三話、地下へ
PIXIVにおいては一話分だった話を前半探索パートと戦闘パートの二つに分割しています。
Rとフランシス両名と先遣分隊は銃を構えてゆっくりと下に向かって続く洞窟を進んでいく。
洞窟に差し込んでいた日の光は入り口の僅かな範囲で途切れ、洞窟の中にはフランシスの装備した銃とヘルメットに付けられたライトの光を除けば完全な闇だけが広がっており、足元すらも見通せない。
地下へと続く緩やかな勾配を下る度に敵の胃袋に入り込んでいるような、或いは地獄へと進んでいるような錯覚すらも覚えてしまう。
厄介な地下、そして敵地への侵入に自然と緊張感が湧き、心拍数が上がってくるのを感じる。
(落ち着け、常に冷静であれ。だ)
「暗視モード起動」
その不安を振り払うようにRはヘルメットの視界を暗視モードに切り替えるべく小声でつぶやく。
外骨格のシステムが音声入力を読み取ると黒に塗り潰されていた視界が緑色に変わり、視界が急激に広がる。
緑に染まった高い天井と広い幅のある壁は土と石が剝き出しになっているにも関わらず、どこか整備され塗り固められている様に見える。
洞窟はまっすぐとは続いてはおらず、まるで遠回りでもするように左方向に緩やかに長い螺旋を描く様に蛇行している。
「フランシス、無理に周囲を警戒する必要はないよ。今は僕についてくる事に集中してくれ」
そう短く指示を与えるとRは洞窟の出口を求めてゆっくりと下に向かっていく。
順路に従い、蛇行した螺旋状の道を左に曲がって少しすると不意に視界の左側にぽっかりと空いた広い空間が目に飛び込んでくる。
部屋から洞窟内に向って僅かながら土砂が崩れた形跡が残っている。
恐らくは隠し部屋だったのだろうか、丁度あのドラゴンゾンビが収まるぐらいの大きさの小部屋だ。
奴はおそらくここに眠っていたのだろうとRは推測した。
そして、調査隊の侵入に反応して偽装された壁を破壊して出てきたのだろう。
また、不思議な話だが、多少無茶をしてもこの洞窟は崩れ落ちては来ないように思えた。
更なる脅威が潜んでいないか強化外骨格に搭載された聴音、動体反応、熱探知、各種センサーを動作させ小部屋の内部を探査するも、既にそこには何も残っていないようだった。
(これがレムナントどもの作った物ならば考えるだけ無駄か、あいつらなんでもありだからな…)
無言で天井や壁を見上げながらRは一人頭の中でぼやく。
地上に重い建造物がある状況で隠し部屋などの複雑な構造を持ちつつ螺旋状に作られた地下へ向かうこの洞窟は崩落も地下水の浸食も受けず、健全性を保っている。
ドラゴンゾンビの様な「本物」の怪物が徘徊していた以上、ここが敵文明の残留兵士、レムナントに関連のある場所である可能性が高かった。
となればこれも何かしらの魔法或いはエーテルによる補助で土を固着しているのだろう。
これまで何度かレムナントの痕跡が残る場所を探索した事がRにはあったが、そこでは一般的な人類の常識を無視した造形の物体や技術の名残を目撃する事が多かった。
エーテルを媒体とした魔法を用いて物理法則を平気で無視してくる存在が作った物である以上、こちらの常識は通用しない。
それらについて考える事をやめて目の前にそういう物がそういう状態で存在しているとなれば受け入れるしかないと思い始めたのはいつからだったか、今となっては思い出す事も出来ない。
まだ他にも半死半生の怪物が潜んでいるという前提で考えねばならない事がRを緊張させる。
不十分な装備と相手の待ち構える領域という不利な状況での戦闘の可能性が高まり、己が委縮している事を理解したRは無意識に自身の構えるアサルトライフルのアンダーバレルに装着された青い燐光を放つ拳銃型の兵器に目を移す。
