二十九話、第二波
月二回更新頑張りたい
日が傾きかけた廃墟の中で一つ、文明の残滓を残すビルの一室で金茶色の毛に覆われた男が一人、グラスに入れたワインを嗜みながら逃げ惑い右往左往する奴隷や配下たちを見下ろしている。
採掘現場方面からほうほうの体で逃げて来る奴隷と配下たち、その数は決して多くはない。
視線をその先に延ばせば既に死体の様に白い肌を持つ巨大な人とムカデを組み合わせた様な怪物、そしてその子供であろう蜘蛛の様な怪物がエンキの視界に映りこむ。
最後尾で逃げ遅れた配下の兵士と奴隷が白い肌のねじ曲がった関節を持つ蜘蛛の様なミュータントに捕まり、生きたまま手足を引きちぎられ、食い殺されていく中、ビルの入り口に備えられた二丁の水冷式重機関銃が逃げて来る味方の事など一切構う事無く火を噴いて諸共怪物をなぎ倒していく。
奴隷は炎の渦が荒れ狂う寝床に逃げ込み、ビル周辺に展開するエンキの部下たちがそれぞれの自己判断で迫りくる敵に対して思い思いの方法で反撃を試みる。
銃を撃つ者、粗末な黒色火薬で作った発破用の爆薬を投げつける者、廃材から見つけた都合の良いスクラップを投擲する者―――文字通り思いつく限りの方法だ。
その大半は、逃げて来る味方を巻き添えにした容赦のない物となり、ビルへと至る一本道には人と怪物の死体が次々と折り重なっていく。
そんな光景を見下ろしながらエンキはそれを喜々とした表情で眺め、そんな地獄絵図を肴に晩酌でもするかの様に自身の支配下の農場から献上されたワインを呷る。
「今回のも不味いじゃねぇか。渋みと酸っぱさの後にえぐみ。まるで屑の人生みてぇな味だ。まあ、嫌いじゃねぇぞ」
グラスを傾けて一口、飲んで早々にそう感想を出した顔はしかし、いつも通りの笑顔だ。
歯を剥き出しにした獣の様な笑みと、それ反比例するように一切の感情を感じさせない見開かれた瞳、それがこの街の支配者であるエンキの平常時の表情だ。
「お頭!採掘現場から化け物が出やがった!ボースの野郎も見つからねぇ!」
故に、配下の一人が入室に際しての決まりを無視して背後の扉を蹴破って駆け込んで来た時もエンキの表情が崩れる事は無かった。
エンキは振り返る事無く伝令に問いを出す。
「ほうほう、それで?」
「え…。だからどうすりゃ良いのか聞きに…」
「ふむ、指示か…。なるほど、戦う以外にどんな指示を出せば良いのか学の無い俺に教えて欲しい物だな?ん?」
エンキは残っていたワインを飲み干すと手に持ったグラスを握り砕き、ようやく伝令に向き直ってその表情満足した。
伝令がこの世の終わりとでも言うかのように恐怖の相を顔に張り付かせていたからだ。
まさかこいつは逃げろなんて指示がこのエンキから出るとでも思っていたのだろうか?
命令などとうの昔に伝えてある。
持ち場を守り、敵が来たらその場で戦え、戦って死ね。
使い捨ての手駒がさかしく考えたり物を言うなど言語道断である。
ボースに力と恐怖による支配という哲学を刷り込んだのは他でもないエンキ自身だ。
圧倒的な恐怖で考える力を奪い、服従を強いるのがエンキの基本的なスタイルである。
これに抗えるのはキドの様な外様の傭兵と一握りの重臣だけである。
―――或いは、ボースがキドと相容れないのは恐怖を乗り越えた事に対する嫉妬も含まれているのかもしれない。
「お前みたい屑はここで死ぬか、下で戦って死ぬかしか無いだろ?違うか?ん?」
伝令に迫るにつれ、エンキの笑顔が更に口角を上げて歪になっていく。
彼は決まりを破ったのだ、エンキの午後のティータイム―――今回は酒であるが―――はたとえ怪物だろうと邪魔をしてはならないという決まりを。
「す、すいやせん!今すぐに―――」
恐怖で体が動かず、申し開きをしようと言葉を続けようとした伝令の言葉がそこで途切れた。
歩いているような素振りでありながら、素早く距離を詰めてきたエンキの両手に首を握りつぶされたのだ。
「こッ…かッ…!」
「口より先に手を動かせってママから習わなかったのか?ん?」
エンキはそのまま、両手に力を入れて生にしがみついていた伝令の頭部と胴体をねじ切って文字通り分断する。
