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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
19/99

十話、屍者の国

気付いたら二カ月近く空いてしまってますが、異世界勇者ともども完結だけは絶対にさせます。

これからは可能ならば交互に更新していく予定です。

再び、試練の時が来た。

Rは目の前の置かれた食事、二つの泥パンと一杯の豆スープ、そして酒のなりそこないの入った杯を無表情で見下ろしていた。


もしかすると若干目元が痙攣を起こしてひくついているかもしれないが単純にストレスによる反射であり、ニシ達への他意は無い。

何と言っても彼らも同じ食事をとっているのだから文句など言えないのだ。


周囲ではニシとその仲間達が食事を取っている。

そこに特に不自然な点は無い、日頃から慣れしたんだ物を食べているという雰囲気だ。


彼らは不味い飯を片手に年頃の子供達らしく賑やかに語り合っている。

最も、言語の違いから何を話しているのかは全くわからない。


ニシも今は仲間達との歓談に夢中であり、当然ながらRは一人でただ黙って食事をせざるを得ない。

当然ながら、集団の輪からは外れて一人だ。

会話が出来ない上に部外者、警戒もされているのだろう。距離を置かれている。


だが、それも見方によっては救いかも知れない。

いちいち周りに馬鹿にされながら不味い飯を食うよりは一人で苦しんだ方がマシだ。

Rはそう考え、状況を可能な限り好意的に解釈しようと努めた。


一度目は面喰らったが、不味いと理解して食べるとなれば二度目は流石にそこまで取り乱しはしないだろう。

そう考え、気を引き締め、覚悟を決めてRは木のスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。


幸運にも、今回はあの強烈な生臭さが無い。

今回は具材が豆だけの様で、スープの味が分かる。

非常に塩辛い、ただただ塩辛い。


スープに入っている薄緑色の乾燥豆を噛み締める。

萎びた、小さい薄緑色の豆だ、そら豆か枝豆だろうか、或いはグリーンピースか。

新鮮ならば感じるであろう味覚や噛み応えは無く、数度噛むと水を吸ってふやけた豆はすり潰されて口の中から消えていく。


スープが塩辛すぎて味や風味などまるで分らない。

はっきり言って不味い。


だが食える、十分だ。

現状ではこれ以上の幸福は無いだろう。

前回が強烈過ぎたのだ、不味い云々以前に食えないレベルの劇物だったのだから。


スープの味を確かめて杯を静かに机に置くと、Rは続いて泥パンに手を伸ばす。

相変わらず硬いが、コツは掴んでいるのでナイフで無理矢理切り分けていく。


そして、一口大にした泥パンをそのまま押し込むように口に放り込む。

噛み締める度に乾燥しきった、苦く、酸っぱい砂の様な触感が口全体に広がっていく。

湧き上がる吐き気を無視して咀嚼し、無理矢理飲み込む。


やはりかび臭い。だが、慣れてしまえば一応は食える。昨日の食事後も腹も下していないので大丈夫そうだ。


無表情で噛むごとに砕けて砂の様な、そして一瞬後に泥の様な食感に変わる泥パンを噛み続け、飲み込む。

不快になった口の中に塩辛いスープを流し込み、最後の酒の出来損ないを口直しに流し込む。


炭酸の混じった不味い麦茶だと思えばこれもギリギリ行ける。

そう思わねば食事の度に心が折れるだろう、Rは外の世界での食事という分野においては自身の感情をコントロールして耐える術を既に会得し始めていた。


それ以降、周囲の歓声をBGMにRは黙々と泥パン、スープ、酒もどきのローテーションを維持して食事を続け、遂に完食した。


これから死ぬか発狂するまでの間、この様な食事しか出来ないとなると気が滅入るが、慣れるしかない。

それが一番早く楽になる近道だ。希望は捨てよう。


「はぁ…合成ベーコンが喰いたい…」


強くあろうとする頭と心とは裏腹にRは自身の体と舌が欲している物の名を無意識に溜息と共に口からこぼしていた。

もう二度と口に出来ないであろう故郷の味もいつかこの不味い食事の記憶に蹂躙されて思い出せなくなるのだろうか、心の弾まぬ食事を終えたRは再度ため息をついていた。


