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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
序章『生存者たち』
4/97

四話、開戦

分割した後半部、戦闘パートです。

人の命が軽い世界なのでサクサク死にます。

動く気配など全く無かった二体の騎士、その片割れの構える剣の輝く白い刀身には赤い鮮血がこびりついている。

その近くには首をはねられて息絶えた強化外骨格(エクソスーツ)を装備した中隊兵士の一人が倒れ伏している。


「やっぱり生きてたか…!」

「旦那!どうするんで!?」

「ジョンソン少尉のところまで走るんだ、早く!」


その声に促されてフランシスは走り出す、Rもまたタグの回収をやめてその後に続こうとする。

だがRは次の瞬間、目に映った光景に動けなくなる。

大剣を抱えて座っていた騎士がゆっくりとした剣を鞘から抜き放ち、立ち上がる。

人間ならば両手で持たねば保持出来ぬと思える大剣を、抜いた片手だけで易々と保持する騎士に兵士達の注目が集まる。


だが、誰一人動く事も声を上げる事もしない、先程まで大声で怒鳴り散らしていた中隊長すらも黙り込んで騎士と剣を見つめている。

少尉と中隊長の議論と呼べない様な議論も気づけば止まっていた。

皆、その騎士と剣の輝きに目を奪われてしまったのだ。

装着している鎧は大きな破損こそ少ない物の、よくよく見て見るとその表面は黒く焼け焦げ、或いは溶けており、鎧はわずかにこびり付いた赤い塗装と残された装飾がかつてのそれが美しく強固な鎧だった事をかろうじて教えてくれる程度に傷んでいる。

顔は人型に近いのか仮面の様なバイザーを付けた西洋風に見える兜を被っている。

だがどういうわけか、その仮面は半ば溶けて骸骨の様にも見える形に変わり果てている。

その惨状からは元の形を想像するのは難しそうだった。

肩から架けられた緋色のマントも破れ、薄汚れ、騎士というよりは死神にも見える。


その一方、騎士の持つ蒼い刀身に未知の言語と思しき刻印が打たれ、線状の装飾を施された大剣は鎧とは異なり未だに新品の様な怪しさすら感じる輝きを放っている。

それは地上で見てきたどんな物よりも美しい様にRには感じられた。

だが近い物が有ったようにも思える、そう雲一つない青空の様な美しさだ。


他の兵士達も見惚れたのか、或いは敵の出方を伺っているのか銃を構える事もせず動こうとしない。

Rは騎士の溶けて骸骨の様になった兜の奥で光る赤い双眸と目が有った気がした。

だが、大剣を握る騎士はまるで気にも留めない様に周囲の兵士やR達から目を離して出口の近くに立ち並ぶマトリョーシカの方向に向き直る。

そして片手で持っていた鞘を投げ捨てると右手で握った大剣の切っ先を決して届かない距離にいる三機のマトリョーシカに向ける。


「えっ?」

動作の意図を理解出来ないS1856上等兵が素っ頓狂な声を漏らした。

「まずい!皆伏せろ!」


その直後、その動きから何かを察知したRは叫びながら地面に伏せ、Lとジョンソン少尉は反射的にシールドのディフレターを展開する。

少尉はディフレクターを展開する操作を行いつつ、小隊各員に通信を試みる。


「各機、ディフレクターを起動して防御しろ!奴は…!」


だが、その言葉が伝わる前に蒼い刀身を持つ剣が太陽の様な輝きを放ち、撃ち出された白い光の槍が

反応の遅れた無防備なS1856上等兵の乗る重強化外骨格 (マトリョーシカ)を貫いた。

胴体部に直撃したレーザーは一瞬の内に装甲を焼き切り、搭乗していた上等兵ごと機体の胴体上部を蒸発させる。

機体背面に搭載されていた砲弾庫に火が付いたのか、一瞬間を置いて重強化外骨格 (マトリョーシカ)が爆散して地面に倒れ伏した。

そのレーザーには名があった。

エーテルランス、かつての大戦で幾多の兵器を撃破し人類を恐れさせたレムナント達の主力魔法だった。


「奴の装備はまだ生きている!総員対レムナント戦用意!」


上等兵の乗るマトリョーシカが倒れ伏していく中、少尉は無線で全員に警告を発する。


レムナントとの戦闘経験のない歩兵中隊の兵士達は動揺し、体勢を崩して地面に倒れ、或いは呆然としている。


「S!?っ!この野郎!」


そんな周囲が浮足立つ中、部下を殺されたL2044伍長が叫び、射線上に味方がいるのをお構いなしにガンポッドの20mm機関砲と12.7mm連装機銃を騎士目掛けて発射する。

