四十二話、怒れる者たち
連休中に一話出来た、やったぜ。
十分に成長した木というのは強大にして強固な存在だ。
火に弱く燃えやすい、そんな理屈は切り倒され乾燥した丸太の話であり、生きている木には多分に水分が含まれており容易く燃える事は無い。
その堅い幹は決して動物の爪程度では深く抉る事は出来ず、その根は掘り返し尽くす事は出来ない。
鉄を用いねば切り倒す事の出来ぬ木とは、不動である事と引き換えに頑強な体を手に入れた生命と言える。
もし、それが動くとなれば人などひとたまりも無かっただろう。
だが―――。
「うるぅああああッ!」
そんなあり得る筈の無い蠢く頑強な樹木が小柄な猿めいた男の振り回す鉄塊を胴に叩きつけられる度に絶叫し、幹を砕かれる小気味良い音を人の絶えた廃墟にまき散らしている。
レオの呪わしき青き血を受けて今や立派な歩く木製要塞と化した数刻前まで人間だった者の成れの果て、それがエンキの攻撃に呼応するように幹にうろの様になって僅かに面影を残す顔を歪ませる。
そして、憎悪の絶叫と共にかつての胴体であった幹から今や無数に生えた腕たる枝を振り回し、周囲の地面へと叩きつける。
その枝の一本一本がただの人間であれば致命となるであろう強烈な打撃が周囲の廃墟を打ち壊し、朽ちたアスファルトを破砕する。
だが、その死の旋風の中をエンキは表情一つ変える事無く左右に飛びながら攻撃をかわして再度、太い幹に鉄砕きを横薙ぎに叩きこむ。
幹のひび割れは更に増し、抉れた部位からは青い血がとめどなく溢れ出す。
その有り様を樹木が開始した戦闘によってまき散らされた土煙の中に紛れて距離を取り、隠れ潜んでいたレオは僅かに舌打ちをして罵る様に言葉を吐き出した。
時折、位置を変えながら左腕に仕込んだマスケット銃を放って援護しているが、エンキの『幸運』の守りに阻まれて効果は出ていない。
「化け物め…ッ!」
大型化したが故に高い戦闘力を持つと期待した樹木にエンキの相手をさせ、支援を行いつつ作戦を練り直す算段であったがそれも叶いそうにない。
瓦礫の王にとっては大型種という現行の生態系上位存在すらも狩りの対象に過ぎない、そう言わんばかりの一方的な戦いになりつつある。
「確かにあの者は筋が良い、本能的に力の使い方を心得ているようだ。頭の固い貴様とは違ってな」
それを見た邪神が首の周りで蠢きながら、冷静に相手の力量を評価する。
確かに、エンキのやっている事は物理的な限界を超えた行いだ。
紫に染まったレオの瞳には樹木もどきが発する青い光も見えている。
樹木の全身を支える様に流れるエーテルの奔流は、本来であれば支えきれないであろう自重をエーテルを用いた力場制御によって支える大型種ならば有り触れた能力の行使である。
それ故に敵に対する攻撃にもこの力場はディフレクターとして作用する。
攻撃を逸らし、威力を殺し、更に向上すれば防壁となっていかなる攻撃をも弾くバリアとなってその個体を守る強い能力だ。
それをエンキはまるでそんな物が無いかの様に力場を鉄砕きで破り、本体に打撃を与えている。
エーテルにはエーテルをぶつけるという教本通りの戦闘だ、樹木の守りをエンキはエーテルを纏った己の武器で突破しているのだ。
ARK5の正規軍が先進的な科学技術を用いた兵器で行う行為を、瓦礫の王は生身で行っている。
生物としての格が違う、最早そう言い表す他の無い化け物に鉄砕きを叩きつけられる度に樹木が揺らぎ、軋みを上げている。
小さき神、邪神がそう称したのも頷ける人型の異形がそこには存在していた。
一方でエンキは樹木の攻撃を手慣れた様に回避し続けている。
人にとっては理不尽に等しい無数に振り下ろされる枝の群れも、エンキから見れば打撃になりうる攻撃を選別して防げばそれで済む乱雑で単調な攻撃に過ぎない。
そう言わんばかりに自身を狙ってくる枝だけを防ぎ、場合によってはそれを足場や土台にして幹へと肉薄し鉄砕きを叩きこむ好機を与えてすらいる。
葉を持たぬ無数の枝を生やした荒れ狂う大樹とそれに対峙する撤回を握る猿の様な男の戦いは、その壮絶な戦闘とは裏腹に一方的であった。
ただひたすらに頑丈な大型種特有の耐久力だけが樹木を未だに戦闘を行わせるだけの余力を維持させている。
