三十七話、敗者結集
8000字超えてしまったので一旦放流
「R、まだ決めてねーのか?」
懐かしい声が身を横にしているレオに呼びかける。
その時点でレオは自分が夢を見ている事を理解した。
遠い夢、もう戻る事の出来ない場所の朧げな記憶だ。
きっとあの桃の缶詰が、文明の残滓が、まだそれ程の時が経っていない筈でありながら遠い過去になってしまった様に思えるかつての日々を無意識に想起させたのだろう。
レオにはこのやり取りをした時の事を忘れずに覚えていた。
それが夢の中で繰り返されているのだろう。
瞑っていた目を開き、体を起こす。
視界に映るのは清掃された白い壁と合成された青い空が映り、人工の光を降り注がせる天井に囲まれた人工の楽園。
地には汚染されていない清浄な土と青くみずみずしい芝生が生え、花壇にはパンジー等の綺麗なガーデニングフラワーが咲き乱れ、心を落ち着かせる花々の甘い香りが漂っている。
スペースを狭めない様に配慮されてまばらに植えられた背の低い樹木には、取り付けられたスピーカーから今は存在しない野鳥の美しいさえずりが耳障りにならない程度の音量で定期的に流され、送風機から流れる絶妙に調整された風が実際に大地を吹く風の様に優しく肌を芝生を撫でて優しい草のしなる音と共に耳を楽しませてくれる。
害虫も害獣もいない涼しく、良い匂いのする平和な快適な空間。
それが故郷であるARK5内の動植物保存区画、種子保存区域の片隅に作られた慰安用の人工公園であった。
計画開始時には存在しなかったこの公園は、地上の復興が短期では不可能である事を理解した最初の世代の構成員達が人員の精神安定と記憶の継承を目的に作り上げて以来、多くの兵士や労働者、そして指導者たちを癒し、失われた過去との対話を行える場を提供してきた。
レオにとっても長期に渡る地上任務が終われば訪れるお気に入りの場所である。
もっとも、遠征軍兵士はここで人工肉のステーキを使ったバーベキュー大会を行うという眉を顰められかねない催しを幾度となく繰り返していただのだが。
そうして景色に見とれていると、脇を小突かれる。
そちらに目をやれば、装甲ヘルメットを着けていない素顔の戦友がレオと同じく地面に腰を付けながらいたずら好きそうな顔でこちらに問いかけて来る。
「名前だよ、俺らも遂にあの人の部下になれたんだぜ?これから激戦地たらい回しにされてガシガシ功績稼げるんだ。すぐに名前持ちになれるのは確実だぞ」
「ははは、相変わらず前向きだな…。僕は長生き出来そうに無いなって覚悟決めてるってのに」
そうだ、この時はこんな会話をしていたのだ。
もう何年も前の割には鮮明に覚えているものだ。
遠征軍は死ぬか出世するかの二択と元から言われている部署、それも英雄と皆が呼んで憚らないジョンソン少尉の小隊に入る事になったとあってはもうこの二択からは逃れようが無いと観念していたのだった。
「僕は…どうにも自分が名前持ちになれるって未来が思い浮かばないんだよなぁ…。簡単に死ぬつもりもないんだけど」
この時に言った言葉は確かに事実となった。
兵士として大成する事も無く、人として死ぬ事も出来ず、今自分は化け物となってこの地上をさまよっている。
そして戦友はあの地下鉄の戦いであっけなく体を両断されて死んだ。
だが、そんな事を夢の中の友が知る筈もなく、いつも通り楽しそうですらある。
「心配すんなって!お前が考えて俺がぶち込む!残留物の化け物がダース単位で来でもしねー限り俺らは無敵さ!」
「ははは…そうだとは思うけどね…。で、君は何にしたんだ、L?」
「知りたいか?実はまだ誰にも教えてなくてな…。特別だからな?俺が欲しい名前ってのは―――」