突き出た真空管の様な物体やチューブの様な物が銃のフレームにのたくるそれはエーテルを帯びたプラズマ弾を発射出来る最小の兵器であるプラズマピストルだ。
歩兵でも保有出来るそれは通常の銃弾では有効な打撃を期待出来ないレムナントに対する有力な切り札となってくれる筈である。
レーザーに比べると初速の遅さによる命中率の低さや炸裂時の誤爆の危険性がある諸刃の剣ではあるが、歩兵用高性能火器の技術が失われた現在ではArkの歩兵に最も多く配備されているプラズマピストルは対レムナント戦における重要な兵器だった。
その銃身や所々から突き出た真空管めいた物体から漏れるエーテルが含まれている事を示す青い輝きに鼓舞されてRは再び地下へと歩み始める。
同行している分隊も小部屋の存在を確認したが、各種センサーに反応が無い事から調査は行わずに地下を目指して進んでいく。
――そんな彼らをあざ笑うように、先行部隊が通り過ぎて行くのを一瞬、洞窟の壁面から浮かび上がった黄色い巨大な蛇の様な瞳が捕らえ、再び壁の中に消えて行った。
―――
洞窟の出口である地底に向けて歩き始めて幾ばくかの時間が過ぎ、徐々に土と岩以外の物が視界に入り始める。
通路は半ばから蛇行していた道が終わり、出口まで直線な道に変わっていく。
出口と思われる場所からは僅かながら光が差しており、鉄道の通路と思しき人工の石で舗装された地面が僅かながら確認出来る。
だが、その周囲にはまた違う物が存在している。
直線の道になった洞窟の半ばから底の出口までの間に奇妙な鎧を着用した巨大な亡骸がいくつも転がっている、体長は平均的にはおおよそ2m弱程だろうか、大柄の者が多く、重強化外骨格 と同じかそれ以上の体躯の者すら混じっている。
亡骸は人と同じ二足歩行型の生物だが、その体つきは人のそれよりも大きく、戦闘のよるものか、経年劣化がそうしたのか多くの鎧や装備は魔法の加護を失って錆び付き欠損しており、その鎧の下からは皮膚や体毛を持っている者もいれば、それらの代わりに鱗の様な物が体を覆っている者もいるのが見て取れた。
顔つきは差異が多く、人に近い者もいれば、人というよりはトカゲに近い様に思える者もいる。
だが皆、共通点として大柄で筋肉質、体には鱗や尻尾が有り、頭には人のそれとは違い二本の捻じれた角が生えている。
角と言っても様々だ。
小さい角が僅かに飛び出ているという程度の物もいれば、大きく太い二対の角が顔の前方に向けて捻じれながら突き出ている様な者まで存在している。
長い年月を経て干からびた顔も相まって、鬼というよりは悪魔に近いであろう風貌に見える彼らを何かしらの名で呼ぶとしたら竜人とでも言うべきだろうか。
それらの姿は教本に書いてあった敵対文明の兵士達の姿の幾つかに酷似している。
剣と鎧という明らかに時代錯誤な装備でありながら、魔法という未知の技術を用いて作られたそれらは人類の兵器を尽く圧倒し、人類の生存圏をゆっくりと削り取っていった。
そんな彼らはしかし、その技術を元に人類が開発した決戦兵器による捨て身の反撃により人類諸共滅びていった。
見方によってはここは彼らのカタコンベとも言えるのだろう。
「ここは避難場所みたいなものだったのか…?皆死んでるな…」
「死んでる?何がですかい旦那?」
そこでRはフランシスが暗視装備の類を持っていない事を思い出した。
ライトだけを頼りに進む彼は底が近い事は認識しているようではあったが、近くに異文明兵士の死体が転がってるなどとは夢にも思っていないようだった。
消耗品前提の市民軍には装備の鹵獲や持ち逃げを想定して最低限の装備しか支給されていない。
主な武装はセミオートのコンバットライフルやフルオートながら精度の悪い短機関銃、性能は優秀だが移動が困難な旧式の水冷式重機関銃や小・中口径迫撃砲等の地上で戦う為の最低限の武装は渡されるが、暗視装備などの高価な装備はほぼ支給される事は無い、例外としてガスマスクは全員に支給されるが、彼は戦闘中の混乱で落としてしまっている。
