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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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二十七話、祝祭

人がミュータントに食われる話は筆が進む。


大多数の奴隷と少数の看守で構成される集団が従事する都市鉱山の労働はは危険に満ちている。


人の手を離れ朽ちるに任せて放置されていた都市故に至る所が崩落し、或いは崩壊寸前の状態で遺されたコンクリートのジャングルと化した場所の奥深くへと分け入り、その崩れかけた遺物を破壊して残骸を運び出す。


この行為が意味する事、すなわちかつての文明社会で列挙されたあらゆる労災事案との遭遇である。


高所作業中の建物からの落下、建築物から脱落した瓦礫の直撃、倒壊した建物に押しつぶされる等と言った事は日常茶飯事であり、既に限界に来ていたガラスが解体作業によって砕け散って地上へと雨の如く降り注いでくるなどある種の風物詩といった具合だ。


碌に整理も清掃もされていない地面には様々な残留物が野ざらしにされており、迂闊な者や満足に靴も履いていない人間の足裏に傷を与え、この様な環境ではそのまま致命傷となる事もしばしばだ。


不注意で鉄骨入りのコンクリ塊にぶつかっただけだと思い込み、痛みが引かないと脚を見てみればばっくりと大きな傷が口を開けていたなどという事もよくある話であり、周囲にある物全てが人間の命を奪うだけの実力と可能性を秘めている。


奴隷と奴隷がいがみ合っているこの環境では作業中に誰に背中を押されるかも分からない。


だが、それらは気を付けて立ち回れば避けられる些細な問題だ。

真の問題は突然、相手の側から訪れる。


すなわち、人を獲物とする捕食者の襲撃だ。

故に、商品となる瓦礫を運ぶ二人の前にその強大な存在が不意に現れる事は特に不思議な事も無く、理不尽な事でも無かった。


「走れキルロイ!全力でだ!」

「クソッ!強化外骨格(エクソスーツ)さえあればッ…!」


人の去った都市とはつまる所、新しき時代に順応したミュータントの住処であり、狩場でもあった。

人が捨て去った都市はもう人の住む場所ではない、むしろ人の方が異物なのだ。


ゴミ漁り(スカベンジャー)たちの行う廃墟の探索と略奪がダンジョンから宝を持って帰るという収奪行為であるならば、都市鉱山という仕事はダンジョンそのものを破壊して資源化する攻城戦なのだ。


その様な無作法な荒業を都市奥深くへと入り込んでやらかし、『新しい住人』の家を荒らす者に待っている待遇は語るまでも無いだろう。


侘しい昼食を終えた昼下がりの廃墟でRもしくはキルロイと名乗る地上へ残された不運な男は今、かつては軽くあしらっていたミュータントたちに追い回されていた。


遭遇したそれは既に一度対面した相手であった。

かつて人であった事を嫌でも連想させる胴体、死人の様に白い肌、そして逆ブリッジでもしているような『くの字』に折り曲げられた手足の関節。

以前の任務で『蜘蛛』と呼称していた人由来変異種(アボミネーション)だ。



一つ違いがあるとしたら、以前であった個体よりも更に大きく、長く、手足が増えている点だろう。

あの時焼き払った大きめの個体ですらもまだ成長途中の幼生だったらしい。



最早、蜘蛛というムカデと言った様子だ。

大型化し、長くなった人だった頃を連想させる白い胴体に折れ曲がった手足が交互に生えている様な人ムガデが出てきたのは看守の気まぐれで配置換えされた瓦礫の運搬業務の最中であった。


