四十話、血戦の始まり
熱すぎて体調が悪い、今すぐに地球寒冷化作戦を実行するべき
その日、慌てた様子で配下の一人がエンキの元に想定していた通りの情報を携えて現れた。
時はまだ早朝、エンキは自分の居城のコレクションに新たに加えた大蟹の目玉の前に立ち、それを満足げに見つめていた。
そんな折に部屋の扉を叩く無作法なノックの後に入室の許可を求めた配下に対してエンキは許可を出し、自身は玉座へと座って相手を見下す様に左手で頬杖をついてふんぞり返る。
見るからに悪人にしか見えない人相に入れ墨をした一目見ると屈強そうな、しかしボースなどに比べればみすぼらしい貧相な体の男が怯えを含んで歪んだ顔を隠す様に跪いて首を垂れる。
何事があったのか、その息は切れており早く浅い呼吸を繰り返している。
「朝からなんだ?ん?つまらん話ならば殺すぞ」
「お、お頭!ボ、ボースの野郎が裏切りやがりました!」
「ほう、それで?何やったんだ?ん?」
「イド様から送られてくる筈の奴隷と車両を奪って廃都市に逃げ込んだみてぇでして、その…書付けを死体に残していやした」
エンキのすぐ目の前で片膝をついて首を垂れる配下がその姿勢のまま懐から四つ折りに畳まれた汚れた布を取り出して恭しく主へと差し出す。
「ほう…」
汚れた布には『猿の世話はもう御免だ』という殴り書きがされており、何かが包まれている感触がする。
広げると血のこびり付いた何本もの歯が床に落ちてカツンという硬質な音を響かせて転がりまわった。
それは明確な決別と挑戦を意味する宣戦布告の最後通牒であった。
今や希少な車両を奪い、奴隷たちを連れ去った。
エンキの配下を少なからず殺して、である。
歯はその証明だ。
殺した者の歯を相手の所属する集団に送り付けるのはトウカイにおける挑発や脅しのやり方として広く浸透している。
明確な造反、この地を統べる瓦礫の王としては看過する事など許されない。
広げた布にはご丁寧に『女神の首塚にて待つ』と決闘場所の指定までされている。
ここからあの首塚への道は一本だけだ。
正確にはいくつかルートがあるが、他の道は多数のアノマリーが蠢く危険地帯であったり、一度都市の外に出て荒地から回り込まねばならない。
集団を連れて行くには不向きであり、全員を連れて行くならば一本のみ。
ボースは矮小なただの人間に過ぎないが、無能でも無ければ無力でもない。
何かしらの策、罠を仕掛けて待っている事であろう。
それに―――。
「ついさっき近くで見つけた首無し死体を漁ったら出てきたんでさぁ。いかが致しやすか、お頭…?」
重い沈黙が室内を包み込む。
いつもの表情を変える事無く静かに布を眺めるエンキ、そしてその前に跪く配下やエンキの玉座の背後に控える従者たちは息をのんでその後に『雷』が鳴り響かぬことを祈り、呼吸音すらも立てぬ様に固唾を飲んで見守る。
その静寂を破ったのは啜り笑うエンキの嘲笑であった。
声は徐々に大きくなり、やがては部屋全体に反響するほどに大きくなって行く。
「はははははッ!やれば出来るじゃあないかボース!良いぞ、楽しくなってきた!」
ひとしきり笑い、満足したエンキは弾かれた様に玉座より立ち上がる。
顔に張り付けた獣めいた笑みが、今や歓喜によってより凶悪な貌へと変貌していた。
何が待ち構えていようと関係など無い。
いずれにしろ、王に歯向かう物には相応の死を与えるのみ。
罠が有れば踏み砕き、備えがあればかみ砕くのみ。
常にそうしてエンキは勝利を手に入れてきた。
今までも、そしてこれからもだ。
「動ける奴は全員集合!キドも呼べ!今日は祭りになるぞ!あとお前、今日から俺の副官だ。ついてこい」
かくして、決戦の幕は上がった。
夕暮れまでにはエンキとレオ、どちらかが骸を晒す事となるだろう。
瓦礫の王は得物である斉発銃と鉄砕きを手に、意気揚々と部屋を出た。
――――――
「見えてきやがった。貴族野郎、てめーも見てみろ。まっすぐ向かってきてやがる」
