十六話、終わりの後の街
キエエ…三月投稿できなかった…
生きてます、エタりません
「どうだR、これがお前の来たかった『人間様の街』だぜ?良い所だろう?」
雑踏をかき分け、前出に縛った鎖を引きながらアスマはRに上機嫌に語りかける。
これが普通の状態ならばまだ何かしら表現に気を付けた発言をしようという良心が働いただろう。
しかし、囚われの身となったRは取り繕う事無く皮肉を放つ。
「全くもって酷いとしか言いようがないね、ここも君らも最悪の部類だ。君らはこんな豚小屋を街というのかい?」
アスマに連れられて出た都市は一応、人類の暮らす街と言えないでもない様相だった。
しかし、それはスラム街や紛争地帯の都市の様な混沌としたものだった。
ミュータントや屍者の侵入を防ぐ為の高い城壁の内にあるそこには、かつて人類の黄金期に存在したコンクリートの建造物が林立する市街地の様な風情はまるで無く、土と粘土を固めて作った様な平べったい家の様な何か、或いは残された廃材を継ぎ足して作った様なバラック小屋、上等な物でも石を積み上げて作られた二階建ての建築物がある程度の寂れた建物が軒を連ねている。
それらの建築物の間を走る大通りにはかつてのアスファルトで舗装された、信号と標識によって秩序が保たれた規則正しい道路の面影は無く、土が剥き出しになった道路からは人や荷馬車や牛車の類が整理される事無く乱雑に往来し、土埃を上げている。
信号も無ければ標識も無く、交通整理を行う者すらもおらず、どこからどこまで歩道なのか車道なのかも判然としない。
そんな中を行きかう人の波は互いに列や流れなどを作る事無く押しのけ合う様にぶつかり、更に道の真ん中を牛車や馬車が人を無視し、ともすれば邪魔するならばそのまま轢き殺すといった具合に速度を落とすことなく進んでいき、対向から進んでくる馬車とぶつかるギリギリの距離を上手い事避けて視界の外へと走り去っていく。
ここは恐らく都市の中でも道幅の広い大通りの筈だ。
しかし、そんな背景など無視する様に道は狭く、混み合っていた。
理由を上げるとすれば好き放題に乱雑に積まれた荷やまるで清掃されていない通りに原因が見出せるだろう。
大通りの商店の類はまるでそれが当然であるとでもいう様に明らかに店の外、大通りの一部を塞ぐように商品や店の設備をはみ出させて設置する事で道幅を狭め、通りの隅にはあらゆるゴミが無造作に捨ててあり、更に言えば浮浪者と思われる人間達すらも隅にゴミと共に捨てられる様に放置されている。
これらの存在が道の通行可能な範囲を大いに狭めているのだ。
それらの障害物などが相まって大通りは酷く混雑し、ごった返していた。
店から店員が出てきたと思えば、店内で出たごみをそのまま通りに捨てている光景が至る所に見受けられる。
恐らくはまともな都市計画など行われず、各々が勝手気ままに商売や生活を行っているのだろう。
衛生状態は甚だ悪そうであり、清掃が行われているかも疑わしい。
故郷であるARK5ならばあり得ない光景だ。
市民兵として徴用した地上人達の家族を住まわせる居住地ですらもっとまともに作ってある。
正直な所、道の往来であるにも関わらず雑多な悪臭が鼻につき、こんな所の空気など長時間吸っていたくなどないという思いが秒単位で強くなっていっている。
道の隅のゴミからの悪臭、食料を扱う商店や屋台から流れてくる匂い、明らかに風呂などに入っていないであろう人間達の悪臭、通りを行きかう牛や馬やロバなどが歩きながら出した汚物の匂い、それらが混じり合って何とも言えない不快な匂いが構成されている。
そんな配慮無く動き続ける都市の動脈から次々と湧き出る土煙にRは思わず咳込んだ。
悪臭に加えて、今までと違って空気が乾燥しきっており、体がまだそれに慣れていない。
どうやら車で移動している間に比較的寒冷な草原地帯の環境から気温の高い荒野の類の環境に移っていた様だ。
空気は乾燥し、植物の類があまり生えていない環境である事が察せられる。
空間異常の影響による自然環境の激変と固定化は既に周知の事態であり、熱い砂漠の隣に平然と凍てつく雪原が存在するような世界である事を理解していたRではあるが、それは強化外骨格いう堅い守りの中で経験してきた事であり、それらの影響を直接的に受ける生身の体で経験するのは中々に堪えるものが有った。