「ああ、ごめん。暗視装備が無いんだったね、ほらそこの奴だよ」
そう言いながらRはフランシスの銃を掴むと竜人の死体の一つに向け、取り付けられたライトで照らし出す。
「うわっ!なんですかい、こいつは!?」
「大丈夫、もう死んでる筈だよ。『起き上がる』可能性もあるけど触らなきゃ大丈夫だ」
驚くフランシスをRはなだめて落ち着かせる。
その言葉に冷静さを取り戻したフランシスが自身の短機関銃に付けられたライトで死体を照らしながら声を潜めてRに近寄り質問を行う。
「こいつら、戦争中俺達の御先祖に勝ってたんですよね旦那…?なんでこうも死んでるんで?」
「今の大気中のエーテルの量だとこいつらが生存するには薄すぎたらしいってのが仮説として有力だね、僕達が生きるにはそれでも濃すぎるぐらいなんだけど」
「攻めてきた奴らは皆死んだんですかね…?」
「殆どの敵は空間門崩壊時に撤退したとも言われてるけど、逃げ遅れた連中の末路はこれなんだろうね」
竜人達の殆どは干からびたミイラの様になっている。
落ちくぼんだ瞳は乾ききり、もはや何も映す事は無い。
だが憐れみを覚える事は無い、侵略者には相応しい末路だとRには感じられた。
「進もう、目的地はまだ先だ」
フランシスに前進を促しながら、この生物のカテゴリーをファンタジーとコズミックホラーのどちらに括るべきかとLや小隊長に持ちかけたらちょっとした議論になるだろうなと意味を持たない考えがRの脳内を流れていく。
平時における大気中の残留エーテルが少ない今の世界では彼らは生存に必要な量のエーテルの満たされた空間に留まるか、不足分を何かしらの方法で補給しなければ長期間生存する事が出来ない。
エーテルは魔法の触媒としてだけでなく、彼らの生命維持にも必要な元素と化しているらしかった。
それ故に彼らは戦争中、占領地域のエーテル濃度を徐々に濃くしながら人類の生存領域を削り取っていった。
初戦において惨敗を喫した人類がその後20年近く戦い続けられたのは、ひとえに彼らがこちらの世界をすぐに汚染・占領する事が出来なかったからだ。
この世界にはエーテルは本来存在しえない、仮に存在してもエーテルは少量では熱された鉄板の上で蒸発する水の様にすぐに霧散して消滅してしまう。
エーテルの名はまさにこの世に有らざる存在であり、消えてしまうという性質から来ている。
ある意味で我々の住む世界そのものが彼らを拒絶してくれたからこそ人類は未だに存続しえているのだ。
そんな性質だからこそ、常に低濃度ながらエーテルが常在する現在の状況はまさに異常事態と言っても良かった。
「む」
視界にとある物が映り込み、周囲を警戒しつつも続いていたRの思考は中断する。
同時に先遣隊もそれを発見して行進を止める。
Rは装甲ヘルメットの中で顔をしかめ、だが、すぐさま小隊長への連絡を行う。
同様に先遣分隊も中隊長に連絡を入れているようだ。
「02から01へ、多数の敵文明兵士の死体を確認。『起き上がる』可能性がある為、通り掛けに処理願います」
「了解した02、放置して退路を塞がれても面倒だからな。それと、その様子だと他にも何かあるんじゃないか?」
僅かに変化したRの声から何かを察したジョンソン少尉が更なる言葉を続ける様に促してくる。
敵兵士や長期に渡ってエーテル汚染された人間は一度死亡しても「起き上がり」と呼ばれる再活性化現象、要するにホラー映画のゾンビの様な物に変化して襲い掛かってくる危険性が有り、銃弾や炎でもって例外なく再活性化不能処理をするのはR達の所属する地上遠征軍では半ば常識となっていた。
