3話:受験番号0893
「……はぁ」
自室の鏡に映る自分の姿を見つめ、溜め息をつく。
黒を基調としたブレザーに、黒のズボン。ブレザーの左胸には、校章であろうマークが刺繍されている。至ってどこにでもありそうな、普通の制服だ。
別に、自分の制服姿が似合わなすぎて溜め息をついた訳では無い。いや、それも少しありはするけど。
「何で異世界に来てまで学校行かないと行けないんだよ」
せっかく社会の枠から外れる事が出来たのだから、好き勝手して生きていきたいものである。
誰にも知られててないような山奥で、農業でもしながら悠々自適に過ごす、とか。
はたまた、魔物を倒しまくって凄腕冒険家の称号を得てウハウハ生活、とか。
なんか、俺が思っている異世界生活と全然違う。
……まぁ、仕方ない。
何も知らないまま大草原の真ん中に放り投げられたら、それこそ猛獣なんかの餌になるのがオチだ。それを回避するために、この世界の常識というものを学びに行く。
自由に過ごすのは、それが終わってからでもいいだろう。
「っと、もう時間か」
壁に掛けられた時計を見ると、もう八時になろうとしている。そろそろ出ないと、もしかしたら間に合わないかもしれない。
「そんじゃ、張り切って行きますか」
気合を入れるようにして自分の頬を叩き、部屋のドアを開けた。
――――――――――
「ん?」
玄関を出ると、足元に小さな巾着があるのが見えた。昨日、帰ってくる時に落としでもしたのだろうか。
いや、昨日は確かスられたんだ。手持ちは何も持ってなかったはず……。
「……ん?!」
よく見たら、昨日俺が使っていた巾着と一緒やないかい。
拾い上げて、中身を確認する。
ジャラジャラ、と小銭同士が擦り合う音が聞こえる。ひっくり返して、枚数を確認する。
「……こんなに多かったか?」
明らかに、昨日飯を食った直後より増えている。正確な枚数は覚えていないが、おそらく十枚以上は増えている。
巾着の底には、折りたたまれた小さな紙切れが入っている。
俺は入れてた覚えはない。となると、あの盗人が入れたものだろう。
中から紙切れを取り出して、広げて内容を見てみる。
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拝啓 若い大富豪 様
あんたのおかげであたしの目標は大幅に前進したぜ、礼を言う。
これは、あんたからスったお金からあたしの目標金額を差し引いたものだ、返しておく。
金貨1枚から、大銀貨4枚分と銀貨8枚分、大銅貨2枚分を引いたから、この袋には大銀貨5枚、銀貨1枚、大銅貨8枚が入っているはずだ。
本当に感謝している、またなにかあったらよろしく頼むぜ。
名無しのスリ師
===
とのこと。細けぇ。
余った分を返しに来るとは、律儀な泥棒もいたもんだな。
小銭の中にあと一枚の金貨が見えない気がするが、まあ気のせいだろう。
「さて」
金のことは今はどうでもいい。早く行かないと入学式に遅れてしまう。
重みのある巾着を制服のポケットに入れて、先を急ぐことにしよう。
――――――――――
「ほえ~……」
学校に着いた。道のり的にはおよそ30分。家から近いというところは中々評価できる要素だ。
そうじゃない。家から近いのもいいけど、初見で驚くべきところはそこじゃない。
すっごいおおきい。ナニがとは言わない。
いや、言わないと誤解を招くな。
校門前に立っただけでも、本校舎であろう建物の大きさが分かる。どれくらい大きいかと言うと、俺ん家と比較するなら、富士山とエベレストぐらいの差だ。それぐらい大きい。
……それって大きいのかなぁ?
「では、次の人。受験番号の提示を」
「あ、はい」
校門前に立っているこの学校の職員であろう人物に、0893と書かれた紙を見せる。
……にしても、こんなただの紙切れで入学者かどうか分かるのだろうか?
見たところ、数字は手書きのものだし誰にでも偽装出来そうなものなのだが。
「ジャッジ」
?
門番が一言言い放つと、俺の受験番号の紙は勢いよく燃え始めた。
……何か、嫌な予感がしてきたぞ。
「……よし、受験番号0893、ユウマ・アイサカ。午前9時2分確認。ようこそ、エニストル学園へ」
「???」
よくわからんが、とりあえず入学を認められたのかな?
おそるおそる、門番を横切り、校門を通り抜ける。
「では次の人。受験番号の提示を」
後ろの方では、先程までと同じように、門番が次の入学者の判別を開始していた。
――――――――
「本当に、すごい大きいなぁ……」
外から見た校舎の大きさもそうだが、敷地内の広さも尋常ではない。この学校一つで逃〇中が出来そうなレベルだ。
さて、この学校の中に入れた所まではいい。問題は、これからどこに行くべきなのだろうか、ということだ。
入学式、と言ったら定番は体育館なのだろうが。果たして異世界の学校に体育館なるものがあるのだろうか。
とりあえず、そこら辺の生徒たちの波に流されてみようか。こういう時は、周りに合わせてると目的地に着いていることが大きいものだ。
「……誰もいない」
と思ったが、周りに誰もいないのであれば、合わせる波も無い。
マズい、本気で迷子……?
「ゴラァ!そこの生徒、何をしているぅ!!」
後ろからの突然の大声に、身体が竦む。
こういう声の主は、大体決まって熱血教師のものだ。それもバリッバリの体育系の。
そっと、少しずつ後ろを振り向く。
「入学初日からタムロとは、いい度胸してんなぁ!!」
「やべ、逃げるぞ!」
……どうやら、俺じゃなくて他の生徒に向けてのものだったらしい。
ただ、ブチ切れたら怖そうな先生には変わりない。あまり刺激しないように、そ〜っと……。
「……そこの1年!こんなとこで何をやっている!!」
ヤバイ、捕まった。
どうにか言い訳で誤魔化すか……。
「……あ~。道に迷いまして……」
「……講堂はあのデカい建物だ。早く行け」
怒鳴られるかと覚悟していたが、親切にも、その手に持っていた竹刀で講堂への方角を指し示してくれた。
「……何をしている、後5分だ!」
「マジすか」
のんびりやっていたせいで、集合時間までの余裕が無くなっていた。
「ありがとうございます」
と、熱血教師に一礼をして、集合場所の講堂へと急ぐことにした。
……出来れば、あの教師とは会いたくないなぁ。