九話、ファンタジー・オブ・ザ・デッド
はい、いつも投稿が遅くなって申し訳ありません。
労働環境の改善に現在勤めているので当面は月一投稿から頑張って月二投稿に出来る様努力していきたい所存です。
今回の話ですが、まあ敵の顔見せ回みたいな感じでRくんはほぼお休みです。
題名からして分かると思いますが、まあファンタジー物の雑魚敵としてお約束みたいな連中がテーマですね。
ゾンビ映画を見る気分で気楽にどうぞ。
大戦による空間異常とエーテル汚染によって醜く歪んでしまった世界に再びの夜が訪れ、今日も青みがかった紫色に変色した夜空に赤黒く染まった月が浮かぶ。
夜とはいう物の、空は薄暗いならも夜明け前の様な明るさを保ち、月は濁った太陽の如く輝いている。
その光景は空が青から紫へと変わった昼の様ですらある。
だが、その光が地上へと降り注ぐことは決してない。
天からもたらされる筈の光は空中に漂うエーテルや異常空間によって阻まれ、地上は空の明るさと反比例するように暗黒に覆われていた。
その闇の中、打ち捨てられた市街地の路地を二人の人間が電灯の僅かな光源を頼りに必死に駆けずり回っている。
一人は銃身にライトを取り付けたアサルトライフルの様な箱型弾倉を装備したボルトアクションライフル―――機関部がボルトアクションに挿げ替えられた素のM14の様な物と言っても良いだろうか―――を持った細い背の高い男、もう一人はポンプアクション式のショットガンを構えた背の低い小太りの男。
身にまとった麻布の粗末な服と革製防具、ぼろきれの様な擦れて穴の開いた外套に目を瞑れば既に文明の衰退した世界で希少品となっている携行ライトを持ち、質素ながらも自衛の為の最低限の火力を担保できる銃火器を持つ彼らは、それにも関わらず何かから逃げているようだった。
二人は背後から迫る何かから必死に逃れようと、回収する値打ちすらも見いだせないゴミの転がる狭い路地を息も絶え絶えに必至に走り抜ける。
その耳に流れ込んでくるのは気の抜けたうめき声とも取れる唸り声、そして足をもつれさせながらも歩みを止めぬ複数の足音。
それらが少し離れた、それでも一定の距離を保ってずっと追いかけてきている事に心身共に追い詰めらつつあった。
「しつこい奴らだ!どこまでも追いかけてきやがる!」
ショットガンを握りしめる小太りの男、カッタは追跡者を憎々しげに罵った。
もうかれこれ一時間近くこの夜中の運動会を強要されていれば誰でもそう言いたくなるだろう。
集団で追いかけてきている敵を少しでも分散させる為、そして究極的には逃げ切る為に二人は襲撃を受けた仮設の隠れ家から飛び出して大通りへと一度出た後に路地裏から路地裏へと逃げ込み、時には壁や金網をよじ登り、崩壊した建物の屋上へと上って倒れかかった隣の屋上へ飛び移るといった決死の努力を繰り返していた。
そうして続けた逃避行の果てにこの狭い路地へと潜り込んだのだった。
それもこれも酸の雨なんていう糞ッタレなアノマリーのせいで仲間たちのいるセーフゾーンまで帰れなかったからだ。
あそこならば快適に夜を過ごせた筈だったのにとカッタは苛立ちを募らせていく。
何と言っても地上には僅かな星明かりしか降り注いできてはくれない漆黒の世界だ。
嫌味の様に星々の輝く薄明るい夜空だけが不自然に空に貼り付けられ、地上はその明かりに反比例するように濃い暗闇が広がっている。
この狭い路地の中では尚更だ。
頭の帽子に括り付けた小さいペンライトの光だけを頼りに仲間と二人延々と都市の狭い路地を駆けずり回っているのだからたまった物ではない。
「金稼ぐどころか化け物共しか出て来やしねぇ!生き残っても破産だ畜生!」