この様に気温や環境が移動する度に激変していては、体の調整機能が追い付かないかもしれない。
装備も頻繁に交換せねばならず、自由になったとしても行動には大きく制限が加えられそうだ。
稼働可能な車などの車両は皆、駐車場に置かれているのか都市の中では使われていないようだ。
いや、かつて車だった物は走っている。
車の前半分がごっそりと無くなり、後部座席と後輪、そしてトランクだけが残された車だった物の残骸が、ロバだのラバだのの様な生物に牽引された馬車の荷台として利用されている。
終わった後の世界に築かれた都市で第二の人生を営んでいるのがRの目に飛び込んできた。
「君らは本当に色々な水準が低いみたいだね、どこもかしこも整理されずにゴミだらけ、車すら維持出来ずに馬車代わりとは」
「ははは!手厳しいな!だがあんなのはどこにでもある物さ。ここが特別ってわけじゃねぇぜ、お坊ちゃん」
Rの皮肉を笑い飛ばしながらアスマはわざと手に持つ鎖を力強く引っ張る。
ジャラリ、という金属の擦れる音と共に前方へと引っ張られ、足にも木枠を嵌められて動きが鈍いRはそのまま
姿勢を崩して地面に倒れ伏す。
「ぐっ!クソっ!」
「おめぇはそんな劣った奴らにホイホイ騙されてこうやって捕まってるんだ、もう少し利口になった方良いぜ。Rちゃんよ」
荒い砂利の地面に頬を擦り付けながら、Rの考えている事は脱出する方法と手段だった。
相手の理不尽に不平不満を述べたところで、運の無さを恨んだところで状況は改善しない。
とにかく何か隙は無いのか、この状況をひっくり返す要素の一つでもないかと平静を装いながら脳みそを回転させ続ける。
「多分今も逃げる気満々だろうから言っとくけどよ、てめぇにプレゼントしてやった首輪は爆弾だ。逃げたら吹っ飛ぶぜ」
「へぇ、随分良い物使ってるじゃないか。君らみたいな野蛮人が使える電子機器がまだ有るとはね」
「ああ、十年ぐらい前に製造してた所が都市ごと滅んだから今じゃもうレア物だぜ。大事にしてくれよな」
恐らくは逃走防止のブラフを兼ねた脅しだろう。
話半分で聞くとして、これは実際には起爆できない代物だ。
なぜならば、それをするという事は自分の首を吹き飛ばすという事であり、売り物として扱う気のアスマにはそれは絶対にやりたくない最後の手段であるからだ。
命の惜しい者ならばそれで意志を挫けただろうが自分は違う、死など怖くはない。
むしろ、生き残ってしまった今こそが恐怖であるからだ。
このまま売り飛ばされるぐらいならば抵抗して起爆させるべきかだろうか?
いや、おそらくはアスマにその意思はない。
無力化されて連れていかれるだけだ。
機会を待つほかにはない。
背後ではプーミがエアライフルを構えてしっかりと警戒についている筈だ。
どうにか逃げ場は無い物かとRは周囲に目を配る。
目が行ったのは通りの片隅だ。
泥と埃と同じ色に染め上げられた小汚い装束の子供達がゴミの山の中から通りの人間達に視線を送っている。
だが、それは拾ってくれる者がいなければそのまま飢えて餓死する無力な弱者の表情ではない。
何かに例えるとするならば、飢えた野犬の群れの様な物だろうか。
地上での哨戒任務で野生化した犬たちの集団と間近で遭遇した事の有るRはその目をよく知っていた。
そのこけた頬と暗く沈んだ目に細い手足、栄養が足りていないであろう体とは対照的に、鋭い眼光で通りを歩く人間達を吟味する様に睨みつけている。
いや、命が幾ばくも無いからこそ、彼らはその様な存在に成り果てたのだろう。
命が尽きる手前の最後の輝きを使って、彼らは生き残る為に獲物を狙っているのだ。
そして、少しそこから目を移すと、そんな子供にすら見向きもされない汚らしい浮浪者の集団がゴミにもたれながらゆったりとした動きで口々から白い煙を吐きながら一本の火の着いたパイプを回し飲みしている。
恐らくは薬物の類だろう。
こんな世界、それもこんな技術水準の世界である以上、覚醒剤やヘロインの様な科学系ドラッグなど残っていない筈だ。
ならば原料は終末を乗り切ったアヘンやマリファナの変種の類だろうか。
その仕草からして行動が活発になるアッパー系の類ではない。
命取りになるであろう事は確実なそれらのドラッグを彼らは恍惚感に満ちた表情で仲間と分け合って吸引し、ゆったりと壁や地面に寝そべっている。
