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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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三十五話、呼び声

グワーッ!無職グワーッ!

その呼び声が聞こえたのはいつもの採掘現場から更に奥に進んだ先であった。

自分を呼ぶ聞き覚えの無い、しかしなぜか自分が見知った相手だと理解出来る声。


遠くからの叫びの様でありながらも、どこか近くから囁かれているとも感じられる様な不可思議さを持つ声。

脳に直接響くような感触を与えながらクトーを導いている。


皆が聞き、感じ、そして不気味さを覚えるそれを、しかしクトーは昨日の晩に変異した新しい仲間の声であるという事を理解していた。

いや、声を聞くたびにその感触が確信へと変わっていくと言った方が良いのだろうか。


これはある種の精神汚染を伴うアノマリーの様な物であり、怪物と化した新たな友の餌場に誘いこまれているのかもしれない。

しかし、どうであれ進む以外に道はない。


「奴だ、やはり生きていたッ!急げ!少しでも早く接触するぞ!」


昨晩も捕食者を相手に振るった粗末なパイプ槍を持って集団の先頭をクトーが進む。


夜明けと共にいつもの獣じみた笑みを伴って現れたエンキはクトーらが武器を隠し持っていた事も、昨晩の襲撃の事も、夜の眷属たちの宴が終わった後の寝床の凄惨な光景にも一切興味を示さなかった。

唯一つ、いる筈の男がいない事についてのみエンキは生き残ったクトーに問うた。


『あの新入りはどこにいった』、と。


クトーは素直に嘘偽りなくエンキの質問に答えた。


昨夜の夜行種と屍者の襲撃による絶望的な状況、その中で悪魔憑きへの変異を起こした彼の男が折れた青い剣を片手に荒れ狂い、周囲の敵を切り伏せながら夜の闇に消えて行った事を。


それによって僅かばかりではあるが自分達は生き残れたという事を、クトーは一切の脚色なくエンキに伝えた。


それがどの様な心証を与えたかは分からない。

ただ、エンキのあの見る者の心を凍らせる笑みが更に深くなったようにクトーには感じられた。


結果としてクトーは現在、その悪魔憑きを探す為の探索の為に危険な都市の奥地へと送り出される事となった。

減り過ぎて使い道の無くなった奴隷の最後の仕事のつもりだろう。


だが、好都合だ。

彼らよりも先にキルロイと名付けたあの新しい友に接触できれば、或いは何かの打開策になりうるかもしれない。


貧相な槍では昼を生きる化け物にもそう多くの事は出来ない、好戦的なミュータントに遭遇すれば死は確実だ。

だが、エンキに逆らっても結局は殺されるとあっては選択肢などは元より存在しえなかった。


そうして一同が諦めて死出の旅路であると覚悟する中、クトーだけはまだ可能性を信じ探索を続けていた。

太陽は既に天頂へと至り、時が既に昼に達している事を告げている。

いずれにしろ、成果無しでは帰れない。


そうなれば、それを咎の理由として全員が始末されるだろう。

この地に留まれば、夜の闇が同胞達を始末する。

彼らには狂乱と共に夜の闇へと消えて行った悪魔憑きを見つける以外に選択肢は無かった。



悪魔憑きが悪魔憑きと呼ばれる所以は大半が原型を失う程の重度の変異を起こした際におかしくなるからである。


肉が溢れ、骨は粉砕と再生を繰り返す。

或いは、その肉体の組成そのものが別種の存在へと置き換えられていく。

その過程において痛みに耐えかねるのか、或いは何かの狂気に飲まれるのか、悪魔憑きは理性を失った怪物へと生まれ変わり、周囲に死と破壊を振りまく厄災となる。


だが、悪魔憑きは稀に変異に耐えて自我を残す個体が生まれる場合がある。

無論、そのような奇跡を期待して変異の完了を待つほど教会圏の人間達は甘くはない。

大抵の場合は変異を始めた段階で処断される。


だが、こういった孤立した状況で変異を起こした者が自我を維持したまま人々の前に戻ってくるという事例は決して少なくは無かったのだ。

この廃墟を支配するエンキなど、まさにそういった事例の一つだ。



クトーが賭けたのは彼の男がそういった少数派に含まれているという可能性だった。

勝算が無いわけではない、昨夜の戦闘であの男はミュータントだけを区別して殺して仲間には手を出さなかった。


或いはあの時に最後の自我を使い切った可能性はあるが、それでもそこに賭けるしか無かった。

進もうと退こうと死ぬとなれば、進む以外に活路は無い。


そんな時、まさに天啓の如く響いた自分を呼ぶ叫びを聞いたクトーは息を切らしつつも踏ん張って進む。


絶望する仲間を鼓舞し、共に空を警戒し、倒壊した建物の壁に沿って進み、時には内部に侵入して安全を確認しながらゆっくりと、しかし決して止まる事無く呼び声に従って声が強くなる方へと進んでいく。


