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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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二十六話、雑談

今回は若干R-18的な描写もとい言動が含まれてます。

そこまで露骨じゃないので多分セーフだと思いますが、一応お気を付けください。

午前の労働が終わりを告げる鉄板を叩く音が鳴り響く。

それが昼食の合図であり、短いながらも食事休憩が許される。

基本的に朝食は存在せず、奴隷に食事が与えられるのは昼と夜のみだ。


故に疲弊と飢えで殺気立った奴隷どもが配給所に殺到してくる。

粗末な食事でも命を繋ぐ為に食わねばならない。

いや、もう彼らには食事の質など関係ない。

労働で疲れ切った体を更に酷使し続ける為に燃料補給、それが奴隷たちにとっての食事という行為の本質だ。


最早、彼らには食事の味などという物を楽しむ感情は既に無い。

与えられた物を喰らい、終わりの無い消耗戦に耐える為の習慣となっているのだ。


しかし、だからこそ彼らは獰猛だった。

配給された場所では騒乱は起きない、監視がいるからだ。

今回はこの地獄に自分を連れてきたボースが立会人として腰の鉈に手をかけながら周囲に目を光らせていた。


その殺気立った雰囲気もあってか、集会や運動会で使われていた様な粗末なパイプテントの中で大鍋とパンが机の上に無造作に並べられているだけの配給所にも一定の秩序が維持されていた。


騒ぎを起こせば制裁され、スープの入った大鍋を落とした日には全員に撲殺されるのが確定しているからだ。


この閉ざされた世界では全ての人間が暴力によって繋がっている。

監視たちは気に入らない奴隷を殴り、上役たちは気に入らない監視を処罰し、その上役たちもエンキという絶対者に玩具にされている。

これを避けるには大人しくしているしかないからだ。


問題はその後だ、配給所を離れて各々が食事を取る為に方々に散った際に事が起きる。

要は配給された食料の奪い合いだ。


廃都の死角は多い。

見張りも食事をするからには監視も緩くなる。


こうした時に奴隷たちの所属する派閥が物を言ってくるのだ。

つまり、弱い集団や個人がより強い集団に搾取され蹂躙されるに任せるしかない状況が到来する。


強者こそが正義という不文律以外の全ての法から解放されたこの自由な世界に秩序は無い。

徒党を組める強者たちがなんの後ろ盾も無い弱者との間に拳を使った会話を繰り広げている。


奴隷にとって最大の敵は同じ奴隷であり、弱者の中でも更なる弱者は搾取され、死と蹂躙以外の選択を許されない。


そういう意味でクトーとの関係は非常に役立っていると言えた。

まともに会話ができる相手というのはそれだけで貴重だが、なんと言ってもそういったごたごたから守って貰えたからだ。


「キルロイ、昼飯の味はどうだ?」


周囲で食事を強奪するためのリンチと恫喝が続く中、クトーは渡されたパンとスープの入った土器の椀を持ってR改めキルロイの横へと座った。

二人が選んだ場所はビルの残骸で作られた日陰の中、強い日差しもここでは少しだけマシだ。

食事と場所を奪いに来た他の奴隷もクトーの顔を見て退散していった。

やはり集団のリーダーだけあり、ある程度の力を持っているようだ。


「不味い、最悪だ」

「はっ!気が合うな!こんな飯食ってたら聖人でも他人の頭カチ割り出すってデウス様からお墨付きが出るだろうさ!」


奴隷たちが命を繋ぐ為に今まさに奪い合っている食事を一口、その直後にRは履き捨てる様に呟いた。

クトーから帰ってきた言葉は明確な肯定、どこか楽しげでもある。


「地上にはこんな飯しかないのかな?これじゃあ生きてるだけで拷問だよ」


もそもそと黒パンを齧りながらRはクトーに問いかける。


「心配するな、教会圏には旨い飯は幾らでもあるぞ。帰ったら俺の女の手料理を食わせてやる、きっと三日は感動で泣き続けられるだろうな」


外で待たせているという女の惚気話を始めようとするクトーの話を聞き流しそうかと一瞬、Rは考えた物の、そこで考えを改めてあえて聞いてみようという思考が湧いてきた。

クトーにとってはそれが心の支えであるのだろう。

事ある毎に自分の女の自慢話を始めようとする癖がある事にRは気が付いてきていたからだ。


つまり、そこをとっかかりに引き出せる情報があるかもしれない。

未知の領域である外の世界の情報は幾ら有っても足りないのだ。


それに、ゴミ漁り(スカベンジャー)のアスマに騙された前例がある。

本当に『教会』なる物があるのか確認するか判断する材料も欲しい所だった。


「へぇ、例えばどんな料理が作れるんだい?」

「そうだな。例えば肉をパイ生地で包んだ奴とか、肉と野菜を煮込んだ赤いスープに、溶かしたチーズを肉やパンに付けてリンゴ酒と一緒に…いや、やめよう。余計に腹が減っちまう」


