「良い人生を」
「誰がおっさんだ糞ガキ」
何も喋っていないのに急にそんなことを言われた。
いやいや、誰がどう見てもおっさんだろう。
百人に聞いたら百五十人が「おっさんやんけ」って答えるレベルだ。おっさんすぎて幽霊まで出てきちゃうぐらいにはおっさんだ。
「だから誰がおっさんだって」
だから何も喋ってねぇよ。
おっさんおっさん言ってもしょうがない。何故か相手には読心術が備わっているみたいだし、こっちがおっさんと言ったら無限ループになってしまう。
何か別の事を聞いてみよう。
――ここはどこですか?
「喋れや!!」
――んだよ。心の声が聞こえるんなら別に喋る必要無いだろ?
「いやいや、声に出した方が伝えたいこと伝わるもんだぞ」
ふむ、そういうものか。
「そういうものだ」
でもこのおっ……、おじさん、語り掛けなくても勝手に心の声拾うみたいだしなぁ。
「まぁそうだな。後おじさんでもねぇよ」
じゃあお前一体なんなんだよ。
「俺はな、お前らの世界を管轄している神様だ」
「……はぁ」
神様、と来ましたか。そうですか、神様ですか。ふーん。
「おいなんだ、その馬鹿にしたような口調と目は」
「いやだって、ねぇ」
小汚いし。見た目おっ……、おじ……、男性だし。
「性別にまで難癖つけちゃう?」
「他にどう言えばいいんだよ」
見た目はともかく、神様か。ということは、俺は死んだわけだな。
そりゃそうか。ダンプカーに轢かれて生きてる人間なんてまずいない。いるとすれば、そいつはマーベ〇ヒーローの可能性が高い。もしかしたら戦〇シリーズか仮面〇イダーシリーズの誰かの可能性もある。
「んで、転生させてくれんの?」
わざわざ神様が俺の魂をここに呼び出したということはつまり、そういう事だろう。
「どういう事だ」
「そういう事。んで、転生?転生チート無双、始まっちゃう?」
「転生は始まるが、チート無双出来るかはお前次第だな」
んだよ、異世界転生と言ったら
俺TUEEEE!!!
チート!無双!ハーレム!
だろ。社長も驚きの大胆さかつ強情さで突き進んでくのが異世界転生じゃないの?
「それは娯楽小説だけの話だろ。現実そう上手くいくと思うな」
「ちっ」
「え?舌打ち?お前いま、神様に向かって舌打ちした?」
気のせいデース。
さて、兎にも角にも異世界転生は出来るようだ。
異世界転生。異世界転生、かぁ。
「……元の世界に帰れないの?」
正直、大して興味は無い。
異世界転生で無双ハーレムを築くのも面白そうだが、正直そんなことをしているよりは家でアプデ後のゲームを二日三日やり込んだ方が絶対に楽しい。
少なくとも、新しいことを手探りでやるよりはそっちの方がいいはずだ。
「残念だが、それは不可能だ。
お前の世界では、お前の死後からもうすでに2ヶ月が経とうとしている。戻そうにも戻る肉体が無い。
それに、死者が生き返るなんてことがあったら、世界の法則が崩れる」
なるほど、地球の 法則が 乱れる!のか。
確かにそうだな。死者が生き返ったりしたら、各地でネクロマンシー技術が研究されたりするかもしれない。
最悪、死んだ人間の肉体を、「いつか復活するかも」という理由で火葬…埋葬しなかったりとか。
それは死者への冒涜に繋がる。止めてもらいたいものだ。
「そうそう。そういう訳だから蘇生は無理。
ただし、転生ならさせてやらんでもない」
転生、か。
記憶を持ったまま他の世界に生まれ落ちることになるわけだが、果たしてその世界に順応出来るのかどうか。
「安心しろ。多分お前が住んでいた社会よりはずっと自由で住みやすいぞ。
……まぁ危険は圧倒的に増えるがな」
自由で住みやすい、かあ。
「ちなみに転生しない場合はどうなるんだ?」
「そん時は完全に天運任せの人生ガチャだな。
生まれる世界、生まれる時代、生まれる生物、生まれる家庭………。その全てが完全ランダムだ。もちろん記憶も全て消える」
