二十一話、瓦礫の王
なんか書いてたらサクサク出来たので投下
深夜のテンションなので練り込みが足りないかもしれない
エレベーターは金属の擦れる音をたてながら、若干左右に揺れつつ一定のリズムでゆっくりと上に上昇していく。
やはり電動ではない様であり、少し動くと止まり、そしてまたすぐに少し動いては止まるという動作を繰り返している。
恐らくは人力でエレベーターの籠を上に上がる様にどこかから引っ張っているのだろう。
もはや自力で閉まる事も無いエレベーターの籠は扉が開きっぱなしになっており、目の前では無機質なコンクリートの壁をせり上がり続けるという光景がただ続いている。
時折、別の階に到達する事はあっても部屋側の扉が閉められている事もあって中を覗く事は出来ない。
おそらくはボロボロで使用せずに放棄されているのだろう。
ここでRは再度考える、これからどうなるか、誰に会うのか。
ボースに聞いたところで答えるわけがないだろう、だが知る術が無いわけではない。
こういう時は相手の顔と仕草を見るのが一番だ、本人が隠しているつもりでもこれから不可避の事象と相対する時は顔や体の動きに感情がこもる。
特に相手を嫌悪している場合や恐れている時は尚更だ。
隙を見せない為に頑なになる、顔が歪む、震えを抑えられなくなる、人によってそれぞれだがそこから読み取れるものがある。
正規兵を恐れている市民兵達と親しくするために長く接してきたRはその微細な機微を読み取るという作業に対して一定の熟達に到達していた。
そうした観点から見たキドとボースの表情と仕草からRはあまり良い物では無いと理解した。
キドはサングラスで隠されて目を見る事は出来ないが、これまでのどこか気楽さすら感じてさせていた表情から余裕が消えている。
これから会う人物がよほど曲者なのだろう、口を固く結び、覚悟を決めている様に見える。
一方のボースはと言えば、やはり表情は渋い。
震えてこそいないものの、何か嫌な心当たりでもあるのか顔から冷や汗が幾筋か流れている。
ならば自分も覚悟を決める他無い。
それ以外に出来る事も無いのだから。
Rはそう考えると、これまで誰にも盗られぬ様に左手に握りこんでいた亡き戦友のドッグタグを再度強く握りしめた。
―――
エレベーターは目的の場所に到達したのか、とある階の扉の前でその動作を停止した。
正直な所、どう言う仕組みかは分からないが人力であるのは確かであろう事から早く降りたいの実情だ。
ここに到達するまで何分もかかっている事から、相当な高さまで上っている事は確実だ。
であれば、何かしらの事故で籠が落下すれば全員仲良くミートボールになる事は避けられないだろう。
「着いたな。ボース、全部あんたのやらかした事だ。手を貸さんからな」
「チッ…、分かってるよ」
現地語でキドとボースは短い打ち合わせを行う。
Rは聞き取る事は出来ないが、それが到着の合図だと理解した。
一瞬の後、閉まっていた扉が向こう側からこじ開けられ、ようやくコンクリートの壁以外の景色が目に映る。
若干埃っぽいが、それでも整備が行き届いた場所のようだ。
扉を開けた男達はそのまま無言でR達とは違う方向に去っていく。
下男用の控室でもあるのかもしれない。
ここは到着地点だがゴールではないらしい、無言のまま一同は更に少し歩いて大部屋へと続く扉を開ける。
此方が終点だろう。
扉を開いて映った光景にRは一瞬驚いた。
そこは今までの興廃した世界が嘘の様な整った広い空間だった。
壁紙は綺麗に張り替えられて穴や汚れは殆どなく、天井には燭台を大量に乗せた洒落たシャンデリアが蝋燭を燃やして煌びやかに輝いている。
扉から対面にある窓はガラスが一枚も割れておらず、降り注ぐ日差しを反射して光をまき散らしている。
そして驚く事に、この状況で部屋は暑くない。
どうやら空調設備が生きているようだ。
エレベーターが死んでいるというのにこちらの空調が生きているという事はこの階だけ何かしらの電力を確保しているという事だろうか。
一つ言える事は、ここだけは未だに文明の名残が大きく残っているという事だ。
恐らくは窓ガラスが無事なこの部屋に資材をすべて投じてこの宮殿と言っても良い快適な部屋を作り上げたのだろう。
右の壁にはこれまでの狩りの戦果か、木枠を台にしたミュータントや人間の首の剥製が所狭しと飾られている。
Rも目撃した事の無い新種もここでは珍しくないという程に多く存在している。
左の壁には対になる様に略奪の成果と思われるものが所狭しと陳列されている。