それにも関わらず自ら処理を行わずに通信を送ってきた事に小隊長は別の意図が有る事をすぐさま理解したようだった。
「……。敵の死体に紛れて調査隊と思しき遺体も混じって来てます、潰されない様に脇にどけますので多少時間をいただきたいのですが」
「分かった、少佐にもそう伝える。遺体が起き上がる可能性を考慮し、油断はするな。交信終了」
洞窟の終わりがいよいよ近づく段階に入り、敵の死体に混ざって強化外骨格を装備した調査隊と思しき遺体も目につき始めたのだ。
それも一人や二人ではない、数十人単位で倒れている。
想定内の状況ではあったが、それが現実だと確認する作業は苦痛を伴う。
背後から響く敵兵士の死体に重強化外骨格の右腕に装備されたガンポッドの12.7mm重機関銃弾が叩き込まれる音を無視しながらRは遺体に近づき、まず遠巻きにその様子を確かめる。
表示されるステータスは全て死亡となっており、皆何かに切り裂かれたか、貫かれた様な傷を負って事切れている。
原型を留めいている物も有れば、細断されている物もある。
共通しているのは皆、鋭利な刃物で切り裂かれた様な傷と装甲を割かれた跡が目立つ事だった。
そして死体達にはもう一つの特徴があった。
人のそれとは異なる歯形だ、何かの噛まれた後があるのだ、だが肉を食う目的では無かった様で噛み跡はあれど食いちぎられた形跡は少ない。
何がその様な行いをしたか断定する事は出来ないが、機関銃弾すらも耐える強化外骨格の装甲をたやすく切り裂き血を啜る何かがこの場所にいる事は確かだった。
少なくとも、その残された痕跡がドラゴンゾンビによる攻撃でない事を示していた。
「フランシス、警戒を厳に。これをやった奴は恐らくまだ近くにいる」
「了解です、旦那。でも警戒たってどうすれば良いんで?」
「目で見て耳で聞いて肌で気配を感じ取る、敵がいると思ったらそこに向って9mm弾をばら撒いて構わない、僕らの強化外骨格の装甲ならばどこに当てようとその弾じゃ通らないからね」
Rはそう言い含めながら遺体に近寄り、更に詳しく調べ始める。
強化外骨格ではなく化学班が着用する防護服を着ている者が多い。
武装は拳銃程度か、或いは火器を装備すらしていない、おおよそ戦闘には役に立たないであろう工具や研究機材を握りしめて事切れている者すら存在する事から大半が調査隊の技術者や科学者達なのだろう、所属や派閥が違えど技能持ち人材の死はArk5にとっては痛い損害だ、その事実にRは気が重くなるのを感じた。
「タグは回収してやるから、起き上がらないで眠っててくれ」
Rはフランシスに周辺警戒を任せつつ、一人一人の胸や腰の収納ボックスを探り、認識票を回収すると後続の重強化外骨格に踏みつぶされない様に洞窟の端へと遺体を引き摺っていく。
そして、運ぶまでもないバラバラにされた死体は気が引けるが端に放り投げていく。
先遣分隊も同様に敵兵士の成れの果てが起き上がらないかの確認後にタグを回収して遺体を洞窟の端へと動かしている。
恐らく、帰りの便もやってくる迎えの数は行きと大して変わらないだろう。
ヘリの着陸可能地点からも遠く、輸送手段も限られることから遺体や装備はあまり回収出来ないと思われた。
ならばせめて仲間に踏み潰されない様にはしてやりたかったのだった。
本来ならば遺体も装備も可能な限り全て持ち帰り、遺体は汚染除去後、葬儀を行い有機分解、装備は可能ならば修理して前線へ再復帰、不可能ならば部品取りに回される事になっている。
今回の場合はそれは叶わないだろう、撤収時に現地人に鹵獲される事を防ぐ為にプラズマランチャーで全て灰にする事になるだろう。
遺体の回収が不可能ならばせめてタグだけでも回収してやるのが同じ故郷を持つ者の礼儀だとRは日頃から考えていた。
