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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
53/101

四十四話、幕間の戦い

今回ちょっと長め


レオが己を再構築している最中、敗色濃厚な時局においても未だ闘いを諦めぬ者たちが各々に最後の抵抗を試みようとしていた。


その一人、クトーことマクトー・ヤヴァ伯は思いの外上手くいき過ぎた発破を終えて、ほうほうの体で何とか女神の首塚まで戻ってきた。


久しぶりの作業で勘を誤り使用した爆薬が多過ぎた事、そして爆破装置など無い導火線を用いた発破の為に退避が間に合わなかった事も相まって自分すらも半ば瓦礫に埋もれる形となり予定よりも大幅に遅れて帰還した事が皮肉にもクトーの命を救う事となった。



そうして瓦礫と格闘しながらも、戦闘音から大まかな流れは把握していた。



発破による敵の戦力の分断とオルガン砲の斉射による殲滅、それを突破された際の重機関銃と散兵戦による弾幕射撃による敵首魁たるエンキの殺害。

可能ならばここで殺しきり、最低でも深手を与える予定であった。


相手が人間ならば、或いは並の悪魔憑きであればこの布陣で本来は殺しきれる。

悪魔憑きとて生身の生命体だ、反応速度を超える高速の弾丸が雨の如く飛び交う死地において生存する事など出来よう筈がない。


だが、エンキはそれに耐えたらしかった。

そしてエンキの他に鳴り響いた味方とは異なる一つの銃声、敵が計二体生存している事を理解するのは容易だった。


その者の加入で想定していた戦闘が瓦解して行った事が帰還途中のクトーにも察する事が出来てしまった。

一丁のライフルを持った、たった一人の銃兵が一基の機関銃と十人近い兵士を一方的に屠るなど、悪夢以外の何物でもない。


それでも、仮に全ての策が失敗したとしてもレオが『仕込み』と共に対処するという予備案も用意して臨んだ作戦ではあったが、どうやらそれも上手くはいかなかったらしい。



今現在、クトーの視野に映る光景はレオすらも屠ったエンキがなんとか抵抗を続ける樹木が振り回す太い人の腕の様でもある多数の枝葉を丁寧に丁寧に一本ずつ砕き折り、終いには太い幹をへし折らんと鉄砕きを全力でフルスイングするという悪夢的な物であった。


もう一人がどうなっているかは分からない、或いは誰かが相打ちに持ち込んだのかもしれない。

やってくれたならば恐らくはボースだろう、そうであってくれると嬉しいが確認は出来そうに無かった。



だが、一番の脅威は目の前で絶賛大物狩りにいそしんでいるエンキだ。


頑張って戻ってみれば策は全て不発で最も肝心な死んでいないといけない奴が無傷かつ元気であるというこの状況。

詰みである、クトーらは敗北したのだ。



己に降り注いだ瓦礫と埃によって新品同然だった紺色のスーツが無惨にも真っ白になってしまった事を気に病むだけで済む状況ではない。


あれだけ巡らせた策の全てを踏み砕き、エンキは今ほぼ無傷の姿でクトーの前にいるのだ。


戦うと決めた時には一度は吹き飛んだエンキという存在への恐怖と無力感が再び湧き始めてきている。

この後に待っているのは不可避の死。


苦しまずに殺して貰えるか死んだ方がマシと思えるほど嬲られてから殺されるかの二択しか残ってはいない。

その事実がクトーの『信仰』で守られた心すらも浸食しようとしてきている。


加えてレオから受けた言葉の魔法がそろそろ切れかけているようであった。

だが、だからこそクトーは逆に覚悟を決めた様に晴れやかな表情をしてその光景を少しばかり眺めていた。


『ここまでやって駄目ならばしょうがない』

そういった心境へと至り、腹を括ったのだ。



もし仮に、経験も未練も無い若造ならばクトーもすぐに諦めがついただろう。

だが、不運にも教会の探索隊(プラウラー)の一隊を指揮してきたクトーにとって絶望的な逆境などという物は見慣れた光景の物であり、幾度となく機転と勇気で覆してきた物であった。


そして何よりもクトーには未練がまだたっぷりと残っていた。



貴族としての生活が恋しいとは思わない。

爵位持ちとはいえ、土地も財産も無い三男坊の上に探索隊(プラウラー)に志願したクトーが辺境伯領に残してきたのは幾らかの家財と老後の貯金、そして金持ち向けの借家だけである。


