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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
序章『生存者たち』
2/97

二話、探索

今回は戦闘少なめです、次からが本番の平和な仕込み回です

※完結済みになってますがミスです、修正中です。まだ慣れていない為申し訳ありません

修正完了しました、失礼いたしました。

「ふぅ、やっと休める」

Rは公園跡地の地べたにゆっくりと座り込む。

荒廃したこの地には椅子もベンチも既に無く、仮にあっても外骨格の重量で潰れてしまうからだ。

帰投すると同時にそのまま公園跡に待機していたジョンソン少尉と既に合流していた守備隊の中隊長に状況報告とフランシスの引き渡しを行い、自身は小隊の集合地点となっている機体のそばへと帰ってきていた。

その際のフランシスの捨てられた子犬の様な目線に若干の罪悪感を覚えたが、更にもう一本のシリアルバーを彼の胸ポケットに押し込んで示談は成立したと思い込む事にした。


戦闘時の興奮も既に醒め、ここにきて今までの戦闘や行軍の疲れが湧きだしているのか体の内から疲労感が湧き出て来ている様だった。


「そういや、長距離哨戒から救援任務に変更になってから夜通しスラスター吹かして飛んできたんだったなぁ…」


Rは尚も絞り出すように言葉を紡ぐ。

「動いてる間は麻痺してるけど、休むと逆に筋肉痛とか疲労感が出てくるから不思議だよなぁ…」

疲労感に合わせて睡魔も沸き上がる中、鈍ってくる脳内で言葉が続く。


(通信状況が不良の地域で現地集合っていう行き当たりばったりの割には上手い事合流出来てまあ、良かったよ。うん)


その場で聞いた小隊長達の会話を総合した結果、部隊が集結が完了した現在でも市街地の外への通信は未だ困難な状況であった。

正確にはこの地点から一番近い基地であり、主要拠点でもある司令部機能も置かれているシティ3との交信が困難な状況であり、現在展開してる市街地内外及び周辺間での連絡は問題無く行えている。

そうでなければ増援との合流も困難だっただろう。


恐らくは拠点との間に一時的か、或いは永続的に電波を遮断するある種の空間断層が存在している事が推測出来た。

最終決戦以降、空間破壊兵器を使用した影響かこの世界の空間は歪んでいる。

そうした空間断層や異常は単に電波を妨害する程度には留まらず、時にその影響範囲に入り込んだ生物の命を直接的に奪う事もあった。


それらの空間異常現象を一括りにアノマリーと呼んでいるが種類は様々だ。

危険地帯を避けて動くことを心掛けているArkの兵士でも絶えず炎と熱をまき散らす灼熱空間や入り込んだ者を押し潰す重力地帯、対象を無作為に全く異なる空間に転移させるテレポーター、感覚と精神を狂わせるPSIフィールドなどに巻き込まれて多くの兵士が犠牲になってきた過去がある。

しかもそれらは永続的な発生地域を除いて絶えず消滅と発生を繰り返し、一瞬前まで安全であった場所を突然危険な殺戮空間に変貌させうる危険性すら有している。

また気象や気候も不安定であり、雲一つ無い晴れていた空が数時間後には高濃度のエーテルが吹き荒れる大嵐となったり、砂漠と雪原が平気で隣接していたりもする。


戦前とは全く異なる地理、急変する気候条件、ミュータントとアノマリー、そして未だに彷徨い暴走を続ける敵性文明兵士の成れの果てであるレムナントや戦中兵器、地上は常にそういったものの危険に満ちている。

衛星も既に生き残っている物が皆無なのか反応が無く、GPSの類も役に立たない。


そういった諸事の理由から、本来の規定ではマトリョーシカを装備した機動歩兵部隊による長距離哨戒を除いて拠点を遠く離れた地点での調査活動は行われないのが原則の筈であったが、今回に限ってはそれが無視されている。

そして自分の属する遠征軍と基地や拠点の防衛を主とする遠征軍が合同で救出部隊を編成するという事態もまた異例だった。


救出部隊として送られた来たのは現在建設が進められているシティ3と呼ばれる密閉ドーム型の地上都市に駐留する守備隊から抽出した歩兵部隊であり、彼らには拠点防衛や暴徒の鎮圧の技術は有っても地上での戦闘経験は皆無と言っても良い。

なぜここまで出張ってきたのかが理解に苦しむところだ。


そして、自分達だけが来れる状態だったとはいえ、それ以上の機動歩兵部隊の増援が来ないのも不可解だ。

本来16機で編成される機動歩兵中隊の全戦力を持って参加すべき救出作戦を歩兵中隊の増援付きとはいえ一個小隊だけで行うという点も本来ならばあり得ない事だった。

普段ならば無理矢理にでも中隊は補給を行って多少時間が掛かってもこちら合流してくるはずだ。

それが、合流せずに一直線に基地に帰投しようとしているらしかった。


任務内容についても一週間も前に消息を絶った中隊規模の調査隊の捜索という漠然とした説明が行われただけで説明が不明瞭であり、ホームたる地下及び地上都市や前哨地点から遠く離れたこの地に市民軍主体とはいえ大隊規模の部隊を送り込んだ意図も解せなかった。