そうしてタグを回収しつつ進んだ洞窟の出口にはフランシスの情報通り、旧時代の地下鉄と思しき人工の建築物が存在していた。
それまでの暗闇と岩と土の壁だけ世界に人工の構造物とそこに差し込む自然光が映り込む。
暗視機能を使わなくても周囲が見渡せるほどの光が入り込んできているのか、昼間には機能を停止する様に事前に設定されていた暗視機能が自動で終了して視界が緑一点から明度が調整されているものの、本来の色へと戻ってくる。
「光?なんで地下に?」
不思議に思ったRは光源を探して天井に視線を移す。
かつて天井が有ったと思しき場所は穴が開いて空が見えている。
そこから太陽光が漏れ、地下鉄の天井を支える等間隔に置かれた円形の支柱が光の加減からかまるで朽ちた神殿の支柱の様な荘厳さを見せている。
恐らくは地下一階か二階ぐらいの深さだろう、横幅が広いそこは乗り場へ向かう為の通路だった様に見えた。
「崩落したか、意図的にやったか…どっちかは分からいないけど崩れそうにはないな」
Rはそれだけを確認すると光の漏れる天井から目を離し、周囲を見渡す。
洞窟の出口は横に伸びる通路にぶつかっており、T字路の様な形になっている。
左に向う通路は崩落して塞がっており、右側にしか進めない。
その通路からは電車の路線へ向かう為の改札やかつて駅に併設された商店が並んでいたと思える長い通路が続いている道などが見て取れる。
薄暗いが陽光と装甲ヘルメットの明度調整機能のおかげで暗視機能を使わなくても一応の視界は通る、そんな塩梅だ。
そして、その通路の一角には上から漏れる光の筋に照らされた巨大な鎧を着込んだ騎士が鎮座していた。
半ばから崩壊し、上階への通路としての役目を果たせなくなった階段の中ほどの段差に腰を掛け、大剣を抱き抱える様に座り込むそれはある種のオブジェの様にも見えた。
その段差の一段下にはその騎士を守る様に左右に向かい合いながら片膝をついて跪いた二体の騎士が同じく鎮座している。
まるで社を守る置物か神体の様であり、この地下の通路はそれらを祭る祭壇のような雰囲気を醸し出していた。
天井から零れる光の筋は、周囲を照らす以外には彼らを照らす為に存在する様に騎士達に降り注いでいる。
どうやら、太陽がどの角度に有っても空にある内は彼らに光が当たる様に計算して天井に穴が開いているらしい。
奇妙で不可解な話だが、目の前に存在している以上は受け入れるしか無かった。
そして、もう一つ。
その祭壇、つまりは階段の下に広がる広間には多数の調査隊と思しき死体が機材と共に転がっていた。
まるで、彼らに捧げられた供物の様に。
地下の奥で見つかったこれら戦中の遺物と失踪した調査隊の末路、この二つからRはある結論に行きついた。
同時に嫌な予感も強まっていく。
「この感じだと詳細は伝えられなかったけど、調査隊が調べてたのはアーティファクトかな…。道理ですぐに救出隊を送らなかったわけだ」
「アーティファクト?」
Rの独り言にフランシスが反応する。
「まあ、かなり大雑把に言うとお宝だね。敵文明の遺物でこっちの装備よりも優秀な物が多いから解析する為に最優先で回収してるんだ。あそこにあるのは、凄く保存状態が良い」
言葉を続けながらRは周囲を見渡しながら歩き続ける。
「見た感じから分かるけど、あいつらは敵文明の上級兵士、つまり騎士だ。僕も遭遇した回数は少ないけど、装備の保存状態も良さそうだし結構な値打ちの物みたいに見え…」
その言葉にフランシスの動きが止まり、足音が止まった事を悟ったRは振り返る。
フランシスは立ち止まり、騎士達に熱い視線を送っている。
何やら良からぬ事を考えているのか、目に今までと違う野望の光が帯びられているのが感じられた。
「いや、辞めといた方が良いと思うよ?調査隊がこうなってるって事は十中八九この現場ヤバいから」
「と、いうと?」