戦前の遺品の捜索や辺境蛮族との折衝で飛び回ってきたクトーにはもう家族などは一人もいない。

恋人が出来ても一つ所に留まれぬ身の上であるから、その関係は破局というのが常であった。


仕事を理由に縁談を断り続けた事で実家からも勘当され、上司や同僚からもそういう奴だと諦められている。

所帯を持って子を育て次代へ繋ぐのは貴族以前に良き男としての務めであるとされている世界においてクトーはある意味ではみ出し者であった。



職業柄故の浮き草のような生活、しかしそれ自体に不満は無かった。

家庭を持たなかったという事は逆に言えば赴いた先々での一時の興奮や安らぎをなんら遠慮する事無く楽しみ尽くす事が出来たからだ。



過酷な辺境歩きこそがクトーの人生であり、青春であり、冒険の日々であった。

憧れは止められず、夢からは逃れられない。

それが故に体が動かなくなり、命が果てるその時まできっと自分の心は夢を追い続け、夢に駆り立て続けられるだろうとクトーは己の性を理解していた。



貴族の家に生まれたが故に縁は巡り、幼き日に見る事となった古代の『映画』なる物に映った過激とすら言えるほどに迫力ある闘いや冒険を繰り広げられる人間達の光景が、クトーの心には決して消えぬ火傷の様に強く焼き付いている。



クトーもまた、過去に魅入られた男であった。

もっと見たい、もっと欲しい、もっと知りたい。


映画から始まったその欲望は収まる事が無く、アニメ、漫画、小説、学術書その他書籍に絵画や石像などに至るまで、幼き日々をクトーは教会圏に散らばる散逸を免れた戦前の遺物を憑りつかれた様に探し回っては味わいつくした。


