三話、牛歩
頭使わなくて良いイナゴさんは癒し
逃亡者たちの旅は開始当初からすこぶる不調であり、シュワンツが二体の悪魔憑きを猟犬として放つよりも遥かに前の段階で一行の雲行きは既に怪しくなり始めていた。
脱走開始時から受けていたミュータントの襲撃は止まらず、その都度車列は前進を停止した。
小型種ならば轢き殺せない事も無いが、装甲化された車両にもお構いなしに突撃をかけてくる中型種ともなると速度においても車両に匹敵する個体は数多い。
結局は逃げきれないと踏んで距離がある内に兵力を降ろして防衛戦闘を行わざるを得なくなることが多々であった。
「エンキのいた頃はこの辺はもっと静かだった。連中も地の主が消えた事に気づいてるんだろう」
頻発するミュータントの襲撃に対してレオから意見を求められたキドは淡々と答えた。
最も、散発的に起きる戦闘においての人的損失や物資の損耗は無い。
見張りが敵を確認した段階で車両を停止させ、レオとボースを車外へと送り出せば大概の問題は方がついてしまう。
場合によっては一発の銃弾を消費する事すらなく、キドが加勢する必要も無い状況が続いた。
腕を見込まれて下僕となったにも関わらず、戦力外扱いされている様にも見えるキドはそれでも普段通りの雰囲気を崩さない。
車列の最後尾に連結された自身のキャンピングカーに乗り、敵が来れば武器を持って車外に飛び出し、討ち漏らしを警戒して油断なく周囲に目を配り、必要とされればその都度助言を行う。
キドの後方警戒があるからこそ、レオは心置きなく前方の敵に集中できていると言っても良かった。
この連携は特に話し合う事無く自然と完成された物だ。
エンキという上位者と長く組んできたが故にキドには悪魔憑きとの連携の仕方が染みついているようであった。
しかし、こうした中で急速に失われていく資源もあった。
時間だ。
長く留まれば騒音と血の匂いを嗅ぎつけてミュータントが集まって来る『波』の発生や、屍者化しての再襲撃を受ける恐れがあっては殺した敵の肉や毛皮を剥ぎ取っている余裕もありはしない。
戦っても得る物は無く、移動を阻害され、その間に太陽は容赦なく地平線へと頭から突っ込んでいき、やがては完全に沈み込んで夜へと至る。
夜になれば基本的にもう移動する事は出来ない。
月光や星明りすら届かぬ暗黒の世界には、そこを住処にする魑魅魍魎たちが巣穴から這いだしてくるのだ。
加えてアノマリーの視認も困難となり、無理に突破を図って全員が異常空間に粉砕されるという事態も起こりうる。
目が良いドッグだけはこれをどうにかする事が出来るが、この優秀な目を持つ犬人間は一人しかいない。
つまり夜の移動をするとなると先頭車両はともかく、残りの車両は不確かな視界で先を走る車両を追いかける他無いのだ。
夜間移動中に不測の事態が起きれば即座に集団は離散し、再集合は不可能となる可能性が高い以上は夜の移動は非常時の手段として考えざるを得なかった。
また、昼間もミュータントの襲撃が無ければ快適で安全とは限らない。
終末の荒野では大型輸送車両の通れる道は限られており、その進路上に回避不能な規模のアノマリーがあれば来た道を戻り迂回を強制させられる事となる。
そのいずれが無い場合でも、起伏があり見通しが悪い場所では商隊を狙ったゴミ漁りや野盗の罠や襲撃にも警戒せねばならなった。
無論、その様な身の程知らず達は短気なボースの怒りを買って惨たらしい死を迎える事となったが、失われた時間は彼らの死体から剝ぎ取った装備と物資を拝借しても補填にはなりえない。
そして、ようやくそれらが一段落したと思った矢先に最初の問題は発生した。
「単刀直入に言うとな、計算に手違いがあって飯がヤバい。次の都市まではどうやっても足りん」
一週間もの間、狭いコンテナに押し込められている事に甘んじていた二体の悪魔憑きにクトーは神妙な顔でそう告げた。
時間の浪費という最初の問題の後に浮上したのは食糧の枯渇と腐敗であった。
人間は少数では大した行う事は出来ない。
