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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
61/101

五十二話、自由の荒野へ

一章終わり!閉廷!


朽ちた廃墟の地下深くにそれらは林立していた。

今にも力尽きようとしている非常用電源が最後の電力を供給し、未だ生きている幾つかの非常用赤色灯がその部屋を薄暗く照らし出している。


おおよそ人が一人入れるほどの大きさであろう円柱状の機械が等間隔に並ぶその部屋には人の気配はなく、薄暗い部屋は一種の墓所の様な様相を呈していた。


いや、実際にそこは文明が残した最も先進的なカタコンベと呼んでも遜色ないものであった。

円柱状の物体の上部には長方形のガラス窓が付いており、その中にはミイラ化した人間達の亡骸がその装置の一つ一つに収まっているからである。


最終決戦後の世界崩壊の混乱の中、地下シェルターへの避難が出来なかった多数の人類は世界に拡散するエーテル汚染に対抗する術も無く徐々に狭まる非汚染地域を巡って殺し合い自滅へと至ったが、その中の一部は違う選択を行ったのだ。


その果てがこのミイラの収まった滑稽な棺桶の群れである。

冷凍睡眠―――フィクション作品では定番の、しかし現実は実現不可能な空想―――を破滅が差し迫って発狂した彼らは自分達に施したのである。


無論、彼らとてそれが不可能である事を理解していた筈である。


この場に眠る多くの人間がかつての世界においては『優秀』とされた科学者や軍人、政府高官たちで構成されているのであるのだから、いかに来訪者ヴィジターとの戦争による技術獲得でクローニングやサイバネ関連の生体技術が進歩している当時の技術でもまだ時期尚早である事は彼らが誰よりも理解していた事は想像に難く無い。


そうであっても逃れられぬ破滅の瘴気が急速に迫る中にあっては出来る事は僅かであり、残された時間と資源の中で彼らが行った最善の行いがこの機械の棺桶に身を投じる集団自殺であった。



既に救えぬ今を捨て、未来へと脱出するための最期の箱舟。

それがこの場で主と共に朽ちつつある冷凍装置の群れが生み出された理由であり、存在意義であった。


万分の一でも良い、この装置が自分たちの誰かを生かし、汚染の消えた未来で再び人類を導く重責を再び背負うのだ。


当初こそはそう強がりを言い合っていた彼らは徐々に絶望に蝕まれ、机上の空論は揺ぎ無き妄想へと変質し、口々に未来での再誕を叫びながら狂喜と共に出来損ないの冷凍庫へと身を投じていったのだ。


ナマモノを冷凍庫にぶち込むとどうなるか、それは明白である。

長期間に渡って冷凍された物体は水分を喪失して干からびるのだ。

そもそも、解凍技術が完成してない状況での冷凍睡眠は凍結時の細胞破壊を阻止できず絶命は避けられない。



今や脳だけは保全するべく気休めに取りつけた生命維持装置の資源も使いつくし、部屋の中には渇いたチューブだらけの冷凍ミイラが残るのみである。


ご丁寧にも機械の円柱の一つ一つに刻印された搭乗者の名が高級な棺桶としての役割をいやがおうにも引き立てる。

その中、ナイデス・J・ヴァイヤーという名が打たれた円柱カプセルの扉がひとりでに開き、内容物の解放を開始した。



機械の誤作動か、開いていく扉とあふれ出す白い冷気が過去から現世に戻った一人の男を外の世界へと呼び戻した事を克明に告げる。


他の死体たちの様に干からびてはおらず、その男の顔は異様な程に『新鮮』であった。

100年の時の経過を感じさせぬその姿は不気味さすら漂わせている。



浅黒い肌を持つアジア系の風貌の若すぎず、しかし老けすぎてもいない二十代半ばのハンサムとも不細工とも言い難いどこか味のある特徴的な顔を持つ短髪の男。


中肉中背ながら鍛えられたがっしりとした肉体を持つ死体にしては違和感を覚える程に完璧な肉体を維持するその男は扉が完全に解放されると同時にカッと力強く目を開き、同時にチューブを引きちぎりつつカプセルから勢いよく飛び出して叫んだ。