何を言っているのか、何を書いているのか、それを知る為に語学を学び、今や英語を筆頭に複数の古代語を理解し使い分けられる様にすらなっている。


だが、まだ足りなかった。

知れば知る程、無限に近い程に失われた書物、アニメ、映画、その他の数多の叡智があると知り、それすらも手に入れたいという欲望を抑えられなくなっていった。


魂を焦がすほどの渇望が故に、ただの収集では我慢出来ずに教会の外という危険極まりない化外の地にまで飛び出すに至った。


人の理が消えた地を出自や背景も様々な部下たちを率いて渡り歩き、探検し、交渉し、そして堪能した。



この世界は生あるものが落とされる地獄であり、あらゆる理不尽がまかり通る煉獄である。

だが世界が地獄であろうとも、いや、地獄であるからこそ、クトーにとっては夢を追い続けた日々がまさしく冒険譚であった。



世界は冒険に満ちている、苦難に満ちているほどにクトーにとっては挑むべき挑戦ですらあった。

気付けば、クトーにとって辺境を歩くという己の生は、自身を主役とした作品そのものとなっていたのだ。


どう足掻こうと勝てぬ相手に逆境の中で挑む、それこそが映画的であり、英雄的でイケている行いだ。

故に、この時であってもクトーの脳裏にあるには『一発かましてやる』という事だった。


自分こそが自分という物語の主役であるのだから、ここで折れるのは主役としてあるまじき行為。

求めるのは常に最高にかっこいい自分であるべきなのだ。



「諦めるなんてのは簡単なもんだ、三下のゴロツキみてぇにただつっ立てれば良い。だが、それじゃ主役としちゃあ格好つかないよな?こういう時ってのは―――」



目の前の絶望を前にして吐くのは即興で思いついた決め台詞、動く手の先はスーツの懐、そこから取り出したるはかつての廃墟漁りの際に見つけた戦前のタバコとライター。



「かっこつけて見栄を張るのが『粋』ってもんだ」


期限切れ著しいそれを遠慮する事なく着火してから勢いよく吸い、そして盛大にむせる。



「ぶぅぇ!やっぱ古りぃから葉が腐ってやがるか」


だがキツケには十分だ、肺の内側から来た強烈なボディブローがエンキへの恐怖を一気に吹き飛ばしてくれた。

絶望する時間は終わりだ、ここからは年々劣化していく残念なオツムを使って機転を利かせる時間だ。



「しっかし、主役ってのにも限度がある。俺みたいな年食ったおっさんでも使えるギミックとなると―――」


心は映画やアニメの主役の如く、しかして体はもう無茶の利かない老体故に自重を忘れず。

素早く周囲を見回してある物を見つけ出す。



「あれだ」


老齢期に入った主人公たるクトーは不敵な笑みと共に指を鳴らしてからそれを指し示した。


女神の首が埋まるビルのすぐわきに止められた二台の大型トラック、今使える物でまともな物はもうこれだけだ。

これを用いてあの猿にきついのを一発かましてやろうと残っているであろう資材を素早く思い出し、トラックへと全速力で駆けよっていく。



「確かドッグとか言ったな!手伝って欲しいんだがまだいるか!?」



近くまで駆け寄り、早速息が切れてきているがクトーは構わず声を張り上げてトラックの周囲を見回しながら叫ぶ。

近くでエンキと樹木が肉弾戦を繰り広げ、轟音が鳴り響く中であってもよく響くその声は集団を率いるリーダーとして喉を使って来たが故だろう。



「叫ばなくても大丈夫だよ、悪魔憑きは耳が良いから」


静かな口調でトラックの脇からぬっと出てきた獣人型悪魔憑きのドッグが沈んだ表情でクトーを見つめている。

耳は垂れ下がり、尻尾は丸まり、また元の恐怖に怯える負け犬に戻ってしまっている様にすらクトーには見えた。



「いてくれて助かった、心はともかく体と腰は正直なもんでガックガクだ。年ってのは取りたくないもんだ」

「逃げてもどうせ殺される、このままでも殺される。もう足腰の心配もしなくて良いだろうね」


冗談めかして自分の体を語るクトーにドッグは刑場に運ばれた罪人の様な沈んだ口調で答えた。

或いは散歩と思って連れていかれた先が病院だと悟った犬の様でもある。



「こんな事なら俺も皆と一緒に戦えば良かった。今となってはもう恐怖しか無いよ。レオもやられちゃったし」


そりゃ困るとそう言いたくなる言葉を飲み込んでクトーはドッグに提案を行う。

ここからが肝心だ、これは自分だけでは出来そうにないからやる気を出させねばならない。


「確かにな、このままじゃ俺らは夜が来る前にミートパイの具にされる事が確定だ。だがまだ俺にはとっておきのプランBがある。とっておきだぞ」

「何をするんだい?期待出来ないけど」


死んだ目で答えるドッグにクトーは強面な顔に勝気な笑みを浮かべて親指をトラックに向けて指し示す。



「昔読んだ書物に書いてあった。爆発物を満載した大型車両ってぇのは貧者の巡航ミサイルだってな」

「え、だ、だけどトラックは脱出に必要だって…」

「どうせ負けたら脱出も糞もねぇ。それに二台あるんだ、最悪片方残ってりゃどうにかなる。だろ?」


意図を察したドッグが一転、驚いたような表情でしどろもどろに答える中でクトーは拳を振り上げながら更に続ける。



「一発かましてやろうぜ!勝てる確率は50%もある!」

「パ、%?それってどういう意味?」

「成功率はなんと半分もあるって事だ!」

「そ、そんなに…!?エンキみたいな化け物相手に勝率が半分も!?」

「ああ、そうさ!やらなきゃ0だが、やれば成功と失敗の二つがある!二つに一つ!つまりは勝率は50%だ!」



二本指を立ててクトーはドッグを励ます様に努めて明るく威勢よく声を張り上げた。

逆境においては見栄を張れ、空手形でも堂々と切れ、絶望は集団を容易に殺す。

逆に自信満々にぶち上げればその場の空気次第で虚言だろうと押し通せるのだ。


絶望的であるならばこそ、楽観的に駄目で元々と開き直らせるべし。

それがクトーが長く集団を率いた末に得た人心掌握の術であった。



「50%…ね。俺が協力すれば半々で勝てるんだね?」

「そうだ!50%だ!やってくれるか!?」

「ああ、ああッ!分かった!で、何をすれば?」



クトーに触発されて、ドッグにも再び希望と戦意が湧き上がる。

指示をくれ!そう顔をほころばせるドッグにクトーは人差し指をまっすぐ女神の首塚に指し示した。



「セーフルームに残ってる火薬と燃料缶を全部持ってきてくれ、全部だ」

「えっ…」

「こいつは時間と火力勝負だからな!出し惜しみは無しだ、ハリウッド映画の如くド派手にやってやろう」

「ちょっ…」



それはあの倒壊して構造自体がおかしくなってる建物を重量物持って登ったり降りたりしろって事ですか?