かつては都市の大通りであった場所を塞ぐ形で横に倒れ伏しているビル。
その上に半ばめり込む形で乗っかっている首だけとなった自由の女神の冠部分に位置する展望台、そこから身を乗り出して双眼鏡を覗いていたボースがいつも通りのしかめ面で隣で雑草製のタバコをふかすクトーに双眼鏡を覗くように促す。
かつてはクトーを猿山で大将を気取る奴隷の屑として見下していたこの巨漢も、自分以上に強靭な怪物であるレオを連れてきた手腕を認めてか対等な口を利くようになっていた。
それでもへりくだる事も卑屈になる事も無く、あくまで対等であるという態度を崩さない所にボースの頑なな力と自由への信奉と誇りが感じられた。
現状では最も信用できる戦力でもある。
戦う意思と理由を持つ者は何にも勝る武器だ。
「目算でおおよそ100、中隊規模っておいおい…。想定より多いじゃねーか、まだあんなに鉄砲玉が残ってるのか」
タバコを投げ捨てつつ双眼鏡を覗き込んだクトーは不満そうな音色で答えた。
集団は躊躇する事無く早い足取りでこちらに向かってきている。
そんなにいたならミュータントともっとまじめに戦えと文句の一つも言いたくなるぐらいだ。
先頭にいるのは当然ながらエンキであり、その背後にはキドと呼ばれる西部劇のガンマン風の傭兵と顔に入れ墨をしたそれなりの体格の男が控え、更にエンキに仕える有象無象が肩を揺らしてついてきているのが見える。
一瞬、先頭のエンキがこちらに気付いたのか、双眼鏡越しにいつも通りの笑みをたたえる凶悪な貌と目が合ったような感覚がしてクトーは慌てて顔をひっこめた。
「いや、半分以上はエンキの身辺の世話やってる従者どもだ。生き残った兵隊と奴隷なんかも連れて来てるみてぇだが少数だな。足りねぇから補充しようってわけだしな」
「確かに隊列も糞も無い、武器も雑多、バーベキューパーティーの団体さんって言われた方が説得力はある」
想定以上の数を確認したクトーの問いにボースは即座にレオのもっとも欲する解を与えた。
敵の数は多いが殆どは水増しで連れてきただけの素人。
いや、彼らの集団においては兵士としての役職を与えられている者達ですら大半は殆どまともな訓練を施された様子は見られなかった。
そういう意味では兵士も非戦闘員も大した差は無いのだろう。
精々がチンピラを上等にした程度の雑兵、幾らいても怖くもなんともない存在達だ。
彼らは数こそ多いが、まともに縦隊を構築する事も無く先頭を歩くエンキに従って無秩序な集団を作って追随してきているだけだ。
あれではミュータントの攻撃には対処できないだろう。
装備も一般的なライフルから前装マスケット、果ては鉄パイプや棍棒などの粗末な物で構成されている。
最低限、武器だけは持たせましたという体である。
「あの猿野郎はなんで使えもしないパンピー崩れをわんさか連れて来てるんだ?邪魔だろ?」
「あ?んなもん決まってんだろ?見せしめだよ。もうあの猿は俺たちに勝った気でいやがるだろうからな」
「自分のヒーローショーのギャラリー連れてきましたってか、舐められたもんだな本当に」
戦場においてその重圧に耐えられない者はいない方がマシである。
それが近代以降、いや古代から続く戦場の鉄則である。
戦う意思の無い士気の低い兵士は戦闘を拒絶し、陣形を乱し、他の兵士の戦意すら削ぎ、敗走する際には真っ先に逃げ出して集団を崩壊へと導く。
弱兵は百害あって一利なし、戦力の水増しにすらならない。
いない方が有益な存在と言える。
そんな存在を大量に引き連れるエンキにどういった意図があるのか、問いかけたクトーに対してボースはまたも簡潔かつ明瞭な回答をもたらした。
エンキは自身の部下たちなどには最初から戦力として期待などしていないのだ、ただ自身の力を示して支配の絶対性を確立するためだけに彼らはこの死地に招かれたのだ。
本来であれば好機ですらある。
集団が乱れればそれだけで勝機が増すからだ。