―――


食事を終えると10分ほどの小休止を行い、一団はすぐに移動の準備を開始した。

ニシが何かを叫び指示を飛ばしているようで、皆各々の荷物を担ぎ、銃を取り出して安全装置を解除し、行軍の準備を始めている。


物資の回収などの準備は起きてから食事を作っている間に終わらせていた。

何と言ってもこの場にある価値のある物を持てるだけ持ってを撤収するだけだから、作業の時間も労力も少なかった。


詰められる小物やスクラップは背嚢の中に、詰められない毛布などの大きい物はも畳まれてからゴミ漁り(スカベンジャー)達の背負う背嚢の上に紐で固定されて重ねられる。

いくつかあるテントも折りたたんで持っていくようだ。


本人たちが使うのか、売るのかは分からないがこういった物を集めるのが彼らの仕事なのだろう。


子供には重いであろうそれらを背負い、銃を構えてなお彼らはそれほどそれらの重量に苦痛を感じていないようだ。


やはりミュータント化の影響があるのだろうかとRは彼らの作業を見ながらぼんやりと考えていた。

というのも、Rはそれらの作業に参加させて貰えなかったからだ。


ニシ曰く、『お前に手伝わせたらその分の報酬が発生するから動くな』という事だった。

その代わりに彼らの荷物も持たなくて良いという交換条件だ。


身重にならなくて済んだのは幸いだろう。

自分の手持ちの装備だけを持っての移動となれば無駄な体力を使わなくて済む。


ニシの仲間達は、ニシと同様に食事中も自身の顔を晒す事は無かった。

全員が自身の顔や体を隠す為のフードやターバン、ボロ布などをつけたまま、器用に食事をとっている姿が印象的だった。


夜中に続けた話の中で、彼らが皆親から捨てられたミュータント化による身体異常を引き起こした悪魔憑きである事をRはニシから伝えられていた。


人の世からは異物として迫害された彼らには他に行き場は無く、リーダーであるアスマに拾われるまではスラムの路地裏で飢餓と迫害に苦しんでいたり、危険な荒野を彷徨っていた者達であったらしい。


だからこそ彼らは他人、特に健常者の大人は信じないのだという事だった。

彼らが自分には例外的に接してくれている事が幸いだ、これからも言動と素振りには気を付けなければならないだろう。


最も、これまでの対応が全て罠であり、後で裏切られる可能性も当然考えねばならないので油断はしてはならない。


現状、誰も信用してもいけないのだ。

Rは自身の頬を両手で叩いて気合を入れなおす。


まずは現状を脱して周辺状況を把握し、体勢を立て直す。

その為に必要なのはニシの協力だ。


街にたどり着くには現地人の協力は不可欠であり、それにはまともな会話が出来る通訳がいるという事が大前提だからだ。

たとえ今後ミュータントや地上人との戦闘が発生しても彼だけは守らなければならい。


逆に言えば、他はどうなっても良いおまけだ。

見捨てるつもりは無いが無理ならば身を挺してまで守る必要はないだろう。

ついでに助けられたら良いなぐらいの塩梅で考えておくべきだ。

自分が死んでは元も子もない。



そういった感でRは冷静に目の前の少年たちの命の値踏みをしていく。

酷な話だが、昨夜の段階でニシに彼らの装備を確認した結果、それはもう仕方の無い事態だった。


彼らの装備では戦闘が発生した場合、高い確率で撃ち負けるか殴り負けるからだ。


彼らの武装は博物館行きの代物と言っても良い第二次大戦期の銃であるステンガンや、更に古く陳腐な一発ずつしか廃莢も再装填も出来ない固定式フレームの回転式拳銃、昨日殴り倒したプーミと呼ばれている獣人の少年に至っては狩猟用のエアライフルの類だ。


始めて出会った時、自動小銃を装備していると思ったニシでさえ、持っていたのはボルトアクション小銃であったのにはRも衝撃を隠せなかった。


その小銃は見た目だけは旧式ながら自動小銃の要件を満たしていた。


自動小銃特有の形状、箱型弾倉、しかし肝心の機関部がボルトアクションである。

まるで初期型M14ライフルの出来損ないみたいな小銃だ。

どうもこの地域ではそういった物の方が多いらしい。


十分に訓練された優れた射手ならば、ボルトアクションライフルでセミオートライフルと同等の速射性を発揮するとも言われているが、ニシにそれほどの実力があるようには思えなかった。