ドッグがそういった問いを喉元まで出しかけている神妙な表情をする中、クトーは腰に手を当てながら笑顔で答えた。



「頼むぞ狼さん、俺も頑張りたいが年を取るとすぐに腰と体力がな…」



騙された、そんな不満ありげな表情をしつつもドッグは犬型の悪魔憑きらしい俊敏な動作で建物へと走り去っていく。


これは時間との勝負だ。

エンキが樹木を殺しきる前に準備を終えて突っ込まねば命中は全く期待出来ない。


かわされてはならない、爆発物に引火させる為にも鉄砕きをトラックに叩きこませるのが肝要だ。

ならば樹木との戦闘音に紛れてエンジンを回し、発進し、相手の視界外からぶっ飛んで鉄砕きでの迎撃を余儀なくさせねばならない。


直前で脱出するつもりだが、失敗すれば確実に爆死だ。

いずれにしろこれを行うには確固たる強い意志が必要だ。


そこまではあの獣人には任せられない。

そういうのは覚悟を決めた奴がやる事だ。



「ま、どうにもならなきゃ死ぬだけって話だ。どうにかなりゃ、やっとこさあいつの所に帰れる段取りが作って寸法よ」


そう言いながら、クトーは埃塗れのスーツのボタンをはずして上着をはだけさせた。

その下にはインナーである白いYシャツと腹に巻かれた武骨な鉄パイプ束が存在していた。

発破で余った鉄パイプ爆弾をこういう事も有ろうかと腹に巻いて持って帰って来ていたのだ。



万策尽きたならばこれで自爆してでも刺し違えるするつもりであったが、この案のお陰でそれはせずに済みそうだ。



「こいつは助手席にでもぶち込んとくか」


クトーはトラックの扉を開くとパイプ爆弾の束を乱暴に中に投げ込んで再び扉を閉めた。

そして険しい表情で再び樹木とエンキの戦闘を見つめる。

樹木は大型種特有の頑強さで未だに持ちこたえているが長くてあと10分、その程度持てば良い方ではないかという具合の戦況だ。



「ここまで来れたんだ、出来りゃあいつの所に帰りてぇもんだがな」


この期に及んでクトーが思い出すのは帰りを待つ女の顔であった。

憧ればかり追って老境に差し掛かった自分に好意を持っていつまでも待つと頑として譲らなかった最後にして最高の交際相手。


もし帰れたらレオやボースに諸々の対価を支払ってからさっさと引退して残りは静かにあいつと余生を過ごそう。

夢も冒険もいつかは終わりが来るものだ。


きっと隠居した後も夢に苛まれ続けるだろう。

憧れが冒険に出ろと駆り立てて来るだろう。


だが、心は老いずとも体はそうはいかない。

クトーは既にその限界に近い所まで来ていた。


既に兆候は出てきている。

教会圏の人間は若くして成熟する一方、ある程度の年齢から急激に老化が始まる。


どう永らえようと50まで生きれぬのが教会の、いやこの地上に生きる人間の運命だ。

どう転ぼうと、先は長く無いのだ。


だからこれが、この旅が最後の主演作品となるだろうとクトーは受け入れていた。

それが名作で終わるか駄作で終わるかは今日、決まるだろう。



ドッグが目を血走らせながら必死に車両と建物を行き来して『巡航ミサイル』の準備をする中、クトーはトラックに向き直って僅かに俯きつつ背筋を伸ばした。


そして右手を何かを摘まむ様に三本の指をすぼめて額に向けて持ち上げ、手首を捻る要領で動かしつつ右手を胸の鳩尾までずらし、そこから右に動かしてL字を切る不可思議な動作を行った。



「遠き地に座する我らが守護神『デウス・エクス・マキナ』よ。汝の信徒でありながら御身の分身たる機械を冒涜する所業を許し、我に今一度御力を貸し賜らん事を…」


その行為は神への祈りを行うための儀式であり、その言葉は願掛けであった。

エンキという神にぶつかる以上は、自身もまた信奉する神に縋るのみだ。


例え普段信心深いとは言えないクトーであっても、いやだからこそであろうか、最後の最後は神頼みしかないのだ。



「まっ、なる様にしかならんからどーんと行こうや」


やる事は全部済んだとばかりにクトーはどこか疲れた笑顔を浮かべながらトラックに乗り込んだ。


―――



クトーが最後の大博打をしようと仕込みをしていた時、その後方に位置する大通りではキドが最後の銃兵を仕留めて一息をついた所であった。


機関銃を潰したキドは反撃の銃弾が飛び交う中で素早く周囲の死体を積み重ねた臨時の盾兼銃座を構築し、射撃戦を乗り切った。



人体を破壊する事を目的にした銃弾は逆に言えば人体内部を蹂躙するが故に貫通しにくい。

一体では流石に不安が残るが、複数の死体を重ねて盾とすれば臨時の弾避けとしては十分使えるのだ。


趣味には合わないが、長距離で多数を相手にする以上は背に腹は代えられない。

自分がエンキの様に頑丈ではない事をキドはよく理解していた。

幾ら弾が逸れ様とこちらが一撃で命中させられようと、たった一発でも流れ弾が当たればそれで終わりである以上は幾ら油断してもし足りない事は無い



ともあれ、これで割り当ては終わった。

そう言いたいところだがまだ恐らくは一人、取りこぼしが残っている。


敵の指揮官であるボースだ。

恐らくは狙撃を回避してこちらに接近中の筈だとキドは現状を素早く再確認する。


何と言っても、ボースはわざと当てなかったからだ。

『当たる』と判断してから引き金を引くのを一瞬遅らせた故にボースの様に戦い慣れた相手ならば回避が出来ている筈であるとキドは己の腕を信じているが故に強く確信していた。


