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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
一章『流されるもの』
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二話、落日

短めですが、ドキッ!ミュータントだらけの夜の運動会!ポロリもあるよ!の準備回です。

これでPIXIVに追いついてストック尽きました、今後はゆっくりお待ちください。


1/11負傷した部位を右腕と誤表記していたのを左腕に修正

腐り、或いは干からびた死体の山を乗り越え、或いは踏み越えながら兵士は戦場跡の凄惨な現場を突き進む。

R1039、それが彼に与えられた名前だった。


人類復興計画「揺り籠計画」の為に建設された五番目の大型地下シェルターARK5に所属する純粋人類の末裔であり地上への再進出を行う為の前哨地点を確保する遠征軍の兵士、でかつてあった者だ。


最終階級は伍長、敵文明「ヴィジター」(来訪者)―現在はレムナント(残党)と呼称されている― との戦争において開発された歩兵用搭乗式大型強化外骨格、通称『マトリョーシカ』を駆る機動歩兵。

だが、そんな肩書や人生も、全てを失ってしまえば無意味だ。

目が覚めてみれば装備していた強化外骨格は消えているし、地上の汚染された大気を吸ったせいで晴れて地上人と同じミュータントもどきの仲間入りだ。


消えずに残っていたインナーも、火傷を負ったはずの左腕の部位だけは消えてなくなっていた。

インナーは被弾や爆風などで装甲が破壊され、インナーすらも食い破られた際、わざと溶けて肌を覆う様に固着する様に作られている。

つまりあの火傷は装備が正常に機能した証であり。激痛と引き換えに溶けたインナーが張り付いて汚染との接触を最低限に防いでくれたのだ。

そして外装の破損は速乾性の補修液で無理矢理塗り固める、それが不可能ならば最悪汚染を防ぐ為に肩部から腕部を『パージ』する様に出来ている。


装備の喪失が起きている一方で、満身創痍と言って良かった肉体はほぼ完全に回復している。

火傷は言うまでも無く、全身の裂傷と骨折も修復され、問題なく動き回る事が出来そうであった。

理屈は分からないが、意識を失った後に何かが起きて体が修復され、その際に邪魔だった外骨格とインナーの一部が排除されたのではないかとRは推測を立てた。

結局のところは何も分からず仕舞いだが、情報が無い以上は仕方がない。


Rは自身の歩みを妨げる巨大な死体を憎々しげに睨みつけると、憂さを晴らす様にわざと踏みつけて乗り越える。


「死に損ないの化け物め…」


それがなんの慰めにもならない事を自分自身が理解しつつも、八つ当たりを行う事を抑える事が出来ない。

その言葉がレムナントに対してか、人から逸脱してしまった自身に対してかはR本人にも分からなかった。

彼は戦闘において重傷を負い、機関不能と判断して生き残りの脱出を支援した後に自爆し戦死した、筈だった。

彼の計画はほぼ完璧に機能し、全ては上手く行き、事は終わった。

彼が死ねなかったという悲劇を除いて。


仲間の死体は踏まない様に気を付けて進み、敵の死体はわざと踏みつけながら、Rは目的を目指して前進を続ける。

既に天井から差す光は弱く、夜は間近に迫っている。


時間は無い。

目指すはこの地獄に入り込むきっかけとなった調査部隊の設置していた機材群、武器は道すがら手頃な物が見つかれば儲けものだろうと腹を括る。


「まずは光源の確保、そしてセーフゾーンの確立、余裕があれば武器と食料、だったかな…」


もう生きて帰る事が出来ない故郷で受けた訓練で学んだ事を口に出して反芻し、頭を整理する。

外の世界での遭難においてはとにかく、最初の夜を生きて乗り越える事が最重要視されている。

何よりも優先すべきは夜の到来に備えて素早く準備する事である。

そして可能ならば一晩中明かりを確保できる光度の強い光源、つまりは人工的な照明の確保が肝要だ。

それが不可能であればフレアや焚き火などでも良い、とにかく夜行性のミュータントを寄せ付けない為の光や明かりを用意する事が大切だ。


この原則を守らない事は即、死を意味する。

このご時世、夜中に徘徊する人間など皆無なのだから。


「調査隊の設置式投光器が無事ならば良いけどな…」


この夜を超えたとしても、もはや救援は来ない。

今行っている事は死を先延ばしにするだけの不毛な行いに過ぎない。

死ぬ事自体はそれほど怖い事ではない。

事実、自分は同胞の脱出を支援する為に殿を引き受け自爆した、した筈なのだ。

全体を生かす為にそうする必要があり、意義があれば躊躇する事は無い。


だが、その死が何の意味も無く、恐怖と苦痛に塗れた物ならばそれを是が非でも跳ね除けて次の日の朝まで生きたいと願うのが人の性という物だ。

Rはそう自身に折り合いをつけ、後悔と怒りを一時的に抑え込む事にした。

死ぬにしても明日にしようと結論を先延ばしにしたのだ。


果たして、死体の山を踏み越え目当ての場所にR1039「元」伍長は到達した。

騎士達が眠っていた崩壊した階段、その手前に広がる広間は先の戦闘で中隊が方陣を組んで亡者達を迎撃した事で死体の海と化していた。


そこかしこに千切れた手足が転がり、強化外骨格は踏み砕かれ、装甲の隙間から臓物のはみ出た胴体が無造作に地面に捨て置かれ、食い散らかされた肉片がそこら中に転がって足の踏み場もない。

