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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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三十二話、神話の如く

日曜投稿は間に合わなかった


「さて、請け負ったは良いがどうしたもんか…」


己を遥かに上回る巨大な蟹と相対したキドは改めてこれは面倒な相手だと理解した。


おおよそ建物三階分の全高にそれ自体が乗用車の如き大きさを持つ二本の蟹鋏、銃弾すら弾くであろう全身を守る分厚い外骨格、廃墟を突き破って平然としている耐久性と馬力。


旧来の自然の摂理から逸脱したこの生命体は自走する要塞と言っても過言ではない。


自らの意思で思考し、自走し、あらゆる障害を破砕する力を持った理不尽の具現化、それがこの地上を席巻する大型ミュータントたちである。


時にその地に住まう部族に神として崇められ、実際に神格すら纏う場合もある人類の時代の終わりに現れた新たな支配者。


村落を蹂躙し、都市を陥落させ、重装備を誇る大国の正規軍すらも時に薙ぎ払う生きた厄災、それがキドの前に存在する物の実態だ。


拳銃程度ではどう足掻こうとどうにもならない。

そうただの拳銃では、だ。


「まあ、やるだけやってみるか」


既に獲物であるムカデを狙って動き出し、腹の足しにもならない矮小な人など眼中にない蟹に対してキドは短くつぶやくと残弾が残っている拳銃を投げ捨て、肩に背負うリボルビングライフルに手をかける。


そして、それもまた使う事はなくやはり同じ様に道端に投げ捨てる。

ライフルは拳銃で届かない相手を狙う為の物、そして隠し玉をライフルと誤認させるためのダミーでもある。


そうして秘匿してきた切り札にキドは右手を伸ばす。

真の奥の手、それはカウボーイジャケットで隠された背中のホルスターに隠してある普段使いの銃よりも更に武骨で大きい一丁のリボルバー拳銃であり、それを両手でしっかりと握りしめ、キドは蟹に向ける。



「とっておきだ!喰らえ!」


キドが叫ぶと同時に撃鉄が落ちた武骨な拳銃が銃身と薬室からキド本人すらも焼き尽くしかねない青い炎を猛然と吐き出し、轟音と共に蟹に向けて銃弾を吐き出す。


二丁拳銃を扱っていた時に決して揺らぐことの無かったキドの両腕が反動で上へと放り上げられ、踏ん張った姿勢ですら殺しきれない勢いにキドの体が宙を飛ぶ。


それはあたかも人間が手持ちの大砲を発射している様にも見える現実離れした光景だった。

だが、真に現実離れした光景と呼ぶべきはその後である。


発射された弾丸が蒼い軌跡を伴って飛翔し、蟹に直撃した瞬間、空間が水面に水滴が落ちたかの様に歪み、不可視の力が蟹の巨体を押さえ付ける。


元から朽ちかけていたアスファルトが何かに抑え込まれる様に押しつぶされて砕け、周囲の建物が土煙を上げる事も許されずに倒壊して圧縮され、蟹周辺の地形が急速に更地へと変貌していく。



未知の力に上から押さえ付けられ、地面にめり込んでいく蟹が困惑の色を混ぜた絶叫を赤黒い夕日に照らされた廃墟の街に吠え立てる。


「おっ、やったな。今回の弾は『当たり』だ」


左手でズレたカウボーイハットを直しながら立ちあがったキドは、本人こそが一番驚いているという風体でそんな言葉をこぼした。


それもその筈だ、キドの切り札はキド自身にもなぜこの様な作用が起きるのか、具体的な理屈や理由はまるで分からないのだから。


ただの思い付き、取りあえず試す、場当たり的な経験則に基づく実験の末に結果的に出来上がった物。

端的に言ってしまえばそれがこの銃弾の起源だ。


いかに百発百中の奇跡の腕前を持とうと、銃弾で出来る事には限りがある。

傭兵となったキドはすぐにその現実と衝突した。


撃てども刺せども死なぬ者ども、攻撃を受けつけぬ硬き者、そんな物に溢れた世界でただの拳銃使いの立場など無いに等しい。


故に西部劇のガンマンという憧れを抱き続けたキドの執念は遂に一つの狂気を実現した。

拳銃で怪物が殺せないならば、殺せる銃弾を自ら作り出せば良い。

それこそがキドの狂気でありエンキの認めた才気でもあった。


龍の骨、残留者(レムナント)の遺品の断片といった替えの効かない希少なアーティファクトを弾芯とし、マンドラゴラから抽出したエーテリウム結晶を砕いて装薬に混ぜ込み、手持ちの器具で無理矢理銃弾として成形する。


