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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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五十一話、夜明け

お年玉である

勝利を祝う宴が行われた翌日の朝、ボースは耳元でガラス製の何かが転がる音と瞼を照らす光に苛まれて誰よりも早く覚醒した。



「てめぇ、レオに憑いてる変なのか。くだらねぇ理由で起こしたんなら殺すぞ」


目覚めて早々にボースの眼前で揺蕩う黒い影の様な物体が飛び込んで来た。

その距離は握りこぶし一つ分と言った所で顔と顔が接触しそうなほどだ。

そうでありながら、ボースには動じた様子はない。


目前の黒い物体こと邪神スーラに開口一番にそう告げるとボースはここ最近はそれが平常になってしまった不機嫌な表情で上体を起こして胡坐をかく。


まだ眠気はあるが、疲労感と頭痛は無く快調な部類と言える。

目の前の出来の悪い目覚ましがいなければボースにとっては更に良い目覚めとなったであろう。


既に太陽が地平線から顔を出したのか、窓から薄紫色の空からの弱い光が部屋へと漏れてきている。



「少年よ、力は欲しくないか?」


眠気を払う様に目をこするボースに対してスーラは素っ頓狂な問いを行った。



「てめぇ、ふざけてんのか?」


至極全うな答えをボースは返した。

目覚めて早々の狼藉に頭には青筋が浮かび、腕は既に鉈へ向けて伸びつつある。



「今の文句は旧時代の娯楽作品からの引用であるが、意図としては本気であるぞ。ボースなるものよ」


そう言うととスーラの影は地面に座っているボースの目前へとゆっくりと光り輝く何かを浮かして見せた。


影が何かを持ちあげているわけではない、実態無き虚像である陰自体にはその力はない。

であるにも関わらず、地面に置かれていたガラス瓶が虚空へと浮かび上がり、ボースの眼前で停止する。


ボースはその小瓶の中の青い輝きを見てそれが何かを理解した。

長くエンキに仕える者―――実際にはそれこそが最も困難な事ではあるが―――であれば誰でも理解出来るからだ。


エンキが戦いの最期に使用し傷を癒したエーテリウム塊の入ったイド謹製の秘薬、スーラはそれをボースの前へと差し出したのだ。


「そいつをどうやって手に入れた?」

「我とて、ただ我が肉体(ボディ)のマスコットとしてフワフワしていたわけでは無いのだよ。虚実の状態でもこの程度の『腕』の権能ぐらいは使える故な」

「まどろっこしい事言ってねぇで簡潔に話さねぇとおしゃべりはここまでだぞ?」


勿体ぶった言い回しをするスーラに苛立ったボースは鉈を抜いて影につきつける。

気の短いボースは簡潔である事を好む。

それを理解したスーラは影の形すらも改まった様に整えてから本題へと入るべく、『声』を発する事とした。



(われ)がエンキなる小神より拝借した力の源、これを貴様に下賜する」


エンキが暴走したレオに食い殺された後、スーラは別に遊んでいたわけではなかった。

レオを侵食する何かは、レオと肉体を共有するスーラの魂にすら浸食を図ってきた。

だがスーラは今この様な体たらくに陥っていようとも腐っても古き神の一柱、浸食をはじき返して逆襲に打って出た。


レオを最短で正気に戻す為に認識票(ドッグタグ)に僅かに残留していたLなる者の欠片ばかりの思念を自らのエーテルを消費して増強、精神へ打ち込む一度限りの(くさび)とした。