きっと信仰に篤い人間ならばそれを地獄と表現しただろう、と無神論者を自任するRは取り留めも無く考える。


「先にライトの確認だ、こっちは後にしよう」


うんざりした表情でその肉の海に歩み出る。

既に鼻が麻痺して腐敗臭は気にならなくなってきていた。

この状況では数少ない状況の改善だ。

先程は仲間の死体を踏まぬように気を付けたが、こちらでは無理そうだ。

数は多く、散らかった肉片は地面を埋め尽くしている。


それらは日数が経過しているのか、それらは既に乾き、もしくは腐り、ネズミに啄まれ、或いは蛆に覆われている。

自然の解体者の前には人も亡者も、そして世界の終りも何も関係無いようであった。

そして、そんな状況だから当然ではあるが、彼らの持っていた武器の大半は破損しているのが見て取れた。

不運な偶然の成せる業なのか、それとも理性を失ってなお消えぬ戦士としての本能なのか、亡者達は同胞達を貪るだけでなく、武器の破壊にも手を抜かなかったようだ。

足に感じる腐肉の感触と壊れた銃器の破片の感触にげんなりとした気分が湧いてくる。

インナーが足の裏までしっかり包んでくれる代物でなければ、ここの部品や破片で足を切って破傷風になっていた可能性も高いと考えると生きた気などしよう筈も無いのだが。


「明日まで生きてたらだね、こりゃ」


Rはそう独り言を呟きながら拾い上げたアサルトライフルの残骸を投げ捨てる。

壊れた武器から部品を剥ぎ取り一つの品にでっち上がるニコイチ修理で再生は可能だろうが、今はそれをする時間は無かった。

武器の回収は元々二の次だったのだ、気を取り直して光源の確保を目指す。


「有った」


目当ての三脚の付いた持ち運び可能な投光器と小型の発電機を発見し、Rはそう短くつぶやきながらしゃがみ込む。

一基だけだが、見た目上はほぼ無事な形状を維持している。

だが、それだけでは確実ではないとすぐさま投光器と発電機の状態を確かめる。

本体の状態はどうか、電球が破損していないか、コードが切れていないか、発電機に燃料は残っているか。

それらを目視と触診ですばやく確認する。

どうやら、大丈夫の様だ。


「後はこいつが動くかどうかだ」


孤独感を消す為に自然と独り言が多くなる。

これまでずっと自分を精神的に支えてくれていた悪友がここにいてくれれば、多分バカみたいな冗談を言い合いながらこの状況にも絶望せずにいられただろう。

だが、彼もまた先の戦闘でこの世を去ってしまった。


「何が『死ぬなよ』だ、てめぇが先に逝ってりゃ世話ないぞ、L…」


力無く零れる言葉とは裏腹に体と頭脳は動きを止める事は無い。

既に忘れかけている訓練兵時代に学んだ手順を必至に思い出す。

おぼろげながら思い出した手順に従ってエンジンスイッチを始動に回し、始動グリップを強く引っ張ると発電機は小さいうなり声を上げながら起動した。

投光器も目が痛くなりそうな程の明るい光を放って闇を照らしている。


「よし、これで今夜はどうにか…」

だが、ここで一つの問題に気が付いた。


この投光器、そして発電機を持って移動出来るかどうかだ。

小型ではあるがそこそこの大きさであり、数十kgはあるであろう発電機は本来強化外骨格を装備した状態で持ち歩く事を前提にしており生身での移動には少々酷な物がある。

押して動かすには地面は死体という障害物で埋め尽くされている。

立て籠る場所次第では持っていけないだろう。

明かりがあるからと言って、この四方と天上の空間が全て解放されているこの場所に留まる事は論外だ。

最低でも背中と頭上は確実に守れる場所に陣取らねば死角からの襲撃を受けて食い殺されるのは明らかだ。

十分な道具の無い人間はかつての正常な自然界の中であっても生態系の下位に位置している、狂った今の世界に有っては最早説明するまでも無い。


「……まあ、まだ手はある。フレアだけでも集めて立て籠もる場所も探さないとね」