だが、ある意味それのおかげで助かったとも言えた。

唐突に現れたそれは、午前中に二人が採掘作業を行っていた場所から廃ビルの壁をぶち割って出てきたからだ。


怪物の襲撃には特段深い理由も無ければ伏線などと言ったギミックもありはしない。

ただ、腹が減った化け物の住処の近くでのろまな餌が乱痴気騒ぎをしていた。

それだけで襲われるには十分な理由だったのだろう。

彼らにとっては縄張りに入ってきた餌を捕食しようとしているだけなのだ。


この土地で恐れるべきはエンキとその配下たる看守たちではない、派閥を作りいがみ合う奴隷たちでもない。

都市に住まう怪物こそが真に恐れなくてはならないの存在だったのだ。


ビルの解体作業をしていた4人の奴隷がその際に発生した崩落に巻き込まれて押し潰され、対処しようとした看守の2名が即座にムカデにとっての遅めの昼食に変貌した。


明らかに物理法則や進化の限界を無視した形状と能力を獲得した人の成れの果ては、まさにそれこそが世界がエーテルに汚染にされた異界と化している証左と言えた。


既に人としての形はおろか知性も理性も残らず捨て去った『ムカデ』は、コンクリートというかつて人の作り出した防壁を砕き、劣化したとはいえ人類を支えた叡智の一つであるマスケット銃の弾丸を受けて尚、何事も無かったかのように平然と動いて見せた。


皮膚で弾いているようには見えない、ならば痛みに対して鈍感か或いは回復力が高いかだ。

いずれにしろ現状の兵力と装備ではお話にならないという事実だけがそこにあった。


この時点で周囲にいたRらを含めた数百人の奴隷たちは蜘蛛の子を散らす様に周囲から逃げ去り、看守たちも心が折れたのか都市外延部にそびえ立つエンキの鎮座する宮殿たるビルへ向けて潰走を始めていた。


その様子をムカデは最も人の面影を残した雰囲気の頭部―――白い肌に長い黒髪をしつつも人らしい輪郭を維持しつつ、しかし大量の牙を生やした口は大きく裂け、人の目がある筈の場所には蜘蛛の目玉の様な剥き出しの黒い丸い瞳が六つ、ついていた―――で視認すると最も近い人間から手当たり次第に襲っては体に生えた腕で捕まえて捕食していく。


その巨体に見合わぬ素早い身のこなしと長い胴体に生えた手足を巧みに使い、崩れかけた脆いビルの壁面を素早く這いずるとそのまま全身をばねにして跳躍、逃げるRらの集団を飛び越えて逃げ出した奴隷たちの先頭集団の遥か前方に着地、人の悲鳴にも似た歪んだ咆哮を上げながら反転すると最前衛の奴隷と看守たちの集団へと突入し、蹂躙を開始した。


見た目に反して高い知能を持っているらしいムカデは、まず最初に集団の逃げ道を塞いで見せたのだった。

逃げるにしろ、増援が来るにしろ、その間にはムカデが立ち塞がっている。

生半可な戦力では突破は出来ない、しかし後方にも既に下れそうにはなかった。

後方からもまた、、ミュータントたちが湧き始めてるからだ。


悲鳴と絶叫、歓喜に震えるムカデの歪んだ咆哮、時折響く空しい抵抗を示すマスケット銃の発砲音。

そしてそれに誘われて現れた新たなミュータントたちの咆哮がそれに連なって都市に響き渡る。

それらが合わさり廃都市に一種の音楽が生まれていた。


それは都市のミュータントたちが慣れ親しんだ『収穫祭』の音楽だった。

愚かにも狩場でもあり寝床に潜り込んできた十分な餌を皆で分け合える日が来たと都市に潜む者達に気付かせるには十分なだけの音と騒ぎを地上人たちは起こしてしまったのだ。


血と悲鳴に誘われて、同じ地上から、空から、そして地下から、都市に潜むミュータントたちが次々と奴隷と看守たちの下へと集まりつつあった。


祭りに便乗する様にムカデの幼体である『蜘蛛』たちが周囲の建物や脇道から殺到し、或いは地面の裂け目から這い出してきて逃げ惑う集団の後方を襲いながら追い込みをかけている。


