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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
101/101

四十話、鉄火

今回は視点移動が多いです


遠方にて砲声が響く中、一体の獣が大地を駆けていた。

古代神話における麒麟とペガサスを掛け合わせて歪めたような見た目の獣、その背に生えているはずの翼は切断され機能を停止している。


翼を切断された後に回収すべき破片をロストしたが故であった。

戦闘中につき回収の優先順位は低い、最悪再生はまだ可能だ。


痛みに身をよじることなく駆け抜ける獣は文字通り、目を光らせて目標を探知する。

仕えるべき主の反応はむしろ遠のいていくが、奇怪な獣グイリンは一切躊躇する事無く荒野を駆け抜ける。



グイリンの生物ではありえべからざる鮮明すぎる視界センサーが『それ』を捕捉し、遂に目的地へと至る。


そこにあるは大地に突き刺さりし蒼き槍。

レオがリュナより奪い、ラペナを打ち倒した際に投擲され彼方へと消え去った可変兵装『三日月』。


獣の接近に呼応する様に輝いた三日月は自ら意思を持ったが如くひとりでに空へと浮かび上がり、切っ先をグイリンへと向ける。


対するグイリンは歩みを止め、鼻から蒸気を噴出しながら四本の足で地面を強く踏みしめ、槍を見据えた。



刹那、心臓を穿たんとばかりに自らに残存しているエーテルを消費しながら加速し、グイリンの胴体へと迫る。


だが——————。

飛来した槍はグイリンを貫くことなく、勢いのままにその体内へと潜り込んでいく。

まるで水たまりに水滴が落ちたかの如く、槍は僅かな波紋を残して溶け込み、その波紋すらも僅かな間に消えグイリンの胸部は平時の姿へと戻っていく。



主より命じられた兵装の回収が完了した事を確認すると、グイリンは主へと来訪者(ヴィジター)がかつて用いた空間跳躍通信を送る。


生体金属(ミスリル)兵装とエーテルを媒介とした空間を跳躍した直接通信が主へと送り込まれる。



『槍を回収、追加指示が無ければ帰投する』


返答は即座に戻ってきた。



『戦闘時に剣と鎧も投棄したのでそれも回収してほしい、頼むぞ我が友よ』



主からの言葉にグイリンは再び鼻から蒸気を放ち、目を発光させる。

それはある種の歓喜と興奮の感情であると言えた。


偉大な文明の被造物でしかない己にその子孫が対等な立場を示してくれている。

かつての戦いで主を失い地上をさ迷った後に出会って既に数十年、しかしその事への感謝と好意が消える事はない。


必要とされることこそが、偉大なる天頂の創造主たちに高度知性を与えられた自律無人機(ゴーレム)にとっての存在意義だ。



『追加指令受領、残置兵装の回収を開始』

『何年共にいても相変わらず堅苦しいね、もっと砕けた口調で良いというのに』

『要努力目標とする』

『兵器回収中に敵と遭遇しても自衛以外はしない事、よろしく頼むね』

『指令了解、行動を再開する』


必要な通信を終えたグイリンは生体金属(ミスリル)製の四肢を駆動させ、大地を駆ける。

ダムド浄化戦役末期、(人類)の高知能無人兵器を参考に作り上げられた戦闘用自律無人機(ゴーレム)の最新型として試験的に投入された高度自我搭載型は騎士との直協を前提として構築されている。



