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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
12/99

三話、小人たちの夜

ドキッ!ミュータントだらけの夜の運動会!ポロリも…あるかはともかく、今回はそんな感じのお話です。

投光器の明かりに照らされながら、両手に夜を越す為の物資を抱え込んだRはシェルターとして目を付けた店舗跡に入り込んだ。


「やっぱり荒れてるな」


ある程度予想は出来ていたが、内部は荒廃し、破壊されて地面に倒れた商品陳列棚やレジや当時の道具やごみ等の使えない雑多な物が辺り一面に転がっている。

角部屋とでいうべきであろうその店は洋服店だったのだろう、ゴミには布の切れ端やハンガーなどの洋服に関連した物が多い。

フレアを放った時に気を付けなければ小火が起きるかもしれない、注意せねばならない。

壊れた衣服展示用のマネキンやボロボロになった試着室などが当時の混乱を物語っているようだった。

壁に残る飛び散った様な染みは血なのだろうか、それとも何かの液体なのだろうか。

今となっては最早知る術もない。


かなり昔に略奪が起きたのだろう、積もっている埃の量や周囲の状況から行われた時期はおそらく最終決戦直後の混乱期の様に思える。

地下はミュータントの巣窟として利用される様になって長い年月が経っており、その様な障害が発生する前でなければ安易に物資を漁る事などできないからだ。

しかし、そんな過去の出来事は現状それほど重要ではない、今重視しなければならないのはここが籠るにふさわしいかだ。


「前方以外の他の出口の有無、封鎖は可能か、そして天上の状態。取りあえずはそんな所か」


確認すべき事案を自身に言い聞かせるように口に出しつつ、Rは物資を出口付近に置くと持ち込んだフレアの一個を着火する。

赤い炎と煙を吐きながら発光を開始したフレアを左手で握って掲げ、残った右手でナイフを持ち、周囲を確認しつつRは店舗の奥に進んでいく。


出口は通り側に一ヶ所、裏口等は無く、壁にはひびが入っているが表面上だけで有り危険視せねば生らないほどで無さそうだ。

天井もミュータントが潜んでいたり進入出来そうな穴や亀裂は存在していない、一晩過ごすには問題無さそうだ。

左右に一ヶ所ずつ、計二ヶ所ある窓やショーウインドウだったと思われる部位が既に崩壊しており侵入口として機能しそうであるのが気掛かりだが、バリケードで気休めでも封鎖を試みる事にしようと思案を固める。



「よし、物資を奥に運んで入口にバリケード組めば朝まで持ちそうだ」


そんな根拠など微塵もない状況で自分に大丈夫だと言い聞かせるようにそう呟き、作業を開始する。

持ち込んだフレアの束を籠る予定の部屋の角に移動させ、横倒しになった商品陳列棚やマネキンを無理やり引き摺って出口と窓に立てかけ、残ったレジや雑多なごみを重石代わりに足していく。


現実的に考えればこの程度で朝まで耐えられるかは正直怪しい。

ここにある程度の物でバリケードを組んだとして、ミュータントの侵入はそれほど妨げられないだろう。

フレアだけが頼りだが、一人である以上は寝ずの番をして耐えねばならない。

フレアは長時間燃焼するタイプとはいえ、一晩ずっと燃え続けるという程の持続性が有るというわけでは無い。

フレアを定期的に交換しなければいけない以上、寝てしまったらそれまでだ。

寝ている間に貪り食われることになるだろう、だが火を見張って朝まで起きているというのも大変な労力だ。

何より、明日は武器の修理、物資の回収、物資の集積の為の背嚢の確保に地上への脱出に加えてここよりも有用なセーフゾーンの発見などやる事が腐る程待っている。

仮に今日を生き抜いたとしても早急に安全な場所を確保しなければ悲惨な最期を迎えるのは時間の問題だろう。

こんな事、何日も続けて出来る事ではない。


バリケード越しに漏れてくる投光器の明かりをせめてもの慰めと思いつつ、Rは籠る場所として決めた店の出口から入って右側奥の角に座り込んだ。

それ程労働をしたつもりでは無かったが、理解不能な異常事態と『外の世界』での無防備な状態で孤立しているという緊張が心身を苛んでいるようで早速眠気が込み上げてくる。


だからといって眠り込むわけにもいかないRは溜息を吐くと共に自身の隣に置いたフレアの山から取り出した数本のフレアを焚いて自身の周囲とバリケードを張った出入口に配置する。

