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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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四十一話、蟷螂の剣

ぬわん全然話が進まなかったもん


コンテナから解放された忌むべき異形たちが駆けていく中、レオは無傷で向かってくる瓦礫の王と対峙していた。



「ある程度想定内ではあるが、やはり駄目だったか」

肉体(ボディ)よ、言った通りであったであろう?かの小さき神は最早、ただの鉛玉程度では殺せはしないと」


けたたましく鳴り響いていた重機関銃の銃声が途切れた時、レオは作戦の失敗と第二段階への移行を理解した。

第二段階、つまり初撃の奇襲が失敗した場合の予備案だ。


やはり先程の攻撃は殆ど当たっていないようだ。

ここまで来ると幸運などという生易しい言葉は通用しない、からくりが必ずあるだろう。

神がかり的な何かが。


「雑魚は蹴散らしてくれた、十分な戦果だ。最も、ほぼ貴様の想定通りになったのは癪だがな、邪神め」


詰る所は、己とエンキのタイマン勝負である。



エンキは散弾の盾にしたであろう死体と自慢の鉄砕きのそれぞれを片腕で軽々と持ち上げながら全力疾走で今まさに解き放ったケダモノたちに向けて何かを叫びながら飛び掛からんとしている。


嬉々とした笑みを浮かべ、恐怖や憂いの相は一切ない。

若干の返り血、そして被った埃を残けばその姿に一切の変化はない。


何者も己の歩みを止める事は出来ぬ、そう言わんばかりに速度を落とすことなく猿の様な容姿の怪物と犬もどきの集団が激突する。


一歩目、突き出された鉄砕きが早速とばかりにエンキに飛び掛からんと宙へと飛んだ犬もどき一匹、貫いた。

刃が抜け落ちていようと元は斧槍、その鉄塊は長く、そして頑丈だ。


勢いよく捻じ込まれる鋼鉄は、肉のそれよりも硬く強固故に肉を刺し貫く。

開かれた口から尻にまっすぐ貫通させられた犬もどきが串に刺さった団子の如く、僅かに身を痙攣されながら無残な姿を晒している。



「はぁッ!一匹ィ!」



エンキが嬉々とした雄叫びを廃墟に響かせながら、更に歩を進める。


二歩目、一匹目への攻撃で武器を消費した事を好機とばかり飛び掛かってきた二匹目に裏拳を放つ要領で盾たる副官を叩きつけてエンキは速度を落とさず前進する。


盾とはただ攻撃を防ぐ物にあらず、攻防一体の鈍器なり。

そう言わんばかりに掴んだ首を乱暴に横薙ぎに振り回し、まだなんとか胴体にぶら下がっている手足をフレイルやヌンチャクの要領で迫っていた二匹目の横腹に叩きつける。


限界を超えて千切れる肉盾の四肢と共に犬もどきの一匹が大口から青い血を吐き散らして宙を舞う。



「まだまだァ!」


エンキは尚も止まらない。

三歩目、上空へ飛んだ二匹と連携して地を走り迫ってきた三匹目に踏み出した右足で正確に犬もどきの喉に膝蹴りを叩き込んで首を骨をへし折り、その屍を踏み越え、更に進む。



四歩目、立て続けに仲間がやられた事に怖気づいて動きを止めた四匹目にエンキは振り上げた容赦なく鉄砕きを叩きつける。


瞬間、鉄砕きの奇怪なルーン文字が輝いて炸裂。

二匹分の犬もどきがエーテルの爆炎よって蒸発して周囲に濃厚な青き血煙が立ち込めた時、エンキはようやく歩みを止めた。


エンキが歩みを止めるまでの短時間に四匹、手駒の半数が瞬時に消滅した。



「やるぞ、『仕込み』もすぐに使い切りそうだ」


その様子を見ていたレオは返答を待たずに半ばで砕けた剣を中段に構えて駆けだす。

