きは戦うごとに動きのキレが増してきている。

死中に活を見い出し、一秒ごとに己を高めて強くなる。

その気迫があの化け物からは感じられる。



剣による攻撃を弾き、歪な形状の盾の守りをすり抜けて装甲の破損した同一カ所に攻撃を加える正確性。

そして追い詰められて尚、己の顧みない戦闘を続行する高い闘争心。



ふざけた言動やバイクは虚実、あの姿こそがあの化け物の本質なのだろう。

死中に活を求めるという古代の言葉はあの様な者にこそ相応しいのかもしれない。


素直に認めるべきだろう、奴もまた強大な悪魔憑きだ。



だからこそ、殺す。

奴を殺すのは剣と魔法の幻想ではなく人類が研鑽を積んだ戦術だ。


これより用いるのは人の知恵の集大成、戦争の本質の戦い方。

同族同士で数多殺し合ってきた人類が作り上げた叡智の結晶の応用。


その為の手駒は揃っている、後はやるだけだ。


白兵戦が苦手である事を加味しても予備戦力が健在な分、優位は圧倒的にレオの側にある。

そして何よりも、前回と明確に違う点がレオには存在していた。



「散れ!」

「ぬぅっ!?」


スーラの困惑の声を無視し、レオが簡易な指示を叫ぶと前衛となっていたミュータントたちが一斉に秩序だった行動を開始した。


かつて人であった成れの果てたる五体の異形、その中で小型種―――それは陶器の如く病的に白い肌になり、頭部が二つの点の様な目と巨大な口だけになった四つん這いの人間にも見える―――に分類されるであろう四体が明確な知性を持つかのように散開する。