つまり、彼らの保有している火力は絶望的なまでに低い。

どれだけ甘めに見積もってもARK5では数合わせの二線級兵士である市民兵の分隊以下の戦闘力である。

戦闘など論外、何事も無く彼らの本体と合流できなければ死傷者の発生は避けられないだろう。


現状最も火力が有るのがR自身のアサルトライフルであり、それは2つの60連弾倉、120発の即応弾しか使用できないのだ。

弾倉自体が破損して二つしか手に入らなかった以上、こればかりはどうしようもない。

本来ならば持てる弾薬は全て弾倉に込めておきたいぐらいだったのだから。


「おっさん!出発するぞ!」

「ああ、よろしく頼むよ」


ニシの呼びかけに応じてRは立ち上がる、不安材料は多いが出発だ。

腹を括るしかない。


一夜の間、自分達を守ってくれたシャッターを開け、ニシ達ゴミ漁り(スカベンジャー)一考とRは崩壊した百貨店を後にした。


空は相変わらず薄くかかった雲で黄色く濁っているが雨の水たまりも少なく、既に中和されたのか危険な白い煙を巻き上げてもいない。


「おっさんは俺の脇にいろ。銃は撃てるようにな」


ニシに促されてRは頷くとライフルの安全装置を解除し、セレクターを単射用に変更して集団の中央に陣取るニシの隣に立って共に歩き出す。


「ニシ、目的地は?」

「本隊の泊ってる筈のセーフゾーンだ、本当は昨日もそこで寝る筈だった」

「分かった、君の上司に会うのが楽しみだ」


一行は獣人プーミを先頭にその後ろの中央にニシとR、残りが後衛として縦列を組んでセーフゾーンへ向けて移動を開始した。


―――



昨夜ねぐらにしていた百貨店を出て一時間分程度が過ぎただろうか、ニシ一行とRは渋滞によって身動きが取れなくなり、そのまま乗り捨てられた多くの車両の残骸が残された大通りの道路を進んでいた。


かつて通った不自然なまでに整理された通りと違い、戦後の混乱をそのまま残したようなその光景は、通行の不便さと同時にニシ達に身を隠しながら進める多数の遮蔽物を提供してくれる絶好の移動ルートにもなってくれていた。