だが、今回の相手にその道理は通用しないだろう。
相手は化け物であり、自分以外には期待していない戦い慣れしたウォーロードだ。
エンキは初めから負けるなどとは思っていない。
奴にとってはこれは裏切者の末路を示す見せしめであり、処刑ショーを盛り上げる為にギャラリーを連れてきたという程度の物でしかないのだ。
瓦礫の王を相手にして果たして何人生き残れるか、それはレオの健闘次第であると言えた。
「ボース、ここは任せる。こっちもパーティーの準備を終わらせねぇとな。以後は事前の作戦通りに頼むからな」
「分かってる、さっさと行け、てめぇのバカでかいお友達にに全部賭けるなんて性に合わんがな」
双眼鏡をしまったクトーはボースに捨てセリフを吐かれながら展望台の中に戻る。
クトーが事前に行った『仕掛け』は首塚に至る一本道、その手前にある十字路に用意されている。
そろそろ移動せねばならない。
開幕の狼煙を上げるのがクトーの役目でもある。
「頼むっすよ、あんたら次第なんすからね」
そのなかで水冷式重機関銃の据え付けを行っているレナルドに親指を立てられながら激励を受けつつ、クトーは配置につくべく女神の生首から地面へと降りて行った。
目指す場所は出口の近くにある二台のトラック。
その傍らでレオが最後の準備を終えるている筈だ。
刺激を与えれば起こす前にレオが用意した怪物が出てくる可能性がある。
クトーもそれを弁えて静かにそこへと歩を進める。
他の場所で準備している部下たちには既に配置について準備を終えている。
無線が使えないため、『仕込み』を合図として事前の取り決め通りに全てが動く手筈となっている。
細工は流々、この地に隠し拠点を作った時から何度も検討してキルゾーンを構築してきた。
後は実戦で答え合わせをするだけだ。
ボースは展望台に留まり、姿を晒して囮となり、敵を誘引する。
後はタイミングを合わせて一斉に攻撃を開始する。
それでもどうにもならなかったときの為のレオだ。
彼の者は初撃には参加しない、まだ若干だが時間に余裕がある。
クトーはこれが最後の会話になるかもしれないと考え、心残りが残らない様にレオに近づいた。
「レオ、エンキの野郎が来やがった。一発派手にかましてやろう」
「ああ、分かった。感謝する」
クトーが話しかけた時、レオは目を瞑って胡坐をかき、座禅を組んでいた。
故郷の誰かに教わった精神統一手段であるらしく、地上への出撃の前には毎度これを行っていたという。
ともすれば今生最後になりかねない戦勝祈願を兼ねた精神統一を静かに行っていたレオがクトーの言葉に応じて構えを解いて立ち上がり、半ばで折れた剣を抜く。
その表情には最早憂いも恐怖も無く、堅く険しい死地に赴く覚悟を決めた兵士の様な形相が焼き付いていた。
「案ずるなマクトー卿、失敗しても我らが何とかしてやろうとも。我の自由もかかっているのだからな」
背後にまとわりつく影はいつも通りの大仰な言動を崩さず、レオに背後で揺らめいていた。
―――
戦いはクトーの『合図』から始まった。
囮として女神の展望台に居座るボースを目指して進撃を続けたエンキ一行は、十字路に差し掛かったところで突如として轟音を上げて背後の建物が崩壊した時にようやく罠にはめられたと悟ったようだった。
爆音とともに舞い上がる土埃と降り注ぐ瓦礫、押し潰されるエンキの配下の悲鳴が主の失った廃墟にこだまする。
クトーらがこれまでに集積してきた黒色火薬を鉄パイプに詰めて作った多量の即席爆弾が最後のダメ押しを行い、通りに林立する背の高い建物の一つを吹き飛ばして倒壊させたのだ。
今は奴隷であっても、かつては教会で辺境探索を任務とした『徘徊者』の任についていたクトーらには建物の爆破解体の知識もまた当然ながら有していた。
計算通りに十字路に斜めに倒れ伏した建物は、しっかりと道の中央部に瓦礫の山を構築する。