亡き友が名を告げようとする中、レオの視界は揺れ始め、聞き覚えのある声が響く中で意識は覚醒した。
「レオ、プレゼンの時間だ。よく眠れたか?」
夢の時はクトーに揺り起こされた事で終わり、意識が現世へと帰還する。
地面は硬いコンクリート、漂うのは埃と砂の乾いた匂い、風は生暖かくまとわりついてくる。
心を許せる友はおらず、隣にいるのは利害が一致しているので当面は使えそうな男達が数人。
甘味によってもたらされた一時の幸福は瞬く間に終わり、現実はすぐに再開された。
どれだけ過去に思いを馳せようと、現世という地獄からは決して逃れる事は出来ない。
「ああ、最悪の目覚めだ」
「だろうな、だがそれももうすぐ終わるさ。勝っても負けてもな」
「そうだな、まずは…勝機とやら作りに行くとしよう」
「心配するな、伝手は用意してある。俺たちもここで何年も無為に腐ってたわけじゃ無しってな」
既に日は傾き始めている。
これまでは死と束縛をもたらす絶対的な理不尽であった夜の闇の先触れだ。
だが、今はこれにこそ勝機がある。
レオはクトーを引き連れ、女神の首が刺さるセーフゾーンからその闇が迫る外の世界へと歩み出した。
―――
この世界には二種類の人種しか存在していない。
支配する者とされる者の二種のみだ。
だが、支配者の側にいる物が常に幸福とは限らない。
なぜならば、人種が二つだけであってもそこに階層が無いとは誰も定めていないからだ。
支配者の長が横暴である時、支配する側の者であっても支配される者と平等に苦しみを分かち合う事となる。
その苦しみを最も受けている者がエンキの宮殿たる廃ビルの中にいる。
瓦礫の王の副官という立場を与えられながらその実態は小間使いであり、殴り甲斐のあるサンドバックでしか無い脱走兵の首魁たる男、ボースは窓が取り払われた階層から外を眺めていた。
夜が迫っているにも関わらず、エンキが戻って来る様子はない。
恐らくは外で夜を過ごすつもりだろう。
キドと召使いを連れて行った事からして、蟹を狩る為に数日は廃墟で過ごすつもりなのかもしれない。
あの猿と数日顔を合わせなくて済む、それだけ心が軽くなる。
しかし、それがボースに敗北感を与え、更に心にいら立ちが募っていく。
それを押し殺す様にボースが窓の手すりを強く握りしめると、限界が来ていた手すりがボロリと外れ、夕暮れの迫る地面へと落ちて消えて行った。
その階層はエンキの住む階層とは異なり、荒廃を極めている。
内壁はひび割れて内の鉄筋が所々露出し、天井も崩落して大穴が開いている。
窓も全て砕け、出入りを拒む物は一切ない。
ビルの中程に存在するその階はボースらの普段の待機場所であり、エンキの興が乗った時には闘技場として使われる事もある。
崩れた大穴は上階を観客席たらしめるには都合が良く、開かれた窓は敗れた剣闘士を投げ捨てるのに丁度良い。
そして、換気を行うには十分すぎるこの環境ではある程度匂いが発生する事も許される。
「中隊長~、そろそろ飯出来そうっすよ~」
不機嫌そうに外を眺めていたボースの背後で声がした。
振り返れば、四つある奇妙なとんがり帽子のような土鍋の前に茶髪の若い男が呑気そうな表情で座っている。
今や三人にまで減ってしまった市民兵時代からついてきている部下の一人だ。
「レナルド、他の奴らはどこだ」
「さて、どこっすかね~。しょんべんでも行ってるんじゃないすかね?」
いつも通り不機嫌そうなボースの問いに曖昧な返答をしたレナルドは自分に割り当てられた鍋を開ける。
細長いとんがり帽子のような蓋が外されると浅い底部分に蒸された肉と野菜が現れ、湯気を立てながら食欲をそそる煮えた匂いを周囲にまき散らす。
いわゆるタジン鍋と呼ばれていたものだ。