「囲め!」

肉体(ボディ)よ!貴様、あやつらを使役しているのか!?」


自身への集団突撃を警戒したイナゴレイダーは想定外の動きに一歩、出遅れた。

ミュータントたちが周囲を囲むするような挙動を見せたからだ。


しかし、それでもなお脚力を生かしてその中の一体に肉薄して手刀を叩き込んだ時、レオは勝利を確信した。

どれに食いつこうと、その時点で勝利しているも同然であったからだ。


イナゴレイダーが動いた直後、レオが王手となる命令を叫ぶ。



「吠えろ!」


己の中にある必勝の策をイナゴレイダーへと差し向けた。

レオの叫びと同時に、イナゴレイダーを包囲している生き残った小型種たちが咆哮を開始したのだ。

生き残った三体だけでなく、後方に控える中型種に加え、まだ息のあった囮すらも咆哮し、一帯に騒音が巻き起こる。



「変異させた時に分かった。俺と奴らは繋がった」


それは人の悲鳴の様であり、絶叫の様であり、慟哭の様ですらあるようであった。

人として死ぬ事が出来なった苦しみ、怒り、絶望、それをレオはミュータントたちに発することを許したのだ。


高音の金切り声を周囲から浴びせられ、イナゴレイダーは思わずたじろがざるを得なかった。

仮に全てを音で判断して人並に暮らしている盲目の人間に対して、至近から大音量のスピーカーで騒音をぶつけたならば何が起きるか。



「耳が良いならば、それを潰せば奴は方位を喪失した戦闘機も同じ」


潜水艦ならばソナーが騒音で潰され、戦闘機ならば錯乱し地面を見失い、兵士ならば目を潰されて何も見ることが出来ない、そんな状況だ。


見えず、聞こえず、己の立ち位置すらもおぼつかない。

一挙手一投足を聞き分ける程の耳にこの音の洪水は最早拷問であろう。



現代戦の骨子。

それは相手より先に敵を見つけ、先に攻撃し、先に倒す事だ。

逆に言えば敵に見つからない事が最も重要となる。


見えない敵は撃てず、見えない攻撃は迎撃はおろか回避すら出来ない。

敵の存在に気付くのは攻撃を受けた瞬間、命を対価にその知らせを受け取る事となる。



人類の戦いとは馬鹿正直に堂々と殴り合う事ではない、技術でもって相手よりも優位に立ち、反撃を許さず叩き潰す事こそが肝要だ。

対等な戦いなどスポーツの世界にしかありはしない。



これを実践するために人類はひたすらに相手の目を潰し、耳を潰し、盲目に堕とす術を研鑽してきた。

戦いに用いられる相手のレーダーとセンサーを潰せばそれだけで戦いの優位に立てるのである。



それをレオは今ある材料で再現して見せたのだ。

繋がったならば命令も出せるというものだ、だからこうして戦術を駆使できる。



レオはイナゴレイダーの聴覚を評価したが故に、その長所を潰すべく全周囲から騒音をまき散らさせたのだ。


最も原始的な電子戦、それは目潰しであり耳潰しだ。

最早これは戦いではない、一方的な屠殺だ。



周囲の地形や敵の位置はおろか、自身の足場すらもおぼつきはしないだろう。

それはイナゴレイダーの最も強い長所である機動力を殺す事に他ならない。


その有り様をスーラは端的に言葉に現した。



「なるほど、肉体(ボディ)よ、えげつない事をする様になったな」

「長所が分かったならば、それを潰す。戦いにこれ以上の策は無い」


イナゴレイダーがエンキ程ではないという評価の全てがここにつまっていた。

奴ならばこの程度で戦えなくなる事などあり得ない。


確固たる確信と共にレオは盾を投げ捨てつつ、赤い刀身の剣を構えてイナゴレイダーに向けて強襲を仕掛ける。

行うのは声を押し殺した無声突撃、剣を上段に構え全力で大地を蹴りながら足元すらおぼつかない昆虫人に全力の一撃を叩き込むべく急接近する。



卑怯などとは言わせない。

これは殺し合いであり、戦いとは基本的に後出しじゃんけんであると言っても良い。


戦いの前に使える手札を多く揃え、それを相手の動き合わせてぶつけて潰し合い最後に手札が残っていた者が勝利する。


その為に人は技術を開発し、兵を集めて育て、軍団を編成し、それを効率的に運用する戦術を磨いてきた。



それを欠いていたイナゴレイダーは先に切り札を全て使い切り、レオはまだ後出し出来る一枚を持っていた。

ただ、それだけに過ぎないのだ。


その最後の一枚が、今のイナゴレイダーにとっては致命的に作用した。



頭部を失ってなお動くという後出しのカードは強力ではあったが、出してしまえばそれで終わり。

相手に対抗できる札が残っていれば詰みにしかなりえない。



さしものイナゴレイダーもこれには対処のしようがない。

最も重要なセンサーである聴覚が機能しえないという想定外の攻撃にイナゴレイダーもたまらず一時離脱を試みる。


しかし、方位を見失った跳躍は精細を欠き、小型種の死骸が絡みついたまま強行した事により速度の乗らぬイナゴレイダーは上空から飛来した二本の太い触手によって撃墜された。



それを見たレオがその触手を放った中型ミュータントの股下を通り過ぎながら脳裏で叫ぶ。

伝わっているかは曖昧だが、彼らとの不快なる繋がりが言葉を発さずとも無線の如くこちらの意図を伝える役割を果たしているという確信がレオにはあった。



『トライポッド!そのまま奴の頭を押さえろ!逃がすな!』


レオがトライポッドと呼んだ中型種は小型種と同様に絶叫を続けながら主の言葉に従い二本の触手を振り回してイナゴレイダーの脱出を阻む。


頭と胴体が圧縮されて一つになった肉塊を支える様に三本の手足が生えた異形をレオはそう名付けた。

体自体はそうは大きくない、しかし周囲の住居を軽々と越える長さの足がその距離感を狂わせる。


かつて腕があった部位から生える長い一対二本の腕、加えて下半身の足が一つに融合した後に引き延ばされた一本の計三本で体を支えるその姿こそは不格好であるが、決して鈍重ではない様であった。


しっかりとした足取りで歩くトライポッドは、一度胴体を無理矢理圧縮してから引き延ばしたような歪な胴体に残った顔と下腹部から垂れ下がる二本の触手を揺らしながらイナゴレイダーの頭上を制圧する役目を見事に果たしてみせている。