前衛と後衛はこの倒壊した瓦礫によって完全に分断され、彼らが進んで来た道、そして退路となるべき道がこの瞬間に消滅した。
してやられた、エンキを除く大半の者が自身の視界を塞ぐ土煙の中で手遅れながらにそう理解しただろう。
次に思考が至るのは逃げるべき場所の思案だ。
既にここは十字路であるから左右への逃げ道がある。
そう考えるのが普通であるが、事態はそう優しくはない。
彼らから見て左側は瓦礫で塞がれてしまったのもあるが、そもそもが都市の内部へ向かう道であり、アノマリーが無数に蠢く危険地帯だ。
実際、先程までは見えるだけでも10を超える雷球が不規則に大通りを徘徊していた。
あの先に逃げても命はない。
では右は?そちらも否だ。
そこから先には地平線に至るまで何も無い平坦な荒野が広がっている。
彼らは知らぬがボースがトラックを入れたのもここからであり、宮殿に戻るには都市外延部を回って遠回りせねばならない。
帰る前に夜になるだろう。
残っているのは敵が待ち構える女神の首が乗る横倒しに倒壊したビルへ向かう直線の道。
いずれにしろ前方への脱出しか彼らの選択肢には残されていない。
どうであれ、土煙が晴れるまでは動く事も出来そうにない。
まずは初手を取られたが、見えぬ相手を向こうも撃てはしないだろう。
戦いになれぬエンキの配下は皆そう考えていた。
そして、そんな事は想定済みのクトーらは彼らが落ち着く時間も、思案する間も与えるつもりはなかった。
立ち込める土煙の中で身動きが出来ずに動揺する彼らを直後に襲ったのは荒れ狂う鉄の雨であった。
事前にクトーの部下らと共に周囲の建物に布陣していたマスケット銃を束ねて作った5基のオルガン砲が一斉に火を噴き、迂闊にも殺し間に入り込んだエンキらを肉片に変えるに十分な量の鉛玉を吐き出したのだ。
発破を行ったクトーを除く五人の徘徊者達がそれぞれに割り当てられたオルガン砲をほぼ同時に発射したのだ。
エンキらの集団を挟む様に林立する廃墟に巧妙に設置されたオルガン砲たちは互いの射線を塞ぐことなく、正面左右から集団に向けてそれぞれの銃身に詰め込まれた散弾を一斉に吐き出して一人の人型生命体を殺すには十分すぎる量の鉄火を投射する。
放たれた銃弾はエンキら一行が存在する筈の空間に降り注ぎ、巻き上げられていた乾いた土埃にそれまでは人であったであろう物から噴出された紫色の血煙が混じってある種の煙幕の様に周囲にまき散らされていく。
初撃は成功だ。
殆どの敵はこれで無力化出来たであろう。
だが、またエンキの生死が確認出来ない。
事前に組んだ作戦に従ってプラウラーたちは再装填が困難なオルガン砲を放棄し各々が装備する小銃に持ち替えて油断なく警戒を開始する。
このオルガン砲も元はエンキらの配下が放棄したマスケット銃を改造してでっち上げた物だ。
二段四連装、計八丁のマスケット銃に散弾を詰め込み、斉射出来る様に発射装置をでっち上げたのはレオの装備を仕上げた二人の技術者の助けがあってこそだ。
戦場での再装填を諦め、初撃の奇襲に全てを賭けて瞬間的な弾幕射撃を叩き込む。
レオという切り札がいなかった頃より構想していた対エンキ用の戦術はこの時、完全に機能を果たした。
既にエンキの軍が似たものを運用していたのもあってその模倣は容易であり、瞬間火力だけで見れば十分過ぎる火力はただ一匹の怪物を殺す為には非常に有効であると言えた。
今この瞬間に用いられた兵器の全てが元はエンキが所有し、しかし粗末な管理で流出したものだ。
因果応報、自業自得、エンキがただの人間であればその様な言葉を死体に吐きかけられていたであろう。
だが、怪物を殺すには十分な一撃も、瓦礫の王を相手には不十分であったようだ。
煙が僅かに晴れ始めた時、一つの影がその内より駆け抜けて飛び出して女神の生首のある大通りの一本道を駆け抜ける。
「レナルドォ!撃てぇ!」
その姿を見てボースは反射的に脇に控える重機関銃を構えるレナルドに命令を下した。
そして自身もライフルを構えて射撃する。