投光器が無ければ一寸先すら見渡せぬ闇になっていた店内に赤い光が照らし出す。


ここならば背後と側面後方側、そして頭上は安全だ。

これでは逃げ場も無いが、視界の効かない闇の世界で走り回ったところで夜行性のミュータント達を相手にすれば一分と持たないだろう。

ならば守るべき場所を正面だけに限定し、明かりで敵を牽制して朝まで凌ぐのが最善だ。

退いていったあの小人達が立て籠ったこちらを未発見であった場合、バリケードによる封鎖と偽装で運が良ければ朝まで平穏に過ごせるかもしれない。

後は祈るだけだ。


「朝になったら物資の回収と装備の調達だ、忙しくなるぞ」

生きていたらな、という最後の言葉を飲み込んでRは抜き身のナイフを右手に、着火する予定の予備のフレアを左手に握りしめて壁に持たれた体を預け手持無沙汰に天井を眺める。


静寂の中、フレアの燃える音だけが響き渡っていた。




―――




自分自身の体すらも見出せない闇の中で誰かの声が聞こえる。

それはこちらに何かを話しかけてきているようだ。


「お前のせいで失敗した。目当ての肉体が手に入らなかった」


それがどこにいるのかは分からない。

周囲を飛び回っている様にも感じれば、すぐ耳元にいるようにも感じる。

声質も不明瞭でそれが男であるか女であるかも判然としない。

人の声でもある様にも聞こえ、機械の音声の様でもある。


「お前でははっきり言って不足だ。だが、こうなった以上は仕方ない。使ってやる」


使うとはなんなのか、この存在の目的が何なのか、疑問が次々と湧き上がってくる。

『それ』は恨めし気な言葉の羅列を続けている一方で、その口調に苛立ちはあまり感じられない。

これは夢、なのだろうか?