火力支援、騎乗による行軍支援、そして兵器と兵員の回収支援。

最も重視された三点は滞りなく達成されねばならない。



であるが故に、グイリンは魂が抜けたように項垂れたレオを非脅威目標として無視し、周辺で散乱する兵装を物色する。


主より与えられた予備管理者権限により、投棄された鎧を空中へと浮遊させ、槍と同じく体内へと吸収する。


破損し、機能を停止している剣については大口を開け、喰らい付くように噛みついて体内へと素早く押し込んで対処した。


生体金属(ミスリル)兵装であるが故に、形状変化はお手の物。

槍も鎧も、剣すらも液状となってグイリンの中へと統合され、肉体と一体化されて保持・格納されて行く。



最後にレオを一瞥したグイリンは、傍らに刺さる蒼い剣を見て回収するか思案し、しかし所有者が違う故に必要なしと判断した。



都市の外からロケット弾の雨が降り始めたのは指令を終え、今まさに主たるリュナの元へと帰参せんとする時であった。




————————————————————————————————————



もう嫌だ、おうちに帰りたい。

この旅が始まって何度そう思ったか、最早思い出すことが出来ない。

一つ確かな事は、もう帰る家も部族も無さそうだという事だけだ。


ゴサンがクロエに運転手として連れ出され、戻ってくるまでの間に彼の部族と族長は独断で蒼の血族(ブルーブラッド)から離脱を謀り、壊滅していたが故に。


まだ頭目であったシュワンツに刃向かったわけでも、先日の夜にリュナへの襲撃に参加したわけでもない。

この旅路が短期間で終わらない死出の旅路になると理解した途端に彼等は逃げ出したのだ。


そしてその後にミュータントに捕捉され壊滅し、リュナが救援に向かった頃には両手で数えられる程度の生存者しか残っていなかったとの事であった。



己を見捨てた部族は、見る目無くこの集団すらも見捨てたが、結局はそれが自分たち自身を滅ぼす結果となったのだ。


実際には遠方に今回の遠征に参加していない者たちが多数残っている。

だが、戦力として期待できる武闘派が全滅したとあってはもう彼等もそう長くは無いだろう。



所属していた部族から孤立していたからこそ拾った生。

だが、だからこそ、ゴサンは最早クロエの庇護無しでは生きられぬ存在と化していた。

彼がこの地上で最も恐れる生き物の従者としての生のみが、ゴサンに許された人生となったのだ。



「おい屑ッ!さっさと砲弾運べ!それでもクロエ様の従者か!?」

「ひぃいいいいいい!」


この日もゴサンは己の不幸を呪いながら必死に働いていた。

手に持つのは丸く磨かれた岩の塊、原始的な射石砲の砲弾だ。


ゴサンが砲弾を抱えて駆けずり回る周囲で次々と砲声が上がり、白煙が各々の砲から吐き出されていく。

その砲声に負けぬ程の怒声でゴサンに向けて罵り上げるのは、同じく砲弾運びをするかつての裏切り族長、ゴゾク。



内城壁内部の大通り横一杯に配置された砲列が一斉に目視距離にある城主の館に向けて石や鉄球、或いは小型の榴弾を撃ち込み続けている。


原始的な前装式の火砲から、『博物館』が作り上げた小型の近代的な小口径砲まで、主力部隊が持ち込んだ火砲の全てが配置され、鉄火を放ち続けている。



「さっさと砲に火薬と砲弾を押し込めッ!あの方に迷惑かけるんじゃねぇ!」


砲列の前にはここまで兵員と兵器を載せてきた装甲馬車と土嚢で作られた簡易的な防御設備があり、更にその先には奇怪な鋼鉄の棍棒を握った白いワンピースを着た青髪の少女が仁王立ちしている。



彼等の主の伴侶であり、主力部隊において最も強大な魔たるクロエ・ノワールが砲列の遥か前で門番の如く彼等を守っているのだ。


それはつまり、砲兵たちが手間取ればそれだけクロエが危険に晒されるという事でもあった。

ある意味では精度の低い砲の前に立っているということ自体が危険と言えたが、クロエがすぐ脇や頭上を掠める砲弾を気に留める事はない。


それが配下を信頼しているが故なのか、この程度では致命傷にはならないという自信からなのかは本人にしかわからないだろう。



「そんな焦らんでも俺ら勝ってるじゃないですかぁ!敵からの反撃なんて無いんだしぃ!」

「黙れ屑がッ!口より手を動かせ!」



ゴサンの言葉に嘘偽りはない、既に勝利はゆるぎない状況であった。


各砲が装填する合間、本来ならば間隙となりえる瞬間ですらも、共に配置されている重機関銃が火を噴いて敵の屋敷に向けて制圧射撃を繰り返している。



敵からの反撃は分刻みで弱体化しており、既に散発的な小銃による射撃が飛んでくる程度だ。


更にはダメ押しとばかりに補充と再編成を終えたモルフォライダーが不出来な爆弾を投下しての空爆支援すらも敢行しているこの状況、最早敗北などありえないと言えた。



そう、このままでは接近戦になる前に戦いが終わってしまう。

つまり、手柄を立てる前にだ。


ゴゾクの苛立ちには自分が血族に選ばれなかった事への不満が大いに含まれている。

リュナが首尾よく新族長に成り上がれたのは自分がジバたちが画策する謀反の情報を横流したからだというのに、あの怪物は血を分け与えてはくれなかった。


それこそがゴゾクにとっては屈辱であり、不満の源であった。



だが、今更独力で謀反を起こすつもりなど毛頭ない。

体格と筋肉だけは族長内でも一端だったジバですら勝てない奴に腕っぷしで勝てると思うほど愚かではなく、リュナの如く他者を纏められるほどの人望など無いと客観視出来る程度にはゴゾクは知的であった。


知恵があるからこそ、なぜ選ばれなかった事すらも分かってしまう。

裏切り者だからだ、一度裏切った者は何度でも裏切ると思われ、使い潰されるのが定番だ。


血を貰えるどころの話ではない、最悪この戦いが終わったら処されるまでありえる。

故に、ゴゾクが求めたのは血族に加わるに足ると認められるだけの手柄。


裏切ったという後ろめたい事実を払拭するだけの武功を挙げねばならない。

そうしなければ、ぎりぎりで繋がった首の皮がいつまた千切られるか分かったものではない。


有用性を示さねばならない、その為ならば下っ端がやるべき砲弾運びだって喜んでやってみせる。



この戦いで目に留まる活躍をせねばならないと焦る気持ちがゴゾクにはあったのだ。

その戦いが、既に終わりつつある。

既に特権的な地位にいる者に理不尽の一つもしたくなるものだった。


ゴサンもまた血を与えられてはいないが、既にクロエの従者と言う地位を得てその身は安泰だ。

あの神官長すらもが一目置いているのが理解できない。


とにかく、ゴゾクはゴサンが目障りであり、クロエがいない間にこき使う事でうっぷんを晴らそうとしているのだった。



そんな不毛な戦場コントが行われる傍らで、大柄な一つ目の異形が姉と慕う生きた生首を両腕で抱き上げながら戦況を見守っていた。


「出し惜しみなんてしないでどんどんぶっ放しなさい!砲撃だけであいつら全員ぶっ殺すつもりで撃ちまくっちゃって!」


叫びながら、抱えられた生首ことデュラが一対のアホ毛を指揮棒、或いは腕を振るうように忙しなく動かしている。



「なぁ姉貴、ちょっとやり過ぎじゃねぇか?火薬も弾も高けぇんだし、そろそろ俺らで殴りこんだ方が安く済んで良いんじゃねぇのか?」


一つ目の異形、ジバが語る事はある意味で常識的なものであった。

まともな生産という物が期待出来ないこの地域における銃弾とはそれ自体が貨幣のような物だ。


物々交換が経済の主力となりえている状況で腐ることなく、用途が明確であり、トウカイの地の勢力では製造出来ぬが故に偽造できず、必要ならば他人を殺す事にも使える旧時代の銃弾はかつての黄金に匹敵する程の価値がある。