「まあ、やれと言われたらやるのが兵士の仕事だし、手足が考えても仕方ないか」

兵士は自分に与えられた裁量の中で状況判断を行って戦えば良い、上の命令に疑問を持つべきではない。

そこで思考を止めるとRは座ったまま意識が闇に沈む感覚に身を任せようと目を閉じた。


「よぉ!死に損ない!」

だが、それを阻むかの様に肩を叩かれる感触と聞きなれた仲間の声が背後から聞こえ、振り返る。

振りむいた背後には自分と同じ強化外骨格(エクソスーツ)を着た人間が立っている。

当然ヘルメットで遮られて顔などは見えない。だが、表示される識別名を確認するまでもなく相手は分かっていた。


「L、相変わらず元気そうだね。その無駄に余ってる体力分けてくれよ」

睡眠を邪魔された為、ため息は出るが気の知れた友人の登場に気分は軽くなってくる。

「だったら俺にもアイス分けてくれ」

「帰るまでにまだまだ仕事があるんだから手柄を上げて自力で手に入れてね、アイスは僕だけのだよ」

「ケチくせぇなお前」


絡んできたのは悪友と言っても良いL2044伍長だ。

戦闘中もコールサインなどを無視して名前で読んでくる等規律違反の傾向はあるが、腕は確かだ。

敬遠されがちな自分に遠慮なく付き合ってくれる数少ない気の合う友人でもあり、訓練兵自体からの同期でもある。

お互いに名前の頭を取ってR、Lと呼び合う仲だ。

名前被りがいないので自然とそうなった。


「それで、隊長と話してるアレが例の生存者か?」

Lが顎をしゃくって少尉や中隊長と話し込むフランシスを指し示す。

「うん、ここに来る前の間に経過だけ聞いた感じだと本隊と連絡が取れなくなってから数日間あそこで踏ん張ってたみたいだね」

「やっぱ原因はあのすげぇ臭そうだったトカゲ野郎か?」

「多分ね」


Rは隊長たちの方向に視線を移す。

そこには熱心に質問を続けるジョンソン少尉とこれまでの経緯を根掘り葉掘り聞かれ別の意味で疲労している様に見えるフランシスの姿と彼らから若干距離を置いて腕を組んで眺める不機嫌そうな雰囲気を醸し出している中隊長の姿が有った。

上官同士の会話は聞かないという規則を守って収音センサーは切っているので彼らの会話は聞こえてこないが、中隊長はどうやらこの一連の流れを気に入っていないようだ。


「なんか怒ってるみてぇだなあの名無し中隊長様」


Lに名無しと呼ばれた中隊長の方をRは見る。

網膜に投影されたマトリョーシカ用のHUD画面が未だに表示された視界にV0895少佐という表示がされ、それがまだ彼が名前を得ていない事を物語っていた。

安全な後方で勤務する者の中には佐官になっても名無しの者もいたりするので珍しいわけではないが、こういった危険の多い前線ではそれは異質な物だった。

地上勤務組は前線で戦う内に功績を上げて名前を得て昇格するか死ぬかの二択しかほぼ無いと言っても良いからだ。


「まるで生き残りがいた事が気に入らねぇみてぇじゃねぇか、どう思うよR?」

「さぁね、ただ単に地上人が嫌いなだけかもしれないし何とも言えないよ。害虫みたいに毛嫌いしてる人も結構いるし」

「そもそも、なんで内勤の守備隊連中が出張って来てんだよ?地上での救出作戦は俺達遠征軍の機動歩兵と空挺コマンドの混成って相場が決まってるのによ。きな臭ぇぜ」


Lが最後の言葉を苛立たしい口調で吐き捨てる。

本来の規定を無視され、地上での戦闘に慣れていない素人と組まされる事を心の底から嫌がっているようだった。

そしてRと同じ疑問にも行きついたようだった。

口は悪く、性格も価値観も違うが思考は似た所のあるこの男にRは親近感を持っている、馬が合うのだ。


「とにかく、情報が足りなさ過ぎるよ。集結方法にしたって杜撰だ、下手したら合流前に各個撃破されててもおかしくなかったし」

「だから助けたんだろ?あの男をよ。まあ、お前お人よしだから純粋なお節介も半分ぐらいは入ってそうだけどな」


Lの言ってる事はほぼ合っている。

事前に得られた情報が不明瞭だからこそ、現地に生存者がいるならば確実に確保したいという意識があったのは確かだ。

だが、それ故に先行し過ぎて無用な被弾を受けるという失態をしてしまった事をRは反省する。

マトリョーシカは生産が困難な高価な機材であり、一機で正規軍ならば歩兵一個小隊、市民軍ならば歩兵一個中隊以上の価値がある。

ちなみに整備部品すら調達の難しい大型輸送ヘリやガンシップ(対地攻撃ヘリ)ともなると迂闊な事故などで壊した日には昇進の道が絶たれるレベルだ。


「よっこいせ。まあ、今は休んどこうぜ。飯食ったか?」

横の地面にどかりと座ったLが自身の首筋を指でつつきながら聞いてくる。


「いや、まだだね」

「食っとけ食っとけ、そんで寝ろ。もたねぇぞ」

「これ、正直食った気がしないんだよなぁ…」


そう答えつつRは首筋にある小さい回転ハンドルを弄る。

ヘルメット内に収容されていたストローが伸び、口元までせり上がってくる様に操作するが、当然ヘルメットは外せないし中も見えない。

飲みやすい様に角度も変えられるが、それ故に半ば感覚との勝負だ。


「痛てっ」

「どした?」

「ストローが唇に刺さった」

「おいおい」


何度かの格闘の末、ようやくストローが適切な角度と長さで口に入る。


「よしっ」


そしてそのまま吸い上げる。

口にスポーツ飲料を限界まで薄くしたような味の常温のゼリーが流れ込んでくる。


「うん、不味い」

「早く帰ってコーラ飲みてぇよな」


Rの言葉にLがうんざりした様な口調で返す。


「そういえばさ、外に出て今日で何日目だっけ?」

「今日でもう12日目だろ?やっとシティ3に帰れると思ったら意味不明な救出任務振ってきやがって…」


Lのその言葉には明らかな不満が含まれているようだった。

重強化外骨格(エクソスーツ)を装備する機動歩兵は基本的に前線での各種戦闘任務に投入されるか、そうでなければ通常の歩兵部隊が行えない長距離偵察を行うのが主な運用となっている。