香辛料を用い素材の水分だけで調理を行うこの器具は、水分が少ないこの環境では非常に役に立つものとなっている。
もっとも、香辛料自体が手に入りにくい環境である現在、ボースらは岩塩を用いている。
「中隊長は食わないんすか?俺先に食っちまいますよ?」
「……ったく、相変わらずだなおめぇは」
「食える時に食わないといつ何が起きるか分からないっすからね。飯食うのも休むのも俺らの仕事っしょ」
レナルドは飄々とした態度で答えながら、鍋で蒸された薄く細長い干し肉と野草の如く貧相な野菜、ピンボール程度の大きさの芋などを次々と口に運んでいる。
その態度に毒を抜かれた様な気分になったボースも鍋の前に座り、蓋を開けてレナルドの例に倣う。
「ちっ!相変わらず不味い飯だ!」
「岩塩しか使ってないっすからね~。ここじゃハーブも生えちゃいない。材料も貧相だし」
出来上がった料理を一口食べ、ボースはいつも通りに不機嫌そうに料理を罵る。
それをいつもの事の様に流しながら、レナルドは太い植物の根っこ程度にまで細くなったかつては『ニンジンだった物』を齧りながら気の抜けた返事を返す。
だが、これでもマシな食事だ。
何といってもこの鍋は栄養と水分の補給がしっかり出来る様に考えて作られており、何よりも温かい。
温食というものはそれだけで精神衛生に良好な作用をもたらす。
故にボースは自分の部下たちだけには可能な限りマシな食事を与えられるように配慮していた。
奴隷や他の兵士達と同じ食事を彼らは取らない。
まともな食料ではないからだ。
奴隷や他のエンキの配下などは端から眼中になど無い、元より全員に行き渡る程の資源もない。
信頼出来ず役に立たない者に食わせる物は無いというのがボースの方針だ。
この吹きさらしの階層を使っているのもエンキが殺戮遊戯を楽しみたいという時を除けば誰も来ないからだ。
ミュータントの侵入に警戒しなければならないが、最低限の光源を確保していれば大抵の場合は問題はなく、ボースらには経験も装備もある。
最悪の場合は階層を放棄して脱出も出来る。
光を恐れない者には無力な奴隷の寝床とは違い、安全対策はある程度取れている。
そうであるからこそ、逆に彼らは突然の闖入者に対して意外なほどに無防備であった。
「なんだ?宴会でもしてるのか?まともな飯の匂いがするじゃあ―――」
解き放たれた窓の一つから聞きなれぬ声が発せられると同時にボースは弾かれた様に立ち上がり、声の方向に向けて鉈を投擲しようと腰から抜いて振り上げる。
「ちょっ!待て!待て!商談相手をスイカみたいに切断する気か!?」
狼狽する声と態度に既に振り下ろす態勢に入っていたボースは敵意が無い相手と判断して無理矢理投擲を中断する。
鉈が袈裟懸けに大きく空を切る中、声の主は打った腰をさすって不平を述べる。
「ああ、くそ。せっかくの商談だから新品に着替えてきたってのに埃で台無しだ。まあ、俺がアポ無しで来たから悪いんだけどな…」
「てめぇ、死んだんじゃねぇのか?ドブネズミの親玉」
果たして、ボースの圧に負けて尻もちをついていたのは新品のビジネススーツに着替えたクトーであった。
伸び放題だった髭は全て剃られ、ぼさぼさであった髪は短く刈られた後に整髪剤でオールバックに仕上げられ、泥だらけであった顔は清潔に洗浄されて最早別人の様ですらある。
見た目だけはどこに出しても恥ずかしくないチャイニーズマフィアのそれだ。
だが、その声と映画の俳優めいた気取った口調に変わりはなかった。
普段の這いずる弱者とは気色の違う雰囲気にボースの表情が僅かに変わる。
「死んだと言えば確かに死んだろうな。今や俺もくすぶってた奴隷から自由を求める闘士様に転職したんでな。あんたに商談に来たんだ、ボース」
「要点はなんだ、さっさと言え。俺の機嫌が良い内にだ」