そして、それを察知してか空には美しい青い翼を持つ巨大な蝶の群れが飛来し、上空で輪を描きながら飛びまわり始めている。


おこぼれ狙いか、漁夫の利狙いか。

人と蜘蛛、どちらも蝶たちにとっては餌なのだろう。

捕食者が更に別の捕食者を呼び出す最悪の無限ループが発生しつつある。


主催者たるムカデはまさに収穫を楽しんでいる真っ最中だ。

この世の地獄と思える光景は、地上ではこの様に簡単なきっかけで生み出される。


『リンク』、Rが所属していた地上遠征軍ではそう定義されたミュータントたちの連鎖反応だ。

要は餌、つまりは獲物の出す音と匂い、同族の出す音に誘われてどんどんと同種やそれを餌とする上位の捕食者が集まってくるのだ。


リンクで集まってきたミュータントは互いに捕食を行いつつも徐々に一種の混成集団となり、時には『ウェーブ』と呼ばれる大規模な群れを一時的に作り上げて拠点や集団を襲う濁流と化す事が確認されている。


ARK5がまだ地上への再進出初期の時代、こうした知見を知らなかったが故に大規模に膨れ上がったミュータントの津波(ウェーブ)で重防備を施した前哨基地が陥落した前例すらもあると座学の授業でRは学ばされていた。


