七話、覚悟
ネームド(少尉)とモブ(L)との戦闘力の違いみたいな感じになってる回です。
それにしてもこの主人公、死ぬ気満々である。
「ちぃ!」
人型の兜を付けた騎士から繰り出される素早く重い剣の一撃を亡者で奪った直剣で防ぎながらL2024伍長は舌打ちをした。
強化外骨格によって保護されている筈の腕はその衝撃を受ける度に鈍く痺れ、手の感覚が徐々に薄れていく。
直剣は今のところ攻撃を防いでくれているが、剣と剣がぶつかり合う度に火花を放ちながら少しずつ刀身が欠け、ひびが入っていくのがLの焦燥感を煽っていく。
他に選択肢が無かったとはいえ、騎士との近接戦闘を選択した事を彼は早くも後悔し始めていた。
本来接近戦を嫌うLはモーターブレードを除くすべての兵装を射撃兵装にセッティングしていた、射撃の通用しない相手或いは弾が切れるまで戦うというの事自体が本来想定外だったのだ。
「こう近づかれちゃグレネードも使えやしねぇ!」
何度目か分からない重く素早い剣撃を凌ぎ、間合いを取ろうと後方へと小規模な跳躍を試みる。
だが騎士はそれに合わせて剣の先端をLに向けて突進し、そのまま串刺しにせんと迫る。
お互いの踏み砕いた地面が破片をまき散らす中、未だ空中にあるLに回避不能な刺突が迫る。
「おらぁ!」
剣が迫る中、握りこぶしを作った左腕を肉薄する騎士へと指向し、手首に取り付けられたショットガンを撃ち放つ。
放たれたのは散弾ではなく対ミュータント用に作られた大粒のスラッグ弾、狙うは騎士本体ではなく自身を貫かんと迫りくる直剣。
精密射撃モードを機能させなくてもある程度エイムサポートシステムは狙った位置に着弾点を補正してくれる、その恩恵を十全に使い切るのがLの戦い方だった。
強化外骨格に内蔵された照準補正システムによって誤差を調整された左腕のショットガンは本人の意図通りに騎士の直剣にスラッグ弾を命中させ、剣の軌道を僅かに逸らす。
直後、騎士の直剣がLの右腕の下、わき腹を掠って外骨格の装甲を浅く切り裂きながら通り過ぎる。
網膜に該当箇所の損害報告の表示され、耳に警告音が鳴り響くがそれを気にする間もなく追撃の二撃目、視界を埋め尽くす様に構えられた大盾が迫ってくる。
シールドバッシュと呼ばれる構えた盾を相手に叩きつける近接戦闘術だ。
レムナントの腕力で繰り出されるそれは高速で走る車との衝突にも似た衝撃力と破壊を対象にもたらす。
「壊れんじゃねぇぞ!」
回避を諦めたLは強化外骨格が耐えてくれる事を祈りながら防御の為に腕を交差させ盾による叩きつけを甘んじて受ける。
直後、強烈な衝撃と共に宙にいたLは大きく後ろへと吹き飛ばされた。
体が石造りの床に叩きつけられ、一度バウンドしながら崩れた地下鉄の支柱に打ち付けられてLの一瞬意識が遠のく。
だが、気を失っている余裕は無い。
「ぐっ!……クッソ!」
追撃を警戒し、激痛に耐えながら剣を杖にして素早く立ち上がると見失った騎士を求めて歪んだ視界を晴らすべく目を凝らす。
騎士は動いていなかった、正面で剣と盾を構え、Lが体勢を立て直すのをただ、待っていた。
そしてあろうことか、戦っている相方の方を向いてその戦いを観戦していたのだ。
端から相手にされていなかった事にさしものLも激怒する。
「遊んでるつもりかてめぇ!」
決して遅くは無いが、とどめを刺すには十分すぎる隙を手に入れて尚動かなかった騎士に対して、相手の気分次第で自分の命が弄ばれている事、そしてそんな奴らに仲間や部下が殺されて行った事に対する憤怒が一気に高まる。
だが、残った理性が生き残る事に成功し一時的とはいえ拮抗状態を作り出せた事が行幸であり、立て直しをする機会であると囁き怒りが急速に冷却されていく。
Lはそのまま右手に握った剣と左腕のショットガンを相手に向けつつ、呼吸を整えながら状況を把握すべく網膜投影された装備の状況をチェックしていく。
右脇腹の損傷は浅く既に応急修理が完了している。
その一方で胴体と命綱である剣を握る右腕を庇った左腕の装甲がひしゃげ、モーターブレードが使用不能になった事が損害表示で殆ど赤くなった左腕から見て取れた。
自身の損害を確認するとすぐさま目の前の騎士に視線を移す。
騎士は盾と鎧に若干の傷が増えた程度で殆ど最初に会った時から損傷を受けた様には見えなかった。
そして、スラッグ弾を受けた剣もまた特に目立った損傷は見られなかった。
(畜生!やっぱ砕けてねぇ!)