どうやら割とまともな料理はあるようだ。

出されたのは恐らくビーフ・ウェリントン、ボルシチやチーズフォンデュの類だろう。

確かにこんな話をしていたら腹が余計に減る。


「なるほど、取りあえずここら辺に比べると色々と物資や知識が残ってるのは分かったよ」

「ほう、今のだけで分かるのか兄弟。参考までに教えてくれるか?」

「簡単な理屈さ、料理には知識に加えて時間と資源が必要だ。余裕が無ければまともな調理なんてしない。単純に焼くか煮て終わりだ。この食事と同じでね。肉料理が多いのも判断基準になる」


まさに、今R達が取っている食事こそがその典型的な例と言える。

料理とは簡単でも無ければ単純でもない。

単純に感じるのは文明がその技術によって簡略化を推し進めてきたからだ。


食材を容易に確保・保存でき、調理器具が一通り揃っていて、レシピをすぐに準備でき、気軽に火が起こせる環境。

そこまで簡略化し、全てを揃えても料理を一つ作るのに半時や一時間、場合によっては数時間を要するのだ。

手の込んだ料理ならばそれこそ仕込みまで入れて数日かけて調理するものもある。


それが文明が崩壊してそのいずれもが用意出来なくなったならばどうなるか。

食糧を運んでいた流通は途絶え、冷蔵庫などの貯蔵手段は役目を果たさなくなり、火を起こす事自体が重労働に戻ったならばどうなるか。


その答えがこうした粗雑な食事だけだ。


そして知識は使われなければ退化して最後には消滅する。

恐らくこの地域にはまともな料理はもう残っていないだろう。


Rはクトーの上げたいくつかの料理から、教会にある程度の文明水準がある事を理解したのだ。

食糧が枯渇気味であったり、そうした知識が散逸していれば料理は最低限の物しか作られなくなる物なのだ。


手の込んだ料理が作れるという事は流通や保存能力がある程度確保され、調理の負担が減っているという事だ。

食糧事情にも余裕があるのだろうと判断出来た。

特に保存が難しく価値の高くなる肉の扱い方が判断の基準となりえた。

いくつもの凝った肉料理があるならば、ある程度安定した食肉の入手手段があるという事、そして家畜を常に維持し続ける為の設備と飼料の栽培ノウハウがあるという事だ。


それが安定した基盤の上で文明を維持していなければ出来ない事であるとRが判断するには十分な情報量だった。

これはつまり、クトーが嘘をついている可能性が減った事を意味していた。

教会という集団が実在するだろうというおおよその確信を得られたのだ。


何よりも、料理の話題をした時のクトーのどこか焦がれる様な顔こそが決め手であった。

あの顔はその料理の味を知っている者にしか出せない。

知識だけでは味を想像する事は出来ない、実体験があるからこそ作れる表情がある。


まともな食事に飢えている者同士だけに通じる親近感を覚える何とも言えない雰囲気が出ていた。

そうであるならば信じても良いとRはそれまでの推論と最後の手段である勘に頼って判断した。


危険で空虚な地上世界を幾度も踏破した機動歩兵だからこそ、こうした単純な仕草と知識の有無だけで相手を判断出来たと言える。


逆に言えばアスマの時には屍者の大規模襲撃となし崩し的に他者の集団と合流したという状況そのものに翻弄され、こうしたチェックを疎かにしてしまった事が敗因と言えた。

暗中模索の中、なまじまともに会話が出来ると油断してしまう。


二度同じ過ちは繰り返さない、Rはそう強く己に刻み込んでいた。



そしてクトーもまた何かを理解したのか、Rの答えにクトーは得心の行ったような顔で静かに頷いた。

この会話もまた、互いの知識と知性の図り合いと言える。


クトーとしても噂止まりだった『東方(エルク)より来た男』という前評判が真実であるという確信を得るに十分な回答だったのだ。


Rはクトーとの会話から教会の実在とその文明水準を察し、またクトーもRの受け答えから彼とその所属母体の質を把握した。


すなわちエルク、ARK5は末端構成員である者ですら貴族や名家に属する者の様に広い知識を持ち、思慮深いという結論に至ったのだ。


ともすれば使い捨ての駒ともいえる末端の兵士にすら、これだけの知識と教養を叩き込むほどにARK5という組織は余裕がある。

もしくはそれ程までに人員の精鋭化を図らねばならない程に追い詰められているのだという知見を得たのだ。


「まあ、飯はともかくだ。もう俺が意地でも生きようってもがいてる理由はそれだけなのさ。あいつにもう一度会いたいからこの糞溜めの底で今も足掻いてる。お前にはそういう相手はいないのか、キルロイ」