Lの幻影が放った言葉や行った仕草は本人の残滓であったとしても、最早そこに意思はない。

時間経過で磨り減っていく残留思念の自我は短期の間に消え去ってしまう。

死者の声と姿は保存媒体に記録された音声や映像と同じようなものである。


だが、だとしてそれらは時に生者を揺さぶり、突き動かす。

少なくとも、レオはLの声によって正気へと戻される事となった。



そうして暴走を落ち着かせたスーラはレオが完全に意識を回復するまでの間に死したエンキの懐から秘薬を拝借して今に至る。


『腕』の権能はエーテルを用いて自らの手で触れずして命無き物体を捉えて操る力。

本来は物体や武器の投擲補助や回収が主な使い道であるが、使い方によっては小さい瓶程度は保持して持ち運べる。


回収した秘薬の瓶は影たる自身の虚像に包んで隠し通した。


理由は単純にこれには使い道があると踏んだが故であった。

エーテリウム塊は大気中のエーテルを凝固した高純度のエネルギー、利用法は幾らでもある。


そのある種の切り札となりえる資源をスーラは何の惜しげも無くボースへと提供しようとしている。



「何が目的なんだてめぇ?要点を言え、回りくどいのは好きじゃねぇ」

「ならばそうしよう。これを取り込み、高みへ上がるが良い。早い話がさっさと人間を辞めろということであるぞ」

「てめぇ、まだふざけてるだろ?」


疑心に満ちた怪訝な顔をするボースに相対するスーラは続ける。



「ボースなるものよ、我が肉体(ボディ)に貴様の言う所の『金玉』を握られていて自由はあるのか?」

「……ッ!」

「このままでは矮小な人の身たる貴様が辿れる道は二つのみ、死か隷属のいずれかであるぞ。座して待てば貴様の自由はその破滅の袋小路へと至り、圧死する未来しかないのだぞ?」