四体目を爆砕させたが為に発生した血煙に隠れ、エンキの姿は見えない。


接近するならば今だ。

エンキの武器の弱点はその炸裂するという性質によって視界を自ら塞いでしまう事だ。


手持ちの半数を消費したが、この状況に持ち込んだ時点で元は取れる。


犬もどきが時間を稼いでくれたおかげで『ハーピィーもどき』が飛翔する事にも成功した。

『樹木もどき』は今なお成長を続けながら移動を開始している。


残っている駒を使い潰し、瓦礫の王を仕留めるのみ。

ここで全て持ち札を使い切る事に惜しむ気持ちは一切ない。


元よりこれらは変異を急激に行い過ぎた者達であり、理性無きミュータントと同様の存在に過ぎない。


故にこれらは指示を出しても連携する能力は無く、同じ血を持つが故に同類と思い込んでいるレオ以外を無差別に狙う出来損ないの生体兵器だ。

使い終われば殺処分する事が確定している。


これらを放つ時点で仲間達は下がる手筈、どの程度生きているかは分からないが巻き添えはどの道無いだろう。



「なんと脆く愚鈍な犬どもだ。思った以上に質が低い、やはり我が聖血をもってしても促成栽培ではこの程度であるか」


エンキへと迫るべき駆ける中、レオの首に自分は神であると(うそぶ)く陰がぬるりと巻き付きながら、そう仕込みの出来を評価した。

仕込みの成果に不満があるのはどうやら一緒だったらしい。


己が器たるレオの時点で素体に想定以上に抵抗された事から理想とした物の半分にも届いていない。

いかに相手が最も小さき土地神の如き存在であろうと、今のままではまだ勝ち筋は薄い。


「まあ良い、手筈通りにやるとしよう」



言うが早いか、不意にレオの瞳が燃える様に熱くなり視界が紫色に染まる。

熱さのあまりに止まりかける脚を無理矢理動かして地を駆ける。


既に戦闘は開始されている。速度は落とせない。



「ぐっ!」

「目を『良く』してやった。よく『視える』筈だ」


視界が紫に染まり本来の色彩が失われていく一方で、血煙が晴れた様に薄くなり逆に隠れている筈のエンキの姿が青く輝き視認出来る様になる。


邪神スーラが持ちし権能『目』の支援だ。

大気中のエーテルを『視る』事で視えぬものを見る。

端的に言えばその様な権能であるらしい。


自由の為にエンキを殺すと共闘を決めた時よりレオとスーラは協力関係にあり、零落してなお行使可能な権能で支援する事を約束していた。


煙で隠れた地面は逆にエーテルの少なさから黒く染まり、青と紫と黒に暗転した世界においてそのひび割れや飛び出て鉄骨までもが良く見える。


体感としては使い慣れたアノマリー探知システムの使い勝手を悪くしたような感触だ。

体も視界も、機動歩兵時代と同じ様に動き、感じられる。

後は純粋な技量の問題、しかし…。



「…っ!気味が悪いッ!」


紫に染まった風景の気色が悪さだけは受け入れがたく、レオは短くそれを罵った。



「長くは使えん。貴様は魔なる物に拒絶反応を起こす故な」


視界が紫に染まった直後から目は燃え盛る様に熱い痛みが徐々に増してきている。

確かに長くは持ちそうにない。


例え肉体的には大丈夫でも過剰反応で行動を阻害する痛覚という不都合かつ不合理なシステムは、薬物を用いた痛覚鈍化で幾らでも黙らせられる。

機動歩兵はそういった『非人道的』な処遇に耐えられる精神性を持つ者をこそ選別して任に当てている。


だが、これに関しては事情が若干異なる。


この目は実際に燃え盛っている。

実体としては権能を用いる為に高濃度のエーテルを目という局所に集中した結果、細胞が拒絶反応を起こして崩壊し、同時に変異によって強化された肉体が破壊された端から修復している事象がレオに目を焼いている感覚を味合わせている。