Rにはこの現象に身に覚えがあった、全てが狂った元凶となったあの光景と同一のものだ。

もしかしたらあれは妄想や夢ではなく現実の延長だったのではないだろうか、Rにはなぜかその仮説が自身の中で確信に変わっていくのを感じていた。

ならばやる事は情報の確保だ、怒りは後でぶつければ良い。

慎重に言葉を選ぼうと試み、だが思い浮かばずRは当たり障りのない質問を行った。



「誰だお前は?これは一体…?」

「まあ、急ぐな。後で分かる事だ我が肉体ボディよ、いずれ分かる」


だが、声の主はあくまで自分のペースを崩そうとしない

恐らくは言いたかった文句を言って満足したのだろうか。

こちらの問いに答える気は全く無いようだ。


「取りあえず…早く起きるが良い。死ぬぞ」


その言葉と同時に体に痛みが走り、意識が闇から遠のいていった。




―――




「っ!?」

左腕を苛む激痛にRは目を覚ました。


知らぬ間に眠り込んでいたらしい、どのような状況でも眠れる様に訓練で鍛えられていた事が今回は災いとなっていた。

既にミュータントがこの簡易シェルターに入り込み自身の左腕に食らいついている。

そんな最悪の状況すらも頭をよぎる。


焦りを抑えつつ、閉じていた目を見開くと同時に目だけを動かし周囲を確認し、同時に聞き耳を立てる。

右腕に力を入れて握っている筈のナイフの感触を確かめる。

ナイフはある、周囲には投光器とフレアの光もある、だが物音もまた聞こえてくる。


映し出された薄暗い視界の中にはバリケード越しに漏れてくる投光器の光は未だ存在し、フレアはまだついていた。

ミュータントの攻撃ではない、ならばこの痛みはなんだ。

左腕は痛みに加えて、重みを感じる。

何かが腕に付いているようだった。

周囲には何かが動き回っている音も聞こえる。



状況を把握すると同時にRは痛む左腕に視線を移し、愕然とする。


それはネズミだった。

フレアに照らし出された薄暗い闇の中、巨大なドブネズミが左腕に齧りついていた。

顔以外の部位はラバーとカーボンで作られたインナーによって体は頭のてっぺんから足裏まで守られている。

本来ならばネズミに食らいつける場所などある筈がない。

だが、今回は例外があった。

先の戦闘で大火傷を負っていた左腕の部位はその治療の引換かの様にインナーが綺麗に無くなっていたからだ。



そこにネズミが食いついたのだ。

周囲にも同様の大きさのネズミが食いつく場所を思案するかのように複数蠢き、中にはインナーに噛みついている者もいる。

どうやら腐った肉よりも新鮮な肉が所望らしい。

新鮮な肉とはつまり、自分の事だ。


「この畜生が!」

外から漏れてくる投光器と勢いが弱くなりつつあるフレアの光だけが頼りの薄暗い室内で、自身に食らいついたネズミにナイフを突き立てながらRは怒りの感情を吐き捨てる。


ナイフに腹を貫かれてなおしぶとく腕に食らいつくネズミの執念深さに若干の恐ろしさを感じつつ、刺したナイフを左右に捻じって傷口を抉り広げ、ネズミを絶命させて無理やり引き剥がす。