「ここの死体、多分まだ何人か生きてる」
「へ?」
矛盾する言葉にフランシスは間の抜けた声を上げ、それを見越してRは説明を続ける。
「朝のドラゴンゾンビと同じだよ、無駄に頑丈な体してるから死んでも死にきれずに生者を貪る化け物みたいになってるのが結構いるんだ、まさに過去の亡霊にして残り物、つまりレムナントってわけさ」
恐らく隙さえあればアーティファクトの欠片の一つでもくすねて一儲けしようとでも考えたであろうフランシスをRは窘めつつ、不用心に荒らしまわる事の危険性について説明する。
「僕の予想だと多分まだあいつらは生きてる。下手に触ると動き出してバッサリやられるかもしれないよ、小隊長達や歩兵中隊の連中に処理して貰うのが一番だ。僕らはタグ回収と生存者の捜索を続けよう」
外でやらかしたのはドラゴンゾンビとして、この中での惨劇を起こしたのがあの三体だけであるならば、生前は相当の技量だったのだろう。
最初に彼らと接触する役割は与えられたくない。
口頭で警告だけ行うとRは今まで続けてきた作業を駅の通路内でも開始した。
フランシスの出来心を特に怒る気も起きない。
彼ら地上人に対する自分達の扱い方からすればそういった出来心は仕方の無い事だと思えてしまったからだ。
人が他者を裏切るのに特段の理由は必要ない。
元々の待遇が悪ければ目先の利益や唐突に湧いた野心に目が眩んでしまうのも無理はない話なのだ。
だがそれは地上人であるフランシスだけの話ではない、そういう内ゲバという意味では今回は身内の方がより深刻なぐらいだ。
調査隊の無理な遠征も内容が不明瞭で遅すぎる救出命令もアーティファクトという存在だけで納得する事が出来た。
元来、拠点や地上人居住地の防衛を責務とする守備隊が遠征軍の職域を犯してきている時点で薄々は分かっていた事ではあったが。
恐らく何かしら有用なアーティファクトの存在がこの地に有る事が露見し、その所有権を巡って何かしらの派閥争いが起きたのだろう、今いる中隊長もどこぞの派閥の息の掛かった者であり、自分達は非常時の戦力として使い潰す為に無理矢理巻き込まれたのだろうとRはおおよその当たりをつける。
「何かしら」や「どこぞ」という枕詞が多いのは下っ端のR自身はそういった派閥とは縁が無いからだった、ただ時折そうした二つの組織が権限拡大を狙ってぶつかり合う黒い話を見聞きしたり経験する事が今までも幾度も有った。
それは軍務についていれば嫌でも目にするありふれた案件だった。
そして、だからこそ保身の為に誰にもこの考えを口にしない様に固く心に決めた。
遠征軍がどういった理由かはさておき、最低限の戦力しか投入しなかった時点でこの件は自分達にとって地雷の案件なのだ。
下手に詮索して預かり知らぬところで起きている不毛な争いや陰謀にわざわざ首を突っ込みたくなどない。
どうにかこの仕事を切り抜けて拠点に帰り、旨い飯と与えられるであろう短い休暇をどう楽しむかを考える方が有意義だ。
そして、その後の過酷であろう地上での任務に再び挑む事だけがRの望みだった。
兵士として戦うべきは外から来る脅威であり、内の争いに興味を持つ気にはなれなかった。
そうこうしていると後続の主力が中隊長を伴って駅の通路まで降りて来ていた。
隊長たちの乗る重強化外骨格 は今後の展開を想定してか、或いは単純に重量の問題を考慮してか広間を視認できる位置で前進を停止し、後方で待機している。
三機の重強化外骨格が地上への出口を守る様に横一列に等間隔に立ち並んでいる姿に頼もしさを覚える。
そこからでも騎士達は確認出来ているようなので非常時には火力支援が期待出来たから尚更だ。
ヤバくなったらなりふり構わず隊長たちの下に逃げようとRは既に算段を済ませている。