どんな兵器も弾が無ければただの鉄くずに過ぎない。

下手すれば、銃や火砲本体よりも価値があるのが銃弾と火薬だ。



無煙火薬など夢のまた夢、武闘派部族でもどうにか作れるのは黒色火薬。

それすらも量を用意するとなると一大事と言うのが実情であった。


旧時代規格の銃弾など、『博物館』が教会に降ってからは発掘品に頼るか別地域からの輸入に頼る有様だ。

人類が偉大であった時代は遠くなって久しい。



原始的な前装砲や投擲爆弾程度ならばともかく、『博物館』謹製の近代的な小口径砲や重機関銃は機材自体から弾薬まで、それだけで一財産と言っても過言ではない。

現状の戦闘は文字通り、『実弾』を連射している状況。


曲がりなりにも族長をしていたジバにとってはどれだけの出費を行っているか分かってしまっているが故に、戦闘とはまた違った意味で肝が冷える思いであった。



「弟、兵の大半は昔のあんたみたいに弱いんだからその辺考えなさい。人間ってのはあんなしょぼい銃からまき散らされてる金属片が一発当たるだけで死ぬんだよ。それに——————」



レオやボースらと戦ったリュナや別動隊とは異なり、頭数だけは十分揃っていたクロエとデュラが率いていた主力部隊は会敵当初より優位な戦闘に終始していた。


敵が立て籠もる領主の館は短期間の工事ながら厳重に要塞化され、十分な遮蔽物とバリケードに隠れた狙撃兵、そし大通りを抑える形で配置された重機関銃と幾門か回収されていた火砲によって提供される火力によって守られていた。


不用意に接近しては血の祝福を受けていない部族兵がどれだけやられるか分かったものでは無い。



「私とばばあが二人がかりで勝てなかったような奴がいる集団相手にあんたも含めた『成りたての弟たち』を突っ込ませるなんて正気じゃない。時間までに終わらせられれば問題ないのだから、これで良いんだよ」



これに対し、ジバと同じく単純な突撃戦術で解決しようとしたクロエを制したのは同伴させられていたデュラであった。


こちらは頭数だけは多いが、宛がわれた血族は一番少ない。

大半がシュワンツの支援に回されているからだ。

無理攻めなどしては大損害がでかねない。



敵の戦力が未確定である以上はまだ悪魔憑きが潜んでいる可能性もある。

現状ではまだ、兵力を消耗するわけにはいかない以上は物資を消耗させた方がマシと言うのがデュラの判断であった。



「家族の命と金、どっちが重いかなんて考えるまでもないでしょ。弟、あんたも、他の奴らも、蒼の血族(ブルーブラッド)はもう皆パパの子供で、家族なんだよ」

「姉貴…」

「パパがそう決めたんだから私はそれに従って最善をやるだけ。私は長女だからね!」



デュラは彼我の装備を見比べて段取りを即断即決する。

避けるべきは、偉大なる父から預かった兵団を損耗させる事それ自体。


兵員を輸送してきた騎馬戦車に搭載してきた雑多な火器を地上へと降ろし、馬車それ自体を盾として転用し、陣地戦による消耗の少ない確実な勝利を求めたのである。


固定目標が相手ならば精度の低さも関係ない、壊れるまで撃ち続ければ良い。

火力戦でもって防衛側の優位を奪い、伏兵がいるならば戦場に引き出してしまえば良いと考えたのだ。


火砲の殴打により、敵は待ち受けるという戦術的優位性の一切を喪失していた。



デュラは変異した新しい血族たちを強力な地上戦力たる悪魔憑きとしてではなく、あくまで優秀な一般兵として運用する事を重視した。

それはあの夜、勝てると踏んでいた相手に手酷くやられた事から得た経験に裏付けれた事でもあった。



ある程度鍛えられている自分でも近接戦で勝てない相手が敵集団に含まれいてるというのに、変じたばかりのエーテル操作も出来ない素人を接近戦で使うなど馬鹿げているという結論だ。


血族の人並み外れた筋力はそのまま生ける重機として活用し、人力展開の難しい砲や重機関銃を運ばせて使用させる事こそが最上であると断じ、クロエを護衛として運用してあくまで射撃戦を志向したのである。


元より血族となったのは48th(フォーティーエイツ)の最精鋭たる選抜射手たち、部族のあらゆる兵器に精通しているプロたちだ。


重量によって運用制限されていた重火器の機動性が改善すれば、その技量の発揮を妨げる物は最早何もなかった。


血族が砲の調整と指揮監督を行い、部族兵が装填や清掃といった雑多な作業をこなす分業体制で火砲の運用に不慣れな敵を圧倒する速射性を実現。



馬車から下ろされた重機関銃が館の銃眼へと7.62mm弾と12.7mm弾を乱射し、射石砲や鋳造砲、小口径砲がバリケードもろともに敵砲と敵兵を粉砕していく中、時折クロエが放った雷光に目を焼かれた屋敷の守備兵は反撃もままならず、一方的に打ちのめされていく。


互いに目視可能な距離での撃ち合いであるからこそ、目潰しは極端に有効に機能した。

そして何より、クロエの雷撃は他のあらゆる射撃よりも正確に防衛装備を削る事に役立った。


味方の目すらも潰しかねない雷光はしかし、符丁さえ理解していれば障害にはなりえない。


雷光を放つ折、毎度律儀に「本気狩殺光線(マジカルビィイイイム)!」とクロエが叫ぶが故にその瞬間だけ目を逸らせば良いだけなのだ。


クロエが技名を叫ぶのは、魔法少女というキャラに成りきると同時にこうした弱兵と組んだ戦闘を多く経験しているが故だったのかもしれない。



この戦闘におけるクロエの役割は重大であった。

護衛、火力支援、そして精神的な支柱として最前線で立ち続ける姿が部族兵を鼓舞し、いやがおうにも戦意を高まらせているのだ。


射撃戦で不利と判断した敵が砲を奪取しようと数度に渡って歩兵による襲撃を行った際も、クロエはこれに一人で対応して見せた。


裁断刀(シザーブレード)に代わって、その腕に握る先端にピンク色のハートマークをあしらった魔法少女の使うステッキのような意匠のメイスを振るい、その悉くを撲殺して回ったのだ。