ボースの機嫌はお世辞にも良くは無さそうだ。
だが、本人がそういうのだからこれ以上じらせばもっと悪化するのだろう。
事実、ボースは未だに鉈を握りしめている、怒らせればいよいよ以て投げつけて来るだろう。
クトーは即座に真剣な表情となって本題を切り出した。
「エンキを始末したい。協力してくれ」
「正気か、てめぇ?俺一人にも勝てねぇ屑共に何が出来るってんだ?」
クトーの提案をボースは当然の如く、協力を拒否する。
エンキの力を誰よりも知っているが故に、弱者を幾ら集めても無意味である事を理解しているからだ。
「確かに、俺たちだけじゃ無理だ。雑兵をいくらぶつけても勝ち目なんて無い。奴は戦車と同じ、だったら同じ戦車をぶつけりゃいいんだ」
「言葉遊びはやめろってのが分からないのか?」
「そうだな、じゃあ見て貰おうか。こいつが俺の用意出来る切り札だ」
クトーの言葉が終わると共にクトーの背後の窓から太い腕が唐突に現れ、次いで全身が現れる。
草色の肌、筋肉に覆われた長身の肉体、食いしばった口からはするどい牙が見え、顔には赤い瞳が怒りに燃えている。
人の形を残しているだけの異形、それがボースが最初に抱いた印象だった。
僅かにたじろぎ、一歩後ろに引く。
化け物だ。自分よりも大きく強い、純粋な怪物だ。
なぜこんな物の侵入を許しているのか、ボースは役に立たぬエンキの配下を呪いながら叫ぶ。
「レナルド!離脱だッ!援護しろ!」
異形に鉈を向けつつ、ボースは背後で援護の姿勢を取っている筈の部下に叫ぶ。
だが返事は無く、動きも感じられない。
「レナルド!何してやがる!死にてぇのか!?」
「大丈夫っすよ中隊長、そいつら入れたの俺っすから」
想定外の言葉にボースは思わず後ろを向いた。
レナルドは相も変わらず鍋の具を口に運んでは咀嚼している。
「他の二人には下で待機して貰ってたんすよ。その奴隷たちが中隊長と会いたいって話だったんで」
レナルドが言うが早いか、異形の後ろから更に二人の兵士が現れる。
どうやら、この階から降ろしたロープを伝って全員登ってきたようだ。
単純だが、内部からの手引きと登りきる体力さえあればエレベーターを使わずに行き来が出来る悪くない手段だ。
「元々、奴隷共に賄賂貰う代わりに色々世話してやってたんすよ。その伝手って奴っすね」
「てめぇら…俺を裏切ったってのか…?」
「逆っすよ、強いて言うならばあんたが俺らを裏切ったんすよ」
「なんだと…?」
「俺たちはどんな時も我を通して戦い続けるあんたの姿に惚れたからついていくって決めたんすよ。だから、あんな猿にへりくだってるあんたの姿は『俺たち』への裏切りで冒涜なんすよ、中隊長」
一触即発、侵入者を無視して同士討ちを開始しそうなボースらの間にクトーが割って入る。
「ちょい待て、皆落ち着こうじゃあないか。取りあえず状況を整理しよう、な?」
その言葉にボースは鉈をしまい、地べたにどかりと座る。
それを見てクトーは不敵にほほ笑んだ。
「良いだろう、どうやらこの中で一番の間抜けは俺みたいだからな」
「理解して貰えて幸いだ、ボース。さて、どっから話したもんか、まあ手短に行くぞ」
そうしてクトーはここに至るまでの顛末を語り始めた。
話はレオの死を偽装したところまで遡る。
クトーはレオに協力するにあたって、残した部下にもう一つの密命を与えていた。
すなわち、ボースと接触の為の準備工作だ。
ボース本人との接点はこの時点では存在しなかった。
ボースは腐ってもエンキの副官であり、エンキの傍に仕える以上は隙が無かった。
だが、ボースの部下に関してはその限りではない。
元より、クトーらは脱出の為に下準備をする過程で看守役であるエンキの兵士には秘匿した物資の一部を賄賂として少量ずつばら撒いていた。
