三十八話、開戦前夜
ぬわん戦闘パートまでいけなかったもん
狂ってしまった世界の夜を過ごすには防備の整った安全な寝床が必要不可欠だ。
誰も入る事の出来ないしっかり密閉された空間、可能ならば光源も欲しい。
故に、装甲化された車両の内部というのは空気が淀み、温度が上がっていくことを無視すれば体を休めたり夜を明かすには最適な場所の一つと言える。
何より、夜は運転をしなくていいし、誰も来ない。
誰も自分を脅してしないし、怒鳴ってくることも無い。
シベリアンハスキーをそのまま人型にしたような獣人の悪魔憑き『ドッグ』は一人、小さい豆電球が一つだけ点灯するトラックのコンテナ内でまどろみながらそう考えていた。
外では夜を生きる怪物たちが相も変わらず毎日変な音をかき鳴らしている。
動物のような鳴き声、昆虫のような羽音、クリック音を思わせるカタカタとした喉を鳴らす音、時には無駄に明瞭な人間の呼び声が聞こえる事もある。
だが、それらは自分には関わりの無い話だ。
彼らにはコンテナを開ける知恵はなく、無駄に物音を立てねば自分がここにいる事すら理解しないだろう。
この装甲で強化された鉄の箱は無敵の要塞なのだ。
だが、ドッグはこの日も眠る事が出来ずにいた。
いや、眠れないのではない。
寝たくないのだ。
寝てしまうと朝が来てしまう。
この孤独で平和な幸せの時が終わってしまう。
そうしてドッグは今日も最後には寝入ってしまうと分かっていても睡魔に抗い、寝袋から顔だけを出して豆電球を凝視していた。
ドッグにとってはいつもの日常、この地獄に繋ぎ留められてから心が安らぎ唯一の一時、そしてまた訪れるであろう恐怖の日々に狂いそうになる拷問のような時間であった。
一つ違うのは今日、この日においてはこの日常が唐突に壊された事だろう。
始まりは、聞きなれた外の怪異どもの音が遠ざかった事からだった。
そして獣化した事で鋭敏になった耳に届く規則正しい人らしき複数の歩行音が近づく音。
そして、極めつけは誰かがコンテナのカギを開けて後部ハッチを開く音であった。
仰天して飛び上がったドッグが見た物は、青く光り輝く半ばで折れた剣を持つ草色の怪物とそれに続くボースらであった。
ドッグの幸福な日常は今、終わりを迎えた。
―――
「無理ッ!無理無理無理!無理です!」
ドッグの悲痛な拒絶の叫びが人数が大増量されたトラックのコンテナの中で響く。
正座するドッグの体面に胡坐をかいて座るは草色の怪物ことレオ、そしてパワハラ上司のボース。
その二人を囲う様に背後立っているのはチャイニーズマフィアめいた正装を決めたクトーと完全装備のボースの部下たち。
傍から見れば自害を強制される君主の場面にも見えるそんな状況の中でなお、ドッグはボースらのエンキ暗殺への協力を頑なに拒否していた。
「あいつに勝てるわけがねぇ…!旦那方も考え直した方が良いですよ!皆殺されちまう!」
「大丈夫だ、奴の始末は俺とボースでやる。君に協力して貰いたいのはその前と後だ」
半狂乱のドッグをなだめる様に見た目に反した穏やかな口調でレオが説得を試みる。
「前と…後…?」
「ここ最近の騒動で奴隷も兵士も大勢死んだ。ここを維持するには補充が必要。そうだろうボース?」
事前に取り決めていた前振りをする様にレオはボースに問いかけ、ボースは頷きながら答える。
「既にイドの野郎に送った伝書鳩が届いている筈だ、道中食われてなきゃな。返事の鳩がいつ来るか次第だが、確実に数週間以内に補充人員を供給するって返事が来るだろうな」
「我々がエンキに仕掛けるのはその時だ。入ってくる筈の人員が全て消えてそれをやらかした下手人が俺とボースであると奴に流す」