長距離偵察は拠点や資源採掘施設、前哨地点の周囲に脅威となる存在がいるかの確認、回収可能な旧時代の遺物や物資集積地の探索と記録が主だが、時にはこうした緊急時の救出任務などを途中で振り分けられる事も含まれている。


当然、地上にいる間は防護服にもなっている強化外骨格(エクソスーツ)を脱げないのでその間は風呂にも入れなければ下の物はトイレパックに出るに任せるしか無い状態だ。

水とゼリーが主食になるのは排泄物を抑えるという側面も存在しているが、それらが与えるストレスは結構大きい物となっている。

だからこそ、その不満にRは若干の共感を覚えていた。

しかし、不満をぶちまけ合っても不毛だと判断したRは話題を変えようと帰った後の話を切り出そうと決心した。

「帰ったら風呂に入りたい、あと塩と胡椒の効いた分厚いステーキが食いたい。揚げたニンニクスライスと山盛りのポテトサラダと一緒に、濃いコンソメ味のオニオンスープとセットで」


それは風呂と食事の話だ、機動歩兵でなくても外での危険な任務を行う兵士や作業員達は基地で楽しめる熱いシャワーとサウナ、そして暖かく美味な食事を最大の娯楽としている。

「そんなに頼んだら今月の給料全部飛ぶぞお前。それにあのステーキ、合成タンパク質で作った偽牛肉だろ?」

「本物の牛なんてもう残ってないし、十分旨いじゃんか。あとLは女遊びに金使い過ぎだよ、そんなだから月の後半が毎度不味い標準食になるんだよ」


フランシスと政府の食糧配給体制についての批判で盛り上がったりもしたが、実際Ark5の食糧事情は地上人も含めた全体に行き渡らせられるほどの余裕は無かった。

当然、人類の存続を掲げたArkの様な地下シェルターであっても備蓄は無限ではない。


正規構成員であっても、栄養面だけを重視した標準食と言われる無料で支給される食料は地上人への配給と同じ味の無いゼリーか不味いエネルギーバーだけであり、稼働している合成タンパク質生産工場や水耕栽培施設もこれらの生産を最優先に運営されている。

それを差し引いた余剰生産能力で作られる食料を調理した味の良い「文化的」な食事をするには相応の資源が必要であり、それを現金という形で示す事によって形骸化していた給料や売買というシステムが一部ながら復活させるにまで至っている。

つまるところ、Rに約束されたコーラとアイスやフランシスに与えたシリアルバーはお値段高めの嗜好品という立場である。

フルーツや砂糖は栽培や製造が面倒な分、下手な合成ステーキ肉より高いぐらいだ。


「良いんだよ、どうせ俺達地上勤務組は長生き出来ないんだ、楽しめる時に楽しまねぇと損だぞ?」

そう言いつつLは右手で何かを棒を握るような丸い形を作って手を上下させる。

Lは食事よりも猥談の方が好みの様だった。

恐らくヘルメットの下では下品な笑顔をしているだろう事がRには察せた。


「そういやお前まだ恋人の一人もいないのか?いないなら、お前好みの美人で物分かりの良い女に何人か心当たり在るから宛がってやるぞ?」

「確かに恋人はいないけどそっちにはあんまり興味ないし、どっちにしろ婚前交渉はしない主義だよ」

「お前EDか?それとも童貞と命とどっちを先に喪失するかのチキンレースでもしてるのか?Tの野郎だって殺しても死なない様な感じだった癖にあんなあっさり逝っちまったんだぞ?」


Lは明るい口調から一転、真面目な調子で語りかけてくる。

Tとは先月に戦闘中に酸性アノマリーに巻き込まれて戦死した小隊の仲間だ、突如発生した酸の海にマトリョーシカ毎溶かされ消えていった彼の無線越しの絶叫は今でも忘れられない。


その補充として入ってきたのが新人のS1856上等兵でLにはなついているが自分にはあまり良い印象を持っていないのをRは薄々感づいていた。


「それに俺とお前と一緒に三人で馬鹿やってたあいつも気づいたら勝手に逝きやがった、俺らがいつ死ぬかなんてほんとわからねぇぞ?」


Lは更に訓練兵自体に一緒に切磋琢磨したもう一人の悪友の事を口にした。

同じく兵士として訓練学校を卒業した彼は、やはり地上での任務中に死亡していた。

ミュータントの群れに飲まれ、肉片とドッグタグ以外は回収出来なかったと人伝に聞かされたために直後は現実感は薄かったが、喪失感は実感が増すと共に日に日に大きくなっていった。