最も脆弱であった陣地構築の際にもクロエが雷撃でもって敵の牽制と目潰しをしたお陰で損失は最低限で抑えられ、レオの叫びによるミュータントの不意打ちすらも、クロエらが突撃せずに待機していた事で容易く対処できた。


これは内城壁内部という中枢まで入り込んだ事で同士討ちを避けるために少量の伏兵しか用意されていなかった事、そして大半が本営とシュワンツ別動隊に集中した事も起因していた。



リュナがいち早くレオの元へと到達できたのは、クロエだけで十分にこの部隊を支え切れるという信頼があったが故に救援を一切考慮しなかったが故であった。


強力な血族や悪魔憑きの支援下での一般兵による重火器の効率的な運用、これは今後も使えるだろうとデュラはジバに抱えられながら満足げに思案する。



「おーい、おちび―!」


その思案を止めたのは前方に陣取っていた筈のクロエの声であった。

クロエが陣地に接近してきた事で砲と機関銃も一時的に射撃を中断し、戦場に一時の静寂が戻ってきていた。



火薬の匂いを嫌うようにハンカチで鼻を抑えるクロエの顔や手足、衣装は紫色の返り血で塗れている。

しかしてその顔は晴れやかだ、殺しを堪能したのだろう。



「もうそろそろクロちゃんがカチこんでも良いんじゃないのー?これ以上やるとクトーちゃんもミンチ肉かもよ~?」


特段濃い紫の血と肉片がこびりついた特注メイス、『本気狩戦杖(マジカルステッキ)』を掲げながら左右に軽く振る度に紫に染まった鮮血が周囲にまき散らされている。


人狼形態での運用を前提に作られたそれは、少女に擬態している状態のクロエが持てばメイスというよりは野太い鉄棒にも見えなくもない。


おちび呼ばわりに憤慨する様に、デュラはジバの腕の中から飛び立った。



「ババア!公衆の面前でチビ呼ばわりはやめろ!私が指揮官なんだぞぉ!」

「口の利き方がお子ちゃまな内は無理だねぇ…。で、どうするの?もう反撃も無さそうだし、クロちゃんだけで見てこよっか?」


砲兵陣地の外に宙を舞う生首と血まみれの少女がいつもの調子でいつもの軽口を言い合い、しかして二人は即座に本題へと入る。


こうして呑気な会話をしているにも関わらず、相手からは一発たりとも反撃が飛んでこない。

既に戦意喪失しているのか、死に絶えのか、或いは最後の抵抗をするべく籠っているのか。


正直、もっと砲弾を叩き込んでから攻撃を行いたいとデュラは考えていた。

しかし、いつまでも時間はかけられぬし、回収すべき捕虜がいる事も事実ではある。


いずれにしろ、クロエ一人で向かわせるのは論外だ。



「一人はダメだよババア。何人か同行させる、10人程度は連れて行って内部を探索し——————」

「俺に行かせてください!」


デュラの言葉を遮ったのは砲弾運びから解放され、話を遠巻きから聞いていたゴゾクであった。

叫びに反応して二体の異形が同時にゴゾクへと視線を向ける。


生首はあからさまに不快気に、少女は若干の興味を抱いた好奇の瞳で弱き定命の生命を見据えてくる。



「…ッ!」


その威圧感に生唾を飲み込み、しかして奮起した様に陣地の外へと数歩、歩み出したゴゾクが片膝をついて首を垂れる。



「デュラ様!クロエ様!お二人のお話を遮り申し訳ありません!しかし、兵がいるならば是非ともに我が配下をお使いいただきたい!この身を含め、喜んで提供いたします!」


啖呵を切って後、湧き上がるのは恐怖と後悔。

前方からは上位者の品定めする視線が向けられ、後方からは抜け駆けした者への有象無象らの嫉妬や敵意の感情が投げつけられてくる。


だが、今更止められない。


武勲だ、武勲がいるのだ。

このままでは埒が明かない、体を張ってでも有用性を示さねばならない。


ここで不快だと首を刎ねられるか、後日使い潰されるかならば、前のめりに倒れた方が幾分ましだ。

自然、沸き起こる震えを抑え込みながら、ゴゾクは沙汰を待つ。



「だそうだけど、どうする?ババア」

「うーん、そうだねぇ…」


ふと、クロエはゴゾクの後方、取り巻きの中に挙動不審気味に事態を見守るゴサンの姿を捉えた。

どうやら、あの臆病者が心配をする程度には仲の良い関係になっていたのかとクロエは思案する。


今も恐怖で震えているお気に入りの小型犬(チワワ)が既にいるが、元気の良い新入りの猟犬(しばいぬ)もお迎えしても良いかもしれない。


クロエは納得した様に一度頷くと快く応じる事とした。



「うーん、良いよ!ゴゾクちゃん、だったっけ?」

「はっ!」

「10人ぐらい適当に見繕って用意よろしくね~。すぐ行くから急いでね~」

