三十一話、人外二人
今回はラノベ戦闘回
Rらが脱出の機を待ち、路地の奥で待機していた頃、エンキの宮殿たる廃ビル前での戦闘はいよいよ持って激しくなり始めていた。
だが、実際には戦いと言えるような戦力差ではなく、一方的な蹂躙であり屠殺の様相であった。
都市鉱山より湧き出たミュータントの迎撃の為に打って出た前衛部隊が陣地を構築する前にミュータントの第一波と接敵、壊滅した事で火砲を含む大半の重火器と比較的マシな部類の兵員を喪失。
副官であり、前線指揮官でもあるボースの行方も知れず、エンキ配下の兵たちを絶望だけが支配していた。
敗残の兵と奴隷が人蜘蛛と共に雪崩れ込んでくるという状況の中、残っているのは粗末な武器と武器とすら言えない廃材、そして普段碌に仕事もしない雑兵だけだ。
最初から勝負になりなどしない。
だが、そうであっても彼らに逃走を試みる者は現状、出ていない。
彼ら支配され従属するしかない者には選択肢など初めから有りはしない。
この地におけるエンキの方針はただ一つだ。
『宮殿を守って死ぬまで戦え』、ただそれだけがエンキの一団に加わった際に申しつけられる唯一の命令だ。
ある者にとっては天啓に、またある者にとっては呪詛の如く、エンキの言葉は支配下にある者達の心と体を縛り付ける。
エンキの宮殿たる廃ビルまで退く事は許される。
だが、そこより後ろに逃げる事は許されない。
それが侵してはならない絶対的な規範として全ての者に恐怖と共に深層意識に深く刻みつけられている。
群れの主、蛮族の長、そう言った物では収まらない何かを既にエンキは有し始めている。
故にエンキの口から撤退を許可する命令が出ない限りは逃走も質問も最早ありえない話であり、勝利か死の二択だけが兵士と奴隷たちに付きつけられた現実となっていた。
それがたとえ勝ち目が無いとしてもである。
これを破り、エンキに立ち向かう者もごく少数存在するが、その運命はえてして悲惨な物である。
本来であれば絶望的、それ以外に言いようのない戦況の中で廃ビルの城門から二基の重機関銃の火線と並走する様に珍妙な二人組が殺戮の場と化した廃墟の通りへと躍り出た。
一人は全身を金茶色の毛に覆われた一見すると猿のようにも見える小柄な男、この地に居を構える事に固執する瓦礫の王エンキ。
いつも通りの獣めいた笑顔を顔に張り付ける男が持つ得物はただ太く大きい薄い青みのかかった鉄の棒といった趣に成り果てた何かの武器だったと思しき残骸。
一見して廃材を武器の代わりに戦う周囲の雑兵たちと変わらぬ武器でしか無いそれが、エンキが振るう事で強大なプラズマ兵器の如く輝き、機銃掃射を掻い潜ってビルの門前にまで近づいてきていた蜘蛛の一体を青い輝きと共に肉片へと変貌させる。
「おめぇらぁ!死ぬ気でやってこの体たらくか!相変わらず使えねぇなぁ!」
エンキの咆哮にも似た怒声が戦場に鳴り響き、両手で握りしめる薄青色の鉄棒から何か名状しがたい模様が浮かびだし、青い光を放つ。
現代の世界で一番近い物があるとすればルーン文字の類であろうか。
しかし、酷似こそすれどそのいずれの文字も現存する物とは異なる未知の模様である。
よくよく見れば、それはエンキが持つには太すぎる物であり、エンキの持ち手が本人の手形に合わせて握り潰された様に陥没し、歪に変形している。
『エンキの鉄砕き』、それがその出所不明の鉄塊の現在の名称であり、狩りを行う際にエンキが最も好んで使う得物である。
振るえば鋼鉄であろうと怪物であろうと粉砕する名状しがたい鉄棒とそれを扱える人を超えた身体能力、それがエンキの力と恐怖による支配の原動力だ。
目の前で怪物が爆散する光景を目の当たりにした男達が一転、切迫しつつも主の名を叫ぶ。
それは到来した主を称える物であると同時に仲間への警告でもあった。
「エンキ様だ!エンキ様が来たぞ!」
「お頭が来たぞぉ!」
「道を開けろぉ!ぶっ殺されるぞぉ!」
一人の上げた叫びに他の者達の叫びが続き、一種のコーラスにも似た唱和が捨てられた街に鳴り響く。
窮地から脱せると察した奴隷たちは遠巻きから両手を握りしめて跪いて祈り、兵士達はエンキの歩みを妨げぬ様、自ずから距離を置いて混沌とした戦場に一つの通路を作り上げる。
それはまさに聖書の一節に記された海を割った聖者の如き一場面であった。
人と怪物の屍で築かれた荒れ狂う異形の軍団の主たるムカデの様な怪物へと続く栄光と狩りの道、それを姿を現しただけで成した猿の様な男はそれが当然であるかの如く、前進する。
他人は皆支配すべき下等な存在であり、己にかしずくのが当たり前。