遠征軍の行う長距離哨戒は交戦時に基地との縦深を稼ぎ、このウェーブを避けるための戦術の一つでもある。

戦場をホームや前哨基地から離す事で集まられても離脱すれば良いという状況を作る為の手段なのだ。

仮にウェーブを起こしてしまったとしても、それらが喰らう餌が無ければ化け物共の共食いが起きるだけで事態は収束する。


そういう意味で、この状況は最悪と言えた。

多少奥地に入り込んでいるとはいえ、ここはエンキの住むビルや奴隷たちの寝床といった根拠地まではおよそ数キロ、近すぎるのだ。


今後の拡大するであろうこの『化け物の波』は容易に全てを飲み込み薙ぎ払っていくだろう。

この境遇の脱出どころではない、このままではミュータントの腹の中だ。


「クトー!言ってる君の方がへばって来てるぞ!根性出せ!」

「はぁッ!やっぱもう年だな俺もッ!息が続かんッ!」

「女に会うまでは云々はどうした!走れ!」


逃走を開始してすぐに息を切らしだしたクトーに肩を貸してRは全力で残骸だらけの砕けた道路を走る。

周囲では体力の無い逃げ遅れた者や単純に地面に足を取られてこけた不幸な間抜け、そして他人に時間稼ぎの餌としてつき飛ばされた弱き者達が次々と蜘蛛の餌食となっている。


蜘蛛たちは『くの字』に折れ曲がっているが、屈強な白く長い手が奴隷や看守たちの腕や足を掴み、そのまま地面へと引き倒す。

そのまま流れで握られた手足の骨をそのまま折られ、或いは関節を外され、逃げられなくなった彼らにその後待ち受けいてるのは生き地獄だけだ。


そうして地面に抑え込まれた哀れな犠牲者には数匹の蜘蛛たちが素早く群がり、裂けた大口の牙と捻じれた手に生えた鋭く太い爪が次々と襲い掛かる。

最初に頭を潰して貰えた者は幸運だ、それ以上の苦痛と恐怖を感じずに済んだのだから。


恐怖の叫びと痛みを訴える悲鳴、それが徐々に懇願の様な口調へと変わり、やがてまともな言葉を発する事も無く意味不明な単語の羅列へと変わり、やがて命を終えて沈黙する。


言葉の意味は分からないが、雰囲気で分かる。

恐らく『殺してくれ、頼む』だ。

それはRにとっても聞きなれた兵士の断末魔の一つだった。

そうなった同胞や市民兵を楽にしたやった事は一度や二度ではない。


幸い、今回叫んでいる者達は身内でも無ければ味方でもない。

捨て置く事に何の良心も痛まない。


「キルロイ、天の助けだぞ!十字路だ!左に行ってから適当な小道で方向転換してなんとか寝床まで逃げ込め!」


先頭集団が蹂躙される中、後方からの圧迫も有って押し潰される事を理解しつつも前進するしか無かった中央集団が出くわしたのは都合よくも十字に分かれた大通りであった。


都市ではよくある自動車の通る道の交差地点だ。

肝心の車は既に資源として回収されたらしく殆ど残っていない。


一時的に集積した瓦礫や残骸などの資源が代わりに所々で山となっている以外は道は広く、通りを直進するにも建物の間の脇道に潜り込むには最適そうだ。


逃げ道を塞ぐという知能を持つ化け物がこの様な穴を残すだろうか、Rは若干の不安を感じた。

だが、他に選択肢が無い以上はクトーの意見が正論となりえる。


そこで残った疑問をクトーへとぶつけることにした。

選定した逃げ場は大丈夫なのか否かだ。


「寝床なんて逃げても安全じゃないだろう!どうするつもりだ!」

「エンキならばこれぐらいなんとかするさ!奴は化け物だからなッ!」

「これでも逃げる機会になりえないのか!?」

「それならとっくの昔にオサラバさ、お前が来る前にな!」


エンキに対する悪い意味での信頼を示したクトーに対してRは苦虫を噛み潰した様な表情で無言の肯定をした。

走り続けている以上、無駄に会話は出来ない。

呼吸が乱れ、体の動きが鈍くなり、動けなくなる。


肉体が変異して体力が向上しているとはいえ、男一人に肩を貸している以上は余裕など無かった。


これ以上の会話は一段落してからだ。


クトーの指示通り、Rは十字路を左に進み、すぐに目に入った脇道に入ろうと急ぐ。

他の奴隷たちは各々の判断で右と左にそれぞれ別れ、何人かがRたちの意図に気付いたのかついてきている。


クトーの部下たちの姿は見えない、出来る限り生き残って貰いたいが今は自分たちの面倒だけで手一杯だ。

後ろからついてきている奴らもデコイとして使えそうだ。

まずは自分たちが生き残る事を重視せねばならない。


そう考えているRの耳にふと何かが風を切る羽音が響いてくる。

反射的に視線を上へ、音の方向へと向けて絶句する。