ボースは自身が抱え込む核心を指摘され、僅かに狼狽する。

しかし、すぐに不機嫌そうな顔へと戻ると眉間に皺を寄せつつスーラへと食って掛かる。



「てめぇ、昨日は静かだった癖に全部聞いてたやがったのか」

「無論だとも、我はあやつと一つの肉体を嫌でも共有しているのであるから例え我が100年ぶりのまともな飯と酒を全身全霊で堪能しておっても会話内容は丸聞こえであるぞ」

「盗み聞きってのは趣味が悪いんじゃねぇか?悪趣味野郎」

「神とは己の背負う業に従って気の赴くままに生きる者、悪趣味で当たり前のこと。今はこうして悪趣味な気まぐれで迷えるものを導こうとしているのだ」



ボースは苦虫を潰したように不機嫌な表情を更に歪ませて思案する。

唐突に渡された未来を変革させうる可能性、しかしその為に挑まねばならぬ試練の重みを前にどの選択肢が最も優れているのかをすぐには判断出来ずにいた。



ボース自身、己に先が無い事は誰よりも理解している。

そもそも、この戦いに参加した一端には部下たちの裏切りがあった。


力と恐怖による統制は集団の長に絶対的な暴力あってこそである。

エンキの副官という二番手に甘んじ続けた事がボースから統率者としての権威を奪い、レナルドを筆頭とした部下たちの造反を許したが故にあの闘いは引き起こされた。


結果だけで見ればエンキは死に、自由を得られて万歳三唱と言えるかもしれない。

しかしボースという一人の男、そして集団の統率者としては戦いを主導出来ていない時点で敗北と言えるのだ。



加えて、レオとエンキという二体の悪魔憑きが衝突した戦いにおいてボースの存在が戦況を左右したかといえば実際の所、誤差の範囲と言っても良かった。


レオやクトーに言えばそれらの考えは否定されるだろう。

ボースは当初の想定通りにエンキ以外の敵を排除するという目標を達成し、最も危険な敵の戦力であったキドと相打ちしたからだ。


だが、ボース自身がそれに納得しているかといえばそれは否である。

たとえ他の全員がボースを評価し、褒め讃えたとしても己が納得しない以上はボースにとっては前回の戦いは己の限界が露呈させただけでしかない。


キド程度に後れを取り、エンキとの戦いには参加できなかった。

ボースにとってキド如きには勝って当たり前、エンキとの戦いに参加する前座でしかない筈であった。

だというのに前座で相討ちし、自分の運命を他人に託すしか出来なかったのだ。


ボースにとっての真実はそれだけだ。

自身の命運を他人に握られるという事はボースにとっては恥辱と言っても良い。

だからこそ、ボースは祝勝会においても一度たりとも笑みを浮かべる事は無かったのだ。



たかだが拳銃を、それもふざけた格好でアホの様に乱射するだけの相手に不意打ちを仕掛けて相討ちではボースの自尊心はむしろ傷つく一方である。

気勢を読み、最善の瞬間に仕掛けてなお相討ちにしか持ち込めない無能が今の自分なのだ。



無論、これまでボースは自身を無能や弱者とは思ってなどいなかった。

むしろ逆に自分は恵まれた存在であり、自由の荒野に立つにふさわしい存在だと自負してきた。


宇宙服どもの作った居住地で生まれ育った幼少期からそうであった。

誰かに殴られれば、それが己よりも数多い集団であろうと倍殴り返した。

誰かに見下されれば、それが格上の存在であろうと跪かせて詫びさせた上で半殺しにした。


誰にも自分を見下させない、それがボースの最初に得た『自由』であった。



市民兵としていっとき従軍した対価として得た兵士としての戦術指揮と射撃の技術はこれまで幾度となくボースの命を救い、持って生まれた恵まれた体格と筋力は有象無象の人間やミュータントの命をもぎ取ってきた。


己を見下す宇宙服たちから装備と兵士を奪い取り、舐めた態度をした屑どもは拳で殴り殺して都度意趣返しをしてきた。

無謀にも命や懐の銭を狙ってきた者の手足を叩き切って晒し者とした数などもう思い出す事も出来ない。



文明の崩壊で技術レベルが退化し、食糧すらまともに得られない虚弱な人間が大勢いるこの時勢にあってはボースの様な存在は生ける理不尽と言っても良い程に強大だ。


ボースは現状でも十分強い、最上位の肉体と戦闘技術を持った選ばれし者であると言っても良い。

だが、それはあくまで人間として見た場合だ。



特定の技術を極めたキドの様な狂信者や歴戦の悪魔憑きたるエンキなどから見れば、ボースですら少し手ごわい人間でしかない。


キドの様な手合いはまだ良い、いくら怪物じみた力があったとて人間の範疇を超えない肉体はボースの力で容易く破壊できる。


だが、悪魔憑きとなれば最早ボースですら手に負えない。

かつて荒野の覇道を往くボースの前にふらりと現れて全てを奪い支配したエンキがそうであったように。

そのエンキすら葬り、今やいつ暴走して仲間を食い殺すか分からないレオがそうであるように。


恐らくは気弱なドッグですらもボースと本気で戦えば僅差ではあろうが勝利するだろう。

どう足掻こうと装備を固めようとも決して超えられぬ絶対的な差、それが人間と悪魔憑きという二つの種族の間には存在している。


エンキを殺したとて、この終わりなき生存競争に果てはない。

もしこれが安い三文小説や童話ならばこの後色々ありましたが、無事希望の地にたどり着きましたと話を終えるだろう。


だが、今の世界は理不尽と狂気が支配する終末さえも過ぎ去った後の世紀末の荒野なのである。

エンキという重しを失ったトウカイという地域は、これまで息を殺して潜んでいた多くの有象無象、異形、邪神たちが一斉に蠢きだす事が明白である。


そんな人外魔境の荒野でただの人間が生き残れる可能性など皆無であるのだ。

言うまでも無く、壁の中に逃げ込むつもりも新たな主に隷属するつもりはない。

それはボースの誇りが許さない。


ならば、どうすれば良いかと言えば簡単だ。

今この瞬間、矮小な人という殻を破り、悪魔憑きというこの世界に適合した新たなる支配者へと超越する。


その好機は今、目の前の邪神が提示してくれている。

だが、だからこそその真意を知らねばならない。


タダよりも高い物はこの世には無いのだ。

陰謀の罠にはまってからでは全ては手遅れだ。



「……こんな事しててめぇに何の利益があるってんだ?」

「簡単な事、保険であるよ。我が肉体(ボディ)はいつおかしくなるかが分からない。そうした時にその暴走を止められる者が必要なのは自明。貴様にはそれを行って貰いたい。我は新しい器を見出して移り住むまで肉体(ボディ)と一蓮托生故な」