その過程でボースの部下にも同じ様に物資を横流しし、パイプを作っていた。
今回、それを使いクトーの部下たちはレナルドの協力を取り付け、エンキの不在を狙い即日の交渉に踏み切る事となったのだった。
全てはレオが腕の再生の為に仮眠を取っていた僅かな時間の間の出来事であり、全ての準備を進めながら、一向に手に入る気配の無かった『エンキを殺せる手札』というパズルを埋める最後の一欠片が転がり込んだ以上、、事が終わるまでクトーらが止まる事は決して無い。
「なるほど、良く分かった。てめぇら全員馬鹿だって事がな!」
「そりゃそうだ!頭が良かったら皆こんな所にはいねぇからな!俺たちは皆馬鹿さ!」
ボースの怒声に対してクトーは開き直った様に答える。
「俺たちは皆敗北者さ!エンキの玩具にされるために生かされてる!運が良いからまだ生きてるだけに過ぎない!だが、死に損なってたらこうして敗者復活の機会が来た。手札が巡ってきた」
「だからこんな素性のしれない化け物に掛け金全部賭けますってか?脳みそまで腐ったか!?」
ボースの指摘は当然だった。
悪魔憑きというだけで戦力として未知数の者を頼りに本物の怪物とぶつかるなど正気の沙汰ではない。
無茶と無謀の対価は常に大量の屍だけなのだ。
「ボース、お前はなんで脱走兵になった?正規兵の振る舞いに不満があったとしても、後ろ盾も無くこの地獄を彷徨する道はより過酷な選択だった筈だ。なぜだ?」
だが、レオは構う事無くボースと対面する様に地面に腰を下ろしてに問いかけた。
罵り合いではなく、問答の中で理解させる道を選らんだ。
無粋な腹の探り合いではない。
本音と本音のぶつけ合いによる相互理解だ。
「……気に食わなかったからだ」
「ふむ…気に食わなかったのか、ARK5の提供した生活が」
「そうだ、俺は他人に指図されるのが嫌いだ、他人に命を委ねるのも嫌いだ。てめぇら宇宙服野郎の事も、それにおもねる屑共も、誰も彼も気に食わなかった。俺の命は俺だけのものだ、俺の為だけに使う。当然だろ」
市民兵として従軍するか、地上での労働に従事する限り、ARK5はその者と家族に安全な居留地と食料を供給し続ける。
だが、その生活が豊かであるとは言い難いのは事実だった。
元より、汚染された軽度汚染者である『市民』はいずれは浄化する事となるが故に、その維持は低コストである事が重視され、居留地での生活は外で生きるよりはマシ程度の待遇でしかない。
仕事以外では移動の自由など無い壁に囲まれた狭い土地の中で監視され、栄養だけを重視された味のしない戦時標準食を毎日三食食べる生活だ。
それでも過酷な外の世界に比べればマシという事実だけでほとんどの者にとっては楽園だった。
事実、流れてきた難民の多くがARK5の用意した地上居留地に入る事を望んでいた。
ボースにとってはその体制自体が嫌悪の対象であったらしい。
自由の無い居留地の中にいたからこそ、たとえ野垂れ死ぬとしても己の力だけで外の世界を生きる事にボースは焦がれたのだろう。
最も外に近い市民兵にボースは志願したのは当然の帰結だった。
「それがお前の言っていた『自由』、か」
「くだらねぇ任務で死守命令出された時にいよいよ以て愛想が尽きて抜けたのさ、使える奴だけ連れてな」
「だが、それもエンキに捕まえるまでの間だけだったわけだな?それが求めた自由の結末で良いのか?」
レオの真剣なまなざしにボースは目を逸らし、続ける。
「……あいつは俺の部下の半数を殺して俺自身も半殺しにしやがった。副官として働けば良し、いやならば全員殺すと言われりゃ選択肢なんて無いだろ?」
「だが、納得なんて出来なかったんだろ?お前の誇りがそれを許さない筈だ。俺が望まぬ生還に絶望した様に」
