表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
序章『生存者たち』
5/97

五話、選択

恐らく誰も得しないであろう野郎の蛇丸呑み回

大蛇の再登場は、まるで質の悪い冗談の様であった。

他の生き残りを狙っていた筈の大蛇がRに矛先を変えたのが不幸だったのか、蛇に食いつかれる前にその行動を察知できたのが幸運だったのかは分からない。

第六感とも言うべきか、これが兵士として優れた者の感覚なのかもしれない。

だが、それだけで死から逃れられるかというと答えは否だ。

そこから先は本人の運と実力が全てを左右する。

Rは大蛇が怯む事に期待して咄嗟に銃を背後から迫る大蛇の大きく開いた口に向けて右手に握ったアサルトライフルをフルオート射撃しつつ、状況把握と生存の為に思考を高速回転させる。

だが、そんな事では止まらないと言わんばかりに蛇の闇の広がる大きく開いた口が迫ってくる。


「下がれR!後ろに全力跳躍しろ!」


この状況で距離を取るには走るよりも跳ねた方が効率が良い。

その為の強化外骨格(エクソスーツ)、そしてその内部に張り巡らせた人工筋肉だ。

鈍重な見た目に反して一般的な人間の数倍の機動性を整備の行き届いた強化外骨格(エクソスーツ)は提供してくれる。

それ故に、戦友の危機を救うべくLは背後から分隊支援火器で支援射撃を行うLがRに向けて跳ぶようにと叫ぶ。

気の合う二人の考える事は同じらしく、その二丁の銃から吐き出される銃弾は着実に大蛇の口の中に入り込んでいく。

しかし大蛇は止まらない、怯む事すらせずにRを食らわんともたげた首を振り下ろし迫ってくる。

Rは次の行動を起こすべく、射撃を継続しつつ体の重心を低く落とす。

そして蛇が食いつく直前にRは残弾を撃ちつくし、左手が握ったプラズマピストルで手が塞がってリロード出来ないアサルトライフルを投げ捨てて大きく跳躍する。

LにはRが自分の忠告通り後方への離脱を行う物だと見ていた。

だが実際には違った。

装甲に守られた強化外骨格(エクソスーツ)のフレームを軋ませ、外骨格の全身を支える人工筋肉の補助によって人を超えた跳躍力を得たRが飛び立った先はLの想定していた方向とは真逆、大蛇の口の中であった。


「L!後は頼む!」

「R!?血迷ったのか!?」

「どうせ逃げ切れない!やられるぐらいならば腹の中から一撃食らわせてやる!」


狼狽するLにRは無線越しに叫ぶ。

獲物の想定外の行動に大蛇は咄嗟に口を閉じてその侵入を防ごうとした。

だが、獲物の後退を想定して加速させた自身の速度とRの予想外の行動に動作が遅れ、異物の侵入を半ば許してしまう。

逆に口を閉じた事で完全に飲み込むことに失敗し、牙による迎撃も困難という微妙な場所に敵の兵士を侵入させてしまった大蛇が首を大きく振って異物を吐き出そうともがく。


「暴れるなよ!餌の方からわざわざ口に入ってくれたんだ!喜ぶ場面だろうが蛇野郎!」


それに対抗する様にプラズマピストルの発射音、そして腕部に搭載されたモーターブレードの回転音が鳴り響き、青い血が蛇の口から零れだす。

頭から蛇の口に突っ込んだRの強化外骨格(エクソスーツ)の足首が未だ覗く中、LにRが叫ぶ。


「上手く行けばこいつを仕留められる筈だ!それとフランシスの面倒を頼む!大事な『証人』だからな!」


そこまで叫ぶとRは毒液や牙による反撃を避けるべく自ら大蛇の口の奥へと進み、とうとう見えていた足首すらも口の中に消えていく。

奥へ奥へと侵入を試みる異物に大蛇が首を左右に振り回し、ぎくしゃくとした不自然な動きでのた打ち回る。

口の奥、胃袋の手前の人で言う喉とでも言うべき場所にRが入り込んだために咽たり咳込んでいるようにも見える。


強化外骨格(エクソスーツ)で強化された脚力ならば常人の数倍以上の跳躍が可能ではあるが、現行の標準的な強化外骨格(エクソスーツ)には機動力の向上や回避機動を補佐するジャンプユニットやスラスターの類は搭載されていない。