「オッハァアアアアァッ!オッハァアアアァッ!」


両腕を広げ、頭が背後の地面につくほどに背をのけぞらせ、股間の相棒を膨張させ、腹の底から搾り出す様に大声で男は叫ぶ。

恐らくは帰ってきた世界への挨拶だろう、死したミイラの眠る棺が林立する共同墓地の中で男は復活の雄叫びをあげたのだ。



「ぬぁわぁあああ!すっげぇ寒かったもぉおおおおんッ!」


姿勢を正した男は今度は裸の自身を抱きしめる様にさすりながら大げさに叫ぶ。



「あれぇ!?おかしいねぇ!?誰も生きてないねぇ!?そりゃそう!そう作りましたねぇ!」


周囲を見渡し、大げさに身振り手振りをしながら男は朽ちた同僚たちを嘲笑する。

朽ちた遺骸を指さして腹を抱えて笑い、次いで背を反らして背後の地面に頭を打ち付けながら更に笑う。

生の実感を味わう様に、そして凝り固まった体をほぐす様に、男は笑いながら体をくねらせ、踊る様に部屋を駆け巡り、唐突に停止する。



「あー、アホクサ。こんな欠陥品で復活できるわけないってそれ一番言われてたから」


狂喜乱舞から一転、平静な真顔へと戻って平静へと至った男は自身の入っていたカプセルへと歩み寄る。



「前使ってた名前ェはァ…ナイデスか。はえ~思い出した思い出した」


自身の名を思い出し、両腕で頭を握ってゴキゴキと首を鳴らすナイデスの周囲に小さな唇たちが浮かび上がった。


薄暗い冷凍睡眠室の中、ナイデスを包囲する唇たちは彼にだけ聞こえる声で何を囁きかけている。



「えぇ!?もう仕事ォ!?今起きた最中(さなか)の中の中でェ!?」


両腕をわなわなと掲げて天を仰ぎ、オーバーリアクションで抗議するナイデスの顔はしかし、感情を伴わない真顔であり言動と態度が一致していない。



「ホワァッツ!?依り代を遂に見つけたって?これマジで?しょうがねぇなぁ…」


唇から言伝を受けたナイデスは体を震わせると深呼吸をして周囲に浮かぶ唇ごと大気中の薄いエーテルを一気に吸い上げていく。

最早呼吸ではなく吸引と言っても差し支えない程に、内部にある筈の肺を無視した様に貪欲に空気を吸ったナイデスの顔には苦痛は無く、恍惚感だけが浮かび上がる。



「ハァ…補給完了です…。久しぶりのエーテルはうん、美味しい!」



燃料補給を終えたナイデスがそう語ると全裸であった肉体が半袖と短パンを履いた私服姿へと変貌していく。

ナイデスは人の中にあって人非ざる者であったのだ。

それ故に世界崩壊の衝撃の中でも平静さを保ち、今もこうして活動が可能となっている。


人の知性と異形の心、それを併せ持つナイデスが最初に行った行動は服を着る事であった。

まだ人の側である振りをせねばならない、それには服は大切なのだ。



クォクォ(ここ)まで11万と…4514年ぐらい掛かってるますからねぇ…もっと掛かってたっけ?知らん!」


肉体の変性を終えたナイデスは再び自信に満ちた表情へと戻り、明確な意思を持って歩み出す。



「待っててぇレオちゃん、導きにイクッ!から」


ナイデスは地下室の扉を拳で打ち砕くとその隙間から外へと這い出て行った。




―――――



その日、轟音によって目を覚ます事となった一行はボースの悪魔憑きへの変異という重大事案によって眠気を完全に吹き飛ばされる事となった。



三頭体制を組むレオ、クトー、ボースがその場において即決の会議を行い、ボースに未だ敵意が無い事、当初の計画に変更はない事が素早く確認されるに至って事態は速やかに収束した。


しかしクトーの部下らが受けた衝撃は大きいらしく、特に昨日ハメを外していたレナルドは飛び跳ねてボースの元へと走り、ドッグは二日酔いの頭を抱えてうめき声をあげる事となった。


結果的に言えばレナルドがボースの更に太くなった腕に首を締めあげられて忠誠を再度誓わされ、事態の収束を宣言したクトーの指揮の下で撤収準備を開始する事が決定された事で仮初ではあるが平静が取り戻される事となった。


一同は昨夜の余り物である雑穀粥で軽い朝食を終えると暴走の危険のあるレオとその装備を整備する一名を除く三名の機械教徒(プレッパー)らが廃ビル低層の武器庫から残っている武器と弾薬をトラックへと運び出す作業へと入る事となった。


この作業に並行して廃ビル内で発見された食糧、医薬品、衣料も手当たり次第で運び出していく事とした。

要は目についた運べそうなものは全て運ぶという身も蓋もない話である。



エンキが自走自動車爆弾による特攻を受ける事を嫌って廃ビル周辺の通りに分散配置されたスクラップの山が車両の進入を拒み、輸送車両の駐車場もある程度距離を置いた場所に存在している為に輸送作業は危険が伴う事が予想された。


外へ出て運搬作業をする以上、ミュータントにとっては狙い目と言える大きな隙を作る事になる為だ。

エンキという縄張りの主が消失した事に気付かれればこの周辺のそう遠くない内にミュータントの生息領域に飲み込まれるであろう。


しかし前回の戦闘で予備の燃料と火薬を使い切った都合上、ここでの補給が今後の成否を分ける事は明白であり、多少の危険と手間を伴おうとも完遂せねばならない。


そしてこれを可能ならば一日で完遂するという運びとなった。

既に戦闘終了から二日が経ち、エンキの配下であるイドが送り出した車両部隊の未帰還を不審に感じて斥候を送り込んでくる可能性がある為だ。


最悪の場合、既に斥候が周辺に到着している可能性もある。

エンキの死、或いはそれに近い状況が発生していると相手に悟られた場合にどの様な行動をとって来るかは未だに未知数であるためにやはり長居は得策ではない。



結論としてはクトーが陣頭指揮を行って物資輸送の音頭を取り、道中の輸送についてはキドとレナルドが護衛を行う事でこれに対応する事となった。


車両への物資搬入を終わらせ、ついでに車両駐車場において喪失したトラックの補填となりえる有用な車両を確保し、可及的速やかに現地を出立する。


ここから先は反乱者ではなく逃亡者となるのだ、時間をかければそれだけ選択肢は狭まっていく。



「宴会気分はここまでだ!みんな気合入れて逃げる準備に取り掛かれ!生きて帰れりゃ英雄としてもっと盛大なのを楽しめるぞ!辺境伯様が出してくれなきゃ俺が自腹切ってやる!」