あの弾幕を受けてまともに動ける者など、一人しかいない。
最早双眼鏡も必要ない、アイアンサイト越しにボースの瞳に映るその者は見間違い様も無く『瓦礫の王』エンキであった。
右手に鉄砕きを握り、左手にはつい先刻副官に任命した顔に入れ墨を入れた男だった肉塊を握りしめて盾代わりに掲げている。
どうやら、散弾の雨は彼の者を犠牲にして防ぎぎったようだ。
それを加味しての散弾による面制圧であったが、エンキには傷一つ無いようだ。
ボースらは作戦を第二段へ移行し、射撃戦による撃滅を試みる。
四方から撃ち込まれるライフル弾、しかしその尽くがエンキに命中する事無くその周囲の地面に着弾して風化しつつあるアスファルトを砕き、土ぼこりを上げる事しか成していない。
唯一、レナルドが操る重機関銃の弾幕だけが、エンキに無視できぬ圧を与え続けている。
小銃による射撃を意に返すことなく前進を続けていたエンキは機関銃の弾幕射撃によってようやくその歩みを止め、肉の盾によってその直撃を防ごうとしゃがみ込んでいる。
「クソがっ!当たってるのか分かりゃしねぇ!」
展望台からエンキに向けて使い慣れたセミオートライフルを撃ち下ろしながら、ボースは誰に言うでもなく罵る。
弾丸は周囲に降り注いでいる。
今も血しぶきと土ぼこりを上げながら、周囲に展開した部下とクトーの仲間が弾丸を惜しむ事無く叩き込んでいるのだ。
だが、手ごたえがない。
まるで的に直撃する直前で弾丸が自らの意思で逸れている様にすら感じられる。
当てるにはもっと接近せねばならないかと次の案を組み立てようと射撃しながら思案する。
しかし、あのエンキがしゃがみ込むというのが不気味であった。
基本的にあの猿が待ちを選ぶ事は無い。
基本的に攻めて攻めて攻め滅ぼすというのがエンキのやり口だ。
機銃掃射の中でもその気であれば前進するであろう男が動きを止める理由は何か。
何かを待っているのか。
銃を撃ち続けながらそう思案に至った時、今まで撃たれた銃のいずれとも違う銃声が廃墟にとどろいた。
同時に機関銃の射撃が止まり、エンキが待っていたとばかりに再び道を駆け始める。
「レナルド!何やってる!弾切れか!?さっさと再装―――」
「中尉!狙撃された!レナルドがやられた!」
「なんだと!?」
射撃をやめた機関銃に怒鳴り声をあげたボースに帰ってきたのは射手死亡の知らせ。
「自分が変わって射撃を継続しま―――」
レナルドの脇について給弾の補助を行っていたもう一人の部下がやられたレナルドをどけ、射手を交代した直後、再びとどろいた銃声が射手の言葉を永遠に奪った。
「どっからだ!?どっから撃ってる!二人とも一発でやりやがった…ッ!」
ボースは数歩後退して壁に身を隠し、双眼鏡に持ち替えて顔だけを晒して辺りを付けた位置に視線を移す。
展望台の銃座を撃てるのは当然ながら、エンキの後方の十字路のどこかである筈。
そう確信し、視線を向けた先でボースは狙撃の主を確認した。
時代錯誤な帽子や皮性のジャケットで着飾ったカウボーイ風のリボルバー使い、キドが普段まるで使う素振りなど無く肩に背負っていたリボルビングライフルを構えてこちらを狙っていたのだ。
散弾の雨に撃たれて事切れた死体を座らせて台座とし、その肩に銃を預ける事で正確な照準を行っているらしい。
それでもスコープ無しでは命中させる事は困難な距離だ。
それもそれぞれ一発で完全装備の兵士を無力化するなど常軌を逸している。
「…ッ!」
嫌な予感を覚えて反射的に身を逸らし、展望台の遮蔽物の中への身を隠したボースの耳に戦場で聞きなれた風切り音が響く。
先程までいた位置に正確に銃弾が送り込まれてきた音だ。
外れた弾丸は展望台内部で何度か跳弾してどこかへと飛んでいく。
よくよく見れば、双眼鏡が撃ち抜かれて壊されている。
もう少し遅ければ死んでいただろう。
「あのコスプレ野郎!ふざけた腕してやがる…ッ!」