元がエーテルとの接触が致死的反応を引き起こす純粋人類、それに加えて変異に限界まで抵抗した結果としてレオの肉体は今も魔なる物への親和性が低い。


長期間の稼働による崩壊と再生の果てにあるのは感覚器官の一時的だが完全な喪失。

要は目玉が破裂するのだ。


どの道、歴戦の兵士を相手に長期戦は愚の骨頂。

二次、三次攻撃の仕込みは有れども初撃で殺すのが適切だ。



目を開けていられなくなる前に奴を滅ぼすのみ。

レオは剣を両手に持ち直し、上段に構え直し、前傾姿勢で一気に加速する。

初撃で決める、決めねば勝てないという意気込みで後の事を考えず遮二無二駆ける。


覚悟を決めたレオの瞳が煙幕の中でエンキが新たな行動を起こすのを視認した。


エンキは肩に担いでいた鉄砕きをおもむろに振り上げ、思い切り地面へと叩つけた。

鉄が地を抉る鈍い音と共に巻き起こった青い閃光がエンキの周囲に蔓延していた血煙の煙幕を吹き飛ばし、その姿があらわとなる。


自身がエーテルの炸裂に耐えられるが故の力技、本来は自爆に等しい至近での鉄砕きの爆発能力を用いた煙幕晴らしをレオが十分に接近したと判断した時点で行ったのだ。


紫に染まった視界の中でなお、エンキの獣めいた笑みが鮮明に映る。



「…ッ!」


己の武器と耐性を把握した上での適切な弱点の排除、そして奇襲へとの対処。

そこにあるのはただ己の力と武器に任せて暴れまわる獣ではなく、戦い慣れた歴戦の戦士の姿である。


その強敵が、今や完全に晴れようとしている煙幕の残滓の中で起動した鉄砕きを突き出してレオを待ち受けている。


選択の余地はない、今は突っ込むしかないとレオは覚悟を決めて速度を落とすことなく駆けながら剣を上段に構え直す。

リカバリーは失敗した時にすれば良い。



「見えるか肉体(ボディ)よ。あれこそが奴の力の源泉だ。超常の源泉だ、押し負けぬ様に切れ!」


邪神スーラの叫びがレオの脳内に流れ込み、次いでエンキの体から噴き出す様に溢れ出、そして体を取り巻くように荒れ狂う青い流体の様な流れが映りこむ。

何の事は無い、エンキはエーテルの炸裂を己のエーテルを操作して散らしていただけなのだ。


意識してか、或いは無意識か、それは重要ではない。

偏向力場(ディフレクター)による局所防御。


弾丸を逸らし、爆風に耐えるというエンキの幸運、その真相にして実態。

幻想も正体が視えてしまえばレオには既知の技術であった。


大型種ミュータントの中には更に上位の魔術防壁(バリア)を生体で展開する個体も存在する。

逆に言えば大型種以外では観測できなかった事象を瓦礫の王は起こしている。

種がバレてもそれ自体は大いに脅威だ。


大戦期に運用されていた個人用偏向防壁パーソナルディフレクターを装備した精鋭外骨格兵、エンキはそれと同等であるとレオは標的の脅威度を素早く判定した。


だが、問題はそれの突破手段だ。



「具体案ッ!」



抽象的な問答を行うスーラに対してレオは簡潔に呼吸を乱さぬ短い言葉で解を要求する。

既に全力疾走しているレオに長い言葉は話せない。


有酸素運動時の言葉は呼吸を乱す。

呼吸が乱れれば体の動きは劇的に落ちる。


そんなレオにスーラはまたも期待外れの言葉を返す。



「殺意を込めよ!やれると信じよ!出来て当たり前と妄信する事が力を作る!」



『聞いた俺が馬鹿だったッ!』


レオは歯を食いしばりながらそう胸中でスーラを罵った。