クトーが最後にそう結ぶと皆、真剣な表情で解散して各々の仕事にとりかかっていった。


なおドッグはこの輸送作業が終わるまでの間、人力エレベーターの動力となるという重労働を押し付けらる運びとなり再び目から生気を失う事となった。


なまじ、人を超えた力を持つとそれに見合った職責を課せられる。

大いなる力は大いなる責任を押し付けられるのだ。


そうしてドッグが曇った目を血走らせながら奴隷がぐるぐる回す奴とも称されるワイヤー巻取り機と格闘するころ、ボースは地上にてミュータントを相手に肉体の試運転を行っていた。



「キドォ!てめぇは後ろに下がってろ!レナルド、おめぇもだ!」

「キッドだ。取りあえずハトは任せた。人蜘蛛どもはこちらで対処する」


叫ぶボースとそれをいなすキドといういつもの光景、しかして周囲はいつも以上に騒々しい物であった。

空には怪鳥が飛びかい、地には奇形化した四足獣の様な異形やいつぞやの人の原型を歪に残す蜘蛛の様な姿の異形などの有象無象が周囲を窺う様に動き回っている。


理由は簡単であろう、廃墟の主であるエンキが消えた事を既に悟ったのだ。

空いた穴を埋める様に個々のミュータントの群れが新たな縄張りを求めて動き始めている。

戦闘は避けられないだろう。


キドらが護衛ならばボースは遊撃役と言える。

目立ち、暴れまわる事でミュータントたちの注意を引いて作業を容易にするのが今回の目的であった。


輸送作業をするクトーらを二人に任せ、ボースは大きくなった手で撃てるようにトリガーガードを省いたセミオートライフルを右手に持って空の敵を睨む。


空から向かってくるは普段目にするモルフォではない。

より大型で狂暴な鳥類の様なミュータントだ。


筋張った体に筋肉と羽毛を纏い、武骨な爪の生えた両翼を広げながら宙を旋回していたそれらは羽を畳むと同時に五匹が急降下して地面へと着地。

両足で大地を力強く踏みしだいてボース、そしてその後方で作業をする機械教徒(プレッパー)らへと襲い掛かろうとする。


地上においてはミュータントの住処、待ち伏せ場所といった負の要素となりえる都市の遺構は飛行種にとってはある種の防壁として機能する。


急降下による襲撃は廃ビルの残骸に阻まれ、激突を避けてまともに航空機動するには都市の大通りに沿わねばならず対空射撃の標的となりやすい。


故に怪鳥たちは急降下攻撃を諦め、獲物と同じ地上へと降り立った。

更に自身らの突撃による衝撃力を上げる為にあえて距離を取り全力疾走である。

これはボースにとっても望むべき状況であった。



「この憎々しいハトどもが!エンキがいる間は大人しかった癖に舐めてんじゃねぇぞ!」



地を走り迫ってくるそれは最早、鳥というよりは羽の生えた小型の羽毛恐竜にすら見える。


本来ならば飛べないであろうそれが狂った世界では容易にエーテルの風に乗って空を飛び、地を駆けて襲い掛かってくる。



この様な空飛ぶ恐竜がなぜハトと呼ばれるか、それは鳴き声が鳩にそっくりだからである。

恐らくは鳩から派生した中型種、それ故にハトと呼ばれる。

通常の鳩は伝書鳩以外は既に絶滅している、苛酷な生存環境においてはただ飛べるだけの種では生き残れなかったのだ。



「チッ!」


ボースは銃を両腕で構えようとし、うまくいかない事に気づいて顔をしかめると右腕だけでハトに狙いを定めて引き金を引く。

以前ですら巨体の部類に入っていたボースが更に巨大になった事で通常の銃は小さすぎて扱いにくい代物と化してしまっている。


腕の延長線状に弾丸が飛ぶイメージを脳裏で作り、セミオートである事を良い事に7.62mm小銃弾を連発してハトの一匹に弾倉一つ、10発分の弾丸を叩き込む。



両腕で構えて照門を覗くという通常の手段が困難になった事と引き換えにボースの肉体は片手で扱っても小銃の発砲の衝撃をほぼ完全に吸収する事が出来る強靭な腕力と重量を獲得していた。