ライフルを持った細身の長身の男、ヴァンもそれに応じる。
彼らは一週間ほど前にここで何か大きな出来事、或いは戦闘が起きたという話を聞いてやってきたゴミ漁りだった。
文明が崩壊して100年、目ぼしい安全な市街地からは取れる物は既に取りつくしている。
残っているのは化け物や旧時代の無人兵器がうろつく危険地帯の探索か、廃都市そのものを解体して資源化する都市鉱山関連の工夫としての道しか残っていないというのが現状だ。
そんな中で最近になっては目っきり見なくなった旧時代の先進兵器を含む大部隊がこの廃墟で何かをし、そして撤退したという話は彼らの好奇心とゴミ漁りとしての本能を刺激するには十分だった。
何もアーティファクトだのプラズマ兵器だのと言った大物でなくても良い、銃でも空薬莢でも手榴弾でも良い。
そういった物を見つけて一山当てようと目論んだのだ。
その結果がこれだ。収穫はまるでなく、今まさに生命の危機に瀕している。
来るんじゃなかったとヴァンもまた後悔を深くしている。
二人は追いかけてくる何かを罵りながら決して走る速度を落とさない。
それが何かは分からない、だがきっと禄でもない物である事は確かだ。
いや、実際には既に何が迫ってきているかは分かっている。
だからこそ、追いつかれてはならないのだ。
二人の男はそれを理解しているが故に決して振り返らず、限界に近い息と体をなお酷使して走り続ける。
そうして幾ばくかの逃走の末、狭い路地の十字路へとぶつかり二人は走るのをやめる。
前方と左方向には相変わらず闇が広がり、右方向には闇をかき消すように複数の火の玉が細い路地の通路を彷徨い、地面からは間欠泉の様に炎が吹き上がっている。
火災型のアノマリーだ、現状の装備では突破は出来そうに無い。
背後からの声と音は聞こえてはいるが先ほどよりは小さく、そして遠い。
「距離は稼げたな」
「ああ」
狭い路地に集団で入り込もうとして詰まってくれたのかもしれないという期待から二人は互いの顔を見合わせ笑みが浮かべ合う。
そうして出来た時間を利用してそれぞれが互いの背を守る様に銃を構えつつ小休止、乱れた呼吸を整えて次はどの道へと逃げるか検討しようとしている時、無情にも十字路の前方の道からも似た声と足音の別の団体が迫ってくるのを二人の耳は聞き取った。
「くそ!どっから湧いてくんだこいつら!しつこい上にこう暗いと何も見えやしねぇ!」
「向こうからは見えてんだろうよ!どうする!?このままじゃ囲まれちまうぞ!」
ヴァンはライフルを構ええながら迫ってくる何かを罵りながらと同じくショットガンを構えて背後の警戒を行っているカッタと問答をする。
そうしている間にも前方からの足音は地面に落ちているゴミ箱を蹴る音などの雑音を含みながら大きくなっていく。
しかし、肝心の電灯の光は夜の闇に負けて僅かな先しか映し出してくれていない。
すぐ近くにいる事が分かっているのに、闇がその敵を覆い隠してしまっている。
アノマリーの炎に頼ろうにも、それらで照らされる頃には銃での阻止が困難な接近戦になってしまうだろう。
「カッタ!火炎瓶残ってるか!?」
「有るには有るがどうする!?あいつらには…」
ヴァンの問いにカッタはに歯切れが悪く答える。
正体を知っているが故に火が敵を退けてくれない事を知っていたからだ。
「とにかく投げろ!照明代わりにはなる!」
ヴァンの言葉にカッタは頷くと、懐からライターを取り出し、腰の皮袋に収納していた火炎瓶に火を付け、前方の声に向けて投擲する。
「準備しろ!」
「おうよ!」
投擲された火炎瓶が宙を舞う中、ヴァンが立ち姿勢でライフルを構え、カッタは自身の小太りの体でヴァンの射線をふさがない様に片足をついて膝撃ちの体勢に移行する。