九死に一生を得てなおLは虎の子のスラッグ弾ですら剣を破壊出来なかった事を罵った。
主要な近接兵装であるモーターブレードが敵の剣を防げず、装甲を破れない以上、スラッグ弾は敵に打撃を与えられる唯一の手段であるという期待が裏切られた形だ。
「攻撃が効かないってのはマジで厄介だなオイ!」
Lは不平をを垂れながら今も近くで聞こえるもう一つの戦いの音が少尉の言葉を思い出す。
彼の戦斧と敵騎士の剣とがぶつかる音は今も絶え間なく響いている。
そちらに目を向けたかったが、目の前の敵から視線を逸らすなどという自殺行為は出来ず、音だけではどちらが優勢なのかもわからない。
彼はただ、自分が相手を倒すまで時間を稼げと言っていた。
だが、本当にそんな事が可能なのだろうか。
この期に及んでも上官への信頼は揺るがない、だが自分は後何分持つかは保証出来なかった。
「くそったれ…!あんな軽口叩くんじゃなかったぜ!」
呼吸が整ったのをまるで見透かすかの様に言葉を吐いた直後に騎士は剣を振り上げながらLへと駆け始めた。
「畜生ォォォァァァ!」
叫びながらLもまた押し負けぬように剣を両手に構えて走り出す。
守りに入れば打ち砕かれる、攻め続けるしかない。
その頭の中には既に勝利という言葉は無く、一秒でも長く時を稼ぎ救援を待つという物しか残ってはいなかった。
―――
二人の兵士が立ちはだかった数人の亡者を切り伏せ、騎士達との戦闘が始まったのをフランシスとRは静かに見守っていた。
フランシスはRの安心感に満ちた口調の意味をそこでようやく理解した。
二人は盾と剣、そして鎧のほぼ全てが万全な兵士を相手に一歩も譲らぬ近接戦闘を繰り広げている。
基本装備は同じでありながら、二人の戦いぶりは対照的だった。
彼からLと呼ばれている兵士もさる事ながら、少尉と呼ばれていた彼の上官は専用の白兵戦兵装を装備しているという点を加味しても今まで見てきた兵士とは一線を画していると言わざるを得ないと判断するしか無かった。
前者は騎士からの剣撃を亡者兵から奪った直剣で防ぎながら腕部手首に搭載された小型銃、おそらくはスラッグ弾を撃ち出す仕込み式のショットガンで反撃を行っている。
その戦いはやや不利なれど互角、いや敵の手加減とショットガンの弾数制限という点から見れば時間が経てば経つほどLの方が不利になっていくのだろう。
彼らの腕部手甲に装備された近接短刀では騎士や亡者の剣には無力であり、強靭な外骨格の装甲もまたその刃の前では熱したナイフで切られたバターの如く切断される。
だからこそ、彼は同じ素材で作られているであろう亡者の剣を持って戦いに挑んだのだ。
最初から攻撃ではなく防御の為に手にした剣は襲いくる幾度もの攻撃から彼を守り続けている。
だが決め手が無い、強力な大粒のスラッグ弾ですらも騎士の装甲を貫けずに鎧の上で火花を散らすばかりだ。
そしてその射撃もまた攻撃というよりは防御の為に使われている。
剣だけで防御しきれないと判断した時に射撃を行っているらしく、スラッグ弾の着弾で相手がよろめく度に後方に飛んで体勢を整え、再び騎士との剣撃を再開する、それを暫くの間繰り返している。
慣れぬ白兵戦により疲労が溜まってきているの、かその動きからは徐々に精細さが欠けてきているようだ。
一方、後者の戦いぶりは前者のそれとは全く違った。
刃にプラズマが迸るバトルアクス型の戦斧を構えるその兵士はもう片方の鰐の様な兜を付けた騎士を緩急を織り交ぜた斬撃と素早い立体起動を組み合わせる事で翻弄し、防御一辺倒に追い込んでいる。
誰に教えられたわけでもなく、実戦の中で鍛え抜かれたとしか言い様の無い尋常ならざるその戦いぶりには他の兵士とは隔絶した何かを感じずにはいられなかった。
剣と斧で打ち合ってなおLの様に力負けせず正面から切り結び合い、ともすれば純粋な力ですら競り勝っている様にも見える。
そして隙を見ては大盾によって生まれる死角に回り込み、或いは左腕の粘着榴弾を貼り付け、体勢を崩しては斧での両断を試み、騎士は盾でなんとか防御している有様だ。
騎士の盾は幾度も打ち付けられたプラズマの刃に溶断されつつあり、勝敗は間もなく決まりそうだった。