然したる反動を感じる間もなく放たれた小銃弾の群れが先頭のハトを襲い、体を穿たれた怪鳥が青い血をまき散らしながら倒れ伏す。


しかし、ボースのしかめ面は収まらない。

反動は無かった、しかしだからと言って銃が十全に扱えているわけではない。


引き金を引く都度、今の肉体に慣れぬボースは力加減を誤り、銃身がブレていたのだ。

最早銃というよりは木の棒を握っている様なそれは、そうであるが故にただまっすぐ持ち続ける事が難しい。



その結果として―――。



「まともに当たってねぇじゃねぇかッ!」



直感で狙った銃弾は半数も当たっていない、倒せたのは頭部に一発まぐれ当たりが起きたからである。

キドの様には出来ない、それを理解した瞬間にボースの怒りは頂点に達した。

見下している相手に負けている要素があるという劣等感が瞬時に闘争心へと変換されて爆発する。



「このッ!クソ銃がぁッ!」



怒りと共に弾の切れた銃を投槍の様に持ち替えて後続のハトに投擲した時、ボースの周囲で風の奔流が迸る。

全力の投擲で発射された銃剣付き小銃はその風で更に加速し、導かれる様に二匹目のハトの喉へと突き刺さる。


驚愕した様に最後の力で頬を膨らませ、鳩独特の鳴き声を上げながら口から青い血を吐き散らし、ハトは前のめりに地面へと倒れ伏す。



しかして、その光景に誰よりも驚愕したのは当のボース本人であった。

『それ』がなんであるのか、己が行った事がなんであるのか、考えるよりも先に脳が理解していき何が正しい行いであるかが明確になっていく。


真理に触れる事に苦行は必要ない、ただ悟りに至る場に出会うだけで良いのだ。



ボースが真理との不意の遭遇を果たした最中、倒れ伏した二匹目を容赦なく踏みつぶしながら、残る三匹が一斉にボースへ向けて羽を広げて跳躍する。



銃を放棄したボースに反撃能力が無いと判断したが故に、素早く接近するために障害物の無い空への跳躍をハトたちは敢行したのだ。


今のボースは変異によって防具一式を失い、腰に撒いた布を衣服とし、戦槌を背負い、裸の上半身には弾帯がまかれ、腰にはこれまで使って来た武器や道具が収納用具と共に巻きつけられているだけである。


守りの無い図体のでかい人間、ハトたちにはそう見えているのだ。



ただの人間であった頃、ボースにとってすら中型種の集団突撃は絶望以外に表現できるものが無かった。


恵まれた肉体と鍛え抜いた技術をもってしても精々中型一匹を相手に殺せれば良い方という事実は力と自由を信奉するボースの脳細胞と血管を常に苛んで来た。

だが、それも今日までだ。


今日この日より、ボースこそがミュータントを狩る側へと変わったのだ。

それを思い知らせねばならない。



「ふんッ!」


ハトが宙を舞い、迫る中でボースはとっさに腰の鉈を左手で引き抜くと同時に手首のスナップを利かせつつ、人を超えた腕力でもって全力で投げつける。


人であれば対応しきれないであろう理不尽への暴力的回答、それを行えてこその悪魔憑き。

高みへと至り、死の恐怖を除外したボースには生存のための余計な思考は消え、為すべきことが天啓の如く見えている。

放った鉈がいかなる戦果を持ち帰るかすらも、だ。



放たれた鉈は強く吹く風に乗り、ブーメランのように曲線を描きながら迫るハトの内の二匹の首を切断してボースのすぐ近くの地面へと舞い戻る様に突き刺さる。



「俺より高い位置にいるじゃぁねぇぞ!クソ鳥がぁ!」


意図せぬ味方の壊滅を受けてなお突撃を図ろうとしていた最後のハトは、あと僅かでボースへと脚の爪が届くまさにその時、突発的に発生した強力な向かい風で失速し、抜き放たれた戦槌の槍の如く鋭い切っ先を無防備な腹へと叩き込まれた。


喉から鳩独特の鳴き声をあげながら、腹に槍と鉄塊を叩きこまれたハトは地へと墜落し、起き上がる間もなく振り降ろされたボースの戦槌を叩きつけられて肉片へと変貌する。


ハトを肉塊に変えた戦槌の柄には不可解なルーンめいた文字の羅列が光り、その煌めきに合わせて周囲に風が巻き起こっているようであった。



「チッ!次からは重機関銃でも使うとするか!」


己とこの武器の力とあり方は理解した、しかし使いこなすにはまだまだ鍛錬と戦闘が必要であろう。

雑魚には通用するであろうがこれがエンキに通用したかと言えば否であろう。

銃が使えなかったが故に至った理解であるが、それ故に未だ満足の行く高みには程遠い。


この戦いが終わったら取りあえずは銃の選定からだろう。

幾ら戦槌が強かろうが風が巻き上がろうが鉛玉の方がまだボースにとって信頼の秤は重く傾く。



地に刺さる鉈を引き抜きながらボースは反省点を簡潔にまとめ、空域から追い散らされたハトと選手交代とばかり集まって来ているモルフォに向けて鉈を振り上げた。


本来絶望すべき戦いの下での輸送作業は、ボースとそれを補佐するキド、レナルドの支援によって思いの他順調に推移していった。




――――――



ボースがミュータントを蹴散らし、クトーが機械教徒(プレッパー)を指揮して物資を搬出する作業を進める中、レオは一人の老人とボースが破壊した宝物庫で防具を新調するべく採寸作業を行っていた。



この老人はかつてエンキとの戦闘において使用したオルガン砲やレオの急造鎧を作り上げた二人の技術者の片割れであり、名をゲルという。


ゲル老人はどこかでレオにも聞き覚えのある下手な鼻歌を歌いながら昨日暴走したレオに臆することなく手に持った紐で大まかに採寸を行い、開口一番溜息を吐いた。



「ボースくんといい、レオくんといい、もうちっと装備は大事にしてくれんと困るぞ。服も防具もその辺から勝手に生えて来るわけじゃないんやからな」


レオに返す言葉は無かった。

突貫工事で作って貰った防具はエンキの一撃で吹き飛ばされ、肉体を再構築した際に完全に溶け切ってしまい何も残っていないからだ。



「それについてはすまないと思っている。だがボースの分までは責任が持てない。それについては俺の管轄外の出来事だ」


自分の場合はエンキに一度敗北した時点で完全に大破状態であったので謝罪のしようもあるが、ボースは勝手に行って自分の装備を自損したのであるから謝りようがない。


ゲルもそれを理解した上で言っているのであろうから、ボースに一言言っておけという程度の物であろう。

レオの返答にも不満のある素振りは見せていない。



「まあ、やっちまったのはしゃあないわな。ここにあるもんで何とかやってみるから待っててくれや。必要になったら呼ぶ」


採寸を全て終えたゲルはレオに背を向けて半壊した宝物庫に残された物資に手を伸ばす。

防具の再建と装備の選定、その為にレオとゲルはこの場に留まっているという事になっている。


そう言った名目ではあるが、実体は暴走の危険があるレオの隔離とその対策の検討の為と言った方が正確かもしれない。



「少なくともマスクと盾は既にあるから残りをやな…おっ、この外骨格の部品そのままいけそうやんけ!電力あるから仕事が捗りそうやな!」


持ち込んだ工具と材料を握りしめたゲルが自分の世界へと没入し始めた事を確認したレオはミュータント狩りに出かける前にボースに渡されたガスマスクを手に適当な床に座り込む。