腹の探り合いも一段落したと判断したクトーは話題を切り替える。

待ち人についての問いはそれは単純な好奇心故だった。

故に、その後の問答は二人の価値観や思考に大きな断絶がある事を大いに理解させられる事となった。


「いや、いないね。異性と付き合ったことはないし、血縁上の両親とも疎遠だしね」

「血縁上?面白い言葉使いだな」

「そりゃそうさ、僕は人工子宮で作られた人間だからね」


そこで一瞬の沈黙が訪れた。

出てきた答えが予想外過ぎてクトーの言葉が詰まったからだ。


「……人工子宮?いや、伝説で聞いた事はあるが……実在するのかそんな物が?」

「ああ、うちではそれで人を作るのが基本になってる。生産ユニットRの1039番目の製造個体、それが僕だ」

「だからR1039、か…。おったまげたな、そりゃ…」


たまげた、クトーにはそれ以外に言える事は無かった。

奴隷たちの間に流れた噂からかなり技術力のある集団という話は既に知れ渡っていた。

しかし、想定した以上の水準だ。


Rが勿体ぶる事無く告げた真実は、クトーら地上人にとっては既に曖昧な噂や伝説として語られるのみとなった戦前の先進的な技術を、神の叡智と言っても大げさではない力を未だに保持しているという事を克明に示していたからだ。