舌打ちし、ボースは双眼鏡を投げ捨てて銃に持ち替える。
そうしている間にも、キドの物であろうライフルの銃声が響き、それまでせわしなく発砲をしていた味方の射撃音が消えていく。
散開して射撃していたプラウラー達もまた、次々とやられているのだろう。
倒さねばならない敵は二人いたのだ。
エンキが馬鹿正直に突っ走ってきたのも、キドから注意を逸らす為。
あの様に他人に命を預ける様な男ではなかったはずだ、何がエンキにそうさせたのか。
「まさか、あの猿野郎…レオに感づいてるってのか?」
それ以外に無いとボースの思考が解に至る。
純粋な殺し合いを楽しむために邪魔なおまけを排除させる。
キドの役目はそれであろうと。
「クソ猿がッ!端から眼中にねぇってか、この俺を!」
展望台を駆け下りながら、ボースは怒りに任せてエンキを罵る。
だが、語気に反して頭は冷静だ。
いや、溜まった怒りを言葉として吐き出す事で冷静さを取り戻しているのだ。
罵り、かつ戦う。
それがボースのやり方だ。
相手にされていないならば、それは逆に好都合。
先にあのカウボーイ気取りを始末する。
ボースはそう決意して女神の生首を後にした。
―――――
「キドめ、良い仕事をするじゃあないか。ん?いずれは奴もトロフィーに加えたいところだ」
散弾の弾幕、そして機銃掃射と周囲の銃撃を耐えきったエンキは全速力でボースが陣取っていた首塚を目指す。
あれは悪くはない攻撃であった。
だが、所詮は必死に知恵を搾って作り出した悪あがきに過ぎない。
そんな事をせねばならないのは己が弱い証だ。
弱い奴ほど頭を使って相手を出し抜こうと付け焼刃をぶつけて来る。
先程の弾幕射撃などその典型例だ。
爆破よりも先に一斉射していれば或いは自分を殺す事も出来ただろうとエンキは冷静に先程の状況分析する。
だが、敵は先に爆破を行った。
故に、副官を肉の盾にする時間的な余裕を与えてしまったのだ。
一瞬、それだけあれば対処するには事足りてしまう。
キドですら出来る事だ、エンキには造作もない。
恐らく、それを行わざるを得なかったのは連絡手段の欠如故だろう。
無線が無いが故に爆破を合図に目つぶしを行いつつ散弾による面制圧を試みる。
そして散弾を用いたのは再装填が困難な前装銃で瞬間的な火力を出して押し切る為。
それが効かなかったが故の機関銃による掃射。
まさに、頭が良いが故の苦肉の策。
逆に言えばそれ以外に策がないが故の一度限りの奇襲。
既に幾度となく経験してきた攻撃をエンキは今回もいつも通りに凌いだに過ぎなかった。
頭を使わねばならない時点で、エンキに対して無力であると言っているようなものなのだ。
二度目の攻撃は無いと理解しているエンキは全速力でビルへ向けて疾走する。
ボースが目当てではない、その間に出て来るであろう最後の守りこそが目当てだ。
あの男、名前は憶えていないが東方より来たという兵士。
銃で撃ってなお、遅発により助かった男。
危険性を理解して敢えて放置していたミュータントの巣窟に送り込んでも帰ってきた可愛いモルモット。
それ程までに、運の良いあの男が、自分と同じ様に深い呪いの如き幸運の持ち主が、その後あっさり夜を越せずに死ぬわけがない。
あの状況で都合よく悪魔憑きに変異したのは、そこで死ぬ運命に無いが故であるからだ。
大いなる何かに呪われた様に祝福された悪魔憑きが早々の事で死ぬはずが無い。
だが、奴に臣従したであろう奴隷たちが腕を献上してきた時、エンキはまだその時では無いと理解もした。
だからあえて見逃したのだ。
時間を与え、傷を癒し、武器を揃え、準備を整えて勝てると勘違いして殴りかかって来るまで、その時が来るまでエンキは毎夜、指を折って楽しみに待っていたのだ。
こちら側に残っていた教会の奴隷たちが数日して姿を消した時も、ボースの兵士が一人減った時も、事が順調に進んでいると内心では笑みを浮かべていたほどだ。
全ては自分の手のひらの上だ。