投擲した火炎瓶は地面に落ちる事無く空中で砕け、燃え上る。
壁に当ててしまったのか?いや違う、二人の狙い通りだ。
燃え上った炎が闇をかき消し周囲を照らし出す。
路地の両脇を塞ぐ建物の壁、通りに散らばるゴミだまり、そして…。
唸り声を上げながら二人に迫る人だった物の成れの果てを炎は鮮明に映し出していた。
六体の人型の存在が狭い路地をふらふらとした足取りで、時に通行に邪魔な仲間を押しやりながら無理矢理に進んできている。
投擲した火炎瓶は彼らの先頭にいた二体に命中し、不運な者達を生きた松明の如く派手に燃やしている。
だが、それでも彼らは止まらない。
なぜならば、既に彼らは生きていないからだ。
死んだ身に炎を忌避する本能は残っておらず、身を焼かれる痛みという感覚は既に無く、そして死して間もない死体に含まれる水分は炎によって死体を炭化させる事を拒み肉の焼ける音を立てて抵抗する。
「くたばれ!」
「もう一遍死ね!」
二人はほぼ同時に迫ってくる人の成れの果て、死して尚起き上がった『屍者』たるリビングデッド達を罵ると同時に発砲、暗闇と静寂に呑み込まれた路地の一角が閃光と火薬の爆ぜる音で満たされる。
ライフルから放たれる7.62mm小銃弾が燃え上がった先頭の屍者の頭部に風穴を開け、ショットガンから放たれる大粒の散弾がそれに続く二体目の屍者の頭部の上から半分を抉り取る。
生者であれば確実に即死の致命的な損害を受けた二体の屍者は数歩後退しながら体勢を崩して地面に崩れ落ち―――る筈であった。
だが、頭部を吹き飛ばされた筈の屍者達は数歩の後退と共にその衝撃から立ち直ると体勢を立て直し、踏みとどまる。
前からは銃弾を撃ち込まれ、後ろからは撃たれた仲間を押しのけて前進しようとする残りの二体に押されて前後揺さぶられ、それでも燃え盛る頭部を欠損した二体の屍者は何かを思い出したかのように以前通りの不気味な足取りでカッタとヴァンに接近してくる。
「耐えたぞ!もう時間が経っちまってるみてぇだ!」
「もう焼き払うしかねぇ!四肢を吹き飛ばせ!」
それを見た二人は叫びながら状況と行動方針を確認し、戦術を変更する。
接近を続ける屍者達を相手に射撃体勢を崩さず、発砲を続けて動く死体を文字通り破壊していく。
頭部を破壊して尚迫って来るならば移動に使える器官を物理的に破壊して動きを止めるしかない。
つまりは四肢の破壊こそがこの悪夢の存在を食い止める事の出来る唯一の手段なのだ。
射撃を受けてなお接近を試みた死体達は次々と放たれる大口径の小銃弾と散弾によって胴体と四肢を破壊され、細分化され、大きな肉塊―――或いはグロテスクな芋虫―――となって地面に転がり落ちる。
「取りあえず終わったな…」
「ケツのが迫ってる、早く移動しねぇと…」
四肢を破壊されてなお体を揺さぶって蠢き、胴体だけで動こうともがく屍者の完全な無力化の為に頭部を破壊すべく、ヴァンが仰向けに倒れた屍者の一体に銃を向け、うっと声を漏らす。
「嘘だろおい…」
ヴァンは狼狽えた様子で言葉を絞り出す。
胴体だけになって尚進もうと体を左右に揺する屍者の姿に怯えたのではない、そこに転がっていたのが見知った仲間の顔だったからだ。
「グェンじゃねぇか!くそっ!」
「こいつは今晩の寝床で籠城決め込めた筈だ、つまりは…」
狼狽えるヴァンの横を通り抜け、カッタは頭部が無事なもう一体の屍者を思い切り蹴り上げ、仰向けに転がす。
そして外れてくれと願いながら顔をライトで照らし、そして願いが叶わなかった事に落胆した。
「こっちのはイムだ、間違いねぇ…」
ゴミ漁り(スカベンジャー)達は例え仲間が戻ってこなかったとしても夜間に捜索を行う事は決してない。