「……僕はArk5に生まれて兵士として地上で戦ってる事に誇りを持ってる、でも今の世界のまま所帯を持って子供を作るのには抵抗があるんだ。後の世代の為により多くの選択肢が選べる世界になるまではどうしてもね…」

Rの言葉が真剣味を帯びる、気を許せる友だからこそ自分の内にある物をぶつけるつもりで言葉を吐き出す。


「今のままの世界じゃ僕達はいつ死ぬか分からない、自分がそうなる覚悟は出来てる。だけど親しい誰かに、自分を好きになってくれた相手に辛い思いはさせたくない」

「そんな事言ってると生涯童貞で終わるぞ?この糞溜めが早々なんとかなると本気で思ってるのか?」

「少なくとも僕はそうしたい、いつか防護服無しで外を歩き回れる日が来るのを信じてるよ。それに…」


それまでと一転してRはおどけた口調に変わる。


「まあ、精子ならもう提供してるしこっちが頼まなくても政府が勝手に子供作ってくれるしね。僕の考えを理解してくれる本当の意味で気の合う相手が見つかるか、世界を変えるまで僕は気長に待つよ」

「あー、有ったなそんなのも。ったく、あいつら俺に断りなく精子取りやがって、美人以外の卵子とくっつけたら承知しねぇぞ」


一通りお互いの言いたい事を吐き出すと僅かな間沈黙が生まれ、そしてほぼ同時に二人は同時に口を開く。


「ああ~!まともな飯が食いてぇ!」

「ああ~!まともな女を抱きてぇ!」

似通った、だが微妙に違った言葉を口にした二人は笑い合う。



やがて、一食分のストックを吸いつくしゼリーが出なくなったのを確認したRはストローを再び収納する。

味は無いが腹は膨れ、満腹感が湧いてくるのが感じられる。


「さて、食う物食ったし仮眠しようか。すぐに起こされそうだけど」

「おう、先はなげぇからな、寝れる時に寝とかねぇと」


二人は他の小隊が周囲の警戒や作業をしているのをよそにそれぞれ大の字で地面に横になった。

装備のせいで寝辛いが目を瞑り、思考を放棄して浅い眠りに無理矢理落ちる。

立ったまま寝れる様になれば一人前と言われる機動歩兵からすると横になれるならば寝るのは簡単だった。

慣れてしまえば疲れた人はどこでもどんな状態でも寝れるのだと知ったのは軍に入ってからだった。



おおよその体感時間にして一時間程度が過ぎた頃だろうか、S1856上等兵の声で意識がRは覚醒する。

まだ眠っているLを軽くゆすって起こし、地面から立ち上がる。


「おはよう、S」

「おはようございます伍長殿」

「Rでいいよ、他の部隊の目が無い時はね」

「いえ、普段から上下関係はしっかりしておきたいので自分は遠慮します」


真面目そうなS1856上等兵は事務的な会話を終えるとすぐに脇にどいた。

よそよそしさにはいくつか心当たりは有ったがRはそれらを無視して目の前に現れた人物に集中した。

彼との今後の関係改善はこの任務が終わってからでも遅くはない。

Sの後ろからジョンソン少尉が歩み出てきたのだ。

「おはよう育ち盛りの腕白小僧共、仕事の時間だ」

いつもの聞き慣れた口調ではあったが、その声には何か含んだ物がある様にRには思えたのだった。



―――



崩壊した市街地の道路をRは徒歩で進んでいく。

本来乗る筈のマトリョーシカは無く、今や歩兵用装備と同等となった自前の強化外骨格(エクソスーツ)と武装だけを装備した状態でだ。

未探索地域への侵入と言う事もあって、今回は銃を構えて周囲を油断なく警戒しながら、しかし遮蔽物などには身を隠さず道路の中央部をゆっくりと歩いている。

その右隣には短機関銃を構えたフランシスが緊張した表情で追随してきている。

ルートとしては目標地点から例の通りまでドラゴンゾンビが進んできたと思われる道順を逆走している形だ。


見晴らしのきく道路上は敵対的な現地人による狙撃の危険があったが、道の端や脇道はドラゴンゾンビに弾き飛ばされたであろう車両や瓦礫などで詰まっており、未だ現存している建物に潜んでいるかもしれないミュータントの襲撃を受ける危険も有った為、今回はミュータント対策を選ぶ事にしたのだった。

最も、誰であれ自分達を撃てばその人間は不可避の死を与えられる事は確定していた。

R達から少し距離の開いた後方には同僚たちの乗る重強化外骨格(マトリョーシカ)が、更にその後ろに強化外骨格(エクソスーツ)を装備した歩兵部隊が散会しつつ縦隊を組んでで進んできている。

二人は先導兼囮という形である。

撃たれれば恐らくは二人とも死ぬが、撃った方もレーザーやプラズマで蒸発する。

まともな精神ならば手を出す馬鹿はいない筈だ。


Rの乗っていた重強化外骨格(マトリョーシカ)は簡単な偽装と仮説陣地を構築した公園跡地に残されたままだ。

先刻の戦闘での被弾により消耗した機体を継続使用するのは危険であるという事、先導役であるフランシスに顔見知りの見張りを付ける必要性、そして非常時に通信可能領域まで進出して司令部と連絡を取る為の移動・通信手段の確保の為にマトリョーシカを一機保持する必要があるという幾つかの理由が挙げられてはいたが、友軍とはいえ地上人を助けた事で中隊長に目を付けられたらしいと少尉からはそれとなく伝えられた。