三本足、故にトライポッド。

今回の中で最も戦力となりえる個体であるが故に、識別名をレオは与えて使役している。


そう、使役しているのだ。

彼らを変異させた時にレオは明確に悟ったのだ。

前回は出来なかった自らが変異させたミュータントへの指揮能力が己の中に生まれている事を。



言うなれば、目に見えない一本の糸が彼らとの間に通じている様な感覚だ。

それを意識し、指示を出す事で彼らは思いのままに動くという確信が生まれたのだ。


人形遣いが糸で人形を操るが如くというようにはいかない。

気を抜けば暴走する猟犬に手綱をつけて抑え込んでいるという方が近い。


それでも制御している、出来てしまっている。

それはつまり、それだけ自分が彼らに近づいている事を意味している。


同じ暗く黒い蒼い血が流れる兄弟たちの心は繋がりつつあるのだ。

故に、曖昧な命令でもある程度は判断して動かせる。



これもエンキを喰らい神に力を与えてしまった弊害であろうか。

己の力が変質して強化されるごとにかつて人であった時の感覚が失われ、狂っていくのが実感できる。


戦い、力を得る度に『人』という求めた物から遠ざかる。

だが、そうであってもレオは力を躊躇なく行使する。



『使える物はなんでも使え』


最も敬愛した上官の口癖が今もレオの中に息づいている。

手にして使える物であるならば、それが死体であろうが異種の武具であろうが関係ない。


重要なのはそれを運用する人間の意志だけだ。

だからこそ、まだ正気で戦える。



レオが恐れるのは命の喪失ではない。

人として見れば命などはとうの昔に終わっている。

死すべき時に死ねなかった生ける屍、それが今のレオである。


故に人間性の喪失こそが最も恐れる事であり、異形の力はそれに最も接近する行いと言える。


自死は恐らく出来ず、このまま生きればいずれは狂気の中で狂い果てるだろう。

ならばどうそれと向き合うか。


自我が続く限り進める所まで進み続け、その上でいずれ来る終わりを受け入れれば良い。


力を使い尽くし、命を使い果たし、人類の敵を打ち滅ぼして己も世界から除外されるならば全ての帳尻が合う。

いつか正気を失うならば、それが尽きる前に人の脅威となる全てを滅するのみ。


そして故郷へと帰り、同胞達に討たれよう。

帰るべき地は遠く、今を生きるには戦いは避けられない。

ならば、終わりに至る為に戦うために生きればよい。


今回も出し惜しむことなく全ての力を使って奴を滅ぼそう。

成すべきことはエンキを倒した時と変わらない。

人の脅威を撲滅し、人類の栄光を取り戻す礎となる事だ。



それしかもう己の自我と矜持を守る術などありはしないと考え、レオは己の獣性に従う。

それ自体が、その結論そのものが一種の逃避と言えるのかもしれない。


だが、どの様な答えを選んでも至る道が絶望であるならば、例え間違っていようとも本人が納得できる解を持つしかない。


レオが選んだ答えは己すらも滅する苛烈な戦いであった。

最早、酔わねば生きる事すら出来はしない。

戦いに酔えば、少なくとも今だけは憂いを忘れて生きられる。



「シィッ!」


一挙に肉薄し、一刀の下に両断せんという大上段を放つと口から漏れる空気が僅かな言葉を発する。

だが、それは周囲で発せられる絶叫にかき消されるほどの小さなもの。


戦局になんら影響を与える筈などありはしない。

だが、それを聞き取った様にイナゴレイダーは地を踏みしめて前のめりに大上段を迎撃した。


回避するには既に遅い、刀身を振り下ろし斬撃に入ってしまっては最早振り下ろすしかない。



「ッ!?」



イナゴレイダーが成したのは先の戦闘の焼き直し。

違いがあるとすればそれは剣の迎撃を諦めて相討ち覚悟での手刀による迎撃を試みた事。