スーラはボースが納得する様に最もらしい答えを返した。


Lなる者の残留思念を用いた精神調整は最早使えない。

既に消えかけた思念を無理矢理エーテルの力で強化して搾り出した結果、その残滓はこの世界から完全に消え去ってしまった。


新しい抑制手段の構築は今や必要不可欠なのである。

それにはキドやクトーらでは力が足りるとは言い難い。


その役目こそがスーラがボースに期待している事であり、それが出来ると踏んでいるからこそ希少なエーテリウム塊を託そうとしている。


可能ならば己の血を使いたいところであるが、それは肉体を共有するレオが拒否するであろうし、ボースもまた他人に縋るぐらいならば拒絶するだろう。

エーテリウム塊に内包する高濃度エーテルによる強制変異ならば双方が望む形で事を成せる。



更に言えば、本当にどうしようもない時にはスーラはレオを見限ってボースを新しい避難先として使うつもりでもあるが、そこまで明かす意思はない。


レオとの不自由で強制的な共生で互いに潰し合わずに魂と肉体を住み分けるコツは既に掴んでいる。

非常時は事後承認で寄生するつもりでいるのだ。

スーラもまた神であると同時に一つの生命、生き残り返り咲くために必死である。


見込みのあるボースを悪魔憑きへと作り替えて不安定なレオの抑制役とし、更には非常時の避難シェルターとして使うためにスーラはこの取引を持ち掛けたのだ。



「恐れる必要はないぞ、貴様は既に我が聖血を体内に入れたのだ。耐えた時点で貴様には見込みがある。あとはそのエーテリウム塊に内包された高濃度エーテルの力で才能を開花させれば良いだけのこと」



スーラは虚空に浮く小瓶に影の一部を伸ばして巻き付くような仕草をする。



「未来がここにある。受け入れよ」


魅惑的にも聞こえる『声』がボースに囁きかけられる。

その光景は悪魔が人に契約を持ちかける様であった。



――――――――



鍵が開く金属音と共に重い扉が低い唸り声をあげながら開かれていく。

電気の生きているエンキの宮殿たる廃ビルの廊下から部屋へと差し込む光にたたずむ影は一人と一つ。


すなわち、輝く結晶の入った瓶を握りしめたボースとその隣を揺蕩(たゆた)うスーラの二人である。



「で、ここにてめぇの言うもう一つの特典ってのがあるのか?」

「然り、然り。この部屋から我に連なる係累の気配がする故な」


位置としてはエンキの玉座の一階上に存在するその部屋には多くの武具や防具が丁寧に飾られている。

見ようによっては武器庫にも見えるであろうが、そうではない。

本来の武器庫は運搬を考慮して低層に配置されている。

上層に位置する此方はさしずめ宝物庫と呼ぶ方が近いだろう。


この場所はエンキが殺した中でも骨があったと感じた相手の武器や防具を飾る場所である。

玉座と違い、宝物庫が解放されることは滅多になく、ここが開くのはエンキが新しい武具を納める時と鑑賞したい気分になった時だけであった。


ボースですらも副官となった時に一度入ったきりの禁域の一つである。

その宝物庫にボースは遠慮なく土足で踏み込んだ。

主無き聖域はもはや、聖域ではない。



敵対者の大半が鉄砕きの閃光で蒸発していくのもあってここに飾られている物は基本的にそれに耐えられるほどに強靭であったが、主が殺された時にはその手元から離れていた物に限られる。