夜は化け物達の世界であり、どれだけ優秀な装備を有していようと視界の効かない環境での活動は自殺行為以外の何物でもないからだ。
だからこそ、優秀なゴミ漁りや旅商人程、事前に移動ルートの選定とセーフゾーンの確保に心血を注ぐ。
場合によっては自前で堅固な陣地を設営する事もある。
彼らを含め仲間達はゴミ漁りとして十年以上やってきた中堅どころの集団だ、その辺りに抜かりは無かった。
「こいつらが外でこうなってるってこったよ…」
ヴァンが呻くように言葉を発する。
認めたくない事実を口にしているからだ。
腕の良いゴミ漁りは安全なセーフゾーンを確保して夜は籠るという鉄則。
では、セーフゾーンに無事に戻って夜を過ごしている筈に仲間達がこうして屍者になっているという事は…。
「もう安全な場所はここにはねぇってこった、朝になったらずらかろう」
カッタがヴァンの考えている事をただただ肯定する。
可能性は一つしかない、屍者の集団によってセーフゾーンが破られて蹂躙されたという事だ。
恐らく他の仲間達はもう誰も生きていないであろう事を悟った二人はなんとか今夜を生き残り、街からの撤退を決断した。
最早、銭勘定をしている場合ではない。
「取りあえず、全部アノマリーに投げ込もう。もう燃やすしかない」
「ああ、もうそれしかこいつらに救いは…」
そんな時だった、背後から迫って来ていた足音が不意に消えたのだ。
「おい、カッタ…」
「足音が…消えた…?」
二人は消えた背後に向き直りライトを向けるが、そこには僅かに照らされる壁や地面を除けば闇しか見出せない。
いや、遠巻きに何かが蠢いているのが見える。
そしてそれまでと違う音と匂いがする。
湿った大きな何かを引きずっているような水音と何かが砕け、はじける様な不快な音を伴った移動音が混じった何か、既に腐敗を始めて不快な匂いを出す屍者達に鼻をやられてなお感じる強烈な腐敗臭。
それが決して遅くない速度で自分達に迫ってきている。
二人は直感した。これと出会ってはいけない、と。
「走るぞ!」
「どっちに行く!?」
「左だ!左に行く!」
二人はこれまでの様に逃避行を開始すべく、十字路の左の道へと入っていく。
右はアノマリーに阻まれており選択するまでも無い、正面は一度屍者が通ってきている。
また来られた場合には挟撃される。
ならば、左しかない。
ここまで生き残ったのだ、朝まで逃げきってやる。
恐怖を闘志と生存本能で打ち消し、二人は力強く地を蹴って加速する。
だが、そこで彼らの幸運はわずか数十メートルで底をついた。
路地の終わりは先の無い袋小路であり、高い壁が二人の前に立ち塞がっていたからだ。
その壁の両脇は未だ朽ちずにそびえ立つコンクリート製のビルによって塞がれており、ご丁寧に置かれた大型のゴミ箱からそこがゴミ捨て場である事を示していた。
両脇の建物に入ろうと扉を開けようとするが、内側からバリケードを張られているのか開かない。
よじ登るにはとっかかりがまるでない、かつてあった雨樋のパイプはとうの昔に砕け散ったようだった。
詰みだ、もはや戻り以外に道は無い。
進む道も、逃げ場も無い事を確認し、すぐさま元来た十字路へ引き返し、先程の十字路の正面へと脱出する。
そう決意し振り向いた時、二人は絶望と対面した。
既に退路は閉ざされていた。
ライトと星明りが闇に蠢く何かを捉えたのだ。
何かはよく分からない。
だが、山の様に巨大な何かが通りを、建物と建物の間の空間を、全てを覆いつくしている。
それが、先ほどバラバラにした屍者を取り込もうと本体から何かを伸ばしていた。
「火炎瓶!」
「ッ!」