ボースに荒野の自由を求めさせたのはボース自身の誇り高さに他ならない。
ならば、利口になどなる事は最初から不可能なのだ。
心に巣食う自由への憧れという獣が飼い慣らせる程度の存在であるならば、彼は正規軍を裏切り脱走兵になどなりはしない。
「……これまでずっと、俺の誇りを踏みにじった奴を殺してやりたいという本能と、機を見ねば勝てないという理性の二つが常に俺の中にぶつかって気がおかしくなりそうだった。殺れるのか?てめぇに奴が」
僅かな沈黙の後に語り出したボースの顔には怒りと憎悪が満ちている。
今度は顔を逸らさず、目には殺意と闘志が満ちている。
そして、それを見つめ返すレオにも同じ物が宿っているとボースは言葉ではなく本能で理解した。
言葉では言い表せない、身を焼く怒りと憎しみと、狂おしいまでの自由への渇望。
これは抗い様の無い絶望と理不尽によって誇りを貶められた者にしか分からない昏い感情だ。
自らを貶めた相手に然るべき報復を行う日までこの激情が収まる事は決して消える事はない。
違う過程と環境の中で、しかし同じ感情を共有した二人の持たざる者同士の共闘。
この瞬間だけは二人の利害は完全に一致していた。
「ボース、君が協力してくれるならば奴の首をかき切れる可能性は大幅に上がる。皆が待っていた最後のピースが俺だ」
「……確かに今が、機なんだろうな。乗ってやろうじゃねぇか、てめぇらの馬鹿みてぇな賭けにな」
ボースは凶悪な笑みを浮かべながら手を差し出し、レオは硬い表情でそれに答えて力強く握手をする。
「……勝つまで取っとくとつもりだった一張羅着てばっちり決めて交渉しに来たのに俺の出番ほぼ無かったな…」
意気投合する二人を見ながらクトーがすねた様に文句を言いながらレナルドの横に座り、人様の鍋を勝手につついていた。
タジン鍋、主に北アフリカで親しまれてる料理という話です。
これもツイッターの相互フォロワーの三務氏から提供していただいたネタを使ってる感じなので氏への感謝が絶えません。
ボースくんですが、彼はARK5が作った地上人居留地の生まれです。
地球環境の再生と人類社会の復興を旗印にする旧人類勢力であるARK5は元より地上人は治療不能な汚染されたミュータント扱いで最終的には地球環境の回復によるエーテル枯渇での絶滅を目指していますが、それがすぐには実行不能である事もよく理解しています。
地上での活動も汚染問題で制限されている事、戦力・人的資源もそれ程多くない事情から恭順を示した地上人を『市民』として居留地に住まわせる対価として正規軍の補助戦力、地上での各種補助労働力として使い潰す方針を取っています。
また、最終的な浄化という目標を悟らせない為に婚姻や出生の統制はあまり行っていません。
これには使い潰した人的資源の回復を図り、計画完了まで労働力を確保し続ける狙いもあります。
居留地の監視は内部での重度汚染による変異者(悪魔憑き)や屍者の発生を警戒しての措置であり、反乱などの危惧はほとんどしていません。
これは安全な住居も食糧もARK側が供給している関係上、反乱が即座に市民の死につながるからです。
そういった事情から居留地内での地上人の出生もそれなり行われており、ボースくんもこの中の一人です。
生まれてからずっと狭い壁の中、不味い飯、強化外骨格兵の監視付きという生活に我慢出来なかった事と生まれつき体が丈夫だった事から最終的には脱走する事を前提に市民兵となり、有志を集めて脱走し、現在の時間軸に至っています。
なお、彼が長身で筋肉もりもりマッチョマンになれたのは栄養だけを重視した戦時標準食のおかげです。
味は無くてもカロリーと栄養はしっかりあったのです。
今回はとりあえずここまで




