二十四話、異教の男
最近は調子が良いのでペースが良い、このまま続けていきたい。
その晩、クトーとの会話は長時間に渡った。
故に、端的に整理していく必要がある。
クトー達のグループは他の奴隷たちと違い特定の派閥に属する者であるという事、つまりは同じ宗教を信じる信徒たちで構成されているという話だった。
プレッパー、終末がいずれ訪れると信じて家族や一族、或いは個人単位で物資の備蓄、シェルターの建設、武器の所持と訓練を行っていた『備えし者たち』。
それが彼らの信ずる宗教の冠する名であった。
彼らは実在するという機械の神を崇め、神の威光を広めその存在を補佐する教会とその教会に認められた貴族たちによって支配する広大な宗教国家『機械の教会』をここより西方に保持しているという。
元々、彼らには国名など無くプレッパーや教会という名がその集団を差す言葉として使われていた為にそのままその名が定着したらしい。
クトー自身もまた、敬虔とは言い難いが彼らの教えを信じるプレッパーの一人であるという事だ。
彼らは神の支配の下に安定した社会を構築しており、他の地域では失われた文明と文化をまだ維持しているとのことだ。
それは彼の着る濃い紺色だったと思われるビジネススーツとネクタイが暗に事実だと物語っている。
どれ程ここにいるかは分からない。
だが、彼のスーツは薄汚れて所々がほつれて破けつつあるが、それでもまだまだ原型をとどめている。
良い生地を使っている証拠だ。
少なくともそれは今まで見てきた戦前の古着やボロボロの服とは一線を画している。
明らかにそれは戦後に製造された高級な品であるという事が見て取れる。
アスマの言に比べてそこから語られる口ぶりや身なりには暗黒時代を思わせるものはあまり感じられない。
むしろ、機械を神として扱うが故に機械を思慮なく無分別に扱う事を控えているという事であるらしい。
早速、地上で取り残されて以来知り合った二人の人間の証言が食い違っている、正解はどちらか。
いや、元よりこの広い世界を一人や二人の人間の口から出た物だけで理解したつもりになる事自体が間違っているのだろう。
個人の口から出る言葉には大いにその人間の偏見と嫉妬、やっかみや誇張が含まれている。
より多くの人物と交流を持ち、自分の目で確かめねば何が真実であるかは断定が出来ない。
話を戻そう、そんな彼ら自称『文明人』たちがここにいる理由もまた不運と不幸が重なったが故であるらしい。
おおよその理由は彼らは辺境での仕事や戦闘で蛮族―――トウカイを含む有象無象は彼らにとって等しく蛮族であるという―――に拉致されたか捕虜にされて奴隷として売られてここに流れ着いたとのことだった。
故に、ここにいる彼らは勢力圏から外れた圧倒的な少数派であり、同じ少数派である事が分かり切っていた自分を仲間へと引き入れたという事だった。
「どんな場所にも序列や支配者がいるのは奴隷共も同じだ、さっさとどこかの派閥に入らないと奴隷の中の奴隷にされて虐め殺されちまう。だからな若いの、あのままじゃヤバい事になってたぞ」
クトーはパイプをくゆらせながらそう教えてくれた。
『朝まで持つか試すとしよう』、そうエンキが言っていた訳がそこから推察できる。
奴隷たちの中にすらも力関係と派閥があり、弱い者は餌食にされる。
どこまで行っても人の社会は階級が支配する社会であることに変わりは無いようだ。
エンキからするとこうなる流れ自体が想定通りなのかもしれない。
こうして生き残れない様では遊ぶ価値すらないという意味だったのだろう。
「まあ、ここはデウス様の威光も届かぬ化外の地だ。その分神経質にならんとやっていられんよ」
宗教国家、それはRからするとその響き事態に危険な物を感じて思わず身構えた。
しかし、話を進める内にクトーからは狂信者や頑迷な信徒から感じられるであろう偏見に満ちた思想や思考が感じられない事が分かった。
クトーは非常に理知的であり、教養があり、元は高位の職責に有った者である事が言動と所作から覗える。
実際、クトーは教会東端に位置する辺境伯領の領主の配下であったという事だ。
「俺もあんたも同じさ、あいつは優秀な人間を買ってきてはこうやって地獄に放り込んで楽しんでるゲイのサディストだ」
あいつとは当然、エンキの事であろう。
どうやら優秀な人間や過去に因縁のある相手をこうして奴隷にして使い潰して殺す事が趣味であるとのことだ。
全く持って最悪な相手といえるだろう。
自由を得るにはあの好戦的な性格の個体性能が圧倒的な相手をどうにかしなければならないのだ。
「さて、そろそろ見張り番の交代だ。寝ないと明日からの労働で体が持たんぞ」
そうしてクトーと長く話し続けた結果、寝る時間が来てしまった。
まだまだ語り合いたい事は有ったが、時間は有限であり休息は必要だ。
