二十二話、烙印
生きてます、エタりません
今回は暴力的な描写が多めです、ご注意ください(この作品だといつもそうだと思いますが)
Rが反応する間もなく、エンキが向けた拳銃の撃鉄が落ちる金属音が室内に響き渡る。
一瞬の出来事が長く感じられる、などという事は一切なく全ては唐突に、一瞬であっけなく幕を閉じた。
結論から言えばRは生き残ったのだ。
引き金が引かれて尚、拳銃から弾丸が発射される事は無かった。
「ッ…!」
「おめでとう伊達男!おめぇも強運だなぁ!」
一同が静まり返った静寂の空間に喜色を含んだエンキの歓声が木霊する。
そして緊張から一転、緊迫した状況を脱して僅かな弛緩を起こしたRの腹部に強烈な衝撃が襲い掛かった。
意識が一瞬遠のき、だがすぐに内臓から発せられる鈍痛が感覚を再び現実へと呼び戻す。
痛みと共に襲い来る吐き気と悪寒をもたらした物の正体は腹に突き刺さったエンキの拳であった。
「ぐッ…!ぇあッ…!」
「痛いか?良かったなぁ!生きてる証拠だぞ!」
内臓を抉られた衝撃でえずき、力が抜けて体が地面へと崩れる中でRは思わず手の中に握りこんだタグを落としそうになる。
だが、どうにか意識を集中してそれを阻止しつつ、頭から崩れ落ちる。
「おめぇは運が良い、凄く運が良い。だがな、そんな運の良い奴だろうと俺はこうやって簡単に捻り潰せるんだ。どうだ?凄いだろう?これが力って奴だ!」
「ッ…!はッ…!あッ…!」
エンキは役目を終えた銃を地面に置くと終始機嫌の良さそうな口調で倒れ伏すRの頭を持ち上げ、万力の如き力で締め上げる。
「あッ!がぁあああッ!」
エンキの頭の締め方は少し特殊だった。
指全てで頭を包むのではなく、親指をこめかみに押し当てて全力で潰しに来ているのだ。
これが強烈だった。
こめかみに押し当てられた指が皮膚と骨を貫通して頭部を潰すのも時間の問題だとばかりに側頭部の痛みを増していく。
脚が勝手に暴れ、手がエンキの腕部を引きはがそうと叩き、或いは掴むが、そんな事はまるで気にも留めない様にエンキは力を徐々に増していき、逆にRの意識は耐えがたい痛みによって遠のこうとしていく。
頭が割れる様な激痛と共に、親指がゆっくりと頭蓋を砕きながら脳を貫く未来が幻視され、Rは痛みと恐怖に思わず絶叫する。
そんな悲鳴を上げるRにエンキは機嫌良さそうに声で問いかける。
「おいおい、まさかこの程度で壊れちまうつもりか?もっと長持ちしてくれよ、買うのに大金払ったんだぜぇ!?」
このままでは殺される、Rはそう確信した。
だが、同時にもう一つの事も理解してしまっていた。
少なくとも今すぐには殺す気が無いという事だ、エンキは時間をかけてゆっくりと自分を殺そうとしている。
地獄の様な痛みの中で手を抜いているのがRには理解出来た。
理解してしまった。
ボースの様な大男を簡単に投げ飛ばせる時点で相当な筋力を持っている、その気ならば最初の一撃で内臓を完全に潰せた筈だ。
その気ならば、もう自分の頭は砕け散っている筈だ。
強化外骨格とまではいかないが、それに匹敵する能力を持つ相手の握力に生身の肉体が持つはずが無い。
今、自分が圧倒的強者の嗜虐心を満足させるための玩具にされている事をRは激痛の中で理解していた。
完全な変異を遂げた重度汚染者の力がこれ程と予想以上だ。
この様な者達をのさばらせてはそれこそ人類の危機と言えよう、故郷のやり方は正しかったのだ。
薄れゆく意識の中であってもRの中にあったのは故郷への忠誠心であった。
そんな時だった、エンキの傍らにあった役目を終えた筈の拳銃が突然火を噴いた。