そんな驚愕の事実をさして重大ではないという口ぶりで嘯いたRは更に言葉を続ける。


「それ程驚く事では無いよ、子を生むという仕事を生身の生体ではなく機械に代替させてるだけさ。クローンでもないし遺伝子改造もされてない真っ当な人間だよ僕は」


人工子宮という機械で作られた、ともすれば時代次第では試験管ベイビーと揶揄されかねない出自をRはまるで恥じることが無い。

それどころか、自分を真っ当な人間であると語る程にまでそれを常識的な事であると思い込んでいた。

実際に、ARK5においては母親から生まれる自然出生の方が既に珍しくなっているという事をクトーは知る由も無かった。


「だから家族とも疎遠ってのか?会いに来ないのか?自分の子供だろ?」

「所詮は精子と卵子を提供してるだけで後は無作為に掛け合わせるからね。通知が来ても自分の子って感覚は生まれにくいとは思うな」

「よくそれで共同体を維持出来るな。普通、家族の集まりこそが集団を作る鍵だろう」

「ああ、なるほど。そういう意味では僕らにとってはARK5という集団その物が一つの家族と言えるかな」

「組織一個が丸々家族だっていうのか?」


組織そのものを疑似的な家族とする、そんな事は教会ですらも実現できていない概念だ。

一体どのような教育が施されているのか、想像する事もクトーには難しかった。


「『我らは遺された最後の人類、皆家族、皆同胞』って感じでね。いさかいは当然あるけど同胞意識は常に持ってるよ」

「人工子宮に頼るってのはつまり、家族としか思えないからそういう欲求が湧かないって事か?」

「いや、そうでもないね。L…僕の友達なんかは暇があれば女遊びしてたし、確か何人か産ませてる筈だね」


L2044、話の流れでつい出してしまった悪友を思い出してRの顔は僅かに曇った。

口と女癖は悪いが気の良い奴だった。

上官のジョンソン少尉も良き理解者になっていてはくれたが、身近な仲間で自然体で気楽に話せたのは結局Lだけだったのだ。


皆同胞、皆家族、そうは言ったが実際に自分と馬が合ったのは奴とあと一人の旧友だけだった。

皆、もうこの世にはいない。

自分だけが取り残されてしまった。

心に穴が開いたように寂しさが湧き上がってくる。


Lの様に女遊びの興じる趣味でもあれば、或いはクトーの様に強い縁を結べる相手が出来たかもしれない。

しかし、Rにはそういった浮ついた話は一切無かった。

そういった類の娯楽に意義を見出せなかったからだ。

性欲の発散は自分一人で事足りる。


少数の理解し合える戦友や上官だけがいればRにとってはそれで十分だった。


偏屈とも受け取れる孤独への強い耐性、それが訓練兵時代の教官がRを評価した長所であり、同時に長生きは出来ないと異動を進めた理由であった。

孤独に慣れきった者は、あまりにも死を恐れないからだ。


Rが同胞から孤立しがちなのは地上人への配慮だけではなかったのだ。


「だって、非効率じゃないか。たかだか人を一人作るのに男女がわざわざ幾度も互いの時間を犠牲にして交流してその後に性交を行う。一度や二度で子供が出来る事はまず無いし、出来たら出来たで女性側は半年以上労働力としての価値を失うし、出産時には命の危険もある。効率が悪すぎて正気の沙汰とは思えないよ」


そうまでして子供を作りたいと思える相手とRは残念ながら出会った事は無かったのだ。

実際にARK5内では自由恋愛、自然生殖を是として奨励しているが、その実例は少なく、基本的に人工子宮による人的資源の生産に頼る形となっていた。


かつての正常な世界では自然生殖では足りない分の補填として始まった人工子宮による人間の工場生産がARK5内では既に主流となっているのだ。


恋愛と子作りは効率が悪い、そうRが言い切った時に見せたクトーの顔はなんとも言えない物だった。

困惑しているような、しかしどこか感心しているようでもある様な苦い顔だ。


「お前はとことんまで無駄を切り捨てる事で兵士として完成したんだな、キルロイ。だがな、文明人ってのは無駄を楽しめてこそじゃないか?」

「はは、僕だって欲も楽しみもあるよ。一番の趣味は…食事だね」



他者との関わりや肉欲と無関係なRの人生―――その多くは規律を重視する寄宿舎と軍隊生活で占められる―――において数少ない娯楽が食事であった。


だが、軍務中の食事ともおおよそ言えない貧相なゼリー飲料に対しては不満は無い。


長期間重装甲の防護服に入りっぱなしである以上、携行摂取出来る食糧には限りがあり、排泄物の問題もクリアせねばならないので必然的に文明人の食べる物では無くなるのが当然だからだ。

そうする必要であるからそうなったのであって、そこに誰かを苦しめようという悪意が一切介在しないが故にそれを受け入れられたのだ。


しかし、だからこそ、基地や都市へ帰った後は贅沢な食事をRは好んだ。

塩と胡椒の効いた合成ステーキやベーコンの肉と油を味わい、ベイクドビーンズの酸味と豆の触感を楽しみ、バニラアイスやホットケーキを愛し、帰投後に真っ先に冷えたコーラを飲む事を何よりも楽しみにして生きてきた。


それはもう、今は亡き悪友が『R、前線勤務辞めたら間違いなく激太りするぞお前…』と呆れる程であった。


故に、現行の水準の食事はRの精神衛生に徐々に深刻な影響を与え始めている。

端的に言えばそろそろキレかねないという具合だ。


「どれも単調で無味か、きつい塩味しかしない。それに、量も少ない。不味いのに奪い合いが起きるぐらいだ、労働効率が落ちて悪影響だろうに」

「わざとだよ。不味い飯で心身を疲弊させるのさ。足りない分量にして奪い合いをさせて奴隷同士で結束できないように分断してるんだろうな。夜はもっと酷いぞ」

「具体的には?」

「監視どもが飯だけ置いて定時帰宅するからこの不味い飯を奪い合う事になる」

「ああ…なんてこった…」


その言葉を聞いてRは頭を抱えた。

この喧騒は序の口に過ぎないというのだ、これより酷いとは夜は一体どうなるのだろうか。

言うまでもない、最低限の秩序すら消えた混沌と暴力の嵐が待っているのだ。


こんな物すらも生きる為に奪い合わねばならない身分に落ちた事への落胆と絶望が胃の底から湧き上がってくる。


ここの食事は実際に酷い物だった。

以前食した泥パンよりはマシに見えたのは見た目だけ、食べてみれば黒パンにあるべきぎっしりと穀物が詰まっている筈のパンからは、それとはかけ離れたスカスカした噛み応えと口の中に広がるオガクズと木片の匂いが鼻から離れない。