それを聞いた途端ドッグは顔をこわばらせて悲痛に叫ぶ。
「そんな事やったら俺は殺されちまう!エンキ様がメンツにうるさいの知ってるだろうに!なんであの御方を怒らせる事をするんだ!」
「それこそが目当てだからだ。入ってくるはずの玩具が全員ボースに寝返り、廃墟に逃げ込む。エンキは行動に出るしかない。メンツを潰された奴はここでは生きていけないからな」
相手にとって許せない事をあえて起こす事で行動を強制する。
そしてこちらの土俵に引きずり出し、相手の強みを殺して仕留める。
仮に裏切者の暴挙をエンキ自身が許せたとしても、それまでの生き方を見ていた周囲の者達が認めない。
これまであらゆる者を力でねじ伏せ、組み伏せてきたエンキはその支配に挑戦する者を無視する事は出来ない。
暴君の権威は、その者が暴君である事をやめた時に死を迎えることになる。
罠と謀略が張り巡らされているのが明らかであろうとも、ハンカチを投げられたならば戦うしかないのだ。
決戦とは自然に起きる物ではなく、強要する物だ。
レオはそう締めてドッグの目を見る。
レオがそこまで説明してもなお、ドッグは一切納得などしていなかった。
ドッグの目はやはり恐怖で乱れ、涙すら流れている。
「イド様の部下をすぐに篭絡するなんて無理だ!」
「大丈夫だ、策は用意している。彼らの意思など関係ないんだドッグ。君はただ彼らを乗せた車両を指示された場所まで動かしてくれれば良い。それで『前』の工程は終わりなんだ」
優しく、しかし有無を言わさぬ口調でレオは前のめりになってドッグに顔を近づける。
犬特有の細長い顔の鼻がレオの鼻とぶつかりそうな位置まで近寄るとレオは優しく囁いた。
「お前の恐怖の理由は聞いているぞドッグ。だが良いのか?友の仇を取らなくて」
「…ッ!」
「今の俺ならばお前の本当の願いを叶えてやれると思うんだ、君が我々の要望通りに動いてくれればね」
突如として核心を突かれたと感じたドッグは思わずレオの目を見つめ返した。
赤い筈の瞳、そこにはどす黒い昏い怒りと絶望だけが存在している様に感じられた。
それは内なる恐怖がその昏い何かに呑まれてしまったからなのか、或いはその目に悲願を成就させる何かを感じ取ったのか、ドッグを苛んでいたエンキへの恐怖心をなぜか和らぎ、安心感すら生まれて来る。
ドッグの内からは恐怖が消えていき、変わって湧き上がってくるのは闘志。
エンキとこの理不尽な世界への憎しみだった。
「君もエンキに捕まるまでは誇り高い運び屋だったのだろう?それが今や友を殺された相手に仕え、元の名前を奪われて『犬』などという侮蔑的な名前を与えられている。報いねばならんだろう、友と己の運命に」
レオは自らの意思で名を捨てた。
それは現在を受け入れ、最早あの幸せだった世界には帰れないという事を完全に理解し、覚悟したが故だ。
だが、この獣人は違う。
この男は名を奪われ、友を奪われ、誇りを奪われた。
そしてその全てを奪った男に支配され、残りの人生すらも搾取されている。
絶対的な存在への恐怖がこの男の怒りを押し潰してきたが、それをレオは言葉でゆっくりと解放させていく。
深い怒りと絶望の中にある者に対してレオの声はよく届く。
この地上を生きるのに必要なのは正義の心ではない、強い衝動だ。
生への執着、自由への渇望、そして理不尽な世界への抑えがたい狂おしいまでの怒りと憎しみだ。
奪われたならば、それ以上に奪い返さねばならない。
それが出来ない者は最後には自らの尊厳と命すらも奪われるのだ。
その本質と源泉に向き合わせ、肯定し、成就を約束する。
憎しみを持つ者の前に立つ時、レオの根拠など無くとも優し気な言葉は甘美な天啓の如き囁きとなって相手の心を突き動かす。
