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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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二十三話、廃墟の炎

連休のおかげですいすい書けたので満足している。毎日連休ならいいのに

未だに痛む頭と左胸を罵りつつ、Rは明かりが輝く廃墟の一角を目指した。

ボースの話によれば、そこが奴隷たちの寝床であるらしい。


そこは見るからに古びた建物の集まった路地の一角といった感じであり、整備もされていなければミュータントを防ぐための防備もまるでされていない。


しかし、その風貌とは似つかわしくないほど、その一角は煌々と明かりを放っていた。

光の強さが安定せず、影が動き続けているところから見て、電気の光ではない。

恐らくは炎の光だろう。


周辺環境から考えて、あれ程大規模に火を焚ける程の燃料はここにはない筈だ。

周囲は砂漠や荒野、控えめに言ってもサバンナ気候である。

キャンプファイアーなどやる燃料は無い筈なのだ。


だが、そこに向かう以外の選択の余地はない。

既に夜になりつつあるのだ。

一寸先すら見えない闇を我が物顔で歩き回る夜行性ミュータントたちの世界がすぐそこまで迫っている。

脱走を防ぐための設備など必要ないとはそういう事だ、逃げた先に待っているのはミュータントの胃袋だけなのだ。


とにかく向かい、後はその場で臨機応変に対応する事とした。


「くそっ!」


Rは忌々し気に不平を吐き捨てると早足で明かりへ向けて歩いてゆき、そしてその光の主を知った。

奇跡と理不尽は恐らく同じ部屋で暮らす同居人だ。


「これは…そういう事か…」


Rの目前に現れたのは周囲に熱と光をまき散らしながら荒れ狂う巨大な炎の柱だった。

ひび割れたアスファルトの地面から燃料も風も無いというのに高温の炎の竜巻が左右に揺れながら空間を揺れている。


「アノマリーを使った光源か…これならば確かに枯渇の心配はないが…」


それも一本ではない、複数の炎の渦とも言える灼熱の柱がある程度の距離を置いてあちらこちらにのたうっている。

どうやら、発生位置は固定されているらしく一定の範囲内以上は動き回る事は無いようだ。

だが、アノマリーとは空間異常であり、気まぐれだ。


いつ形態や火力を変えて周囲を焼き尽くすか、或いは突然自然消滅してもおかしくない。

長期間に渡って依存するにはリスクが高すぎる。


「まあ、彼らの技術水準ではこういう物に頼るしかないか…」


燃料も電力も電灯自体も無いとあってはこうした世界が崩壊した後に現れた理不尽の象徴であるアノマリーだろうと活用しなければ生き残れないのだろう。


蝋燭程度の光では流石にミュータントを追い払う事は出来ないし、何よりも光源として非効率だ。


Rはそう己の中で結論をつけると炎の渦巻く寝床へと入っていった。


荒れ狂う炎の柱、その周囲にはRと同じ境遇らしい半裸、或いはボロボロの衣服を纏った男達が集まって座り込んでいる。

彼らは新参であるRに気付いたのか、一斉にこちらに視線を向けてくる。


それは値踏みするような、或いは敵意や疑心を孕んだ視線、また別の何かか。

正直な所、居心地が悪いというどころの話ではない。


とにかく、ミュータントを凌いで朝まで耐えられればいいのだ、光の照らされている場所にいれば良い。

あまり近づくと先程やられた焼き印が痛む事もあって、Rは集団から距離を置いて崩壊して隅だけが残っている家の瓦礫に背を預けた。



「はぁ…」


砕けた砂利とコンクリートの不快感に耐えつつも、壁にもたれて座り込むとようやく一息付けたとばかりにRは溜息をついた。


絶えることなく燃え盛る炎が心を落ち着かせてくれている。

それが炎を見た事で人間としての原初の記憶を刺激された故か、一夜の安全が確保されたが故か、Rには分からなかった。


少なくとも、ここ数日間の振り回され続けた時間は終わり、短いがゆっくりと今後を考える暇が与えられた事だけは確かだった。