「さーて、次は外の奴らだな。俺の不味い酒を邪魔した罪は重いぞ?分かるか?分からんだろうな獣には」
だから、死の制裁が必要なのだ。
人は飼えるが、獣は殺す以外にない。
殺そう、可能な限り派手に惨たらしく。
それがまた人を恐怖させ、エンキの支配を確固なものとする。
飛び散る紫の血で体を汚しながらもその笑顔を崩すことなく、エンキは部屋の隅、人や怪物の剥製を飾るハンティングトロフィーの下に置いた狩猟用の武器のいくつかを身に着けてから部屋の窓の一つを空けて地面へと飛び降りた。
「キド!いるのは知ってるぞ、出てこい。仕事サボってんじゃねぇぞ!」
人であれば良くても骨折、普通ならば死亡するでろう高さからなんなく着地したエンキは既に混沌の戦場となりつつあるビルの敷地内で大声を出す。
目当ての相手は傭兵として雇っているカウボーイ風の男だ。
「キッドだ。大型が出た、契約外の仕事はしないのが傭兵だ」
その呼びかけに応じてビルの陰から現れたうさん臭いサングラスをしたガンマン、キドはいつもの調子で名前を訂正すると早速契約について駆け引きを持ちかけてきた。
傭兵にとって契約は絶対、故に決めていない事をする事は基本的に無い。
例え神に頼まれようとも、頼みを断った事でいかなる厄災が訪れようともタダ働きはしないのがキドの流儀だ。
「良いから外に出ろ、分かるな?化け物からここ守るのがお前の仕事だろ?ん?」
「そうしてデカいのもやらせる気だろ、その手には乗らん。でかいのもいる以上は追加料金を貰わんと動かん」
「ハッハッハッ!相変わらずだなキド!良いだろう、幾ら欲しい?」
「取りあえず、『一発』で純正小銃弾50」
「『一匹』か、良いぞ払ってやる」
「いいや、『一発』だ。俺の切り札をデカブツに使った分だけ金を貰う」
二人の間に微妙な空気が漂う。
周囲の喧騒などまるで二人には関係ないといった様に緊張感と殺意が両者の間で静かに攻防を繰り広げる。
エンキは表情を変えず、キドは腰の得物へと静かに手を動かす。
契約が破談となれば二人は敵同士だ、この距離では身体能力で劣るキドの勝ち目は薄い。
何よりもキドの『切り札』は近距離で使えば自分も巻きこむ諸刃の剣だ、迂闊に使えないからこそ切り札たりえるとはいえ使い勝手が悪かった。
「良いだろう!払おうじゃないか!せいぜい荒稼ぎするんだな、キド!」
静寂を破ったのはエンキの了承の回答だった。
それを聞いて安心したキドの肩から力が抜ける。
「キッドだ。稼ぐつもりだったらもっと吹っ掛ける、これでもトントンか赤字なんだ」
「そんな事はどうでも良い、晩飯までに皆殺しにするぞ。祭りの始まりだ」
エンキにとってティータイムと食事の時間は決して邪魔されてはならない、支配者として寛ぐべき不可侵の時間だ。
食事を楽しむ為ではない、超越者として苦しむ下々を上から眺めて肴とし、不味い飯を腹に仕舞い込む大切な儀式なのだ。
他人の苦しむ姿を見ながら不味い食事をとる、それこそが支配者のステータスなのだ。
故に、その娯楽の二回目まで奪おうとする怪物どもに容赦する事は一切ない。
エンキは終止楽しげに地獄を見ていた。
―――
「準備は良いか、黒人」
「ヒスパニックだと言ってるだろ、名前はR…いや、今はキルロイだ。そう呼べ、でかいの」
「ちっ!相変わらず態度のでかい屑だなてめぇは!俺がリーダーだ、黙って従え!」
「指揮系統が一つの方が良いのは同意だボース。君の方がここでは長いから任せよう」
Rは死体から拝借した衣服と武器を手に、ようやくまともな人間らしい格好へと回帰していた。
サイズが合わないのはベルトで調整すれば良い。
今は服があるだけありがたい。
腹に穴が開き、大量の血が付着している事を除けば、崩壊前の先進的な雰囲気を持つ青と灰の都市迷彩服、地面を気にしなくても歩ける軍靴、そしていくつかの小道具と標準的なポンプアクション式ショットガン。
いや、この散弾銃も標準的とは言い難い。
銃身に大型の銃剣が溶接されている。
どうやら元の持ち主は精度や寿命を殺してでも白兵戦能力を上げたかったようだ。
最も、その人物は今Rの隣で首なし死体となってゆっくりと腐敗を始めているが。
