夕桜
「おはよー!」
由美子は、先に着いていた宏美にほんのささかやな気遣いを魅せるように、朝の挨拶をした。
今日は、入学式。
由美子は成績はギリギリだったけど、それまでは絶対に自ら進んではやらなかった合唱コンクールの指揮で、最優秀賞をもらったり、それまでは絶対に真剣には書かなかった書き初め展で県大会までいったりして、とにかく内申を頑張ってやっと入れた高校だったから、決まった瞬間は凄く嬉しかった。
制服がカワイイのも良かった。大西学園のその制服は、ファッション雑誌で常に上位にランクインしていて、とても人気がある。寸法を測りに行った時点から、常にワクワクしていた。
由美子は、新たな気持ちで、一歩を踏み出した。
一学期。
「おはようございます。担任の、小笠原由衣です。今日から一年間、君たちの担任になります。宜しくお願いします。」
担任の挨拶から始まった。
するとその小笠原先生は、好きな食べ物の話しと嫌いな食べ物の話しをした。別に今の由美子にはそんな話し興味がなく、それよりも今日朝早かったからまだ眠いなぁとか、そんな事ばかり考えている。
入学して一週間程経った頃、由美子と宏美は、大西学園の最寄り駅近くの美容室へ一緒に行った。学校の行き帰りに通る場所にあり、オシャレな外観を二人して気に入っていて、行こう!という事になったのだ。
今日は学校が休みだから私服だけど、なるべく大西学園の制服に似合う感じにって美容師さんに注文したいね、と二人で話していたので、本当に
「大西学園の制服に似合う髪型で」
と由美子は注文した。
美容師さんは、ちょっと笑うと、かしこまりました、と言い、作業を進めていった。
仕上がりは満足だった。黒髪だけどオシャレで、制服にも合う感じがして。
宏美の髪型も素敵だ。色白な宏美の肌に一番似合う髪型な気がする。まさに大和撫子、といった感じかな。
「連休何してた?」
「家族と温泉だよー、うち」
「祥子は?」
「うちは、お台場に行ったー」
「人混んでたでしょ?」
「まぁね、かなりの人だったよ!」
宏美と祥子と仲良し三人組になっていた由美子は、早速、連休の過ごし方を二人に訊いていた。
みんなが羨ましい。由美子のうちは、近所のショッピングモールで買い物した位だ。あとはテレビを観ていた。お笑いはあまり好きじゃないのに、お笑いばかり出ていた気がする。
結局、二人からキーホルダーとタオルハンカチのお土産を貰って終わりだった。
由美子の朝は早い。
初日もちょっと眠かったけど、最近ますます眠くなってきた…。
元々、早起きは苦手で、遅刻ギリギリ、だんだん遅れるようになった。
宏美と最寄り駅でいつものように待ち合わせるが、とうとう行けなくなった。
自分の部屋でうとうとしていると、お母さんがやってきた。
「うるさいなぁ」
由美子はそう言うと、布団を頭から被った。
「担任の先生が来てくださったよ。挨拶しなさい」
お母さんはそう言った。
え!?小笠原先生!?わざわざ家まで?
「大平さん、体調大丈夫?みんな心配してるわよ。中村さんも、石川さんも。今度林間学校もあるから。大平さんも来てね。あ、それから、中村さんと石川さんからお手紙預かってるの。なかなか会えないから、会ったら渡しといてって頼まれたのよ。」
「手紙?」
由美子は、布団から出た。
dear由美子
体調の方はどう?平気?
こないだね、先輩に、呼び出されちゃったんだよ。あんまり偉そうにしないでねって。私、少しも偉そうになんてしてないよ。ひどいよ。
あとね、こないだ、いとこがLUNA SEAのコンサートチケット取れなかったんだって。だから次の行けたら行くらしいよ。
色々大変だよ。由美子会いたいよ。学校来てね。
from宏美
To由美子
由美子、元気してる?祥子だよ。
今度の林間ね、班決め自由なんだって。だから、うちら三人でなろうよー。
今度、学校の駅近くのカフェ、行ってみよう。由美子も一緒じゃなきゃ嫌だよ。じゃぁね。
From祥子
二人からの手紙を、繰り返し読んだ。
でも、やっぱり学校に行く気にはなれなかった。
結局、同じクラスの加奈子から、意地悪を言われたと嘘をつき、それを理由に、林間学校も二学期もそれ以降学校へは行かなかった。
悪い事をした。なんとなく距離は感じていたが、宏美も祥子も仲良くしてくれた。林間学校だって、最初は、先生が決めた人同士だったかもしれない。それを、由美子が行きやすいように、仲良い人同士にしてくれたのだ。
加奈子だって、声はかけてくれたけど、別に悪口なんて言ってない。
大西学園を中退してからは、ほぼ家の中で過ごした。
美味しいカップラーメンがあって、それを一日二つ食べると、お母さんが毎日買ってくるようになった。
由美子と同世代に人気のバラエティ番組なんて、録画して観まくった。クスクスと笑えた。
LUNA SEAが出る音楽番組も、勿論観た。へぇ、LUNA SEAってギター二人なんだ。
正月に親戚と会う事もなくなり、冬が終わった。
別に、これでいいと思っていた。早起きしなくて済むし、好きなテレビも観放題だ。
春になった。
その日、由美子は、16時ちょっと過ぎに目が覚めた。空気の入れ替えをしようと、ふと窓を開けると、少し遠くに、桜の木があった。
去年はただただ夢中で、期待を胸に桜の木の下を通ったから、ありふれた光景だと思っていたけど、今年はやけに夕桜が目に染みた。