今回ボースらが求めているのは前者の装備だ。



「ここには以前一度入ったきりだったが、こうして見ると色々使えそうなのがあるじゃねぇか」


照明をつけたボースは宝物庫の内部を一瞥して歓喜に口元を釣り上げた。

かつてボースがここに導かれたのはその心を折る為であり、夥しい数の武具はそれまでエンキに挑み破れていった屍の山と同義であった。


その為に、個々にしっかりと意識と関心をもって見るのは今回が初めての事であった。

武具も防具も配下に管理させていたのか、どれもカビや錆に蝕まれる事無く原型を保っている。


教会の装甲騎士や槍騎兵が用いるチェインブレードや時限式の爆薬入り突撃槍、貴族や将校向けの銃口が並列二門ある大口径連装拳銃、出所のしれぬ強化外骨格(エクソスーツ)のヘルメットや籠手などの部品パーツ、分厚い耐火手袋やガスマスクなどの備品の数々。


中には戦車の残骸を流用したであろう大型の盾や前装式の大砲の様な大型火器などが並んでちょっとした戦争博物館の様な様相をしている。


それ以外にも業物と思える剣や槍から棍棒などの粗雑な道具まで様々な武器が一つ一つ丁寧に壁やケース内に陳列されている。

中には武器としては疑問視せざるを得ない金属バットやゴルフクラブの様な物まである。



「あとでレオの野郎にも見せてやっても良いかもしれねぇな、特にガスマスクなんて今の奴には必要だろうしな」

「ふむ、だが今はそれらは捨て置くのだボースよ。我らの目当てが見つかった」


エンキの置き土産の品評を楽しむボースを制すとスーラは影を伸ばしてとある物を指し示した。


『それ』は宝物庫の最奥の壁に圧倒的な存在感で持って鎮座していた。

一見して柱のようにも見える、太い鉄棒が突き刺さった分厚く巨大で武骨な鉄塊。


いや、鉄塊ではない。

コンクリートの床を貫く先端は槍の如く鋭く尖り、鉄塊に見えるそれは槌であり、鉄棒は柄であった。


人はそれを戦槌と呼ぶ。

ただただ巨大な戦槌がエンキの宝物庫の最奥に鎮座していた。



「間違いない、これは我が配下の近衛騎士の武器であるぞ。そうか、ソレスも逝ってしまったか…」


スーラはその戦槌を目にして僅かにその赤い双眸を細めた。

感じていた気配の正体は確かに、自身に縁ある道具であった。

覚悟はしていたが、これでまた一人、己の配下の死を確認する事となった。


だが、亡者として彷徨うよりも戦士として最期を迎える方が幸福と言えよう。


スーラは気を持ち直して影を伸ばして戦槌を指さす。



「ボースよ、これが我の言ったもう一つの特典であるぞ。肉体が強化されても武器が無くては話にならぬからな」


ボースが提案を承諾して小瓶を受け取った時、スーラは敢えてその場での決行を諫めた。

当然ながらボースは不平を漏らしたが、この場では妨害される可能性ともう一つの特典を提示してこの場まで導いたのだ。


どのような変異が起きるかは分からないが、既存の武器では性能不足。

かといって、エンキが用いた鉄砕きは最早破壊されて使用不能となっている。

ボースに相応しい武器も同時に用意せねばならないという状況であったが、スーラは武器が発する信号を宮殿に入ってから持続して受け取っていた。



使い手を失い、待機状態にある武器の生体金属が救援を求めているのだ。

それは新しい使い手を得る為であり、同胞に回収される事を望む声が宮殿の中に鳴り響いていたのだ。


故にその呼びかけに応えるべく、スーラは直々に新たな使い手を遣わしたのだった。

当事者全てが望む邂逅がここに為されたのだ。



「なるほど、こいつは確かに―――」


感触を確かめようと戦槌に手を伸ばしたボースはしかし、戦槌から(ほとばし)った紫電によって弾かれた。