問題は山積みであり、状況は日増しに悪くなっている。

何よりも、状況にひたすら流される側である事が致命的だ。

地上人と交渉しつつ帰還を目指す初期のプランは完全に崩壊したと判断して良い。


新しい案に基づく指針と行動が必要だ。

達成目標は変わらない、故郷への帰還だ。


既に変異しているので受け入れられる可能性はほぼ無い。

もうあの安全で清潔で何の不安も感じない空間に帰る事は出来ないだろう。


しかし、こうして得た情報を持ち帰る事で幾らか同胞の利益にはなるだろう。

その結果が処刑だろうと殺処分だろうと悔いは無い、最悪出会って即射殺でも構わない。

それが同胞たちの選んだ選択ならば甘んじて受け入れよう。

だが、ここで死ぬ事だけは兵士としての矜持が許容しない。


この地上は虚無の世界だ、生きている事それ自体が無為といって良い。

何の意味も目的も無く、何の理想も持たず、獣の様な生を送る者達と共に生きて死ぬなどまっぴらごめんだ。

人の世を取り戻す為に戦ってきたというのに、そのような最後はあまりにも残酷ではないか。


意味のある死、それがRに残された最後の拘りであり希望であった。


故にRにはここに骨を埋めるという意識は全くなかった。

ならば、まず行うべきは生存の為の主導権の回復である。


つまり、この奴隷という最悪の状態からの脱却。

そして、装備を整えて自力での生存が可能な状態を構築する事。

帰還はそれが可能になってようやく見えてくる難題だ。


だが、論点を整理する事でやるべき事ははっきりしてきた。

まずはこの奴隷たちの中から味方を確保する事だ。

言語が通じる相手がいるだろうか、そしてそいつは話の分かる奴であろうか。


不安要素は多いが、可能な限り早く始めねばならないだろう。

そして、武器の確保だ。

エンキを殺さねば今の身分からの解放はありえない。


拳銃では打撃にはなっても致命傷にはならない、もっと強力な武器がいる。

そういった物をこの廃都市から回収できる可能性はあるか、まずはそれを探るべきだろう。


それを手に入れ、隠匿し、来るべき時まで保持するためには共犯者がいるだろう。


「やはり味方が必要だね」


己の中で出た結論を簡潔に述べる。

簡単で単純な、しかし一番難しい命題にどう向き合うか。

何と言っても、彼らとは使う言語が違うのだ。


そう考えていた時、一人の男がパイプを片手にRの隣に無遠慮に腰を下ろした。


思考を中断されたRは思わず顔をしかめてパイプをふかしている男を見る。

だが、男の発した言葉でその顔はすぐに驚愕へと変わった。


「若いの、猿山の親分と対面した感想はどうだった?」


枯葉の燃えた匂いが周囲に漂う中、男は煙と共に口から英語を吐き出したのだ。


「……こちらの言葉が分かるのか?」

「ああ、大昔の映画を見るのが好きでね。趣味が高じてある程度は解せる、変な所が有ったらすまんがな」

「いや、問題ない。君の英語は流暢だ」


少し気取った風な口調が感じられるが、会話が成立する時点で誤差の範囲だ。


「仲間が欲しいんだろ?場所を変えよう、一人は目立つぞ」



言葉の分かる協力者の確保、それは相手の側から来訪してくるという形であっけなく解決した。





―――


場所を変える、男はそうは行ったものの、彼が連れてきたのはRのいた反対側の路地に面した廃墟の壁であった。


そこで遠巻きに炎を眺める集団の中にRは案内された。

男の言う所では英語が話せるのは彼だけらしく、他の者には後で自分で説明するという事だった。

彼の仲間という男達はRを一瞥したが、男が連れてきた客人という事もあってか、それ以降は特に何事も無く平然としている。


互いに輪の中で空いている壁を背に胡坐をかいて座り、握手しながら自己紹介を行う。

荒廃した環境だが、男の所作からは知性と教養が感じられる。

或いは自分と同じような境遇なのかもしれない。



「マクトーだ、クトーと呼んでくれ」

「僕の名前はR1039だ。よろしく頼むよクトー」

「ふむ…」


