10話:【体を少しでも動かしたらどうだ?】
ぶらぶら。
「…」
ぶらぶらぶら。
「……」
ぶらぶらぶらぶら。
「………」
「…暇だ」
午前九時。
学校の無いこの日、俺はとてつもなく暇だった。
―――
―一時間前。
「【熾の権を持つ天使よ、我が呼び掛けに答え給え。
落月の時、日輪の加護あり。
落日の時、煉獄の加護あり。
―】
…なんだったっけか」
図書館で借りた本の一冊『世界の召喚術』とかいう胡散臭い本に書いてあった、召喚魔法の一つを頭の中で思い出しながら復唱しつつ、学校への道を歩いていた。
もしこれで魔法が成立して、何か召喚でもされたら一大事だが、別に魔力を使いはしないので、最悪召喚はされない、はず。
―この時は召喚魔法の詠唱文を思い出すのに意識を集中していたせいか、周りの目なんかは全く気にしていなかった。
今思い返せば、周りからは「休みなのに制服を着た男子高校生が、独り言をブツブツ言いながら学校に向かってる」と認識されていたのだろう。―
そうやって魔法の練習をしながら歩いていたら、いつの間にか学校に着いていた。
「…やけに静まり返っているな」
到着した時刻は既に八時半頃。いつもなら、生徒達の喧騒で溢れかえっている時間帯だが、今日は人の声一つ聞こえてはこなかった。
…もしかして、朝礼か?
そう思って、急いで四階まで上がり、教室にカバンを置き、すぐさま講堂へ向かおうとしたのだが。
「…鍵が掛かってる」
教室のドアには鍵が掛けられていた。
いや、そりゃあ誰も居ない教室を開けっ放しにはしないだろうけどさ。
「…とりあえず講堂に…」
「…アイサカ?なんか忘れもんか?
っていうか、わざわざ制服で来るとか律儀な奴だな」
講堂へ向かおうとすると、階段を登ってきたミーナ先生に鉢合わせた。
ナイスタイミングだ。生徒達がどこに向かったのか聞いてみることにしよう。
「あの、今日って朝礼ありましたっけ?」
「はぁ?」
俺が質問すると、先生は「何言ってんだコイツ」みたいな顔で変な声をあげた。
あれ、質問が悪かったか?
「…生徒たちが何処に行ったか分かりますか?」
俺が質問の内容を変えて聞いてみると、
「…他の生徒たちは、今頃家でぐうたらしてたり外で遊んでいることだろうよ」
「???」
家でぐうたら?
外で遊んでいる?
そいつらは学校の日に何を…―。
「―」
まさか。
「―先生、休みっていつでしたっけ」
「今日だ」
オウマイゴゥ。
「…また明日」
「おう、時差ボケには気をつけろよー」
そのやり取りを最後に、俺は赤面になりながら猛ダッシュで家に帰ってきた。
―――――
「…暇だなぁ」
そういう経緯で、俺は今日一日の予定が空白になってしまった。
何もすることがない、というのがこんなに辛いとは思わなかった。
何せこの世界にはゲームどころか、学生でも楽しめるような娯楽が少ない。
え?「娯楽があったとしてもやる相手いないだろ」って?
うるせぇ殴んぞ。
「…」
確か、過去の友人の一人にこういう奴がいた。
【暇な時は外に出て体を少しでも動かしたらどうだ?】
…あの時は暇な時なんて無かった。ゲームばかりやっていたからな。
でも、異世界に転生した今。
めっちゃくちゃ暇でございます。
今はなき友よ(死んじゃいないが)、大切なことを教えてくれてありがとう。
「出掛けるか」
速攻で決断した俺は、外出用のポロシャツにジーンズ、その上に黒のローブを被った。
―これで見た目は厨二病!さぁ、君も今日から厨二病の仲間入りだ!