悲鳴を上げる歩兵中隊の頭上を徹甲榴弾と重機関銃弾が次々と掠め、だが一人も誤射する事無く騎士達に目掛けて突き進んでいく。

だが発射された機関砲弾は騎士達に直撃する直前で半透明の球状の幕に阻まれて爆散する。

下段に構える二人の騎士の形成した二重の魔法障壁だ、容易には突破出来そうには無かった。


「バリアか!だったらこいつでどうだ!」


Lは即座にガンポッドの射撃を中止して機体右肩に搭載された単砲身プラズマランチャーを起動する。


「待て、03!閉所でプラズマランチャーの使用は…!」

「分かってますよ隊長!出力を最小まで絞れば!」


ジョンソン少尉の制止を振り切ってL2044伍長は搭乗するマトリョーシカのプラズマランチャーを操作してこれまでに比べると大幅に小さいプラズマ弾が発射した。

それはそれまでに比べると高速で騎士に向けて飛翔し、バリアに命中して砕け散り、相互のエーテル同士の干渉し合う甲高い音を立てながら爆発を起こす。


「バリアが砕けるまで叩き込んでやる!消し炭になりやがれ!」


叫びながらLはプラズマランチャーから低出力弾を二度三度と連射する。

プラズマ弾を発射可能なギリギリの出力まで落としているのものの、直撃すれば騎士であってもただでは済まない程度の威力は維持されている。

加えて加害範囲も狭く味方への誤爆も避けられる。熟練者らしい見事な調整だった。

間断の無いプラズマ弾の砲撃に防壁の一枚目が砕け散り、二枚目にもひびが入り始める。

だが、二枚目の防壁が完全に砕け散る前に先刻レーザーを放った騎士が行動を起こす。

手にしていた蒼剣を地面に突き立てると、今度は背中に背負っていた盾を左手に持ち替えて前方に掲げる。

それは重厚なタワーシールドではあったが、プラズマ弾を防ぐ力など当然無い様に思えた。

だが、その盾が僅かに青い光を帯びているのをRの目は見逃さなかった。

それが何を意味しているのか、機動歩兵ならばすぐに理解できた。


「L!シールドで機体を守れ!」


意図を察したRが叫び、それを聞いたLは反射的に機体を操作してプラズマ弾の次弾発射を中断するとシールドのある左腕を突き出して防御態勢を取る。

その直後、二人の騎士の張っていたバリアが解除され、上段の騎士の盾が重強化外骨格(マトリョーシカ)乗りならば慣れ親しんだ音を立てながらプラズマ弾を押し返し、反射されたプラズマ弾の群れがLの乗る機体のシールドに容赦なく突き刺さる。

プラズマ弾の直撃を受けた盾が溶解し、左腕が半ば溶け落ちてその機能を失う。

ディフレクターだ。元は敵の技術からの鹵獲である以上、敵も使えるのだ。

悪い事に性能でも負けている。


「あの威力のランスぶっ放してまだ余剰エーテルが残ってるのかよ!?畜生!左腕強制パージ!」


音声コマンドを認識した機体が爆発ボルトを起動して溶解して機能を喪失した左腕を排除する。

現状の低エーテル環境下でレーザー攻撃を行ってなお、ディフレクターを展開できる敵の想定以上の魔力残量にLは驚愕する。

一方で、相対していた騎士が興味を無くしたように視線を歩兵中隊の面々に戻す。

そして、地面に突き立てた蒼剣を再び抜き放ち、何かを喋る。

聞き取れない小声の様な、囁き声にも動物の奇妙な鳴き声にも聞こえる耳障りな理解不能な言語が決して明瞭に聞こえる筈の無い距離からはっきりと耳と脳に響き渡り、脳を揺さぶり、思考を掻き乱し鳥肌を立たせる。


その瞬間、周囲の雰囲気が変わったのをその場にいる兵士達全員が感じ取った。

それまでどこに隠れていたのか、大きい人型の影が周囲から起き上がり、或いは湧き出てくる。

通路に続く商店通りの空き部屋や改札の奥、塞がれた階段の上階、そして視界外の瓦礫の中に隠れていた半ば朽ちた竜人の骸たち、亡者が起き上がり、新たにやってきた獲物を求めて集まってきた様だった。

2、3体の小集団ではない、見える範囲内だけで50体を超えている上に、収音センサーが捕らえる物音の数からしてまだ多数起き上がって来ている様だ。

これほどの数のレムナントが残存しているのは過去に例が存在していなかった、本来ならば動けるのは数十ある死体の内の数体が良い所だ。

だというのにここのレムナント達は多数の個体が起き上がってきている、想定外の事態に寒気が走るのをRは感じた。

その目は白く濁り、どう見ても正気には見えない彼らは鎧と盾で身を守り、手に剣や槍、斧を構え、暖かい血の通う生者に興奮したのか歪んだ咆哮を上げると武器と盾を掲げ巨体を揺らしながら一斉に迫ってきている。


「おいおいおい、随分な団体さんじゃねぇか!ふざけんじゃねぇぞ!」

Lの絶叫がこだまする。


静寂から一転、亡者うごめく死地と化した地下で固まっていた兵士達が選択を迫られる。


「迎撃だ!退却は許可しない!中隊は全力を挙げて敵を殲滅しろ!方陣を組め!」


最初に声を上げたのは中隊長のV0895少佐だった。

中隊の兵士達に対ミュータント戦用の方陣を組むように指示を出しつつ腰の収納ボックスから拳銃を取り出すと、周囲から迫ってくる亡者に向けて射撃を開始している。


「方陣形成!中隊長殿を起点に第一小隊は前列!第二小隊は後列だ急げ!」

「エイムサポートシステムを精密射撃モードで起動!方陣に一体たりとも近づけるな!」


中隊もその指示に従い、中隊長と二名の小隊長を起点に階段前の広間、つまりは騎士達の眼前で対ミュータント用の二重になった四角い全周防御陣形を構築する。

その自殺行為と言える行動を前に三人の騎士達はなぜか一切の行動を起こさなかった。

その好機を逃すことなく方陣が組み上がると兵士達はアサルトライフルや分隊支援火器を騎士や亡者に連射して迎撃を開始する。

いや、これは好機などでは無かったのかもしれない。

陣形を組んだことで中隊の脱出の可能性はほぼ絶たれてしまったのだから。


「中隊長、地上に撤退すべきです。歩兵二個小隊と重強化外骨格(マトリョーシカ)二機程度では到底勝ち目はありません」


そんな現状に対してジョンソン少尉が異議を申し出る。


「敵騎士は未だに多量の残存エーテルを保有している可能性が高い、亡者の数も多くこの場で戦えば全滅は確実です。一度後退し、地上に残した友軍とも合流して対応すべきです」

「少尉!貴様の意見は聞いていない!反撃せよ!調査隊の犠牲に報いる為にもアーティファクトは絶対に確保せねばならない!亡者どもを殲滅し、騎士を可能な限り軽度の損傷で殺して装備を確保せよ!」

「……。了解しました、可能な限り命令には従いましょう」


中隊長の怒気に対話が成立しないと判断した少尉は命令に対して短く答えると通信を終了した。

そしてすぐに小隊用の個別通信に切り替える。


「各員聞いての通りだ、戦闘開始せよ」

「隊長!この数相手に死守命令とかおつむ沸いてますよあのボケ野郎!さっさと逃げないと全滅しちまう!」

「今回の最高指揮官は奴だ、今は従うしかない、今はな。歩兵中隊を支援しつつ撤退準備だ。02はこちらに合流後、直掩に回れ。撤退のタイミングは追って知らせる、各員即座に行動を開始せよ」