時折見える裏路地へ続く細い小道には若干身なりの良い女性が隠れる様に立っており、通りに手招きしては誘いに乗った男と路地の奥へと消えていく。
恐らく、娼婦の類だろう。
世界最初の職業とすら言われる事が有るのが売春だ。
モラルも何もあった物じゃないこの様な場所では極平然と行われる日常の延長線上にそれらはいるのだろう。
結局は誰かの性病を貰って惨たらしい死が待っているだけだというのに、日銭や快楽を求めて彼らは毎日不毛な運試しに興じているわけだ。
ざっと見て、大通りの通行人を除くとそんな不愉快なメンツが隅に固まっている事をRは確認した。
この野蛮人たちの中でも特に劣った負け組と呼んでも良い彼らに何かを期待するのは無理だろう。
むしろ、逃げたとして待っているのは彼らの暴力や薬物による洗礼だ。
爆弾などよりもこの光景そのものの方がよほどRの行動を躊躇わせるものだった。
ならばと改めて大通りの通行人に目をやる。
こちらも個性豊かな面々だ。
ボロボロになった戦前のTシャツ等を着た者から麻を使った手縫いと思われる質の悪そうな長袖の布服を着るもの、革製や鉄製の防具と衣服で身を包む者まで様々な衣服を着ている者達が賑わう道を歩いている。
前者の方は一般的な市民、後者は傭兵やゴミ漁りだろうか。
皆、基本的に痩せており、とにかく人相も柄も悪そうな者が多く、そうでない者は荒事自体が苦手といった雰囲気がにじみ出ている。
どれもこれも破けては修繕を繰り返したような跡が見て取れ、彼らの生活水準がそれ程高くない事が見て取れる。
どうやら一般的な市民階層もこの程度である様で、そんな雑多な人間達が徒党を組んで歩いていたり、物資を運んだりしている。
こういった人間達にも慈悲など期待するのは無理だろう、むしろより悪い境遇に自身を追い込みかねない。
もう一つ気になる物があるとすれば、金属製の防具で堅め、黒く染めたローブを被り、両手持ちの大きな斧や火炎放射器等を持った人間がチラホラと二人か三人のグループを作って雑踏に紛れて周囲を歩き回っている事だろう。
ローブを被り、更には顔にも仮面やバラクラバの様な被り物をしているので顔を窺う事は事は出来ない。
そして巨大な武器を持っているというのに街の人間達は慌てた様子も無く、その脇を通り過ぎている。
「処刑人さ、教会の勢力圏ではフィクサーなんて呼ばれてもいる。街中で屍者が出たらあいつらが始末するのさ」
Rの考えている事などお見通しとばかりにアスマは振り返る事無く喋る。
「いい加減、諦め着いたろ?逃げ場なんてねぇよここには」
不服だが、アスマの言う通りの様だ。
拘束され、爆弾が付けられている以上は逃げれば爆殺、仮にそれ込みで逃げたとしても路地の孤児や浮浪者たちに処理される。
捕まった身寄りのない人間にとって、この街はそれ自体が巨大な檻と呼んでも良い存在だった。
ここに付いた時点で既に詰みであったとRは再度理解した。
「まあ、そう悲観するなよ。あんたは頭が良いし体もちゃんと出来てる。良い所に貰えれば良い生活が出来るぜきっと」
そんなアスマの言葉が雑踏の中に消えて行った。
―――
「クソッたれ!人の服まで全部持っていきやがって…!」
冷たい石の壁に囲まれ、鉄格子の扉で封された独房の中で、薄汚れた質の悪い麻の服に着替えさせられたRは悪態をついた。
状況は非常に悪化してきている。
だが、だからこそ取り乱してはならない。
とにかく状況を整理しよう。
脱走を諦めて状況を暫く注視しようと決めたRは、大通りを暫く歩いた後にアスマがとある石造りの家の前で止まり、内部に入っていったのを確認した。
それは脱走の好機とはならず、獣人の少年であるプーミがエアライフルを向けて終始威嚇される中で無為に時間を過ごす事となった。
手足が使えれば或いはどうにかなったかもしれないが、どちらにも枷をされている以上はどうにもならない。
それからしばらくして、アスマが出てきた。
満面の笑みでだ。
「話が付いたぜ、じきにおめぇの新しい飼い主が到着するってよ」
アスマは上機嫌だ。
恐らくは高値が付いたのだろう、全く持って由々しき事態だった。
そこからはもうとんとん拍子だ。
店の者も含めた衆人環視の下で首輪を外され、枷を外され、ついでに着ていたインナーも脱がされてこの粗末な服という名の布を与えられて奥の部屋の一室に放り込まれて現状に至っている。