血の匂いで狂うならばそれを妨げる道具を使えば良い。

ボースは単純かつ合理的な回答としてエンキの収蔵していた宝物の中から見つけ出したガスマスクをレオに渡したのだった。


確かに、直近の問題はこれで解決するかもしれない。

だが、根本的な解決には程遠い。

問題の全貌すらも掴めぬのでは対抗措置の立てようもない。


一つの脳みそでは堂々巡りは避けられそうになかった。



「邪神、貴様には頼りたくないが現状はすこぶるまずい。人間らしい会話で状況の把握と対策立案を行いたい」


レオの言葉に応えるように背後から湧き出た円形の影が形を成してレオの横に浮遊する。



「うむ、我としても今朝の件で概ねの仮説は作れた。協力しよう」


今朝の件、影の主スーラがそれを口にした時にレオの眉間が即座に不快を示す形に歪む。



「よくも余計な事をしてくれたな。殺さねばならない害獣が一体増えた」

「貴様がよくわからない物と契約するからであるぞ肉体(ボディ)よ、ボースは貴様が暴走した時の保険であると同時に、『アレ』についての仮説を作る為のサンプルも兼ねていたのだぞ」


更に言えば、ボースを最悪の場合には避難用の予備とする事をスーラは決して伝えない。

結局レオとスーラは今は同じ道を進んでいてもいずれは決定的に拮抗するのだ。

協力はしあってもそこに友情は無く、生存のための打算だけが二体の人非ざる者を繋いでいる。



「……脱線している場合ではないな、今回は俺が折れる。お前の仮説とやらを言ってみろ」


僅かな沈黙を経てレオはスーラへの怒りを収めて聞きに徹する姿勢を取る。

罵り合っても解決しない以上、相手の考えと意見を聞く方が有意義であるからだ。



「まず始めに理解してほしいのはアレは我と同じかそれ以上に古い神格という事だ。肉体(ボディ)よ、あのエンキほどの存在が噛みつかれたぐらいで死ぬと思うか?そんな筈はない、だが死んだ。肉体(ボディ)よ、それは貴様が喰らったのが血肉だけではなく奴の命その物すらも喰らったからであるぞ。お前に潜む何かがエンキの魂を吸いつくしたが故に奴は死んだのだ」


戦いの最後において何が起きたかを知っているのは当事者であるスーラと磔にされていたクトーだけである。

スーラはレオが樹木もどきの死肉と血からエーテルを補給する一方で、エンキもまた独自の方法でエーテルを補充している所を目撃している。


この時点で両者共に失った力を回復しての再度の消耗戦をスーラは覚悟していた。

しかし、その後に起きたのは何かに魅入られ力を増したレオによる一方的な捕食であった。


すなわちそれこそがスーラの憑依を唯人であるレオがはじき返し、エンキを滅ぼした全ての根源的な原因であると言える。

スーラが入り込む遥か以前からの先客、それがあのおぞましき古き者の正体だ。



「それは前も聞いているが、なぜそんな物がよりによって俺の中にいる」

「それだ、それこそが我々にとっての謎であり、知るべきことであった。故にボースで試したのだ」


この議題に置いて当然の様に湧き出すなぜ自分が、というレオの問いに対してスーラは独自の仮説に基づく話を展開し始める。



「結果から言えばあやつはボースの前にも現れた。おおよそ予想通りであり、それで我の中での答えは概ね完成した」



あの存在とボースが邂逅したというスーラの現にレオは驚愕し隣に漂う邪悪な影に顔を向ける。

顔から冷や汗を垂れ流しながら緊迫した表情で見つめて来るレオをスーラは冷静な口調で制す。



「落ち着くが良い、あやつはすぐに退けられた。ボースが拒んだが故な」

「……どうやってだ?そんな事が出来るはずがない」


あの存在と出会った時、レオはそれを抗う事の出来ない巨大な存在にしか認識できなかった。

抵抗は無意味であり、従う事しか出来ない。

むしろ従う事で安心と幸福すら得られるのではないかという感覚が今では湧き上がって来てすらいる。


それを拒むとは本当に可能なのか。

安堵と困惑、それが同時に浮かぶレオを見てスーラは決心を決めた様に決定打を放つ事を決意した。



「レオ、貴様はまだ人類の未来を信じているか?人へのこだわりはあるか?」

「無論だ、俺に残された最後の使命は同胞達の為に貴様ら残党(レムナント)とこの地上に蔓延る異形を殲滅する事だ」

「そうだ、その強固な意志こそが奴を受け入れる最後の一欠片だ。奴は最初から貴様の中にいた。いや貴様の種族の中にいたという方が正しい」


レオの内で焦燥感と悪寒が湧き上がり、急激に成長していく。

これ以上聞くべきではない、本能がそう告げており嫌な予感が増していく。

だが、聞かねばならない。


未知と恐怖の闇を振り払うには知識という啓蒙の光しかない。

レオは理性で持って本能をねじ伏せた。



「……どういうことだ」

「あやつは、人間の神だ。人であり続けたかったという魂の慟哭が人という種族を司る主神との契約の道を拓いてしまったのだ」


反射的に放たれたレオの手刀がスーラのいた空間を切り裂いた。

その顔には冷や汗が垂れており、呼吸も荒くなっている。



「この姿は虚像、最初に言ったはずであるぞ肉体(ボディ)よ」


かき消された影が再び結合し、スーラは話を続ける。



「我も当初はこの世界に神はいないと思っていた。神のいない世界は実質無主物、だからこその外征であった。だが、奴はいた。己の奉仕種族の内で眠り、その危機にも駆けつける事無く今、動き出した」