これは樽にぶち込んだ果実が酒になるのを楽しみに待つ感覚に近いだろう。
世界などどうでもいい、欲しくも無い。
飯も酒も、今持っている領域だけで十分に賄える。
支配とは管理する事、それは面倒が過ぎる。
面倒は嫌いだ。
だが、退屈はもっと嫌いというのがエンキの在り方である。
だからこそ、殺し、奪い、暴れまわり、目についた才ある者を奴隷としてして捕らえては自分が支配する虫籠たる鉱山に投げ込み、その苦しむ姿を楽しんで来た。
しかし、弱者をいたぶるのも楽しいが、そればかりでは飽きてしまう。
どれだけ好きな肉だろうと毎日喰えば飽きが来る。
時には違う珍味を楽しむのが長生きをする秘訣だ。
退屈こそが最も命を蝕む病魔であるとエンキは理解している。
だからこそ、命の危機を感じる程の獲物を狩るという行為が大切なのだ。
それがエンキの瓦礫の王という称号を確固たるものとして、移り気な荒ぶる神としての信仰を産みだし、何よりもエンキの憂さを晴らさせるのだ。
エンキは自分が強くなり過ぎた事を理解していた。
だからこそ、待ったのだ。
楽しい殺し合いを出来るだけの相手が生まれるのを。
最早、ただのミュータントでは心の高ぶりを満たしてくれはしない。
だからこそ―――。
「今がその時だろうと確信しているぞ!早く出てこい!俺を楽しませろ!なぁ!」
エンキは悪事を思いついた悪ガキの様な笑みを浮かべ、両手に鉄砕きと肉盾たる副官の死体を握りしめて荒廃した都市の道を駆け抜ける。
まだ見ぬ脅威を、好敵手を、最高の得物を求めて全身が高揚していくのをエンキは感じ、受け入れていた。
果たして、エンキの願いは最高の形で叶えられた。
『行け、殺せ』
女神の首がめり込むビルへと至る工程も僅かという時、エンキの耳に聞きなれぬ声がはっきりと響き、建物近くに止められたトラックの後部扉が開くの視認した。
出て来たるは、異形と化したかつて人間だった者たち。
数は六体、右側から中型が四体、左から比較的大柄な個体が二体。
大型の物は一体が肥大化しつつ樹木化したような人間、ツリーマンと呼ぶべきであろうか。
幹と化した胴体からは多数の腕が枝の様に突き出している。
もう一体は腕が羽根と一体化した巨大なハーピーの様な姿。
全身の体毛が伸びて鳥のようにも見えるが、人の形が多く残っている。
両者ともに白目をむいており、正気は残っていそうにない。
どうやってトラックのコンテナに入っていたのかという具合にその二体はゆっくりと体を出し、そして立ち上がってその威容を示す。
残る四体は顔が潰れて大口だけが残った四つ足で歩く獣の様な形態へと変貌した、しかし人であったと一目で理解出来る異形。
同じ様に変異した個体だけが生き残ったようだ。
一斉に飛び出し、人間が無理矢理四つ足で走る様な不器用な動作を行いながら、しかし決して遅くない速度でエンキに迫って来る。
そしてそれらの背後には、青く輝く半ばで欠けた剣を持つ青い肌を持つ巨躯の異形。
間違いなく今回の狩りの得物がそれであるとエンキは理解した。
「良いぞッ!実に良いッ!俺を楽しませてくれ!」
エンキは終始満ち足りた喜びの感情に支配されながら、自分を殺す為に用意された敵に突撃していった。
一応前後編で終わらせる予定ですので今回が前編という事になります。
もしかした三話になるかもしれませんが、一章も大詰めです。
今後もどうぞよろしく。
今回はオルガン砲について。
ほぼ史実通りの代わり映えのしないオルガン砲ですね。
鹵獲はしたものの使い道の薄いマスケット銃を複数用いて弾幕を張る兵器として投入した感じになっています。
マスケットは散弾とかも撃てるんで面白そうなんですが、再装填が面倒という最大の弱点があるので、それを補うために一撃を重視したらこうなったという感じでトウカイ地域では広く使われています。
最も、火力が凄くても一度きりなので大抵その後に蹂躙される感じとなっています。
今回はここまで