だが、距離感を見誤っているのか一歩を踏み出した時点でレオの肉体に接近し過ぎたイナゴレイダーは結果的にレオに対する体当たりを行う形となって手刀は空を切る。


恐らくは残された力を使っての渾身の一撃だったのだろう。

イナゴレイダーの体当たりはレオを弾き飛ばすには十分であった。



「まだ聞こえるのか…!だが何を聞いた!?」


レオはエーテル操作で作り出す疑似スラスターが炎を吹いて己を叩きつける様に無理矢理地面へと帰還し、更に加速をつけて再度吶喊(とっかん)を掛ける。



炎による加速を維持しつつ剣を右手持ちに切り替えての雑な横薙ぎ払い。

回避された場合にはそのまま体当たりを狙う二段構え、しかし―――。



「ッ!こいつ…ッ!」


イナゴレイダーはそれを真上に跳躍して回避した。

そのつたない回避は即座にトライポッドの触手に迎撃され、地面へと追い落とされるがレオの攻撃に対しては的確な回避をみせてイナゴレイダーは九死に一生を掴み続ける。



「耳を潰して何を聞くか化け物めッ!」


足から地面に着陸し、剣を突き立てて無理矢理ブレーキとしつつレオは地面を滑りながら反転。

二度の攻撃の失敗により焦りは確実に増していく。


人を超えた回復力を持つとはいえミュータントたちも錆雪に蝕まれあまり長くは持たないだろう。

ボースもいつまで持ちこたえるか分かった物ではない。

事実、二人の戦闘の余波が徐々にこちらに迫りつつある。


激しく、重い力をぶつけ合う音がいつ唐突に終わるかまるで分かりなどしない状況だ。

一撃、ただ一撃差し込めば勝てるというのにそれが遥かに遠く感じられ、内にある筈の心臓の鼓動が嫌に重く響く。



肉体(ボディ)よ、心音だ!あの者は貴様の心音を聞いている!」

「根拠は!?」

「我の勘だ!だがそれ以外には最早浮かばん!」

「ならばッ!」



叫びと共にレオはおもむろに空いている左腕の握り拳をイナゴレイダーに指向する。


そして、唐突に左腕の手甲が火を噴いた。

無論、種はある。


エンキ戦でも用いた仕込み三連装前装銃による散弾射撃、それをレオはエーテル操作で生成した炎で火薬を着火させたのだ。


以前ならば使う腕を相手に指向し、残った腕で撃鉄を押す必要があった。

だがそれもエーテルを操る術を知れば片手で事足りる。


発射された多数の鉛散弾がイナゴレイダーの体表に着弾して火花を散らし、その体に一歩後退する事を強制する。

さしもの高い反応速度を誇るイナゴレイダーであろうと弾丸より早くは動けない。

五里霧中の如き状態でかすかな音がした時点で既に着弾間際まで迫っている弾丸をかわす術はない。


だが、あくまでかわせないだけ。

その強固な外骨格は未だ弾丸を防ぐ程度の役目は維持している。


そうであっても―――。



肉体(ボディ)よ!確信あっての射撃か!?我に再装填しろと言っても無理だぞ!」

「組みなおしは出来たッ!」



己の中で生まれた確信がスーラの問いに対して力強い反論となって口をついて出る。



「来いッ!」


手甲より煙を吐く左手が空を掴む動作をし、地面に捨てられた盾に向けられる。

その叫びは出来て当たり前であるという確信を強固足る物とする為の補助輪。


人非ざるならば出来る事、人非ざるからこそ出来る事。

地面に突き刺さっている歪なる盾は左手の招きに応じて自ら揺れ動きながら宙へと浮き上がり、レオの左手に収まる。



「剣で駄目ならばッ!」


左手に収まった盾の正面をイナゴレイダーに指向しつつ据え付けながら乱暴に地面に突き立てる。



これ以上時間はかけられない。

近接戦闘はこれだけの下駄を履いても未だに相手が優位、保有している火力では打撃にならない。

ならばこそ、この盾が必要なのだ。



「ッ!」


最小規模のアノマリー操作で生成された緑の炎が導火線に触れて燃え上がると即座にそれは盾の表面に取り付けられた全ての四角形の箱へと伝播し、爆発の如き炸裂と共に無数の散弾が吐き出される。


