三十話、怒れる者
今回は主人公側視点、次はエンキくん視点の予定
既に太陽は地平線に片足を突っ込むという段に至り、死に際の断末魔の様な赤黒い陽光に照らされる見捨てられた地で数人の人間と奇怪な白い芋虫の大群がこの世界の日常を営んでいる。
火薬の閃光と轟音、風を切って振り下ろされる刃、そして咆哮と怒声。
すなわち、それはこの世界では常にどこかで起きている定例行事、生存競争であった。
「来るぞ!備えろ!」
脇を守るボース配下の兵の一人が叫ぶのとほぼ同時に芋虫たちの一部が身をくねらせながら素早く円陣を組む一行へと迫る。
散弾と小銃弾の連射に晒されながら、芋虫の群れは仲間の死体を乗り越えて迫り、そして一斉に飛翔する。
「ッ!らぁあああッ!」
体をしならせて跳躍し、飛び掛かって来る大型犬程のサイズの白い芋虫、『死体喰らい』の先鋒を務める最初の一匹を散弾銃の銃剣で突き刺しながらRが叫ぶ。
だが、それで安泰などでは当然あり得ない。
その背後からは同じ様に空中へと躍り出た死体喰らい達がネズミの前歯の様な大きく硬質化した牙とその内部にある人間の様な歯を持つ二重構造の口を開きながらRめがけて飛び掛かってきているからだ。
「ちぃッ!」
Rは舌打ちと同時に散弾銃の引き金を引き、銃剣でくし刺しにされて尚も激しくもがき暴れる死体喰らいの腹を吹き飛ばし、次の個体の対処へと移る。
死体喰らいは意図的か、偶然か、それぞれ別の高度からRの体を狙って迫りくる。
一匹は高く飛び腕を、もう一匹は低く飛び足を狙ってきている。
一匹目に手間取ったせいで回避の時間はなく、散弾による迎撃も不可能だ。
再装填をしている間に食いつかれる。
どちらか一方の対処で限界だ、Rは決してスーパーマンでも無ければ漫画の超人でもない。
腕は二本一対しかなく、一度振れば数秒間は無防備だ。
ならば守るべきは―――。
「ぐッ…!」
かがんだRの左肩に死体ぐらいの前歯が食い込む。
銃剣が突き刺した二匹目の死体喰らいは足を狙った個体であった。
今、機動力を失うわけにはいかない。
そうなれば確実に見捨てられる。
変異した肉体の再生力を考慮すれば、今を凌げば回復する可能性が高い以上は片腕ぐらいの犠牲は安い。
その筈だった―――。
「ッ…!こいつッ!」
二匹目を処理し、片手で肩に食いついた三匹目の腹に銃剣を捻じ込んでそのまま力任せに両断する。
肩に食いついた死体喰らいは内側の口から絶叫の叫びを垂れ流しながら、青い血しぶきと共に不快な色をした内臓をまき散らして上下に分断される。
だが、肩に食いついた顎が決して外れようとしない。
がっしりと肉に食い込んでおり、外そうとする度に激痛が走り上手く事が進まない。
僅かな間の悪戦苦闘、だがそれが致命的な隙となってRを襲う。
死体喰らいはそこら中にひしめいており、今にも集団を飲み込みそうだったからだ。
飛び掛かった数匹、それすらも囮であり陽動、本命は地面を覆い尽くす様に迫る多数の個体群であった。
目を離したのは一瞬の事、しかしそれでも捕食者たちにとっては十分だった。
とっさに敵に散弾銃を向け、引き金が空虚な金属音を立てた時にRは再装填が終わっていない事を思い出した。
肩に食いついた牙をすぐに外せると判断してリロードを怠った判断ミスがここで致命的な状況を作り出し、地を這う死体喰らいの牙が迫り―――。
「このグズがッ!」
やられる、そう思った時に罵声と共に背後を守っていた筈のボースがライフルを連射して加勢する。
奴が装備しているのは市民兵に供給されていたセミオートのコンバットライフルだ。
継戦能力と連射能力に欠けるが、7.62mmの大口径弾を用いる為に物理的な破壊力だけは正規軍の小銃よりも優秀であり、それがここで功を奏したようだった。
瞬く間に足元に迫った死体喰らいが小銃弾を受けて沈黙し、盾になる様にRの前に躍り出たボースが射撃を継続しながら叫ぶ。
「てめぇも撃て!手ェ動かせ屑がッ!」
「くッ!」
Rは肩の痛みに顔を歪ませつつ、散弾銃をリロードしようとポンプに手を伸ばす。
食いつかれて動かしにくい左腕を無理矢理動かして散弾銃に弾を再装填し発砲、ボースと共に多数の個体を物言わぬ死体へと変貌させる。
更に自分の持ち分を片付けたであろう味方も攻撃に加わり、Rに迫っていた小集団は弾幕によって破砕された。
「退路は予定通りだ!撃ち続けろ!ぶち破れッ!」
ボースはそう怒鳴り散らしながら指示を手早く出すと退路であるエンキの宮殿方面への障害となっている死体喰らいの集団へと率先して突き進む。