触れる事すら明確に拒絶する戦槌にボースの沸点は瞬時に臨界を超えた。



「ッ!てめぇ!随分とお上品な事してくれるじゃねぇか!」

「前任者の認証は我が解除したが、最後に持ち主を決めるのはこの武器自身であるぞ。我らの得物は命ある金属であるが故な」


優秀な使い手の下で悠久の闘争を続けてきた武具はそれ自体が一種の神性を帯びるようになり、使い手を選ぶようになる。

たとえそれが使い手の実子であろうとも、武器が認めねば弾かれる。


故に長く使い続けた武具はその人物専用の存在となり、時に最新式の装備よりも強固な兵器として君臨するのだ。


スーラの近衛騎士は特に千年単位で従い続けてきた古参揃いであり、旧式化甚だしい武具を扱って尚も最新式装備の新米騎士よりも強大な猛者ぞろいであった。

それをスーラはボースならば御せると期待しているのだ。



「千年以上戦い続けた武具とて貴様ならば御しえると思ったのだがな。ボースよ、我の見込み違いであったかな?」

「分かった、やってやろうじゃねぇか!こいつだけじゃねぇ、てめぇも後で必ず屈服させてやるからな!」


道具の分際で自分を拒絶した事に怒り狂うボースは瓶をあおり、エーテリウム塊をかみ砕く。

口内で青い閃光が迸ると共に肉体が変異を開始し、ボースはそれを抑え込む様に瓶を乱暴に握りつぶした。



「誰だろうと俺を見下す野郎はねじ伏せるッ!それが俺のルールだッ!」


言うや否や、ボースは負傷した手を庇う事無く再度戦槌へと両腕を伸ばす。

おおよそ人の体では抱え上げるどころか、柄を掴む事も困難な巨大な戦槌はボースを拒む様に紫電を迸らせるが、ボースはそれを全身に浴びて尚も離す事は無い。


同時に、高濃度のエーテルを一度に体内へ取り込んだ事でボースの肉体はレオの青い血を受けた時の様に変異を始めている。


骨が砕けては再生して作り替えられ、筋肉が裂けては盛り上がり、破けた皮膚は出血を伴いながらも新生していく。


外からは紫電に焼かれ、内からは暴走する肉体に苛まれ、ボースの表情には憤怒の色だけが強く残っている。

血走った眼にはしかし、強い意志と生気が宿り、ボースは床に直接刺さった柱の様な戦槌を引き抜こうと全身の筋肉に力を籠め続ける。


だが、当然ながら抜ける事は無い。

それは大き過ぎ、そして重過ぎた。


ボースを遥かに超える体躯の騎士が振るっていた戦槌の柄ははボースの両手で握りこんですら掴み切れない。

そして、強化外骨格並の筋力でようやく持ち上げられるそれを人のまま持ち上げる事など出来はしない。


だからこそ、スーラはこの場での儀式を選んだ。

ボースは今や戦槌を屈服させる事に心血を注いでおり、それに志向した変異が起きる筈だ。

それは不安定な地上人に一定の方向性での変異を行わせる事を意図していた。



果たして、スーラの目論見とボースの意思は合致した様であった。

変異は今や目に見えた形へとなり、ボースの肉体は姿かたちはそのままに徐々に肥大化して大きくなっていく。


膨張する筋肉の圧迫に負けて鋼板入りのレザーアーマーや身に纏う都市迷彩服は裂けて飛び散り、伸びていく背は部屋の天井へと至りつつある。


自然、柄を掴み切れていなかったボースの手は今やしっかりと握りしめられる程に大きく成長し、遂に戦槌が浮き上がろうという時に至って異変が起きた。


戦槌の放つ紫電は収まるどころか更に荒ぶり、スーラの背筋すらも寒くさせる何かがボースの周囲から発せられるようになったのだ。



「ぬぅ!奴か!やはり特定の対象ではなく人類という種そのものに憑りついているのか!悍ましき者め!」


その正体を察したスーラは思わず罵った。

ボースの精神にもまた、あの唇たちが語りかけているのがスーラの目には映る。


「ボース!そやつらの言葉に耳を傾けるな!業を背負う貴様ならば払いのけられる筈だ!」