その状況にLが不平と共に暴言を吐き、それをジョンソン少尉が諫めながら指示を出す。


方陣を敷いた中隊を支援すべく、射撃体勢を取った二機の重強化外骨格(マトリョーシカ)はガンポッドにマウントされた20mm単装機関砲の徹甲榴弾と12.7mm連装重機関銃が連射する50口径弾が盾や鎧ごと中隊に接近を試みる亡者の一団を撃ち倒していく。

50口径弾が亡者の鎧に大穴を空けて体をねじ切り、機関砲の鉄鋼榴弾が鎧を貫いた直後に炸裂して亡者を肉片に変えていく。

だが、同時にトレーサー代わりに曳光弾を発射している7.62mm機関銃の30口径弾は敵の装甲を貫く事が出来ずに弾かれている。


騎士達と違い、エーテルの枯渇した亡者達は魔法障壁を展開していない。

だが、彼らが身に纏い、あるいは守っている盾と鎧が小銃弾を尽く弾いているのだ。

それは、歩兵の火器では亡者への対処が困難である事を物語っていた。


「03、ここからは乱戦になる。プラズマ弾の使用は控えろ」

「くそったれの騎士様はどうするんですか隊長!?留まるんなら奴らをどうにかしないと!」

「バリアとディフレクターが健在である以上攻撃は自殺行為だ、再度の魔法攻撃に注意しつつ亡者を優先して叩く。友軍の支援と出口の確保が最優先だ」

「…ッ!了解!」

「あんな奴らだが同胞だ、見捨てるわけにもいかん」



L2044伍長はジョンソン少尉の命令に従い、仲間の仇討ちではなく眼前の敵を倒す事に意識を集中していく。

先の戦闘での浪費と亡者を撃破する度に急激に目減りしていく残弾数を気にしつつ、置いてきたRの機体から弾を拝借するべきだったかとLは考えながら敵に向けての射撃を続行した。


戦闘が開始され、地面に伏せていたRもLの搭乗する重強化外骨格 (マトリョーシカ)を援護すべく地面から起き上がり全力で走り出す。

亡者たちは階段前の広間にいる中隊を目指して階段の上階、改札、商店通りの三方から湧き出しては迫ってきているが、地上には重火器小隊が陣地を構築して守りを固めてくれているので洞窟内からの敵の侵入は無い。

少なくとも後方の安全だけは確保されているのが救いだった。

洞窟内の亡者も処理していなければ動き出し、完全に包囲されていたかもしれない。


「くそっ!なんでこんな時に限って機体が無いんだ!」


Rはこんな場所に小隊を送り込み、自身を重強化外骨格 (マトリョーシカ)から降ろした中隊長を心の中で罵った。

対レムナント戦においては必ず距離を取りつつ大火力をぶつけるのが鉄則だ。

魔法障壁や高い防御力を誇る装甲を有する魔導甲冑を装備したレムナントには通常の歩兵火器だけでは打撃を与えるには火力が致命的なまでに足りず、また機動力の面でこちらよりも優れた相手に足を止めて撃ちあうという事は即、死を意味する。

しかもこの様な閉鎖空間では重強化外骨格 (マトリョーシカ)は大型兵装による火力支援もスラスターによる回避機動も満足に行えず、高級な機関砲搭載棺桶と言ってしまっても問題ない状況だ。

これで相手が数体の亡者程度ならば問題も無かったが、これだけの数がいると話は別だ。


「遠征軍ならこんな作戦指揮したら懲罰物だ素人どもめ!」


だが、文句を言った所で状況は改善しない。

まずは生き残るのが先決だ、小隊と合流しなければならない。


「ッ…!」


不意に小隊のマトリョーシカ目指して来た道を逆走するRの視界の右側に比較的小柄な―それでも人類からすれば長身の個体― 一体の亡者が割り込んでくる、更にその背後からも二体が迫ってきている事からどうやら見落としていただけで洞窟から広間までの間の通路にもある程度の数が隠れていたようだった。


「AS起動!精密射撃、目視誘導!」


叫び、立ち止まって目線を亡者の頭部に合わせると音声入力で起動した強化外骨格(エクソスーツ)のシステムが指定目標に照準を強制的に同調させるエイムサポートシステムが起動して人工筋肉が上半身を拘束し、腕を強制的に動かして銃の照準を頭部へと導く。

強化外骨格(エクソスーツ)のフレームユニットに無理矢理体を制御され、筋肉が捻じれ骨が軋む痛みを押し殺しつつ、Rはセレクターをフルオートにセットしたアサルトライフルの引き金を引く。

30連マガジンを二つ横に繋げた様な不格好な形の60連箱型マガジンに収まった5.56mm弾が銃口から絶え間なく吐き出され、その反動で暴れるアサルトライフルを強化外骨格(エクソスーツ)で補助された両腕で無理矢理押さえ付け、亡者の頭部に狂いなく兜の一点だけに弾丸を命中させる。

だが、亡者の装着した兜は劣化してなお驚異的な防御力を発揮して火花を散らしながら発射された60発の5.56mmを尽く弾き返し、既に正気を失っている主を守り切る。

最も薄い筈の兜ですらもこれほどの防御力を誇るのかと、レムナントの装備の強固さを知っていてなお、その光景にRは愕然とする。

だが思考を停止している暇は無かった、攻撃を凌ぎ切った亡者は全力疾走しながら手にした剣を振り降ろそうと大きく掲げて迫って来ている。


「標的固定!兵装交換!」


Rは焦る心を抑え込みつつ、目線を亡者からライフルについたプラズマピストルに移す。

左手がハンドガードからアンダーバレルに取り付けられたプラズマピストルに伸びる。

そして再度視線を亡者の頭部に移すとピストルの引き金を引いて青い小さなプラズマ弾を先程狙った部位に再度叩き込む。

銃弾を防いできた兜もプラズマ弾には抗いきれず溶解し、僅かな間を置いて着弾点で開放されたプラズマが炸裂して小規模な青い火球を発生させ爆発する。

その僅かな光芒の後に亡者は頭部の上半分を失い、青い血をまき散らしながら地面に倒れ伏し、二度と動かなくなった。


「精密射撃モード解除!通常状態へ移行!」

言葉を発したと同時に強化外骨格(エクソスーツ)の拘束が途切れて体の自由が甦る。

精密な射撃を実現する反面、自由な行動が取れなくなることがこのシステムの弱点だった。


Rは即座に残る二体の亡者に向き直りプラズマピストルを向けて対応しようと試みる。

亡者達は一体が盾を掲げて防御態勢を取り、もう一体が槍を掲げて投擲体勢に入っている。


(連携攻撃!?こいつら本当に亡者か!?)