そうした理由はしばらく前にエンキと共に蟹鍋を喰った日まで遡る。

エンキはその晩、キドに新しい契約を持ちかけたのだ。


近いうちに起きる屑共の反乱。

その際に現れるであろう悪魔憑きとサシで殴り合う為の雑兵の排除、そしてその兵隊を率いているであろう首謀者であるボースだけは生きたまま捕まえろという契約。


塩味の蟹雑炊をかき込みながら、キドは報酬の更なる上乗せでそれを承諾した。

傭兵は報酬さえしっかりと与えられるならば己の名と誇りに賭けてそれを完遂する。


それが信用となり名声となり、次の仕事に繋がっていくのだ。

その意味でエンキは非常に都合の良い上客ではあった。



だが、今回ばかりはこの契約が失敗であったかもしれないとキドは若干の後悔をしていた。

腕っぷしの強い人間としては最上級のヘヴィ級暴力機関車がこちらを殺す為に恐らくは全速力で接近中であり、後方にもまた敵が出現し始めていたからだ。



「今度は化け物共が動き始めたか。こいつらも足止めしないとエンキの邪魔になる」



視線の先にいるのはどこから現れたのか、あの二重顎を持つ巨大な蛆の様な異形、『死肉喰らい』の群れが倒壊した瓦礫の上を這いまわっている光景であった。


恐らくは死臭に釣られてやって来たのだろう。

周囲にミュータントの影は無かったが、死体喰らいの様な知能の低い異形は縄張りだとかそう言った物に頓着しない。


奴らにあるのは食欲と繁殖本能だけであるので強大な種の縄張りにも無遠慮に侵入して『掃除』を開始する。

それ故にその無思慮な行動は他のミュータントの行動を誘発する。


蠢き出てきた死体喰らいを狙ってか、空には青い翼を持つ巨大蝶『モルフォ』も数匹だが旋回を始めている。


このまま死体喰らいが増えれば夜が迫っているとはいえ、モルフォ以外の目ざとい捕食者も集まって来るだろう。

夜行種が集まってくるのもまた遠慮願いたい、奴らの有無で一夜過ごす事の難易度が大いに変わって来るからだ。


そうした連鎖反応が起きる前に即座に処理しなければ、怪物どもは大きな波となって周囲を押し流す。

その前に切り札を一発ぶち込む必要がありそうだ。



「このままだと一波来そうだな。残念だが死体を食わせてやるわけには―――」



油断なく次の交戦相手が現れた事を理解してリボルビングライフルに弾丸を込め直していたキドのすぐ脇で盾として使っていた死体が震え出した。



「ッ!」


それに気付いた瞬間、キドは反射的に死体の山から距離を取り、突き出された屍者の腕が空を掴む。



「起きるのが早過ぎるだろ、死体が多過ぎて共鳴してるのか?」


先程まで盾であった死体たちは、キドを害する異形となって甦り、操り人形の様な不自然さでギクシャクと動きながら無理矢理立ち上がる。

それに合わせる様に周囲の死体も次々と屍者と化して起き上がり始めている。

非常にまずい状況だ、起き上がるのが通常よりも早い。


死体が密集し過ぎてすぐさま肉塊になろうとしているのだろうとキドは推測し、再装填を終えたライフルの撃鉄を上げる。



これでは挟撃だ。

前方には死体喰らい、周囲には屍者、おまけに後方からはボースが迫ってきている。



銃の腕前は化け物であろうとキドの肉体自体はほぼ人間に準じる存在だ。

切られれば死ぬし、銃弾が当たっても死ぬ、重量物がぶつかってもやはり死ぬ。

その上、銃が効かない相手にはとことん相性が悪い。



加えて今回の戦いではボースを捕獲するために銃の半数に詰めた弾丸にも細工をしている。

殺す事に特化した道具に不殺を要求するのはナンセンスと言って良い。

その為の機能が犠牲になるのだから本末転倒と言えた。


だが、退く気はない。

契約の履行は絶対だ、それで飯を食って来たのだからこれだけは絶対に曲げられない。


エンキの邪魔をする敵を倒し、ボースを生け捕りにする。

これを完遂するだけだ。


憧れたガンマンとは少し違うと思うが、こんな生き方しか自分にはもう出来ない。

ならば、行きつく最後の果てまでこれで行くしかないのだ。


これまでがそうだった、そしてこれからもだ。