ともあれ、久しぶりに兵士に戻った気分にRの精神はいやが応にも高揚する。
例えこれから向かうのが死地であろうと、いや死地であるからこそこう言った物で心が強くなるのだ。
レザーアーマーに関しては既に用をなしていないので捨てることにした。
ともかく、これで準備は万全だ。
「良いかてめぇら!生き延びたきゃもう元の道に戻るしかねぇ!素早く戦闘は極力避けて移動しろ!出来ない奴は俺が首を刎ねるからな!」
ボースは子飼いの配下と流れでついてきた何人かの彼からすると不合格に当たるであろうエンキの兵に怒鳴り散らしながら命令を出す。
「おい黒いの!お前にも言っといてやるが―――」
「いや、分かった。戦闘は最小限で素早くだね」
ボースがRに向き直り、英語で話そうとするのをRは制止した。
言葉が分かるならば時間の無駄は避けるべきだ。
「お前、いつ言葉覚えた」
「分からん、だがなんとなく分かる様になった」
本人が理解できないのだ、これ以外に答えようがない。
心当たりはあるにはあるが、それが事実ならば状況はいずれにしろ最悪であるから考えない事とする。
「まあいい、いちいち二つも言語使うのは面倒だからな。行くぞ!」
一行はボースを先頭に大通りへと向けて行軍を開始する。
総勢14名の逃避行の始まりだ。
―――
「ひょろがり!勝手にくたばるんじゃねぇぞ!頭数が足りてねぇんだからな!」
「君がデカいだけだろうが!この筋肉だるまが!」
Rとボースは罵り合いながらも互いに背を預け合い、迫りくる芋虫の様なミュータントに鉛玉を叩き込む。
二人の周囲にはボースの子飼いの部下3人が残るのみ。
戦力外と判断していたエンキの部下たちは指揮を無視して潰走しており、既に屍者にからめとられるか、芋虫の餌食となっているだろう。
「ボース!こいつらはなんだ!やたら数が多いじゃないか!」
「死体喰らいだ!いつもはもっと遅いってのによ…ッ!」
大通りに侵入して暫くの間、集団の脱出行は順調に進んでいた。
道中に存在する物は戦闘の痕跡として残るミュータントと人間の死体、置き去りにされた粗末な兵器、そしてスクラップの山。
そこにいるのは起き上がった屍者ぐらいであった。
まだそれ程、時間が経過していない事からその個体数は少なく、戦闘は終始優位に進んでいた。
時間を置いて波の主力をやり過ごした分、今度は波の置き土産を相手に戦わざるを得ない。
どちらがマシかは状況次第だが、現状はまだ後者の方がマシだ。
屍者が恐れられるのは夜間においても停滞する事無く活動し、数が増える毎に脅威度が上がる事だ。
今回の様に個体数が少なく、フェイズ3への移行が起きない程度の群れの相手であればそれ程は脅威となりえない。
半日後にはどうなっているか分からないにしても、現状ならばまだ問題ない。
これ以上悪化する前に進み続けるべきだ、そう一同は皆思いを一つにしていただろう。
だが、波という現象は一度で終わりではない。
何度も押し寄せては引き、そしてまた押し寄せる。
故にこの現象は波と呼ばれるのであり―――。
当然の如く、『第二波』は訪れるのである。
その登場は唐突ではあったが、突飛では無かった。
死体が動き続け、仲間を増やし続けるならばこの世界はいずれ死体に埋め尽くされるはずだ。
だが、世界は未だ死で覆われず生命に満ちている。
ならば、居て当然なのだ。
死体を喰らう自然界の掃除屋が。
故に、それは現れた。
獲物に噛みつき捕獲するネズミの前歯の様な牙と、どんな物をもすり潰しかみ砕く人間の様な歯を持つ二重構造の口を持つ、白い蛆の様な奇怪な大型犬程の大きさの芋虫。
波の第二波を担う『死体喰らい』の群れにR達は飲み込まれつつあった。
そして、その数は今現在も増え続けている。
想定よりも早い第二波に飲まれ、一行の状況は未だ絶望的であった。
キャラやミュータントの形や設定についてはツイッターの相互フォロワーである三務兄貴からアイデアを貰った物も結構あります。
今回の芋虫とかがそうですね、三務兄貴に感謝。
多分これから色々出るのでその度にここに感謝と書くと思います。
今後もよろしくお願いします。
設定は多分次回出るかもしれないし、出ないかもしれない。