故に、己の進路を阻む者は敵であれ味方であれ関係無しに鉄砕きによって破砕する。
それが既に怪物に組み伏せられて動けぬ者であろうと例外はない。
意に沿わぬ時点でエンキにとっては裏切りと同じことである。
エンキは前方で蜘蛛に馬乗りにされながらもがく配下の一人を目の当たりにして表情を崩すことなく鉄砕きを振り上げる。
「お、お頭!や、やめ―――」
救いを求める男の声は男が取っ組み合っていた蜘蛛と諸共に振るわれた鉄砕きで粉砕されて途切れた。
エンキの後に残る物は残骸と肉片だけであり、その前にいる者は何者であっても許さない。
下等な輩は恐れながら自分についてくればそれで良い、最前列は誰にも譲りはしない。
「エンキ、今のはお前の部下だろ」
そんな陰惨な光景の中、廃墟を駆けるエンキに追随する一人の男が冷静に今行った所業について問うた。
エンキよりは少し背が高い、全身を時代錯誤なカウボーイ衣装で固めた二丁拳銃を持ったガンマン風の男、キドである。
「邪魔だったからなぁ、当たり前だろ?ん?」
「そうか、ならば俺は後ろに下がろう」
「ああ、後ろからついてこい。前に出たら殺すぞ」
エンキの言葉が冗談でも何でもないと即座に悟ったキドは黙って頷くと素早くエンキより数歩分減速し、周囲より迫る敵に視線を向ける。
元よりこちらが劣勢であり、敵の数は当初より殆ど減っていない。
骸を晒しているのは大半はエンキの兵と奴隷であり、数少ない戦果の大半は重機関銃の掃射によるものだ。
それでもムカデは止められそうにない。
今は姿が消えているが、どこかにいるであろう蟹に至っては最早言うまでもない。
ならば、最早止められるのはここにいる二人しかいない。
「おおよそ36ってところか、ギリギリ行けるか」
敵の数を把握し、素早く手持ちの弾数と敵の撃破に必要な弾数を計算、一匹一発ならば外しても弾に余裕はある。
何も問題はない。
これは言うまでもなく、自分が相手にする数である。
もっと数は多いが、前方はエンキに任せれば良い。
本人も自分の持ち分に手を付けられる事など望まないだろう。
此方の仕事はあくまで補助と大物殺しだ
「こっちも始めるか」
目前でエンキが迫る人蜘蛛を周囲の地形や味方ごと鉄砕きで薙ぎ払う中、キドも両側面より迫る人蜘蛛に両手の拳銃をそれぞれ左右の敵に向ける。
一見すると十字架に括りつけられた男にも見える不格好な構え、そして砕けたアスファルトとスクラップが転がる劣悪な悪路を全速力で駆け抜ける事でまるで定まらない照準、あまつさえキドは目標に目線さえ向けていない。
だが、関係ない。
既に敵の位置は把握した、一度分かれば十分だ。
射程内であれば絶対に当たる。
信仰にも似た命中への確信がキドの中にはある。
故に後はそれを実行に移すだけであり、悪路を駆けるキドは躊躇なく左右の敵に拳銃の引き金を引く。
喧騒の絶えない廃墟に新たに一つの銃声が響き、左右から二人に迫る二匹の人蜘蛛が同時に額に青い花を咲かせて地に倒れ伏す。
「頭は柔いな、計算通り弾は足りる」
死体に目もくれる事無く、音と感触で相手の死を感じ取ったキドは尚も迫る人蜘蛛の群れに対して立て続けに四度引き金を引く。
一つの銃声が起きる毎に二つの死体が出来上がっていく。
いや、実際には銃声は二つしていた。
ただ、発砲が同時に起きたせいで一つにしか聞こえないだけである。
その全てが六つの黒い目玉を持つ人蜘蛛の額を撃ち抜き、蜘蛛に死を認識させる暇すらも与えずに即死へと追い込んでいく。
5度の銃声は、10体の人蜘蛛を物言わぬ死体へと変貌させる。
最早この所業に理屈等は無い。
キドにとって銃は手足の延長も同然と言えるほどに馴染んだ物となっており、命中は確定した事象に近いと言っても良い程に有り触れたものとなっている。
まるで見えない何かに導かれる様にキドの腕は敵の急所へと銃を向け、放たれた銃弾は敵の肉に食い込み、骨を砕き、内臓を潰すのだ。
どんな状態でも撃てば当たるという確信を得る程に続けた我流の訓練と幾度となく切り抜けてきた人の命が羽虫の如く潰される修羅場で培った己の技量に対する鋼の信仰が決して弾丸を外さない魔弾の射手へとキドを変貌させた。
だからこそ、キドは未だにこの世界で傭兵などという吹けば消し飛ぶ危うい仕事を続けられている。
ただ、西部劇のガンマンに憧れた男が到達した極地こそが今のキドの姿だ。
化け物についていける者もまた化け物。
エンキに認められる時点でキドもまた既に人ではなくなりつつあった。
エンキはキドの側面支援によって正面の敵に集中して道を切り開く事で最短距離で荒れ狂うムカデへと迫り、キドは撃ちきった銃を躊躇なく投げ捨てつつ、体中に巻きつけたホルスターの銃に持ち替えては両側から迫る蜘蛛の頭部を撃ち抜いていく。