かつては存在したそれらはやはりと言うべきか、終戦の混乱の中で散逸し失われていた。


本体自体が高速で移動し、更にしなやか且つ機敏な動きをするであろう大蛇の首を相手に後方に離脱したとしても、空中で軌道を変更出来る大蛇に捕捉されて食われると仲間達の戦闘を見ていてRは察していた。

だからこそ、死中に活を見出すべく大蛇の口へと自ら踊りこんだのだった。


「人間の生き汚さ見せてやるぞ化け物!口内炎と胃潰瘍で存分に苦しめてやる!」


そう啖呵を切ると自身の力では勝てぬ逃げきれぬと自ら悟った化け物に挑んだ一兵士の博打が始まった。



―――



「ああやっぱ、軽率すぎたか…?」


入り込んだ異物を排除すべく、蛇の牙が、舌がそして蛇の頭部自身が左右に動き、Rは狭い蛇の口内で転げまわる。

明度補正された視界には蛇のヌラヌラとした口内の肉が視界の全てを占め、自分を押し潰そうと脈動しているのが克明に映し出されている。

他に思いつく選択は無かったし、その場では一番の良案だと思えた行為ではあったが、既に選択肢を間違えたのではないかと後悔が生まれ始めていた。

だが既に事は起きてしまった、現行ですべきことは決まっている。


「このまま噛み殺されました、飲み込まれて死にましたじゃ、ただの間抜けで終わってしまうな!やってみるさ!」


自身を鼓舞する様にわざと大きな声で叫ぶ。

網膜に投影された戦闘用UIとヘルメット内に表示される各種計器が警告を発している。

蛇の唾液で強化外骨格(エクソスーツ)に損傷が起きている、要は僅かずつではあるがスーツが溶け始めているのだ。

ぐずぐずしている時間は無い。

左手に持ったプラズマピストルを強く握りしめ、匍匐前進の要領で無理矢理牙の届かぬ口の奥深くへと潜り込んでいく、そして。


「スパイク展開!」


滑る足場と吐き出す事を諦め口内奥深くに滑り込んだRをそのまま飲み込もうと蠢く喉に抗うべく叫ぶ。

音声入力を好む主人の為にシステム調節された強化外骨格(エクソスーツ)の戦闘システムが声に反応して脚部に備え付けられた滑り止め用の大型スパイクが展開する。


「ふん!」


それを確認すると同時にRは体を固定する足場を作るべく大蛇の口内を掛け声とともに全体重を掛けて足元を思い切り踏みつける。

渾身のストンピングによって口内の肉に鋼鉄のスパイクが突き刺さり、傷口から青い血が滲み出る。

だがそれは肉を浅く裂いて僅かに出血させるだけで致命打にも身体の固定にもならなかった。

それでも痛みは強いのか、口内に鋼鉄製のスパイクを打ちつけられた蛇が叫びのた打ち回る。

僅かな抵抗の後に肉からスパイクの外れたRの視界はその度に回転し、上下が入れ替わり、強化外骨格(エクソスーツ)で守られた体は蛇の口内を再び転げ回る。

だが、そうしている間に視界に入り込んだ一つの事実にRは気付き、そして納得する。


「なるほどね、そういう事か」


それは先程戦友と共に蛇の口内にしこたま叩き込んだアサルトライフルの弾痕だ。

スパイクが刺さらないという事態と流転する視界中にもはっきりと映る多数の弾痕を見て射撃や物理攻撃があまり効果を発揮していなかったと嫌でも理解する。

相手の肉を抉り死に至らしめるべく発射された銃弾は、柔らかい筈の口内の肉に命中はしていたものの、その肉を貫く事が出来ずに押し潰されてへばり付いてる様に見える。

いや、貫きははしたものの蛇の肉の厚さと回復力に負けたのだろう。

今この瞬間にも回復した肉に押し出され、口内にボトボトと役割を果たして潰れた銃弾が降り落ちてきている。


「生じゃ駄目なら焼いてみるとするか!」


通常攻撃だけでは体内からでも打撃にならないと悟ったRは両足のスパイクを再度足元に振り下ろして一時的に体を固定する試みをすると同時に左手にしっかりと握っていた虎の子のプラズマピストルのセレクターを一つまみ弄って引き金を引く。