だが、多過ぎればそれだけで集団の維持は跳ねあがっていくのだ。
これは彼らが運用出来る車両の数が制限されている事からも自明であった。
使える車があるなし以前に、今以上は人員の問題から運転手の数が足りずに運用が出来ない。
車が無ければ運べる物資には限りが出てくる。
そして、貴重な輸送トラックの一台はレオとボースを詰め込む為に大した物資を積載出来ない。
切り詰めてもなお想定よりも悪魔憑き二人の食事量が多かった事も計算を狂わせる要因となった。
この二人の維持費は恐らく並の人間の三倍は見積もらねばならなかったのであろう。
結果から言えば、クトー率いる打算ブラザーズは小集団でありながら燃費は著しく悪いとなってしまっていた。
戦えば負ける事は無い、しかし時間は失われていく。
移動に時間を掛ければ、その分水と食料は予定よりも余分に消費される。
そして、その水と食料にも保存限度があり、時間をかければ食さずとも腐ってゆく。
一つ一つは小さい問題も、重なっていけば巨大な難題と化して逃亡者たちを絡めとっていく。
仮に二人が常人のままでも成人男性が9人もいれば節約しても相応に飯を食うのは避けようがない事実である。
上記の問題から早々に都市への立ち寄りと補給の必要性にかられる事となった。
既に補給に適した都市の一つを通り越した時点での発覚であり、食糧計画が甘かった事をクトーはボースとレオに謝罪せざるを得なかった。
自らにも非がある事からボースがこの件で大きく出る事は無かったが、既に通過した都市へ戻り補給を行う事については激論が飛ぶこととなった。
残された食糧を切り詰めつつ、行く先々で略奪をしてでも進み続けて次の都市へ、そして目的地まで出来る限り早く進む事を主張するボース。
既に予定よりも大幅に遅れた進捗にこれ以上の遅延は認められないというのが言外にも伝わってくる。
それとは逆にどれだけ予定が遅延しようとも適時補給を行い、確実に辺境伯領へ到達する事を提案するクトー。
こちらは全員の確実な生存と帰還を重視している事が見て取れた。
略奪しようにも、略奪するだけの物資がある村落や都市がいくつあるのか把握していない状況での強行軍は餓死と燃料枯渇へ至る死への道であると長きに渡る探索隊の経験から理解しているが故であった。
この二人の口論を止めたのはクトーに肩入れしたレオであった。
どちらにも深くは肩入れするつもりもないが、とにかく今ここで集団が崩壊されては困るが故にレオはクトー側に比重を置きつつも中立的な立場を維持する事とした。
情報を収集し、帰還するにしろ遠い地で故郷の脅威を滅ぼして回るにしろ、まず最初の時点で躓いては何かを成す前に正気を失う事になりかねない。
そういう意味ではレオもまた、時間が最も重要な資源であった。
「この際だからここでもう一つ決めておきたい、良いか?」
車列が都市へと引き換えし始めた中、クトーは二人が腰を据えているコンテナの中に留まって次の議題にも着手した。
タイムロスは許容しても無為に過ごすつもりはなく、直近の問題となりえる議題を消化するつもりであったのだ。
クトーが問題として挙げたのは今後の補給計画における都市や村落での立ち振る舞い方であった。
平和裏に交渉と物資の交換による補給を推すクトーに対し、ボースの案はまたしても武力を背景にした恫喝と略奪であった。
無論、主戦派のボースとて全ての都市で略奪を行うなどという事が正解だとは思っていない。
ただの木の囲いをした程度の貧相な村落ならばともかく、城塞都市ともなればそれは立派な小国と言っても良い。
仮に一つの指揮系統に統一されていなくても人口とはそれすなわち力と言っても良い。
弱い生き物は群れる事で脅威に対抗するのが通例である。
正面切って戦闘を行えば悪魔憑きであるボースとレオ、そしてドッグは問題ないとしても他の者達が生存する事は困難だ。
戦闘においては役に立たない非力な機械教徒達も車両の運転手や雑役夫としては貴重な存在だ。