ヴァンの叫びに呆然としていたカッタは再度火炎瓶に火を付け投擲する。
蠢く何かが炎によって燃やされ、闇が光によってかき消されていく。
そして、それはより深い絶望へと二人をおいやった。
それは夥しい数の屍者達が互いに絡み合い、いや半ば融合し合った屍者の塊、死体の山だった。
屍者だけではない、そこには獣やミュータントなども組み込まれている。
あらゆる生命体がその死体の山に取り込まれ、引きずり込まれている。
お互いに組み合い、潰し合い、溶けあった腐りきった不快な匂いと汁をまき散らす蠢く肉塊。
死して尚動き続ける屍者の国と言っても大げさではない、そんな異形の塊がゆっくりと、だが確実に二人を袋小路へと追いやろうとしている光景だった。
多少の銃弾や火炎瓶の一個や二個を投げただけで対処できるような規模ではない。
だが、生への渇望を糧に二人は最早言葉も無く最後の戦いを開始する。
ほぼ無意識に二人は肉塊に銃を向け、それぞれの得物から散弾と小銃弾を撃ち放つ。
一秒でも長く生きるため、そして何かの間違いで助かる為に行える最善を尽くす。
歴戦のゴミ漁り達は探索と収拾のプロであると同時に屈強な戦士でもあった。
ひたすらに引き金を引き、弾が尽きればマガジンを交換し、ボルトを引いて弾を送り込み、射撃を続ける。
撃ち続けている限りは恐怖を消せる、それを二人は知っていた。
銃弾が次々と撃ち込まれ、腐敗した肉片と汁がまき散らされる。
だが、決して巨大なその肉塊はひるまない。
ゆっくりと、だが確実に二人を端へと追いやっていく。
「弾切れだ!これで全部撃ち切る!」
小銃の最後の弾倉を交換しながらヴァンが叫ぶ。
気付けば既に壁の端近くまで追い詰められている。
「こっちも最後の火炎瓶だ!」
カッタはそう叫ぶや腰の火炎瓶の入った皮袋に手をかけ、火を付けようと肉塊から視線を逸らす。
その瞬間だった、何かに押された様な衝撃でカッタは突き飛ばされ、地面に倒れ伏した。
「がっ!」
痛みと共に肺の空気が押し出されて無理矢理口から声と共に吐き出される。
肩に何かが当たっている感触、いや、掴まれているのかもしれない。
すぐ脇では投げ損ねた火炎瓶が地面を燃やして周囲を照らしている。
「くそぅ、何が…」
正気を取り戻したカッタは状況を確認しようと肩を見やる。
「げっ!」
白く変色した人の腕がカッタの肩を掴んでいた。
その腕は肉塊から伸びており、腕を伸ばす為に他の腕が、肉片が、骨が、内臓がまるでロープの様にカッタの肩に取りついた腕に繋がっている。
「畜生!ふざけんな!」
自身を肉塊へと引きずり込もうとする腕をカッタは即座に散弾で粉砕する。
「ヴァン!俺も弾切れだ!援護してくれ!」
撃ち切った散弾銃にシェルを込めながら、カッタは叫ぶ。
だが、肝心の相棒からの返答も射撃音も聞こえてこない。
「おい!返事しろ!ヴァ…」
すぐ隣にいた筈のヴァンの方に顔を向け、カッタは思わず絶句した。
ヴァンにもまた、肉塊から伸びた血肉のロープが伸びていた。
一つ違ったのは、その先が腕ではなく鋭く尖った血にまみれた骨であり、それがヴァンの頭部を貫いているという事だ。
頭を貫かれたヴァンは白目をむき、口から血の泡を吹いて既に事切れていた。
死して尚、銃を肉塊に向けている事が彼が最後まで戦い抜いた事をただ黙って示していた。
「くそっくそっくそっ!」
死んだ仲間がそのまま肉塊に引っ張られ、引きずり込まれていく中、カッタはショットガンに散弾を詰められるだけ詰めると再度肉塊に向けて発砲する。
「食われてたまるか!死んでたまるか!」
ヴァンの死体をバキバキという骨が砕ける音を立てながら自身の内部に取り込んでいく肉塊にカッタは罵声と散弾を浴びせ続ける。