「という事でだ。本隊も来ちゃったしそこの奴らには触らないでおこう、こっちは生存者の捜索だ」
Rは特段気にしていないという優しい口調でフランシスに作業の続行を告げる。
その口調から処罰も報告も無いと察したフランシスの瞳から告発されるという恐怖も野望の炎も消え、元の落ち着いた雰囲気に戻っていく。
「わかりやした、旦那が探してる間は自分が背中を援護させて貰います」
「うん、頼むよ。多分まだ大丈夫だろうけど敵は確実にいるだろうしね」
レムナントも気掛かりだったか、こうした地下はミュータントの巣になっている事も多い。
地下を根城にする類の種はどれもこれも厄介で獰猛な種が多い。
それらに食い散らかされた形跡がほぼ無い事から、この周辺は安全な可能性もあったが、それが逆にレムナント達がまだ起き上がる可能性の高さを示している様にもRには感じられた。
とにかく、これ以上アレに関わるのは避けるべきだろうとRはフランシスを伴って中隊を進路を避けて横に逸れていく。
そして入れ違う様に中隊長に引き連れられた中隊が一直線に三体の騎士に向っていくのを確認するとそれから目を離し、周囲を見渡す。
三体の騎士が鎮座する上階か地上への出口と思われる、今は崩壊して塞がれた階段の周囲からここへの進入口である洞窟にかけて点々と転がっている強化外骨格や防護服を装備した多数の死体に加え、騎士達の前の空間には調査隊の持ち込んだ機材らしき物も複数散乱しており、それがここが調査隊の終焉の地で間違いない事を示していた。
センサーが回収出来た中での調査隊隊員のステータスはすべて、死亡。想定通りだが手遅れだったようだ。
ここまで大雑把にではあるが遺体の数は頭の中で数えてきたRには、事前に受け取った情報が確かならば道中の洞窟からここまでで調査隊の殆どが死亡している様に思えた。
地面には死体の他にアサルトライフルや分隊支援火器の薬莢が散らばり、歩兵用のプラズマ兵器が発射されたらしき焦げ目や溶解した壁なども散見され、何かしらの存在と戦闘が行われた痕跡も残っている。
「外の状況から薄々分かってたけど、こっちにも生存者はいないか」
Rは倒れている自身と同じ強化外骨格で覆われた遺体の一つに近づく。
腹部を横一文字に切り裂かれた傷と頭部に損傷を受けて事切れている。
外骨格の装甲は砕かれ、切り裂かれた腹から既に腐り始め変色した血肉と腸がはみ出ており、露出した顔や傷口には白い蛆が何匹も蠢いている。
装甲ヘルメットの一部が砕けて中の顔が伺えるその遺体は、左手で腹の傷口を抑え、何かを拒む様に伸ばされていたであろう右手は半ばから切断され、目と鼻から既に紫がかった茶色に変色した血の跡を引きながら苦悶の表情で事切れていた。
最後まで呼吸をしようともがいたのか酸素を求める様に口を大きく開き、既に生気が消えた血走った目玉をこぼれ落ちそうなほどに見開いたその表情はまるで水中で溺れている様ですらあった。
(まるで陸に打ち上げられた魚みたい気分になるな。呼吸出来る大気のある陸地で窒息するなんて理不尽な話だ…)
自身が息苦しさを感じている事にRは気づいた、既に体の一部の様に気にすることも無かった強化外骨格が嫌に圧迫感を与えてくる様な錯覚に襲われる。
「隊長曰く、俺たちには降伏も戦傷章の授与も無いだったかな…無傷で凱旋するか戦死の二択しか出来ないんだから困ったもんだよなぁ…」
そうつぶやくとRは蛆を払いながら遺体の顔に手を当て、目を閉じさせる。
そしてドッグタグを回収し、念の為残されていたRの持つ装備と同じ形状のアサルトライフルとライフルのアンダーバレルに取り付けられた青い燐光を放つプラズマライフルの弾倉を回収して次の遺体に向かって行く。
背後からは騎士達に正対して「搬出を急げ」と檄を飛ばす中隊長の声と黙々と背負ってきた搬出用の道具を降ろして準備をする歩兵の作業音が響き渡っている。
