~ 輝き満タン入ります ~
~ プロローグ ~
朝だ、ウン、いつも通りの朝だ。
スマホから鳴る目覚ましのアラームを止めて、窓の外をボンヤリと眺める。
「ふぅ、また今日の始まりか……」
いつからだろう、この呟きから1日が始まるようになったのは。
深く考える事もなく、ベッドからのそのそと起き上がり、キッチンの冷蔵庫から牛乳を取りだし、シリアルにかけてモソモソと食べる。
洗面台で顔を洗い、歯を磨いて身仕度を整え出かける。
いつも通りだ。
自転車に乗り約15分程見慣れた住宅街を走ると、俺の通う高校だ。周りの奴らに適当に挨拶を済ませ、適当に授業を受けて、適当に帰る。あっという間に放課後だ。
友達……と胸を張って言える存在はいない。欲しいとも思わないしね。誰かに干渉したりされたりなんてゴメンだし、何かに強く興味を惹かれるなんて事もない。
「いつも通りが一番」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟きながら校舎裏の駐輪場に置いてある自転車に向かう。
いつも通りに……ん?
よく見ると俺の自転車のサドルの上に何か乗っている。近づいて見てみると、白い封筒だ。よく風で飛ばされなかったものだ。
封筒には何も書かれていない。真っ白だ。大した手紙でもないのだろうと封を開けると、中には1枚の紙が入っていて、大きめの文字で一言。
「採用」
と書かれている。一瞬理解が出来ず、キョトンとしてしまったが、じわりと笑いが込み上げてきた。
「プッ、アハハハハ、なんだこれ、採用って、面白いなぁ 」
なんだか分からなかったけど面白かった。声を出して笑ったのなんて久しぶりだった。でも不思議と自然に口から言葉が出た。
「ありがとう」と……
その瞬間、手紙が少し光ったと思うと、まるで持っていた手に吸い込まれるように消えてしまった。驚いて手をバタバタと振ってみたが、どこにも手紙は見当たらなかった。
そんな俺の不振な動きを見ていたのか、周りの生徒たちがこっちを見てクスクスと笑っていた、恥ずかしくなり慌てて自転車にまたがり帰ろうと……マジか、前輪のタイヤが見事にペシャンコになっている。パンクだ。
益々恥ずかしくなった俺は、自転車をそのまま駐輪場に置いて小走りでその場を離れた。後ろからまだクスクスと笑い声が聞こえるような気がした。
高校から少し離れて落ち着きを取り戻したところで、珍しく俺のスマホが鳴った。母さんからだ。
二週間後の卒業式には必ず行くからね、との内容だった。というのも、俺が高校二年の時から両親共に仕事の都合で海外にいるのだ。俺も高校を卒業したら両親のところに行く事になっている。そっか、あと二週間で卒業か……
久しぶりに歩いているせいか、柄にもなく少しだけ切ない気持ちになった。この17年間、何事にも無関心で、面倒臭がりで、極力存在感を消すように生きてきた。後悔は無い。成績は、学力、運動共に平均で、幸い虐めとかも無かった。楽だった。
そんな薄い過去を振り返りながら歩いていると、いつも帰りに晩飯を調達しているコンビニが見えてきた。
今日はカップ麺とオニギリにしようかなどと考えていると、コンビニから転がるように人が飛び出してきた!
何事かとよく見ると、そいつは覆面のような物を被り、手には包丁を持っていた。
なんだ? そいつはこっちに向かって走ってくる。何やら周りから悲鳴が聞こえる。コンビニ強盗か?
逃げなきゃ…逃げなきゃ!頭では解っているのに咄嗟には体が動いてくれなかった。
数メートル先から逃げてくる強盗に立ち塞がる格好になってしまった。次の瞬間、ドンッ!という鈍い衝撃と共に激しい痛みが腹部を襲った。
「ガハッ! い、いた…い……」
呻きとも取れる声が漏れた。
恐る恐る視線を下げると、俺の腹には深々と強盗が手にしていたはずの物が刺さって、漫画でしか見た事が無い量の血が出ていた。
俺はその場に倒れこんでしまった。何も聞こえない。うっすらと見える視線の先には、逃げ惑う人達と走り去る強盗の姿があった。死ぬのかな……と思う頃にはもう……
第 一 章
~ 第一話 決心 ~
どれくらい時が経ったんだろう、気を失っていたのか、眠っていたのか、よく分からないが、今俺は冷たい床の上で仰向けの状態でボンヤリと天井を見ている。
大理石のようにも見える天井や壁は青白く優しく光っている。
「目が覚めたようじゃな」
頭の中に直接響いて来るような透き通った声で我に返った。
飛び起きて声のした方を見ると、一人の美しい女性が立っていた。
美しい、そう、見とれてしまうほど美しいのだが違和感が、羽だ! 背中から立派な羽が生えているのだ。
何が起きている? ここはどこだ? 駄目だ、思考が追い付かない。オロオロする俺の前にその女性はフワリと近づいてきた。
「シャキッとするのじゃ」
そう言うと同時に、ペチンッとデコピンが飛んできた。
「イテッ」
決して痛かった訳ではないのだか、自然と口から出ていた。
その様子を見て女性も少しだけ微笑んだように見えた。お陰で俺もようやく落ち着きを取り戻せた。
「ここはどこですか? 」
当然の疑問を女性にぶつける。
柔らかかった女性の表情がキリッと引き締まる。
「気持ちは分かるが、そう急くな。これから全てを話す」
そう言うと女性は指をパチンと鳴らした。すると、俺の前にカフェに置いてあるような小洒落たテーブルと椅子が出現した。驚いて女性の方を見ると、既にその女性はまるで中世の女王様が座るような椅子に優雅に座っていた。俺も椅子の存在を確かめるように手で触りながら腰を降ろす。
同時に女性が微笑みながら口を開いた。
「まずは採用おめでとう」
えっ?