ならば、今取るべき戦術は何か。
それは樹木との連携でエンキを始末する事だ。
鉄砕きの爆裂に耐えうる樹木の耐久力は目を見張るものがあるものの、爆風自体を防げても打撃までは防ぎきれぬ以上、何か手を打たねば遠からず大樹は切り倒されて地に伏せる。
しかして樹木の攻撃は範囲内に枝を振り回す暴力の旋風であり、エンキの元に飛び込めば自分も無傷では済みそうにない。
先の戦闘の様な連携は困難。
だが、やるしかない。
そして、やるならば一撃離脱だろう。
樹木との戦闘に集中している奴の死角より接近して一撃を加える。
最早これしか思い当たる策はない。
「……行くぞ!」
誰に行ったわけでもなくただ己に喝を入れる為に小さく叫び、樹木と対峙するエンキの背後へと土煙に紛れて回り込む。
そして、歯を食いしばって声を殺し、剣を構えて突進を開始した。
レオの目に映る樹木は既に苦戦を通り越して限界だ。
エンキは自身に直撃しうる枝だけを選別して弾き、かわし、時に枝を鉄砕きで粉砕し、樹木の解体を始めている。
残されている時間は既にそれ程は無かった。
残されているのは死角に回っての意識外からの攻撃、それに賭けるしかない。
「肉体よ、段々と分かってきたがな―――」
その最中、首に巻き付くスーラが何かを悟った様にレオに語りかけが、既に攻撃を開始したレオはそれに答える事無く徐々に速度を上げていく。
樹木が振り回した枝で周辺を破壊する轟音と土煙、それがエンキの五感を奪っている筈だ。
一方でこちらは『目』の力で相手がしっかりと見えている。
理屈上これ以上に好機は無い。
「貴様は賢過ぎる、何でも理屈で考えるから奴の様に振る舞えないのだ。お前には奴と同じ力を振るう素養がある。我が与えた力は―――」
もう良い、必要なのは理論だ。
戦術は理論、戦闘技術とは頭と体を使った複合物である。
そして、そこから導く出した確実に殺せる時は今だ。
スーラの言葉を無視し、レオは再び勢いが乗った体をぶつける勢いでエンキに肉薄しつつ上段から剣を振り下ろす。
しかして、その剣がエンキに触れる事は無かった。
まるで見えているとでも言わんばかりにエンキは土煙の中で横に飛びつつ半身を翻して剣をかわし、お返しとばかりにレオの腹に回転の力を加えた全力の鉄砕きが直撃させる。
内臓を吐き出しかねない衝撃と嫌悪感、そして鉄砕きの爆発によって防具の上半身が砕け散り、視界が青に染まる。
「ハァッ!オツムある奴ァ土壇場でやる事が単調だなァ!」
「うッ…!…オェアッ!」
言葉にならない何かをレオは込み上げてきた血反吐と共に掃き出し、地面をカーリングの玉のように転げ回った後に残されていた朽ちかけの道路標識に激突してようやく停止する。
歪む視界と意識、痛覚を鈍化させても肉体の損害を消しているわけではない。
確実に破壊され消耗していく肉体が、レオに動く事を許さない。
加えて、目の権能の反動も徐々に強まってきている。
視界の紫が濃くなり、にじんできている。
「肉体よ!立て、今すぐ立つのだ!奴が来るぞ!」
「残念だったなぁ、もう来てるぞ?ん?」
急かす邪神の声とそれを嘲笑するような瓦礫の王たるエンキの声の二つが聞こえた途端、レオの体に再び衝撃が走る。
うつ伏せに倒れていたレオを既に壊れかけていた道路標識もろともエンキは宙へと蹴り飛ばす。
そして次に来たのは何かが歪む衝撃音と背中への硬い感触、どうやら今度は廃車にぶつかったらしい。
無理矢理首を動かせば、体が路上に放置された乗用車がくたびれたクッションの様に自身を包み込んでいる。
高所から車目掛けて飛び降りをしたらこうなるといった様な有り様だ。
身を起こさずに上を向けば気の早い太陽が天頂を超えて赤く変色しながら傾き始めている。
それはまるで己の運命を代弁しているかのようであった。
「この程度か?ん?頑丈なだけでつまらないじゃあないか」
顔を基の位置に戻すと既に鉄砕きを振り上げたエンキがどこか不満げな顔でレオを見下ろしていた。
「お前は俺と同じだと思ってんだがな。見込み違いだったみたいで残念だな全く」
その言葉が終わるか否かという所でエンキはレオ目掛けて鉄砕きを振り下ろした。