装備していたインナーすらも売り物にするとして剥ぎ取られ、これまで現地回収でやりくりして作った装備もほぼ全てが奪われた。
これで文字通り無一文の着の身着のままの状態だ。
「クソッ、僕はローマ人でも無ければ風呂上りでもないんだぞ」
麻布の服、と言えば聞こえは良いが実際のところはバスタオルの如く一枚の布を体に巻いただけの粗末な状態だ。
明らかに洗濯がされていないそれは、薄汚れていて元はなんだったか想像もしたくない変色をした部分も存在し、しかしこれしか他に着る物も無いので仕方なしに腰に巻いてパンツの代わりとする事とした。
インナーすらも失った事で外気が直に感じられるようになり、裸の上半身をうっかり壁にもたれさせると冷たい石に体温が吸われていくのが感じられる。
だが、一番深刻なのは認識票が盗られた事だ。
あれは自分の物ではない、死んだ友の物だ。
拳銃も奪われた以上は友の最後の遺品であり、何が有っても取り戻さねばならない。
自分の所有物ならば諦めは付くが、友の物である以上はこれは譲れない。
Lとはその程度の友情は結んでいたからだ。
恐らく、タグは売られていない筈だ。
あれに金銭的な価値は無い、名前と認識番号と所属と階級が記されたただの鉄片だからだ。
ならば、自分が彼らの言う所の『エルクの民』であるという証拠として残しておくだろう。
取り戻すならば、彼らがそれを手に商談をしている最中か、自分を檻から出して品定めしている時だ。
ひったくって、後はとにかく諦めるまで握り続ける、出来る事と言えばこれだけだ。
覚悟を決めよう、どう足掻いてもこれから先には地獄しか待っていない。
ならば兵士としての矜持だけは持ち続ける事だ。
その為にもアレを取り戻さねばならない。
Rは静かに、冷静に、己の最後が近づいてきている事を理解してその時を待ち続けた。
地面に胡坐をかき、背筋を伸ばして目を瞑り無心の状態で静かに精神を統一する。
今となっては思い出せないが、訓練兵時の誰かが教えてくれた精神鍛錬と気分転換の方法だ。
完全に気を抜いてリラックスするわけにはいかないが、さりとて体力を消耗するわけにはいかない時にはこれに限る。
普段ならば任務で出撃する際に強化外骨格を装着する前の待機時間に行うそれをRは追い詰められた状況の中で行っていた。
地下鉄に取り残された後に小人共と戦った時に腹は括った。
この期に及んでは生き残る事よりも己の誇りに殉じた生き方をするだけだ。
どの程度時間が経っただろうか、どうやら『顧客』とやらが来たらしい。
店側が騒がしくなっており、目を開くと番をしている人間が牢を開けて出てくるように手招きしている。
勝負はここからだ。
Rはゆっくりと立ち上がり、前に出る。
それに合わせて番人はRの腕に再び枷を嵌めた。
足には枷は付けないようだ、腕も後ろでは無く前枷だ。
これならばうまくやればタグを奪い返せるだろう。
状況を全て呑み込んだRは無意味な反抗を行うべく牢を出た。
これが普通の転生ファンタジーならば質素ながら綺麗で整然とした石造りの中世ヨーロッパ的な城塞都市が舞台になったでしょうが、ワシ世界の城塞都市は絶賛人類が絶滅に向けて邁進している世界となっているので中身はお察しです。
ぶっちゃけクッソでかいスラム街です。
都市内は外に比べると安全ですが、それと引き換えに今度は人間同士の争いが激しくなっております。
都市内の人間を全員養えるだけの職も宿も資源も食糧も無く、それでも人は娯楽が少ないので体が有れば誰でも出来る『男女の楽しみ』をやってガンガン増えます。
結果的にあぶれた負け組は路上生活者となり、貧困は日常的な存在としてありふれたものとなっています。
衛生状態は悪く、疫病や栄養失調による大量死も有り触れており、屍者が生まれるリスクが常に発生している環境である事から処刑人なども配置されています。
彼らの主な仕事は新鮮な死体が屍者として起き上がる前に死体の首を刎ね、或いは四肢を破壊し、焼却して事前に発生を抑止する事です。
起き上がってしまった場合も彼らの仕事となります。
危険であり忌み嫌われる事も多い職業である事から、悪魔憑きが都市への居住と引き換えにこの職に就く事も多いです。