伊達や酔狂で盾を用意したのではない。

これなるはかつての戦争で人類が戦闘に用いた主力戦車の装甲の残骸。


破壊され、砕け散り、それでも人の身一つでは持ち運べぬ強固なる複合装甲の塊。

盾として使うにはあまりにも歪に千切れたそれをあえて持つのはそれに見合った防御力があるからだけではない。


レオの盾は身を守る道具であると同時にその頑丈さを活かした武装プラットフォーム。

現行の鎧では頼りない銃弾を防ぐための壁であり、剣に次ぐ二つ目の白兵装備であり、表面に取り付けた多数の散弾発射機を用いた一度限りの面制圧兵器。



騒音の濁流の中、限界まで神経を集中させてレオの心音を聞いて対処を続けていたイナゴレイダーはここにきて行われた遠距離からの攻撃に対処する事が出来なかった。


外骨格によって守られたイナゴレイダーの肉体を散弾が殺傷する事は無論、無い。

しかし、体勢を崩すには十分過ぎる量の火力投射となった事が災いとなった。


イナゴレイダーはバランスを崩して地に伏し、そこに勝機を見出したレオが小型種たちに最後の指令を出す。



「取り付け!抑え込め!」


同士討ちを避ける為に周囲に素早く目配せをしてボースやキドの位置を確認、既に目と鼻の先という距離で合流を阻止する最後の防衛戦が繰り広げられている。


時間がない、一撃で決めねばならない。

レオは使い終わった盾を投げ捨て、両手持ちした剣を高く掲げる。



イナゴレイダーはその間に二体の小型種を手刀で貫いたが、残る一体に組みつかれ、始末した個体の死骸も折り重なって身動きが取れない。


それを見届けたレオは勝負を決めるべく、剣に遠慮なく体内に残るエーテルを注ぎ込んでいく。


小型種たちはその身を犠牲にして僅かな、そして重要な時間を稼いだ。

その間に赤い剣には緑の炎が宿り、その勢いが増していき、そして―――。



「ふんッ!」


赤い剣が全力で振り下ろされると同時に大量の緑の炎がイナゴレイダーに向けて迸った。

目標は小型種に組み付かれたイナゴレイダー、それを献身的な『生体ミサイル』ごと焼き払う。


エンキに対しても行った炎の投射をイナゴレイダーに向けて放った瞬間、レオの心は再び勝利を確信した。


エンキですらかわした一撃だ。

回避も打ち消しも出来ず、装甲にも限界が来ているイナゴレイダーに耐えられる筈がない。


よしんば耐えたとしても、更に肉薄してとどめを刺す。

ガスマスクの裏でレオは勝利を確信して残忍な笑みを浮かべていた。


そうであるが故に、レオはそれを成すまさに直前にボースが敗北し炎の柱にもう一体の悪魔憑き、ヴィルが侵入を果たした事を見落としていた。




――――――――――――――――――



不快な騒音が消え去った。

それを理解した時、イナゴレイダーの体は既に緑の炎の中にあった。


たとえどれ程の音の洪水にあろうとも、あの邪悪なる存在と同じ鼓動を聞き逃す事などありはしない。

光の欠片すら無い闇の中にあっても見分けがつくほどの暗黒、それと出会ったが故にイナゴレイダーは『強い奴(正義)』を目指したのだ。



そうであるからこそ、二度の近接攻撃をかわす事が出来た。


確信がある、奴は『弱い奴()』だ。

自分が弱いからこそ配下を使い、飛び道具に頼り、そして今は炎に頼って己を滅ぼそうとしている。


イナゴレイダーの副脳は両腕を交差させて体内が露出した首に蓋をしつつ、冷静に状況を判断している。

炎の威力は以前に受けた火球を遥かに上回るものであり、長くあれば限界に至っている外骨格が融解するのは避けられない。


退避は難しい。

既に吹き飛ばされないように踏ん張るので精一杯の状況であり、一度体勢を崩せば両腕の蓋を維持出来ずに無防備な首の傷から一瞬で内部を焼き尽くされて絶命する事になるだろう。