そういったかつて人類を破滅へと導いた胡乱な物質をキドの直感に任せて弾丸に混ぜて組み込んだ狂気の銃弾、『アノマリー弾』こそがキドの切り札であり、今その成果が蟹を不可視の重力によって押し潰そうとしていた。


原理は本人にすら分からない。

だがキドの作り出した狂気の弾丸は一時的に空間を捻じ曲げ、命中した対象を生成したアノマリーに引きずり込む。


必殺の初見殺しであり、不可避の一撃。

直撃させればエンキでさえ殺しうる神殺しの弾丸。



だが、相手もまた神と崇められる事もある大型ミュータントとなればそう容易くはいかないのが道理。

強力な重力に押さえ付けられながらも、蟹の体は未だに原型を保っている。


体こそ地面に沈みつつあるが、その強固な外骨格に変化は無く、生命活動にも支障は無さそうだ。


「あいつ、この辺の主かもしれねぇな。次の弾も当たりだと良いんだが…」


キドは再度武骨な『ハンドキャノン』を両手で握り締め、撃鉄を上げる。

アノマリーがいつ切れるのかはキド自身にすら分からない。

そして、次の弾丸がどの様な効果を発生させるか、或いは発動すらしないのか、それすらも。


これを撃つ以上は身動きは出来ない。

眼前のあらゆる敵を打ち滅ぼすという事に特化させたこの銃弾は、全身全霊を込めて撃たねば発射時の反動がキド本人を四散させるだろう。


そこにはただ、拳銃に込められた5発のアノマリー弾を撃ち尽くした時に立っていた側が勝者であるという単純な図式があるだけ。


「悪りぃな、俺も相手したくないけど仕事なんだ。諦めて付き合ってくれ」


蟹が感情を感じさせない筈の黒い目に怒りを纏わせてキドに視線を移した事を悟ったキドはハンドキャノンを両手でしっかりと構えながらそう呟いた。


時間を稼げ、エンキの指令は少なくとも達成された。

キドにとってはそれが一番重要だった、全ては明日の飯の種の為。


仕事に失敗した時点でキドに明日はない。

積み上げてきた傭兵としての信頼、自他共に認められてきた強者としての誇りと信仰の喪失、そしてアノマリー弾を作る為の資金の元手、その全てを失うとなれば最早ガンマンなど続けられない。


傭兵を始めて以降、キドの生活は基本的に自転車操業であり、名が売れる程に失敗が許されなくなっている。

故に、キドが仕事を引き受けて退く時とは死ぬ時だけである。


「覚悟は良いか?俺はいつでも出来てる」


空間の歪みが収束し、弱まった重力から解放された蟹が不遜にも食事の邪魔をした人間に怒りの咆哮を上げる中、キドもいつものサングラス越しのポーカーフェイスで自分に言い聞かせるように嘯いた。


これは既に人知を超えた人と神の戦い、英雄の伝説の再来である事をぶつかり合う彼らは知らない。

生きる為に戦う者たちにそんなロマンなど感じる暇などあろう筈がない。


ただ、戦いを遠巻きに眺める者達にとってはその光景は神話の如きものであった。




―――


神話の戦いは二カ所で同時に起きていた。


背後で大砲が放たれた様な轟音が鳴り響く中、エンキはいつもの獣めいた笑みを更に歪ませてムカデに狙いを定めて鉄砕きを握りしめながら地面を砕く程に脚に力を入れて急速に接近する。


しかし、肝心のムカデは蟹の登場によって既に戦意を失い逃げの体勢に入っている。

所詮人に対しては圧倒的でもムカデは中型種、大型種に勝てる道理はなく蟹とぶつかれば捕食される以外に選べる道はない。


食事は既に十分な程に取った、『弁当』の用意も十分。

後は蟹を撒いて逃げ切るだけだ、子供はまた適当に作れば良い。


ムカデの思考は既に食われる側の発想に移行しており、故にムカデはそれまで人を襲う時に見せた機動力を駆使して地べたを滑る様に逃げ去っていく。


エンキの足でも距離を維持するのが精いっぱいであり、差を縮める事が出来ない。

このままでは居城であるビルに突入されてしまう。

それでは困る、ご機嫌なスイートルームが明日から隙間風の入って来るあばら家になってしまう。


配下たちなどには最初から期待していない。

これの足止めが必要であり、早速手札を切る時だ。


「勝手に逃げてんじゃねぇぞ!んんぅ!?」


叫びながらエンキが背負っていた六つの大口径マスケット銃が上下二連三連装に束ねられた異形の斉発銃、お気に入りの狩り道具の内の一つを躊躇なくムカデの横腹に向けて発砲した。


落ちた撃鉄が火花を散らしてから僅かな間を置いて据え付けられた六つの銃口が同時に火を噴き、そのそれぞれが大口径の散弾をまき散らしてムカデのせわしなく動く交互に手と足が生えた四肢に襲い掛かる。