それは本来あり得ない亡者達の連携攻撃だった、最初に切り掛かってきたのも囮だったのかもしれない。

Rはほぼ直観的に投擲前に制圧するのは間に合わないと察し、攻撃を避けようとしゃがんで体を低くしつつ、相打ち覚悟で再び精密射撃モードを起動しようと叫ぶ。


「目標再設定、精密射…」

だが、Rと二体の亡者の決闘が始まる前に重機関銃の弾幕が亡者達を肉片に細断していく。

そして視界の端に左腕を失った重強化外骨格(マトリョーシカ)が鈍重な歩みで進んでくるのが映る。

Rの装甲ヘルメットに映るのは機体に登場する戦友のコールネームと名前、そして階級。

ハスカール03、 L2044伍長の駆る重強化外骨格(マトリョーシカ)だ。

どうやら、こちらを助ける為に無理を押して前進して来ていたようだ。

そしてその脇には名前の表示されない強化外骨格(エクソスーツ)すら装備していない見覚えのあるみすぼらしい男が一人。

男が心配そうな顔で駆け寄って来て叫ぶ。


「旦那!御無事で!」

「君も無事で何よりだフランシス、僕らのヘルメットには顔が映らないのによく分かったね」

「旦那のお仲間が教えてくれたんでさぁ」


フランシスは片腕を失った重強化外骨格(マトリョーシカ)を後ろ手に指さして困った様な笑い顔を浮かべる。

もう既に逃げたいという気持ちで一杯であろうフランシスにRは酷な命令を与える。


「すまないがもう一度指揮下に入ってくれ。お互い生き残りたいならその方が良い」

「それは良いですけどね、これが終わったらこんな仕事もう辞めますぜ俺は!こんなのはもう沢山だ!」

「退職金等については関係部署に問い合わせて出して貰える様に善処するよ、だからまずは生き残ろう」


フランシスが真剣な顔で頷いたのを確認したRはLの乗るマトリョーシカに歩み寄る。

市民兵も手続きを経れば中途退職は一応可能だ。

居住権を失いそれまでの積み立てを現物支給されて外に放り出されるという事を覚悟すればだが、この様な事が続いてはそっちの方がマシだと思えるのも仕方がない。

だが、全てはこの修羅場を越えてからだ。


「L!機体の状況は!?」

「左腕が吹っ飛んだがまだ大丈夫だ!ガンポッドだけでも亡者共ぐらいなら問題ねぇ!」


Lの搭乗する重強化外骨格(マトリョーシカ)は既に溶解し役目を果たさなくなった左腕を強制分離し、残った右腕のガンポッドを用いて戦闘を継続している。

プラズマランチャーは味方への誤射を防ぐ為に使用できない様であった。


「周囲に隠れてる奴らがいるみたいだ!僕が対応するから中隊に群がろうとしてる連中を頼む!」

「おうよ!正面の敵は俺と隊長でどうにかするからケツと側面警戒は任せるぜ!」


ふと何か違和感を覚えたRは騎士達へ視線を向ける。

それまでと打って変わって騎士たちはただ立ち尽くし傍観を決め込んでいる。

こちらが亡者に襲われている状況を見守るだけで、もう歩兵にもマトリョーシカにも手を出す意思が無い様に感じられ、まるで必要な作業が終わったとでも言いたげにもRには思えた。

(レーザー搭載機だけを間引く事が目的だったのか…?だが、なぜ…?)

違和感はもう一つある、ここの亡者達はおかしい位に装備が充実し、統制が取れている事だ。

理性を失い、得物を振るって襲い掛かってくるいつものレムナントらしくない何かをRは感じていた。


「旦那!後ろから何匹か回り込んできてますぜ!」

「ッ!対処する!フランシスは援護射撃に徹してくれ!」


だがその思考はいよいよ激しくなり始めた乱戦の中で霧散していった。

こうして終わった世界で再び人類とレムナント、それぞれの生き残りをかけた戦闘が始まった。



―――



中隊による騎士への射撃は魔法障壁によって防がれ、亡者達への射撃は彼らの持つ鎧と盾に弾かれる。

当初は両者へ満遍なく行われていた射撃が、防壁を展開したまま動かず沈黙を続ける騎士達から自然と周囲から方陣に迫ってくる亡者に集中し始める。

レムナントに対して通常弾での効果はやはり薄いようだった。

だが、アサルトライフルと分隊支援火器で固めた正規軍は市民軍とは比較にならない弾幕によって亡者たちの接近を簡単には許さない。


装甲は貫通せずとも命中時の衝撃までは緩和しきれず、装甲に守られていない部位は鱗の防御によって損傷こそ少ない物の銃弾を受けて損傷を受けていく。

多量の銃弾を撃ち込まれてバランスを崩した亡者がそのまま打ち倒されて起き上がろうと体を暴れさせている。


鎧にはそれなりに重量が有るのか、一度倒れると起き上がるのに若干の時間が掛かっているようだった。

そして、その体勢の崩れた相手にアサルトライフルや分隊支援火器のアンダーバレルに取り付けられたプラズマピストルの光弾が容赦なく突き刺さり、亡者の体に大穴を開けて再度の死を与えていく。

通常弾で足止めし、プラズマ弾でとどめを刺す。

それは強力だが弾速の遅いプラズマ弾を確実に当てる為の措置だった。


方陣を組んだ兵士達は前列と後列に分かれて役割を分担し、敵に立ち向かっていく。

前列は片膝をついた状態で弾幕を張って敵を足止めして時間を稼き、後列はその頭上で外骨格のエイムサポートシステムを精密射撃モードで起動させて亡者の朽ちて欠損した、鎧や盾で守られていない部位を狙撃して撃破を試みる。