見覚えのある市民兵の迷彩服や銃から博物館で飾ってありそうな年代物の武器や備品や貴金属、甲冑や兜の様な物から宝石、木製のバットまで無造作に備え付けられた机などの上に飾るというよりは放置されているといった具合に並んでいる。
そしてRの正面には、豪華な椅子に座ってくつろぐ一人の男がいた。
正確にはその周囲にその男に従う従者や護衛や配下が複数存在している。
だが、問題になるのは目の前の男だけだ。
部屋に入ったばかりの位置からでは陽光の逆光でその姿を窺う事は出来ないが、Rにそう思わせるだけの圧をその男は持っていた。
「ボース、随分と遅いじゃねぇか」
男は椅子に深く座り、脚を組み、顎を握った両手の上に置きながらRにも理解出来る言葉でボースに語り掛ける。
英語だ、奴は英語が使える。
Rはその男が自分の身内からの出である事を理解した。
考えうる限りではやはり市民兵だろう。
そしてボースの様な人間を従えるとなれば屈強な筈だ。
ボースと同程度か、それ以上の図体と暴力性を持っているかも知れない。
Rは覚悟し自分を引っ張るボースの後に続いた。
「すいませんお頭、ちょっと色々とあったもんで…」
「ほうほう、それは俺の玩具に先に手を付けたりするので忙しかったのか?ん?」
「……ッ!」
その言葉と共に男は立ち上がり、ボースはびくりと体を震わせて歩を止める。
まだ部屋の中程で男の前までは到達していない。
だが、向こうから歩み寄ってくることもあってその全貌を見るには十分だ。
逆光が消えた事で男をしっかりと見ることが出来たRは再度驚いた。
想定に反して大柄ではないという事、そして毛深い金茶色の毛が全身を覆う猿顔の男である事に驚いた。
多くの従者にかしずかれながら支配者然とした姿からは一種の威厳は感じられるが、見た目だけで見ればボースの方が遥かに強そうに見える。
だが、ボースの声音は弱々しくなり、狼狽えている様にすら見える。
そう、後ろから見ているRからでも見て取れる。
冷や汗を顔中から垂らし、僅かではあるがボースは震えている。
これは…恐怖だ。
あの自分を叩きのめした大男が自身よりも小柄な猿の様な男に明確な恐怖を抱いている。
対する猿の様な男は笑っている。
無邪気に、邪悪に、獲物を前にした捕食者の様に、悪意を隠す事の無い狂暴な暴力に慣れ親しんだ者だけが作る事の出来る嗜虐心に満ちた笑みでボースの前に立ち、その顔を下から見上げる。
「そいつの鎖を離せ」
ボースは言われるがままにRの手枷にから伸びていた鎖を投げ捨てる。
キドとの悶着の様な反論を一切行わずに酷く従順だ。
「さて、俺の玩具に先にぶち込んだ分だけお仕置きだな」
そう言うや否や、ボースの体が大きく浮いた。
いや、浮いたという程度の物ではない。
気付けばボースの体は天井に叩きつけられていた。
何が起きたのか、Rには理解できなかった。
ただ、猿顔の男が右手を上に掲げていた事から、ボースを上に投げ飛ばしたという事だけは察する事が出来た。
筋肉の塊である巨漢の男が体格差のある小柄な男にいともたやすく投げ飛ばされるという目の前の減少にRは脳の理解が追い付かないでいた。
「おい、いつまで寝てるんだ?今のじゃ一発分には足りねぇだろ?な?」
一瞬の後に天井の埃をまき散らしながら落ちてきたボースの頭を両手で掴み、至近でそう猿顔の男は問いかける。
「もう一発行ってみようぜ」
Rがその言葉を聞くのとほぼ同時に、地面に倒れ伏したボースの巨体がブーメランの様に軽快に回転しながら再び空を舞い、Rの背後の壁に叩きつけられる。
今度は回転を加えて投げ飛ばしたようだ。
体のバネを利用しているとか小細工を利用したものではない、猿顔の男は明らかに腕力でボースを投げ飛ばしている。
ここに来てRは徐々にそのからくりが分かって来ていた。
この男は恐らく―――
「キド、お前もお仕置きがいるんじゃないか?」
Rが結論に至ろうとする中、猿顔の男はキドに向き直り、問答を始めた。
今度は現地語であり、Rには聞き取れない。
「エンキ、俺はあんたから確かに『玩具』の護衛の役目は貰った。だがボースの面倒まで見ろってのは契約外だろ?」
「口答えする気か?」
「そもそもだ、誰のおかげでこいつを見つけられたと思ってるんだ?俺がツテを頼って情報を拾ってあんたに教えたんだ。俺がいなければそもそもこいつを拾えてないんだぞ?」
エンキと呼ばれた猿顔の男は一瞬考えこむように右手で顎を撫でながら思案する。
「……なるほど、一理あるな」
「それでも一発喰らわせたいというならば契約はここで終了だ。俺は自衛の為に全力でやらせて貰うぞ」
「良し分かった、お前の言い分が正しい。追加の礼もしよう、これからも頼むぞ」
腰の拳銃に手をかける素振りをして牽制する中でキドの行った交渉は功を奏し、制裁から逃れることに成功した様だった。