「……あいつはダチを生きたまま素手で解体した。俺の目の前で…」
「ボースから聞いている。その後、君も玉の片方をもがれた事もな」
「だってのに、俺は安心したんだ…。殺されずに済んで……この程度で済んで良かったって…!」
「俺も似た様な物だ。初めて会った時に俺も奴の力の前にすくんだ。ここは袋小路だ、化け物になってやっと道が出来た」
「本当に…俺のダチの仇を取ってくれるのか?」
「約束しよう。君は車を運転するだけで良い、やるのは俺だ」
ドッグの口調が変わり、雰囲気もどこか吹っ切れた様に感じられる。
「それじゃあ不公平だ、俺も…戦いに参加させてくれ」
「そうしたいが、信頼できる運転手は君だけだ。『後』の事を考えると戦闘で無為に消耗したくない」
「後?さっきも言ってたけど何のことなんだ?」
「当然、エンキを始末した後だ。脱出に君のトラックを使いたい。君は目が良いんだろう?道中の運転を頼みたい」
「逃げるアテがあるのか?この辺は猿野郎の縄張りだ。一声かければ皆動く」
ドッグからは恐怖が消え、説得によってやけっぱちもまた、消えつつある。
既に勝った後の未来を想像する余裕すらも生まれている。
レオはすっかりほだされてドッグの態度が変わり、支配者を侮辱する言動に変わった事に満足した様に微笑むとクトーに顔を向けながら話を続ける。
「策は用意してある。だから、君の大仕事はエンキを殺した後なんだ。そうだろ、クトー?」
「ああ、この周辺の奴らはエンキに従っちゃいるが、大半は直接の部下じゃあない。エンキを殺した化け物相手に敵討ちなんて殊勝な奴はそうはいないだろうさ」
話を振られたクトーはようやく出番が来たとばかりに笑みを浮かべて更に続ける。
「だが、エンキ直属の配下どもは別だ。あいつらは敵討ちと称して襲ってくるだろう。復讐を遂げれば次のボスになれるからな。悪魔憑きの傭兵も雇ってこぞって攻めて来るだろう。だから、奴らの手の届かない所に逃げるつもりだ」
「てめぇ話がなげぇんだよ、要点で話せ要点で」
楽し気なクトーに対してボースはいつも通り苛立たし気だ。
盛って回った話し方をボースは嫌い、簡潔さを好むらしい。
「ったく。皆で現状と今後の展開について共有するのは大事だろ?ボース」
「とろとろ話してたら朝になるだろうが、さっさとしろ」
クトーはやれやれと言った風に手を広げて一度溜息をつく。
だがそれも一瞬、すぐさま姿勢を正すとこれまでに無い真剣な顔と口調へと変じた。
「我が真名はマクトー・ヤヴァ。教会圏、東部辺境を統括するフリッツ・ヴァルトー辺境伯の家門に連なりしヤヴァ男爵家の当主なり。我が家の誇りと辺境伯の名誉にかけて、此度の乱が成功した暁には私を救ってくれた諸君らを我らが辺境伯領に招待する事を誓おう」
一瞬の静寂、クトーの示した『勝機』の内容を知るレオは相変わらず堅い表情を崩さず、交渉の中でそれを知ったボースは未だに納得しかねると顔をしかめ、ドッグは驚いたように顔を呆けさせる。
「マクトー・ヤヴァ?あの博物館を口説き落とした?本当に?死んだ筈じゃ…」
「身分ってのはここぞって時まで隠しとくもんさ。捕まった時に隠すの大変だったんだぞ?」
「トウカイにいる奴は皆、あんたの事を恨んでるよ。博物館が教会側になってからまともな武器が入らなくなったもの」
「エンキに目ェ付けられたのもそれが原因っぽいな。だが後悔してねぇぞ、あそこには良い女がいたからな」
「とにかく、それが『後』の予定って事か…」
「そうだ。エンキをぶっ殺してから取れるもん取って辺境伯様の土地までデスロードをぶっちぎってトンズラって寸法よ」
半信半疑のドッグにクトーは新品のスーツの懐からとある物を取り出した。