走馬灯だの動きが遅く見えるなどという事は一切ない。
体もまるで動きはしない。
にじんで歪んだレオの思考と視界は、振り下ろされた鉄砕きが頭に直撃すると同時に途絶えた。
「うし、死んだな。後はあの木みてぇのを片して終わりか。キドの野郎はちゃんと仕事終えてるのか?まあ、どうでも良いか」
どけられた鉄砕きはレオの頭部を完全に粉砕していた。
頭は半分ほどに圧縮され、眼孔からは目玉が飛び出し、青い血潮と共に砕けた頭骨からは脳みそが漏れ出ている。
手足はひしゃげた車に絡まる様にちぐはぐな方向に捻じれており、一種の芸術作品の様ですらある。
一目見ただけでも誰もがその物体を死体であると判断できるほどの損壊、しかして首を刎ねねば屍者として動きかねない程度にギリギリのところで人の形を維持しているそれをエンキは侮蔑を含んだ溜息を漏らしてから処理しようとして、止めた。
なぜ肩透かしを食らわせた相手を楽にしてやる必要があるのか、屍者になって彷徨うならばそれは一種の罰と言えなくもない。
期待させておいてあっけなく死んだ同類にエンキは落胆し、同時に怒りすら湧いてきていた。
自信と同じく呪われた様な幸運の連続で死ぬに死ぬ事も出来ず、逃れられぬ運命を前に人ですら無くなった者がこの様に矮小であった事に対する憤りにも似た感情がエンキを支配していた。
この程度では楽しくない、血が滾らない。
もっと楽しい殺し合いが出来ると思っていたのに。
これでは台無しだ、もう終わりにしてしまおう。
勝手に積み上げた期待を裏切られたエンキにあるのは逆恨みにも似た怒りの感情である。
心待ちにしていたワインがまるで飲めたものではない酢に変わってしまったような心境のエンキは、ゆっくりと接近してくる樹木へと再び駆け寄っていった。
レオの体から未だに黒い影が離れていない事に気づく事は無かった。
―――
女神像を降り、横倒しになった建物を進んでセーフゾーンが存在するビル中層へと至ったボースはそこで事切れて倒れ伏す最後の部下を目の当たりにしていた。
上部の機関銃を狙う者がいれば対処させる為に配置した狙撃の才能の有った部下が逆にキドの狙撃で倒されていたのだ。
「てめぇも逝ったのか、カーク」
うつ伏せに倒れた部下の身を仰向けにすると防弾ヘルメットに丈夫な皮性の鎧と木綿で作られた防弾チョッキで守られた完全装備の部下が一発の弾丸によって目を撃ち抜かれて絶命している事が確認できる。
どう足掻いても守り様の無い部位への長距離からの的確な狙撃、敵は凄腕を通り越して最早異常と言っても良
い。
その事切れた筈の部下が小刻みに体を揺らし始めている。
屍者になる兆候の一つだ、だが今ならばまだ人の死を与えられる。
「もう起きる必要はねぇ、お前はよくやった」
ボースは見開いたままの硬直した部下の目を優しく閉じると鉈を抜いてその首を一切の躊躇なく一撃で切断した。
動き出す素振りを見せていた死体が糸の切れた人形のようにおとなしくなり、切り離された首が僅かに横に転がった。
それが、最後まで自分に従って来た部下への最後の礼儀でもあった。
そこでふとレナルドたちの始末をし損ねたなと若干の後悔をするが、過ぎた事は仕方ない。
これが終わってまだ生きていたら始末をしっかりとつけよう。
それが群れの長の役目という物だ。
市民兵時代から最後まで付き添って来た最後の部下に誓って来た約束をしっかりと果たし、ボースは鉈をしまうとすぐに踵を返して横倒しの建物を進み始めた。
無論逃げる為ではない、キドに落とし前をつけさせる為にだ。
ARK5正規軍の方針についていけなくなって部下を連れて脱走を果たしたボースはこれまで、彼らが得た知識や経験がまるで役に立たない理不尽と数多く遭遇してきた。
銃弾に耐える異形、突発的な天候不順とそれに伴って突然失われる視界、空間異常が荒れ狂い、脳を焼くような亡者たちの声が満ちた呪われた土地、それらを同じ志の部下たちと踏破して至ったこの地もまた、異常者が支配していた。
無意味な死を強いる者達と離別し、新天地へと至り己の意志で自由に生きて死ぬ。
そんな荒野の自由を求めて檻から逃れた男たちを待っていた物は、劣悪な新たな檻であった。
