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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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四十九話、撤収

早く正月休み欲しい

太陽が天頂を超えて地平線へと向かい始めた昼下がりの世紀末。

砂漠に飲まれつつある廃墟に鎮座する朽ちた女神の展望台に登ったレオは双眼鏡を片手に周囲を警戒しながら隣にいるキドに語りかけた。



「キド、空を見ててくれ。現状だとモルフォが一番厄介だ」

「キッドだ、これで三度目になる。付け加えるとここ最近見てないがハトなんかもこの辺では厄介だな」

「そうだったな、すまないキッド。もう間違えない」

「くだらないと思うかもしれないが俺にとっては呼ばれ方は重要な問題だ」


己の全てを差し出す契約を結んだキドが、その後にレオに対して要求した事はたった一つ。


『俺の事はキッドと呼べ』


青い血による強制回復の激痛にひとしきり苦しみ抜いてのたうち回っていたキドが治った腕でサングラスをかけ直しながらそう告げたのだった。


それ以降、キドは要求通りに名を呼ばないと訂正するという抵抗を繰り返している。

その一方で仕事自体はしっかりとこなしており、現にキドは今もリボルビングライフルを構えてしっかりと空を睨んでいる。


今後恐らくは長い付き合いになるであろう相手であるから呼び方ぐらいは相手の意向に合わせるべきだろう。

東洋人の風貌にはどこかミスマッチなカウボーイ衣装と呼び名、そして契約を何よりも神聖視しているこの奇妙な男が現状で唯一の無条件で使える手駒なのだ。


腕もクトーが仕入れた伝聞や実際に戦ったボースの負傷から見て十分だろう。

地上人相手ならば血液の少量投入で致命傷と言える程の傷でもある程度は助かりえる事も確認できた。

今後、どの程度の量を注入する事で閾値を超えて回復ではなく強制変異を引き起こすか実験台としても使えるだろう。



こいつは大事な資産だ、駄目になるまで繕いながら大切に使い潰そう。



レオはキドに対する評価をそう結論付けた。

そして最初に与えた命令が自分に付き従って展望台へと共に登る事であった。

朝にトラックのコンテナを清掃に出たクトーらが未だに戻ってこないがためである。



その日の早朝から粛々と行われていた後片付けは昼に至る手前頃には既に終わりを迎えていた。


現在の拠点を引き払い新たな船出で出るにあたって持ち出せる物は全て持ち出すべく食料から医療品、利用が可能と思われる廃材や細かい備品に至るまで全てがセーフルームから運び出されたる事となったが、先日の戦闘で使用可能な火薬と燃料の大半を使い切った事で重量物はそれ程残されてはおらず、作業は一部を除いて滞りなく進んでいった。


一部例外があるとしたら重量のあるオルガン砲などの大型火器の類であろうか。

先日の戦闘で使用した兵器の回収も抜かりはない。

もう使わないにしても取っておけば『取引』に使える可能性がある。

それが商売か、殺し合いを指すかは状況次第であろう。



「いや無理無理無理!無理っすよ!重機関銃(これ)を上にあげる時四人がかりだったんすよ!?」

「うるせぇぞ!てめぇらが勝手に死ぬのが悪いんだろうが!」

「素直に誰かに手伝って貰いましょうよ!ここで落としたら怪我じゃすまないっすよ!?」

「これ以上他の連中に借りなんて作れるか!叫ぶ余裕があるならさっさと運べ!」

「畜生!俺も死んどきゃ良かった!」


そうした作業の最中、古き女神像の生首から上記の様な悲痛な叫びが響き渡り、レオとキドが手助けを行う一面もあったが、それを除けばほぼ順調に物事は推移していった。


警戒すべき事案であったミュータントの襲撃も無く、荷造りの準備も終わった事で後はトラックが戻ってくるのを待つだけであった。

問題があったとすれば、肝心のトラックが何時間経っても戻ってこない事だろう。



下を見ればボースとレナルドが苛立たし気に腕を組んで荒野の地平線を眺めており、その背後で数人の機械教徒(プレッパー)が挙動不審な様子で周囲を警戒しながら同じく荒野から帰って来る筈であるリーダーの姿を待っている。



当初こそ各々の判断で軽食を取り、世間話をしつつ楽観的に構えていた面々の顔に不安の相が生まれ、太陽が『もう沈むぞ』と脅しをかけるように地平線に差し掛かり、赤く染まり出した頃にはクトーの部下である機械教徒(プレッパー)たちに一種の恐慌状態が生まれ始めていた。