そしてクトーとの会話の合間に咀嚼していたパンからは砂を噛むようなジャリジャリとした不快な音が響き渡り、鼓膜に『こいつは不純物たっぷりだ』と警告し続けていた。


限界まで混ぜ物をした低品質の黒パンだ。

パン本来の味も匂いもまるで無い、黒パン特有の酸味の気配すらない。

パンの形をしているだけの、ゴミだ。


それならばと手を付けたスープもまた、野菜くずが僅かに浮かぶだけの濃い塩味のほぼ透明な湯と言っても良い粗悪な品だ。


いや、それだけならば良かったが人面草の球根がプカリと浮いてきたのが最悪だった。


一息つこうと顔を近づけたスープの湖面に浮かんできたのは人の顔にも見える人面草の茶色い主根であった。


「クトー…」

「どうした、この世の終わりみたい顔になってるぞ」

「これ…なんでこんなのが入っているんだ。しかも底の光ってる奴はまさか…」


思わず声を上ずらせながらRはクトーにスープに出てきた物を指さしながら問いを行う。

人面草がスープに入っているのも問題だが、そのスープの底で輝く青い小さい結晶たちもまたRを狼狽されるには十分だった。


岩塩が溶け切らずに底に溜まっているわけでは勿論ない。

岩塩は青くは輝かない。


これこそ、反応炉のコアユニットや燃料の添加剤として使われているエーテリウム結晶、それその物であった。


人面草(マンドラゴラ)か、大当たりだぞ。それは割と食えるし栄養もある」


自身のスープを啜りながらクトーはさして気にしない素振りで答える。

それがRに衝撃を与えた。

信じられない物でも見る様に顔をこわばらせてRはクトーへと更に問い続ける。


「食べるのか、これ?食べられるのか?」

「お前さんの故郷じゃ食わんのか?教会圏でも人気の根菜だぞこいつは。青いのも強壮剤になる」

「うちでは防護服無しで近づくのも厳禁の劇物だよこれ…」


人面草と言っても顔や人の四肢の様に見えるのは根だけで上部の草は何の変哲もない草に見える存在であり、早い話がファンタジーなどでおなじみのマンドラゴラの様な物だ。

実際に大戦時には既にマンドラゴラという名前が定着していたと言われている。

クトーも同じ単語を発した辺り、この辺の呼称だけはしっかり継承されているようだ。


かつての戦争で敵対的テラフォーミングを仕掛けてきた敵がばら撒いた敵性植物であり、大気中のエーテルを吸い込んで根に結晶として固着される窒素を固定する豆科の様な振る舞いをする。


これらの結晶は前述の通り、兵器の推進剤や反応炉の作成に必要な戦略資源でもある。

決して食べられるものではない。

そもそもこれのある汚染環境では防護服無しでは近くにいただけで死ぬ代物だ。


それをスープの具として喰わされた、いうなれば今まで燃料として使っていた物を喰わされているのだ。

カルチャーショックで頭がおかしくなりそうな感覚をRは必死に抑え込む



意外と歯ごたえと甘味があって悪くなかったのが尚悪い。

今まで築き上げてきた常識が浸食されていく不快感が日増しに強まっていく。


「……畜生、歯ごたえが良いし甘味もあって案外美味い」

「だろう?パンは捨てても良いがスープだけは全部喰って栄養付けねぇと明日まで持たずにくたばっちまうぞ。良いから喰え喰え」



なんとしてもこんな所からは脱出せねばならない。

Rの決心がこの瞬間、更に固くなった。



―――


「ああ、最悪だ…」

「そうだな、いつものくそったれな食事だったな。あいつの手料理が懐かしいもんだ…」


刺激的だが量の少ない食事を即座終えて二人は日陰で寝転がる。

休憩時間が終わるのは不定期だ、いつ終わるかは監視の気分で決まる。


だからこそ、絵ずらが腰に布を巻いただけの半裸の男と汚れ切ったスーツのおっさんが日陰で根っこがっているという名状しがたい状況であろうと文句を言っている場合ではない。