最悪、運べない場合は投光器は諦めてこの場で点灯させるという選択肢も考えつつ、Rは死体の海に踵を返す。

目当ては既に死に絶えた同僚達が装備していたであろうフレア、つまりは発炎筒だ。


これは遭難時の救援要請やヘリの着陸地点の指定などで使う事を想定してそこそこ長く、強く火と煙をまき散らしてくれる代物だ。

全て無傷とはいかないだろうが集めれば数日から一週間分は手に入る筈だ。

懐中電灯の純粋な明かりの類は期待できない、そもそも装甲ヘルメットの暗視装置で全て事足りるからだ。


Rは今は亡き蛆まみれの胴だけになった同胞の死体の一つに近づき、しゃがみ込むと込み上げる不快感を押しのける様に蛆を払い、腰に取り付けられた収納ボックスに手を伸ばす。


強化外骨格にはポケットの類は無く、弾薬や物資の持ち運びには腕部二の腕外側、脚部太もも側面、胸部や腰等に取り付けられる収納ボックスを複数用意する事で対応している。


本来は銃の弾倉や今回の目当てであるフレア、もしくは現地での装備の応急処置を行う為の簡単な工具や補修部品などが入っている。


場合によってはそこに地上で手に入れた物品を入れたり、逆に持ち出してきた物資を地上の人間に渡したりする事もある。


例として挙げるならばRがフランシスに渡した穀物バーもそこに収納していたものだ。

道具や装備はこうした状況で仲間が使用する事を考えて分散して配置されている。

どこかしらには使える物資が残っている筈だ、ましてや今回は一個中隊分も装備が残留している。

時間さえあれば、夜を超えるどころか暫く武器と弾薬には困らないだろう。


「……まずいね」

探っていた遺体の収納ボックスから目当てのフレアを2個、そして武器として使えそうな革製のナイフケースに入ったコンバットナイフを見つけ出し、だがRは何かに気付いたようにそう呟く。


「インナーしかないからポケットが無い、思案の時が早速来てしまったねこれは…」


そう、強化外骨格の下に着こむインナーは装着時の外骨格とのスムーズな動作の同期と身体機能の保護を目的して作られている為にポケットなどの類が一切ないのだ。

強化外骨格を装備する時点でそういった機能はインナーには一切必要が無いし、そもそもこの状態で外に出ている事自体が論外なのだ。

当然カバンやリュックの類など持ち合わせてはいない。


多数の物資を手に入れたとして、現状では持ち運べるのは両手に持てる数だけなのだ。

抱えるだけ抱えて動くという手もあるが、効率的とは言えない。


「くそ、これも明日まで生き残ってたら考えよう。今は…時間が無さ過ぎる」


天上から漏れる光はいよいよ陰り、既に闇の方が濃くなり始めている。

時間は既に無かった。


Rはそのまま探索を続行し、見つけ出し集めたフレアの一部を即座に着火しては周囲に投げていく。

手元を照らす為に近くに、そして既に近づいてきているであろうあの小人を牽制する為に遠くに、夜を越す為に立て籠れそうな地下商店街の一番近い商店への梅雨払いとしても多数のフレアを投げて燃え盛る光道を開拓していく。


「よし、後は運次第だ」


仕上げとして生き残っていた投光器を目当ての商店に向け、持てる限りのフレアと一本のナイフを両腕に抱えたRはその言葉と共に投光器に照らされた商店に向い、室内に侵入した。

夜の世界はミュータントたちの世界です。

夜行性の危険なミュータント達がどこからともなく湧き出して徘徊し、空は濁って月明かりすらも届く事は稀です。

ですので基本明かりを用意して朝まで籠城が基本です。

地上で生きる人々が安全な居住地を求める理由の一つがこのミュータントが圧倒的に有利な環境に有ります。

もはや居住地の外は人の住む世界ではないのです。

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