巨大な体と戦闘力を得たボースは今となっては自身の手では車両の操縦すら出来ない。
単純に座席に体が入らないが故である。
悪魔憑き三人だけ生き残っても移動自体は出来る。
だが、口利き役のクトー無くして辺境伯領での安全が保証されるかは非常に怪しいものが有る。
レオもボースも新しい策源地を手に入れるという最大の目標を達成出来なくなっては何のために彼の地に向かうのか分からなくなってしまう。
加えてそのような行為は生存者の口から漏れ伝わり、他の都市から一斉に締め出しを受ける事になりかねない。
自分達を襲おうという者を懐に入れる愚かな者達の住む城塞都市はとうの昔に淘汰が完了している。
一度やればそこから先は常に鉄火場となる事を覚悟せねばならない。
それでもボースが武力路線を推すのは自身の長所を前面に押し出して論戦と意思決定の場においてクトーから主導権を奪おうという意図があるからであった。
対するクトーも単に平和主義や理想を掲げているわけではなく、教会の先触れとしてトウカイの地を回った際に内々に個人的に友誼を結んだ諸族との繋がりが未だに機能している事を期待して支援を引き出せる可能性を説き、安易な略奪はかえって不利益を生むとボースに譲る事は無かった。
どちらにも理があり、かといって片方に拘るのも問題となると言えた。
レオはその二人の話を聞きながら折衷案を提案するという立場で抑えに回った事からこの局面において早々に集団が瓦解するという事態は避ける事が出来た。
基本的な方針としてはまず友好的に振る舞い、クトーの『コネ』が使える場合は大いに利用する事ととし、それが駄目な場合は商談と交渉、それも破談すれば武力を用いるとして段階的に対処する事とした。
ボースも落としどころはそこであると最初から納得していたのか、それ以上の文句や要求を行う事は無く一行は最寄りの都市へと向かう事となった。
このままでは食糧が尽きると言い渡されておおよそ一日後、集団は既に通り過ぎていた都市へと舞い戻る事となった。
そこはレオがアスマ一行に騙され、エンキの元への売り飛ばされたあの因縁の城塞都市であった。
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その都市はある意味ではレオにとって屈辱と地獄の日々の始まりの最初の一歩を踏みしめた場所であったと言っても過言では無かったかもしれない。
ほんの数週間前に裏切者であるアスマらに連れられて奴隷として歩かされた通りを今やレオは自由を得た身で闊歩している。
「ここに来るのも久々だが、相変わらずロスのスラム街みてぇだ」
加えて、違いがあるとすれば久しぶりに人の暮らしのある場所に辿り着いて感慨深げなクトーが隣でいる事であろうか。
裏切者に歩かされた場所を当面のビジネスパートナーと歩いてる、レオにとってもそれは好ましい事であった。
同じ場所でも選択と行動の自由が有るか無いかではその心持ちや展望は大きく違ってくるものである。
「クトー、好きな映画の話か?」
「ああ、大体哀れな登場人物が理不尽な化け物なんかと路地裏鬼ごっこしてるから良く知ってる」
そう語るとクトーは周囲を見渡し、雑踏を愉快そうに眺める。
通りを歩くみすぼらしい身なりの住人たちがクトーらを見やり、避ける様に素早く道を譲っていくのが楽しくて仕方ないといった様子であった。
「キルロイ、お前のおかげでモーゼの気分が味わえて中々楽しいってもんだ」
「だから俺は反対したんだ、目立ち過ぎる」
「害虫除けにはこれぐらいした方が良いってもんさ、お前がいれば危うい奴が逆に逃げてくからな」
ガスマスクを装着し、奇怪な全身甲冑を装備した2mを超える大男というあからさまに怪しい存在から逃れるべく不潔な都市の民たちは何も語る事無く静かに道を拓く。
そうした下民たちの善意ある行動により、そして以前よりも高くなった視界によって、鮮明に不快で不浄な過密都市の内部を克明に観察することが出来た。