一部の兵士はライフルによる射撃を最小限に抑えてプラズマピストルの射撃に集中している者もいる。

無秩序に接近を試みる亡者は全身に鉛玉を受けるか、プラズマ弾で大穴を空けられて青い血をまき散らしながら次々と倒れ伏していく。

そこに時折、二機の重強化外骨格 (マトリョーシカ)の支援が加わり、亡者達は各個撃破され、全く接近出来ずにいた。

これが対ミュータント戦ならばこのまま状況は優位に推移していただろう。



しかし、そんな事を眺めている騎士達は許容する筈もなかった。

十数体の亡者を撃破した辺りだったであろうか、蒼剣を握りしめた騎士が再び何かを囁く様なあの言葉を紡ぐ。

すると亡者達の動くが急激に変化していく。

無秩序な突撃をやめて方陣から距離を取り、近くにいる亡者同士でお互いをかばい合う様に盾を構えて密集陣形を組み始める。

数名単位での小規模な物だったが、それは歴史の教科書に載っているようなファランクス陣形の様だった。


ただ、それだけの変化によって先程までの優位がまるで嘘のように状況は悪化していく。

盾を前面に押し出した密集陣形に歩兵中隊の射撃は急速に効果を失っていく。

弱点部位を隠された事で5.56mm小銃弾は尽くはじき返され、プラズマ弾すらも数発の命中では盾に弾かれて決定的な損傷を与えらず、その表面で小爆発と高熱をまき散らして霧散する。

三方から囲む様に多数迫るファランクスの群れは確実に方陣内の兵士達の精神を追い込んでいく。

重強化外骨格 (マトリョーシカ)のガンポッドによる射撃だけが唯一、ファランクスを薙ぎ払っていくが二機だけでは手数が足りず、焼け石に水の状態となっている。

加えて、その二機も自身に群がる亡者との戦闘にも忙殺されており焼け石に注ぐ水すらも無くなりつつあった。



―――



「4体目!」

手足をプラズマ弾で打ち砕かれて地面でもがく亡者を片足で踏みつけながら装甲で守られていない部位にアサルトライフルの弾丸をフルオートで叩き込みながらRは叫ぶ。

その傍らでは亡者の死体をバリケード代わりにして身を隠したフランシスが涙目でプラズマライフルを外されたアサルトライフルを連射している。

彼の装備していた短機関銃は早々に弾を撃ち尽くして既に手中には無く、Rが仲間の死体から回収したアサルトライフルを持たされている。

R自身の装備しているライフルも既に手持ちの弾薬を使いつくして先に逝った戦友たちから回収した弾丸に既に手が付き始めていた。


「こっちはこれで10体目だ!俺の勝ちだなR!」

それに合わせる様に隣で射撃を続けるLが切迫しながらも楽しげに通信を送ってくる。

もうそうでも思わないとやっていられないのだろう、俗にいうコンバット・ハイという奴だ。

アドレナリンの出が良いのかLはそれに陥りやすかった。


「L!冗談言ってる場合か!敵増援、総数4!散会して接近中!」

「畜生!歩兵相手にしてる連中みたいに固まってこいや!」


騎士が指揮の様な事をしているのか、方陣への密集陣形による対応と同じく、それまでは歩兵中隊に向う敵の一部が流れてくる程度の散漫だった機動歩兵小隊への攻撃が組織的な物に変化しつつあった。

地形的な都合で方向こそ限定されて同じ方面から接近してくるが、同時に複数の亡者が散会して突撃を繰り返してきている、これらへの対応に追われて歩兵部隊への支援射撃はほぼ不可能になりつつあった。

恐らくは中隊とは違い、大口径弾による射撃が通用するこちらに対しては一網打尽を防ぐ為に密集陣形を取っていないのだと思われた。

盾と剣を掲げて肉薄してくる亡者の後ろには投槍を装備した亡者が控え、次々と槍や片手剣、斧の類を重強化外骨格 (マトリョーシカ)とその足元にいるR達に投擲してきている。


「変な物投げて来るんじゃねぇ!」


重強化外骨格 (マトリョーシカ)のコクピット目掛けて高速で飛来する複数の投槍をLは機体の重心を右に傾けて回避する。

本来投射物を防いでくれる左腕のシールドは既に無く、機体を動かし続ける事でしか攻撃を回避出来ない。


だが、その為の回避機動はこの狭い空間内では行えない。

その為、重心移動と歩行による最低限の動きだけで攻撃を避けねばならず、当然ながら全てはかわしきれずに何本もの投槍が機体の装甲に深々と突き刺さる。

だが致命打ではない、コクピットのある胴体、そしてガンポッドや給弾装置、脚部に損傷はなく、戦闘継続に支障はないようだった。


「へたくそめ!」


飛来した投槍の一本がキャノピーを貫通して顔のすぐそばを掠っていく中、Lは敵を挑発する様に罵った。

同時に目前に迫った亡者をガンポッドの全門斉射で打ち倒すと、即座に後方から投擲を行う亡者に照準を移し、これもまたガンポッドの全門斉射で薙ぎ払おうとする。

そこでLは小さな違和感に気付く。

20mm機関砲が機能しないのだ、砲身が破損したわけではない、砲身は過熱しているが致命的には至っていない。


「やべ」


思わずそんな言葉がLの口から滑り出した。

機関砲の使用不能という事態よって興奮していた精神が冷水を浴びた様に冷めて冷静になり、再度ステータス画面を確認すると視界の隅にある残弾数表示が無情にも0という表示が映されていたからだ。