「我がヤヴァ家の家紋だ。これで信じて貰えると幸いだな」
教会の意匠である歯車をあしらった円の内に弓と交差する矢のシンボル。
運び屋としてある程度情報の精通していたドッグにはそれが本物である事が理解できた。
「分かった、とにかく俺に出来る事はなんでもするよ。その時が来たら言ってくれ」
故にドッグは全てを理解した上で王殺しに加担する事を決意したのだった。
ここに敗者復活戦の参加者が揃う事となった。
「うし!じゃあ戦勝を祈願して皆で円陣でも組むか!」
「あ?ねぇだろ、仲良しクラブじゃねぇんだぞ」
気を良くしたクトーの提案はボースに叩き潰され、一同は微妙な空気であった。
―――
レオら敗者復活の同盟を結んでから数日の後の夕刻。
その日もまた空は濁り、赤い月と紫色の夜空の下で遂に追い続けた大蟹を仕留めたエンキはキドと共に蟹の肉と持ち込んだ野菜を用いて盛大な鍋を楽しんでいた。
鍋の中には甲羅から抉り出された大振りな蟹の身、細く、或いは小さくなってはいるがまだ野菜の原型を保っている諸々の根菜や葉野菜、そしてレオを驚かせたマンドラゴラの様な新しい環境に適応した食材が岩塩とハーブと共に煮込まれる事で食欲をそそる匂いを出している。
蟹を考慮して用意された二人で食べるには大きすぎる鍋、しかしそれに手を付けているのは主であるエンキとその食卓に参加する許可を与えられたキドの二人のみ。
残る配下と奴隷たちは火に薪を投じる係を除いては近づく事も許されていない。
彼らの役割は夜通し火を守り、文字通りの照明となる事で夜の危険な獣たちを近づけない事である。
事実、エンキらの囲む焚き火の四方には照明役として松明を持つ奴隷が交代で立たされ、エンキ直属の配下が奴隷が怠けていないかを厳しく見張っている。
彼らはエンキらが楽しんでいる食事に自分たちがありつけない事を理解している。
それ故に彼らは鍋の匂いを肴に、用意された泥パンを野菜くずで作ったスープでふやかしながら食べ、酒もどきをあおって憂さを晴らすしかなかった。
文明が後退しようと、持つ者と持たざる者の格差が消える事は決してない。
むしろ、力ある者が総取りするという意味ではかつてよりも悪くなってすらいる。
そんな世界で誰よりもこの利益を享受する瓦礫の王、エンキは上機嫌であった。
「キドォ!どうだ、俺の飯は旨いか?」
「キッドだ。ああ、この蟹は旨い。少し生臭いが」
酒も入り、上機嫌のエンキに対してキドはいつもの落ち着いた口調で答える。
エンキから振る舞われた酒を同程度摂取しているが、酔い難い性質なのか平静を保っている。
「くそ野郎の人生みたいな味でもこうして酔えるもんを作ってくれるんだからイドの野郎はぶっ殺せねぇ…」
「だが、ボースから名前聞いた時は機嫌が悪そうだったな。実際の所は嫌いなのか?」
キドの遠慮のない言葉にエンキはしかし、意外にもエンキの顔に苛立ちや嫌悪は無かった。
「あいつは頭が良い。押し付けた仕事は全部やってやがる。だからなんだろうが、くだらない考えばっか言ってくるからよぉ。それについては飽き飽きしてはいるんだ」
「くだらない事?例えばどんな?」
「真面目にやりゃあこの一帯を支配してまともに出来るだとか、天下を取れるとか、そういうくだらねぇ事さ」
「嫌なのか?他人を支配するのはお前の好きな事じゃないのか?」
僅かな間の静寂、何かまずい質問をしたのかとキドが思った直後にエンキのそれは爆発した。
酒に酔ったのか、目の座ったエンキは叫ぶ。
「俺はなぁ!屑共を足蹴にして遊ぶのが好きなんであって、統治なんて面倒なもんしてぇわけじゃあねぇんだよ!分かるか!?んんぅ!?」
「ふむ…」