「くそっ!」

ネズミは最後の瞬間まで食らいついたままであった。

無理やり引き剥がした事で深く入り込んでいたネズミの牙によって大量とまではいかないものの、決して浅くない傷を受け、流れ出る紫色の血が左腕を染め上げていく。

それが既に自身が人から逸脱したのだと冷酷に伝えてくる。


「消毒と止血は…物資が無いから無理か。ここの試着室のカーテンは…使えないか」


だが、その事実に再び打ちのめされる前にやらねばらない事がある。

不衛生な環境に生息する害獣に噛みつかれたのだ、どんな病原菌を持っているか分かった物ではない。

消毒に加えて止血も早くしなければならない。

失血死するほどではないだろうが血を流せば消耗するし、血の匂いが周囲に漏れるのは現状よろしくないからだ。

だが、籠る前に集められた物資はフレアとナイフだけだ。

消毒用アルコールも無ければ清潔な布も有りはしない、この場に残されている古びた布では逆に破傷風でも貰いかねない。

手で押さえておくぐらいしか出来なさそうだ、無論の事だがフレアに火で傷を焼きつぶすなど論外だ。


「くそ、まさかネズミなんかにやられるか…」


全く持って誤算だった。

眠り込んでしまった事やネズミに噛みつかれるといった事も兵士であった頃は無縁であったからだ。

いつもであれ仮に寝てしまったとしても強化外骨格のシステムがアラーム機能や警告音が起こしてくれていた。

本来ならば着込んでいる外骨格の装甲によって保護された体は地上においてもこういった害虫だの害獣だのとの戦いは無縁だった。

投光器にしてもそうだ、強化外骨格があればなんの苦労も無くこの場に持ち込めていただろう。

本来あるべきものが一つ無いだけでこれだけの不便を被る羽目になるというのは頭では理解していても現実に直面せねば把握しきれるものでは無いようだ。



そうして思案していると自分に群がっていたネズミたちがある一点に集まりだした。

それは先程刺し殺して投げ捨てたドブネズミの死骸だった。

ナイフで腹を刺されて息絶えたドブネズミに仲間と思しき同種のネズミたちが群がり、肉を貪り始めたのだ。

その不愉快な光景を見てRは舌打ちすると、ネズミを追い散らして死骸を掴み、店舗の出口に向けて歩き出す。

バリケードはネズミの侵入したせいか、僅かに崩れているがまだ大丈夫そうだ。


「ふんっ!」

そして、それを確認するとネズミを開いたバリケードの穴から外に投げ捨てた。

それに合わせてネズミたちは投げられた餌を求めてバリケードの隙間から外へと走り去っていく。

残ったネズミも、着火したフレアを振り回して部屋から追い散らし、一息つく事が出来た。


Rは溜息を吐き、再度部屋の角に戻って地面に再度胡坐をかいて座ると共にネズミに握っていたナイフを脚の上に置く。

そして、気休め程度の気持ちで右手で左腕の傷口を抑える。


「誰かの装備に医薬品と包帯入ってるかなぁ…」

強化外骨格を装備する歩兵部隊にそういった医療品は不要だ。

被弾が即、死に繋がる上に多少の傷ならば外骨格内での薬物投与と応急処置で事足りるからだ。

市民軍向けの物資がどこかに残っているか、誰かの気まぐれでそういったものが入っていれば良いが無ければ最悪当分傷を放置することになる。


「幸先が悪すぎる」

もしこの傷が膿んだり病気になれば恐らく長くは生きられないだろう。

探す物資のリストに医薬品類を追加しなければ、そうRが考えている矢先だった。



外から「チ゛ッ!」という複数のネズミ達のか細い断末魔が発せられると同時にバリケードを外から照らしていた投光器が倒れて割れる音が地下鉄の旧商店街に響き渡った。

彼らが戻ってきたのだ、Rは止血を辞めると足元のフレアを強く握りしめた。




―――




どの程度の時間が経ったのだろうか、数時間が経ったようにも感じられるが、もしかしたらまだ数十分が過ぎただけなのかもしれない。


外から差し込んでいた投光器の光は既に無く、周囲には赤いフレアの光だけが闇を照らし続けている、

自身の周囲、そして進入口となりうるであろう三方の出口と出窓に火をつけたフレアを配置してミュータントの侵入を阻止しつつ、Rは無言で朝を待ち続けていた。


襲撃に備えて立って身構えた状態で右手にナイフを握り、左手に予備のフレアを持ち、既に点火しているフレアが役目を終えると予備に火をつけて再度配置し、足元の置いた残余の物資の中から新しいフレアを取り出して待機する。


これを繰り返し行うだけの単調な作業だが、バリケードに近づいた際にミュータントが強引に侵入を試みないか常に冷や冷やしなければならない状況だ。


当初こそ、侵入を試みるミュータント達がバリケードにぶつかり、障害物を押しのけてこちらに手を伸ばし、金切り声を上げて迫って来てはいたが、その度に彼らに向けて投擲したフレアの閃光によって光が苦手な彼らは追い散らされ、現在は膠着状態に入っている。


バリケードの隙間から着火したフレアを投げて追い散らすという事も考えたが、この膠着状態を壊した場合に相手がどういう行動に出るか分からない以上は実行に移すのは危険だろう。


ミュータント達の姿は、やはり夕暮れに闇から現れた小人と同じであった。

病的な程に白い肌を持つ子供ほどの大きさの体躯、しかしそれに似合わぬ筋肉質な肉体、刺されくれだった細い手足に生える鋭い爪、そして能面の様な潰れた鼻の無い白い顔に僅かに開いた穴の様な黒い瞳。

一つ違う事があるとすれば、最初に出会った時に比べて狂暴性が桁違いだという事だった。

小さい目を出来うる限り大きく見開き、ヤツメウナギの様な歪な口から歯を剥き出しながらこちらを食らおうと力任せに侵入を試みてきている。

小人たちを追い払う毎にバリケードを組み直しているが、正直な所効果はあまり期待できない。

というのも、彼らにしてもこれが破壊可能な障害か確認している素振りが見られるからだ。

獰猛な気性を示しながらも、自身が怪我を負わない程度に加減して体当たりを行い、手探りでバリケードの強度を確認している様に思える。

どうやら知能が高い種の様だ、厄介極まる。


そして、何よりも深刻なのがその様な手加減をされている状態でも即席のバリケードは毎度毎度大きく揺れ動き、崩れ落ち、その気になればいつでも突破して飛び掛かってこられそうなこの状況そのものだ。

それを防いでくれているのは夜が来る前に大量に持ち込んだフレアの光だけだ。

まだ数に余裕はあり一夜を超すには十分だが、安心は出来そうに無かった。


後、どれだけ待てば朝が来るのか、仮に朝が来ても彼らは退散するのか、それまで自分の体力が持つのか、考えればキリが無い。

唯一の救い、と言って良いのかは疑問だが、状況が改善した物が一つあった。

ネズミに噛みつかれた傷が塞がった事だ、普通の人間ならばこの短時間で癒える様な浅い傷ではない、止血もしていないのだから尚更だ。


エーテルで汚染された地上空気を吸った事で自分も徐々にミュータントに近づきつつあるのかもしれない、とRは不吉な予感を覚えていた。


ここを凌いでもいずれは汚染による変異の進行で今対峙している小人たちの様に人としての形と感情や自我すら失い、荒野を徘徊する畜生に落ちてしまうかも知れないという言い様の無い恐怖が純粋な『人類』であった男を苦しめる。