人の勢力圏を離れた地では、歩きやすさよりも隠れやすい環境の方が人間にとっては都合が良い。

なお、車両は皆主な部品は全て外されており、残っているのは車体フレームと動かせなかったであろう幾らかの残骸だけだ。


だが、彼らの表情に安心感は無い。

むしろ、そこには警戒感の色が強い。


現状、移動は順調であり、合流地点には着実に近づいている。

人間にもミュータントにも遭遇していないし、アノマリーもエーテルに揺蕩う精神汚染体もいない。

空は天高く太陽が輝き、夜はまだ遠く、天候の変調の兆しも無い。


だが、異臭がする。

それは百貨店を出て外に出た直後から皆が感じていたようだ、風に乗ってどこからか流れてくる何かが腐った様な吐き気を催す強烈な腐敗臭。


Rはその匂いに心当たりがあった。

いや、最近その匂いを知って理解したという方が正しいのかもしれない。

あの、人として死ぬ筈だった地下鉄で、死に損ない目覚めた後に嫌という程嗅いだ匂い。


単刀直入に言おう。これは生物の、人の腐った匂いだ。

それが周囲一帯に漂っているのだ。


「ニシ、どう思う?この匂い」

「くせぇな、いやマジの意味だぞ?死体の匂いだ。それに…」


一度周囲を見回してからニシが続ける。


「それに、今日は周囲がやけに静か過ぎる。外ってのは普通もっとうるさいんだ」


ニシによれば外というのは様々な気配や雑音が蠢いている混沌とした状況が普通であり、馴れれば音や空気からそれを読めるようになるのだそうだ。


強化外骨格の聴音センサーに頼っていたRには全く理解できない事であり、もしかしたらミュータント化の恩恵が多分に含まれた発言なのかもしれなかった。


思案している内に先頭を行くプーミが手を横に挙げて集団の前進を停止させた。

それに応じてニシがすぐにプーミの下へと移動し、何かを言い合っている。

そうして二言三言と言い合った後にニシはRにこちらに来るようにと手招きをしてきた。



「どうしたんだい」

「おっさん、あれどう思うよ?」


ニシが指差す先には人型の複数の影がふらふらと歩道を蠢いている。

その仕草や動きは生きた人間のそれではなく、服装もボロボロであり、何よりその体は既に腐っていた。

屍者ゾンビだ、エーテル汚染の影響で一度死んだ死体が再活性化して動き回っているのだ。


これは今や亡者となったレムナント達とも違った存在だ。

亡者が知的生命体としては死んだも同然という状態でありながら、その呆れるほどに強靭な生命力故にまだ生きているとぎりぎり判定出来ないでもない生ける屍ならば、屍者は完全に死んでいながらに動き回る腐った死体なのだ。


これもどういう原理で動いているのか、完全には解明されていない。

エーテルに揺蕩う精神汚染体による影響なのか、単純にエーテルという物質の影響なのか、はたまた地獄が満員になって溢れたのか、彼らは無作為に動き回り生者に襲い掛かる。


「ありゃ、同業者の成れの果てだな。上手くやれば武器と装備が手に入るが、どうする?」


目を凝らすと、屍者達が武装しているのが見て取れた。

短機関銃や散弾銃と思しきものを屍者達はだらりと弛緩させた腕に握りしめて棒立ち、或いはフラフラと倒れそうになりながらへたくそな歩行を繰り返している。


「あいつらをやれば多少はお寒い懐と武装が暖かくなるが、どうする?」


現状、我々の装備が心もとないからこその提案だろう。

だが、Rはそれに難色を示した。



「ニシ、君がやりたいのはゴミ漁りか?それとも仲間との合流か?」

「合流だな」

「だったら色気は出さずに初志を貫徹するべきだ。下手につついて物陰から団体さんが出てきたらおしまいだよ」

「一理あるな、無視して迂回しよう」


屍者はゾンビなどと言われているが、創作の世界と違って頭を破壊しても活動を止める事は決してない。

映画やドラマならばヘッドショット一発で止まる様な都合の良い存在だが、この狂ってしまった世界では屍者は、『死んでいるからこそもう死なない』のだ。


おかしな話だが、そういう物として受け入れるしかない。

というのも、奴らは頭部を破壊しようが体を両断しようが活動し続けるからだ。


止めるには四肢を破壊して物理的に行動不能にするか、さもなければ焼き払うしかない。


機動歩兵としての装備が充実していた時には屍者を滅ぼすのは簡単だった。

プラズマピストルの火球で焼き払い、接近させれれば腕部に内蔵されたモーターブレードで四肢を切り裂いてしまえば良かったからだ。

所詮は人の延長線上の存在である屍者の牙も爪も、人より強大な存在と戦う為に開発された強化外骨格の装甲があれば恐れる事も無かった。

精々、表面にひっかき傷が残る程度であろう。


だが、今は事情が違う。

現状持っているのは数個のプラズマグレネードとアサルトライフルだけだ。

グレネードは数が限られているし、対人戦に特化したライフルでは四肢破壊は弾丸の消費が激し過ぎる。


元より、アサルトライフルの小口径弾は人間の殺傷よりも治療しなければ死亡する程度の負傷をさせることに比重を置いているので尚更相性が悪い。

ARK5が地上戦では不向きなアサルトライフルを運用し続けているのは単に生産設備と能力の問題というのが大きかった。


そういう意味で、屍者は今の装備で相手にするには最悪の相性であった。

撃てども撃てども止まる事のない不死の肉塊、それが屍者なのだ。


更に言えば、彼らは集団で行動する性質があり、一体いれば周囲に数十体はいてもおかしくない。

下手に交戦すれば後からどんどんと不死の肉塊が殺到してくることになる。



「うし、じゃあさっさと移動しよう。いつも通り素早く、慎重にだ」


ニシがそう会話を締めると一行は陣形を元に戻して屍者を避けるルートで行軍を開始した。



―――



獣人型悪魔憑きであるプーミを先頭に集団は荒廃した市街地を進み、集合地点となっているビルの近くへと到達しつつあった。


だが、進むにつれて屍者の数も増えていく。

その姿は中々にバリエーションに富んでいる。


比較的新鮮さの残っているゴミ漁り(スカベンジャー)と思しきボロ服を着たそれなりの銃火器を装備した者から、元が何者であったかも分からない服すらも完全に脱落した手足の脱落した腐り落ちかける直前の者まで多種多様な屍者が街の中を徘徊している。