そしてそのまま引き金を離さない。

その動作に応じる様にプラズマピストルも射撃せずに銃口付近にエネルギーをため込んでいる。

網膜に投影された戦闘UIが即時発射せねば暴発すると警告を発するのを確認するとRはプラズマピストルの引き金を離した。


プラズマ兵器の機能の一つであるオーバーチャージモード、Rはそれを使用した。

容量限界までエネルギーを蓄えて出力と威力を上げる代償として武装に多大な負担を掛ける機能であり、平時の使用は厳禁とされている物だ。

それまでのプラズマピストルから発射されていた光弾とは比較にならない一発の大きなプラズマ弾が発射され、蛇の体内組織を焼き尽くし、炭化させていく。

そしてそれを至近で受けたRの強化外骨格(エクソスーツ)も同様に焼かれ、システムの警告表示がどんどんと増えていく。


「ピーピーうるせぇな!気密が破れなきゃ問題ないんだよ!」


極限状態で興奮状態に陥りつつあるRは普段の彼からは想像出来ない様な粗野な暴言を吐くと右腕を正拳突きの様な構えを取りながら焼けた肉に狙いを定める。


「右腕モーターブレード展開!起動開始!」


もみくちゃにされ、上下の間隔も既に消えつつある中外骨格に収納された新たな武装の展開を指示する。

右腕の手甲が展開し、そこから大型のブレードが展開される。

だが守備隊の装備していたものとは違い、チェーンソーの様な形状をした刃がそこにはあった。

守備隊には配備されていない、遠征軍向けに配備された対ミュータント戦用近接短刀だ。


「こいつでくたばりやがれ!」


起動したモーターブレードは瞬時に高速回転に移行し、プラズマに焼かれた肉を切り刻むべく突き出される。

炭化した肉の表面を削り、その下の生焼けになった肉を切り開きながらモーターブレードは奥へ奥へと進んでいく。


「どうだ化け物め!これが遠征軍流のやり方だ!」


蛇の絶叫が口内に木霊し、暴れる振動に苛まれる中でもしっかりと保持されたモーターブレードは白い肉片と青い血をまき散らしながら刃が蛇の体内を切り刻む。

上下が不明なので脳へ向かっているのか、顎に向っているのかは分からない。

だが、ここを起点に蛇を内部から切り開いて蛇を殺して外へと脱出が出来ると勝利を確信しRは叫ぶ。

だがその直後、無情にも刃は半ばまで蛇の肉に切り込まれた段階で機能を停止する。

モーターは今も景気の良い駆動音を響かせているが、肝心の回転刃がその機能を維持していない。

骨にぶつかって引っかかったのか、単純に肉の硬さに負けたのか、或いは再生を開始した肉に巻き込まれてブレードの一部が同化したのかモーターの駆動音に反して刃は一向に動かない。

逆回転による引き戻しも不可能だ。


「チェーンに肉を巻き込んだか!?クソ!」


更には先程無理をした影響か、モーターブレードのエンジンが停止しない。

このまま空運転を続けてはオーバーヒートを起こして自爆するだろう、自身の右腕と共に。


「モーター強制停止!ブレード強制排除!」


音声に応え、モーターが緊急停止すると同時にブレードが腕部から強制的に射出されRの右腕は再び自由を手にする。

だが、それは支えを失った事を意味し、徐々に喉の動きに従って更に奥に位置する胴体部へと引きずり込まれていく。


「あ、しくじった…」


このままでは身動きが取れなくなり、先に食われた仲間たちと同じ末路を辿る事になる。

自身の不利を理解したRの意識から急速に興奮の熱が冷めていく。


「くそったれ!だが簡単には食われちゃやらねぇ!」


既に体が喉を通過し胴体部へと到達し、身動きが取れなくなりつつあるRは先程酷使したプラズマピストルを再度通常モードに切り替えると被弾を考慮せずにかまわず引き金を連続で引くする。

だが、蛇の唾液による劣化か、オーバーチャージモードを使用した弊害か、出力が安定しない。そして…。

数発の小さなプラズマを吐き出したプラズマピストルが左手の中で限界を迎えた。

限界を超えた銃身が融解し逆流したプラズマがカートリッジに流れ込んで手の中で爆発し、限界の近いRの強化外骨格(エクソスーツ)の装甲を食い破って左手に大火傷を負わせる。


「があぁ!FUCK!」


装甲は破損したが、フレームは生きている。

溶けたインナーが火傷と引き換えに気密を維持してくれたので汚染からはなんとか逃れられた。

指は痛みを無視すればまだ動く。

だが、もう打つ手が残っていない。


万策尽きたRが思わずFワードを吐き出しながら融解したプラズマピストルを蛇の体内投げ捨てる。

使用者に傷を与えたプラズマは当然ながら敵の肉をも焦がし、蛇を再びのた打ち回らせRを再び体内で振り回す。


「そろそろ…シェイクの気持ちが理解できそうだ…」


Rは消耗し、激しく揺さぶられ続けて朦朧としてくる意識の中で自然と愚痴をこぼす。

強化外骨格(エクソスーツ)の保護機能の一つである応急補修液が即座に損傷箇所を塞ぎ、汚染から身を守る事にだけは成功したが、そうしている内に体は完全に喉を通過し、遂に蛇の胴体に入り込んでいた。

