1話:第一歩
――光がだんだん収まっていく。それと同時に、別の景色が俺の視界に入ってくる。
ベージュの塗装がされた壁、黒の木材を使用したフローリング。この景色だけ見ると、本当に自分が異世界転生したのか疑うような景色だ。
特徴から捉えるに、ここはどこかの部屋、なのだろう。
後ろを振り返ると、窓から朝日が差し込んでいる。その窓から、チラリと、外の様子を伺ってみる。
「……うわぁお……」
絶句した。
日本ではあまり見かけないであろう、石畳の歩道。煉瓦や、木造でできている家が、所狭しと並んでいる。おそらくここは、住宅街なのだろう。
さらに目を引くのは、住宅が並ぶ奥に見える、大きな城。
いかにも「俺中世やで」と自己主張している。そのレベルで、城だった。
……語彙力無いのは、自分でも分かってますよ。
早く外に出てみたい。実際に街を歩いてみたい。
窓から離れて、部屋のドアを開けようとする。
その際に、大きな鏡が目に入った。
「…………な」
全身を確認出来るほどの大きな鏡。所謂、姿見とかいう奴だ。
その前に立って、それを見ると、もちろん俺の姿が映ってしまう。
鏡に映された俺は、真っ裸の状態だった。
「なんじゃこりゃあああああああ??!!」
――――――
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クソガキ へ
調子はどうだ?飯は食えてるか?友達は出来たか?
まぁ、転生したてでそんなのに構っている暇がねぇのは分かる。なんで、そういうおふざけは無しで、要件だけ書いておく。
まず、この手紙と一緒に、2つの箱があるはずだ。
片方には、この世界で一般的な服装が入っている。しばらくはそれ着て過ごせ。気に入らなかったら、一緒に入っている小銭で適当に買え。
もう片方の箱。これには、これからお前が通うことになる学校『エニストル学園』の制服が入っている。登校時には、それを着ていくように。
学費に必要な金も、別でその箱に入っている。それで学校に必要な物を揃えろ。
この世界の金は、普通の箱の方に入っている。
金額は、まぁ円換算で500万てとこか。この世界の単位は自分で調べろ。無駄遣いしなければ、5年は余裕で暮らせる。
これから先は、俺は何も干渉しない。お前は短い人生の中で、自分の好きな道を歩め。
世界の母 神様より
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そんな手紙が、大きな二つの箱と共に、一階のリビングに置いてあった。
「……用意してんなら、服着せた状態でもいいだろうよ」
わざわざ俺自身に着させる理由が分からん。赤ちゃんじゃあるまいし。
……あ。生まれたてだから、てことか。事実で考えてみれば、俺はこの世界に生まれたばかりの設定だもんな。
なんも上手くねぇよ。
大きな箱の一つを開けて、中身を確認する。箱の中には、異世界といえばっぽい、深緑色でフード付きの絹のローブが一着。日常で着けれそうな、黒のTシャツが四枚。ジーンズでは無いが、そんな感じの黒のズボンが二枚。パンツ等が七枚ほど。
内容を見る限り、こちらは制服の類では無さそうだ。
服以外に、小包がひとつ。小包を振ってみると、中からジャラジャラと音がする。
小包を開けて、中を確認。
「二十五枚の金貨、か」
手紙には、日本換算で五百万程度の金が入っていると書いてあった。となると、一枚二十万円程の価値があるのか。
こんな金貨が、二十万、ねぇ……。
元の世界なら、課金し放題なんだけどなぁ……。
と、いかんいかん。前世への未練は既に振り切ったはず。今更、別の世界のことを考えても仕方ない。
二十五枚の金貨のうち、三枚ほど取り出す。後は貯金だ。
さすがに、六十万で買えないものはそうそう無いだろう。
「……さ、て」
箱に入っていた服を取り出し、それに着替える。いや、元々着けている物が無いから、着ると言ったほうがいいか。
パンツを穿き、Tシャツを着けて、ズボンを穿く。その上から、ローブを羽織る。
……おそるおそる、自分の姿を鏡で確認してみる。
「似合ってねぇなぁ」
見慣れない服装のせいか、はたまたモデルが悪いのか。異世界の普段着であろう服装をした俺は、全くと言っていいほどに着こなせていなかった。
周りから見れば、これが普通の服装なのだろうか。
「ローブ要らねぇなこれ」
羽織っていたローブを脱ぎ捨て、改めて鏡を確認。
やはり、どこか違和感はあるが、まぁ大分マシになった。
確かに、普通ローブなんて着けないからなぁ。似合わないと思うのも無理ないな。
とりあえず、当面の服装に関してはこれでいいだろう。気に入らなければ、買えばいい。
ファッションには疎いが、まぁ直感でコーディネートしていくとしよう。
気を取り直して、もう一つの箱の中身を確認する。
「……制服、なぁ」
箱の中から制服を取り出す。
黒を基調とし、袖の部分に赤の細いラインが二本。左胸には校章らしき物が刺繍されているブレザー。夏服の方は、至って普通のYシャツだ。
ズボンの方も、特に変わった特徴は無い。普通の、前世の高校でもよく使われていたであろう黒のズボンだ。ベルトも変哲も無い。
正直、若干憂鬱だ。
異世界に来てまで、学校に通わなくてはならないとは。そりゃあ、俺はまだ学生ですけどさ。
……まぁいいだろう。俺はこの世界の事を一つも知らない。一から学ぶ場に行けると考えれば、そこそこ面白そうだ。
制服は、今は身に着けない。入学式の日まで封印だ。
ブレザーが似合わない自分の姿を見たくないんでね。
「……ん?」
制服、学費の他にも、何か紙切れが二つ入っている。
………………。
「明日ァ?!」
紙切れには、入学式は明日だと記載されている。
四月九日、月曜日。エニストル学園。午前九時半より。
紙切れの一枚には、学校までの地図と共に入学式日時の詳細が書かれていた。
「……『尚、入学式当日には受験番号を持ってくるように』?」
下の方に、小さな文字でそう書かれている。
そんな重要なことは、普通大きく書くもんだろ。
それより、受験番号?
……もう一枚の、小切手サイズの紙切れを見てみる。
『0893』。四桁の数字が書かれた小切手のような紙切れ。
おそらく、これが受験番号なのだろう。
誰がヤクザだゴルァ。
「……必要なものは書いてない、か」
それ以外には、特に何も書かれていない。ということは、持っていくべきものは特に無いのだろう。
……さて、と。
一通り確認を終えた。特にすることも無い。これから何をしようか。
そんな事、もちろん決まっている。
「そんじゃ、異世界の第一歩を踏みしめるとしますか」
部屋のドアを閉め、階段を降りて、玄関の前へ。
玄関のほうも、特に変哲も無い。普通の一般住宅の玄関と一緒のような感じだ。
玄関には、ワンセットの革靴が置かれてある。裸足、という訳にもいかないのだろう。
そういえば、靴下は無いのか?
神様の準備不足だろうか。まぁ、街を歩き回って探してみるか。
「……よし」
靴紐を結んで、立ち上がる。
念の為に、ポケットの中の小さな巾着の中身を確認する。
金貨が三枚。よし、ちゃんとある。
「そんじゃ、行きますか」
そう言って、ドアノブに手をかける。
これから、俺はこの世界の住人。もう、『逢坂 優磨』では無い。これからは『ユウマ・アイサカ』として生きていく。
そう決意を新たに、これから起こることにウキウキしながら、異世界の第一歩を踏み出した。