頭に浮かんだのはそれだけだ。何の事だかサッパリだ。
「何の事ですか? 」
俺は疑問をそのまままぶつけた。
しかし、女性は俺の質問が聞こえなかったかのように話しを続ける。俺が生きてきた17年間の足跡を、年表でも読み上げるかのようにざっくりと。分かってはいたが、何の波風も無い俺の、たかが17年間は取り立てて注目する部分はなかった。
一通り俺の薄っぺらい17年間を語った女性は俺の方を見て身を乗りだし、一際大きな声で言い放った。
「素晴らしいっ!採用条件にぴったりじゃ」
眼を輝かせて俺を見ている女性に再度質問をする。
「ここはどこで、あなたはだれですか?採用って? 」
するとようやく女性は大きく頷き答えてくれた。
「うむ、まずここは天界と地上の境にある狭間じゃ。そして我は第562位天使……見習いのエルフィエールじゃ」
ん?今この人、小声で見習いって言ったような?うん、確かに言った……ま、まぁそれは置いておいて、俺はやはり死んでしまったようだ。そんな事を思っていると女性はコホンと咳払いをして話しを続けた。
「採用の件じゃが、忘れたのか?ホレ、お前はしっかりと採用通知を受け取っておるではないか」
そう言われて俺の手に何か感触がある事に気付く。いつの間にか見覚えのある封筒を握っていた。思い出した。と同時に疑問が浮かぶ。
「もしかして、俺は貴女に採用されたから死んだのか? 」
もしそうだとしたら許せるわけがない!込み上げてくる怒りを抑えながらエルフィエールの答えを待つ。
そんな俺の様子を見て察したのか、彼女は優しく答えた。
「我々は、生物の死期が近付けば感じることは出来るが、操作する事は出来ぬ。お前の死は運命じゃ、どれだけ違うルートで帰ったとしても、結果は同じじゃ」
そう答えると、彼女は小さく息を吐いて眼を閉じた。
俺は言い様の無い無力感に襲われて下を向いてしまった。
暫くの沈黙の後、エルフィエールが空気を変えるように明るい声で話し出した。
「さて、本題に入ろうではないか」
そう言うとエルフィエールは俺が何に採用されたのか、何故に採用されたのかを説明してくれた。その内容はこうだ。
まず俺は、ある世界を救うための勇者候補として採用されたようだ。何故になんの取り柄も無い俺なんだろうと聞くと、答えはこうだ。
人は18歳まで成長していく過程で、魂に含まれている【輝き】という物を消費して成長するらしい。
では、どういう場合にその輝きとやらを消費するのだろうか?
エルフィエールが言うには、主に感情の大きな起伏に関係があるとの事。
例えば友達が出来て嬉しかったり、喧嘩して悲しかったり、勉強で悩んだり、部活で青春したり等々、そして18歳を迎える頃に輝きを使いきり、魂は成熟するのだそうだ。
なるほど、縁がない。俺の魂は輝きが満タンだな。
何故にその輝きとやらを重要視するのかというと、救いたい世界に人を送り込む為には、輝きが大量に必要になるらしい。
エルフィエールが見たところ、俺の魂は通常の10倍近い輝きを持っているにも関わらず、全く消費されていないと眼をキラキラさせて教えてくれた。
全く嬉しくない。
さて、目的と採用理由は理解できた気がする。それにしても、世界を救うって簡単に言ってくれるけど、もう少し詳細を聞かないとね。
一通り説明を終えて、満足気な顔のエルフィエールに質問した。
「俺がここに来た理由はわかりました。あとは世界を救うってとこ、もう少し詳しく教えて下さい」
俺がそう言うと、エルフィエールは待ってましたとばかりに説明を始めてくれた。
「なぁに、簡単なことじゃよ。とある世界、お前の言葉で言うならば異世界、ホレ、お前がロールプレイングゲームとやらで遊んでおったような世界に近いかの。そこでお前は人々を苦しめておる大魔王を倒すのじゃ」
……え?何言ってるのこの人、大魔王を倒すのじゃ? いやいやいや、俺、普通の高校生ですよ? ハイ、大魔王を倒すだけの簡単なお仕事です♪ みたいなノリで出来るわけ無いでしょ。
ややパニックに陥っている俺にエルフィエールが話しを続ける。
「まぁ、やるかやらぬかはお前が決める事じゃ。やるのなら我はお前を異世界に送る。もちろん最初に旅の支援はする。やらぬのならばお前の魂は天界に送られ、浄化の後に何かに転生するじゃろう」
え?今この人、やらなかったら【何か】に転生って言わなかった?何かって何よ、人じゃないの? 人は人に生まれ変わるんじゃないの? と、とにかくだ、選択を誤ると大変なことになりそうだ。落ち着け俺!
余計な感情を振り払うかのように強めに両の頬を叩き質問をする。
「あのぉ、やらなかった場合の何かに転生って、人は人に生まれ変わるんじゃないんですか? 」
俺がエルフィエールの顔色を伺いながら質問すると、彼女は相変わらず微笑みながら答えた。
「そんな決まりはないぞ? そもそも全ての世界に存在する生物がどれだけの数だと思っておるのじゃ。大型生物から微生物まで合わせると、天文学的な数じゃぞ。人間に生まれたってだけで奇跡のようなものじゃ」
そう言って少しだけ間を置き、エルフィエールは微笑みを絶やす事無く言った。
「お前は何に生まれ変わるのかのぉ」
俺は背中に冷たい物を感じた。と同時に異世界に旅立つ事を決めた。