ボースにしてもここでもう一日たりともここでは過ごしたくはないのだろう。

撤収に時間をかければそれだけリスクが増していくのだ。

場合によってはクトーらが既に死亡しており、それを見越して計画を立て直す必要まで考えねばならない。



ふと、目を離した隙に見失った仲間を探しに行ったら装備一式を残して忽然と消え去っていたなどという怪談めいた事態はこの世界では往々にしてあるのである。


素性の怪しい悪魔憑きと己のリーダーを単独で行動させた事を後悔し始めた機械教徒(プレッパー)の数人が不安を漏らしながら展望台での監視に参加した頃、件のトラックはようやく戻ってきた。



「帰ってきたな、降りるか?」


喜びながら降りていく機械教徒(プレッパー)たちを尻目にキドはレオに問う。



「ああ、下で合流しよう」

「分かっ……合流?何を―――」


レオは短く指示を与えるとキドの返答を待たずに躊躇なく展望台から遥か下の地面へ向けて飛び降りた。


先日の戦いで何かオツムの大事な部分が切れたのか、或いは何かの作用か。

キドが制するよりも先にレオはそれをさも当たり前の様に身を重力へと預けたのだった。



「……あいつもエンキみたいな事をする。悪魔憑きってのは皆ああなのか?」


キドはそう一人ごちながらレオを見送るほかになかった。



―――――



肉体(ボディ)よ、今度は投身自殺でも図るつもりであるのか?」


重力に捕まって自由落下するレオを皮肉る様にスーラの影がぬるりと首に巻き付きながら問うてくる。



「違う、これは実践だ。知識を生きた物として身に着けるには実際にやってみる事が重要だ」



茶色の砂と灰色の文明の残骸がまだらに混ざる地面が急激に迫る中でレオは己でも驚くほどに冷静な口調でスーラに答えた。


機銃陣地にもなった戦略的に重要な高所、人間が落ちれば地面に奇怪な芸術作品が完成するであろう位置に存在していた旧時代の残骸たる死した女神の展望台。

昨日ならばそんな気持ちすら起きなかっただろう、だが今日はもう違う。


精神性すらも異形へと変わり果てようとしているレオはこの展望台から地上を見下ろして感じたのだ。


『この高さならば降りられる』、と。

これこそがエンキに見えていた風景なのだと。


出来て当たり前だと思う事。

言葉にしてしまえばあまりにも陳腐で、そして説得力の無い話である。


だが、今のレオにはこの感覚をその様にしか表現できない事、そしてスーラの要領を得なかった説明をそれ以外に言い表す事が出来なかったのだという事が分かる。


効率的に酸素を取り入れる呼吸法、重量物を持ち上げる筋力鍛錬、早く或いは長く走り続ける為の姿勢の改善、誰しもが出来る基礎技術を向上させる術を他人に教える事は出来る。


だが、ただ肺と横隔膜を動かして息を吸う方法を教える事は出来ない。

腕その物をただ動かして物を掴む方法を教える事は出来ない。

脚でただ立ち上がり、歩く方法を教える事は出来ない。


それは陸地に住まいその在り方に適応した人ならば感覚的に分かる事であり、誰でもできる事であるからだ。

だが、水の中で暮らす魚にはいずれの事も出来ない。


レオはスーラに対してそれ程までに理不尽な説明を要求していたのだ。

赤子でも勝手に出来る様になる肺呼吸の仕方を教えろと鰓呼吸の魚に幾度請われようとも教える事など神であっても不可能だ。



魚に呼吸に使う肺は無く、動かせる手は無く、立ち上がる足は無い。

魚に陸上生物の在り方は理解できない。

故に人は機械と科学という叡智を補助輪として兵器化するしか無かったのだ。



つまりはエーテルを操る『魔法』とはそれなのだ。

魚である旧人類を新しい陸地である地上世界に適合した人間にするにはそれこそ進化するしかない。


その進化をレオは瓦礫の王という小さい神、その魂を喰らう事で成し遂げた。

エンキと戦う前に理解できていればなどという言葉は無意味だ。

『出来る』のだと覚醒した時点ですらレオはまだ根性を出して初めて陸に進出した両生類の類でしか無かった。


エンキと戦って勝利し、血肉と魂を喰らった事でこの領域にようやく到達したのだ。




全てを投げうった末の『人』からの逸脱、それこそが『古き魚』であったレオを新しい時代の『人間』へと変貌させた。

故に最早、薄紫色の景色しか映さなくなった視界の中でレオは何をどうすれば良いのかが理解出来る。


周囲をたゆたい、或いは荒れ狂うエーテルの奔流が、それが生み出すアノマリーという特異点が、力を行使するという事は己の意志で極小の特異点を生み出す事が魔法なのだとレオには理解出来る。