今必要なのは抽象的な精神論ではなく的確な助言である。


いかにあの防壁を突破するのか、どうすれば防御を分散させられるのか、そういった物を期待していたレオにとってスーラの回答は失望以外の何物でも無かった。



スーラからは得体のしれない権能という支援以外は期待出来ない、レオはそう理解して今まで通りの異形を殺す為の戦術展開を素早く頭の中で構築する。


選択は一つ、異世界の技術で作られた剣でエンキをディフレクターごと両断する。

攻撃は可能ならば迎撃が困難な刺突が良いが、折れた剣に突きは不可能。


首への攻撃は鉄砕きに阻まれる可能性が高く、範囲が狭すぎる。

やはり、上段からの頭蓋の両断あるのみ。


距離は既に間近、逸る気持ちを抑え無声突撃を行うつもりであったが、最早相手が見えている以上は我慢する必要はない。


抑える必要が無いと判断する前に無意識にレオは奇声を上げていた。



「えぇえええあぁあああアァァァッ!」


いや、それは奇声ではなく叫びであった。

命を懸けた一撃を放つにあたり、自然と口から漏れ出た絶叫。


命を懸けた戦いにおいて、技名を言い放つ事など無い。

口から洩れるのは恐怖を麻痺させ、戦意を高めるための雄叫びのみ。


それを見たエンキもまた笑みを浮かべたままに鉄砕きを掲げて叫ぶ。



「良いぞォ!こぉい!」



距離が詰まった二人は同時に獲物を振り下ろし、武器と武器がぶつかり合った刹那、激しい閃光と共に光に包まれた。



「やるじゃあないか、ん?今のは良い一撃だったぞ」

「……ッ!」


閃光に呑まれて一瞬した後、二人はクレーターの様に抉れた爆心地でつばぜり合いをしていた。


顔を歪ませて両手で蒼剣を押し込もうとするレオと、それを片手で抑え込むエンキ。


白兵戦とは剣と剣をぶつけ合う児戯ではない。

互いの体の全体重と筋肉、その全てを使った質量と質量のぶつけ合いこそがその本質であり、つばぜり合いとはそれが最も顕著となる状態である。


本来であれば、より重量と筋力のあるレオが有利である筈、だが押し勝てない。


あと少し押し込めれば油断した奴の首を断てる、その好機を逃さんとばかりに全身の力を剣に込めて押し込むが、まるで動かない。


此方の方が巨体であり、筋力でも勝っている筈であるのに、かつて着こんでいた強化外骨格(エクソスーツ)とほぼ同等の筋力を持っていると分かるのに、両手で押し込んでいるというのに、未だに余裕をもって鉄砕きを構えるエンキはまるで動じない。


空間に縫い留められているとでも言うかの様に、エンキとの全力のつばぜり合いは功を奏しない。

それは普通の物から見れば異常で異様な光景であった。


しかし、紫色に染まったレオの視界にはそのイカサマの種が明確に映りこんでいた。


エンキから溢れる青い光、それが杭の様にエンキを固定し、更には剣を押し返そうとている有様が良く見える。


これもまた、レオには見知った技術。

ディフレクターとそれを基にした力場制御による反重力推進システム。

巨大な質量を浮かし、そして時には固定するエーテルを用いねば実現不可能だった一種の空間制御システム。


大戦期に生まれた重戦車から恐竜的進化を遂げた地上戦の王者として君臨した陸上機動要塞、その巨大さ故に既存のシステムでは動く事すら困難であった機体を制御していた先進的な重力制御システムと同じ事象をこの男は生身で行使している。