「ひっ…!」
「うおっ…!」
発射された弾丸は跳弾を繰り返して飛び回り、エンキの肌を僅かに掠めると後方で控えていた何人かの部下の近くに着弾して怯えた何人かに悲鳴を上げさせるという僅かな戦果を出して役割を終えた。
「おっ?おおっと?」
予想外の出来事が起きたという風にRの頭を締めていたエンキは意外そうな顔をしてRを放り投げると突然暴発した銃に視線を移す。
不意のアクシデントにより解放され、苦痛から脱したRの意識が鮮明になって戻ってくる。
そして、同時に湧いてきた物は既視感と違和感だった。
「なんで…二度も…」
「ん?二度目だと?」
二度も、荒い呼吸を繰り返しながら、そう思わずRは呟いたのをエンキは聞き逃さなかった様だった。
そう、これは初めての事ではない。
これで二度目なのだ、銃の遅発で死に損なうというのは。
一度ならばまだしも二度はおかしい、これではまるで何かに―――。
エンキの大声でRの思考は中断された。
「キド!不良品だ!この銃壊れてるぞ!」
「そんな筈はない。整備は万全にしているし、弾は全部俺の自作弾だぞ。不発だの遅発だのは命に関わるから絶対に出さん。それと俺の名はキッドだ」
エンキは現地語で借り主であるキドに抗議をし、それをあり得ない事だとキドは否定して見せた。
少しの間、エンキは眉間にしわを寄せて考えると、何か得心の行ったような顔で再び破顔した。
「ほうほうほう。 こりゃ驚いた。『二度も』と言ったな?おめぇは素晴らしく強運だ。分かるか?『呪われた糞』みてぇに運が良い。だからここまで生き残ってこれたんだな?」
再び英語に切り替えたエンキがRの短髪を無理矢理掴んで起き上がらせる。
そして立たせるや否や膝の裏に蹴りを入れて無理矢理膝立ちの姿勢に変更するとそのまま背後に回ってRの首を締めつつ自らもRの足の上に膝立ちの姿勢をとって体を完全に抑え込む。
「おい!焼き印持ってこい!こいつは潰さないで下に持っていく!」
現地語で発せられた命令をRは聞き取れなかったが、その後のエンキの部下たちの行動によって嫌でも理解する事となった。
「うっ!や、やめろ!離せ!」
「気が変わった。ペットとして飼ってやる。精々俺を楽しませてくれ」
脱出しようともがくRの耳元でエンキは楽しげにつぶやく。
そうしている間にもエンキ配下の男達がRの両手を抑えて完全に拘束し、赤熱した焼きごてを持って近づいてくる。
「つまりまあ、所有物には名前書かないとなぁ!心配すんな!『初めて』ってのは何事も痛いものさ!」
「ぐぅううう!あああああ!」
肉が焦げる音と共に左胸に激痛が走り、Rは限界とばかりに叫ぶ。
それでもなお、手の中にある戦友のタグを離すまいと握りつぶす危険を無視して強く強く握りこむ。
全てを失ったRにとっては最早これだけが故郷とのつながりを示すものだ。
エンキに気取られれば奪われてしまうだろうから決して手放せない。
「はいお疲れさん!これでめでたくおめぇは俺の犬だ。何日生き残れるか楽しみにしてるからな」
焼き印が押された事を確認するとエンキは一際愉快そうにRに心にもない労いの言葉を掛けると同時にRを地面に放り出した。
「最後に一つ、ここでのルールを教えておこう。ここでは俺が『神様』だ。分かったな?」
エンキは背後からRの眼前に回るとその前で座り込み、最初から最後まで変わる事の無い笑顔で―――しかし目だけは決して笑う事が無い―――そう告げた。
「ボース!連れていけ!場所は外の奴隷と同じ寝床!今日一日越せるか運試しと行こうか!俺をがっかりさせるなよ?」