それ自体がムカデの命を奪う事はない、この程度で死ぬならばムカデはここにはいない。

だが、側面からの大口径散弾の雨を受けたとあってはさしものムカデも手足の損傷を無視できず、僅かながら機動力を低下させる。


だが、エンキにとってはそれで十分だった。

追いつければ後はどうにでもなる。

一回限りの斉発銃の役目はこれで終わりだ。


撃ちきった斉発銃を投げ捨てて軽量化したエンキは更に加速してムカデに肉薄。

初期襲撃時のムカデの動きをトレースするかの如く地面を蹴って廃ビルの側面へと飛び、更にそこを足場に動きの鈍ったムカデの上方から鉄砕きを振り上げながら砲弾の如く急降下する。


振り下ろされた鉄砕きがムカデの尾部を捉え、青い光を伴って炸裂する。


まき散らされる閃光と爆発、そして血と土が混じった砂埃。

しかし、その爆心地にいる筈のエンキに被害は一切ない。


体を覆う金茶色の毛に燻ぶりの兆候はなく、その顔には相変わらず獣めいた笑みが張り付いている。

ルーン文字に酷似した名状しがたい記号が輝く鉄砕きの青い光が煙の中においてもエンキが健在である事を周囲に嫌が応にも知らしめる。


「これで足は潰した、威力も見せた。じゃあもうやるしかないよな?ん?」


苦悶に満ちた咆哮がムカデから発せられ、すぐに尾部を吹き飛ばした相手へと反転して鎌首をもたげる様な姿勢を取って迎撃の姿勢を取る。


ムカデにとってのエンキに対する認識が無視出来る矮小な人間から明確な脅威へと格上げされる。


蟹はただの捕食者だが、エンキは自身の命を奪う事だけを目的とした殺戮者だ。

この場合、ムカデにとってエンキは蟹以上の脅威と言える。


逃げる脚は潰され、頼みの綱であった耐久力はこの猿人の前には無力、全身全霊で当たらねばならない。



そう思考するが早いか、かつて人だった怪物と人の形を維持したまま怪物に成り果てた神の如き化け物が即座に次の一手を打ちあう。


エンキは早々に勝負を決めるべくルーン文字に似た何かが持ち手で発光を繰り返す鉄塊を横向きに構えて突進する。


ムカデはあくまで前菜であり、蟹を始末する事こそが今日のお楽しみだ。


「死ぬかッ!?死んじまえ!はははッ!」


エンキは廃墟の悪路を素早く駆け抜けるとムカデを射程距離に捕らえたと判断して己の足をバネにして一気にムカデの懐へと飛び込むべく跳躍する。


空中への跳躍は劣悪な地面を無視して大柄な相手の懐に潜り込めるという利点がある反面、回避行動をとれず無防備になるという大いなるリスクを背負っている。


だが、それは織り込み済みだ。

行動する事で相手に対応を強制するのがエンキの狙いである。


エンキの行動に対応してムカデもまた後方へと体をくねらせて飛び、両者の体が空を舞う。

一手遅い、エンキの鉄砕きの方が先にムカデの体に食らいつくだろう。


最もそれは二つの怪物の間の空間上に何も無ければであり、ムカデもまた無為無策というわけではなかった。


エンキの突撃に対して、ムカデが行った反撃は重量物の投擲。

鉄砕きが叩きつけられる間際、ギリギリの間合いにおいてムカデは体に交互に付いた腕を器用に動かすと『弁当』として捕獲していた人間達の大半を宙に向けて放り投げて肉の防壁を展開する。


多くはまだ息があり、意識を残していたそれらは己の運命を悟って恐怖の絶叫を上げながらエンキに救いを求めて懇願する。


当然、そんな落伍者にエンキが見向きなどする事はなく、進路の邪魔となった幾人かが横薙ぎに振るわれた鉄砕きによって叩き潰され、発生した蒼い光の奔流によって蒸発して紫色の血煙と化して爆散する。