恐らくはそれに比べれば微小な物であろう。

だが、強化外骨格歩兵程度の力を止めるには十分過ぎる出力をエンキは既に保有している。


見た目は人、しかしてその実態は生きた重戦車。

これが神や英雄と称される化け物が帯びる力の一端であるとレオは嫌でも理解した。



「しかし、爆発に耐えてくれて嬉しかったぞ。あれで終わりではあまりにも消化不良だったからな」


脂汗すらあふれ出したレオに対してエンキは変わらぬ笑みを歪ませた。

動かぬ巨石とのぶつかり合いに声を上げられぬレオの代わりとでも言うかの様に首に巻き付いていたスーラの影がぬるりとエンキの前に躍り出ると共に叫ぶ。



「愚か者め!貴様の武器の権能もまた我が力の一端!漏れ出たコロナ如きで太陽そのものを焼けるものか!」

「そんなペットまで飼ってるなんてな、最初に言えば餌の量を増やしてやったぞ?ん?」


赤い目を爛々と輝かせてレオの首に巻き付く邪神スーラと、それを見てなおも全く動じることなく笑みすら浮かべるエンキ。

エンキにとって危害を加えられぬ精神体など脅威にはならぬペットと同義であった。



「失せろ」

「ぬぅッ!」


鋭く吹いたエンキの息が影を吹き飛ばし、霧散させる。


それを好機と見たレオはつばぜり合いを止めて大きく後方へと飛び、握りこぶしを作った左腕に右手を添えながらエンキに向ける。



「どうした?腰に力が足りてないんじゃあ―――」


エンキの言葉が言い終わる直前、レオの左腕の籠手が轟音と共に火を噴いた。

籠手に仕込んだ銃身を切り詰めた三連改造マスケットが一斉に散弾を吐き出し、エンキの顔に直撃する。


スクラップを着こんでいる様な雑多な鎧故に腕に仕込んだマスケットもまた鉄パイプと見分けは付かず、武器を持っていないという先入観を与える事で油断を誘う。


そしてスーラの顔出しによる注意の分散、その全てが組み合わさり、エンキに盾を使う間を与えずにその顔面への痛撃へとつながった。



「ぬぅッ!」


人であればこの時点で致命傷、しかし瓦礫の王に致命傷を与えるにはやはり不足。

ディフレクターによる防御もさることながら、肉体自体が頑強になった悪魔憑きの皮膚を散弾では貫通する事が出来ていなかった。


青い血に染まった顔にはしかし、半ば皮膚にめり込んだだけで止まった多数の散弾が見て取れる。

期待した目玉への直撃も、直前で閉じたのか瞼に妨げられて達成されていない。



だが問題ない、まだ『仕込み』は残っている。

大事なのは今、視界を潰す事だ。


つばぜり合いの最中から既に、エンキの背後から迫る者をレオは決して見逃していなかった。

スーラがでしゃばったのも、散弾を撃ち込んだのも、それを成功させるための即行の連携。


全てはハーピィーもどきによる背後からの急降下攻撃、その為の布石であった。

十分に高度度と速度を持ったハーピィーもどきが変異して鋭くなった足を向けてエンキに急降下する。


視界を潰した上での背後からの奇襲、しかし―――。



「…お前がいたな」


ハーピィーもどきの鉤爪のついた足をエンキはサイドステップで横にはねる事で回避する。



「目ェ潰されたらとにかく動けってな」


羽根の風切り音を目ざとく聞きつけたのか、或いは何か鋭敏な感覚で読み取ったのか、エンキは致命の一撃となる筈の攻撃を目を潰されて尚、難なく回避して見せた。


或いはその行動自体が今まで滅ぼしてきた強敵たちに幾度となくやられてきた戦術へ対処法の一つに過ぎなかったのかもしれない。


ハーピィーもどきの爪が僅かに掠め、エンキの毛が空に散る。

それが背後から瓦礫の王を襲った空を飛ぶ怪物の唯一の戦果だった。


そして横に飛んだ反動を相殺する様に、エンキはレオに向けて鉄砕きの切っ先を向けながら跳躍する。