仮にLが少尉と同等の装備を持っていたとして、同じ様に戦いが展開するとは思えない。
そう思わせる何かを少尉は持っていた。
自然とその荒々しくもどこか美しさすらも感じられる戦いに自身が見惚れている事にフランシスは気付いた。
そして同時に苦痛に歪んではいるが徐々にRの呼吸が安定してきている事にもまた気付かされた。
死への恐怖も勝敗を不安視する素振りも無く、無言で目の前の戦いを見守り続けている。
上官への絶対的な信頼感、それが死を前にしつつある彼の精神を安定させているのだと、そしてだからこそ無謀な行動を取ってまで彼を救ったのだという事を思い知らされた。
そんな折、戦闘を見ていたフランシスは視界の端に左右に揺れながら動く巨大な影が複数、接近してきていた。
戦闘の音に引き寄せられたのか、はたまた『戦利品』を貪りつくしたのか、再び亡者達がフラフラと通路内を徘徊し始めている。
そして、その内の数体がRとフランシスの姿を視界に捕らえ、餌食にしようとゆっくりと迫って来ていた。
ほぼ同時にそれを感知したのか、何かを覚悟した様にRはフランシスに語りかける。
「ヘルメットの右後ろ側の小さい蓋を開いてくれ、弄ればすぐ分かる筈だ」
フランシスはその言葉に従い、身を屈める。
「失礼しますよ」
そう短く伝えるとヘルメットを触り、指定された部位が見える位置にRの首をゆっくりと動かす。
「ありましたぜ、旦那」
「開けてボタンを押して、出てきたチップを取り出すんだ」
促されるがままに蓋を開け、小さいボタンを押すと縦に開いた長方形の小さい穴から同じく小さいチップが半ば顔を出す。
「僕の今回の任務で記録した音声と映像記録だ、もう僕には必要のない物だから持って帰ってくれ」
「え?」
「任務変更だよ、それを持ってここから逃げるんだ。今ならもう妨害は無い。上の連中と合流して回収ポイントまで後退して救援を待つんだ」
その言葉はフランシスには予想外の物だった、正規軍の兵士が自分の命よりも消耗品の自分の命を優先しようとしている事態に頭が混乱し返答出来ずに言葉が詰まる。
盾になれと言われても本来不思議ではなかったからだ。
「旦那、なんでです…?俺はあんたらにとって捨て駒の市民兵だってのに…」
「簡単な事だよ、僕は自分の命よりも君の持つ情報の方がより価値があると判断した。それだけの話さ」
ごく静かに、しかしはっきりとした口調でRは言葉を続ける。
それがやけっぱちでも無ければ狂気に侵されたわけでも無いという事を雄弁に物語っていた。
「僕は君ら軽度汚染者は同じ人間だと思ってるよ、今は無理でも汚染の浄化技術が確立出来れば僕らと同じ真っ当な人類に戻れると思ってる。まあ、そのせいで仲間には変人扱いされてるけどね…」
制止しようと試みるフランシスを無視してRの強化外骨格はギチギチと不穏な音を立てながらも主の命令に応えて立ち上がる。
「君は今回の一連の出来事において事が起きた最初からこの場に至るまで生き抜いた、その記録データと共に帰還し、君自身が見て、聞いて、経験した全てを正直に伝えて欲しい」
「ですが…」
「今回の一件では人が死に過ぎた…。多分これは組織全体の大問題になる、だからこそ君の存在は重要なんだ」
歩み出し、迫る亡者との間に立ち塞がり背中越しにフランシスに語り続ける。
「君にとっても悪い話ではない筈だ、事件の証人となれば遠征軍が君の身柄を保護してくれる。騒動が一段落したら晴れて除隊して自由の身だ」
「でも、それじゃあ旦那が…」
「さあ行くんだ。退職金、貰って辞めるんだろ?僕が時間を稼ぐ」
装甲ヘルメットに阻まれて顔を伺い知る事は出来ない。
だが、その優し気な口調からフランシスにはRが優しく微笑んでいる様に感じられた。
Rは軋む強化外骨格をゆっくりと動かし、腕を腰に伸ばす。
半壊した収納ボックスを開き、そこからこれまでに回収した戦死者たちのドッグタグの束を握るとそれを持ち上げてフランシスに向けて突き出す。
「それともう一つ、彼らも故郷に帰して欲しい」
それはRの不退転の決意の表れだった。
帰還を諦めた目の前の兵士は全てを自分に託して己の信念に殉じるつもりでいるのだ。