「はい、喜んでぇ!」


弾かれるように立ち上がったゴゾクが陣地へと戻り、即座に手勢の選別を開始する。



「アレ、連れてくの?ババア」

「うん、やる気ある元気な子も欲しいかなぁ~って。ペットって多い方が賑やかで良いしぃ~」

「あ、そう…。ヤバい敵いたらあいつらさっさと見捨てて帰ってきてね」

「おっけぇ~」


まあ、ババアを守る肉盾としては十分か。

血気に逸るゴゾクへ同情の視線を送ると、デュラはアホ毛を羽ばたかせながら陣地内へと戻る。



「弟、あんたも行ってきなさい。掃討戦だから大丈夫だと思うけど伏兵と罠に気を付けること」

「い、良いのか?姉貴」

「私を運んでばかりじゃつまらないでしょ?ちょっと体動かすがてら、ババアの戦い方を見て勉強してくると良いよ」

「おう!やっと仕事らしい事が出来るな!」


嬉々としてジバがクロエの元へと寄っていく中、デュラは残った部隊に待機を命じつつ、防塁代わりの馬車の一つへと着陸する。


やけに守りが薄かった。

何かしらの奥の手、或いはあと一人ぐらいは悪魔憑きがいると踏んでいたというのに。

シュワンツが首尾よくボースを抑えてくれたからこその成功なのか?それとも別の要因か——————。


自然と頭上のアホ毛が絡まり合う、人間で言えば腕を組んでいるというのに近いだろうか。


成功したからこそ、始まる熟考。

勝利した時こそ、要因を追求するべきだ。

負けた時は原因が簡単にわかるから。


戦いから負けて帰り、それでも父に許しと励ましを貰ったあの日以来、デュラは狡猾になるという誓いを守り思案を重視するようになっていた。


力では父にも妹にも勝てない。

ならば頭を使うしか無いのだ。


故に、クロエが出立する直前に放った言葉を聞き逃していた。



「あ、ゴサンちゃん。貴方もこっちだからね~。一緒にいくよ~」

「へあッ!?」


デュラが思慮の外で、哀れなか弱い魂が悲鳴を上げていた。




————————————————————————



領主の館が陥落しようという頃、三両のみすぼらしい車が見捨てられた都市の目視範囲外へと脱しつつあった。

先頭車両の運転席に座るは犬型の獣人には怯えた表情があった。



「大丈夫、大丈夫…。今、敵は全部街の中だから大丈夫…」


まるで念仏の様に大丈夫と連呼し続けているのはここ数日の修羅場を超えて尚、ヘタれが抜けぬドッグであった。



いつもならばお前は出来る!と励ましてくれるクトーは最後尾の車両におり、アノマリーやミュータントの脅威に耐えながら精神衛生を一人で保つのは中々に大変だ。


何より、殆どの仲間を見捨てたに等しいこの行いそのものにドッグは恐怖していた。

ボースになど知られようものならば今この瞬間にあの憎悪に満ちた顔の凶人が目の前に湧いて出てくるかもしれない。



三両の軽車両に載せられているのは『博物館』までなんとかたどり着けるだけの燃料と食料といった物資、そして必要最低限の人員だけだ。



要人たるクトー、そして車両修理技能があり体力に余裕のあるクトー配下の機械教徒が幾人か。

加えて、悪魔憑きと化したキドが護衛として自家用車たる『幌馬車』に搭乗し最後尾に布陣していた。



話は戦いの始まる前夜まで遡る。

意識を覚醒させたレオは、ボースとキドを仲裁すると同時に状況の確認と戦闘計画の立案を開始した。



その結果、出た結果はデッドエンドであるという結論。


夜戦能力を持つクロエを逃がしてしまった事、飛行部隊を有する敵を振り切る事は実質的に不可能である事、そして破壊された車両の復旧が不十分であり、現状の人員全てを動かすことは最早不可能である事。


都市を破壊された事で兵員と物資のこれ以上の補給も困難。

そして、遠方から感じるのはエンキに匹敵する程の圧を持つ強大な何か。



そこから導き出される答え。

これ以上逃げ続ける事は困難であり、ここでこちらか敵が全滅するまでやり合う事になるという単純な解答。


籠城による長期戦は不可能。

兵力差から考えて他人を守りながら戦う事も不可能。


仮に勝利してもこちらの陣営内で生き残るのは悪魔憑きだけであり、一般人が生き残る見込みはない。



そこで、レオは一芝居を即座に打つことにした。

ボースには徹底抗戦あるのみだと答え、負傷兵トラップの敷設による敵の撃滅案を出して納得させる一方でクトーを無断で脱出される事としたのだった。



『ここまでだクトー、俺の死に場所が見つかった。お前はここまでずっと良い奴だった、心中する必要はない。お前だけでも教会に帰ってくれ。連れて行きたい人間の選別を急げ』