Rの言葉にクトーは難しそうな顔をして何やら唸った。


「何か気に障ったかな?」

「いや、その奇妙な名からして、本当に噂通り東の果て(エルク)から来たのだなと思ってな」


どうやら自分の素性は既に奴隷たちに伝わっているらしい、耳が早い事だ。

だが、だからこそクトーがこうして接触を図ってきたと考えれば怪我の功名かもしれない。


エルク、自身の故郷であるARK5は彼らにはそう呼ばれているらしいという事がこれで確定した。

最初にこれを教えてくれたのはゴミ漁り(スカベンジャー)のアスマだったが、奴は此方を裏切った。

ならばそこから得た情報は信頼性が足りない、もう一度精査する必要がありそうだ。


「悪気は無かったんだMr.R。失礼な話だがな、その名は目立ち過ぎる。良くも悪くもな」

「そうは言われても生まれてこの方これなんでね、そうすぐに別の名は思い浮かばないね」



事実だろう、しかしだからといって即座に偽名を思いつけるほどRは器用では無かった。


Rにとって名前とは十分な功績を上げた者に与えられる称号であって自分で勝手に名乗ったり、生まれつき持つ者ではないのだ。


本人が名乗りたい名が有れば、功績が認められた後にそれを名乗る事も許される仕組みではあるが、Rにはそこまでこだわる程欲しい名も無かった。


それに、たとえ文字と数字の羅列であろうと名前は名前だ。

Rは自分の名前に愛着を持っていた。

自分を生み出した共同体に与えられたこの名こそが自分に相応しいと誇ってすらいるのだ。

変える必要など無いと思える程度には、だ。


そういう意味で、実績も上げていないのにどいつもこいつも名を持っている地上の人間達は随分に贅沢な事をしているとRは密かに感じていた。


「そこでだ、ここにいる間だけの仮の名って事で、キルロイってのはどうだ?」

「……Kilroy was here 《キルロイ参上》? 」

「その通り、それとも名無し(ジョン・ドゥ)が良いか?」

「君らにとっては奇異だとしても僕にとっては立派な名前だ、名無しは御免だね」

「なら決まりだ、これからよろしく頼むぞ。キルロイ」


こうしてRはクトーから新たに地上における名を与えられた。

どこにでも現れる神出鬼没の男からあやかったその名は、果たしてRに相応しい物なのか、それはこれからの心掛け次第で決まるだろう。


「それでだ、キルロイ。これから俺たちはビジネスパートナーになるわけだが、何か聞きたい事はあるか?」

「取りあえず情報が欲しい、それとそっちの目的が知りたい」

「簡単な事さ、外に女を待たせてる。だから何が何でも帰る。それだけさ」


クトーはどこか疲れた顔で過去を懐かしむ様に笑いながら答えた。


「なるほど、利害は一定しているという事だね」

「ああ、あの猿を始末する。そして家に帰る、簡単だろう?」


嘘偽りのない本音である、そうRは判断した。

その身なりと表情から、ここでの過酷な労働の痕跡が確認できる。

エンキの部下たちの怠惰を見るにサクラだとしたら相当に忠誠心の高い男となる、それは無いだろうという判断だ。


「分かった、まずは互いの情報をすり合わせる所から始めようか」


炎の竜巻が荒れ狂う濁った暗い紫色の空の下、Rは初めて地上で味方と呼べる者を手に入れた。

アノマリーは基本的に人類など気にせずに荒れ狂う空間異常ですが、時には恩恵をもたらす事もあります。

今回の様な比較的に安定したアノマリーは生活インフラの一つとして利用される場合があり、文明を失った者たちには生命線となる事も時にはあります。


炎のアノマリーならば、光源だけでなく生活や生産活動への転用も可能であり、水系統のアノマリーが安全な水源となりうる場合もあります。


最も、空間が不安定化した結果としてのアノマリーという現象であるが故に常に暴走、消滅の危険性を孕んでおり、それに共同体が完全に依存した場合は遠からず破滅が待っているでしょう。


人の制御しうるものではない過ぎたるものがアノマリーであると言えます。

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