12.7mm重機関銃弾も残弾が2割を切りつつある。


「隊長!そろそろ弾がヤバいですよ!機関砲残弾0!」

「使い過ぎだ03。節約しろ」

「んな事言ったって、シールドもプラズマも無しじゃどうにもなりませんよ!」

「ならば02ともども後退して支援射撃に努めろ、前衛はこちらで受け持つ」

「03了解!下がらせて貰いますよ!」

「ところでだ、03」


悪化し続ける状況と重苦しい空気が続く中、ジョンソン少尉がLに唐突に話題を変更してくる。


「俺はこれで20体目だ。さっき02と撃破数勝負してたみたいだが、勝てば何か奢ってくれるのか?」


冗談めいた口ぶりでからは敵の群れとの戦闘に興奮するRやLとは対照的に冷静な雰囲気が伝わってくる。

少尉はLとは対照的に機体を固定して精密射撃に努め、時折飛来する投槍はシールドのディフレクターを巧みに利用して尽くはじき返している。

ガンポッドの射撃の合間に時折低出力に調整されたガウスキャノンが発射され、その度に亡者が吹き飛ばされていく。

被弾する事も無く、必要以上に動かず最低限の弾薬消費で敵を撃破していく姿は機動歩兵の手本そのものだ。

ガウスキャノンの補助もあってか弾数にはまだまだ余裕がありそうだった。


「なっ!ガウスキャノンは反則ですよ隊長!俺はプラズマランチャー使えないのに!」

「03、02はマトリョーシカ自体置いてきてるんだぞ、文句を言うな。……まあ、冗談はここまでにしてだ」


いつもの口調に戻った少尉が言葉を続ける。


「恐らくは中隊はもう長くはもたん、方陣が崩壊した段階で指揮権を掌握して全軍脱出だ。準備しておけ」


先程の冗談とは打って変わって少尉のその声には冷淡さすら帯びている様に感じられた。



―――



歩兵中隊が死に物狂いの弾幕射撃を張る中、ファランクスの後方に展開し、銃弾による攻撃を受けなくなった一部の亡者がこれまでのお返しとでもいう様に槍や片手剣を投擲して応戦を開始する。

既にエーテルの枯渇した古びた刀剣の類でありながら、その切っ先は鋭く、運の悪い何人かの兵士達が周囲から高速で飛来する槍に強化外骨格(エクソスーツ)の装甲を貫かれて串刺しにされる。

だが、それだけでは終わらなかった。

武器を投擲した亡者達は手招きでもするように武器へ手を一斉に掲げ、それに従う様に武器が宙に浮き上がって投擲した亡者達の元に戻っていくのだ。

当然串刺しにされ事切れた兵士達も武器と共に敵側の引きずられていく。


「やめろ!離しやがれ!」


そんな中、運悪く槍に腕を貫かれたが故に死にきれなかった一人の兵士が叫び、もがく。

だが、その足掻きを無視する様に200kgを優に超える重量の強化外骨格(エクソスーツ)を着込んだ兵士を突き刺した槍が飛来したのと同じ速度で亡者の元へと連れ去っていく。


「畜生!このまま死んで…!」


亡者の元まで引きずり込まれた兵士が残った片手でアサルトライフルを構え直して最後の抵抗をしようと試み、だがその前に一体の亡者が握っていた巨大な両手斧によって首を跳ね飛ばされる。

刎ねられた首から噴水の様に赤い血が噴き出し、大気中のエーテルに触れる事で紫色に変色していく。


その鮮血を求めて複数の亡者達が次々と事切れて未だ痙攣する兵士の遺体に群がっていく。

ある者は剣や槍で四肢を切り落とし、それを掲げて零れ落ちる血を顔に浴びながら大口を開けて飲み干し、ある者は落ちた首に吸い付いて血を啜っている。


それらの戦利品に有りつけなかった亡者達は残された胴体に群がり、にじり寄ると遺体を切り裂き、あるいは噛みついて吸血鬼の様に血を搾り取っていく。

彼らレムナントがこの環境で不足しているエーテルを得る方法、それはエーテルを含んだ他の生物の血肉を摂取する事なのだ。


地上人ならばともかく、体内にエーテルなど含んでいないArk5の兵士の血肉を漁ったところで大した足しにはならない。

だが彼らには関係のない話だ、僅かにでも飢えという本能が満たされればそれで良いのだから。

暴虐ながらも勇敢な戦士と戦時に称された彼らの姿は最早残されてはいなかった。


「陣形を維持しつつ間隔を広げろ!投槍にやられるぞ!」


次々と飛来する槍に串刺しにされ、悲鳴と断末魔を上げる部下達を前に方陣内から指揮をする小隊長がたまらず叫び、密集していた兵士間の距離を広げる為に一時的に方陣が崩れる。

その陣形の崩れた一瞬を狙ったかのように中隊目掛けて残った亡者たちが咆哮を上げると既に死んでいるとは思えない全力疾走で迫っていく。


「何をしている!撃て!とにかく撃ちまくるんだ!敵を接近させるな!」


死傷者が続出し、周囲の三方から槍が降り注ぎファランクス陣形を組んだ亡者たちが肉薄してくる中、中隊長が叫び、生き残っている方陣の兵士達もそれに答える様に小銃弾とプラズマ弾による弾幕射撃を継続している。

だが、敵の数が多く、それを食い止める為の火力は足りなかった。

ここまでは生き残った二機の重強化外骨格 (マトリョーシカ)の援護のおかげで陣形内への敵の突入を免れてきたが、それも既に限界に陥りつつあった。

命中率は低いが当たれば確実に命を刈り取っていく投槍による攻撃とこちら側の火力不足が相まって状況は徐々に最悪の方向に進みつつある。


火力支援の消えた歩兵部隊の防衛線は見る見るうちに崩壊していく。


「ジョンソン少尉!何をやっている!早く援護をよこせ!」

「無茶を言わないで貰いたいものですね少佐、努力はしてますがこちらの機体は一機が戦線離脱、もう一機は撃破されて二機だけですよ、こちらに迫ってくる敵の対応だけで手いっぱいです」


少佐は無線で叫び、少尉はあくまで冷静に、そして冷淡にそれに応じる。


「もういい!貴様らには後日出る所に出て貰うからな!」

「ではお互い後日が迎えられるように頑張るとしましょう、交信終わり」


火力を提供する重強化外骨格 (マトリョーシカ)と近接戦に弱い重強化外骨格 (マトリョーシカ)の直掩を行う歩兵、両者を組み合わせてようやく対抗出来るという状況で、当初から相互の支援が途絶えがちで兵数自体も足りない状況だ。