エンキは言いたい事は全て終わったとばかりに立ち上がるとボースに指示を出して玉座へと戻り、深々と腰を下ろした。
「エンキ、俺も一緒にお暇させて貰う。銃と弾の検査と調整がしたい」
「ああ。また遅発なんて舐めた事が起きたらお前もお仕置きだからな、キド」
ボースとRの退席に便乗してキドもまた銃を回収してからぎこちなく歩く二人を背後から支えながら部屋を出ていく。
「さて、葡萄が酢になるかワインになるかだな。どっちだろうと喰らってやるけどな」
夕日の差し込む部屋の中でエンキは愉快そうに三人の後姿を見送った。
―――
耐え抜いた。
事を終えたRの中に残っていた思考はただそれだけであった。
理由はどうであれ、これからがどうなるのであれ、今日は何とか耐え抜いた。
痛みに耐えるRにとってはそれ以上を考える余裕は無かった。
残る思考能力で考えていたのは強いて言えば胸に押された焼き印の対処であろうか。
腰の巻いた布は不潔であり、半裸であるから火傷は露出したままだ。
このままでは化膿して最悪破傷風等の原因になりかねない。
消毒し、清潔な布で保護しつつ冷却を行いたいところだが、この場所にはそんな物は有りはしないだろう。
状況は最悪だ、あと何日生き残れるかすらも定かではない。
そして、その命の危機は既に迫って来ていた。
やはり人力らしく不安定に揺れるエレベーターから降り、玄関から外に出た時びは外は太陽が半ばまで沈んだ夕方であったからだ。
あの地獄のような夜が再び迫ってきているのだ。
外でたむろしていたエンキ配下の末端兵士達が次々と武器や道具を担いでビルの敷地内へと入ってきている。
「おい屑、てめぇはあっちだ。火がある場所に行け。奴隷共の寝床だ」
「……見た所、囲いも見張りも見えないんだが?」
「そりゃあそうだ、ここで脱走なんて出来ねぇからな。見張りなんて置くだけ無意味ってもんだろ?分かったらさっさと行け」
「待て待て待て!夜間に何の防備も無い場所で寝ろっていうのか!?」
「明かりはあるだろ?とにかく行け、精々頑張って長生きするんだな」
ボースは不機嫌な面でぶっきらぼうに答えるとRを柵の外へと追い出した。
そして、門を守る機関銃が中に仕舞い込まれると同時に入口の柵は閉じられた。
兵達は各々、ビル内部に入るなり、塀内の敷地で焚火をするなどして夜の準備を始めている。
キドに関しては外に出てすぐにどこかへ向けて歩いて行ってしまって既にいない。
自分専用の寝床があるようだ。
「くそっ!こんな所で食い殺されてたまるか!」
Rはボースに指さされたやたら煌々と光を漏らしている奴隷の寝床と呼ばれる場所に向けて歩を進めた。
周囲はいよいよ暗くなり、再び赤黒い空に覆われた暗い夜が再び訪れようとしていた。
エンキさんの宮殿と化しているビルはよくある雑居ビルをベースに考えています。
つまり、彼のいる部屋はオフィスを改造した感じで、邪魔な壁とかを取っ払って一つの部屋にして広くしてる感じですね。
描写的にダレるので省略されてますが、背後には護衛や経理などの裏方、身の回りを世話する召使いなどが控えています。
跳弾でビビったのはこの辺の人たちですね。
ミュータントが跳梁跋扈する廃都市という事もあって、支配地全体の防衛を捨ててビルの敷地内に兵力を集中して守りを固めているので周囲の防備はおざなりとなっています。
寝泊りも基本ビル内、或いは敷地内にする事で相応の安全性を確保する形になっています。
偉い人ほどまともな階で寝れるという感じですね。
ビル内部には一階丸ごと使った闘技場などもあるので追々出していくと思います。