相槌を打とうとしたキドの前でエンキは弾かれた様に立ち上がると背を向けて休憩がてら食事を取る配下へと近づき、無造作にその頭を握りつぶした。
暴君の突然の暴挙に動揺しつつも配下たちは口を押えて悲鳴を飲み込んだ。
しかし、恐怖に耐えられなかった奴隷たちは思わず悲鳴を上げた。
「家具が喋るんじゃねぇぞ!親から習わなかったのか!?んん!?」
エンキの姿が掻き消え、気づけば頭部を半ば粉砕された奴隷のそばにエンキが立っていた。
その拳は血にまみれており、エンキが奴隷を殴り殺したのだという事をキドは理解した。
それを見た何人かの奴隷は恐慌状態となって食事や松明を投げ捨て、夜の闇へと逃げ去っていく。
彼らが帰ってくることはもうないだろう。
血が鍋に入らない様に蓋をして守りながら、キドはエンキを必死になだめようとする。
「良い顔と感触だぁ!もっと怖がれ!ははははははッ!」
「エンキ、それ以上は…」
「俺がしたい事ってのはつまりこれなんだぜぇ!?分かるか?分かるか!?んん!?」
「落ち着け、それ以上やると誰が照明役やるんだ?」
再びの静寂。
憑き物が落ちた様にエンキは真顔に戻り、鍋の元に戻ってきた。
残った人員が恐怖の張り付いた顔で四方の松明の役割を継続している。
「いけねぇ、普段は抑えてるんだが酒のせいだなこりゃあ」
「俺も悪かったみたいだな次からはお前とはもう酒は飲まん事にする」
元の雰囲気に戻ったエンキとキドは相変わらず旨そうに煮える鍋に再び舌鼓を打ち始めた。
先程の惨事を前にしてもキドは落ち着き払っている。
悪魔憑きとはこういうものだという認識を有しているが故だ。
強い力を持つが故に、衝動的であり破壊衝動や殺人衝動を持つ者が多いのが悪魔憑き。
自我を維持しているだけで彼らも結局は怪物に過ぎないとキドは弁えている。
「まあ、要するにだ。俺は現状で満足してるってのに、イドの野郎はもっと仕事しろと言ってくるわけよ」
「それが嫌だから出来る限り会いたくないし、会話もしたくないと」
「うっかり殺しちまったら大変だからな、全部俺が面倒見ねぇといけなくなっちまう」
「なるほどな、確かに大変だ」
エンキは自分の武力で手に入れた物を長く手元に置いていおくのを好まない。
管理が面倒だからだ。
故に、手に入れた土地や塩田などの要衝はイドや他の配下に丸投げしてそのアガリを取るという方式を取っている。
真面目に管理しているのはお気に入りの虫を詰め込んでいたぶっているこの都市鉱山だけなのだ。
趣味に全振りしたこの悪趣味な庭だけがエンキにとって必要な世界であり、他の土地はそれを維持するための予算を稼ぐ場所でしかない。
「これ以上支配地が増えたら真面目に統治しねぇといけねぇじゃねぇか。そんなのまっぴらだ。そんなの楽しくねぇ」
「だがもっと良い暮らしが出来るんじゃないのか?地域が安定すればまた電気が使えて色々出来るようになるだろ?旨い物だって沢山作れるぞ」
「それだ、安定させる?とんでもない。俺が美味しい思いが出来るのはこの混沌とした世界のお陰だってのになんでそれを台無しにするのかって話だ」
酒で顔を赤らめながら、しかししっかりとした口調でエンキはキドの疑問にそう答えた。
支配者には支配者なりの哲学や思惑があるらしい。
エンキに関して言えば自分が最強である為に、この地域の文明を停滞させる為に支配者をやっている節がある様だった。
そんなエンキは酒をあおりながらキドに商談を持ちかけた。
「それよりも、だ。キド」
「キッドだ」
「近いうちにもう一狩り有りそうなんだが、付き合えるか?」
「場合による。そろそろ契約期間は終わりだから更新するか?」
「無論更新したいが、嫌ならばあと一月だけでも良い。それぐらいで片はつくと見てる」