肉塊から次々と伸びてくる白や灰色や茶色に変色した腕や内臓の群れを吹き飛ばし、肉塊の表面を弾け飛ばし、奮戦する。
やがて、弾が尽きるとカッタは散弾銃を投げ捨て、腰に下げた短刀を取り出す。
死体の山は既に目前まで迫っている。
もうまともに身動きも出来装に無い程にだ。
取り込めないと踏んだ死体の山は、カッタを直接押し潰して取り込む事を選んだようだ。
死体の山が迫り、ライト以外の光が急速に消えていく。
「くそっ!くそっ!」
カッタは半ば泣き叫びながら、死肉の塊に短刀を振り下ろす。
既にその心には恐怖しか残っておらず、骨に貫かれて即死したヴァンを羨んですらいる。
それでも、これまで培ってきたゴミ漁りとしての経験が、足掻き続ける事で生き残ってきた記憶が意識とは関係なく彼を突き動かし続ける。
だが、それもこれまでだ。
突き立てた短刀がそのまま引きずり込まれ、カッタもまた前のめりに死体の山の中へと引きずり込まれていく。
死体の山はまるでカッタを抱き込むように優しく、だが確実に内部に取り込んでいく。
その中には砕かれた肉や内臓に筋肉と骨、牙が入り混じっており、カッタの肉体はゆっくりと着実に押しつぶされ、切り刻まれ、肉と一体となって消滅していく。
顔すらも取り込まて目を潰され、ライトも砕かれ、完全な闇に包まれた中、激痛と共にカッタは肉塊の内部へと取り込まれていく中でカッタは最後の叫びをあげる。
「殺せ!いっそ楽に殺してくれ!」
そんな叫びを無視された哀れなゴミ漁り(スカベンジャー)はそれから数十分の間、もはや声にならぬ悲鳴と絶叫と激痛の中でゆっくりと命の炎を消していった。
それは、『外』で生きる者ならば見慣れた光景だった。
狂ってしまったこの世界ではどこにもであるありふれた景色。
生きる為に全力で抗い、そしてまるで及ばず、無残で惨たらしい最期へと至る生態系の最上位から転げ落ちた哀れな人類の姿。
これもまた、人の世の終わった後の世界、幻想に食い尽くされた人類斜陽の時代のほんの些細な一例であった。
二人のゴミ漁りは知らない、その死体の山の大半が同業者たちだった事を。
この地に宝を求めて入り込んで死んでいったゴミ漁り達が次々と死に、死体の山の仲間入りをして行った事を。
その中に加わった二人の男には既に自我は無くなっていた。
ただ、死体の山に備わった意思、仲間を増やし、取り込み、大きくなる。
それを実行する為だけに彼らは動き続ける。
新たな犠牲者を取り込んだ死体の山は、それでもなお飽き足る事は無く、新たな獲物を求めて再び街の大通りへと戻って行った。
―――
「おっさん、朝だぜ。起きな」
ニシにせかされ、Rは目を覚ます。
結局、交代の時間が来た後も延々話込んでしまった。
収穫はあったが、若干眠い。
仕方ないとはいえ、同じ時間でも二度に分けて寝るのと一度できっちり寝るのでは感覚が違う。
「おはようニシ、それで今日はどうするんだい?」
「軽く食ってから移動だ。ここにあるのを持てるだけ持って仲間と合流する」
生きてればだけどな、最後にそう付け加えてニシはRと仲間達に指示を出す。
幸運にも夜を越せた者と運に恵まれず越せなかった者、互いを知らぬ双方が出会うのはそれほど遠くは無かった。
話の中で少しだけ言及されますが、実はRくんの最初の戦闘から既に一週間ほど時間が経っています。
つまり結構な時間寝てたわけですね、ニシ達ゴミ漁りとの出会いも偶然というよりは仕事しに来た彼らとばったり出会ってしまったという感じになってるわけです。
ただの人間であるならば既に数度死んでないといけない状況なのに生き残っているのか、これからちょっとずつネタバレしていく方針です。