二十五話、都市鉱山の朝
二話が簡潔にし過ぎた感があるのでまたいつも通りに
現在は昼に近づきつつある午前中の時分、キルロイことR1039は仲間になると申し出てきた壮年の男であるマクトーと共に倒壊して横倒しになった鉄筋コンクリート製の建物に修繕されずにナマクラになったツルハシを叩きつけながら会話をしている。
「キルロイ、手は止めるな。見張り共はマヌケだがそこまで怠惰じゃねぇ。その上、酷く理不尽だ」
そうRに告げたクトーの顔には赤く腫れた跡がついている。
見張りに怠けていると一方的に言い掛かりをつけられて殴られたのだ。
それを聞くRもまた、連帯責任と称して頭部と背中を棒で殴りつけられ軽度の打撲を負わされていた。
ここではエンキとその配下が絶対の支配者であり、彼らが黒といえば何もかもが黒となる。
故に奴隷は彼らの気分で蹂躙される生体重機であり、サンドバックでもあった。
理由や過程がどうであれ、奴隷としてここに連れられてきた以上は労働を強いられるのが定めだ。
そして実際に日の出と共に朝礼を終えてこうして太陽の下で理不尽な監視の元にツルハシを振るわされている。
名を変えた事の有効性はまだ分からない、しかし使っていかねば慣れない故に今後地上での活動においてはこちらの名前で統一する事にした。
もう故郷へは自力で帰るしかない以上は偽名の方が問題回避にも有用なはずだ。
今後があると信じているからこそ打てる布石でもあり、生き残るという意思を強固とする為の呪いだ。
断じて逃げの姿勢ではない。
己の名には誇りと執着がある。しかし、まずは生存だ。
無意味に目立つ要素は削ぎ落し秘匿せねばならない。
「了解だ。盗み聞きされる可能性は?」
周囲に目配せをする。
同じ境遇の負け犬たちが死んだような表情でツルハシを振るい、出てきた残骸をボロボロになった一輪車やもっこで運び出している。
それを見張るのは奴隷の近くをうろつく粗末なマスケット銃や鉄や木の棒で武装したエンキの部下たちだ。
彼らは動きが悪い者、逃げる素振りを見せる者、そして単に気に食わない者たちを殴り、罵り、現場の監督をしているつもりになっている。
「英語なんて喋れるのはそうはいないから大丈夫だ、なんせ全部『混じっちまった』からな」
彼らの言語は結局すぐには覚えられそうには無かった。
どこか知った雰囲気の単語や文法が聞き取れても、酷く訛っているか或いは違う言語と同時に混ぜて使われているような感覚を覚えていまいち理解が出来ない。
暫くはクトーだけが頼りだ。
現在、二人が行っている作業は採掘だ。
最も、地中の石炭だの金属だのを掘り出す類の採掘ではない。
採掘とは比喩的な表現であり、やっている事は都市の遺構を破壊して分別し、資源として売り払う為の最初の段階だ。
廃都市を解体して資源化する。
それが都市に残されていた戦前の物資を取り尽くし、尚も収奪を続けねばならないゴミ漁りたちの最後にたどり着いた答えであったらしい。
既に人の住まなくなった古の都市の奥へと分け入り、文字通り資源の詰まった鉱山と見立て、それを切り崩して消費する。
希望などまるでない短い日々を生きながらえる為に過去の栄華の面影を自ら否定し破壊する不毛な作業。
だが、既に戦前の遺物を取り尽くした都市も再入植を考えなければ十分な資源と材料の山なのである。
特に、生存環境と技術力的な問題で新しい何かを作り出す力を喪失しているトウカイにとっては『都市鉱山』は有効な資源を生み出す最後の資産だ。
この地域の人間達は繁栄の残滓を切り崩し、その場しのぎを繰り返している。
アスファルトやコンクリートの残骸は道路の砕石に、鉄筋やガラスは集めて溶かして塊へと加工し、木材は建材への再利用、武器の材料、或いは燃料などの資源として未だに生活を続ける周辺の都市国家へと売りさばく。