だからこそ、レオは重力に抵抗する事無く地面へと落ちていく。

推進力となる炎を生成して重力を相殺する方法は己の命と同義の体内のエーテルを多量に消費する。

それも一つの選択肢であり組み合わせるに値するが、それだけでは非効率だ。


利用すべきは己の力だけではない、周囲の力との両用だ。


呼び水となる最小限の(エーテル)を意図して体から放出し、大気中のエーテルの濃淡を乱してバランスを崩し、極小のアノマリーを生成し使役する。


アノマリーとは大気を渦巻くエーテルの対流が生み出す理不尽な特異点であり、その流れを意図的に、己の利益となる様に作り出すのが悪魔憑きのエーテル操作であり魔法や加護の理屈なのだ。



これこそがエンキの堅い守りとなり、同時にただ皮膚の硬化や筋力が増強しただけでは説明のつかない身体能力を向上を促したのだ。



それを理解したレオは最早、重力がこれから引き起こす筈の物理的な悲劇という未来を恐れる事は無い。

その横顔を見てスーラもレオが至った境地を理解したのか、影の中に灯る丸く赤い瞳を細めながら語り掛ける。



「ほう、ならば肉体(ボディ)よ。見せてみるが良い。お前の息の仕方を」

「ああ、『呼吸』の仕方は理解した」


レオは減速する事無く地面へと突き進み、直前で大の地から跪くような姿勢へ体勢を変えつつ着地した。

周囲を破壊する事も自身を破壊する事も無い、ただ少し高い所から降りて着地したようなそんな所作であった。


その様を見てスーラは思わずレオを称賛した。

出来の悪い子供の才能が突然開花したのを目撃した親の如くである。



「素晴らしいぞ肉体(ボディ)よ、やっと、やっと理解したのだな」

「ああ、順調に化け物になっていってるのが嫌でも分かる」


傍から見れば異常なそれはしかし、目が良い悪魔憑きならば何を成したか一目見れば理解出来る事であった。


レオの周囲を包み込む様に展開する力場と地面に広がるクッション状の二つの力場の同時展開による衝撃の相殺を着地と同時に行う。

それは人類の技術ではエーテル反応炉を備えた大型兵器でなければ出来ない事象を生身で起こす奇跡の行使に等しかった。


いちいち何をするか思考していては間に合わない瞬時瞬間の攻防の最中で適切なエーテル操作を可能にするには手足を動かすのと同じ様にこれが出来ねばならなかったのだ。


エンキにはこれが常に出来ていた。

これが出来ないからこそレオはエンキとの消耗戦に敗北し、得体のしれない異形を呼び出してしまった。

あのおぞましい物を二度と活性化させない為にも力の使い方をもっと理解せねばならない。



この様な事象が生身で起きる事すらもレオにとっては外法中の外法と言って良いが、更なる最悪にして災厄を回避するには受容せねばならないコストだ。


得るという事は失うという事でもある。

レオは今も順調に景色の色と人間性を喪失していってる。



「遅すぎだ!もう夜が来るじゃねぇか!」


着地の余韻に浸る間もなく、ボースの怒声がすぐ近くから発せられた。

無論レオに対してではない、帰還が遅くなったクトーに対してである。



「いや~、すまんすまん!思った以上に掃除に手間取ってな!」

「ここでもう一泊なんて許さねぇぞ?分かってるよなてめぇ?」

「勿論だともMr.ボース!俺の部下ももう舌と胃袋が宴会の気分になってるんだ、ここでもう一泊なんて言ったら殺されちまうからな!さっさと荷物を積み込んで出発しよう!」

「てめぇ、舐めてるのか?」


血管を浮き上がらせて怒り心頭な大男のボースを見上げながら、クトーは両手を広げながら飄々と受け答えをしている。


クトーとしては場を和ませようといういつもの所作であるが、沸点の低いボースにはそれが喧嘩を売っている様に見えたのだろう。

思慮深いとは言ってもそれは暴君の中でという括りに入るボースはやはりこうした平時には扱いにくい物がある。



その周囲ではボースを制止しようとするレナルドや自分たちの主であるクトーを守ろうとする機械教徒(プレッパー)たちが集まっており、レオには誰も気づいていない様であった。