こういう時の為に、キドの切り札は用意されているのだから。

集まってきているならば、更に集めて一掃するのみだ。



「覚悟はとっくに出来てる、さっさと来い」


サングラスをしたガンマンはライフルを構えるとそう啖呵を切ると同時にすぐ傍まで迫っていた屍者の額にライフルの弾丸を叩き込んだ。


それだけで殺せる存在ではないが、頭部への衝撃は既にバランス感覚を損なっている屍者を転倒させるには十分すぎる物であった。


装填された5発の弾丸を即座に撃ちきると同時にキドはライフルを背負って手慣れた二丁拳銃に持ち替える。


こちらも八丁の内の半数は捕獲を目的とした岩塩弾頭を用いた低殺傷弾を用いているので平時のそれよりなお分が悪い。


だが、キドはそれを承知で周囲から迫る屍者の頭部を次々と通常弾の入った拳銃で撃ち抜いて退路を確保すると素早く屍者の包囲を脱出する。

拳銃の目的は殲滅ではなく遅滞であり、次への布石だ。



死体が自壊しながら無理矢理動いている様な物である屍者は基本的に動きが鈍く遅い。

おまけに転倒した仲間にもつれて連鎖的に転倒し、そうで無い者も密集した事が逆に裏目に出て動きが遅くなっている。


そうしてもたつく集団に死肉喰らいが飛びついた結果として状況は動く死体とその掃除屋の乱戦へと変わりつつあった。


それを見届けたキドはその光景に背を向けて一気に走り出す。


とにかく距離だ、距離を取らねばならない。

死体喰らいと屍者を焼き払うにはまず切り札を使える距離まで下がらねば。



「むっ!」


そうして駆けるキドの目に映ったのは前方上空から数匹のモルフォが足を広げて急降下しつつ突っ込んで来ている光景であった。


目当ての死体喰らいが餌に不適な屍者とカチあった事で必然的にキドを狙うしか無くなったのだろう。

キドにとってもそれは想定内の事であり、一つの目安だった。


こうしてモルフォが突っ込んでくるという事はキドという重量物を担いで上昇するだけの空間が確保できているという事だ。


それはキドにとって屍者の集団と十分に距離を取れたという事を意味していた。



「想定通りだな」


駆ける速度を落とすことなく撃ちつくした銃を投げ捨て、新しい銃を抜いて素早くモルフォに向けて連射し、その内の一体を撃墜し、残りを追い散らす。


突っ込んできたモルフォの死体を右によけつつ反転し、十分距離を取ったと判断したキドは切り札である腰に隠したハンドキャノンを取り出して両手で構えた。



この弾には金がかかっている、出来れば一発で決めたい。

その為に腰を下ろして射撃体勢に入り、全身全霊で集中し、狙いを定め、引き金に力を籠める。



まさにその時、最悪のタイミングを見抜いたかのように鬼の様な形相のボースが着剣したセミオートライフルを構えて突進するボースの姿が横目に飛び込んで来た。


前方の敵集団に集中していたキドはボースの突撃に気付くのに一瞬遅れて既に目と鼻の先まで迫ってきている事に内心で狼狽した。


それを知ってか知らずか、キドに見つかった事を察したボースが叫び声をあげる。



「キドォ!ぶっ殺してやるからなぁ!」

「今来るかッ!?今ッ!?」


キドは向き直りながら両手に握っていたハンドキャノンを左手に持ち替え、右手だけで拳銃を抜いてボースに立ち向かう。


抜いたのは言うまでも無く低殺傷弾を込めた銃であり、この期に及んでもキドは契約を律儀に守ろうとしていた。


二人はほぼ同時に発砲、全力疾走の最中に狙いを付けずに放ったボースの弾丸はまるで見当違いな方向へと飛んで行き、逆にキドの撃った弾丸はボースの左足をしっかりと撃ち抜いていた。


こうした場合、足を撃つのは適切ではない。

全力で迫る相手を撃つならばその様な動いている狙い難い位置ではなく最も大きい的である胴体を狙うのが適切だ。


加えて、足は足で太い動脈がしっかりと走っており、そこに当たれば大量出血で人は普通に死に至る。

この場合は、ボースがボディアーマーを着込んだ重装歩兵であり、殺傷を禁じられているが故に装甲が薄いであろう足を狙うというのがキドの取りうる唯一の選択肢であったと言えるだろう。