通りの隅で行われる汚らしい身なりの浮浪者たちが行う大麻の回し飲み、通りに遠慮なくゴミをばら撒く道沿いの店の経営者たち。
ゴミを漁り、力尽きかけた他人の身ぐるみを剥ぎ、場合によってはその体に食らいつく瘦せこけた若い少年や青年たち。
春を売る素振りで路地裏に男を引き込み、控えていた仲間達と共に襲撃して財産から命に至るまで全てを奪っている年の行き過ぎた娼婦。
そして何の理由があるのか地面にうずくまる小汚い男を袋叩きにするそのスジと思われる男達の群れ。
ほんの数週間前に見た光景は当たり前だが何も変わりはしていなかった。
立場が変われど世界は何も変わりはしない。
そこにあるのはやはり、全てが自由な無秩序の理だけであった。
身の危険が無くなり落ち着いて観察できる分、その光景はより汚らわしく思えるという程度だ。
マスクの下で眉間に皺を寄せてそうした光景を不快気に眺めていたレオの脇、クトーとは反対側から声がかけられる。
「この都市に戻ってきた事、そしてボースを連れてこなかった事は良い判断だ。ここならば俺にも伝手がある、ローの店に行って紹介料を払えば良い売人に引き合わせてくれる筈だ」
エンキとの戦いの果てにレオの従者となったキドがそれまでの成り行きと事の顛末を聞いた上でそう告げたのだ。
現在、レオはキドとクトーを伴ってとある店を目指している。
ボースらもそれぞれの思惑から別行動をとっている。
正確にはクトーがロー老人との交渉を行う予定であり、キドはその仲介兼護衛、レオは純粋な護衛とクトーから視線を誘引する囮を兼ねている。
「ロー、あの老人の店か…」
「ああ、お前…旦那様と初めてお会いした場所だな」
いつも通りの口調を使い、直後にキドはぶっきらぼうに半端な敬語へと口調を変えた。
名目上、今のキドはレオの奴隷という扱いになっている。
何という事は無い。
主を守り切れず、契約違反を起こした上にボースとの戦いにも敗北し再起不能となったキドの人生は既に終わったに等しい。
敵に捕らえられ、処刑されるのが通例であった哀れな傭兵の命をレオはボースの貸し借りは即座に清算する精神によって譲り受けた。
有名になればなるほど、傭兵の仕事は難しくなっていく。
顔が売れて仕事が優先的に頼まれるようになるほど、失敗した時の悪評もまた酷くなっていくからだ。
まして、失敗してなお生きて敵の側にいれば裏切者というそしりは免れられない。
今この場にいる時点で、傭兵としてのキドの経歴はほぼ死んだもの同然であった。
それを承知でレオは終末後の世界では治療がほぼ不可能な傷を癒し、傭兵の矜持に反しない『契約』という形でその命を終身で買い取った。
納得させた上で主従の契約を結び、許可を与えるか命絶えるまで仕える奴隷としてキドはここにいる。
「堅苦しくしなくて良い、主従関係だけ理解していれば十分だ」
「分かった、今の雇い主はあんただ。従おう」
普段通りの口調に戻ったキドを見てレオは静かに一度頷いた。
道具としての立場をしっかりと弁えて従えば口調などはどうでも良い。
馴れ合いや友情は必要無く、しかして隷属する事への卑屈さや反抗心も持たれたくはない。
レオはキドを文字通り道具以外の存在としては考えないつもりでいた。
「それとだキッド、これからは会議にお前も参加しろ。可能な限りで良い」
「良いのか?」
「終わった後に伝えるのは二度手間だ」
「了解した」
互いに必要な事以外はあまり話さない二人の会話は長くは続かず、何かと話しかけて来るクトーにレオが相槌を打ちながら一行は黙々と歩を進めて行く。
おのずと切り開かれていく大通りの雑踏を無視し、三人はローの店へと進んでいった。
愉快な討伐軍団の爽やか復讐活劇の裏側の主人公一行のガタガタ逃避行回です。
次話ぐらいからはデスロードに向けてエンジン駆けていきたいところなので準備回みたいな塩梅です。
移住後も執筆時間の確保には難儀していますが精神状態は改善したので更新速度については努力したい所存です。
今回はこれにて