キドの肩の力が抜けた様にRには感じられた。
「ところでだ、手間かけたついでに銃を貸してくれないか。心配するな、お前には使わねぇ」
「それは良いが、壊すなよ。俺の商売道具だ」
エンキから害意が消えたと判断したキドはそのまま腰のホルスターからリボルバー拳銃を一丁、エンキに手渡す。
「ボース!俺からの制裁はこれで終わりだが、ケジメがまだ済んでないぞ。お前はどうしたい?」
エンキはキドからボースに向き直ると英語で語りかけながらRの脇をわざと通り、未だに地面で倒れているボースの前でしゃがみ込む。
そしておもむろに拳銃から二発の金属薬莢製の弾丸を抜くとそのままシリンダーを回転させてからボースに手渡す。
「確率は3/5!これに生き残れたらてめぇのケジメは完了だ!やれ!」
それまでの乱暴な体罰に加えて理不尽な命令、温和な者でも怒り狂ってもおかしくない、ボースほどの者ならば逆上してこのままエンキに引き金を引くであろう状況。
しかし、ボースは反抗する素振りなど見せず苦し気に立ち上がると未だに座り込んだまま自身を見上げるエンキの前で銃をこめかみに押し当てる。
眼の前でそんな信じられない光景が繰り広げられる中でRはしかし、自身の推論が正しいという確信を得ていく。
もしそれが正しければ、ボースの様な男であっても抵抗出来る筈がないからだ。
「グッ!」
顔をこわばらせ、短く言葉を漏らすと同時にボースは引き金を力の限り引いた。
結果としては乾いた撃鉄が動く音の後には何も起きず、血管の浮き出たボースの頭が吹き飛ぶことは無かった。
彼は3/5の幸運を引き当てた。
ケジメは終わり、生き延びる事が確定したのだ。
「やるじゃねぇか!ボース!おめぇはやっぱ運が良い!」
緊張の糸が切れて項垂れるボースから拳銃を取り上げるとエンキは機嫌良さそうにボースの肩を叩きながら歓声を上げる。
「見てたか新入り、これが運の力って奴だ。感動しただろ?これがねぇ奴は何やっても駄目なのさ、強い奴ってのは大なり小なりそういう物を持っている」
ボースから興味を無くしたのか、エンキは次はRへと両手を広げた大袈裟なポーズをしながら向ってくる。
いよいよ標的が自分に向いた事でRの内に焦りが生まれ、自然と握っている戦友のタグを更に強く握りしめてしまう。
「だけどなぁ、真の意味で、本当に強い奴は運すらもいらねぇのさ」
エンキはそう言うとRの目の前で自分のこめかみに拳銃を押し付けて見せ、更に何でもない事であるかのように引き金を引いて見せた。
案の定、撃鉄の動く音に続いて銃は火を噴き、弾丸がエンキの頭部を貫いた―――筈だった。
「ハハハ!ハハハハハ!この通りさ!本当に強ぇ奴には運なんていらねぇ!そもそも死なねぇからなぁ!」
牙を剥き出しにし、目を爛々と輝かせながらエンキは笑い狂いながらRにクスリでもキメている様に語りかける。
こいつはもう比喩抜きに人間ではない。
地上人だとか純粋な人類だとかそういう枠ではない、化け物だ。
側頭部から流れ出すある物がRの仮定が正しかった事をはっきりと理解させた。
流れ出る血は紫ではなく純粋な青い色、彼らが悪魔憑きと恐れるソレの血の色であった。
Rから見れば重度汚染者、人としての形と精神を維持できるはずが無いその状態でエンキは人としての最低限の形と精神性を維持していた。
狂暴なミュータントの力を人間が理性を維持したまま持っている。
こんな化け物には普通の人間が太刀打ちできるわけがない。
それは自身の圧倒的な力を、絶対性を、そして不死性をRに心の底まで深く刻みつける為の一種の儀式であり、洗礼であった。
Rは理解したのだ。
現状で、いや今後どの局面に至っても何かしらの相応の手段を用意せねばエンキに歯向かう事など不可能だという事を頭ではなく魂で理解させられたのだ。
「さて、ボースには運があった。そして俺には運などいらない力がある。お前は、どうなんだ?」
呆然としつつもそれでも対策をせねばならぬという不可能な問いに頭を空転させていたRに向けてエンキはおもむろに拳銃を向ける。
「お前はどっちだ?試してみようぜ」
Rが反応する間もなく、エンキは拳銃の引き金を引いた。
という事でようやく一章の舞台とボスが出てきた感じとなっております。
以前紹介した通り理性を維持した悪魔憑きという要素をようやく出せた感じです。
エンキさんのモチーフは猿鬼と孫悟空(西遊記)という感じですがなんか書いてたら原型が無くなってしまった。
基本的に文明的な所に行くまではほぼボースくんやキドくんに、こういう頭おかしい人達しか出ません、悪しからず