そうしてたどり着いたのは天井が崩れ、窓や入口だったと思しき大穴が至る所に空いた崩れた建物の一室だった。


クトーは仲間を制止し、顔の半分だけを出して内部を確認する。

そこにあった光景は異様その物であり、この世の縮図の様な地獄であった。


切り捨てた死体の上に君臨する怪物の王、まさにそれはエンキがこの廃墟に築き上げた秩序その物ようであった。


倒壊した建物の一室に敷き詰められたように積み上がる死体の山、そこに天井から漏れる光の筋を浴びながら、草色の肌を持つ異形が巨体を預けて腰かけている。


昨夜も見たあの青い大剣を杖の様に死体の山に突き立て、その柄頭に頭を預ける様に項垂れているその異形が彼である事がある事は確かだろう。


だが果たして正気か…。


「キルロイ、お前か…?」


仲間達を壁の陰に隠し、クトーだけが死体の山へと近づいて小さい声で問いかけた。


「言った通りであろう、肉体(ボディ)よ。我の話を少しは信じられたであろう?」

「ああ、おかげで少しは眠れた」


問いへの返答で響くは二つの声、それぞれが別の意思を持っている事をクトーは即座に把握した。


「待っていたよ、クトー。色々あってこうなったが、俺はまだ正気のままだ」


死体に突き立てた剣を杖の様に支えとしつつ、巨躯の異形が立ち上がる。

2mを優に超える体躯から放たれる圧迫感にクトーが圧倒される中、異形は穏やかに、しかし厳しい言葉を投げかけた。


「早速ですまないが選んでほしい、こちらに協力するか殺し合うか」


聞きなれた口調と聞きなれない声、どこか雰囲気の変わった決意を秘めた真剣な表情。

巨躯の背からにじみ出た黒い人型の影と異形の四つの赤い瞳がクトーを見つめていた。


―――




「ほうほう、それでそれで?結局の所、俺の獲物はもうくたばってるっていうのか?んん?」


昨日の巨大蟹の侵攻により通路が広くなった城たる廃ビルへと続く廃墟の一角、探索から戻ってきた奴隷たちが渡してきた何かを包んだボロ布を受け取りながら、エンキはいつもの獣じみた笑みを崩すことなく問うた。


その者達は送り出した時よりも数がわずかに減っている。

(こうべ)を垂れて跪く一同の中で一人、ボロ布を献上する様に両手を掲げていた奴隷が引き攣りながら答える。


「へ、へえ!方々探して見つかったのがこれだけで…ッ!」


エンキの高圧的な質問にボロ布を献上した奴隷が姿勢を崩す事なく恐怖と緊張の中でしどろもどろ答える。


どの様な態度や言葉が引き金となって始末されるかなど分からない弱者にとって、生殺与奪を握る圧倒的上位者との会話はそれだけで寿命が縮まる無為な賭け事そのものだ。


「それにしては随分と、腕だけ綺麗に残ったもんだな?ん?」


そうしてエンキがボロ布を取り払って持ち上げたそれは太い草色の左腕、昨晩の惨劇を生き残った者であれば皆が見ている変異した悪魔憑きの腕であった。


「や、奴の死体が別の死体の山に埋まってて…ッ!引きずり出す前に死体喰らいが集まってきたんでさぁ!腕だけはなんとか切断してっ…!持ってくるので手一杯でっ…!」

「で、そのせいでお前らの仲間と頭の死んだ、と?なるほどなるほど?」


エンキが問うている奴隷たちの集団はある意味では面識のある馴染みの集団だった。

教会のプラウラー、教会の威光も届かぬ化外の地を探索し、戦前の遺物の回収や改心の見込みがある同盟者を探す事を生業とした機械神を信じる者達の走狗。


エンキ自身が目を付けて襲撃し、奴隷として捕らえた達の生き残りであり、その頭であったクトーもまたエンキにとってはお気に入りの生きたハンティングトロフィーの様な物であった。


目についた優れた者、強い者を捉えてはこの都市鉱山という虫籠に放りこみ、飢えや病、ミュータントによって苦しみながら狂って死んでいくのを楽しむ事こそがエンキにとっては最大の娯楽だった。


そういった者達に憎まれ、それ以上に恐怖され、卑屈に慈悲を請う姿こそがエンキの心に熱い何かを満たす愉悦となる。


完成されたエンキの恐怖支配の哲学は、本人自身の持つ歪んだ性癖によって支えられている。

そして、その暴虐性こそが瓦礫の王エンキという存在を絶対的な存在として権威づけてもいた。


「そ、そうです!クトーの旦那もあの悪魔憑きになった新入りも今頃死体喰らいの腹の中に…ッ!」


心の中にさえ入り込んできそうなエンキの冷たい声と視線を背に感じ、恐怖に引き攣りながら奴隷はそれでも必死に言葉を吐き出してエンキに与えるべき情報を口からひねり出す。