理性でねじ伏せた筈のレオの本能がこれ以上は駄目だと警告を発し続けている。

頭痛が起こり、吐き気すらも催し始めている。


この世界には知る事で更に深まる絶望との出会いもまた、存在するのだ。



「あやつは今の我と同じく肉体を持たぬが故に動けなかっただけであろう。或いはこの状況をずっと待っていたのか。エーテルが漂う世界で依り代を見い出し、干渉を開始している。すなわち肉体(ボディ)、貴様を使ってだ。貴様こそが新たな神の子、今代のジーザスというわけだ。」



限界であった。

レオは弾かれた様に立ち上がると腰に差していた赤黒い刀身の剣を抜き放つとスーラへと切り掛かった。



「ふざけるな…!ふざけるな!何が神だ!何が依り代だ!適当な事を…!」

「ならばなぜそうも荒ぶる?お前自身が誰よりも理解し確信してしまったが故であろう?」


力任せに振られた剣はスーラをすり抜け、標的を見失った剣戟が周囲の床や壁を次々と切り裂いていく。

その度にスーラを構成する影が霧散するが、少しの間を置いてすぐに元の形状へと戻っていく。



「おいやめんかい!この部屋壊す気か!」

「すまぬな老人よ、少しばかり気が立っているようでな。貴公は作業を続けられよ」

「ったく!悪魔憑きってのはこれだから…!理性的な顔しててもすぐに発狂しおるわ…!」


溶接面を被ったゲルの叱責によってレオは落ち着きを取り戻し、剣を納めて再び地面へと胡坐をかいて座り込んだ。



「俺は無神論者だぞ…ッ!世界の終末にすら助けに来なかったインチキな存在なんて信じていない…ッ!」

「だからこそだ。人を信じ、人の創作した偽りの神々は信じない誰よりも忠実で熱心な『人の信徒』が貴様だ」

「…ッ!」


最終的な目標はレオという依り代を用いた復活であろう。

その為に加護と衝動を与え、神が降臨するに足りるだけの力を手に入れさせようとしているのだ。

それが人類にとってどの様な結末となるかは未知数。

神が降臨し、救済と恩恵をもたらすのは創作された一神教の世界だけである。


最も、これについてスーラはレオに伝えるつもりは一切ない。


二人は利害の一致で共闘しているだけ、スーラにとってレオはいずれは切り捨てねばならない。

それに、今全てを話して精神が崩壊してはそれはそれで面倒になりかねない。


両手で頬を握って考え込むレオを見てスーラはこれ以上の追い込みは危険と判断した。

今のレオは叫び散らし暴れ回りたい衝動を抑えてなんとか思考を維持し続ける状態であろう。



()けてはいけない禁断の箱は既に開いているが、これ以上無暗に穴を広げる理由はない。

故にスーラは若干、話題を逸らす事とした。



「恐らく、人に属する存在は変異の際にアレと謁見するのであろう。狂うのはそれが故か、恐らくエンキも出会ったのであろうが退けた。悪魔憑きは皆、生まれながらに持つ狂気で持って狂える神に抗った猛者たちであると言えるであろうな」



脆弱な精神では肉体の急激な変貌がもたらす痛みと『人の神』との謁見による負荷に耐えられずに発狂し、自我を喪失したミュータントへと変貌してしまう。


それを防ぐには強靭な精神、最早エゴの塊と呼んでも良い並外れた精神力が求められる。

故に耐えた悪魔憑きは皆、独自の価値観や世界観を持ち凡俗にとっては厄災と成り果てる。


その様な事を成すはただ一人、人を信じる敬虔な信徒を見出す為である。

同じ古き神格であるスーラはそう結論付けたのだ。



「……ドッグはどう説明する。奴はおかしいぐらいにまともだ」

「それも調べてある。彼の者は第二世代、父親が悪魔憑きであったようであるな。変異を経ず異形として産まれたが故にあやつとも会ってはおらぬのだろう」


スーラとて、これまで遊んでいたわけではない。

険悪な関係のレオとの会話が出来ない分、遊び回る振りをして情報を収集し続けていたのだ。

それが今、実を結びつつある。


『人の神』が謁見を行うのは人から直接異形へと変異する『第一世代』だけであるというのがスーラの見立てだ。

恐らく第二世代以降は親から譲り受けた形質によって方向性が決まってしまうが故に人という分類からすらも外されているのかもしれない。



そういう意味で地上のどの種族よりも人である事に強いこだわりを持つ旧人類の出身であり、兵士として強い義務感を持つレオという存在はまさしく最高の逸材であったのだ。


変異の激痛と神との謁見に耐えられる鍛え抜かれた精神力を持つ、『人』に魅入られた狂信者。

殆ど可能性は0であろうその希有な存在はしかし、ここに存在してしまっているのだ。



「俺はどうすれば良い、お前の話が本当だとして俺はどうなる…?」

「貴様の返答次第だ。貴様はどうしたい?人として生きたいのか、あの神の信徒として身を捧げるか」

「……神とやらに振り回されるのは反対だ。恐らく、碌な存在ではない」


面倒な事になったと思っているのはレオだけではない。

スーラにしても同じだ、何と言っても肉体を得て復活という目的の時点で競合し、更に選んだ肉体(ボディ)まで一緒となってはもはや彼の邪神との肉体の争奪戦を行っているのと同義である。