その一撃を避けられた運の良い者達も、爆風に巻かれて壁や地面へと叩きつけられてその命を終えていく。


一方のエンキも血煙で嗅覚と視界を奪われ、攻撃によって衝力を失った事で宙に投げ出されて僅かに浮遊した後に自然の法則に従って頭から地面へと落ちていく。


あえて動く事をせずに重力に身を委ねたエンキは、表情を変える事無くただ鉄砕きをムカデに叩きつけるべく上段の構える。


一見して絶体絶命、しかしてエンキはこの血煙の結界の中で既に勝利を確信していた。



ここまででエンキが注視してきたのは蹂躙される部下たちや投げ飛ばされてくる部下たちではなく、反撃時のムカデの対応、特性、そして現状までの行動。


空中の敵に対する対処が毒液や毒針を飛ばす事は無く、接近に対して行った対処は後退と食料の投棄。

そこから推定されるものは投射攻撃手段の不備。


攻撃と移動手段も地面や壁を用いた三次元的な機動を用いるが、基本的には重量を用いた体当たりや轢き殺し、胴体の手足による捕獲と殺傷、そして頭部の口による捕食。


近接攻撃しか出来ない完全な陸上型のミュータント、既に飽きる程殺し合って来た個体の一つに過ぎない。


知能は高いらしく人間の盾を用いる機転は利かせてきているが、逆に言えば機転を利かせねばならないという事は既に選べる手札が無いという事。

一度限りの苦肉の策に過ぎない。


長大な体もそれが強みとなるのは高い防御があってこそ、鉄砕きの破壊に耐えられない以上はただのでかい的に過ぎない。


エンキとしてはこの攻撃の失敗は一切の痛痒になっていない。

配下などまた補充すれば良いだけであり、自身に傷は一切ない。


地面に降りればそのまま脚を潰されて動きの鈍ったムカデを鉄砕きで殴り続ければ良い。

それはムカデにとっては避けねばならない事態、ならば選択肢は決まっている。


ムカデの予想される反撃は血煙による目つぶしからの無防備な空中にいる敵への強襲。

人間数人分の水分が蒸発して作られた濃密な紫色の霧の中でも鉄砕きの奇怪な記号たちの輝きは隠す事が出来ない。


つまり、既に王手だ。

いずれ必ず来たる敵の攻撃へのカウンターの準備をしてエンキは為されるがままに地面へと落ちていく。

仮に食いつかれても噛み砕かれる前に相手を叩き潰せば良い。


次の攻防で最後だ、人から変異したミュータントの知能は人に近い。

故に勝てない相手に勝つには奇策を用いるしかないと判断する。

エンキに立ち向かって来た有象無象がそうであったように。

そしてそれはいつも鉄砕きの一撃で終わりを迎える。


果たして、数秒の間を置いて紫色の視界の中から大口を開けたムカデの顔が血煙の煙幕をかき散らしながらエンキの目前に迫って来る。

鉄砕きの輝きに引き寄せられて、灯蛾の如く愚直にまっすぐとエンキの眼前にその異形の顔を晒す。


想定通りの近接攻撃、それも弱点の頭部を晒しての牙による攻撃、近接攻撃の際に相手の攻撃距離にも入ってしまうという致命的な問題をムカデは克服出来てはいない。


半端に獣や蟲に寄せた事で現れる弊害である弱点部位を攻撃に用いるという本末転倒、そこにエンキは渾身の鉄砕きを叩き込む。


「うっしゃあああ!」


勝利の雄たけびとばかりに振り下ろされたエンキの鉄砕きが、ムカデにアッパーカットを叩き込んだように顎に打ち込まれてその攻撃手段を完全に破砕する。


事態は脳を揺さぶられる、等という優しい次元の話では済まさない。

顎の粉砕、頭蓋の崩壊による脳挫傷、押し出された目玉が外へと飛び出し、この時点でムカデは生命活動を停止していた。


続いて発生した青い閃光によってムカデは頭部を爆散させられて屍者として甦る可能性すらも消し去られて仰向けになりながら落下して地面に激突する。


対するエンキは爆風に乗って数度回転すると足から地面に綺麗に着地して鉄砕きを肩へと担ぐ。


「ああ、剥製に出来ねぇなこりゃ。まあ良いさ、次は…」


言葉を遮る様に巨大な砲声が再度鳴り響く。

キドはまだ踏ん張っているようだ。


「今日は蟹料理だな?んん?」


エンキの関心は既に巨大な蟹に向けられていた。

エンキくんは長期連載作品の初期ボスが相対的にしょぼくね?ってなるのを避ける為に意図的に強く作っているのですが、これもう勝てるか分かんねぇなって感じになっている気がしないでも無いです。


序章では無力だった地上人が一転、一章では神や英雄クラスの存在として書かれていますがこれは個体依存で全員という感じでは無いです。

強いて言うならば、文明や安定した地盤がある地域では神や英雄は生まれにくいです。


強くなければ生き残れない故に強い者には自然と信念や狂信的な自信が生まれ、それが強固な信仰となって自他に認められることで実際に力となってしまうという感じの構想で書いています。

この辺が現実からの逸脱、ファンタジーの浸食という感じですね。


キドくんに至っては腕が良いので当たるのではなく、これまでの修羅場の経験によって絶対に当たると信じ切っているので当たるという部分が割とあります。


取りあえず今日はここまで

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