多数の青い羽根の蝶、モルフォたちがまるで獲物を捕まえる猛禽類の様に脚を広げて次々とダイブしていきているのだ。


ムカデがここを空けたのは馬鹿だからではない、むしろ考えての事だったのだ。

モルフォという競合者、そして幼体の天敵に人間という資源を分け与えて自己の種族を多く生存させようという利己的な戦略、それにまんまと嵌ってしまっていた。


恐らくは同時に左右に散るという選択肢すらも選べなくするという策略もあるだろう。

前言は撤回するべきだろう。

奴らは人間としての知性は失われても知能は人間のままだ。

おぞましさもここに極まったと言える。


「ッ!」


Rはとっさにクトーを路地に突き飛ばし、近くの瓦礫として転がるコンクリート塊を掴む。

その直後、体に何かがぶつかる衝撃と体に何かがまとわりつく不快感、それに続いてふわりと浮遊感が湧き起こし、視界がどんどんと空へと引き上げられていく。


モルフォに捕まったのだ、最初に見た干からびたみすぼらしい男の姿がフラッシュバックする。

このまま連れ去れるのはまずい、だが既に老齢に入りつつあるクトーまで連れ去れるのはもっとまずい。

これが今の瞬間に取れる最善だ。


「キルロイッ!」

「構わず逃げろ!まだ死なれると困る!」


それ以上の会話を許すことなく、Rを捕まえたモルフォはそのまま高度を上げて行った。


―――


モルフォは人一人を捕まえたとは思えない速度で空を飛び、市街地のビルの間を高速で飛び去っていく。

このままではこの個体は上空の群れへと戻り、そこで嘴を使ってRの体液を搾りかすになるまで吸いつくしてから地面に捨て去るだろう。


仮にすぐにそうされないにしても待っているのは高高度を巡回する空の旅が待っている。


そうなれば助かる道はない。

エーテルの汚染で変異が進んでいるとはいえ、物理法則に抗う術はなく致命傷を耐える程度の肉体の強化はされていない。


潰れたトマトの様に地面の染みになるわけにはいかない。

ならば、行動すべきは今だ。

モルフォが高度を取る前の今しかない。


「離せケダモノが!」


Rは先程回収したコンクリート塊を自身を掴むモルフォの脚に思い切り打ち付ける。

当然、この程度で殺す事は出来ないが、これで良い。


この手の生物ならば、こうした抵抗をする獲物への対応は一つだけの筈だ。


すなわち、地面へ捨てて始末するという対応だ。


「くッ!」


想定通り、暴れる獲物を不快に思ったのかRを掴んでいたモルフォは空中で獲物を手放した。

すぐに浮遊感は消え、今度は重力に囚われた落下の感覚がRに襲い来る。

しかも急降下後の上昇中だった故に横方向への慣性が付いている。


骨や筋肉への損傷が最低限で済む事を祈りながら、Rは歯を食いしばり体を可能な限り丸めて備える。


僅かな合間の滑空を終えた肉体が地面に叩きつけられる。

殺しきれなかった慣性に引っ張られて地面を転げまわる。


衣服を着ていないが故に通常以上に地面との摩擦がもろに肌を傷つけ削っていく。

アスファルトやコンクリート、石などの小さく鋭い物体が次々と体に突き刺さり、肉に突き刺さる。


だが、この程度で済んだならば随分と運が良い。

ビルの外壁への激突や地面に突起物が有ればそれが即座に致命傷となっていただろう。


表面的な傷だけならばすぐに塞がる筈だ。

もうだいぶ人間から逸脱しているが故に。


『呪われたみたいに運が良いから生き残ってこれたんだな?』


エンキの言葉が脳裏でフラッシュバックする。

確かに、運が良すぎる。

だが、好都合だ。

まだ動ける、まだ生存の望みがある。


「ぐッ…!だがまだ動けッ…!?」


起き上がろうとしてRは自身から滴り落ちた血に目を疑った。

己から流れる血の色が青く見えたからだ。


「なッ!嘘だ、こんな…!」


まだ大丈夫、まだ…。

そう言い聞かせて誤魔化してきたというのに完全に化け物になってしまった恐怖で一瞬Rは狼狽える。


例え肉体が変異しようと人としての精神まではエーテルに侵されてはなる物かという不屈の意志が揺らぐ。

近くで暴れまわっている蜘蛛やムカデの同類になってしまうという恐怖が全身を駆け巡る。


落ち着かねばならない、今呼吸と思考を乱すわけにはいかない。


目をつぶり、頭を振り、深呼吸した後に再度血だまりを見る。

青く見えた血だまりが、今はまた紫色に戻っている。

錯覚だったのだろうか、いずれにしろ―――。


「どっちにしろ、汚い色だな…」


Rにかつて流れていた赤い血は最早無い。

体以上にそれが心を苛む。