スーラは叫ぶもその時は既にボースの意識は闇の中へと落ちていた。




―――――



『捧げよ、祝福を与えよう』


暗闇の中にあってそれは目の前にいた。

ボースの眼前にいるのは闇の中に浮かぶ巨大な唇。


それが何かの契約を持ちかけてきている事をボースは理解した。

スーラとは違う背筋を凍らせるような強大な存在の気配。

だからこそ、ボースの反骨心は反射的に拒絶を選択した。



「捧げる?ふざけんじゃねぇぞ!俺の玉は俺だけのもんだ!てめぇらに握らせる分はねぇ!」


己の姿すら見えない、或いは姿自体無いかもしれない深淵でボースは右腕を薙ぎ払う様に振って唇の提案に否を突き付けた。


不可視の空間において、しかしその腕の先には戦槌を握る感触は今でも鮮明に残っている。

この空間においてもボースは自身の存在を強く、鮮明に知覚出来ているのが分かる。

人の心が闇であるのならば、それを恐れぬ限り闇は人には勝てぬのだ。


レオはこれに屈したらしいが、自分は違う道を選ぶ。

あの様な生きながらに死んだ目をした、自由という物を根本から信じぬ生まれながらの奴隷とは志が違うという確固たる意志がボースを包み込む。


己を縛って良いのは己自身が課した掟だけなのだ。

奴の様に己を律する理想すらも心の底から信じていない空虚な存在とは違うのだ。



「俺はただやりたいようにやるだけだッ!人である事を捨てるなんてもんは俺にとっちゃそんな大した事じゃあねぇんだよッ!」


ボースは何かを捨てたという感覚は無い。

生きるというとは積み上げていくという事だ、自由という高みに至るには多くの屍を積み上げていく必要がある。

その中に自身の人間性が加わったに過ぎない。

全てを積み上げて理想へと至ろうとするボースにとって捨てねばならぬ物も、他人に捧げる物も有りはしない。



怒りも絶望も苦しみも、ボースが高みへ上がる為の足がかりでしかない。

故に人である事に拘る事も無ければ、失う事への葛藤や苦しみも有りはしない。

ボースにとっての『自由』はあらゆる事象の上にあるのだ。



「失せろ!俺の機嫌がこれ以上悪くならねぇ内にな!」


ボースは姿なき闇の中で唇に向けて中指を突き立てた。

それを見た唇は歯噛みした様であった。


一瞬間をおいて、唇の周囲に複数の唇が浮かび上がる。

だが、それらが放ったのは最初の唇を諫める諦めの言葉であった。



『この器は既に満ちている、注げない』

『強固な自我と強固な礎、我らを受け入れる余地は無い』

『粗野の生まれは不純物が多い、空の器は希少だ』

『候補は既にいる、待てばいい』


歯噛みする唇を諭すように他の唇たちは次々と言葉を掛けていく。

それを聞いた最初に現れた唇もまた、諦めた様に溜息を吐いた。



『そうだ待とう、だが残念だ』


そうして唇たちが消えゆく中、ボースは理解した。

ここでは自分の方が強いのだと、ならば一発ぶち込んでやろうと。


理由は特にない、強いて言うならば戦槌との上下関係を決めるやり取りに横やりを入れて自分の邪魔をしに来たこいつらが悪いという事だろうか。



「おい!邪魔したんなら詫びの一つぐらい入れやがれ!」


叫び、ボースは最初に現れた唇に拳を叩き込んだ筈であった。


気付けば、ボースは握っていた戦槌を振り上げていた。

最早往時の重みを感じぬそれは立てかけていた外壁を破壊し、天井をも突き破り、ある筈の無い空の風景が頭上を埋め尽くしている。


掲げられた戦槌は柄に幾重もの不可解なルーン文字を輝かせてその威容を示している。


そのあり方と反骨心が気に入ったのか、戦槌はボースを新たな持ち主に選らんだのだ。