体力の回復は最優先事項だ。

周囲もそんな僅かな時間の間に交渉が終わったらしく静かになっている。


燃料の添加剤を食べた事はもう忘れよう、そうしよう。

心なしか疲れが和らぎ体が軽くなった感じがするのがまた不快だから忘れよう。


そうしてやけっぱちになって地面に大の字で寝ていると、クトーの仲間達がぞろぞろと周囲に集まりだしてきた。

恐らくは襲撃対策で全員集まるまで待ってから食事をとってきたのだろう。

皆、手にパンとスープを抱えている。

用は済んでいるし、彼らに日陰を空けてやるべきだろう。


それに、若干の尿意も催してきた。

帰ってきたら日向で日光浴に切り替えよう。


「クトー、皆来たみたいだから僕はどくよ。トイレにも行きたいしね」

「おっと待て、俺も行く。連れションとしゃれこもうじゃないか」


どうやら今日一日はずっとついて来てくれるようだ。

気遣いに感謝しつつ共に立ち、彼らに場所を譲った。


―――



「これが…トイレ…?」

「ああ、さっさと済ませて移動しような。正直ここが一番厄い場所だからな」


そこはトイレというにはあまりにも大雑把な場所であった。

地面が露出した吹きさらしの都市の遺構の一角、そこに壊れかけのシャベルが突き立ててあるだけであった。


ただの建物と建物の間の狭い通路をそのまま流用しただけで遮るものも守ってくれる壁も無い。

これでミュータントも場合によっては徘徊している場所で穴を掘って用を足せというのか。

確かにこれでは集団で来なければ迂闊に小便も出来そうにない。



「確かに、さっさと済ませないとミュータントに襲われそうだ。さっさと済ませよう」

「ああ、そうしてくれ。交代でさっさと済ませよう」


二人で交互に警戒しつつ、用を足してその場を離れようとする。

だが、ある音に気付いてRは歩みを止めた。


誰かの苦しそうな呻き声と何かと何かがぶつかり合う様な音。

若干嫌な予感がするそれを聞いてRはクトーに問いかけた。


「なぁクトー、この音はまさか…」

「ああ…『御盛んな奴らが致してる音』だ。そういう危険もある場所だと理解してくれ」


公衆トイレで別の意味での便所が使用されている。

これがクトーの行った『厄い』の正体らしい。


女などいない環境で極限状態に陥った者達が欲望を発散するには誰かを『メス』にするしかない。

つまりは、そういう事なのだとクトーが告げた。


「……正気か?」

「お前の性欲が弱いとしても普通の奴らはあるんだ。それもこんな生活してたら嫌でも色々な物が溜まって来る。その結果がこれだ」


どうやら弱者が奪われるのは食事と命だけでは無かったようだ。

単純な性欲の発散だけではない。

ああいった行為には他では味わえない征服感が充足され、行為によって上下関係の確立なども行われるらしい。


まさしく、暴力で繋がれた鎖だ。


一度『女』に落ちたらもう二度と這い上がれないのだという。

どの派閥に入っても慰み者から脱出できない。

特に顔立ちの良い奴とRの様な良い暮らしをしていたボンボンが狙われると聞いて背筋が若干寒くなる。


今まさに角の一つ向こうで弱者が組み伏せられて『誇り』を蹂躙されているであろう嫌な場面を想像せざるを得なくなり、Rはクトーに促して足早にその場を後にした。


「覚えておけよキルロイ、ここじゃ強い奴が正義で弱い奴が悪なんだ。野郎のカマを掘る奴がゲイなんじゃない、掘られる奴がゲイ扱いされる場所なんだ」

「酷い場所だ…」

「ああ、さっさとおさらばしたいもんだ…」


ついて来てくれたのはこれを警戒しての事だったのかもしれないとRは理解し感謝した。

そして、昨日拾われていなければあそこにいたのが自分かも知れないという現実に僅かながら吐き気も込み上げてきた。


「勝手がわかるまでは俺から離れるな。ケツ掘られるだけじゃすまない場合もあるからな」

「ああ…嫌でも理解したよ」


こんな所にいたら頭がおかしくなるのは確実だ。

なんとしても脱出せねばならない、それも可能な限り早く。


その方策をどうにか絞り出そうと思考を巡らせながら、Rはクトーと共に仲間の下へと戻っていった。



前回出してしまった陣面相の設定は今回出す予定だった感じになっています。

取り合えず出してしまったので加筆修正した感じになっています。


奴隷たちの待遇が悪いのはクトーさんの言及した通り、常に飢えた状態で奪い合いをさせる事で結束できない状態を維持するためにあえてこの状態を維持されている感じになっています。

エンキさんの精神汚染による支配と内ゲバによる結束の阻害によってこの支配体制は維持されている感じとなっています。

支配者に勝てないが故に弱者同士で潰し合う形という事ですね。

このため、貯蓄は非常に重要となっています。

武器や食料を確保して隠すのはこうした状況が故です。


監視側も食事の質は若干マシなだけでメニュー自体は変わらない感じになっています。

違いとしてはパンがちゃんとパンらしい食べられる物になっているぐらいでしょうか。

取りあえずは今はここまで。

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