無傷の状態ならばあえて抵抗せずに流される道もあったが、それが出来ぬ以上待っているのは―――。


イナゴレイダーの副脳は己の死が避けられぬ事態である事を理解した。

どこで間違えたのか、『強い奴(正義)』が『弱い奴()』に負けるはずがないというのに。


否、『強い奴(正義)』は決して負けない。

負けた者が『弱い奴()』なのだ。


強い奴(正義)』ならばこの程度の相手に後れを取る事などあり得はしないのだ。



ならば、『弱い奴()』は自分であったのか。

おやっさんの仇も取れず、このまま『弱い奴()』に屈するしかないのか。


イナゴレイダーの中で抵抗の意志が揺らぎ、前のめりに炎の中に片膝をつく。

その折、唐突に己を焼く炎の奔流が弱まった事をイナゴレイダーは悟った。



「イナゴォ!まだ生きているか!?」


炎の中でも決して途絶える事のない力強い自信に満ちた声、そして力強い『強い奴(正義)』の鼓動。

見えずとも分かる、友が来てくれたのだとイナゴレイダーは理解した。



それは偶然が成した奇跡と言っても良い。

炎へと飛び込む直前にイナゴレイダーを補足出来たヴィルはその前に立ちはだかり、炎を背に『ポージング』によって友を守る堅固なる壁となったのだ。



「強烈な炎だな!私のポージングを貫通する程の攻撃を一日に二度も受けようとは!」


強固な外骨格をもってしても耐えきれぬ緑の炎に全身を焼かれながらもヴィルは笑みを絶やさず続ける。



「まだやれるな!お前はこの程度で屈する弱い奴では無い筈だ!」


イナゴレイダーはその言葉に答える様に力強く立ち上がった。

ヴィルの言葉に折れかけた闘志が再び湧き上がる。


やはり、あの時の確信は間違っていなかった。

この男との出会いはおやっさんの意志だ。


未だ『弱い奴()』から脱しきれぬ己を更なる高みに引き上げる為に今日この日、あの時に己はヴィルと出会ったのだ。


欺瞞である。

そこにエンキの意志などなく、ただ同じ獲物を狙っていたが故に途上で遭遇しただけであり、気があったのも互いの言葉のドッジボールが奇跡的にかみ合っただけに過ぎない。


だが―――。



『しくじるなよ?ん?』


イナゴレイダーの錯乱せし脳はエンキの声を確かに聞き取った。

おやっさんが見ている、負けるなど最早あり得ない。



「敵はこの炎の先にいる!私を土台にして炎を突き破るのだ!」


ヴィルの言葉にイナゴレイダーは交差させていた右手の親指を立て、それを見たヴィルは満足げに頷く。



『正面からぶち破る』


言葉をかわさずとも二人の意志は最初から同じであった。

覚悟を決めたイナゴレイダーは遮蔽となるヴィルの前へと歩み出る。


限界は近い。

だが、最早恐れる物はない。


今日は、『強い奴(正義)』が勝利する日なのだ。




――――――――――――



違和感を先に感じ取ったのはスーラであった。



肉体(ボディ)!全力後退せよ!」


叫ぶと同時にレオが見た光景は緑の炎を破って跳び出てくるイナゴレイダーの姿であった。

ヴィルを発射台として炎の奔流に対して斜め上方に向けて己を射出してその殺傷範囲より脱出。

剣を構え炎を放ち続けるレオの上方から襲撃を掛ける形となった。


全身は炎に苛まれて赤熱化し、剥がれゆく外骨格の赤い火の粉をまき散らしながらもその姿はいまだ健在。

猛烈な熱の渦巻く状況で自然と後方へと下がっていたトライポッドでは迎撃が間に合わない。


飛んで火にいる愚かな虫は、炎を二度食い破る。



「ま…ッ!」


まさか、そう言う暇も無く、倒すべき敵の心臓に突き立てんと最後まで首を守って交差させていた両腕が手刀形態へと変化していくのがやけにゆっくりとレオの目に映る。



肉体(ボディ)よ!下がるのだ!」


スーラの二度目の警告にレオは狼狽えながらもエーテル操作で炎の柱を解除、新たに作り出した炎を疑似スラスターの如く噴出させて己を後方へと射出する。


瞬間、それまでレオのいた空間に右の手刀が突き刺さり、更に追撃の如くイナゴレイダーが左の手刀を構えて地を蹴ってレオへと肉薄する。


レオの疑似スラスターよりもイナゴレイダーの加速の方が早い。



「このッ!」


化け物が、そう最後まで続けるにはあまりに時間が足りなさ過ぎた。


咄嗟にレオは回避を諦め、地に足を突くと同時に一歩前へと踏み出して前傾に姿勢を移しつつ赤い刀身の剣を正面に突き立てて迎撃を試みる。