ボースの体内のエーテルを吸った戦槌は斥力を発生させてその重量を大きく打ち消し、今の筋力でも持ち上げられる程度の重量へと変化した。



「なんだ、結構軽いじゃねぇか」


ボースは腕に伝わる心地よい重量感と戦槌を支配した事で満たされた征服欲によって最早唇が何であったかなどはどうでも良くなっていた。



「どうやら成功した様であるな」

「みてぇだな、だがてめぇの指図は受けねぇぞ。あくまでレオの抑え役を引き受けてやるだけだ」

「それで構わん、お前の『自由』への渇望こそが我の利益となるだろう」


気を良くしたボースはしかし、天井に頭をぶつけた事で再び不機嫌な顔に戻った。



「ちッ!低い天井しやがって!」

「貴様がそれだけ大きく偉大な存在になったという事であるのだぞ、ボースよ。ところであれらをどうやって拒んだのだ?」

「ああ?簡単な事だ、中指立てて出て行けと言ってやっただけだ」

「ほう、やはりそうか」


スーラはその返答に何かの得心を得たようだったが、ボースにとってはそれはもうどうでも良い事であった。

顔に垂れる血をぬぐい、それが青く輝いている事の方がボースにとっては重要だ。

視界が高くなり、これまで以上に感じる力と疑いようも無く強固になった肉体の感触を確かめる方が重要なのだ。


自由に焦がれ続けた男は今やスーラの目論見通りに3m近い巨躯と安定した自我を持つ悪魔憑きへと変貌したのだ。


ボースはそうなって尚も大きいと感じる戦槌を肩に担ぐと身をかがめて低くなった天井をかわしながら崩壊した壁に向かい、身を乗り出して太陽が輝く外の世界を見下ろした。


衣服を失った体に朝の冷たい風が心地よく吹き付けて来る。

これまでに無かった新たな力、新たな景色、新たな高みが今、手中にある。



「これがエンキの野郎に見えてた風景か、悪くねぇな」


気を良くしたボースは半ば崩壊した部屋の中で久方ぶりに笑みを浮かべた。

それはボースが良く知る、最も憎んだ相手に似通っていた。

生体金属:これは来訪者、或いはゼニスと呼称される異世界勢力が武器及び防具に用いていた戦略資源です。

文字通り生きた流体金属であり、彼らの技術によって形状記憶処理をされてから鋳造されるとその形状で硬化して武器として振る舞います。

この性質から欠損を伴わない破損や変形程度であれば自己修復によって状態を回復でき、長期間に渡って無整備での戦闘を可能としています。


生体金属は大気中のエーテルと使用者のエーテルを吸収する事で生命を維持し、使用者のエーテルを長期間吸収していく過程で使用者と同じ神性を得て魔剣や聖剣といった類へと変貌していきます。


この性質上、一人前になった騎士は最初に選んで手に取った武具を終生使い続けます。

性能上は優秀な最新式よりも長く使い続けた旧式装備の方が神性を得ている分高性能という事も多々ある事であり、予備装備は別として主力となる装備は致命的な破損が起きない限りは基本的に交換する事無く使い続けます。


硬化した生体金属は重く頑丈であり、素の状態でも人類の主力としていた小口径小銃弾に耐えるだけの性能を持ち、50口径重機関銃を用いる事でようやく貫通を期待出来るという物であった事から人類歩兵の重装大型化と装甲化を促進する要因となりました。


遭遇初期の戦闘を記録した映像には「奴らの甲冑はアホみてぇに硬いぞ!トールキンのミスリルみてぇだ畜生!」と叫ぶ米兵の姿が記録されており、人類はそれ以来生体金属を『ミスリル』と呼称する様になりました。


それは人類にとっては文字通り魔法の金属だったのです。

今回はここまで


余談:今話の戦槌のイメージ図

絵心など無いのでこれで限界である。

挿絵(By みてみん)

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