「うんむう」
正直生まれ変わるならそれでもいいかもしれないが。
だが、死んだ身とはいえまだ人生は終わっていない。俺はもっと人としての生を謳歌していたい。だって私、人間だもの。
「転生しよう」
俺は神の提案を受け入れ、異世界に転生することを選んだ。
――――――――――
「あ、おはようございます」
「おーう」
「ちーっす」
「ちょりーす」
「83代目、世界線659番が破滅を迎えそうです」
「原因を10分以内に書類にまとめて持ってこい。どうするかはそれからだ」
廊下のような通路を歩いていると、道行く人たち、じゃなくて天使たちが、おっさん面の神様に向けて挨拶や要件を話してくる。
それを神様は軽くあしらいながら、歩みをさらに進める。
「世界線とかって、あるんだな」
「あー、それ余計な情報だから転生の時には消させてもらうわ」
「マジかよ、だったらもっと聞かせろ」
「やだよ、記憶イジんの中々面倒なんだぞ?」
そうなのか。
てっきり「物理で殴って万事解決!」なんて言うと思ったんだけど。そう簡単にはいかないようだ。
「――着いたぞ」
神様が立ち止まった先のドアには、『転生の間』と書かれたプレートが貼られてある。
神様がそのドアを開けて中に入るので、俺もそそくさと中に入る。
「あらやだ神秘ねぇ〜」
「なにキモイ喋り方してんだ」
ドアの先の光景は、まるでプラネタリウムのようだった。
いや違う。これはプラネタリウムなんかじゃない。
この光景はまさしく、実際の銀河系を映し出しているんだ。
「そうだ。
この部屋は転生者を送り届けるためだけでなく、世界の管理にも使ったりする」
「はぇ〜」
おっさんでもちゃんと神様してんだなぁ〜。
「だから誰がおっさんだっての」
神様は何も無い空間を、キーボードを叩くようにして指を高速で動かす。
「お前に今から行ってもらうのは、どこにでもあるような剣と魔法の世界だ。
とりあえず手始めとして、3年間そこの学校に行ってもらう」
「学校?それまたどうして」
何で異世界に転生してまで学校とかいうかったるい場所に通わないといけないんだ。
「俺は別にいいんだぜ?山奥に転生してギガンテスに捕食されたり、海上に転生して溺れ死んだりしても。
転生した後はてめぇの自由だ」
「………なるほど」
要するに、死なないために世界の基礎を学んでこい、というわけか。
「そゆこと」
神様が指を止めると、改まってこちらに向き直った。
「さて、ではこれから転生するに当たっての注意点を挙げていくぞ。
其ノ壱、転生するには以下の内どれかの代償を支払う必要が」
「ちょっと待って?」
え、待て待て?
なんで?なんで転生すんのに代償がいんの?
「当たり前だろ。お前がいない世界に無理やり存在を作ってやるんだ。多少のリスクは負ってもらわねぇと」
つまりそれって、神様のさじ加減ってことじゃないの?
マジかよ、代償とか聞いてねぇよ………。
「………で、代償ってなんだ?」
「ああ、次の3つのうちどれか1つを選べ。
1.子供を産めなくなる
2.寿命の4分の1を失う
3.全身衰弱状態に陥る
さぁ、どれを選ぶ?」
「なんで三番あんだよ」
どう考えても三番だけハイリスクノーリターンじゃねぇかよ。一体誰が選ぶってんだ。
となると、候補は一番か二番の二択。
子供が産めなくなるのは男としてどうかと思うが、かといって寿命を失いたくもない。
……どちらの方が人生を大きく左右するだろうか?
「二番で」
結果、寿命が縮まるよりも子供が産めない方が、後々大きな問題に直面すると考え、寿命を縮める事にした。
四分の一を奪われるのは辛いが、もし百歳まで生きられるなら七十五歳までになってしまうってだけだ。七十まで生きればもう十分だ。
「オウケイ、ではお前の寿命を少し頂くぞ」
神様が指を鳴らす。
「?」
特に何も変化は起こらない。
何で指を鳴らしたんだ?