重い言葉とは裏腹に、レオの表情は若干安らかさすらも含んでいたようにクトーには見えていた。

クトーが心の底から渇望する生は、レオにとってはむしろ苦痛ですらあったのかもしれない。



提示されたのはボースには無断での残存車両を用いた脱出、前線で敵を食い止めているうちに敵が来た反対側の城門から離脱するという単純な計画であった。


敵の兵力も最大でも数千、都市全体を包囲するには足りなさすぎる。

悪魔憑きを複数相手にする以上、兵力分散などすることなく一塊となって殺到してくることは明白。



だからこそ、戦闘が開始した直後こそが最も脱出に好都合と言えた。

館に残留する者たちには側面からの反撃を試みるとでも嘘をつけば良い。


城門前にたまった残骸や屍者はキドのアノマリー弾で吹き飛ばせば突破も可能。

前線を張るボースは気づかない、レオは敵に突入して一体でも多く道連れにするが故に口を滑らせることもない。


可能な限りの敵を道連れにしてここで敵集団を行動不能にし、クトーが安全に脱出できる環境を整える。

例え己もボースもここで死んだとしても、それで敵は目標を達成したとして撤退するはずだ。


僅かばかりのただの人間をさらに追撃するなどという不合理に出る可能性は低い。


それがレオの隠された計画であった。




後は、キドが首を縦に振るかだけであったが——————。



『キッド、最後の契約だ。クトーを教会に連れて行ってくれ。それでお前は再び自由だ』


レオはキドを救った際に結んだ契約の解除と引き換えにクトーの護衛を了承させたのだった。



『全てが終わってまだ俺が生きていたら、後は自力で教会まで到達する予定だ。その時にまだ俺を恨んでいるならばキッド、遠慮せずに撃ち殺すと良い』

『そうか、分かった。その時は遠慮せずに撃つぞ、レオ』


変異したキドの顔面に複数散らばった目が一斉にレオを見据え、一睨みすると溜息を吐きつつ同意の言葉を吐いたのだった。



キドとて変異させられたことへの恨みはあるだろう。

契約して以来、酷使された事は事実だ。

だが、レオの血が無ければとっくの昔に死んでいる。


恩義と恨みが半々と言ったところだったのだろう。

だからこそ、傭兵の矜持を優先したのかもしれない。



結局のところ、連れ出せたのは10人にも満たない僅かな人員だけであった。


ゲル老人やここまで苦楽を共にしてくれた部下たちすらも幾人も切り捨てねばならなかった。

それでも、全員が笑顔で送り出してくれた。


最悪、捕虜になればまた助かるかもしれないから気にするなと強がった同胞たちの事を思い出すと胸が張り裂けんばかりであった。



驚くべきは、土壇場で確実に死ぬであろう残留組になる事をレナルドと薬中も同意してくれた事だった。


レナルドがクトーの服に着替え、影武者を買って出たのだ。

ボースを裏切る事になる行いに、僅かな逡巡をしただけで笑って協力してくれたのだ。

どうせ最後ならば少しぐらいは自由に生きてみたいと言って。



感謝などと言う生易しい言葉で片づける事など、到底許されないだけの好機を彼等は与えてくれた。

だからこそ、自分は何としても生きねばならない。

生きて帰り、彼等を救うためにもう一度立ち上がらねばならない。


だから、頼む。

なんとか生き残ってくれ——————。



「なぁクトー、教会って所には良い仕立て屋はいるのか?」


ミラー越しに遠ざかっていく都市を名残惜し気に見ながら、過去を思い出していたクトーを現実に帰らせたのはキドの言葉であった。



「ああ、教会は地上最後の文明って言っても過言じゃあねぇ。金さえ出しゃ自力で歩けるかも怪しいファットマンの服だって用意できるってもんだ」

「そうか、だったら向こうに着いたら俺の服を新調してくれないか?今のままじゃあまりにも辛すぎる…。この服は俺の大事な一張羅だったんだぞ…」


変異した事でキドの衣服は悲惨の極みと言ったところだ。

体型どころか肉体が変異しているのだからどうにもならない問題だと言えた。


それでも、新しい服を求めるという事から徐々に今の姿を受け入れようとしているのかもしれない。

窮屈そうに運転していることから見て、車両も新調してやるべきかもしれない。


それぐらいの恩義は十分に受け取っているのだから。



「ああ、約束するさ兄弟…。多くを見捨てて犠牲にしたんだ、俺たちだけは絶対に帰るぞ…」


ミラー越しに映る都市は今や、外部より降り注ぐ鉄火によって赤く燃え上がっていた。




——————————————————————————————



街が燃えている。

城壁が決壊しようとしている。

そして、何よりもついていった新たな主の一人が狂乱している。


どうしてこうなった。


失った右手の痛みも、潰された肺がもたらす息苦しさすらも忘れ、ゴゾクは震えて地に平伏していた。

先刻までは何も怖れるものなど無かったというのに。



配下を引き連れての屋敷への突入と掃討は容易且つ素早く済ませる事が出来た。


クロエについてきた兵員は血族であるジバと選抜射手が一名、残りはゴサンと己に加えて10名の一般部族兵。

分隊規模の戦力だが、はっきり言ってしまえば自分達は居なくても十分であった。



既に砲撃で粉砕された扉から堂々と中に入り——————。

などという間抜けな事をクロエはしなかった。



敵が生き残っているならば、出入り口など真っ先に銃口で固められたキルゾーンになっている。

クロエだけならば問題ないが、撃たれたら死ぬ類である自分達が同行している以上は搦め手が必須だったのだろう。


或いは、ついてきているジバや選抜射手のような今後に期待の人材の教育も兼ねてか。


いつもの緩い口調と動作で戦術を講釈しつつ、クロエは本気狩戦杖(マジカルステッキ)でおもむろに出口とは関係のない壁を殴って粉砕し、内部へと突入した。


既に砲撃で損傷が進んでいた住居の壁は悪魔憑きの膂力の前に容易く崩れ落ち、予想せぬ方向からの襲撃に動揺した内部の生き残りたちはまともな反撃をする間もなくクロエ、そして続くジバと選抜射手の襲撃によって床や壁の染みと化していった。



曰く、裁断刀(シザーブレード)が支給される以前から愛用し、その後も切断ではなく打撃が必要な時に重宝してきた予備武器である本気狩戦杖(マジカルステッキ)はよく手に馴染むとの事だった。