要は気に入らないから指揮官権限で一番面倒で危険な位置に送られたらしい。

ある程度の年齢に到達した者や昇格してなお名前を得られていない者の一部が自分より若手のネームドやその配下の部下に嫉妬から嫌がらせをする事が少なからず起きる事をRは思い出した。

同時に名無しは自身に名前という箔をつける為に功績を得ようと無茶をする事があると言う事も。


「はぁ、軍も結局は人の集まりだからなぁ…」


また、ジョンソン少尉やLはともかく、他の軍人達は地上人への差別意識が強い。

先月戦死した戦友の補充で入ってきた新入りのS1856上等兵もその例から漏れてはいない。

いや、軍人だけでなくArkで生活している者の多数派は地上人を汚染されたミュータントと同義の存在として敵視していると言って良い状態だ。


彼らにとってエーテル汚染は不可逆の物であり、一度汚染されれば軽度であれ治療は不可能であるという意見が主流を占めている為だ。

地上人を兵士として使うのは地上で自由に動けない自分たちの手駒として、兵力の数合わせとして、そして数を間引く為に有効に使い潰す物だという意識が強いのだ。


当然、使い潰すだけでは彼らは集まってこないので飴も与えられている。

Arkに協力を申し出た者は軍役と引き換えに水や食料、住居や施設などの最低限のインフラが整えられた安全な居住地が与えられ、本人だけでなく家族分の軍役もこなせば共にそこに暮らす事が許可される。

労働環境は言うまでもなく最悪だが、外の世界に比べればマシなのか今でも彼らは使い潰されるという事を理解した上で志願してくる。

例え市民軍に属しているとしても彼らへの扱いは非常に悪く、彼らに肩入れする異端にも厳しい目が向けられる。


機動歩兵中隊に配属されて以来、使える物は全て使い、評価出来る物は全て評価し、貢献してくれる者には誰であれ恩恵を与えるべしと考えるジョンソン少尉の下で過ごしてきたRからするとあまり好ましいとは思えない考え方だった。

フランシスを助けた事で現地で何が起きたのかある程度知る事が出来たし、調査隊のいた最後のポイントもすぐに知る事が出来たからだ。


だが、現にこうして釣るし上げを食らった所から見て今後はもう少しうまく立ち回られねばならないと意識を新たにする。

地上での任務に意義を見出しているRにとって出世はあまり興味の有る事では無いが、だからと言って不興を買って死地送りや懲罰大隊めいた仕打ちを受けるのも御免だった。

少なくとも当面はこの危機を乗り越える事に集中しなければならない。


「どうしたんです?旦那」

「いや、こっちの話だよ。方向はこっちで合ってる?」

「ええ、あの大きい駅ビルが目印でさぁ、最初の時はここまで来るのにもあっちに行ったり、こっちに行ったり苦労したのにあの化け物がだいぶ瓦礫をぶち壊したおかげで楽ですなぁ、アノマリーすら消えてやがる」


歩き始めて一時間、既に目的地は目前まで迫りつつあった。

フランシスの言う通り、目的地への道は想定よりも楽であった。

公園跡地のある大通りからドラゴンゾンビの出て来た通りに入り、道路に沿って何度か右に左にと曲がった後はただひたすらにまっすぐ進むだけで目的地に到達しつつあった。


当然かつての様な完全に舗装された道を行くような快適さは無い、長年放置されたアスファルトは砕けているし、道路のところどころは地下に敷設された水道管が破裂したのか陥没して落とし穴の様になっていたりもする。

だが、道路を塞いでいた筈の廃車の群れも崩れた建物の残骸も、すべてあのドラゴンゾンビが移動時に蹴散らしてくれたようで障害物を乗り越えるだの迂回するだのは行う必要が無かった。


本来ならば回避して進まねばならないアノマリーも存在しておらず、それが逆に不気味さを感じさせる。


「あの建物も俺たちが来た時は道路をまたいで通りの向かいの建物に寄りかかって道を塞いでたんですぜ、ロープと梯子で乗り越えようとしたらアノマリーに阻まれるし、それで隣のブロックまで迂回してたのに今じゃこの通りだ」


フランシスがそう言いながら道路を塞いでいたという建物に指をさす。

そこには中央から粉砕され、二つに割られたビルの残骸が転がっていた。

周囲には破壊された際に発生したと思われる砕けたアスファルトの塊と建物の瓦礫が小さい山を作り、横倒しになったビルの穴を中ほどまでを埋めているいるが、苦も無く登れる高さで有り勾配もきつくはない。

今までに比べてここだけ掃除が雑だなとRは思いつつも偵察には都合の良さそうな高地がある事に感謝した。

フランシスの言う通り、その山の少し上、ビルの上空には陽炎の様にも見える空間の揺らめきが存在している。

アノマリーの兆候の一種だ、おそらくは重力系で巻き込まれると大体悲惨な最期を遂げる事になる。

逆にフランシス達の使っていたという迂回路へ向かう道は遺棄車両や分離帯、建物の残骸が雑に押し込まれて通れなくなっている。


(ここまで順調なのは今まで経験したことが無い…。おかしいぐらいに順調でまるで誘い込まれてるみたいだ…)


Rの中に僅かな疑心が沸き上がる。

他の路地や道路に抜ける道は廃車や瓦礫が覆いかぶさり、もしくはアノマリーによって通れ無いにも関わらず、大通りから最短で目的へと向えるこの道だけは不自然なぐらいに整理されている。