仮に通常弾でも狙うのは同じく足か、或いは即死狙いの頭部しか無かったのだ。

キドの卓越した腕でなければ、互いに射撃を外して無傷のボースに刺殺されていただろう。



足を撃たれたボースはバランスを崩して前のめりに崩れていく。

だが―――。



「ぬぅッ!がぁああああ!」

「うぎッ!?」


倒れる最中でも怒れる暴走機関車であるボースは更に一歩、無理矢理に歩を進めながら叫び、銃剣のついた小銃を強く握りしめて投槍の如く宙へと飛んだ。



倒れ伏したボースの握っていた銃、その執念の切っ先は、キドの右足に深く突き刺さっていた。

想定外の事態にキドは思わず呻き声を抑える事が出来ず、銃剣を無理矢理引き抜きつつ、数歩よろめきながら後退してから足を抑えて膝をつく。



「どうだキドォ!てめぇのイカサマも今日で終わりにしてやるからなぁ!」

「この野郎ッ!この糞忙しい時になんて事をッ!」


まだ足りぬとばかりにボースは小銃を杖にして無理矢理立ち上がって倒れたキドへと迫り、対するキドは残った拳銃の弾丸を次々とボースのまだ無事な左足に叩きこむ。


こうなっては自己の生存が優先だ、両足を潰して動きを止める。

血管に当たらなければ恐らくは死なないだろうが、これで死んでしまったとしても仕方がない。

言い訳を考えるのは後だ。


全てが上手くいけば自分は生き残り、ボースは捕獲できる筈だ。

正確無比な射撃とは裏腹にこの瞬間、キドの心は僅かに折れていた。



もし、キドが終末を生きる強者として生きる事を優先するならば、頭部に弾丸を叩き込んで即死させるべきであり、傭兵として捕獲を優先するならば即座ハンドキャノンを捨てて二丁拳銃による弾幕を強固な防具に叩きこんで衝撃による無力化を図るべきであった。



そのどちらでもない無自覚な保身に走った半端な攻撃は、キドの心の動揺の現れであった。

『信仰』が砕ける瞬間とは一瞬であり、理解し後悔した時には既に手遅れだ。

それは歴戦の強者にも容易に訪れる。


そして、その報いは即座に訪れた。

この期に及んで致命傷を避けようとするキドという道化師の意図を本能で理解したボースの怒りが臨界点を超えたのだ。


殺すつもりならば今の射撃も全弾頭部に撃ち込んでいる筈だ、その腕がこいつにはあるというのに二度も足を狙った。


この様な奇天烈なガンマンを気取った屑に優秀な手駒を全員殺されたという怒り、そしてそんな奴に手抜きをされているという恥辱、こんな奴がエンキと対等扱いされているという強い憎しみがボースの脳を焼き尽くした。



岩塩弾では肉体の損壊が不十分だったのもあるだろう。

だがそれ以上に、ボースを突き動かすのはそんな理屈など無視した激しい怒りであった。


その怒りはボースを苛む苦痛を鈍らせ、傷ついた両足で仁王立ちする事を許した。

更にはその足は強い足取りで前進を開始した。


感情は、時に後の代償と引き換えに肉体の限界を一時的に無かった事にしてくれる。

ボースはそれを怒りによって体得するに至ったのだ。



事態を察したキドは撃ちきった銃を捨ててホルスターに収まった予備の銃を掴むと更に足に弾丸を叩き込む。

だが、ボースは止まらない。



今や杖を不要としたボースは紫色の血が滴る両足で力強く大地を踏みしめながらキドの前まで迫り、小銃の銃身側を両手で握ると天高く振り上げ、ハンマーの如くキドへと振り下ろした。