中には、見覚えのある軍服を着ている者達すらもいた。

恐らくはフランシスの同僚達であったであろう市民兵の一人だ。

ドラゴンゾンビに襲われて方々に散ったのちに皆尽く死という運命に絡めとられたのだろう。



彼らの武器が欲しくないかと言えば嘘になる。

だが、それは先にもニシに告げた理由から却下せざるを得ない。

予想通り、周囲は屍者だらけであり、まるで屍者の街、いや屍者の国の様だ。


結局のところ、自分の無茶は一人しか救えなかったのだとRは静かに事実を受け止めた。

あの時自分を助けてくれた戦友や上官たちはもう、誰もいない。

少尉は果たして脱出できたのだろうか、自分の重強化外骨格を置いてきたランディングゾーンまで戻れれば確認も出来るだろうか、それは最早不可能だ。

信じるしかない。


「ニシ、状況が悪くなってきているように感じるんだけど、どう思う?」

「ああ、こりゃ割とやばそうだな。俺らが寝てる間に同業者が大勢やられたみたいだ。屍者が多過ぎる」

「本隊のいるセーフゾーンは本当に安全なのかい?周囲がこれでは破られてるかもしれない」


Rの問いに一瞬、ニシは返答を詰まらせた。

彼もまた迷っているのだろう。

現状の最高指揮官は彼なのだから仕方がない、だが決断はしてくれないと困るのだ。

合流を目指すか、現状の人員で現地を離脱するのか。

どちらが安全かを少ない時間と情報で考えて貰わねばならない。



「このままだ、アスマがそう簡単にくたばる筈がねぇ。合流出来る筈だ」



ニシの選択は続行だった。

ならばそれを支援するほかRに選択肢はないと無言で頷いた。


この状況で一人で生き残れる可能性など無いし、言語が違う彼らを指揮する事も出来ない。



「了解した。ところでずっと彼に先導をさせて大丈夫なのか?交代させないともたないと思うんだが」



続いてRはプーミがずっと先頭で索敵と経路開拓を行っている事についてをニシに確認する。

別に獣人の少年を気遣っての事では無い、生き残る為に必要な事であるからだ。


兵員輸送車や実質的な歩行戦車である重強化外骨格(マトリョーシカ)に搭乗しているならばともかく、生身での徒歩行軍となれば敵と接敵する可能性のある先頭と後方からの襲撃の危険がある最後尾の兵士の負担は非常に大きいものになる。