「気を付けてくだせぇ、この先はもう目的地の手前でさぁ。A中隊とB中隊の陣地に調査隊の移動式研究室もあるから死体目当てで結構な数のミュータントが集まってるかもしれやせん」

「了解だ、ありがとうフランシス。やばかったら速攻で逃げて後ろの連中にバトンタッチさ」


ビルだった残骸で出来た瓦礫の山を登りつつ、身を屈めてその先を伺う。

登ろうと歩を進める度に瓦礫が音を立てながらコロコロと転がっていくので足を取られない様にしつつ、建物内に何かが潜んでいないかだけは常に気を張って確認する。

この約10kmの道のりの間、市街地の道路を進んできて全くと言って良い程敵とは遭遇しなかった。

どかされた瓦礫の中に市民兵とおぼしき手足が紛れていたり、紫色に変色した血だまりや食い荒らされたらしい肉片や臓物、銃を握ったまま食いちぎられた腕や散発的に戦闘を行ったらしい空薬莢の山などは度々目にしたが、敵対的な現地住民もミュータントも影も形も無かった。


だからこそ油断は出来なかった、待ち伏せの可能性を考慮しなければならない。

どれだけ装備を整えていようと所詮自分達は人間なのだ。

撃たれれば死ぬし、殴られれば死ぬし、刺されても死ぬ。

薄く脆い壁の一枚向こうには常に敵が潜んでいるかもしれないのがこういった場所の危険性なのだから。

瓦礫を登り終え、横倒しにされたビルの中央部に到達すると目的地がRの視界に入り込んだ。

自身の周囲に敵対的な存在がいない事を確認するとヘルメットに組み込まれた望遠機能を使って偵察を開始する。


「酷いな」

そこに残っていたのは凄惨な破壊の痕跡だった。

市民軍が構築したと思われる土嚢とバリケードに鉄条網を巻き付けて作られた即製陣地は尽く破壊され、周囲には多数の人だったと思われる残骸と腐り落ちた土塊が転がっている。

服装からしてその大半は市民兵であり、正規軍の特徴的な宇宙服のような強化外骨格(マトリョーシカ)や化学班が着るより簡素ながら動きやすい防護服を装備した死体はほぼ存在していない。

救出対象である調査隊の使っていた移動式研究室も同様に破壊されており、内部に生存者は残っているようには思えなかった。


そして、周囲には死体とそれを漁る大型の変異した野犬や鳥、かつて人だったと思われる人型の胴体から「くの次」に捻じれ曲がった筋張り、細長い異常に伸びた手足を使って四つん這いの様になった蜘蛛の様なミュータントなどが多数徘徊している。

蜘蛛は汚れるままに任せ伸び散らかした不揃いな黒い髪を振りかざしながら手足を使う事無く頭だけを動かして一心不乱にバリケードにへばりついた兵士の残骸に食らいつき、死肉を漁っている。

蜘蛛の白い胴体に巻き付いたかつて衣服だったと思われる黒ずんだボロ布から見て、市民軍でも同胞の調査隊でも無いのが窺えた。

恐らくは変異した地元の地上人、下手をすると戦中ここで生活していた人間の成れの果てかもしれない。

そしてその周囲にはボロを纏わない子蜘蛛と言っても良い小さい個体も複数徘徊し、腐りかけの死体からはみ出た茶色に変色した腸や血肉のこびり付いた骨を奪い合っている。

どうやら繁殖可能な種の様だ。

顔を覆い隠す様に伸びた長い黒髪に反してその肌は陶磁器の様に病的なまでに白く、それ故に口や体にこびりつく変色した赤茶色や紫色の血が嫌が応にも強調され、かつて人だった理性を喪失した獣が数日前まで人間だった肉塊を奪い合う光景に地獄という言葉が連想される。


(まあ、人間や生物があんなのになってしまうという事実を知ったら地上の人間や生物に忌避感を持つのも仕方ないか…)


隣のパートナーの為にその言葉を飲み込んで頭の中で抑え込む。

汚染の進行は不可逆であり、ある程度進行すれば多くの場合、生命体は最終的にはあの様な破滅的な変異を起こしてしまうとされている。

そしてその汚染の進行度合いは晒されれば死ぬか変異を強制される地下の純粋人類に違い、半端に地上の環境に適応してしまった地上人に関しては既に変異を引き起こすトリガーが分からなくなってしまっている。

重度の汚染地域にいながら一生を人のまま終える者もいれば、軽度汚染地域で平穏に生きてきた者が突然アボミネーション― 元々が人類だったミュータントに与えられる名称―に変化するといった事も日常茶飯事らしい。

エーテル汚染とそれによってもたらされた狂った生態系と空間異常は純粋人類と地上人のどちらの生存圏も圧迫している。

それ故にArkに協力的な地上人も潜在的な敵性存在とされ、シェルターに入る事は許されず指定された監視された居住地域に押し込まれる形での生活を余儀なくされている。


「周辺の状況は想定通り生存者無し、ミュータントとアボミネーション大量、件の大穴はっと」


探す様に視界を左右動かすとA中隊とB中隊の陣地跡のすぐ近くに地下へ向かう大穴が開いているのが確認出来た。


中隊長に引き渡すまでの道中でフランシスから聞けた大まかな話では事が起きたのはおおよそ一週間前、調査隊はあの洞窟にある何かを調べていたらしい事、そして突然調査隊からの連絡が絶え、司令部との連絡も途絶し周辺のミュータントが活性化、他の中隊ともすぐに連絡が取れなくなり生き残りと救援が来るまで即製陣地で数日間の間粘り続けたが、最後はあの腐った化け物に蹂躙されたのだと言う事だった。