それを見てフランシスは無言で頷くと潰れ、溶かされ、それでも大部分は未だにドッグタグとしての体裁を保っている束を受け取りポケットに押し込んだ。
それを見てRは満足した様にとゆっくりと大きく息を吐くと言葉を続ける。
「頼んだよ、全ては人類の為に、ね」
もう何を言っても決意が変わらない事を理解したフランシスもまた溜息を吐き了承の意を伝える。
「分かりやした、俺は逃げます。でも丸腰じゃどうにもなりませんぜ旦那、こいつを使ってください」
瞬間、Rの右手に何かが渡された衝撃が伝わってくる。
反射的に握ったそれを視線に捉える、45口径の古い世代の拳銃だ。
政府又は官給品の意を持つガバメントと呼ばれるその銃はいつも隣で戦ってきた悪友がお守り代わりと言って持っていたそれその物だった。
「旦那のお仲間から借りてたんでさぁ、弾も弾倉分しかもう残って無いけど無いよりはマシでしょう?」
逃げるには余計な重量捨てないと、と笑いながら付け足すとフランシスは出口に向かって駆け出す。
「旦那!お先に失礼させて貰いますぜ!生きてたらまた会いましょう!」
きっともう二度と生きて会う事は無いであろう事はフランシスにも分かっていた。
だが、だからこそ打算が大いに含まれていたとはいえ自身に紳士的で優しい振る舞いをし続けてくれた恩人の生存と勝利を祈らずにはいられなかった。
だからこそもう振り返らない、全力で最後まで生き残る。
それが恩返しだと信じてフランシスは走り出した。
―――
走り去っていくフランシスを見送りながらRは身体状態を確認する。
モニターに加え、網膜投影された装備の各種パラメーターの大半は今も重度の破損を示す赤色で埋まっているが、そちらはもはや問題ではない。
最後の仕事をするのに重要な物が無事ならば他が全て壊れていようと構わない。
「肉体の状態と人工筋肉及びフレームの損傷度を確認」
静かにゆっくりとした言葉に応じて生き残ったモニターと網膜に情報が並列的に記されていく。
強化外骨格は全身の装甲が既に限界に近い事、フレームや人工筋肉、各種機能に中程度損傷がある物のなんとか正常に機能してくれそうだ、だが体はそうはいかなかった。
「全身ボロボロだなぁ…」
ゆっくりと苦しげに息を吐きながらそう呟く。
右腕は裂傷に加えて骨にひびが入り、左腕は重度の火傷と深刻の裂傷に骨折、胴体も内臓手前まで多数の破片が刺さり各所で内出血が起きていると強化外骨格内に備えられた簡易的な人体スキャナーが警告を大量に表示している。
脚の方も似たり寄ったりの状況が表示され、それをRはどこか他人事の様に眺め続ける。
蛇の体内で潰されてなお無理矢理動いた代償の結果だろう。
これだけの損傷をして尚、自身も与り知らない得体のしれない技術や薬品が遠慮なく注がれる事で自身を延命してくれている。
だがそれでも出血を止め切れていない為、仮に安静にしていても迎えが来るまで生存していられる可能性は低かった。
そこまで把握した上で後幾ばくか、僅かな時間戦えれば良いので問題は無い、Rはそう判断した。
その上で有効なプランを急いで脳内で組み立てていく。
(各坐したLの機体は動力炉もプラズマランチャーも無事だ、あれを使おう)
リミッターを解除した動力炉とプラズマランチャーを繋ぎ短絡させて発射不能にし、双方を暴走させて自爆させる。
遠征軍では裏技として知られている回収不能になった重強化外骨格 の処分方法だ。
上手くやれば亡者を一網打尽にする事は出来なくとも、出口に近い機体の爆発で洞窟を崩落させて敵を封じ込める事は出来るかもしれない。
「さて、行こうか…」
自身の身と何より限界が近い強化外骨格に余計な負荷を掛けないように慎重にゆっくりとRは歩き出した。
基本的に人類側がどんだけ装甲ガチガチにしても魔法剣で切られたら簡単にぶった切られます。
主力戦車の正面装甲位硬くないとほぼ無意味です。
ですので普通は接近戦をする奴はいません、戦争中も近接兵装は戦闘機の機銃みたいな気休めの扱いでした。
ジョンソン少尉や一部の例外なネームド達が異常なだけで有ってLくんぐらいの兵士が通常の仕様です。
しかし、英雄とは常に逸脱した異常な存在なのです。