こうして語り合えたのも監視が無い代わりに奴隷たちが自分たちで眠る時も見張りを交代でしないといけないからだ。
つまり、夜行性ミュータントは火と光を恐れるが、そうでない者達の為に見張りがいるという事だ。
ネズミ、蛇、毒虫、そうした世界がおかしくなる前から厄介だった連中が、迂闊に眠っている者達に忍び寄ってくるのだ。
R自身、外に放り出された初日の夜にネズミに腕をかじられている。
今の野生動物たちは獰猛だ、一人ではとても眠ってはいられないという程度には。
その為、やはりここでも交代で見張りと休息を行うのは変わりがない。
その早番をクトーとRは引き受けて夜の見張りをしながら情報交換を続けていた。
その時間も最早終わりを告げられ、Rは仕方なく眠りにつく事にした。
やるべき事は沢山ある。
まずは身近な事から一つずつ潰していくべきだろう。
その中の一つに睡眠もある。
焼き印の傷もすぐには癒えぬだろうが、眠る方が治りは早い筈だ。
そう理解したRは素早く意識を手放した。
―――
意識を失ってどの程度したのか、Rは再び自分の意識だけが暗闇の虚空に浮いている事に気が付いた。
「またこれか、これは夢の中という事であってるのかな?」
既にRにとっても見慣れたこの不条理な空間は恐らく夢だろう。
決まって眠った後に訪れるのだからそうで無ければ合点がいかない。
「おおよそ合っているぞ。我が肉体よ、久しぶりだな」
その言葉と共に再びにあの明るく輝く恒星が現れた。
いや、以前とはまた形が違う。
それは人の輪郭を模した様に赤く赤熱して光り輝いている。
それは徐々に明確な形へと近づいてきている。
「お前はなんなんだ、なぜ僕に付き纏う」
この謎の存在についても知らねばならない。
人の人生を大きく捻じ曲げたこれについても、何者であり何が目的なのか知らんねばならない。
だが―――。
「分かっているだろう、お前が我の邪魔をしたからこうなっている。だが、もうすぐだ。もうすぐ―――」
そこでRの意識は急速に薄れていく。
今回の対話は長くは続かなかった。
『もうすぐお前は私になる』
完全に意識が闇に溶ける直前、Rの鼓膜にそんな言葉が発せられた様な気がした。
―――
「……傷が治癒している」
不愉快な夢を見た後の朝、Rは左胸の痛みが消えている事に気が付いた。
恐る恐る触ってみれば、既に火傷が癒えている。
流石に跡までは消えていない。
しかし、既に皮膚に水ぶくれや腫れは無く、火傷は綺麗に直っている。
「回復速度が異常だ、やはり……」
エーテル汚染による肉体の変異が進んできているのだろう。
自分はこのままここで怪物に成り果てるのだろうか。
或いはエンキの様に持ちこたえて化け物に成り果てるのか、到達する道は二つだけだ。
「僕は人間だ、人間なんだ…」
理解し、覚悟を決めたつもりでもその時が間近に迫っているとなるとやはり心が乱れ、恐怖が鎌首をもたげてくる。
言い聞かせるように、祈る様に、Rは静かに呟いた。
「起きたみたいだな、体調はいいか?」
既に身支度を済ませた、と言っても殆ど昨日と変わりのない姿のクトーが挨拶をしてきた。
「ああ、大丈夫だ。気分は良くないが」
「まあ、皆そんなもんさ若いの。それよりも、『朝礼』の時間だ」
「朝礼?」
「行けば分かる。ついてこい」
促されてRは昨日籠った寝床から外へと出る。
そしてこの場所がどの様なものなのか、改めて思い知らされる事となったのだった。
今更だけどここは基本的に解説とネタバレ枠、良いね?
今回の後書きはクトーさんと恒星さんについて。
教会はいずれもっと掘り下げるのでその時に。
クトーさんはプレッパー教徒の奴隷グループのまとめ役でありリーダーをしている黒い瞳の中年男性。
しかし、太っているわけではく、むしろ元は鍛えていた肉体が過酷な環境でやせ衰えてきているという感じになっています。
背はRくんと同じ程度、環境による土汚れと疲弊から顔に老いが見て取れますが元は精悍な顔つきという感じ。
元はしっかりとしたオールバックを決めていたという黒髪は今やぼさぼさであり、髪を整える為の整髪剤が無い事が最近の悩み。
近いキャラとしては蒼天の拳の潘 光琳が老けた感じをイメージしてます(或いは虜囚モードの頃)
恒星さんは序章でRくんに憑りついた青いスライム(血液)の本体の様な何か、Rくんがこれまで何度か無理ゲーして生きているのは主人公補正で生きているというよりは彼に生かされているところが大きい。
なお、本来彼の本命はRくんの上官の少尉であり、失敗したのでRくんに憑りついている。
身体能力微増、回復能力上昇も彼の恩恵であり、実は既になろうチートを貰っていたのだ。
今までは、母体がヤバくなると夢に出て来て危険を知らせる便利な奴という扱いでしたが、あと何話かしたら本気出す予定になっています。