そして―――。
「このウジ虫どもがッ!」
己に降りかかるあらゆる不条理の根源が目の前の死体喰らい達であるかの様な憎悪の表情と共に集団を蹴散らした。
「てめぇらも!あいつらも!どいつもこいつもッ!俺に面倒を押し付けやがって!」
何がボースをそこまで苛立たせるのか、この大男が激怒していない時間は僅かな間しかない。
怒りに顔を歪ませ、叫び、罵り、しかし体だけは的確に相対する敵を物言わぬ肉塊へと変貌させていく。
コンバットライフルの射撃が機敏な動きを見せる個体を撃ち抜き、足元に這い寄る虫はその鍛え抜かれた太い足で蹴り砕き、踏みつぶす。
飛び掛かる者には銃剣を、更に続く死体喰らいの襲撃を空けた左腕の拳で殴り潰して撃墜し、決して歩む速度落とすことなく向かい来る全てを薙ぎ払いながら前進する。
その様子はまさに人間戦車と言っても良い物だ。
そんなボースを背後から部下たちが射撃で支援し、包囲された窮地の中から確固とした退路が生まれていく。
Rはその光景を目の当たりにしてとんでもない奴に啖呵を切った物だと思う反面、この様な男すらも恐怖で縛り付けるエンキの恐ろしさをも再認識する羽目になった。
このままではどう足掻いても抜け出せそうにない、一体どうすべきなのか。
Rには答えが出せそうになかった。
いや、もしかたら一つあるのかもしれない。
それしかないのかもしれない。
しかし、それが起きて自分が理性を維持できているかは大いに怪しい。
ならば、それは選択肢とは言えない事だった。
一つ言えることは、窮地は脱せそうだという事だった。
―――
ひとまずは集団を突破し、スクラップの物陰に隠れた一行は武器の点検と再装填の最中だ。
分解整備をしている暇はない。
最低限の動作確認と空になった予備弾倉へ弾丸を込めるのが主な仕事であり、ボースの部下らは三人の内の誰かしらが周辺警戒を請け負い、言われるまでもなく相互に支援し合っている。
統制の取れた良い兵士達だ、死人が出る度にボースが怒り狂っているのが理解出来る。
一方、当のRは未だに肩に食いついた死体喰らいの頭に悪戦苦闘していた。
一体一体は大した強さではない。
外皮は硬くなく、むしろ柔らかい部類。
動きは比較的単調で俊敏ではあるが見切れないほどではない。
恐らく大した武器が無くても大人ならば単体を相手にするだけならば勝てるぐらいだろう。
問題はその数と、この牙だ。
硬く、大きく、そして太い黄ばんだネズミの様な牙、これで獲物を捕らえて内部の口でかみ砕く。
対処が遅れていくれば内側の口に腕をすり潰されていたかもしれない。
噛みつかれなければ問題はないが、噛みつかれたら大事となる。
それが死肉喰らいの特徴の様だった。
ARK5勢力圏では確認されていない新種が毎日の様に湧き出て来るのには流石にうんざりさせられる。
この手のミュータントの怖い所は初見殺しにあるからだ。
知識が無ければその分一手、打つべき対処が遅れる。
それが今回の様な致命的な事態を引き起こす事など日常茶飯事だ。
「ちッ!言葉の割に使えねぇ。期待外れも良い所だ」
「すまない、助かった―――」
そんな中、Rを感謝の言葉を無視したボースは腰に差した鉈を取り出し、向ってくる。
あまりにも手慣れたその動きにRは右手で制止を求める以外の行動を取れず、距離は瞬く間に縮まっていく。
「おい、待て。僕はまだ戦え―――」
言い終える前にボースは鉈をRに振り下ろす。
だが、それがRの肉を捉えることはなかった。
鉈がぶつかった先は肩に食らいついたままの死体喰らいの顎、口の付け根に的確に刃を叩きつけたのだ。
「騒ぐな屑が、外すしかねぇだろーがそんなもん」
ボースはそう静かに答えると、そのまま残った死肉喰らいの口に水平方向に鉈を入れて強引に顎の筋肉をねじ切り、両手で無理矢理上下に押し広げてRの肩から異形の芋虫の頭を引き剥がした。
「筋肉を切っちまえば外れんだこんなもん、次が有ったら覚えとけよ屑野郎」
次が有ったら、ボースのその言葉にこの地上の現実が全て込められている重みがあった。
大抵の場合は次など無い、新兵は育つ前に死に、ベテランも他愛も無い事で死ぬ。
次を期待されるのは生き残れた運が良い者だけなのだ。
「……紛らわしいのはやめてくれ、こっちの頭に貰うかと思ったよ」
「やられてるのがてめぇの足だったらそうだったろうな、お利口で良かったな」
「……そうか」
ボースという男がどういう物か段々と理解が深まってきたのをRは感じた。