時には今まで見つけていなかった万全な状態の道具や機械も掘り出され、これが高く売り買いされる。
それが文明の復興に失敗した者達の末路であり、逃れられぬ現実であった。
クトーによればこれは教会の勢力圏でも行われている事だが、それは区画整理と不法居住者やミュータントが住み着く事を阻止するためという再開発と防衛の観点を考慮しての行動が主体であり、資源確保はその補填として扱われているという事だ。
教会圏は既に自力で各種資源を最低限自給し、生産出来るだけの領域と技術を確保している。
つまりは文明を再建出来た為にこうした資源採掘にはそれ程真剣ではないのだという。
場合によっては滅びた都市の遺構はそのまま聖地として認定されて教会に保護され、巡礼者に開放されている事もあるという話だった。
「で、ここからが本題だキルロイ。この都市は取り尽くしたと言われてるがやっぱり漏れはあるみたいでな、こうして建物ぶっ壊してると偶に掘り出し物が出るんだ」
「バレない様にやり過ごしてから回収して奴隷というカーストの中で立ち回るのに使うって事かな」
鉄筋の入ったコンクリートの外壁にツルハシを叩きつけながらクトーは察しの良い回答をするRに顔を向けずに笑みをこぼす。
既にこの周辺地域の廃墟はしぶとく生を繋げる住民たちによって残されていた物資を取り尽くされている。
だが、何事にも例外はある。
取り尽くした筈のエリアでも建物を壊すと思わぬ『掘り出し物』が転がり出て来ることがあるのだという。
昨夜クトーが咥えていたパイプもそうした物品の一つである。
戦前か或いは戦後の混乱期に持ち主たちが巧妙に隠し、結局は使われる事無く放置され、ゴミ漁りの嗅覚すらも欺いて眠っていた物資が建物の破壊によって時々顔を出す。
純粋な隠し部屋から床下の一角や壁の中、屋根裏を改造して物資を貯め込んでいたりとその隠し方も隠した物品また千差万別だ。
戦前の―――期限を大幅に超過している事を無視すれば―――安全な水や食料、嗜好品、娯楽用の物品、そして武器。
それらを監視者であるエンキの部下たちからかすめ取り、他の奴隷の派閥から秘匿し、蓄財する。
そして奴隷という小さい輪の中での勢力争いでそれらを駆使して覇権を争う。
落ちぶれた人類の中の更に負け組である彼らもまた、そうした不毛な争いを続けているのだ。
エンキという決して勝てぬ存在には抗えずとも、奴隷の中でならば王を取れる。
それが奴隷たちを結束させる事無く争わせ続けていた。
だが、クトーとRにとってはそれはある意味で最後の希望でもある。
エンキを殺せるだけの道具が転がり出て来る可能性、或いはここから逃げ出す事の出来る何かが出てくる可能性を自ら探し出す機会を与えられているのだ。
武器でないにしろ、そうした蓄財が自分たちの身の安全をある程度保証してくれる事もあってその確保は重要だ。
逃げるにしろ戦うにしろ、生活を維持するには物が必要だ。
可能性は低くとも、ただ絶望するだけよりはマシな希望と活動目的。
恐らくクトーがこれまで正気を維持できたのもこれが故なのだろう。
二人はあくまで作業は続け、その上で隙を見て雑談をしているという体だ。
見張りがすぐ近くで聞き耳を立てているが、運用する言語が違うので漏洩の心配はなく、仕事さえしていれば機嫌が悪くない限りは彼らは文句を言わない。
何か問われれば仕事を教えていると押し通せるし、現状は実際それでうまくいっている。
最も、時と相手を選ばねば問答無用で鉄拳や棒が叩きつけられるリスクは常に付きまとっているのでこれも盤石ではない。
運搬に比べればこの採掘の作業はまだ楽な部類であり、こうして会話できるのはこの仕事を割り振られている時だけだろう。
だからこそ、時間を無駄にしない為にこうした時間にもクトーとの話を詰めていく。