彼のいたC中隊は後続部隊を迎える為の発着場の整備と調査隊のいる地点までのルート上の障害物除去を命じられて他の部隊とは距離を置いていたために最初の異変からは逃れられたらしい。


二つの中隊の陣地はまるで何かが出てくるのを事前に察知していた様に穴の左右に敵を迎え撃てる形で構築されているようにRには感じられた。

鉄条網とひしゃげた市民兵用の古い型の水冷式重機関銃の残骸が洞窟の方向に重点的に配置されている見て取れた。

そして、穴の位置からしてそれは駅ビルの地下へと向かっているように見えた。

地下には良い思い出が無い、実際に潜った回数はあまり無いが旧世代の地下施設は頑丈で未だに構造を保っているの物が多い分、大体何かしら厄介な存在の巣になっているのが定番だったからだ。


「フランシス、あの場所についてはなんか聞いてるかい?」

Rは出来れば自身の到達した結論とは別の情報が出るのを期待して横で同じく双眼鏡を使っている案内役に話を振る。


「ええ、なんでも旧時代の鉄道だったか地下鉄だったかに通じてるとかいう話は聞きましたぜ旦那」

「ああやっぱり。また嫌な場所に通じてるね全く、戦前施設の地下とか絶対化け物の巣じゃないか」

だが期待した答えは得られずにRは思わず毒づく。

「……取りあえず、今後の事は後ろの連中に掃除させてからだね」


Rはヘルメットに搭載されたレーザーポインターを食事を続ける蜘蛛の群れに照射し、小隊長に連絡を試みる。


「ハスカール02から01へ、目的地を視認。地表部周囲に生存者発見出来ず、多数のミュータント及びアボミネーションを確認、砲撃支援を要請、目標地点はレーザー照射により測距済み、座標送信、排除願います」

「01から02へ、座標情報の受信完了。03に対処させる」


その直後、ビル内で観測続けるR達の頭上を03の発射した3発の青い光弾がゆっくりと飛び越えていく。

彼の腕ならば初撃から全弾命中させるだろう、おそらく修正指示を行う必要も無いだろう。

Rは望遠機能を解除し、ヘルメットのモニターを遮光状態にして着弾に備える。

僅かに着弾点をずらしたプラズマ弾が照準座標とその周囲に着弾し、内包するプラズマのエネルギーを解放して着弾地点と周囲を容赦なく焼き尽くしていく。

着弾点にいた生物は蒸発して尽く塵に還り、生き残った野犬やミュータントたちは蜘蛛の子を散らすように周囲の路地や建物の中に逃げ去っていく。


「02より03へ、ナイスショットだ、観測内の敵性生物の撤退を確認」

「R、この程度の事で世辞なんていらねぇぞ」

「01より03、他部隊と協働中は私語を慎め。02、移動研究所まで前進しろ。こちらも5分以内に障害物を除去して穴の前まで前進する、そこから離れて安全圏まで移動しておけ」


Rとフランシスが瓦礫の山を下り終え研究所へ向けて歩き出すと数分の間を置いて轟音と共に先ほどまでいたビルの瓦礫が吹き飛ぶ音が聞こえ、大量の土煙が立ち上る。

そして重強化外骨格(マトリョーシカ)が開いた大穴から鈍重な動きを見せながらゆっくりと歩み出てくる。

恐らくディフレクターで無理矢理瓦礫を吹き飛ばしたであろう事をRはすぐに察する事が出来た。

完全に道が開通した事で後続部隊は悠々と洞窟に向って進んでいくのが見えた。



―――




「うえっ、気持ち悪りぃ…」

研究所を目指して瓦礫の山を下り、プラズマで焼き尽くされて炭化した死体が散乱する陣地跡にを通り過ぎた所でフランシスは死にそうな様子で言葉を絞り出す。

「大丈夫かフランシス?ガスマスクは?」

「あいにく旦那に助けられて逃げてる時に落としちまったんでさ、吐いちまっても許してくだせぇ…」


強化外骨格(スクソスーツ)と装甲ヘルメットのおかげで全くわからないが、周囲は相当な悪臭を放っている様でフランシスが死んだ魚の様な顔で吐き気に耐えている。


「さっさと移動しよう、研究所まで行かないといけないからね」

「ええ、どんな場所もここよりはマシな匂いでしょうからね…」


死体や血と排泄物の混ざった様な色をした液体を踏まない様に避けながら陣地脇を抜けて移動式研究所の目前まで歩み寄り、そして生存者などいない事を改めて悟る。

研究所の支柱はひしゃげ、金属製の外壁は折れ曲がり、完全に押しつぶされている。

仮に事が起こった際に中に誰かが隠れて籠城していたとしても既に圧死しているだろう。

ドッグタグは回収したいが、残骸を掘り返して潰れた腐乱死体とこんにちわするのは避けたいところだった。


「02より01へ、研究所に到達しましたが損傷が酷く捜索するだけ無駄かと思われます。指示願います」

「01より02へ、こちらに合流しろ。部隊を再編して地下へ突入する」

「02了解、合流します」


Rの問いへの即答具合からして恐らく小隊長も調べるだけ無意味と分かっていたのかもしれない、だが万が一を考えて念の為に調べされたのだろう。

或いはこれも中隊長からの嫌がらせだったのか、いずれにしろここでの仕事が終わったRは本体との合流の為に歩を進めた。


大穴は地面とその上に建てられた駅ビルを横にくりぬいたように構築されていた。

コンクリートの基礎の一部と天然の土と石が露出したそれは縦横ともにそれなりの大きさを有しており、下に続いていくその穴はあのドラゴンゾンビが潜んでいても不思議でない程の幅と高さを持っていた。