周囲から身動き出来る様な空間的な余裕は消え、周囲を肉壁に覆われた空間の中でスーツが限界だと警告のアラーム音をけたたましく鳴り響かせる。

それに合わせるように肉壁からの圧力もすさまじいのか、強化外骨格(エクソスーツ)が軋む不快な金属音が耳に流れ込んでくる。

脱出しようともがくと更に強く締め付けられ、身動きが取れなくなっていく。



既に身動き一つ取れない状況の中、スーツの圧壊を待つのみとなったRは遂に観念する。


「クソ、失敗したか…L、後はうまくやってくれ」


警報と圧壊音のコーラスが響き渡る中、全身のパーツがゆっくりとした速度で押し潰されていく。

頭部から脚部まであらゆる個所に融解と過重限界の警告が覆いつくされ、無事な個所を探す方が早く終わりそうな状況だ。

装甲ヘルメットも徐々にひしゃげ、モニターはひび割れ、視界を補正していたナイトビジョンが機能を停止する。

それに代わってヘルメットに埋め込まれた非常用のLEDライトの青い光が目の前の肉壁の蠢く闇をわずかに照らす。


「結局間抜けで終わったか、なんとも締まらない最後だ…」


俺たちは長生きできない、戦闘前の小休止の時にこぼした戦友の言葉が不意に甦る。

ゆっくりと目を閉じ、溜息を吐く。


「どうしてこうなってしまったかなぁ…」


最初は純粋に外への憧れだった気がする。

空を模して青と白で塗られた天井と蛍光色の人工光ではない本当の太陽と空を見てみたい、外の景色を見てみたい、大地を自分の足で歩いてみたいという他愛のない物だった様に思える。

そこから、短い間ではあったが様々な事があった事を思い出す。


訓練所の教官に向いていないから異動する様に助言を受けた事、Lと今はもういないもう一人の悪友と出会って共に励まし合いながら訓練を合格して遠征軍に入った事、そして…。


瞼の裏にはこれまで共に戦い先に死んでいった上官や戦友たちの顔が次々とよぎっては消えていく。

現地人の居座る戦前の武器庫を強襲した際に戦死した最初の上官、別部隊に配属されミュータントの群れに飲まれて肉片とタグしか発見出来なかったと人伝に死を伝えられたもう一人の悪友、暴走した無人兵器の掃討戦中に不意に発生した酸性アノマリーに入り込んで重強化外骨格(マトリョーシカ)ごと溶けて消えた同僚、そして今回の戦闘で敵のエーテルランスに撃ち抜かれて蒸発した部下のS。


自分も彼らと同じ場所に逝くという事実を前に、死という逃れようのない物を前にして不思議と恐怖感は無かった。

いつからそうなってしまったのかは分からない、命の危機が訪れるとその瞬間は恐怖を覚えてもすぐにその感情がを何かに塗りされて恐れが消えてしまう。

戦場での生き死にを掛けた戦いには僅かながらに楽しみを見出していたし、兵士にとって戦場で死ぬのは義務の一つであり通過点に過ぎない、もし死んだとしたならばただ自分の番が来ただけだと。


達観と愉悦と言えば良いのだろうか、命のやりとり、生死の狭間に身を置く事を無自覚に楽しんでいるのではないかと時々自分を疑いたくなる。

だからいつも危険だと分かっていても無鉄砲に動いてしまっていた。

今まで生き残れたのは戦友や上官たちがしっかり補佐してくれていたからだ。

しかし、その両方が今Rの側には存在していなかった。


「ぐぅう!?」


ほんの僅かな間、思考が過去への旅に出た事を咎める様に、不意に訪れた激痛にRは呻く。

圧壊した強化外骨格(エクソスーツ)が装備者である彼に危害を加え始めたのだ。

手足に、腹に、押し潰され砕けた装甲やフレームの一部が突き刺さり、体を押し潰そうと圧力をかけてくる。

染み出た応急補修液が損傷カ所を塞ぎ、汚染から装着者の身を守っているが、このままではどの道潰されて死を迎えるだけだ。


「クソ、せめて楽に逝きたいな…。何か無かったか…?」


半ば諦めつつも、警告で埋まった明滅するモニターを眺めながら生き残った武装や装備を確認する。

大型兵器である重強化外骨格(マトリョーシカ)ならばともかく、歩兵用の強化外骨格(エクソスーツ)に自爆装置の類は無い。

残っているのは先程の爆発で損傷した左手に収納されたモーターブレードと両手の手首に格納されている電撃を発生させるスタンフィストのみ、体組織を焼けるプラズマ兵器を失った現状ではとても状況は打開出来そうに無い上に自害も無理そうだ。