「御名答、察しが良くて助かる。無論、武器があれば独占する。お前の様な知識があれば分解しても安心ってもんだ」
「アサルトライフルの民間用モデルでも出て来てくれると助かるね、散弾銃なんかでも良い」
「あの猿を始末するにら高性能爆薬でも出てこないときつそうだがな」
Rはその言葉で朝の出来事を思い出した。
朝礼、クトーがそういっていた意味はすぐに理解できた。
エンキが居住する支配の象徴たるビルの門前に奴隷たちが集められ、そこでエンキが運び込まれた演説用に置かれた台の上で身振り手振りを交えて何かを楽し気にまくし立てている。
「俺たち屑が誰のおかげで生きていられるかというありがたい話を延々してくれているのさ、嬉しくて涙が出そうだろ?」
絶え間なく続くエンキの演説をクトーは小声でそう要約した。
それを聞くRはまた別の感覚に襲われる事となった。
エンキと初めて会った時には覚えなかった感覚、内から湧き上がる言い知れぬ無力感と服従しなければならないという得体のしれぬ使命感だ。
エンキの姿を見た途端に襲い掛かってきた物は恐怖、以前の邂逅によって与えられたあの衝撃は未だに癒えていない。
だが、本来ならばそれに次いで来るはずの敵愾心を呼び起こして相違ない場面で、Rはエンキに見惚れ、服従の念に屈しそうになったのだ。
「呑まれるんじゃねぇぞ」
クトーのその言葉にハッと我に返った事を今でも思い出す。
ただいるだけで、言葉を発するだけでその場の空気と人間を掌握する。
それが支配者の力なのだとクトーはRに語ってくれた。
見れば、周囲の奴隷たちも怯えつつも偉大な何かを崇める様なまなざしエンキを見据えている。
心酔と崇拝、恐怖に顔を引きつらせながらも彼らは壇上の猿人にそれらの感情を抱いているのが察せられた。
「あれが奴の才能だ。あいつは力と恐怖でこの街にいる人を支配する神様ってわけだ。気を張ってないと魂を持っていかれるぞ」
暴力と恐怖に裏打ちされた圧倒的カリスマ、それはそう言い表す他にない不可思議な感覚だった。
エンキは世界が平和なままならば新興宗教の教祖などにでもなっていたのかもしれない。
いや、それにしてもこれは度が過ぎている。
Rからすれば戦闘における恐怖とストレスは新参にしては比較的長い軍歴の中で経験している。
その日々において、敵にこの様な感情を抱いた事は無かった。
恐怖を怒りで塗りつぶし、己の意志で自発的に闘争本能を刺激し、困難の中でアドレナリンを得る事の興奮と刺激で絶望を押しのけ戦ってきた。
幾度となく潜り抜けた実戦と反復して行ってきた訓練、そして故郷で同胞達と共に行う精神ケアによってRのストレス耐性は非常に高い物となっていた。
一度恐慌状態に陥ったとしても立ち直りは早く、絶望を戦意へと転換する術に長けていた。
それが出来てこその兵士であり、機動歩兵なのだ。
雑兵とはいえ、一人前であるという自負はあった。
強化外骨格を喪失した事で、そんな戦士としての矜持と本能すらも己は失ってしまったのか。
Rにとっては非常識かつ突拍子もないその感覚に、しかし己自身が呑まれかけたという事実が現実として受け入れる他無いと重くのしかかって来る。
エンキに恐怖した時点で一種の精神汚染の様な物に罹患した、そう解釈するのが合理的なのであろうか。
これも世界を蝕むエーテルの影響であるのか、或いは既にストックホルム症候群の様な加害者への好意が生まれているのか。
少なくともこれまで地上での任務を行ってきたRが経験した事のない感覚だ。
肉体がエーテルに汚染されて初めて、この精神汚染ミームは機能するのかもしれない。
ボースがエンキの言葉に従っていたのは純粋に力で勝てないだけでなく、この感覚に抗えなかったが故なのかもしれない。
目立たない限りで周囲に目をやれば、クトーの仲間達だけは平静を保ちつつも周りに合わせているという風な素振りを感じる事が出来た。