「だけど、このまま化け物共に生きたまま食い殺されるのだけは嫌だ」


だからこそ、あえてRは今この一瞬だけでも生きる為の意味を言葉として絞り出す。

明日に絶望しか無いとしても、今日にも地獄しかない以上は進める所まで前進するしかないのだ。

力尽きて歩みを止めた所が自分の墓場となるだろう、きっと墓標は立たない。




そうしてまた幾ばくかの時間が過ぎ、周囲に静寂が戻り始めて尚、Rは構えを解かずにフレアを炊いた出口を凝視し続ける。

やはりここを選んだのは正解だった、少なくとも背後や頭上が安全というのはそれだけで精神にも良い作用をもたらしてくれる。

ネズミの襲撃については想定外だったが、それを除けば教本のサバイバルマニュアルでの支持を上手くこなせている。

流石にそれなりに時間は過ぎただろう、朝はもうすぐだ。



そう、思っていた時だった。

外の物音が急に騒がしくなっていくのをRの耳が捉えた。

何かが走り回っているようだ、恐らく小人たちだろう。

外は闇に包まれている為に何をしているかは分からなかった。


「諦めたか、それとも最後の突撃でもしてくる気か、どっちかな…」


出来れば前者が良い、と思いながら念の為に左手に握っていたフレアに火をつけた瞬間だった。



小人たちが一斉に「カタカタカタカタ」と鳴き始めた。

聞き覚えのあるあの背筋を凍らせる不快な鳴き声だ、声に声が重なり、音量は徐々に増していき、音の洪水となって反響して地下鉄の地下街を埋め尽くす。


何かが来る、そうRが理解し身構えた時だった。


出入り口から小さい黒い大量の何かがバリケードを通り抜けてに一斉に突入してきた、あの忌々しいネズミどもだ!


小人たちはネズミの集団を闇の中で追い立て回し、誘導し、そして今、Rの立て籠る商店に追い込んでいるのだ。

小人たちではフレアに対抗出来ない、だがネズミたちはフレアを恐れるにしろミュータントよりはマシだとこちらに突っ込んでこざるを得ない。


地面にもんどり打つネズミの集団によって、点火していたフレアはもみ消され、或いは出入り口の周囲からあらぬ方向に流され行く。


彼らは最初からこちらの手の内など理解しきっていたのだ。

彼らは、明かりで対抗する人間の御し方を理解し、狩り方を習得していたのだ。


そして、それを理解した直後、彼らは一斉にバリケードを突き破って侵入してきた。


「うおおおぉぉぉぁぁぁ!」


それと同時にRは叫び、足元に雪崩れ込んでいたネズミの群れを踏みつぶし、かき分け、左手に握っていたフレアを掲げ、振り回し、最初に突入し地面に倒れている小人の一匹に彼らの恐れるその炎と光の威力を示す。