仮に一時的に電撃で怯ませることが成功したとして、もう既に自力で脱出できる状況ではない。

動く事すら困難だ。


そうして考え込んでいると何かが頭にぶつかる。


「なんだ?っ!?」


不意の事態に呟き、視線をそちらに向けてRは絶句する。

闇しか見えない筈のヘルメットに蛇の中で半ば溶かされた人の頭がへばり付き、こちらを見つめていた。

いや、見つめていたというのは語弊があった。

既にその者は顔の皮膚と眼球を失い、大きく口を開けた苦悶の表情で息絶えていた。

恐らくは先に食われた守備隊の一人だろう、これがお前の末路だと死体は雄弁に語りかけてきている様にRには思えた。

地上任務での危険な任務に耐える為に搭乗員保護機構と防御性能を向上された遠征軍用強化外骨格(エクソスーツ)と違い、内地での治安維持を主体とする彼らの装備には金のかかる対アノマリー防御が施されていない。


「こっちよりアノマリー対策してないって言っても、いくらなんでも溶けるのが早過ぎるじゃないか、どんだけだよこいつの胃酸」


蛇の体内分泌液は恐らく酸性アノマリーと同等程度には腐食・融解能力のある液体なのだろう。

それ故にすぐに強化外骨格(エクソスーツ)が解けて今の様な惨状になっているのだと推察できた、最もこのままでは自分がああなるのも時間の問題だ。


「先客が後輩の死に様を見物に来たってか…ん?先客か…」


自身の口から咄嗟に出た先客という言葉にRは自分が冷静なつもりでいて気が動転していた事に気付き、自分を恥じた。

まだ一つだけ可能性が残されていた。

そしてそれは元々、可能ならば実行を予定していた目的の一つであったのに忘れてしまっていた事でもあったのだ。


「駄目元でやってみるか…左腕スタンフィスト起動!出力最大!」


主人の叫びに応じる様に損傷激しい強化外骨格(エクソスーツ)がそれでもなお武装を展開し、起動する。

嬉しい誤算だ、これならば損傷していない右腕のスタンフィストを温存できる。

モーターブレードの丁度反対側に位置する手首に収納されていたナックルダスターと一体化したスタンガンが音声に応じて装甲内から顔を出すと、それと同時に最大出力の高圧電流が解き放たれる。

蠢く闇の中を電流と火花が飛び散り、体内を電流が駆け巡る。

この場に大量の体液があるという事は電気はそれらのある場所には伝わっていくのだ。

銃弾を受けてなお傷つかない蛇の肉にスタンフィストから放たれた電流も成果を挙げる事なくむなしく散っていく。

だが、プラズマで焼かれた場所は別だ。

R自身すらも焼いたプラズマの爆発に晒され、防御の脆くなった火傷の痕に電流を流し込まれ、Rを押し潰そうとしていた肉壁が怯んで一瞬の間拘束が緩む。


既に体は限界だ、動けない。

だが、それは体だけだ、自分の脳と強化外骨格(エクソスーツ)はまだ生きている。

それだけあれば十分だ。


「左腕モーターブレード及び右腕スタンフィスト展開!同時に強化外骨格(エクソスーツ)操作を思考制御に変更!搭乗者への安全保護システム、応急補修処理及び鎮痛剤投与を除いて全て停止!強制起動開始せよ!」


その隙をついて体を半回転して主観視点で腹ばいになるとこちらも健在であった左腕のモーターブレードを左右に振り、食い込まない程度に肉を浅く切り裂きながら無理矢理腹の奥へと匍匐前進を開始する。