予想通り、救出任務は建前でアーティファクトの回収が目当てだったようだ。
どうやら騎士達の生死確認すらするつもりはないらしい、素人の仕事だ。
戦地故に起動している収音マイクから周囲の索敵と探索を終えてから回収作業を始めるべきだと主張するジョンソン少尉とそれを否定する中隊長の怒鳴り声が入り込んできている。
『ああ、やっぱりそうなるか』という湧き出してくる感想を、Rは作業に集中して忘れようとする。
状態の良いレムナント三体分の装備と破損しているが使えそうな雑多な遺留品、それらの機能が生きていれば解析してそれなりの成果にはなるのだろう。
払った犠牲に見合う対価とはRにはとても思えはしなかったが。
「おうR、聞こえてるか?救出任務ってのは嘘だったみてぇだな」
Lが呆れた様な声で通信を送ってくる。
「03、無線通信は記録されるから迂闊な事は言わない事だよ。余計な詮索は無しにしよう。僕らは僕らに与えられた仕事をしてれば良いんだ」
Rは既に作戦中だと暗に伝えるがLに悪びれる様子はない。
そんな会話を続けつつRは遺体から弾倉とタグを回収していく。
そろそろ数が30個を超えそうだが、すべてを回収するのはまだまだ時間が掛かりそうだ。
先程までは同じく回収を行ってくれていた先遣分隊も既に中隊主力へと合流してしまいこれからは一人でこの作業をしなければならなさそうだったからだ。
「生存者の捜索と救出、か…。お前の横にいるおっさんは本来含まれてないが、そいつにも悪い事しちまったよな。あと5分早ければもっと大勢助けられたのに」
結局のところ、生きている市民兵にはフランシス以外に出会う事は無かった。
救援に駆けつけた段階ではまだ7~8人程度は生き残っていた様に見えたのだが、誰一人として戻って来る事は無かった。
今となってはそのまま脱走したのか、離散後にミュータントや現地人に殺害されたのかも分からない。
「……。ああ、そうだね。でもそれが僕らの取れる最善だったんだ。助けすぎても回収して貰えるか分からなかったし、この地上では自分の命さえ、いつまで持つか分からない」
Rはドラゴンゾンビとの戦闘を思い出す、迂闊に先行して得た成果のは地上人一人分の命、代償は貴重な戦力である重強化外骨格 の破損、始末書物の大赤字だ。
だがこれでも運が良かったのかもしれない、小隊長たちが即座にフォローに入ってくれなければ既に死んでいたかも知れなかったからだ。
「だからこそ救えた命があるだけマシだと思うしかない、だったか?お前も優しそうに見えて結構ドライだよな」
「好きでそう思ってる訳じゃないよ、ただ…」
言葉を続けようとしたRは何か鋭利な何かが空を切る音とゴトリ、という何かが落ちる音が背後から響く音で会話を中断する。
その少し後に間を置いて何か大きな物が地面に倒れる音も響き割ってきた。
その方向に首を向けて確かめると何かが僅かに地面を転がり、静止する。
それは見慣れた強化外骨格の装甲ヘルメットだった。
だが、ヘルメットからは赤い血が流れ落ち、それに中身が詰まっている事を、まだ死んで間もない事を如実に示していた。
「旦那!あれを…!」
フランシスが絞り出すような緊張した声で叫び、Rは振り返る。
そこには動く気配など全く無かった二体の騎士が一段上に座る騎士を守る様に剣を構えて立ち上がっていた。
追々説明していきますが、ARK5の兵士は強化外骨格などの先進的な装備に反して火器が貧弱です。
それは彼らの組織があくまで復興が目的で有って軍事的な組織では無かった辺りが関係していたりします。
状況としては作中の説明通りでエーテルが充満していて人類は生存不能、一方敵だった彼らが生きるにはエーテルの濃度が薄すぎるという誰も得しない状況に地上はなってます。