そして、それに小人が怯んでうずくまり、手で顔を覆った隙を見逃さずに右手に握っていたナイフを逆手に持ち変えて二度、三度と振り下ろす。


「こんな所で!こんな場所で!喰われてたまるか!喰われてたまるかよ!」


恐怖を叫ぶ事で打ち消し、生への渇望を言葉にする事で自分をあえて興奮状態に導こうとRは努めていた。


無理矢理にでもアドレナリンを出して身体能力と反射能力を向上させ、恐怖を打ち消して朝まで耐え抜くためだ。

ここを選んだ時点で既に退路は無い、守りが突破されたのならばナイフとフレアで最後まで戦い抜くだけだ。


その様子を警戒して最初の一匹と同時に侵入してきた二匹の小人たちが素早く後退したのを確認するとRは彼らに向って握っていたフレアを投げつける。


それに怯んだ隙に、部屋の角に素早く戻り、残ったフレアを手探りで見つけ出すと火を付け再度出口に投げようとする。


だが、遅かった。

フレアを点火すると共に顔を地面から上げ振り返ると同時に既に背後まで迫っていた小人がRに爪を振り上げていた。

先の二体ではない、奴らは視界の端で今もフレアの光に狼狽えて顔を隠してうずくまっている。

ならば、今やバリケードの封鎖を失った出口から侵入してきた個体だろう、恐るべき瞬発力だ。


「このッ…!」

咄嗟にフレアを相手の顔に突き出す、だが不十分だった。

光によって目を潰され、前かがみに地面に転がる様に横にずれた敵の軌道は大きく逸れたが、それでも左足を切り裂くには十分だった。


ラバーとカーボンで作られた相応の耐久度を誇るインナーが鋭利な爪に裂かれ、左足が激痛と共に出血を起こす。

インナーの保護機能は強化外骨格と対になって初めて機能する仕組みだ、単体では止血すらしてくれない。


「FUCK!」

痛みと死の恐怖が体と精神を覆いつくそうとする中、わざと汚い言葉を吐き捨ててあくまで戦意を維持しようとRは努める。


「痛てぇじゃねぇか!この畜生が!」

フレアを高く掲げ、他の敵を牽制しながら、Rは自身の足元に覆いかぶさるように倒れた小人にナイフを突き刺し、ついで右足で頭を力の限り踏みしだいた。


そして自身の近くに持っていたフレアを置くと、残っているフレアを出し惜しみする事無く次々と着火して出口や外に放り投げ、フレアで無力化されていた室内に残った二体の小人にもナイフを突き立てた。

フレアの一部が打ち捨てたこの洋服店の床に転がる布切れに引火して小火が発生し始めているが、現状ではむしろ好都合だ。



「どうした!夜はまだこれからだろうが!さっきまでの勢いはどうした!?あぁ!?」


その叫びに反応する様に小人たちも再び一斉にカタカタカタと鳴き声を立てフレアと小火で作られた光の結界で守られた商店を半包囲する様に再度展開する。

どうやら、まだ来るつもりのようだ。

闇の中、フレアで僅かに照らし出される彼らは徐々に一か所に集まりつつあるようだった。

先頭の仲間を犠牲として突っ込ませて光避けと消火に使う気なのかもしれない。

そこまでして自分を食いたがるのはネズミよりも食いでがあるからなのだろうか、という意味のない問いが生まれたのをRは頭の隅に追いやる。


もう体力の温存などどうでも良い、力の限り叫び、フレアとナイフを頼りによってきたミュータントを始末するだけだ。

強化外骨格を纏って戦う事を前提としたArk5の兵士に徒手格闘の類の訓練はほぼ存在しない。

外骨格の重量に任せて殴れば相手は潰れ、近接短刀を奮えばそれだけで敵を切り裂ける以上は必要ないのだ。

対ミュータント戦用に一部の部隊では学ぶ事もあるが、それもマニュアル化はされておらず部隊内での伝統の様な物であったりする事が多い。


だが、今重要なのはそんな事ではない、必要なのは技量ではなく覚悟だ。

最後の瞬間までフレアとナイフを手放さず、立ち向かうという意思が重要なのだ。



『重装備が有ろうと無かろうと良き陸戦歩兵たれ、我らは戦車兵ではない』


フレアの光に牽制され、遠巻きに散開にしていた小人たちが集結を終えて一斉に向かってくるのを目の当たりにした時、英雄として尊敬する上官が事ある毎に言っていた言葉がRの脳裏をよぎった。


「Ark5の機動歩兵を舐めるなよ!全員道連れにしてやる!」


覚悟を決めた一人の兵士の叫びがミュータントの鳴き声が響き渡る地下鉄の商店街の中に消えて行った。



―――



「はは…僕も案外、やれるもんじゃないか…」


全身を苛む激痛によって男は再び目を覚ました。

周囲には事切れた小人の死骸だけが転がり、敵の気配は無く、穴の開いた天井からは明るい光が差し込んで生きている。

途中からどうだったのか、最早思い出す事も出来ない。

ともあれ朝が来たのだ、忌まわしき夜の闇に生きるミュータント達に勝利したのだ。


インナーは小人たちの斬撃にによって見るも無残なボロクズに成り下がっている。

血は止まっているが、体は全身深いきり傷だらけだ。

中にはインナーごと腹に食いつかれたと思しき傷跡すらも残っている。

だが、彼は恐怖の夜を生き抜いた。


彼の名はR1039、かつてARK5と呼ばれる組織で兵士をしていた男にとっての、これが終わった後の世界で一人で過ごした最初の夜だった。

という事で世紀末サバイバルのほんへにようやく到達出来ました。

自分、これでも異世界ファンタジーのテンプレには素直に従っておりまして、強い主人公!奴隷!チート化!ハーレム!成り上がり!は全部やっていきたいなと思っております。

『強い主人公』に関しては序章での装備があれば優秀な兵士という顔と追い詰められた時には爆発力があるという形で表せてたら良いなという感じです。

一章では主に『奴隷』をテーマにする予定です。お楽しみください。


ちなみにPixivでは既出ですが、この作品の脳内OPはR-type Finalでお馴染みのProud of you(EDバージョンでは無い方)です。

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