常時周囲の敵とアノマリーの存在を注意しながら前進せねばならない前衛は特に体力と精神の消耗が激しい。

適時隊列中央で休ませている補充要員と交代させねば致命的なミスを引き起こしかねねず、時には小休止してでも兵士を休ませねばならない。



アノマリー探知機や動体センサーを備えた完全装備の正規軍兵士ですらその状況であるのだから、子供のプーミには荷が重いというのがRの判断だった。


この状況での問題発生はすなわち、屍者の群れとの開戦を意味する。

絶対に避けねばならない状況だ。



「あいつは大丈夫だ。慣れてるし、アノマリーが見えるのはあいつだけだ。下手に交代するとそれこそ危ない」


Rの問いにニシは決して聞き流す事の出来ない答えを出してきた。


「アノマリーが見えるだって?本当に?」

「ああ、あの姿になってから見える景色が変わったって言ってるな。あと耳と鼻も良くなったとも言ってた」

「驚いたな、そんな変化が発生するのか…」


Rは心の内で驚愕を抑えながら、要生存にニシに加えてプーミを付け加えた。

可能ならば生きたままARK5の研究所に送り込みたいぐらいの希少な生体サンプルだ。

現行では不可能な話だが、自分が生き残る為にも彼の助力も必要だとプーミの有用性をRは再認識した。


「その代わりにあんまりデカい音と刺激臭はあいつの好みじゃねぇんだ。火薬使ってねぇ武器持ってるのにもちゃんと訳がありってな」

「なるほど、理解した。彼は頼りになりそうだ」


その言葉にどこか誇らしげにニシは笑ってみせた。



―――




「失敗だ!ずらかるぞおっさん!」

「こっちの装備じゃ殺しきれない!戦闘は避けるぞニシ!」

「分かってるよ!こうなりゃ街の外目指して全力で逃げるっきゃねぇ!」


プーミに先導されて数時間、正午を過ぎようという時、ようやく一行は目的地であるのセーフゾーン近辺へと到達した。

彼の進路開拓は見事な物であり、屍者どころかアノマリー地帯すらも巧みに避けて誰一人失うことなく長距離の行軍を完遂して見せた。


道中ではアノマリーに巻き込まれて爆散する屍者などの光景も散見され、ニシの言葉が嘘では無かった事が証明される結果となった。


しかし、予定地点に到達したものの、鏡を使った光の反射による合図を送っても相手からの返事は一向に無しだ。


業を煮やし、より確実な連絡手段である信号弾を詰めたフレアガンを取り出したニシをRは屍者に発見される可能性を理由に制止したが、ニシもまた後には引けない状況であり強行した結果がこれだ。


このまま現状を維持してもいずれは夜になり、そうなれば次の日の朝日を拝むことなく貪り喰われるしか無い詰みの状況だったからだ。


行軍隊形を解き、予定地点で全周警戒を行いながら一かたまりで合図を送り、結局は失敗して全方位から迫る屍者を相手に逃げ回る羽目になってしまった。


信号弾への返答はなく、周囲の屍者達が発射音と光に引き寄せられてこちらへと殺到してきた。


周囲を徘徊する屍者の数は相変わらず多く、どう考えてもニシの同業者や市民兵を計算に入れても個体数が多過ぎるように感じられる。


人だけではなく、見覚えのある『蜘蛛』と形容した元人間ミュータントや動物なども屍者の列に並んでいる。

これが静か過ぎるというニシの言ってた意味であり、答えなのだろう。

もう生きている者は我々以外にはいないのかもしれない。


更に加えて外部からも都市に屍者が流入してきているの可能性が高い。

屍者は屍者を呼ぶのだ。


こう数が多い場合、事態は更に悪化していく。

一定数の屍者が集まって飽和すると更なる変異体が発生するのだ、Rはそれだけには会いたくなかった。

状況次第では強化外骨格を着ていても危険な存在だからだ。


遅かれ早かれ見つかってこうなっていたかもしれないとRは足元の悪い砕けたコンクリート舗装の道を走りながら思考を再編する。


本隊とやらが崩壊している以上はもう今いる人員だけで脱出するだけだ。

その時が来たら予定通りに必要な人員以外は冷静に切り捨てる他無い。


「おっさん!あれを見ろ!」


窓の割れた廃墟の通りを走る中、ニシが叫び点に向けて指を差す。

そこにあるのは赤と黄色の炎を上げながらゆっくりと降下するフレアの閃光だった。

目算で十数キロは離れているだろう、街の外から発射されている。


「アスマだ!まだ皆生きてるんだ!」

「本当に大丈夫なんだな!?偽物の可能性はないのか!?」

「合図の一種だ!向こうからも救援に来てくれるみてぇだ!」


ニシの確信と喜びに満ちた声がRの疑念を否定する。


同時にニシは仲間達に何かを叫んで指示し、Rに再び向き直る。


「プーミを先頭にフレアの炊かれた方に逃げる!遅れるなよ!」


一行は周囲から迫る屍者をかわしながらの逃避行を開始した。

世紀末や終末物と言えばゾンビ!フェラルグール、ラスアスのキノコ野郎、そしてネクロモーフ!

といった感じの方々から着想を得ているので戦っても益が少ないけど逃げるのも難しい面倒な奴らという感じを屍者くん達には出していきたいです。

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