これならば重強化外骨格(マトリョーシカ)もある程度までならば侵入出来そうだ。


「R、これはいよいよ持って本格的にきな臭くなって来たぜ。ヤバくなったらすぐ俺のそばに逃げて来いよ」


部隊に集合してすぐに機体から降りて待機していたLが話しかけてきた、どうやら彼もこの状況に違和感を覚えているようだ。


「L、ありがたいけど君の機体の近くだと踏み潰されそうで返って危ない気がするんだけど」

「なんだと」


文句は言うが、その声に怒気は無く、すぐに話題を転換する。


「しかし、お前の機体置いてきたの、幸か不幸か分かんねぇな…あんな閉所じゃスラスター吹けねぇしプラズマもホイホイ撃てねぇからしんどそうだぜ。正直、こっから先は俺達がやるべき仕事じゃない」


現在の小隊は長距離哨戒用のロングレンジ兵器が主体であり、閉所での戦闘を想定した装備をしていない。

機動力を発揮出来ず、近接兵器も不足している状態では火力のある歩兵程度の仕事しか出来ないのだ。

本来ならば地上で洞窟の入り口を守る方が合理的だろう。

だが…。


「まあ、あの根性曲がってそうな名無し中隊長様の事だから俺らも突っ込まされるし、お前が先導だろうけどな」

それをL自身が否定する、そしてRもその考えに同調してゆっくりと頷いた。


「固定武装はどうする?お前の外骨格の装備、バニラ状態だろ?俺のスラッグショット使うか?」


続く話題は強化外骨格(エクソスーツ)の固定武装についてだった。

強化外骨格(エクソスーツ)は腕部の手甲と裏側の手首の付近に武装のマウントがあり、非常時の近接戦闘用の兵装が搭載可能となっている。

装備は複数の種類が存在しているが、ここでいうバニラとは基本兵装の事を言う。

遠征軍歩兵ならば手甲に敵を切断するモーターブレード、手首側に敵を昏倒させるスタンフィストが基本兵装となっている。


「いいよ、基本装備ってのはそれが一番使いやすいからそう設定されてるんだ。下手なもん使うよりよっぽど良い」

「マジかよ、お前スタンガンとモーターブレードだけで行く気かよ」

「アサルトライフルとプラズマピストルがあるさ、それでどうにもならん相手ならば何使っても一緒だよ」

「なるほど、お前はそういう割り切りはきっちりやるよな。俺は積めるだけ火力積みたいけど」


Rの言葉は本心から出た物だった。

ミュータントが相手ならばアサルトライフルで十分であり、レムナントであればプラズマピストル以外は効果が期待出来ない。

かつては存在した歩兵用のレーザーライフルやプラズマライフルは戦後の混乱で失われ、施設警備用にARK内に残されていた雑多な小火器とプラズマピストルだけが兵士達にとっての支えとなっている。

気休めに過ぎない固定兵装にはあまり頓着する気が無いのだ。


「最後によ、どうせ長生き出来ねぇとかさっき言っといてアレだけどよ。死ぬなよ、戦友」

「ああ、帰ったらアイスとコーラが待ってるんだ。それに死ぬならばホームかシティの中で死にたい」

二人は向かい合うと互いに握った拳をゆっくりとぶつけ合い、同じ言葉を同時に発した。


「「人類に誇りと栄光あれ」」


それはお互いの生存と健闘を祈願する遠征軍兵士の間で行われる儀式だった。

そしてそれが終わると二人は配置に戻る為に別々に歩き始めた。


短い作戦会議の後に部隊は洞窟の出入り口を守る為に地上に機関銃と迫撃砲を装備した重火器小隊を配置し、残りは全て地下に突入する事が決定した。

当然Rとフランシスは先頭だ、ただし歩兵部隊からも分隊規模の兵力が投入される事が約束されていた。

先遣隊と共に先行して索敵と生存者の捜索を行い調査隊の痕跡を発見するのが今度の任務だ。


「02より01へ、これより先遣の分隊と共に地下に侵入します。非常時は援護頼みます」

「了解した02、慎重に行け。ここからは敵の領域だ、いつ何が来るか分からんぞ」

Rはフランシスを連れて味方の分隊と共にゆっくりと洞窟の中へと入って行った。

エーテル汚染はFalloutの根幹にあるFEVによる汚染を自分の世界観に合わせて改変したらこうなったみたいな感じの設定です。

旧人類は防護服によって身を守らなければ基本、死ぬか死ぬよりも酷い状態(ミュータント化)になります。

地上人は運良く人に近い形質を維持出来た人類の末裔ではありますが、変異の中途段階という感じで有り、いずれ完全にミュータント化する運命にあります。

ミュータント化してなお人の形と理性を残した存在もいますが全体的に見ると少数派です。

でも彼らがいずれ話の重要な位置に来る予定です。

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