この男は戦う事と生き残る事に最適化された自走し思考する暴力筋肉機関だ。
使える間、戦える間は守り助けるが、そうで無くなれば躊躇なく切り捨てる。
それがボースの根幹にある思想の一つなのだろう。
すなわち、口ではなんだかんだ言っているがまだ自分に利用価値を見出してくれているという事だ。
当座を生き残る見込みは立ったと言えそうだ。
「弾は装填しただろうな?休憩は無しだ。エンキの所まで駆け足で突っ切るぞ」
「死肉喰らいの残りはどうするんだい?包囲からは出れたがまだかなりいるけど」
「心配ねぇ、撒き餌は十分にした。夜まで時間は稼げる」
そう言うとボースは親指で後方を指さした。
「あいつらは死んだ奴は何でも食う、人だろうが屍者だろうが仲間だろうがな」
その指の先では今まさに、ボースに蹴散らされた仲間の死骸に食らいつく死肉喰らいの姿が見える。
無心に死肉に食らいつき、内側の口でかみ砕き、咀嚼し、己の新たな血肉として取り込んでいく。
「あんだけまき散らせば暫くは時間が稼げる。後は夜の化け物共が処理してくれる、波はそれで打ち止めだ」
そんな中、Rは死体喰らいの数が心なしか増えているような錯覚に襲われた。
いや、錯覚ではない。実際に増えている。
ある程度の死肉を喰らった死体喰らいが震えだし、体が前後に割れたかと思えばそれぞれが別個の個体として動き出しているのだ。
そして、それらがまた死体を喰らって数を増やしていく。
倍々算で増えていくおぞましき白い芋虫ども、それはまさに悪夢のような光景だった。
「ボース、奴ら数が増えてる様に見えるんだが…」
「今夜はうるさくて眠れないかもしれないが、朝までには大体は食われるから心配ねぇ。まあ、これが朝方とかに起きると死ぬ気で戦わねぇといけねぇ所だった、おめぇは運が良いぞ屑野郎」
足をやられていたらあそこに撒き餌として一緒に放り込まれていたという事実をRはあまり考えないようにしながらボースに従って行軍を開始した。
「まあ、こうなりゃモルフォどもも心配ねぇ。ウジ虫共の方が俺らよりも捕まえやすくて食いでが有るからな」
この世界では人間は食物連鎖の下位に組み込まれている、ただそれだけだ。
ボースはそれを理解し、暴力と恐怖による支配という合理性を持って生きてきたのだろう。
しかし、だからと言って誰かの下にはいたくないという独立心の高さも持っている。
故にARK5の市民兵という消耗率の高い環境で生き残り、更には部隊を掌握して脱走を図れたのだ。
それがどうしてこの様な場所でくすぶっているのか、答えはエンキという存在以外にはないだろう。
エンキという更に強大な力と恐怖によって自由を奪われ、この様な地に繋ぎ留められて望まぬ消耗を強いられる。
故にボースの怒りは収まる事も途切れる事も無く、自由に焦がれながら屈辱と無力感で身を焼かれ続けているのだ。
ならば、上手く状況が揃えばまた共闘が出来るかもしれない。
Rは冷静に打算を続ける。
全ては自分の自由と主導権を回復するために。
この選択肢すら選べない『弱者』という牢獄から抜け出すために。
そんなRがエンキの力を知る事になるのはこれから少し後の事だった。
前回に引き続き、死体喰らいの設定はツイッターの相互フォロワーの三務氏にもアイデアを出して貰って作ったミュータントとなっております。
三務兄貴にはここで感謝を申し上げておきたいと思います。
死体喰らいは蛆虫と芋虫とfalloutのモールラットの口が合体してる様な感じのミュータントになっています。
食性は腐肉食と雑食の掛け持ちという都合の良い感じであり、ネズミ型の顎で固定して内側の人間型の口でかみ砕き、すり潰す事でなんでも食います。
この形態で既に成虫であり、大量の食糧を摂取すると分裂増殖する性質があります。
更に分裂する際にはオスならばメスを、メスならばオスを生み出して増えます。
分裂による単為生殖に加えて、通常の交配による繁殖も可能でとにかく数で勝負するタイプになっています。
これは生態系下位存在として捕食されて大半の個体が淘汰される事を前提とした進化をしたという感じで考えています。
つまり、食われる以上に増え続ける事で生き残るタイプの生物です。
他種にとっては非常に都合の良い餌とも言えます。
戦闘が発生すると死体を求めて殺到してくるのでこいつを狙ったミュータントを誘引してウェーブのきっかけになる事も多々あります。
この世紀末世界では人類の手から離れた場所では迂闊に殺し合いも出来ません、ミュータントが既に世界の支配者になりつつある故に