戦線の崩壊は必然であった。


亡者達は数が減り、密度の薄くなった歩兵中隊と既に封殺されつつある重強化外骨格 (マトリョーシカ)の火線をすり抜けると、急速に歩兵部隊へと三方から迫りつつある。

序盤こそ火力で圧倒し、亡者を倒していた歩兵中隊も敵の方陣への突入を目前で退けるので手一杯となってきている。

中隊の兵士達は時折飛来する投槍の攻撃をかわしたいという無意識の保身から体の自由が拘束される精密射撃モードを使う事が出来ず、それが亡者の撃破を更に困難にしていく。

加えて、先に倒した亡者の巨体が積み重なり、射線自体が徐々に塞がれてきている。

盾に加えて、亡者の死体それ自体が肉の盾となって攻撃を妨げてきていた。


敵が眼前まで迫り、間隔を空けて陣形を再編した兵士達は自然と後退し、身を寄せ合う様に再び密集し、弾幕を厚くして敵の接近を防ごうと試みる。

だが、それは投槍の効果を上げる事に繋がり、同時に部隊が逃げ場を失い包囲殲滅されつつあるという事でもあった。

ある意味、方陣を組んだ時点で彼らの運命は決まっていたのかもしれない。

中隊長からの具体的な指示は無い、ただ「退くな」「迎撃しろ」「敵を倒せ」と叫びながら死守命令を繰り返している。

弾の尽きた拳銃を捨て、倒れた部下の分隊支援火器に持ち替えて射撃を継続するその姿は、勇敢ではあれど、既に正気を喪失している様にも見て取れた。


その様子にジョンソン少尉は再び小隊にだけ通信を行う。


「そろそろ潮時だ、中隊崩壊と同時に02と03を先導として地上へ離脱する」


死守命令だけを繰り返す中隊長に見切りをつけたジョンソン少尉が撤退の準備命令を出す。

その直後、堰が決壊したように遂に亡者が中隊の方陣に流れ込んだ。

だが機動歩兵小隊も別途出現する亡者との戦闘に手一杯であり、援護する余裕は無かった。

Rとフランシスも重強化外骨格 (マトリョーシカ)の射角外から接近する亡者の対応に忙殺されている。


「各員白兵戦準備!」


未だに理性を保っていた小隊長の片割れが叫び、兵士達は射撃を継続しつつ白兵戦の準備に移行する。


「近接短刀展開!」

「スタンフィスト準備!」


強化外骨格(エクソスーツ)の両腕の手甲部分から短刀がせり出し、或いは手首側から拳に電撃を纏ったナックルダスター型の近接武器がセットされ、接近を試みる亡者との近接戦闘に移行していく。

兵士達はアサルトライフルを乱射し、亡者の振り降ろす刃に合わせて短刀を振りかざして防御しようと試みる。

またある者は高圧電流の電撃によって亡者を昏倒させようと拳を奮う。


だが、倒れた仲間の屍を踏み越えて迫る亡者達の振りかざした剣や斧はまるでバターでも切るかのように近接短刀やナックルごと強化外骨格(エクソスーツ)の装甲を切り裂き、兵士たちは次々と倒れていく。

密集陣形が仇となり、直接の斬撃を受けなかった兵士も巨体を誇る亡者のランスチャージじみた体当たりによって押しつぶされ、亡者の波に飲み込まれていく。

先程まで戦闘を継続していた中隊長と小隊長たちの姿ももはや確認する事は出来ない。

倒れ伏した兵士に亡者達が次々と殺到しては剣や斧を振り下ろし、血を搾り取っていく。


中隊がいた場所には今や多くの亡者がひしめき、時折響き渡る銃声と飛び散る青い血しぶきだけが未だに生存者が残っているという事を物語っていた。


「こちら第一小隊!陣形内に突入された!死傷者多数発生!」

「少佐が!中隊長が戦死した!誰か指揮を引き継いでくれ!」

「ぐあっ!スーツに穴が…!引っ張られる!誰か助け…嫌だ死にたくない!」


戦線が崩壊し、友軍の阿鼻叫喚の絶叫が無線で次々と流れ混線していく。

それを待っていたとばかりにジョンソン少尉が叫ぶ。


「予定通り撤収するぞ!殿は俺がやる、02、03先行して脱出し地上にの友軍と共同で防衛線を再構築しろ!」

「「了解!」」


少尉は更に全部隊用の緊急通信チャンネルを変えて通信を継続する。


「こちらは貴隊と共同作戦中の第10機動歩兵大隊ハスカール小隊指揮官ジョンソン少尉だ、中隊長戦死につき臨時で指揮を執る。残存の兵員は本機を基点に速やかに集結し、地上に脱出せよ。我が小隊先鋒は既に脱出を開始しつつあり、ついて来れないものは置いていく。繰り返す…」


だが、その動きを見透かすかのように再び異様な囁き声が響き渡り、地下通路が揺れ始める。


「なんだ!?地震か!?」

「くそっ!洞窟は無事なのか!?崩落したら全部終いだぞ!?」


LとRは突然の地震に狼狽しつつも命令に従い、踵を返して洞窟へと向かおうとして立ち止まる。

洞窟が崩落したわけではない、視線の先には別の理由が存在していた。

従者の様にRについてきているフランシスも同様に合ってはならないものと目が合い一瞬凍り付く。


「え…?」


揺れた影響か、パラパラと土ぼこりが僅かに落ちてきている洞窟へと続く出口の暗闇に黄色に輝く巨大な双眸が浮かんでいた。

双眸は這いずる音と共に徐々にこちらに近づき、天井から漏れる光に照らされてその姿が顕わになる。

それはただひたすらに巨大な白い大蛇だった。

一つ違いがあるとすれば一対の翼の様なものが胴体の途中から生えていることぐらいだろうか。

それが脱出に使うはずだった出口から現れた大蛇は大口を開けて一気に滑り出してくる。


「旦那!蛇だ!デカい蛇が…!」

「どっから湧いてきたんだこの化け物は!?」


フランシスが狼狽し、Lが叫ぶ。


「迎撃だ!全力射撃!全弾叩きこめ!」


Rは指示を出しながら火力不足を補うためにアンダーバレルにセットされたままでは同時使用の難しいアサルトライフルとプラズマピストルを分離させると二丁拳銃の様に両手でそれぞれの武器を持って連射し始める。