ここで内ゲバが始まれば不毛なだけでなく危険な状況に陥りかねない。

そう判断したレオはボースの肩を優しめに触りながら二人の間に割って入った。



「クトー、帰ってこないかと思って皆が心配していたぞ」

「キルロイ、俺に会いたかったからってさっきのショートカットはちょいと無茶じゃあないか?」

「問題ない、やり方は理解できた」

「そうか、そいつは良いニュースって奴だな。おっと!悪いニュースは無しにしてくれ!頼むぞ?」


ボースよりも更に巨躯の異形となったレオを間近で見てもクトーは動じることなくこれまで通りの砕けた口調と態度で、しかし他人は見ていなかったレオの着地を目ざとく見ていた事をさりげなくに伝えてきた。


常に周囲を見て空気を読むのがクトーの強みと言えるのだろう。

ならば、ボースに対するあの態度もこちらを視認したが故かもしれない。


この中では一番信用できるが、用心はやはりするべきだとレオはクトーを評価した。



「皆も待たせてすまんな!コンテナの掃除に手間取ったが一応綺麗にはした!物資を積み込んだらそのままコンテナに入ってくれ!」


笑みと共にレオとの会話を終えたクトーは良く回る口と良く動く腕で周囲の仲間達にも語り掛けるようによく通る大声を上げる。


その仕草はどこか楽団の指揮者を思わせる者であった。

統率者、それがクトーの真価であり、価値なのだろう。


最早そこには初めてであった頃の枯れかけの胡散臭い老骨の姿はない。

自由を得、生気の戻ったいかつい男の顔と髪をオールバックに決めた今のクトーはさながら新進気鋭のマフィアの幹部の様な貫禄すらある。



それを聞いた一同はすぐに離散して物資の積み込みを開始し、ボースも顔に不満をありありと見せながらも指示には従って動き出した。

皆、夜までここで無意味に時間を使いたくなど無いのだ。


レオの介入で一色触発の事態は回避され、クトーの指揮によってこの場は良い方向に動きだした。

だが、これからもこの様な些事での衝突は起き続けるだろうと考えるとこの同盟もいつまでもつのかとレオは思わざるを得なかった。


最悪の場合、ボースは排除するべきだ。

レオが荷物の運搬を手伝いながら思案をしていると今度はコンテナ後方で騒動が起きているようであった。


そこにいるのはやはりボースだが、他の者達も今回は同調しているようだった。



「匂いは取れてねぇじゃねぇか、臭せぇぞ」


また始まった罵り合いをいさめる為に近寄ったレオは解放されたコンテナから漂う匂いにしかめて言葉を詰まらせた。


それは文字通りの異臭であり、悪臭であった。


中にあったであろう肉塊や内臓、骨片は綺麗に除去され、血しぶきなども可能な限りぬぐわれたのが見て取れる。


だが、肝心の血と臓物の腐敗臭までは消せていない。

コンテナの内部は依然として酷い匂いで満ちていた。

クトーが帰ってこれなかったのはこれをどうにもできなかったが故だったのだろう。



「これは……俺のせいだな、すまん…」


開口一番に謝罪を行ったのはレオであった。

こうなったのは自分の案で行った作戦のせいである。

それで仕留められていれば必要な事であったと抗弁も出来るが、実際には瓦礫の王を相手に行った策は時間稼ぎにしかならなかったのだ。



「謝罪なんていらねぇんだよ。匂いどうにかしねぇとこいつを目指して化け物共が来るじゃねぇか、どうするんだ?ええ?」

「つってもボロ布と砂漠の砂しか清掃に使えなくてなぁ…。Mr.ボース、余分な水と洗剤持ってるか?あと消臭剤」

「……ちッ!まずは消臭剤の確保からだな」

「という事でだ、エンキの宮殿に感謝の閉店100%オフセールとしゃれこもう。憂慮すべき問題は未来に丸投げといこうじゃないか」


それを見て再びキレ気味にまくしたてるボースを両手を広げてやれやれといった素振りで頭を振るクトーが制して矛先を逸らし、行き先を巧妙に誘導する。


集団の統率者として長く勤めを果たしてきたクトーにとってはボースの様な人物との付き合い方も心得があるのだろう。

ボースが短気ながらも暴君としては思慮は持っている方である事を理解した上で距離の掴み方を模索しているようだった。