「よし、これで異世界に転生する為の準備は整った。んじゃいってら」
「ちょっと待て」
「んだよ、まだ何かあんのか?」
――何かあんのか?じゃねぇよ!アレはどうしたアレは!
「アレって何だよ。お前の黒歴史写真集か?」
「何でそんなの持ってんの?!」
「冗談だよ。
……そうだな、お前だけ何もスキルを与えないというのは少し可哀想だな」
神様は懐から、錠剤の入った小瓶を取り出す。
その中から一つを取り出すと、俺の方に向けて放り投げてきた。
「うぉいっと」
それを落とさないように両手でキャッチし、その全容を観察する。
なんて事はないただの錠剤、というか、ただの駄菓子のラムネのような感じだった。口に入れたらすぐ溶けそうな手触りをしている。
「それはお前の潜在意識から特殊能力を引き出す薬だ。飲めばスキルだけでなく身体能力も少し上がる」
ほうほう、スキルを引き出す、か。
つまり能力の強弱は俺次第、ということだな。ここでもガチャをする羽目になるとは。
目の前の神様に祈りながら、ラムネを口に含む。
ラムネは口の中に入ると同時に徐々に溶けていき、終いには口の中にラムネの香りだけが残った。
「………本当に能力を引き出せてんだよな?」
俺としては、ただ美味しいラムネを食ったという実感しか無いんだが。
「ああ」
「だったら俺のスキルを教えてくれよ」
神様なら、俺が今引き当てたスキルの内容だって即座に確認できるはずだ。
スキル内容が分からないまま戦闘するなんて、何が起こるか分かんなくて怖いわ。
「それは実際発現してからのお楽しみだ。
……でも、あー、そうだな。ヒントはやろう。
……ぷっ」
なんだ?吹き出しやがったぞこのおっさん。
「あー……、うん。まぁ、今までで見てきたスキルの中では超絶微妙かなぁー、て感じだ。
ただまぁ、デメリットが小さいのはいい事なんじゃないか?」
「スキルにデメリットとかあんのかよ」
何でもかんでも代償だらけじゃないか。
ていうか、微妙な内容のスキルってなんだ。
「戦闘では使えんの?」
「あ、戦闘においてはヤバいぐらい有能だ。チートとまではいかないが、戦闘系スキルの中ではかなり上位の有用度に入ってくるな。
ただ、生活面が苦しいかもな」
戦闘ではとても便利で、生活では苦労するスキル?
なんだそれ、そんなスキル存在するのか?
「まぁお楽しみだ。
ああ、そうそう。言い忘れてたけど、世界のバランスを保つために、お前の一部の記憶の削除と、天界での出来事の口封じをさせてもらうぜ」
口封じって、一体何をするつもりだ。
「いっても制限を掛けるだけだ、他の人間に喋ろうとすると口が開かなくなるとか。軽い口封じだ」
なるほど、天界の存在を教えたくても教えられないということか。
別に口封じしなくたって言うつもりは無いし、言ったところでそんな存在信じられるわけもないと思うんだけどな。
まぁ神様がやる、というのなら仕方が無い。大人しく従っておこう。
「懸命な判断だ」
先程と同じように神様が指を鳴らす。
パチンッ――
辺りに気持ちのいい音が響くと同時に、俺の頭が微量ながら重くなった気がした。
「………あれ?」
頭に掛かったモヤを振り払おうとしても、どうにも思い出せない。
俺は今、何を忘れさせられたっていうんだ?
「うし、どうやら成功したようだな。
………ではいよいよ、お前を異世界に転生させる時だ。覚悟はいいか?」
「ああ…」
モヤがどうにも気になるが、まぁその内思い出すか忘れ去るだろう。今は気にしないでおこう。
「………あ、そうだ。ひとつ聞きたいんだけど、いいか?」
「なんだ?」
――俺が死んだ原因って、なんだったっけ?
「知るかよ。
お前の死因なんか、俺が知ったことか」
「そっか………」
まぁいいか。死因がどうであったにせよ、これからは俺は新しい人生を歩むことになるんだ。
二度目の人生、今度は前世よりもっと楽しい人生を歩んでいこう
「それじゃあ、良い人生を――逢坂優磨」
神様のその言葉を最後に、俺の目の前は眩い光に包まれた。