その後も散発的な戦闘はあったが、クロエがジバを伴って先頭に立ち、最後尾を選抜射手が守る事で戦いは一方的な屠殺となっていった。


クロエは自分ばかりがやってはいけないと、時々ジバや射手に突入役をやらせ、部族兵たちには戦意を喪失して降伏してきた敵の捕縛を担当させる事となった。


だからこそ、ゴゾクは再び焦っていた。

ここでも活躍の場が、無い。

自分に出番が回ってこない。


クロエが掃討戦に手馴れすぎている。

その所作はまるで柔い人肉を引き裂くミュータントの如くだ。


戦闘で苦戦しない、状況が膠着しない、つまり命を張って有用性を示す場面が来ない。



「このまま行くよ~。クトーちゃんは上かなぁ~?」


数度鼻で部屋の匂いを嗅ぐとクロエは優し気な笑みを浮かべつつ、小さく頷きながら次の指示を出してくる。



突入、掃討、捕縛、索敵。

そして更に上階へ。


ここまで来るとこちらを視認した時点で武器を捨てて降伏する者すら出始める。

その対処に配下の部族兵が割かれ、ゴサンも捕虜の監視の為に離脱し、気づけばゴゾクは身一つとなっていた。



僅かに漂うクトーの匂いを辿り、耳を澄まして隠れ潜む敵兵を探知し、その者が意図しないであろう方向からの壁を破壊してのブリーチングによる奇襲というルーチンをこなしつつ、ゴゾク一行が到達したのはクトーがかつて意識不明のレオを安置していた隠し部屋の領主の私室であった。


この時点で、人員はクロエ、ジバ、選抜射手、そして己だけ。

完全に場違いで浮いているという自覚が焦りと共に苛んでくる。



「ここだねぇ…。壁ぶっ壊すと中身ごと殺っちゃいそうだから今回は正攻法で行くよ~」


だが、そうであっても扉の正面には立たない。

全員を扉横の壁に下がらせ、己自身も身を寄せ、クロエは腕だけを出して隠し扉を開ける。


直後、一斉に放たれた鉄火の雨が扉を打ち砕き、無数の弾丸がすぐ脇を荒れ狂いながら解き放たれる。


それが、最後の抵抗であった。

室内に配置されていたオルガン砲と小銃の一斉射。

最大火力を使い切った以上は真っ当な反撃は最早無いだろう。


活躍できるのはもうここだけだ!