既に自分自身では動かせる状態ではなくなった四肢を思考制御に切り替えられた強化外骨格(エクソスーツ)のフレームが無理矢理動かし、少しずつ、少しずつ移動を開始する。

ひしゃげた外骨格のフレームと装甲が体を動かすたびに緩衝して装備しているRの肉を引き裂き、或いは骨や筋肉を潰していく。

大火傷を負った左手も動かそうと僅かに身じろぎをするだけで痛みが走り、そこにモーターブレードの振動が加わり、思わず腕ごと切り落としてしまいたくなるような激痛がRを襲う。

右腕のモーターブレードが健在ならばここまで苦しまずに済んだのに、とRは自分の不幸を呪った。

全身から襲いかかってくる激痛に顔をしかめつつも無視して尚もRはとある目的地に向けて匍匐前進を続ける。


「本当はこいつを仕留めてからやる筈だったけど、まあ順番が変わるだけだ…」


再び収縮を開始し、前進を阻む肉壁にモーターブレードで浅く切り傷を与えると回復して傷が塞がる前にそこに無理矢理右腕をねじ込んでスタンフィストを起動して強制的に拡張を促し、再度ルートを確保するとRは前進を再開する。

肉を切り裂き、時折現れる先に食われて溶けかけの死体と化した味方の兵士の骸を押しのけ、進み続ける。

幸いにもモーターブレードだけでも多少ならば肉を切れるが、刃がいつまで持つか分からない。

急がねばならなかった。


「ペインキラーが効いてきたのかな…?痛みが引いてきた…いや、もう駄目だからかな…」


体を苛んでいた筈の痛みは徐々に消え、その一方で体に寒さを覚え始めている。


「だが体はまだ動く、いや頭が無事ならば動かなくても動かせる」


それでも未だにしっかりと保たれた意識が思い描く行動を鈍くなってきた体の感覚を無視して強化外骨格(エクソスーツ)のフレームが強制的に行って無理矢理匍匐前進を継続させてくれている。

そして、それまでとは違う硬い感触がモーターブレードから伝わり、目当ての物にたどり着いた事をRは悟る。


「ここまでが僕の出来る事で後は運次第、生きててくださいよ小隊長…」


それは先に飲み込まれた小隊長の重強化外骨格 (マトリョーシカ)の残骸の一部だった。

収縮を始める肉壁に何度目か分からない切開と電気ショックのコンボを加え、立てないまでも中腰で移動できる程度の空間を確保するとRは無理矢理体を這いずらせて機体の残骸へと接近する。

丸呑みにされた為に運が良ければ小隊長機の損傷は軽微であり、呑まれた直後である事から素早く蛇を仕留め、腹を捌けば救出も可能ではないかとRは呑まれた当初はおぼろげではあるが計画の一つとして考えていた。

実際に事を進めてみれば、予定通りには全く進まずRは既に半死半生の状態でありスーツの機密性が内側から展開している応急補修液で守られ、体の方も鎮痛剤の投与と薬物による応急処置を施されているはいえ、生命が維持されている事が奇跡と言える状況だ。

その様な状況下にあって気が動転し、小隊長の救出という最初の計画も一瞬で頭から消えてしまっていた、あの死体を見るまでは。


「隊長は…」


溶解と圧縮により、想定以上に損傷の進む機体に接近しつつ、肝心の人物をRは探そうとする。


「まだ、大丈夫そうだ…少なくとも見える範囲では…」


幸運にも横倒しになった機体の頭部側がこちらの見える範囲に有った、そしてそこには未だに無傷の胴体と防弾キャノピーに覆われて露出した頭部を保護された搭乗者の姿が見て取れた。

首から下の状態は分からないが、重強化外骨格(マトリョーシカ)の胴体部は乗員を守るために一番頑丈に作られている。

それですらあの騎士のエーテルランスには容易く貫通され新入りのSを失ったわけなのだが。


「ならばアレはあの辺に…有った」


暗くなり狭まりつつある視界の中でRは手探りで機体に取り付けられたある装置を見つけ出す。

非常時に外部から搭乗者を救出するための強制排出装置だ。

もたれかかるように機体にふらつく事も出来ずにギクシャクと動く体を預けると装置のカバーを外して機動歩兵大隊内で使われている共通の暗証番号を入力し、併設された最終確認も兼ねた小さなレバーを押し倒す。