狙いは頭部だ、キドはそれを察してとっさに体を傾けて回避を試みる。


「オラァッ!」

「ぐっ!」



キドの耳に何かが砕ける嫌な音が響き渡ると共に、沸き起こった激痛によって握力を失った左手からハンドキャノンが零れ落ちる。



ボースの振り下ろした銃床がキドの左肩を叩き砕いたのだ。

続く銃床の殴打がキドの顔面に直撃し、サングラスが砕け、カウボーイハットが宙を舞う。



仰向けに倒れ伏しながら痛みに苛まれるキドの前に憎悪に満ちた表情のボースが迫り、今度は銃剣を突き刺そうと銃を振り上げている光景が目に映る。



ここまでか、キドは自身の失態とこの後に訪れる運命を冷静に悟る。


追加報酬を期待してボース以外も可能な限り生かすつもりだったが、奴の部下だけは重装備で狙えるのが頭部ぐらいであったから何人も死んだだろう。


こいつが自分を許してくれるはずが無い、敗者に情けがかけられる事など無いのがこの世界の掟だ。


銃の撃ち合いではなくこんな最後だというのは不本意だが仕方がない、全ては負けた自分が悪いのだ。

キドは全てを諦めて静かに目を瞑った。



その時であった、『ソレ』は終幕を迎えつつあった二人の戦いに割って入ってきた。



クトーが発破し、エンキの兵達を押し潰していた瓦礫が突如として隆起し、膨大な土煙がまき散らされる。



「なんだこの野郎!?てめぇからぶっ殺されてぇのか!?」


煙に向けてボースは叫びながら、小銃を構える。

キドもそれを見てなんとか体を起こしながら動く右手で予備の拳銃を引き抜いた。


煙の中から響くのは死肉喰らいたちの絶叫、そして湿った何かを砕く音。

見えぬ何かの正体を察したキドは右手の拳銃を投げ捨てるとボースに冷静な口調で声をかける。


「ボース、ちょっと休戦しないか?多分こいつは…」

「ちっ!よりによってフェイズ3か!」



『ソレ』が何かを察したキドはボースに休戦を提案し、ボースもまた舌打ちしながらそれに応えた。


片腕を潰されたキドには切り札を使う事は出来ず、両足を潰されたボースには逃げる事が出来ない、一次的な休戦と協力しか生き残る道は無さそうだ。


例えどの様な状態であれ、優先順位を間違えては生き残れないのが地上の世界である。

何の事は無い、キドを殺すのはこの後にすれば良いだけだ。


キドを殺す前に奴を始末せねば双方死ぬという避けようのない事実が激しい怒りの最中にあってもボースに冷静な判断を強制した。



「ハンドキャノンを使え、お前は両手は無事だろ」

「あぁッ!?なんだそれはッ!?」

「俺の切り札だ。さっき落としたデカい拳銃あったろ、それを使うんだ。あれじゃないと奴には勝てない」


ボースは言われるがまま、キドがハンドキャノンと呼ぶ大型拳銃に両手をかける。



「座れ、そいつは反動が強い。踏ん張れないと自分が吹っ飛ぶことになる」


言われるがままにハンドキャノンを拾ったボースはその場に座り込んで煙の中へと大型拳銃を向ける。

キドは痛む体を無視してそこまで這いより、ボースの太い腕にそっと動く右手を添えた。



「てめぇッ!何しやがる!?」

「落ち着け、狙いは俺がやる。お前は合図したら撃ってくれ」



未だに晴れぬ煙の中で蠢く異形を迎え撃つまでの僅かな間の静寂が二人の間に流れ、それは唐突に破られた。


死体喰らいを殺戮し、残っていた屍者を絡めとって巨大化した蠢く死体の集合体。

フェイズ3、死肉玉、ミートボール、呼び名は様々だがそれらが指し示す物は一つ。


この世の理不尽の象徴の一つ、蠢く屍者の国たる不浄の球体が腐肉で出来たスライムの如くを体を伸ばしながら二人に向けて高速で迫って来たのだ。


直後、キドの右手がどこにそんな力があったのかと驚愕するボースを無視してその両腕を強く押して照準を補正し叫んだ。



「撃てッ!」


ボースはそれに従って躊躇なくハンドキャノンの引き金を引いた。

青い閃光と轟音が二人と肉塊を包み込んだ。




――――



「まさか、こうなるとはな…」


片足を引き摺りつつ、爆風で吹き飛んだカウボーイハットを被り直したキドはハンドキャノンが炸裂して消し炭になった屍者を見やる。


その近くには最早見慣れた憤怒に満ちた表情で気絶したボースの姿。


ハンドキャノンはボースの手でしっかりと機能を果たし、アノマリー弾は起動した。

その結果が今である。


ボースは初めて使ったキチガイじみたい武器の反動と閃光で意識を持っていかれ、屍者は発生したアノマリーに焼き尽くされて物言わぬ死体へと戻り、満身創痍のキドだけがなんとか立っている状態だ。


キドがサングラスをしているのはその閃光から目を守る事も目的の一つであった。

あまりに強過ぎる閃光が目どころか脳にも負荷をかけるのだ。

サングラスを喪失したキドも、光で目がやられてチカチカして周囲が見にくい状況であった。


それから片手でなんとか自分の足とボースの足に気休めの止血と応急処置をして今に至っている。

幸運にもボースはまだ生きている、契約違反はせずに済みそうだ。


問題は―――。



「このままじゃ餌になっちまうな…」


この状態では死肉喰らいが数匹来ただけでおしまいである。

最早キドたちに出来る事は何もありはしない。



「この際誰でも良いから早く迎えに来てくれないかな…」


キドはそう愚痴りながら気絶したボースの横に座って夕日に染まった女神の首塚を眺めていた。


レオの知る事のない幕間の戦いは、こうして幕を閉じたのだった。

これ以降は主人公とエンキくんの決着で一章も終わりという塩梅になると思います。

ようやく始まりの村の話が終わって世界に出れるといった具合ですね。


どれだけ強かろうと一つの判断ミスが敗北や死につながる、俗にいうオワタ式がこの世界の人間のデフォルトとなっています。

人間と悪魔憑きの覆しようのない性能差は概ねここにあります。

ある程度無茶しても死なず回復できる化け物と英雄と言えるほどに強くても怪我をしたら終わりの人間では地力が違い過ぎるのです。


取りあえず今日はここまで

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