だからこそ、この痛みはまがい物だと奮起できる。

そうして痛む体を無視してなんとか立ちあがり、周囲を見渡す。


どうやら十字路の反対側に飛ばされたようだ。

クトーとは暫く合流するのは無理そうだ。


ムカデはまだ十字路の先で狩りを楽しんでいるらしい。

十字路を使って迂回しようとした者達の大半はモルフォに連れ去られたらしい。


空を飛ぶ蝶の中に人をぶら下げている者が目立つ。

だが、まだ群れ全体を賄うには数が足りていないらしく襲撃の準備に入っている個体が陣形を維持しながら十字路へ侵入する為に高度を下げ始めている。

襲撃時の編隊を作る事から奴らも中々に知能が高いようだ。



そして後続の逃げ遅れは今まさに蜘蛛たちに追い立てられて十字路で命の選択を強いられようとしている。

このまま進んでムカデと相対するか、十字路に逃げ込みモルフォに捕まるか、立ち往生して後方から殺到する蜘蛛に捕まるか。


蜘蛛は人に近いサイズを維持している事から建物に逃げ込んでも袋小路であり、死期を先延ばしにする事しか期待出来そうになかった。


そういう意味で彼らの運命はほぼ決したと言えた。

だが、自分はなんとか大丈夫そうだ。


ムカデは避け、モルフォを退けた。

蜘蛛も離れた単独の獲物よりも近い集団を優先する筈だ。


少なくとも一時的にだが急場は凌げた。

このまま最寄りの路地に逃げ込んで寝床でクトーと合流し―――。


そう思った時だった。

捨てられた都市に地震が起きた。


地面が揺れ、十字路にひびが入り隆起する。

最初に現れたのは巨大な爪だった。


甲殻類を思わせる硬い殻を持つ二対の爪、そしてこげ茶の甲殻から生えた八本の足、二つの目玉。

文字通りの蟹だ。


本来の蟹と違い点があるとしたらそれが地面から出てきた事、そして明らかに物理法則を無視した巨大さであった事だった。

ビルの三階分ぐらいの全高があり、その体は十字路をしっかりと塞ぐのに十分な大きさだ。


生物の外骨格には支えられる限界がある。

ある程度の大きさを超えると外骨格内に収納できる筋肉の量では体を支えられなくなるのだ。

故に外骨格生物である蟹や虫には大きくなる限界があり、内骨格生物はある程度のリスクを無視すれば象の様に巨大になる事が出来る。


だが、目の前に現れた象よりも大きいそれはそういった既存の常識を無視する巨大な肉体をしていながら悠々と地面から這い出てくると近くにいた人間や蜘蛛、突入を試みていたモルフォたちを巨大な爪で薙ぎ払って叩き潰し、その残骸を拾い上げて口へと運ぶ。


エーテルの汚染は、本来正しくあるべき物理法則すらも無視した生物の存在を世界に許すようになっていた。

遠征軍の正規部隊でも警戒する大型種、そんな物までもがリンクによって這い出てきた以上は最早この拠点は終わりではないだろうか。


ムカデから始まったミュータントのリンクは今や巨大な甲殻類を呼び出し、立派なウェーブへと発展している。

想定される中で最悪の流れだ。

重強化外骨格 (マトリョーシカ)や主力戦車などの重戦力でもない限りはこのモンスターウェーブは止まらないだろう。


クトーはエンキならばなんとかすると言っていたが、どう見てもRにはそうは思えなかった。


だが終わるにしろ、いやむしろそれならば尚の事、クトーと合流せねばならない。

絶望的な状況の中でRは十字路から路地へと逃げ込んだ。


奴隷パートが胸糞悪いので清涼剤としてモンスターパートが導入される殺伐な本作品ですが、本来はこちらの方が脅威であるのである意味仕様と言えます。


放棄された都市、人の手を離れた原野、森林、それらはもう人の住む世界ではありません。

エーテルで汚染されてねじれ曲がった異形たるミュータントたちの世界です。

過酷な生存競争と変異を生き抜いた野生種たちは基本的なスペックが人間を遥かに超える者が多数であり、都市や村の庇護を離れた物に待っているのは死だけです。


奴隷たちが特に見張りも無く寝床に押し込められて脱走しないのはつまりそういう事です。

逃げても食われるだけなので逃げられないというのが実情であり、成り上がっても待っているのは怪物との生存競争であるが故に下剋上の意欲すらも消え去ります。

最底辺であろうと保護される側でありたいという妥協が本世紀末世界での奴隷制度を維持する原動力というわけですね。


このために、奴隷の敵は奴隷という構図も生まれているというのが現段階の状況となっています。

取りあえず今回はここまでで。

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