対するイナゴレイダーはそれに構う事無く全力での突進を敢行、あくまで左の手刀による刺突で貫かんとする構え。


互いに退かぬ全力のぶつかり合い、二つの異形の姿が一つに重なり突き刺さり合う。


レオの剣はイナゴレイダーの左脇に深く突き刺さり、イナゴレイダーの手刀はレオの鎧を貫通していた。

見かけの上では相打ち、だが―――。


だが、イナゴレイダーの手刀はレオの心臓を貫くには至ってはいなかった。

その手刀は確かに限界が来ていた鎧を貫き、肉に突き刺さってはいた。


だが、強固な肉と骨に阻まれ致命打には至らなかった。

であってもレオには十分な打撃にはなりえた。



「ごっ…ぼッ…!」


こみ上げる嘔吐感をレオは無理矢理飲み込んで抑え込む。

僅かに喉の奥より登りくる血の匂いが理性を奪おうと精神を苛み、視界が揺れる。


だが、まだ終わりではない。

イナゴレイダーはわき腹に剣を突き立てられて尚、まだ動き続けていた。


右腕でレオの肩を掴み、焼けた鉄の棒の如き左手を更に捻じ込もうと力をこめ続けている。


先程に比べれば弱々しい力、だがまだ生きている。



「いい…加減に…!」


死ね、そうレオは言おうとして絶句した。

イナゴレイダーの背後より迫るもう一体の悪魔憑きの姿が見えたからだ。


相応に距離のある筈の悪魔憑きは奇怪な構えと共に現れては消え、瞬く間に距離を詰めて来る。

そして―――。



「征くぞイナゴォ!我らの合体攻撃!」

「ボース…!しくじっ―――!」


イナゴレイダーの背後まで来た悪魔憑きヴィルは一切の躊躇なくイナゴレイダーの背にターンライト改『震脚肘撃ち』を叩き込んだ。



「仕留めた!無事かイナゴ!」


肘撃ちが直撃したイナゴレイダーの背中の外骨格には深いひびが入り一部が砕け、脇腹の剣は貫通してイナゴレイダーの腹から青い血が噴出する。

だが、イナゴレイダーはそれを許す様に残った右腕を痙攣させながらヴィルに親指を立てて見せた。


レオの肉を貫いていた左手、それが砕け散りながらもレオの肉を突き破ってその心臓に達していたが故に。

邪悪の鼓動が絶えていく、正面からぶち破るという双方の誓いはここに果たされた。



ヴィルが射出台となり、イナゴレイダーが破城槌となる。

そしてヴィルが最後に行ったのは駄目押しを叩き込むハンマーの役割であった。



「がぼ…ッ!」

肉体(ボディ)よ!気を保て!このままでは貴様は…!」


予防策である理性の鎧は砕かれた。


致命傷を受けて全身から力が抜けていく虚脱感、理性を奪うべくこみ上げてくる己の血の匂い。

片方ならば耐えられたかもしれない。

だが、二つ同時に来たならば耐えられるはずもない。


レオは容易く意識を手放し、死を許さぬ理不尽なる者がその手綱を握りしめた。


「そこの変態二匹!今すぐこやつから離れよ!これ以上力を付けられては我すら浸食さ―――!」


警告を発しようとしたスーラの影がかき消え、代わりに現れたのは黒き唇たち。

それらは揺蕩いながらレオの両耳にちかより優しく囁いた。


『愛し子よ、喰らえ。喰らうのだ』

『積み上げるにふさわしい贄、ここにあり』

『修羅を往く汝にふさわしき贄』

『我らの祝福、ここにあり』


言葉が紡がれるごとにレオの体は痙攣し、その内に力と活力が戻っていく。

レオの目に狂気が宿り、刀身が黒く濁り、潰れた筈の心臓が鼓動を再開する。


真の主の降臨と統制から解放された事で中型ミュータント、トライポッドが歓喜の咆哮をあげる。


かくして、レオ自身が忌避する最大の後出しじゃんけんの切り札が場に放たれた。

戦いは終わり、生存の為の闘争が始まった。

トライポッドはHL2のストライダーをグロくした感じのイメージで作っています。

ヴィルさんの戦闘シーンがうまく行かずに長引いた結果、前回の投稿が長引いてしまいましたので今回は早めに完成して一安心という感じになっています。

本来は前回とセットで一話にする予定だったので五割ぐらいは出来上がっていたのを肉付けした塩梅です。

主人公のモチーフは概ねR-type⊿のR-13Aケルベロスからも着想を得ています。

使命を果たすも帰還できずに死よりも惨い事になるという辺りですね。

今回はここまで

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