そうして死体の山と廃材の道を乗り越えて突き進む事おおよそ10分弱、キドはある事に気づいた。
蜘蛛たちの行動パターンが変化しているのだ。
既に周囲に味方はいない、深く敵の領域に足を踏み込んだ。
だが、襲撃はむしろ減ってきている。
前衛はこちらを餌として狙って襲ってきていたのに対して、先に進むごとにこちらを無視して前に前に進もうとしているのだ。
追う側から追われる側へと蜘蛛たちの挙動が変化を始めている。
後方でも戦闘は収束しつつある。
人蜘蛛たちが襲撃をやめて文字通り、『蜘蛛の子を散らす』様に四方に散って逃げていくからだ。
それも有って想定よりも弾丸を消費せずに済んだが、これはつまり蜘蛛の捕食者であるもう一匹の大型もまた既に近いという事を示していた。
二種は共生関係にはない、そして波もまた多種のミュータントが迫ってくるからと言って協働をしているわけではない。
むしろ、餌を追いかけてる獲物を更に別種の上位捕食者が追う事で自然と波状攻撃の様になるのが波である。
ムカデの目当ては人間であり、蟹の目当てはムカデなのだ。
故に、それらとの至近での邂逅は必然的であった。
ムカデが既にキドの拳銃の射程に収まる処に至った時、まるで図ったかの様に巨大な蟹が廃墟の一つを破壊しながら大通りへと姿を現した。
狙っているのは当然ムカデであり、エンキたちなど眼中には無い。
モルフォや人間、小さな蜘蛛などでは幾ら食ったとて腹は満たされない、精々おやつ程度の存在でしかない。
故に蟹が狙うのは大きく育ち、肥えた人ムカデの一択であり、それを察するムカデもまた、獰猛な捕食者から既に追われる側へと立場を変じつつあった。
すなわち前方への脱出、エンキの宮殿方面への逃走である。
ある意味で想定通りのムカデの挙動にエンキがキドに叫ぶ。
「キドォ!蟹の方を足止めしておけぇ!先にムカデをぶっ殺す!」
「キッドだ。奴は高くつくぞ、良いのか?」
キドは蟹を相手に指定したエンキに再度問う。
奥の手は金が掛かるので後でごねられたらキドとしても困るからだ。
「両方俺の獲物だぁ!足止めだけすれば良い!さっさとやれぇ!」
「了解した」
一対一で戦うならばエンキに負ける要素はない。
だが、一対二で且つ拠点を守らねばならないとなると話が変わって来る。
文明の利器が残っている快適な空間は最早この世で最も高価なものと言っても過言ではない。
例え配下を全員生贄に捧げようとも二度と手に入らない物である以上、その防衛は何よりも優先される。
居城のビルを守りながら大型を二匹同時に相手にするのは流石に手に余る。
無茶をすればそれだけ不覚を取る可能性が上がる、ボースの勝率6割という読みはここにあった。
誤算があるとすればボースはキドの実力を見誤っていた点だ。
その銃の腕前と奥の手を見せない限り、キドはただのサングラスをかけた西部劇のコスプレをした珍妙な男にしか見えない。
その普段決して見せない奥の手、それこそがキドの真の力の源であり、知らぬボースの判断の目を狂わせたそれがある故にエンキはキドを買って手元に自由を与えた状態で置いている。
いつか支配する為に、或いはいつか狩る為に、優秀な傭兵もまた金の力で暴君の手に絡めとられている。
つまりこの戦いは最初から人とミュータントの生存競争などではなく、唯の二対二の怪物同士の戦いであり、この地での闘争は人を超えた人外だけが輝ける舞台に上がる事を許される演劇の如くであった。
他の選択肢など得られぬ下等な弱者どもはエンキのお膳立てをする為のピエロであり、状況に翻弄される哀れな『流されるもの』に他ならない。
この土地では全てはエンキの手のひらの上であり、そうして作り上げられた暴君謹製の箱庭で真の怪物同士の殺し合いが始まった。
今作品は現実からの逸脱と神話の始まりという趣旨が根幹の一つに有るので、今後は今回の様な神話的要素やファンタジー要素も充填されていくと思います。
ただ単純に現代技術を喪失して滅びに向うだけとしてしまうとファンタジーの要素を出しておいて一切本筋に引っかからないという形になってしまうのでこうして現実を侵食するファンタジーの要素が人間側にも適用され始めます。
悪魔憑きという要素は既に出しているので、それの延長だと思っていただければ幸いです。
エンキくんは純粋な悪魔憑き、キドくんは自己暗示を超えた信仰の力によって人から逸脱した英雄枠という感じです。
信仰力の要素は今後も強く出て来るのでおいおい解説していこうと思います、今後もどうか御贔屓に。