なんて言っても、ここではこれが普通だからなぁ。ていうか厨二病の概念すらあるのか怪しい。
「ついでに服も買うか」
そう思い立って、机の引き出しから金貨一枚を取り出して家を出た。
俺にポロシャツやジーンズとか似合わないしね。
―――
「テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜」
なんて言いながらも、別にテンションは上がらないし、ここはテーマパークではなく、いつも学校の行き来に通る商店街だ。
しかし、テーマパークのような景色と言うのは、あながち間違いではないかもしれない。
いつもは平日の朝に通る道だが、今は休日の正午を迎えようとしている時間帯。
いつも見る人集りの量とは比べ物にならないほど、商店街のあちこちが賑わっていた。
改めて思うと、こうしてゆっくり街を見て回るのは初めてだな。
いつも慌ただしく通り過ぎるだけの道が、こうも活気に溢れているとは知らなかった。
こういうのを見ると、やはり異世界に来たんだなぁ、という実感が湧いてくる。
「…さて」
賑わう商店街と対照的に、なんだかセンチメンタルな気持ちになってしまった。
昔を思い出すのはいいが、もういい加減切り替えないと。異世界生活を始めて、もう一週間になるんだぞ。
もう『逢坂 優磨』は死んだんだ。
今ここにいるのは、剣と魔法の溢れるファンタジーな世界に生きる『ユウマ・アイサカ』だ。
「とりあえず、どこか案内所でも探すか」
気持ちを再び新たにして、商店街の人混みに流されながら街を見て回っていった。
―――
「…ん?」
人混みを抜けた先をのんびりと歩きながら街を散策していると、大きな門の前に出た。ファンタジーの世界でよく出てくるような、あの変な網目状のアレを上下に動かして開閉する昇降式だ。
え、語彙力?なんて言うか分かんないんだから仕方ないだろ。
門の前の関所のような小さな小屋では、衛兵が二人ほど警備をしている。
きっと、不法入国とかを取り締まるための配備なんだろう。
幸いな事に、門付近にこの国の簡易的な案内板が設置されていた。
なるほど。外からの旅行者とかには、土地勘が全く無いからこういう案内が必要だったりするんだろうな。
さて、それじゃあ早速、俺の為に役立たせていただきましょうか。
「なになに…―」
=====
エニストル学術国
学術都市エニストル 全体地図・区画地図
・北 冒険家区
国外から訪れた冒険家や旅人が、一時的にこの国に滞在するための区域。
訪問者の対応が基本なため、宿屋や冒険に必要な道具・武具が集まる。
・西 商業区
世界各国から仕入れた新鮮な食材や素材が多く売られている。
この国は海と隣接しており、他大陸からの冒険家も受け入れるために港の役割も果たしている。
・東 学生区
この国に居住している国民や、国外から留学にやって来た学生のための区域。
学校が数多く存在するが、冒険家としての育成のために多種多様な施設もある。
・南 城下町・エニストル城
貴族が居住するために作られた城下町、貴族が居住する貴族街に分かれ、中央には国の象徴となるエニストル城が建てられている。
=====
なるほどなるほど。
この都市の全体地図と、俺が今いる区画、つまり学生区とを見合わせ、俺の現在地を特定する。
「…にしても広いな」
国の主要都市だからか、前世では見たことも無いほど大きな都市だ。
おそらく、アメリカのロサンゼルスぐらいの広さはあるんじゃないだろうか?
学生区の東南門、俺の現在位置はそこになるようだ。
学生区だけでなく、各地区には三戸ずつ出入口となる門が敷かれている。
これだけ広い都市だ。出入口はあるだけあったに越したことはないだろう。
しかし。となると今は街の端っこ側にいることになるのか。
この都市を見て回ろうとしていたのだが、この広さでは都市全体どころか学生区一つを制覇するだけでも一週間は掛かりそうだぞ…。
…仕方ない。今日のところは近場を散策して、詳しい周回は次回からにするか。
「行くか」
踵を返して、俺は商店街の人混みの中に再び潜り込んだ。
―――――
歩く事三十分。
知らない場所に出た。
「ココドコー」
商店街が日常生活の雑貨や食品を取り扱う“市場”なら、この場所は飲食店やオシャレ商品、娯楽などを取り扱う“市街地”みたいな感じだ。
別に商店街が古臭いという訳ではなく、この場所が進んでいるという訳でもない。ただ、純粋に比較したらそんな感じではないか、と思っただけだ。
道路も、商店街は歩道だけだったのに対し、ここは馬車や亀のような動物が荷車を引っ張っている、―名付けるなら獣車―専用の道が舗装されている。
前世で言えば、車道にあたるものだろう。ちゃっかり信号機まで設置されている。
交通インフラなんてもんがこの世界にもあったことも驚きだが、まさか信号機まで開発されてるなんてな。
この世界、ファンタジー世界かと思いきや割とハイテクな世界なのかもしれない。
「…ん」
しばらく歩くと交差点に辿り着き、案内標識に行き先が示されていた。
==
↑ 学生区・中央街
← 学生区・南通り 学生区・北通り →
==
と。
まだ学生区が続くようだ。やはりこの都市は、見かけ通り相当広いようだ。
どこに行こうかとしばらく悩んだ後、中央街へ赴いてみることに決めた。
区画とはいえ、中心となる場所だ。きっと物珍しいものが沢山あるに違いない。
楽しみだな。知らない土地を歩くのは何だかワクワクする。
少し家から遠くに出歩くだけで新しい発見がある。異世界ならではの楽しみかもしれない。
そう思うと、異世界に来るという判断も案外悪くなかったかもしれないな。
未開の地に心を踊らせながら、中央街へと通じる信号を渡った。