そう悟ったゴゾクは制止も聞かずに吶喊し、中の敵を銃床で打ち倒す。

——————筈であった。


突入するや否や逆襲を仕掛けてきたのは屋敷に立てこもっていた兵力の中でも手練れの一団。


黒ずくめの処刑人、そして年のいった手斧を持った老兵との白兵戦となり、ゴゾクは瞬く間に右手を切り飛ばされたのだ。


片手の喪失に狼狽する間も与えず、老兵は手製の散弾銃をゴゾクの腹に突きつけ発砲。

衝撃と共に耐えきれぬ激痛が走り、ゴゾクの意識はその場で内臓諸共に砕け散った筈であった。



そして、次に起きた時にはすべてが終わっていた。

そう、起きる事が出来たのだ。

あれだけの傷を受けたにも関わらず、ゴゾクは生きていた。


右手こそ失われたままではあったが、胸の傷は塞がり、まだ己が生を謳歌している事を知る。



「んー、この子違うね。クトーちゃんじゃない、替え玉されたって事かなぁ?」


サングラスを外され、地面に転がっているスーツ姿の若い男をクロエが見下ろしている光景がそこにはあった。



周囲に散らばるの先に己を圧倒してきた敵の精鋭たちだった残骸。

所詮は人間、悪魔憑きに勝てる道理もなしであった。


結局はただの人間の出る幕など最初から在りはしなかった。

全ての努力は無駄に終わったのだ。

急速に迫る終末感にゴゾクは絞り出すように息を吐いた。



「あーあ、これじゃあお仕事失敗じゃん…。君、クトーちゃんがどこ行ったか知ってる?」


スーツ姿の男の前でしゃがみこみ、膝の上に両肘を置いて困った風にクロエが問いかけている。

一見すれば可哀そうな捨て猫にでも語り掛けているような素振りだが、言外に答えねば殺すという圧のかかった問いかけ。


男が口を割るのは早かった。



「ああ、あのおっさんならとっくにオサラバしたっすよ」

「へぇ、どっちに行ったの?」

「さぁ、故郷にでも帰ったんじゃねぇっすかね?」

「あぁ、なるほどぉ!もぉ~、クトーちゃんだけは殺すつもりなんて無かったのにそそっかしいんだからさぁ…」


必要十分な事は聞いたとばかりにクロエは立ち上がり、すぐ脇に立っているジバに語り掛ける。



「その子は殺しちゃ駄目だよ。縛って連れて行くから」

「分かったぜ、姐さん」

「さて、と…。無駄骨になっちゃったけどどうするかなぁ~」


気だるげに体を伸ばしつつ、今度はゴゾクを見下ろしてくる。



「おっ、子犬ちゃん生きてたねぇ。良かった良かった」

「クロ…エ…様、俺…死んで…」

「無いよぉ~、まだ死んでないよ~。ちょっとばかり私の血をあげたからね、それ以上は変異しちゃうかもだから我慢してねぇ」


返り血に染まった顔は優しい慈愛に満ちた笑みがある。

それが他人を油断させる為の擬態であると知っていても、ゴゾクはある種の安心感が芽生えてくることを抑えられなかった。



「なんで、俺を…」

「助けたか?ん~、ペットが怪我したら治療するのは飼い主の義務でしょ~?」

「ペット…?」

「従者って言う方が良いかなぁ?あなた、気に入ったからゴサンちゃんと一緒にうちの子になりなさい」



元気のある子もいた方がバランスが良い。

クロエはそう言うと笑ってゴゾクから視線を逸らした。


僅かな間呆け、しかしゴゾクは理解した。

結果は伴わなかったが、どうにか後ろ盾を手に入れたと。



そう思っていた。

空から鉄の雨が降ってくるまでは。


最初に騒ぎ出したのは見張りをしていた筈のゴサンであった。



「クロエ様ぁあああああッ!空が!空から何かがッ!」


階下から駆けあがってきたゴサンの叫びと周囲に衝撃と爆音が響き渡るのはほぼ同時であった。



「ゴゾクちゃん!さっさと起きて!出発だよ!」


クロエの叫びにゴゾクは弾かれたように起き上がる。

既に痛みは消え去っていた。


ゴゾクは縛り上げられたスーツ姿の捕虜を一瞥し、連れて行くか逡巡するが——————。



「そんなもんは放っておく!急いで降りるよ!」



クロエに促されて捕虜を見捨て、急ぎ部屋を出て階段を下り、外へと出る。

ゴゾクの目に映ったのは空から火を噴きながら飛ぶ鉄柱の様な物が次々と降ってくる光景だった。



「あれは、なん——————」


ゴゾクが呟きはクロエの叫びによって打ち消された。



本気狩殺光線マジカルビィイイイイイムッ!』


閃光と共に両手の指から放たれた猛った二筋の雷撃がのたうちながら空を走り、次々と飛来物を爆裂させていく。



「全員ッ!おちびのいる陣地まで走って!全速だよッ!」


有無を言わせぬクロエの口調に部族兵を含めた全員が一斉に駆けだした。

都市全体を狙った飛来物による攻撃は膨大であり、クロエだけで防ぎきれるものでは無かった。


雷撃をすり抜けた飛来物、ロケット弾が次々と建造物や地面へと着弾し、炸裂する。


だが、幸いだったのはロケットの半数程度は空中のアノマリーに囚われて効果を発揮する事無く無力化されている事だった。


重力アノマリーに囚われて圧壊し、燃焼アノマリーに突入して焼き尽くされ、転移アノマリーに触れた物は前触れも無くこの世から消失していく。


唯一、酸性アノマリーに突入したロケットだけは溶けきる前に爆裂し、酸を含んだ破片となって降ってくる事で厄介さを増大しているが、危険性だけで考えれば誤差レベルとして無視出来た。


その光景はただ、不可視であるというだけで空すらも自由の無い透明な牢獄でしかない事を否応にも見せつけてくる。



途中、金髪の生首が領主の館に高速で飛翔していくのを見送りつつ、ゴゾクはなんとかデュラの構えていた陣地まで舞い戻る事に成功する。


その時点で配下の部族兵は六名まで減っていた。




「ババア!これが『その時』って奴だろうから早く本営に行って!私は砲と陣地を引き揚げてからすぐに行くから!」


こちらを見て早々に叫んだデュラに首を傾げようとして、ゴゾクは背後に気配を感じて動きを止める。

先ほどまで遥か遠方で撤退支援をしていた筈のクロエがもう既にすぐ後ろにいるのだ。



「早く行けよ!パパを待たせないで!」

「おちび、言うようになったねぇ。ここは任せるよぉ!」


そして、すぐにゴゾクを追い抜いたクロエは未だロケット弾が降り注ぐ中で本気狩戦杖(マジカルステッキ)を背に担いで瞬く間に走り抜けていった。



それが、ここに至るまでのゴゾクの短くも永遠に消える事無く脳裏に焼き付き続けるであろう記憶。

そして、ここからはこれまた永遠に脳裏に焼き付けられるであろう記憶の続き。



デュラと合流し、陣地と砲の撤収を終えて本営へと戻った時。


そこにあったのは満身創痍と言うべき主の姿。

今朝の出陣式で威風堂々としていた筈の新族長たるリュナ・ドラクリアは深手を負って戦場に立っていた。


黒塗りの重厚な鎧は無く、半裸になった肉体には無数の火傷と切り傷、そして胸に大穴を開けられたような真新しい傷が出来ている。


大型種を撃ち抜いた槍は既に無く、剣すらも失い、残っているのは急ごしらえで作ったようにしか見えぬ血の剣。


左腕は肘から先が欠損しており、オールバックになでつけれた髪から受ける印象は、額に横一線に走る太い古傷と失われた片方の角も相まってかつての凛々しさとはかけ離れた野蛮さのそれ。


この場にいるからには、勝利こそしたのだろう。

だが、これでは余りにも——————。



ゴゾクがそう息を呑み、その有様を見た神官長は己の不出来を恥じる様に周囲に着弾する鉄火など気にするそぶりも無く五体投地の土下座の元に半狂乱気味に詫びの言葉を唱え続けている。


既に合流していたシュワンツは沈痛な面持ちで黙り込み、遅れてきたデュラは覚悟を決めたように難しそうな顔で目を細め、屋敷から捕虜の肉体を強奪してきたラペナが殺気だっている。


主要戦力が一同に会し、本来ならば反撃の雄たけびを上げるべき場面。

だがしかし——————。


それぞれの視線の先に有るのは、激昂し抑えきれぬ殺意をまき散らし始めたクロエの姿とそれに相対する満身創痍の王の姿。



「リュナちゃん!貴方、死臭がするよ!?死んだの!?死んだでしょ!?貴方は私が殺すと約束したのにッ!最後は私が貰うって約束したのにぃッ!」



激昂するクロエと死に瀕してなお、いつもの自然体で相対するリュナ。

その二人の背後にある内城壁が砲撃を受けて音を立てて崩壊しつつあった。


空から降り注ぐ砲火にはロケットに混じってプラズマの閃光が加わり、壁を打ち貫くは蒼き光弾。


状況が理解できぬゴゾクとは違い、シュワンツだけは理解が出来ていた。

これが人類黄金期の兵器の攻撃である事を。


最低でも敵は重強化外骨格(マトリョーシカ)を複数投入し始めたことに。

蒼の血族(ブルーブラッド)にとって、真の試練はむしろここからであった。


今回の話はこまごまとした端役たちの動きの要約と言う感じになってしまいました。

次回から本格的にドンパチやる予定ですので気長にお待ちください。



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