2話:出費は出費
家から出て数分歩いた所に、人が行き交う商店街があった。
「わぁお……」
さすがは異世界、とでも言うべきか。街ゆく人々は多種多様な人種が存在している。
頭から動物の耳を生やしている、所謂『獣人』。獣人と一括りでまとめても、色んな種類の獣人がたくさんいる。
その中でも一番多いのは、やはり猫だろうか。ネコ耳の人ばかりに目が行ってしまう。
単に俺が猫好きなだけってのもありはするけど。
獣人と人間が多く行き交う商店街だが、中には魔族っぽい人もちらほら見かける。
この世界は、魔王とかは存在しないのだろうか。平穏な世の中だ。平和なのはいい事。
人間と見た目的には大差無い。比べるなら、魔族の方が色が白い、ということくらいだろう。
白。肌の色が本当に白い。肌の色にそんな色があっていいのか、と疑うほどだ。
「……すげぇな」
色んな人々が行き交う商店街を見渡して、感嘆の声が漏れる。
この光景を見ていると、自分が本当に異世界に来たのだ、と実感させられる。
……多少の悲しみも感じる。もう、友人や家族とも逢えないのだから。
だが、それはもとより覚悟の上。そんな事は、天国で既に振り切ったはず。もう迷ってはいけない。
この世界に、早く馴染まないとな。
「とりあえず、飯でも食うか」
それはそれ、これはこれ。
異世界に来たはいいものの、何故か先程から非常に腹が減っている。おそらく、転生する際に体力を消費したとか何とかだろう。
……消費する、のかぁ?
この商店街には、どこか飯を食う所はあるだろうか。てか、普通の商店街って食堂的な店を置いてるのだろうか。
商店街なんて、普段行かないからまったく分からん。
人混みをかき分け、商店街の道をどんどん進む。
「……お」
商店街の出口辺りだろうか。そこら辺に美味そうなレストランを見つけた。
特にこだわりは無い。異世界に来たんじゃあ、和食も洋食もあったもんじゃない。いや、洋食ぐらいは普通にあるか。
即決でそのレストランの中に入った俺は、異世界で初めての食事にありつくことにした。
――――――――――
「食った食った」
食後。
店で支払いを終えて、再び商店街の中を歩き回る。
俺の持ってきた予算が金貨三枚。それに対して、レストランで使った金額が大銀貨一枚と銀貨五枚、大銅貨八枚に銅貨二枚。
返ってきたお釣りが、大銀貨八枚に銀貨四枚、大銅貨一枚に銅貨八枚。合計枚数、二十一枚。
レジで金貨を出した時は、店員に相当嫌な顔をされたものだ。今でも申し訳ないと思っている。
「……てことは、一体どれくらいの価値があるんだ?」
申し訳ないと思うのもそれまで。改めて、この世界の金銭について考える。
金貨一枚出すだけで嫌な顔をされるレベル。
それもそうか。ファストフード店で、千円ぐらいの支払いに二十万円を出されるようなもんだからな。
しかも、日本円と違って小分け出来ない。金貨一枚だと、〝最低〟で二十万だからなぁ。
……この世界の経済って、中々不便だなぁ。
さて、こっからのことは数学、レベルじゃないか。算数の問題だ。
・金貨一枚(二十万)=大銀貨十枚。大銀貨一枚あたり、約二万円。
・大銀貨一枚(二万)=銀貨十枚。一枚あたり、約二千円。
・銀貨一枚(二千)=大銅貨十枚。一枚あたり、約二百円。
・大銅貨一枚(二百)=銅貨十枚。一枚あたり、約二十円。
……どうやら、この世界では『1』を基準とするのではなく、『2』を基準としているようだ。
さすがに無いか。数字という概念が存在する以上、1が無くては2は成り立たない。
……でも数字って、どうして1を基準としてるんだろう?
「……やめよう」
考えれば考える程、変な思考になってしまう。
数字は数字。昔の人が生み出した、人類の基礎となる概念。それでいい。
異世界に来てまで、哲学的なことは考えたくない。
「うわっと」
そういう変な考えをしながら歩いていたからだろう。商店街にて人とぶつかってしまった。
「悪いけど、急いでっから!」
俺とぶつかった小柄な少年は、軽く謝罪をして、また、すぐさま商店街の中を走り抜けて行ってしまった。
フードを被ってたから良く分からなかったが、もしかしたら女の子かもしれない。
「……若いもんはイイねぇ」
どちらにせよ、俺よりは年下のように感じた。あの人の若さに、若干の羨みを覚える。
俺ももう少し若ければ、河川敷とかで走り回ってたんだけどなぁ……。
まあ、まだ高二ですけどね。
さて、考えるのもここまでにしよう。
思考を中止して、俺は再び商店街をブラブラと歩き始めた。
――――――
「……で。金は?」
「……」
無い。
目の前のおっさんにそう言いたいが、そんな事言ったらそのゴツい手でゲンコツでもくらいそうだ。それは勘弁。
商店街を歩いている途中。俺は本屋に立ち寄った。
この世界の事を知るために本を買おう。そう思ったからだ。あと学校の参考書とか持ってないし。
一応、念の為に、もう一度、ポケットの中にある筈であろう小銭入れの袋を探してみる。
右、左、おケツポケット……。
……やはり無い。
「……」
冷や汗が背中を伝うのが分かる。
あの小銭入れを失くす、ということは、約六十万円を失くすのと同義。普通の生活をしている人間なら、オレオレ詐欺とかに遭わない限りはそんなことありえない。
この世界にATMがあるのか、そもそも電話があるのか分からないが。
少なくとも、俺にはどっちも利用した覚えはない。
「……スられた、か」
「スられた?」
店員のおっさんが、支払えない俺を見て何かを察したのか、ハァ、と短く溜め息をつく。
「……あんちゃん。ここには越してきたばかりか?」
「え?……まぁ」
越してきた、とは言っても、世界線飛び越してますがね。
「ちょいと前ぐらいからか。この商店街を中心にして、スリが多発してんだよ。
被害者になった奴らは口を揃えて「フード付きのローブを着けた、小柄な少年にぶつかられた」とさ」
フード付きのローブを着けた、小柄な少年……。
やっべ、めっちゃ心当たりあるんですけど……。
「あんのクソガキ……」
人の物を盗ったらいけない、と親に教わらんかったのか。
……孤児とかも有り得はするが、やっていけない事には変わりない。どんな事情があるにせよ、許せる事ではない。
「……同情するぜ。だが、商売は商売だ」
カウンターに置かれた本を、後ろの本の山に持っていかれる。
……仕方ない。また後日来ることにするか。
「その本、キープしといてくれ」
「おう。銀貨三枚な」
「なんで?!」
――――――――――
どっと疲れた。
家に帰り、着替えもせずにベッドにダイブ。柔らかい感触が、疲れを緩和させてくれる感じがする。
「……はぁ」
初日から金貨三枚、六十万円の紛失。痛すぎる。無駄遣い、なんてレベルで済む話じゃない。
盗まれたとはいえ、出費は出費。戻ってこないのなら、使ったのと変わらない。
あのクソガキめ、今度見かけたらとっ捕まえてやる。
スられた金貨とあの子供のことを考えていると、俺はいつの間にか眠りについていた。