「撃破するんだ!あんなのがいたら撤退もままならなくなる!」

「悪い冗談ですぜ旦那!出口は安全じゃなかったんですか!?」

「たった今安全じゃ無くなったところだよ!奴を殺さないと皆食われるぞ!」


二人はそれぞれ装備するアサルトライフルの引き金を引く。

だが、その弾丸は鱗に弾かれ、小爆発を起こすプラズマピストルのプラズマ弾すらも耐えた大蛇は弾幕を張るRとフランシスを無視して大蛇はその後方にいるLの搭乗する重強化外骨格(マトリョーシカ)へと突き進んでいく。


「L!そっちに行ったぞ!」

それに対してLの搭乗する重強化外骨格 (マトリョーシカ)は射撃を開始し、だが僅かな時間で攻撃を停止する。

「くそっ!残弾0!機銃弾すら残ってねぇ!」


弾薬が枯渇しかけているが故に先に撤退させようとした少尉の判断が裏目に出た結果となった。

弾切れまでの僅かな間に放たれた重機関銃弾は大蛇の鱗を引きちぎり、損傷を与えたが傷は浅く、そして殺しきるには弾が足りなさ過ぎたようだった。

大蛇は傷をつけられたことに激昂し、少量の青い血をまき散らしながら素早くLの搭乗する重強化外骨格(マトリョーシカ)に体当たりを食らわせ押し倒すと、そのまま機体に絡みつき始める。

機体が軋み、鋼鉄が潰れていく甲高い絶叫音が響く中、Lもまた叫ぶ。


「駄目だ!動けねぇ!」

「L!脱出するんだ!締め殺されるぞ!」

「畜生!拘束されてて強制パージも出来ねぇ!」


大蛇は拘束した重強化外骨格(マトリョーシカ)を頭から飲み込もうと顎を外して大口を開ける。


「あ、やべぇ…」


その光景にLは死を覚悟した。

だがその毒牙がLを襲う直前に50口径機関銃弾の弾幕が大蛇の頭部に降り注ぎ、降るんだその隙にジョンソン少尉の乗る重強化外骨格(マトリョーシカ)が庇う様にその間に入り込んだ。


「隊長!?」

「無事か02!これ以上部下はやらせんぞ化け物どもめ!」


異常を察知した少尉は救援の為に素早く反転すると天井に防弾キャノピーとガウスキャノンを擦りつけつつ、無理矢理スラスターを使って大蛇の懐まで高速で接近してきたのだった。

そしてそのまま勢いに任せて体当りする様に左腕のシールドを大蛇の顔に叩きつけ、驚いた蛇がLの重強化外骨格(マトリョーシカ)の拘束を解いたのを見計らって胴体にガンポッドを連射する。

重量の乗った体当たりの一撃に大蛇の片眼が押し潰され、更なる重機関銃と機関砲の追撃に体を蹂躙されて悲鳴が響き渡る。


「貰った!」


少尉は未だに機体が空中にある不安定な体勢のまま、大蛇に向けて駄目押しのガウスキャノンを叩き込む。

だが体当たりで片眼を潰され、胴体にガンポッドの連射をを受けてなお大蛇は力尽きてはいなかった。

体をくねらせて発射されたガウスキャノンの青い光弾を紙一重でかわすと、素早くジョンソン少尉の乗る重強化外骨格(マトリョ-シカ)に噛みつき、機体を左右に振り回す。


「な!?ぐあぁ!」


10t近い重強化外骨格(マトリョーシカ)が犬の玩具の様に振り回され、その度に狭い通路内部激突してコンクリート片と土ぼこり、そして機体の部品や武装の破片をまき散らす。

それと同時に少尉からの応答が消える、昏倒してしまったのかもしれない。

暫くの間機体を振り回していた大蛇は動かなくなった少尉の機体を一気に飲み込んでしまった。


「隊長!?返事をしてください!隊長!」


Lが叫ぶが返事は無い。

それに満足したのか悪食な大蛇はLの乗る重強化外骨格(マトリョーシカ)を無視するとそのまま滑るように地下を這いまわり、時折亡者を撥ね飛ばしながらまだ生き残って脱出を試みる兵士達を次々と巻き取っては飲み込んでいく。

素早すぎてRとフランシスにはそれを阻止する暇すら与えられなかった。

蛇は既に完全から去って仲間達を食らいつくさんと暴れまわっている。


「R!もう無理だ!もう俺たちだけで逃げるしかない!」


各坐した重強化外骨格(マトリョーシカ)からなんとか脱出したLが叫ぶ。


「了解!こちらは機動歩兵ハスカール小隊所属、R1059伍長だ!残存部隊各位へ!小隊長消息不明につきこれより自分が指揮を引き継いで地上に脱出する!各坐した機体の近くで部隊を再編中だ!死にたくない奴はこっちに来い!」


小隊長が死んだとは認めたくなかった。

だが、現状では救出する方法も無い以上は自分が指揮を引き継いで脱出するしかない。

Rはそう判断して通信を行いつつ目印として目立つように機体から離れた位置に移動する。

脱出したLが機体から持ち出した分隊支援火器で周囲の亡者に牽制射撃を加える中、Rは生き残ろうと頭を必死に働かせて叫ぶ。

こうなった以上は生き残りをかき集めて無理にでも地上を目指すしかない。


「繰り返す!こちらは機動歩兵ハスカール小隊…」


そう叫ぶRの背後に再び何かが這いずる音が響き、Rの影を別の巨大な影が覆う。

濃密な死の気配に咄嗟に振り返る。

そこには先程ジョンソン少尉の重強化外骨格(マトリョーシカ)を飲み込んだ大蛇が次なる獲物を捕らえるべく口を開けて待っていた。



本来ならばプロがやるべき仕事を素人がやると悲惨な事になるよ回でした、主人公のRくんは所詮一兵士なので無双などできませぬ

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