証言記録その3: アラバマにあった研究施設について
大学時代の友人のノーマンは息子とアラバマに引っ越してからというものの、野菜作りに凝りだしていた。合衆国の片田舎、周囲15マイルには何もない場所だ。他にすることがなかったというのもあるだろう。PCいじりが趣味だった彼のこの変化は、アラバマの広大な平原がもたらした物なのかもしれないと思ったものだった。
私が家に寄ると、彼はとれたての野菜で作ったスープを振舞い、「自分で作って育てたものが何よりも美味いんだよ」と誇らしげに語っていた。
ノーマンは徐々に家の周りの土地を整備しはじめ、ジャクリーンという番犬を家族に迎えた。
「豚や鶏を飼おうかと思って。息子のカイルにも良い勉強になるだろう」と彼は言った。
「でも、結局は食べるんだろう?」と私が言うと、ノーマンは静かに頷いて「もちろん」と答えた。
「命はそうやって巡っていくのさ。みんな、パック詰めの肉なんて買うから平気で残すんだ。自分で育てて裁いた肉なら、感謝して残さず食べるはずだ。この方が、よほど食べ物との健康的な付き合い方だと言えるんじゃないかな」
そして、ついにノーマンは豚や鶏なんかも飼いだし、その肉や卵を私に分けてくれるようになった。
「お前も自分で作って育ててみたらいい。面白いぞ」ノーマンはある日、夕食の席でカイルの頭を撫でながら言ってきた。
「うちには、ここほど広い敷地がないんだ。出来てベランダで野菜を育てるくらいかな」私はせめてものお礼に皿を洗いながら答えた。
「それでもいい。愛情を込めて育てたものを食べる。それが一番だ」
「そういうものかな」
「そうさ。でも、名前は付けるなよ。情が湧く」
そんなある日の晩、彼の家に寄るとノーマンが近くにあるポートレイン空軍基地、その実験施設の騒音が酷いと愚痴ってきた。
「変なブザー音が聞こえてくるんだ。あれを聞くと頭痛がしてくる」そういう彼の目は血走っていた。
「君の家によく招いてもらうが、そんなブザー音なんか今まで聞いたことないな」
私は窓の外、遠くで夕暮れに染まる実験施設を見やった。その時、かすかにブザーらしき音が聞こえた気がしたが、単に気のせいかもしれない。とにかく、ノーマンにはそれが聞こえていた、というのが重要なのだ。
そして4月のある暖かな夜、ノーマンの家に寄るとジャクリーンの小屋が無くなっていた。湿って四角形に黒くなった地面だけが、そこに犬小屋があったことを示していた。
私が家のドアをノックして犬小屋はどうしたのかと尋ねると、ノーマンは悲しそうに「死んだよ」と答えた。
「……そうか、気の毒に」
「ありがとう。……そうだ、夕食、食べてくか? さっき裁いたばかりの肉なんだが……」
「いや、このあと仕事の同僚とダイナーに行くから。誘ってくれてありがとう」
「そうか? まぁ、それじゃあな」
いま思えば、その時のノーマンは少しおかしかったかもしれない。だが、私はそんな友人を気遣うよりも、同僚たちとの夕食を優先したのだった。
翌日の夕方、カイルが塾に行っている間、ノーマンは私に手料理を振舞ってくれた。出てきたのはシチューだったが、そこには見たこともない肉が浮いていた。
「これは何だ?」私が尋ねると、ノーマンはとりあえず食べろ、と言ってきた。言われた通りにしたが、酷い味だった。そのことを伝えると、彼は唇をめくれ上がらせて微笑んだ。
「まぁ、きっと君には分からないんだろう。なに、それも仕方のないことさ。自分で作ってないからね。あぁ、仕方ない。だけどね。自分で作って育てたものが、何より美味いんだよ」ノーマンは焦点の合わない目でそう言ってきた。
「……どういうことだ?」
「前にも言っただろ、愛情を込めて育てたものを食べる。それが一番なんだよ」
ノーマンの声は少しづつ大きくなってきていた。その時、どこからかブザー音が聞こえてきた。実験施設の方からだったかは分からない。
ぶぅうううううぅううー。思わず背筋が凍る音だった。それが20秒ほど続いた。
私は何だか怖くなり「そろそろお暇するよ」と言って、シチューを残したまま、そそくさとその場から逃げ出した。
それからというもの、私がノーマンの家に行くことはなくなった。
そしてある日、地方紙を見ると、カイルが行方不明になったと書いてあった。私が最後に彼の家を訪れたその日から、姿が見えないらしい。記事の中で、警察署長は「必ず見つけ出す」と勇ましいコメントを残していた。新聞にはデカデカと白黒のカイルの微笑んでいる写真が載っている……が、私はその時、別のことを考えていた。
あの時、私が食べたあのシチュー。
そして、ノーマンが言った言葉。
「自分で作って育てたものが、何より美味いんだよ」
[証言終了]