「ふむ…」
キドは僅かに俯き、思案する。
エンキの支払いは正確で、ケチる事も無いので実際の所、悪くない。
エンキの本心が機を見て自分を殺す為に色を付けて手元に留めている事は理解している。
ボースの怒鳴り散らす声を聞くのは疲れるし、一緒に仕事をすると嫌になって来る。
だが、それにも増してエンキからの支払いは魅力的で長く続けられるならば続けたいというのが本音だった。
要は隙を見せなければこの仕事は悪くないというのがキドの結論であった。
「良いだろう、通常の期間で更新しよう。狩りの内容は?」
「奴隷狩りだ。何日か前に変異した奴隷がくたばったのは知ってるな?」
「ああ、俺が連れてきた奴だな。運が無い奴だった」
「あの腕なぁ…切断面が奇麗過ぎんだよ、ありえねぇだろ?ん?」
「無理矢理持ってきたならばそうなる筈はないな」
ミュータントに食われたにしろ、粗末な道具で切断されたにしろ、そういった雑な処理をされた腕は切断部がずたずたになっていて然るべきだ。
それに対して、奴隷たちが献上した腕は切断面が奇麗過ぎたのだ。
後から細工した痕もあったが、これまで多くの命を肉塊に変えてきたエンキの目を誤魔化す事は出来なかった。
レオらは最初の段階で既に泳がされていたのだ。
「キド、お前には頼みたい事があるのさ。そう特別な事じゃないから身構えるな、ん?」
「まあ、良いだろう。だが仕事の話をするならばアルコールを抜いてからにしたい。良いか?」
「構わんぞ。それよりも、鍋の締めに残り湯で麦粥ってのはどうだ?」
「無論、是非とも貰いたい。俺はただで旨い飯食えるのが一番好きだ。幾らでも貰うぞ」
「俺はお前のそういう図太い所が大好きだ。いつか四肢をもいでから情けなく命乞いさせてやりたいぐらいにな」
瓦礫の王は獣めいた笑みを浮かべながら、カウボーイハットの傭兵と共に麦粥を口の中にかき込む。
双方の望んだ決戦は間近に迫っていた。
前回で入らなかった分の各陣営の動きパートが以上となります。
取りあえずようやく一章で出したキャラのキャラ付けや個性が出てきた感じですが、そろそろ一章も終わりに近づいております。
次回からは戦闘の予定です。
クトーもとい、マクトーおじさんが貴族であるというのは初期構想から考えていたのですが、ここまで出せずに来てしまいました。
教会のプラウラー、直訳すると徘徊者ですが、これは他のファンタジー作品で言う冒険者の枠みたいなものです。
違うとすればただ探索や戦闘をするだけではなく、戦前の技術や遺物を保有している勢力や都市が有れば交渉して譲渡或いは教会陣営内に組み込む工作を行うなどの政治的な業務も行う点です。
この性質上、プラウラーは教会が定める文明圏の外で他勢力と最初に遭遇する外交使者の側面も持っています。
人が初対面の相手の態度で全てを判断する様に、彼らの行動次第で相手側勢力の教会に対する今後の対応が決まる事も割とよくある事から高度の政治判断能力と決断力を持つ者がリーダーとして統率する事が求められ、必然的に下級貴族がその長になる事が多いです。
クトーおじさんもその枠になっています
ボースくん含めてこうした高水準人材が辺鄙な都市鉱山に大量にいるのはエンキくんのゲイのサディストっぷりがあってこそです。
今回はここまで
以下、作中内で示した家紋のイメージ図になります。
この絵は自分のガバガバ絵をツイッターの相互フォロワーであり、戦国英雄譚の作者でもあるイスタル@ISUTARU_114 氏に清書して頂いた物となっております。
歯車が教会の意匠であり、その内に貴族の家紋が書かれる事で貴族の権威は教会の威光によって保障され守られているという感じで考えてあります。