気付けば閉じていた目は既に見開かれ、表情もまたいつものそれに戻っている。



「ちぃッ!」

「今のは悪くなかったなぁ!オツムたっぷりだ!」


高速で迫る鉄砕きの突きを剣で逸らすが、突っ込んできたエンキの体当たりの衝撃に負けてレオは後ずさる。



「ぐッ…!」


再びのつばぜり合いになると思うもつかの間、腹に衝撃を受けてレオの体が宙を舞う。


広がる嘔吐感と歪む視界の中で無理矢理視線をエンキに移すと、どうやら腹に膝蹴りを喰らっていたようだ。

犬もどきを一撃で蹴り殺した右膝が鋭く突き出されている。


レオを吹き飛ばした直後に再び空から襲来するハーピィーもどきを手慣れた最低限の動きで再びいなすと、エンキは上空へと再上昇するハーピィー、そしてここまで連れ添った『副官』を交互に見やりながら叫ぶ。



「副官の役、ご苦労だったなぁ!お前はクビだ!」


肉の盾としてこれまで持ち運んできた副官だった肉塊を勢いよく空へと投げ捨て、エンキは背中の斉発銃を手に取る。



腹を空かせた飢えたる者は強き猛獣と出来合いの餌のどちらを得るか。

当然、餌を狙う。

それは自明の理であった。


獣へと先祖返りした本能が、肉体の変異に伴って失われたエネルギーを求める飢餓感が、上昇中のハーピィーもどきを反転させて肉へと食らいつかせた。



「退職金だ!遠慮するな!」



上昇中の無理な反転、肉という重量物を獲得する事と引き換えに失われた運動エネルギーはハーピィーもどきを失速させるには十分であり、今や鈍重な射的の的となった鳥の出来損ないにエンキは容赦なく斉発銃の引き金を引いた。


多連装の銃身から放たれた散弾の雨が空に青い花を咲かせる。



「今日は鶏肉ってのも悪くねぇな、ん?」


エンキは使い終わった斉発銃を投げ捨て、ようやくとばかりに鉄砕きを両手でしっかりと握りしめて視線を地面を転がるレオへと戻す。

まるで、ここからが本番だと言わんばかりだ。



「俺はお前をずっと待ってたんだ、失望させてくれるなよ?」


エンキは獣じみた笑みを崩さず、顔をしかめるレオに対峙する。



「……まずいな、もう仕込みネタが残ってない」


ようやく到着した樹木もどきが戦線に参加する中、レオはぼそりと舌打ち混じりに言葉を吐き捨てた。



味方の火力支援は既に無い。

肉壁、そして補助戦力としてのミュータントはほぼ使いつくし、一度きりの不意打ちに用意した射撃兵装もネタは割れてしまった。



それで得られた戦果は敵の銃一丁を損耗しただけ、重量物と盾を捨てた事で相手はむしろ強化されたとすら言える。



蠢く樹木を盾にして素早く左腕の仕込み銃に火薬と鉛玉を押し込み、撃鉄を上げて準備を終えるとレオは再度、エンキと対峙した。



人の世の終わった地で屍の山を積み上げ君臨してきた異形の暴君と、変異したての怪物、歴然とした実力差の中でレオは蟷螂の斧ならぬ蟷螂の剣を振るい、退く事の出来ない戦いを続ける他無かった。

エンキくんとの戦闘パート前半が概ね終わった所で今回は幕という感じです。

全三話ぐらいを予定してると書きましたが全然長引きそうなので今のうち謝っておきます。


現状のレオ君の性能は序章の強化外骨格歩兵から補助システムを全部抜いて装甲と筋力だけ残してる感じという感じで考えています。

邪神様の血の変異という祝福を全否定した結果として想定の3~4割程度の性能の肉体が現行の性能という感じです。


熱さで作業効率落ちてますがエタるつもりはないので気長にお待ちください。

最低でも月一更新だけは維持するつもりです。

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