それと同時に機体に搭載された爆発ボルトが起動し、コクピットに当たる胴体部が強制的に解放され、支えを失った搭乗者が肉壁の大地に倒れ伏す。

どうやら五体満足のままの様だ。


「よし、後は…」


そこでまで内部の異変に気付いたのか再び肉壁が急激に収縮してくる。

機体が支えとなって完全に潰される事は阻止できたが、衝撃で体勢を崩して右腕が肉壁に押し潰される。


「ッ!しまった…!」


もはや痛みは無い、ただ動けない事に焦りを感じる。


「小隊長!起きて下さい!小隊長!」


左手でなんとか届く範囲に倒れる小隊長を停止したモーターブレードの刃先で揺さぶる。

だが、反応は無い。そうしている間にも小隊長のアーマーも粘液で溶け始めたのか僅かに煙を上げ始める。

バイタルを確認しようにも既に半壊したモニターは機能の大半が死んでいる。


「クソ、隊長だけは死なせるわけにはいかない、僕よりも生き残るべき価値のある人だ」


人の命には優先順位がある、現行で一番順位が高いのは自分ではなく目の前の人物だ。

人徳、功績、そして武装、あらゆる点で自分よりも優れているこの男を救わねばならない。

それが自分をも生かす可能性のある唯一の選択だからだ。


「左腕モーターブレード排除」


掴むのに邪魔となった最後の命綱でもあったモーターブレードの刃を強制排出して救うべきと定めた上官に手を伸ばす。

絞り出すように声を上げながら、Rは限界まで左手を伸ばして小隊長であるジョンソン少尉の腕をつかむ。

そして動けという願いと共にRは叫んだ。


「左腕スタンフィスト起動!」


少尉を掴んだ壊れかけの左腕手首からかろうじてせり出たナックルダスターと電極が少尉の強化外骨格(エクソスーツ)に電流を流し込む。

強化外骨格(エクソスーツ)に電撃は通用しない。

だが、本人が生きていれば今の行動で外骨格内でけたたましく鳴り響くであろう警告音によって起きてくれるだろうという最後の望みをかけたショック療法だ。

恐らく、重強化外骨格 (マトリョーシカ)内に入っていた少尉の装備は未だに健全でそういった警告の類が鳴り響いてはいないだろうから。


「少尉!起きて下さい!あなたはまだ死んではいけない人だ!」


電撃を浴びせながらRは最後の力を込めて叫ぶ。

やがて電流が止まると同時に既にモニターのほぼすべてを埋めていた警告に新しい一文が追加された。

スタンフィストの電力が尽きたのだ。


「電池切れ、これで打ち止めだ…」


やれる事はすべてやり切ったと感じると急速に疲労感と眠気が襲ってくる。

最早抗う気力も尽きたRは一瞬何かの機構が稼働する音と青い閃光が迸った様な音と光を感じながら睡魔に身を委ねて目を閉じた。


―――



「畜生!俺のダチを吐きやがれこの化け物が!」


Lは戦友を飲み込んだ大蛇に悪態をつきながら強化外骨格(エクソスーツ)で跳躍を含めた立体起動を行い、気休め程度の打撃にしかならない分隊支援火器を乱射する。

地面を跳び、足場にした柱や壁を蹴ってばねの様に逃げ回る。

連続跳躍は強化外骨格(エクソスーツ)の負担になるが、もはやこれ以外に敵の攻撃を回避する可能性のある機動力を得る事が出来ない。

呑み込まれた戦友が未だに抗っているのか、大蛇は時折ふらついたり痙攣して動きを止める事があるが、それでもなおこちらを食おうと攻撃を止める事は無い。


「旦那!もう無理ですぜ!逃げましょうや!」

「てめぇを放り投げれば逃げれるかもな!だがそれをしたらあいつの犠牲を無為にする事になっちまう!」


小脇に抱えられたフランシスが叫び、Lがそれよりも大きな声で叫ぶ。

Rが最後に言った『大事な証人』という意味をLは理解してはいなかった、だが自分には思いつかない面白い視点を持っている事が多い戦友が残した言葉にはそれなりに重要な意味があると判断したLはフランシスを庇いながら強化外骨格(エクソスーツ)の機能を限界まで酷使して亡者や蛇の群れの間を逃げ回っている。