クトーがボースを制御下におけるならば目はあるか、そう思い至りボースの排除は当面保留しようと方針転換しようと考えていたレオの至近で大きく音が鳴り響いた。


一瞬、意識が遠のいた様な気がした。



肉体(ボディ)よ!正気に戻れ!こやつらは味方であるぞ!」

「ッ!てめぇなんのつもりだ!」


スーラが叫びながら肉体の操作に介入して動きを抑制し、ボースが狼狽えながら後方へと飛んで鉈を構え、クトーも一瞬呆然とした顔でレオを見やる。

同時に周囲の取り巻きたちすらも各々に武器を構えてレオに向けている事に一瞬遅れてレオは気付いた。

主従となったキドすらも両手で拳銃を構えて事態を窺っている。



そしてレオ本人が驚愕の表情でハッとした様に目を見開く。


巨大な地獄から鳴り響く地響きのような音はレオ自身、その腹から鳴り響いていた事に。

己の顔が愉悦に歪み、だらしなく開かれた大口から涎が滴っている事に、いつの間にか右手で赤黒い刀身の剣を抜いていたことに。


それをボースらに咎められるまで認識する事すら出来ていなかった事に。



『果てなき飢えを満たせ』

『満たされぬ渇きを癒せ』

『捧げ、至るのだ』

『血肉を得るのだ』


頭の中で鳴り響くあの唇たちの声を押さえ付けるようにレオは剣を強引に地面に突き立て、更に体を押さえ付けるように剣の柄を両手で掴み、身を預けるように全体重を加えて己の内に溢れて来る渇望と衝動を抑え込もうとする。


何がそれを促したのか、レオは無意識に鋭く尖った己の牙で自らの口内を傷つけて溢れる血を貪欲に飲み干す。

途端、内から湧き上がる渇望と衝動が収まって来るのをレオは感じた。



何が己に作用したのか、体を硬直させて抑え込みながらレオは声から気を逸らす為にも原因を模索する。

恐らく原因はあの悪臭だ、それがこの現象を誘発している。

ならばその根源は何か、嫌悪を示している己の自我に反して体が反乱している様なこの感覚を引き起こしている存在の根源は何か。


それを緩和させたものは何であるか。



「ッ!血か、血への渇望が原因か…ッ!」


赤黒い両手剣の刀身が朽ちたコンクリートを深く抉り地面へと潜っていく中でレオは呼吸を整えながら吐き捨てた。


腐敗臭の中の血に触発されて一瞬、あのおぞましき唇たちの制御下に置かれかけたのだ。

あの者達の求める者は血肉、そして贄であるのだろう。

血には命が、濃いエーテルが含まれている。

あれらは他者の魂を欲しているのだ。


何かを得れば何かを失う。

得るという事は背負うという事でもあるのだ

ある意味でそれを今理解できたのは好ましいことかもしれない。


だが、これは由々しき事態だ。

原因が分かってもこの環境においては対策のしようがないのではないか、代償は想定以上の物であった。



呼吸を整えたレオは涎をぬぐい、静かに立ち上がってクトーらへ謝罪した。



「すまなかった、もう大丈夫だ…」

「はは…ちょっと気が早いんじゃないかキルロイ。飯はもうちょい我慢してくれ」



若干青ざめた顔をしていたクトーはレオが正気に戻った事を確認すると安堵した様に一度深呼吸をし、普段の飄々とした態度に戻ってパンパンと両手を数度叩くと共に部下たちに指示を出す。



「よーし、皆!茶番は終わりだ!荷物を全部詰め込んで宴会に行くぞ!今日は旨い物がたらふく食わせてやるからな!」


その言葉を受けてその場は解散となり、一同は物資を次々と物資をトラックのコンテナへと運び込むとそのままコンテナへと乗り込んで日没が迫る中で女神の首塚を後にする。


赤黒く輝く沈みかけの不吉な夕日が一同を照らしていた。

なんだかんだ土曜日が潰れて捗ってませんが死なない限りはエタりません、完結させます。


人間の腕は二つしか無いので新しく何かを手に入れようとしたら既に持ってる物は捨てるしかないしかないという感じの話となっております。

捨てれば得られるの代償は捨てたものはもう戻ってこないという事なのです。


順調に話が間延びしてますが、あと数話で頑張って一章閉じたいと思いますのでもうしばらくお付き合いください。

今回はここまで

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