「困ったな、では俺は何を狩れば良いのだ?ん?」

「…ッ!」


跪く奴隷の横に腰を下ろし、肩に手を置いて囁くようにいつもの笑顔をしたエンキが奴隷に語りかける。

毛深いエンキの顔が自身の顔に近づいてくる毎に奴隷の緊張感は加速度的に高まり、いよいよ持って限界を超えつつあった。

うつむいたその顔の目は限界まで見開かれ、冷や汗がダラダラと流れ落ち、浅い呼吸を繰り返す。


「どうすれば良いと思う?ん?言ってみろ」

「お頭、その辺にしとかねぇとくたばっちまいますよ。そいつ」


もう自分は助からない、機械教徒の奴隷がそう確信に至りつつあったのを救ったのは意外にもエンキの副官であるボースの目上への丁寧さと普段の口調が混じったぶっきらぼうな発言だった。


ボースはどこか飽きれた様子すらあるいつもの不機嫌そうな顔でエンキを制した。

ボースもまた、エンキに支配される者である以上は意見を行うのは無意味に危険な賭けと言える。

だが、今回に限っては大義名分があった。


「ボース、今良い所だったんだぞ。もう少しで人間が恐怖だけで死ぬ所が見れたんだ。邪魔をしないで欲しかったな、ん?」

「ただでさえ減った分の奴隷を『農場』の人員から補充しねぇといけねぇってのにこれ以上殺したらイドさんがキレるってもんですよ。分かってるでしょうが、それぐらい」


農場、それはエンキがミュータント蔓延るオアシスの一つを平定して作った文字通りの食糧生産の為の大規模農場だ。


地球がおかしくなって以来、他の地はともかく、この荒れた不毛の地に追い出された哀れな者達がまともな食料を得るには水の湧き出すオアシスを確保するしかない。


それすらも出来ないが故にトウカイの領域の人類は緩やかな破滅に向いつつあり、困難を制したエンキは周囲でも評価される武闘派として名を連ねる事となった。


イドとはその農場の一つを任せたエンキの配下の名だった。

その者はエンキに面と向かって文句が言える希少な人材の一人でもある。

それが今回文句を言ったボースの後ろ盾だ。


「連絡したのか?」

「鳩を飛ばしたんで、もう話は伝わってると思いますがね」


エンキの顔もまたそのボースの返答によってしかめっ面へと変わった。

イドは決して強いわけではない、しかしエンキにとっても有用な人材であるが故に殺す事も無碍にも出来ない。

だからこそ、エンキはイドに農場を与えて意図的に遠ざけていた。


「ここもあそこも元はと言えば俺の土地、俺の配下だ。文句ねぇだろ?ん?」

「文句はあっちに言って欲しいんですけどねぇ、ともかく狙ってた屑は死んだしまともな奴隷も皆死んだ。これで終わりで良いでしょうや」

「じゃあこの俺の狩りへの熱と高ぶりは誰が収めてくれるってんだ?」

「蟹がいるでしょうが、蟹が。まだ街のどっかにいるだろうから探したら良い」

「ならばボース、蟹狩りに変更だ。供をし―――」

「イドさんの出迎えと死にぞこない共の再編があるんで駄目ですね」

「ちっ、だったらこの腕を持ってさっさと帰れ。傷にするなよ?剥製にして飾るからな」


ボースが狩りの供周りを正当な理由で断った事に舌打ちしたエンキは持っていた草色の太い腕をボースに投げつける。


「キドォ!お前は付いてこい!蟹狩りだッ!」


そして、ボースに変わって狩りの供にキドを指名し、荷物を持つ何人かの従者や部下と共に逃亡した蟹によって拡張された廃墟の道を歩いていく。


「エンキ、俺の名はキッドだ。キドではない」

「黙ってついてこい、蟹食わせてやるよ」

「エンキ、蟹ならば鍋が良い。鍋にするべきだ」

「良いぞ、水も材料も用意させてあるからな」


エンキの一行が去り、ボースに促されて本来いるべき寝床への帰路に就く機械教徒の奴隷たちは己が役割を果たせた事に安堵した。


戦いは、既に開始されていた。




邪神と主人公がどういう会話をしたのかはおいおい出していきたいところです。


あと五話ぐらいで準備とスーパー化け物大戦をやって一章を閉じたい所存ですのでもう少しお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蟹鍋パを所望されて了承してくれるエンキ様がかわいかったですね(そういう話だったか?)
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