蛇の味方への損害を考慮しない突撃を上手く利用して盾にした亡者の群れと相討ちさせ、時には蛇の体自体を防壁として亡者からの投擲を防ぎ、幾度かの危機を乗り越えてきた。

だが、それも限界に近付きつつあった。

亡者の数が減った事で盾として機能しなくなり、動きのおかしかった蛇も元の調子に戻りつつある。


「味方は全滅!蛇野郎はこっちより早いから遮蔽物も足止めも無しじゃ外まで逃げきれない!どうやろうとこのままじゃジリ貧なんだよ!てめぇも気合入れて反撃しろ!」

「んな無茶な!」

「渡した拳銃があるだろが!とにかく撃て!」


脇に抱えられ、幾度も行われる跳躍で視界を揺さぶられ続けるフランシスに文字通り無茶を言うLとその言葉を律儀に守って渡された45口径拳銃を必死に撃つフランシス。


その二人にも限界の時が近づいていた。


「死ねこのクソ共が!ん?ああ、クソッ!」


間近に迫った大蛇に牽制のつもりで分隊支援火器を乱射していたLが不意にそう漏らすとそれまで景気良く火を噴いていた分隊支援火器が沈黙する。


「畜生、もう弾切れだ」


最後の500連マガジンを撃ちつくした分隊支援火器を投げ捨てながらLが呟く。


「旦那!?どうするんですかい!?」

「うるせぇ!てめぇも考えるんだよ!捨てて逃げるぞ!」


反撃能力を失った二人に生き残っていた亡者と大蛇がゆっくりと周囲から包囲を狭めていく。


「しゃあねぇ、覚悟決めなおっさん」


Lはそれだけ言うと腰に付けられた円状の物体を右手で持ち上げる。

対戦車地雷サイズの大型爆弾だ、同時に抱えられていたフランシスは地面に放り出される。


「こういう時の為にこいつを用意してるんだ、最後に一発派手に逝かせて貰うぜ」

「ちょ!?」

「生きたまま食われたかねぇだろ?俺が奴に突っ込んで時間稼ぐから後はてめぇでなんとかしろ。上まで逃げりゃ生き残りが拾ってくれるだろうよ」


そこまで言うとLは片手で爆弾のピンを握りながら蛇を狙って腰を落として跳躍体勢を取った。

が、跳躍を行おうとした直後に大蛇に異変が起こった。

これまで以上に苦しみのた打ち回り、血を吐き出して倒れ伏したのだ。


「なんだなんだ?」


困惑するLと呆然とするフランシスの目の前で大蛇の腹を裂いて青い閃光が迸った。

それは瞬く間に蛇の腹に十字の傷を入れ、消えたと同時に中から二人の兵士が勢いよく腹を突き破って飛び出してきた。

一人は抱えられて、もう一人は青い閃光を放つ戦斧握りしめている。

網膜投影されるUIに表示された味方識別に見慣れた名前とコードが表示され、歓喜と共にLが叫ぶ。


「隊長!R!二人とも無事だったのかよ!」

「いや、残念だが状況は良くないぞ03、02は重症だ」


その言葉にLの声色から歓喜が消え、うろたえる様にジョンソン少尉に質問を投げかける。


「Rが重症!?どういう事ですか!?」

「蛇の内臓器官に押し潰されたらしい、スーツの気密は補修液とナノマシンが応急処置して塞いでくれてるが肝心の人体の方がだいぶ損傷したようでな、このままではまずい」

「そんな…無茶しやがって…」

「だがまだ死んじゃいない、俺の方で再設定した生命維持システムもまだ動いている。まだ間に合う。こいつらをさっさと始末して救出部隊を呼ぶぞ、援護しろ03」


刀身を本来の金属の刃ではなく青紫色のプラズマの奔流が奔る戦斧を手にしたジョンソン少尉がLに新たな命令を下す。


「03了解、さっさと終わらせて皆で帰るとしましょうや隊長」


武装を使いつくしたLは辺りを見渡し、地面に倒れ伏している亡者の一人が持っていた直剣を拾い上げるとそう言葉を返した。


その言葉に無言で頷くと少尉はフランシスの方に顔を向ける。


「市民兵、貴様は動けない02を守って下がっていろ。足手纏いだ」


それだけ言うと少尉は戦斧を構えながら亡者とR達の間に立ち塞がった。


「感謝するぞ02、お前のお陰で助かった」


短く礼を述べると少尉はLと共に戦斧を構えながら亡者の群れへと吶喊を開始した。




基本的に遠征軍の方が守備隊よりも装備が良いです。

それは危険な地上、それも人類勢力圏外の未知の領域で長期間活動する事が想定されているからであり、優先的に装備や予算の支給が守備隊よりも優遇されています。

守備隊は基本的にARK5が地上に再進出する前に存在した施設警備隊が基幹となっていて歴史は古く拠点防衛や暴動鎮圧は得意ですが、地上任務には全く向いていないという性質から割を食っており、今回の件にもそれが関わってきています。

要は予算獲得の為に良い所見せようと頑張って大勢死んだという感じです、主人公達はとばっちり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