どれだけ因果律が太く絡みつけばこのように成り果てるのか、スーラは逃れられぬ流れの様な物を感じずにはいられなかった。


だが、この様な流れがあるならば己が優位になる流れもまた生まれる筈である。

それを今は静かに待とう。

スーラの選択はあくまで待ちである。


相手も待った末に手札が回ってきたのだ、こちらもそれに倣うだけ。

恐らく、レオは最早この運命の濁流からは逃れられない。

人の神もレオが然るべき結末へ至る様に導こうと動き始めているだろう。



やるべき事は状況の進行を抑える遅滞戦闘だ。

スーラは影を動かして指を一本立てるような仕草をする。



「まず、自害は不可能であろう。死にたくても最早死ねる体ではあるまいし、我もそれは困る。内にいる以上は排除も不可能、そこで次善策だ」


二本目の指を立てながらスーラは続ける。



「逃げられないという前提で力を理解し、使いこなせ。己の在り方を確固たるものとして貴様のエゴで神を拒絶する他ない。お前の存在は解釈違いだと叩きつけてやるのだ。創造主に反抗するのは人間の十八番であろう?」


気休めである。

処置のしようが無いので独学で足掻けという身も蓋も無い話にそれらしいガワを被せたに過ぎない。


だが、言葉とは力があり呪いが籠っている。

故に使う言葉を厳選せねばならない。


同じ意味合いでも使う言葉で激励にも死刑宣告にもなりえるのだ。

まだレオの精神が朽ち果てては困る。



「……概ね理解した。つまりどうにもならんという事か」

「過去は最早変えようがない。未来で帳尻を合わせる他無いぞ肉体(ボディ)よ」


大きくため息を吐いたレオはいつもの真顔へと戻っていた。

ただ静かに立ち上がり、ボースが開けた穴から外を見やる。



「行けるところまで行くしかない、これまで通り」


外ではレオの未来を暗示する様に不吉さを感じる強風が吹き荒れ、空には太陽の光を喰った雲が濁った色で輝いている。

空には怪鳥と蝶が争いながら飛び交い、地には名状しがたい異形たちがひしめいている。


故郷は遥か遠く、滅ぼすべき異形は地に溢れ、己が内には得体のしれぬ時限爆弾が潜んでいる。



「ここまで来ると笑えて来るな」


レオは自嘲する様に笑うとおもむろに血除けのガスマスクを被る。

結局はボースでも思いつくこれぐらいしか策が無いと諦めたが故だった。


自然と狭まる視界と苦しくなる呼吸。

しかし、それがかつて人であった頃の感覚をレオに想起させる。

そして、これしかないという結論に至る。



「ゲル、要望を思いついた」


レオはそう言うとマスクをつけたまま作業を続けるゲルへと近づいていった。



――――――




太陽が地平線へと沈み始めた夕暮れ時、ボースは全身を青い血に塗れながら戦槌を杖代わりにして夕日を眺めていた。


敵の返り血ばかりではなく自身の体にも大きく抉られた切り傷や刺し傷すらもあるが、出血は既に収まり、異形の治癒力によって傷口は急激に小さくなりつつある。


本来の人であれば致命傷と言える複数の傷を抱えてなお、ボースに今あるのは心地よい疲労感と満足感だけであった。



背後では荷物の搬入作業を終えた機械教徒(プレッパー)の一団が出発に向けた最後の調整を行っている。

エレベーダーを稼働させていたドッグも既に合流し、出発前の休憩を取り体調は回復しつつあるようであった。


最終的に動かせるようになった車両は事前に奪取していた大型一両と駐車場で最も状態の良い二両の大型トラックの計三両とキドが幌馬車と呼ぶキャンピングカーが一台で四両の小集団となった。


未だに血の匂いが取れぬ一両に武器と弾薬を、残る二両に食料と医薬品と人員を乗せ、キドは自身の車両に乗り込む手筈となった。


図体のでかい悪魔憑きが二体いる状況であるからにはトラックの複数確保が出来た事は僥倖と言えた。

特に血の匂いでおかしくなる問題児がいる以上は収穫無しでは出発すら出来なかった所である。



ボースがそうして見張りの役を最後まで勤めている最中、背後に重量のある存在が金属音を響かせながら着地した音が鳴り響いた。


敵ではない、待ち人がエンキの宮殿からここまで飛んできただけだ。

それを理解しているが故にボースは決して焦らない。



「やっと来たか、これ以上遅かったら置いてくところだったぞ」


ボースが血に塗れた顔を歪ませながら振り返ると、そこにはゲル老人を抱える鋼鉄を纏ったガスマスクの異形が存在していた。


上等な部位は破損した強化外骨格の残骸が用いられ、劣悪な部位はただ折り曲げられたり無理矢理溶接された鉄板でそれらしく作られた出来損ないの全身甲冑の様な急ごしらえの装甲服。