エンキ、あの常識の通用しない怪物を殺して再び自由を手に入れられるかもしれないというこの局面において、キドという気取った西部劇野郎すらもエンキほどでは無いにしろ異能を持つ化け物であったと知った時、ボースの怒りは極限に達した。
「どいつもこいつも!この俺に舐めた事しやがったからにはぶっ殺してやる!」
叫びながらボースは背にかけた銃を手に取りボルトを引いて弾丸装填すると隣の建物に立てかけられた粗末な橋を渡る。
今日この日に戦うにあたって準備してきた連絡路の一つであり、クトーの部下や装備をを素早く配置出来たのはこれのおかげだ。
戦うと決めて二週間の間、クトーの二人の部下が装備を整えている間に残りの者達は移動や戦闘を容易にするために連絡路を作り、周辺を要塞化していた。
レオもまた周囲のミュータントを狩って回る事で追い出し、ここはある種レオの縄張りという形で安全を確保した。
故に、ここまでの戦闘で横やりが入ってくる事は無い。
或いはそれ自体が失敗であったかもしれないが、最早賽は投げられ、変えようがない話だ。
「あの野郎、楽には殺さねぇ!」
怒りに満ちた顔と声でありながら、ボースの思考ははっきりとしていて良好であった。
怒りをため込む事は雑念を生む、それ故にボースは直情的と言う程に口は汚く手も早い。
怒りとは抑え込む物ではなく爆発させる物、理屈などいらない。
それを引き起こした者にぶつけ、滅ぼす為に己のの全てを叩きつける事が怒りという物である。
ボースの闘争本能の根源は常に怒りであり、それは自分の誇りと命を侮辱した者に対して無条件で沸き起こる。
キドは己の所有物である部下の命を奪うという侮辱を行った、その報いは命で持って償わせねば収まらない。
この瞬間において、ボースの思考の中にエンキに対する恐れや今後の事などは残っていない。
そんな遠い未来を考えていては殺意が鈍る。
今、この瞬間に殺すべき相手の事だけを考え、怒りと憎しみを燃やし尽くす。
持てる全てをそれにぶつける事、ボースはそうしてここまで生き残ってきた。
故に、全身を苛む憎悪の中でボースの精神はある種の冷静さを維持している。
長大な射程を持つ相手を倒す方法、それは接近戦による白兵のみ。
ではどうするか、事前に通り両側に連なる廃墟の間に作った連絡路を進み、見つかる事無く相手の至近まで接近する事。
ボースは姿勢を低くしつつ、憎しみすら抱いていた正規軍の兵士に仕込まれた対人戦の訓練の鉄則を守って遮蔽物に身を隠しながら素早く廃墟に作られた道を進む。
粗末な鉄板で作られた橋を渡り、倒壊して道の無い建物を事前に用意していたロープで登り、それらすらない短いコンクリートジャングルの断崖を助走をつけて飛び越え、通りを歩くキドの側面へと素早く機動を行う。
その途中でボースはコンテナから解放したミュータントをけしかけているレオを目撃したが、それに加勢する事は無かった。
まず、キドを始末する。
それは事前に決めたレオがエンキとの戦闘に集中する為に、それ以外の敵を他の者全員で全て受け持つするという取り決めから逸脱しない行いだった。
キドはキドで放置できる存在ではない。
だが、もし援護をする様に規定されていてもボースはキドを優先しただろう。
ふざけた業で部下を殺した、己をメンツを潰した相手を見逃して他人の戦いに加勢するほど、ボースの誇りは安いものではなかった。
故に、ボースはレオが絶望的な戦いを繰り広げるのを横目に廃墟の道をひたすらに駆けていった。
ただ己が殺すと定めた相手をし待つ為だけに。
主人公が悲惨な事になってますが大丈夫です、彼は主人公です。
主人公は早々楽には死ねないが故に主人公なのです。
エンキくんとボースくんは同じ世紀末の住人なので割と精神性は似ている部分があります。
衝動的な性格じゃないとこんな世界じゃやってられないのでこの辺は素質と言ってしまっても良いかもしれません。
まともな感性では生きていられないが故に、彼らは苛烈な性格であるのです。
取りあえず概ね工程的には前半終わり、中編入り口って塩梅なのでまた早めに作りたいと思います。
ゆっくりお待ちください。