「俺たちには信じてる神様がいるからこの程度では取り込まれんさ」
クトーは朝礼が終わった後にそう告げてくれた。
いずれはそれが理由で決別するかもしれないが、今はとても頼もしいとRはクトーたちへの評価を上げる事となった。
存在するだけで人を支配する化け物を前に物怖じしないというのはそれだけで評価すべき優位点だからだ。
その日の朝、エンキの演説は奴隷と裏切者の公開処刑という目玉行事を行って終了した。
エンキは部下に引き摺ってこさせた奴隷と裏切りの頭を互いに対面で向き合わせると、両手でそれぞれの後頭部を掴み、そのまま紙を丸める様な気軽さで二つの頭を一つ分に圧縮して見せた。
壇上で頭部が一つに合体した二人の人間の亡骸が痙攣しながら横たわる中、エンキはガッツポーズで雄たけびを上げ、最後に決め台詞らしき何かを口走って去っていった。
「見せしめだ、『蓄財』をやり過ぎたのがバレるとああやって始末させる。俺の身内以外の奴隷連中も信用するな、密告はここじゃ日常だ」
それはRへの警告でもあったのかもしれない。
見つけたらこうなるぞという脅しだ。
だが、このまま座して留まっても死が待つだけだ。
可能性への前進の為に死のリスクを選ぶ方がまだマシだ。
その為に、クトーとの企てを今更中止するつもりは一切なかった。
ともかく、状況を整理すれば為すべきことは単純だ。
エンキの精神汚染に打ち勝ち、なおかつ物理的な戦闘でも勝利して自由を勝ち取る。
その為の可能性をこうした都市の探索で確保する。
立ち回りはクトーに多少は委ねねばならないが、必ず成し遂げねばならない。
R改めキルロイは覚悟を決めてツルハシを振り続けた。
一日目はまだ始まったばかりだ。
一応世紀末作品ですがファンタジーでもあるので、今作品もそろそろファンタジー要素が出る季節になってきています。
取りあえずエンキ氏の設定は後にしつつ背景設定としてのエーテル絡みで次回少し顔出しする物でも一つ。
人面草はかつての大戦で来訪者が占領地域にばら撒いた敵性植物の一種であり、エーテルが拡散した現在は普通に世界中にありふれた植物となっています。
その性質は大気中のエーテルを吸収して濃縮し、根に結晶化させて保持する事です。
これによって土地に高濃度のエーテルを固着させ、最終的にはその土地をエーテル生まれる大地に改変していきます。
かつての大戦ではエーテルが人類世界に適合せずに霧散する事からロスアラモスに出現した次元門を経由して敵側の世界から大量のエーテルを流し込みつつ複数の敵性植物を植え付ける事で環境を改変するという方式の侵略が行われていました。
人類が下がった分だけ敵性植物は植え付けられ、エーテルが存在する事を前提した環境と生態系を構築して生存圏を削っていくという状況から、主戦場となった北米では本土攻撃に対して過剰反応する伝統を持つ合衆国軍は核の大量運用を含めた徹底抗戦を行い、絶望的な戦力差であった初期の大規模戦闘において疲弊し次第に壊滅していきました。
人面草、マンドレイクは敵性植物の中でも最もメジャーであり、このエーテルを結晶化して固着するという性質が後に人類側のエーテル兵装の原点となり戦況を変えることになっていきました。
ロシアや中国が対来訪者兵器を先んじて開発出来た経緯はここにあり、米国は終止本土防衛のために人的資源と領土を失い続け、対次元門破壊兵器『ゲートバスター』を開発するまでこれらの兵器体系において列強に後れを取ることなりました。
来訪者の技術や道具はファンタジー系の小説やゲーム作品を連想させる物品が多く、正式名称を使わずにそのまま見た目や性能通りに兵士や民間人にマンドラゴラ、ドラゴン、ミスリルなどと呼ばれる事も多々ありました。
なお人面草は意外と美味であり地上人は割と食べている模様です。