レオがかつて人であった頃の強化外骨格(エクソスーツ)に似せて作られたそれは人間であった頃を自身に想起させて暴走を抑制する理性の拘束具であった。


これを着ている間だけは、マスクを外すまでは自分の心は人間のままであるのだという強い自己逃避がレオの精神を大きく安定させてくれている。



ホース付きガスマスクのレンズからは赤い瞳が浮かび上がり、どこか幽鬼を連想させるその姿を見てもボースは臆する事は無い。


悪魔憑き同士の会話には付き合いきれぬとレオに掴まっていたゲルがさっさと仲間達の元へと歩み去っていくのを無視してボースは続ける。



「良い服だな、一日時間をやっただけの事はあるじゃねぇか」

「ああ、ガスマスクの件は感謝している。だが無断で変異を試みた事については話は別だ」

「はッ!だったらこれからも暫くお友達って事で貸し借り0で良いじゃねぇか。こっから先は俺とてめぇは対等だ、文句は言わせねぇぞ」


ボースは言い終わると同時に戦槌を担いでレオを先導しながらトラックの車列に歩み寄っていく。



「クトー!レオも帰って来てるぞ!さっさと出発出来る様にしろ!」

「もうちょいだ!先に荷台に乗っててくれ!血はちゃんとぬぐえよ!」


催促するボースにクトーはタオルを投げつけから再び作業へと戻り、受け取ったボースは全身の血を拭うと最早要は無いとばかりにタオルを荒野へと投げ捨てた。



「さぁて、念願の自由だ。楽しませて貰おうじゃねぇか」

「荒野で野垂れ死ぬ未来に乾杯だな」


ボースは沈む夕日にどこかエンキに似た歪んだ笑みを向けながら、そしてレオはマスクの下に険しい表情を残しながらそれぞれトラックの荷台へと乗り込んだ。


それより(いく)ばくかの時間をおいて準備を終えた車列はドッグが運転する車両を先頭に闇が迫る自由と死に満ちた暴力の荒野に向けて轟音をあげて走り始めた。



それが真に希望へと向かう行程であるのかは誰一人として分かる者はいなかった。


一つ言える事があるとすれば、これが多くの者にとって転機となったという事である。

強大な王にして小さき神の死は、それを知覚しえる筈のない者達にも確固たる予感として伝播していった。



「空の配置が不吉を表している!シワスの月来たれり!ミホトケに108の生贄を捧げるのだ!」


ある者はそれを凶事と捉え、祭祀に走らせた。



「おい、俺様の最強無敵チート人生のメインクエストが書き換わってるぞ?俺様がこの作品の主役なのに誰が勝手をやっている?レオ・キルロイ?誰だよ?」

「アッアッアッアッ!君の即興スマホ?芸はいつ見ても面白いで!芸人根性の鑑だで!」


狂える者たちは真理の一片を垣間見た。



「救わねばならない人がまた一人大いなる闇に呑まれてしまった…!また間に合わなかった…!だが諦めない!僕が皆を救うんだ!」


墓を作り続ける繊細な救済者の心を憤らせた。



「私は私たち以外の事などどうでもいいが、胸騒ぎがするのは気に食わん。一応調べねばならないな」


エンキと同じく権力を持つ暴君に行動を促した。


そして…。


「リュナちゃんどうしたのー?」


空に地上には届かぬ光が満ち始めた頃、焚き火を炊いていたセーラー服を着た青髪の少女が空を眺める鳥の羽根を模したマントを羽織り、古式ゆかしい鎧をつけた騎士に問いかける。


周囲には気休め程度に作られた木の柵がある程度であるが、二人は特に焦る様子も無くゆっくりと夜を過ごそうとしているようであった。


「エンキが死んだ、そうは感じないか?」


星を眺めながら、銀髪の騎士が少女に告げる。



「あー、なんかここ数日で空気が緩んだよね。分かるよー、分かる分かる」

「明日には会えただろうに残念だ。良き友になれそうだと思っていたのに」


のんびりとした態度を崩さずに肯定する少女に騎士は残念そうに言葉を続ける。



「じゃあ帰る?クロちゃん的にはそれでも良いけど」

「いや、このまま進もう。エンキが本当に死んでしまったのかが確認がしたいし、真実であるならば―――」

「真実ならば?」


少女の問いに騎士は振り返り、男とも女ともつかない中性的な顔に気持ちよい満面の笑みを浮かべていた。

よくよく見ればその顔の側頭部にはねじれた太い角が生えており、頬と顎には硬質な鱗が所々に生えている。


どこか竜と人のハーフを思わせる異形の悪魔憑きはこの時点でレオの存在を予期し、胸を膨らませているようであった。



「どんな奴なのかぜひ会ってみたいじゃないか!」


その言葉に呼応するように騎士が羽織るマントが一瞬、生き物の様に揺れ動いた。



一人の王の死は自由をもたらす事は無く、レオに新たな因果を無数に撒きつけていく。

レオの預かり知らぬところで事態は着実に進行しつつある。


レオがガスマスク越しに薄暗い錆びたコンテナの内壁を無感情に眺めている時、騎士は輝いた紫色の瞳で濁った空の満月を眺めていた。

これにて一章終了とさせていただきます、これまでお付き合いいただきありがとうございました。

次回から二章開始を予定しております。


二章よりはようやくヒロイン勢の投入も可能となったので男祭り状態が若干緩和され…ないかもしれないですね。

男キャラの方が登場数は遥かに多いので女性が何人か出るという程度の変化しか起きないでしょう。


ともかく今後もよろしくお願いします。

今回はここまで

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